【銀の矜持】側にいる悪意

■シリーズシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月09日〜02月14日

リプレイ公開日:2009年02月17日

●オープニング


 リンデン侯爵家。その長男でもあり次期当主でもある青年、セーファス・レイ・リンデンは深く悩んでいた。
 カオスの魔物と契約した悲劇の少女ディアーナは冒険者と共に己の手で安らかに眠らせることが出来た。
 だが調査により難題が判明したのだ。病で臥せっており、近親者すら寄せ付けようとしなかった父、リンデン侯爵の部屋にカオスの魔物の気配があるという。
 そのカオスの魔物が何者であるのかはわからない。そして、侯爵が今どういう状況にいるのかも――。
「父の部屋に突入します。けれども父の部屋にいるカオスの魔物がどんな魔物か分からない以上、危険な任務となります。下級の魔物くらいでしたら力押しで突入すれば何とかなるでしょう。けれども‥‥」
 侯爵の部屋と思しき場所で確認されたカオスの魔物は1体。1体で事を成し遂げる強さを持っているということなのかもしれない。それとは別にいくつか小さなカオスの魔物の気配も、屋敷やアイリス内で感知されている。
「後は‥‥今は少し、屋敷内がぴりぴりしていますのでご了承ください」
「何かあったのですか?」
 心配そうに支倉純也が尋ねると、疲労の濃い表情でセーファスは溜息をつき。
「母上が、うちの私兵に襲われ、大怪我を負ったのです。それも、ディアスの目の前で」
「――」
「幸い一命を取り留めましたが、未だに起き上がることは出来ません。問題の私兵は何とか取り押さえ、地下牢に閉じ込めてあります。父上の事が落ち着いたら、あらためて沙汰を伝えるつもりです」
 リンデン侯爵領がここまで不幸に見舞われるのは何故だろうか。それは王都に近いリンデンをメイディア制圧の足がかりとしたいと考えているカオスの魔物のせいだろうか。それとも、混沌を広めるのに適した地だと判断されたからだろうか。
「とりあえず今回の第一の依頼は、父上の側にいるカオスの魔物を追い払う事です。退治、までは望みません。父上の安否確認の方が大事です」
 疲れた顔のまま、セーファスはもう一度溜息をついた。

●今回の参加者

 ea1842 アマツ・オオトリ(31歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea3625 利賀桐 真琴(30歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ea9128 ミィナ・コヅツミ(24歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec4205 アルトリア・ペンドラゴン(23歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec4427 土御門 焔(38歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●丹念に準備を
 侯爵の部屋にカオスの魔物がいるのはほぼ確実として、だからといって武装して突入すれば、侯爵家にいる兵士達や使用人達に不審に思われる可能性もある。逆に侯爵の部屋に魔物がいるからと言ってしまえば、人々が混乱することは間違いない。
「魔物の跳梁をこれ以上許すワケにはいかないですね」
「私も同伴しますから、調査お願いしますね」
 ミィナ・コヅツミ(ea9128)と共にセーファスは邸内を歩き回る。ミィナがデティクトアンデッドを使用する、その時安全保障にそばについているのだ。冒険者が一人、魔物の探査とはいえ魔法を使用しているのと、その側に子息がついているのとではやはり人々の安心感が異なる。
「本当に際限なく問題を起こしますね。カオスの魔物は」
 軽く溜息をつきながら土御門焔(ec4427)はフォーノリッヂのスクロールを取り出す。時間はかかるが「リンデン侯爵」「リンデン侯爵の部屋にいる魔物」「セーファス」「ディアス」「リンデン侯爵夫人」「侯爵の屋敷にいる人達」、これらの単語について未来を見てみるつもりだ。
「確かに、侯爵殿の私室に踏み込むのだからな。見かけは、我らが謀反者に見えなくもない」
 アマツ・オオトリ(ea1842)はアルトリア・ペンドラゴン(ec4205)と共に呟きながら邸内を巡っていた。時折指に嵌めた石の中の蝶の反応を見つつ、最近雇われた者達がいないか聞いて回る。以前「過去を覗く者」という魔物が冒険者に化けて潜入しようとした例があるからだ。だが、最近雇った者はいないという話だった。いずれも3ヶ月は侯爵家に仕えているという。
「紛れ込んではいない、のでしょうか」
「夫人を襲った兵士も勤めが長い者だったという。魔物が化けて潜入しているというよりは、必要なときだけ姿を現すのやもしれぬな」
 目新しい情報が得られず、アマツとアルトリアは小さく溜息をついた。


「ディアスの坊ちゃん」
「‥‥入って来るな!」
 利賀桐真琴(ea3625)がディアスの私室の前で声をかけると、少年は全てを拒絶するような叫び声を上げた。それでも真琴は優しい言葉を投げかける。扉には内側から鍵がかけられているから、扉越しに。
「夫人が元気になった時に、そんな悲しい顔してたら要らねぇ心配かけちまいやすよ。男ならビシっとして今度はお母上を護って差し上げねばでやす。坊ちゃんが元気に笑う事、それが母上の薬にもなるかと」
 遊び相手にと思い連れてきたイワトビペンギンの水夏丸が真琴の足元で彼女を見上げている。真琴は苦笑を向けた後、再び扉に耳をつけて中の様子を伺った。
「‥‥僕が母上を守る‥‥僕が‥‥僕の手で‥‥」
 ディアスの声はぼそぼそと小さくて、何を言っているのかは聞き取れなかった。


●突入の前には
 デティクトライフフォースを使いながら屋敷内を回った雀尾煉淡(ec0844)は、共に見回ったレインフォルス・フォルナード(ea7641)と連れ立って侯爵の私室付近に戻ってきていた。ミィナとセーファス、アマツとアルトリア、そして真琴も戻ってきていた。焔のフォーノリッヂの結果を聞くためだ。それを聞いたら準備を整えて突入する。
「まず『リンデン侯爵』の指定ですが‥‥見えたのは侯爵の遺体です」
 その言葉に場の者達ははっと息を飲んだ。だが。
「未来に『遺体』が見えたということは、侯爵はまだ生きている可能性もあるということだな?」
 レインフォルスの言う通りである。既に遺体となっているから遺体しか見えなかったという解釈も出来るが、ここはいいほうに解釈しておきたい。
「次に『リンデン侯爵の部屋にいる魔物』ですが‥‥単語の組み合わせの解釈は複数あるのが常であるため、期待している明確な答えが返ってくるとは限りません」
「はっきりとは見えなかったんですね?」
 アルトリアの言葉に焔は頷いた。指定が曖昧すぎたのだろう。はっきりしたものは見えなかったのだ。
「『セーファス』と指定した場合は‥‥その」
「いいですよ、言ってください」
 口ごもる焔に対し、セーファスはいつもの柔らかい笑顔を浮かべる。フォーノリッヂで見えるのは何も努力しなかったときの未来。とすればどんな未来が見えたとしても努力で回避可能な可能性があるのだ。
「倒れられるお姿が見えました。落下の様な落馬の様な‥‥事故のようだと思いました」
 このままではいずれセーファスにも魔の手が及ぶということだろう。
「『ディアス』と指定した場合は‥‥血にまみれたディアス様のお姿が」
 それがディアス自身の血なのか他人の血なのかは判別がつかなかったという。だが不幸なことであるのは変わりない。真琴の脳裏に、ディアスの悲壮な叫び声がよぎった。
「夫人を指定した場合は、特に悪い未来は見えませんでした。ベッドの上で養生されているお姿が」
「先ほど夫人をお訪ねして、クローニングの魔法をかけてきました。時間がたてば、傷はいえると思います」
 ミィナが小さく手を上げて申告した。
「最後に『侯爵の屋敷にいる人達』ですが‥‥やはり曖昧すぎたのか、対象が多すぎるのか、はっきりとした未来は見えませんでした」
「お疲れ様、土御門殿」
 報告を終えた焔をアマツがねぎらう。焔はソルフの実を飲み込み、一息ついた。同様にミィナや煉淡などもソルフの実を含んで突入に際し万全を期す。
「鏡を持って来ました。使うのは真琴さんでよかったでしょうか」
 絹の包みを解き、セーファスは水鏡の円盤を差し出す。中心にはめ込まれた水のエレメンタラーオーヴの中にはフェアリーの姿があった。
「お借りしやす」
 真琴は円盤を抱くようにして頭を下げる。ミィナは皆に順に達人レベルのレジストデビルをかけながら、小さな声で囁く。
「相変わらず反応は侯爵のお部屋からあります。色々な角度から試したので、中にカオスの魔物がいることは間違いないと思います。他の小さな反応は、今日はありませんでした」
「気になることが一つ」
 首を傾げるようにしながら呟いたのは煉淡。デティクトライフフォースを使用して、そして出た疑問は。
「侯爵は間違いなく室内におられるのですよね?」
「はい。部屋からは出ていないと使用人も医師も言っていましたが」
 答えたのはセーファス。
「おかしいですね。部屋にいらっしゃるとしたら、近くに私達以外の生命反応があるはずです」
 室内にはカオスの魔物らしき反応がある。だが生命反応はない。では、侯爵はどこに――?
 まさか既に――先ほど振り払った不吉な予感が胸をかすめる。だがだからといって作戦が変わるわけではない。部屋の中にいる魔物に突撃、それだけだ。
「それでは参りましょう」
 レジストデビルをかけ終ったミィナの声に、一同は頷く。セーファスが扉をノックして名乗ると、中から「入りなさい」という落ち着いた声が聞こえてきた。


●侯爵は侯爵でありて――?
 一同は警戒しながら素早く室内へと入り、扉を閉める。騒ぎを聞きつけた入ってこられないよう、内側から焔が鍵をかけた。そして――
「随分と大勢で、見舞いにはふさわしくないと思うが」
 侯爵の姿は、部屋の左端に置かれたベッドの上にあった。煉淡が素早くデティクトライフフォースを唱える。ミィナもデティクトアンデッドを唱えた。反応は、煉淡の方になし、ミィナの方にあり。だがその者の外見は侯爵で――。
「‥‥見舞いに来たのではなさそうだね?」
 魔法の発光を見て、侯爵は眉を顰める。言葉は短いので侯爵との接触が少ない者には分からないかもしれないが、実の息子であるセーファスには僅かな違和感が残った。どこがどうとはっきり言えるわけではないのだが、どこか、おかしい。
「父上、ですよね?」
「どうした、セーファス」
 セーファスの問いに、侯爵は困ったように笑って見せた。
 だが、魔法で相手がカオスの魔物が化けた侯爵である可能性が高いと分かっていても、侯爵の姿をして侯爵として振舞っている以上、無条件に攻撃するわけにはいかない。会話が続けられている間に焔はアイスコフィンのスクロールを取り出した。そして念じる。3箇所ある窓を凍らせるつもりだ。スクロールの使用には時間がかかる為、3箇所全てを封じるには時間がかかるが、仕方があるまい。
「手伝います」
 煉淡もアイスコフィンのスクロールを取り出す。凍らされた窓と冒険者達の様子を見て、侯爵は溜息をついた。
「閉じ込めようということか。一体何がどうなっているのか、納得できるように説明がほしいのだが」
「ただいまご説明します」
 ミィナが真琴に目配せをした、頷いた真琴は水鏡の円盤を手に、念じる。すると真琴の足元に静かな水面が出現し、ベッドの上の侯爵を映し出す。
「お芝居はそこまででやす! 鏡よっ! 全ての真実を現せっ!」

 ――だが、水面に映っているのはベッドの上にいるのと同じ侯爵の姿――

「あ、あれ‥‥?」
 てっきり侯爵に化けている魔物の姿が映ると思っていた真琴はやや拍子抜けして。
「どうした?」
「侯爵の姿が、そのまま映っているでやす‥‥」
 水鏡は作り出した術者にしか見えない。アマツの問いに答えた真琴の顔に焦りが滲む。どうみても、侯爵は侯爵だ。
「! 以前人間に化けた過去を覗く者が言っていた。水鏡の力には抗えた、と。鏡を使ったエリヴィラも、水鏡の力は完全ではないと言っていた気がする」
 アマツは記憶をまさぐる。焦っている冒険者達を見て、侯爵がニヤリと口元を歪めたように見えた。
「扉に鍵をかけて、窓を氷で閉ざして、私を閉じ込めてどうするつもりだね?」
 出入り口を封じられたというのに侯爵は余裕だ。冒険者側に確実な決め手が無いことを彼は知っているようだった。
「も、もう一度‥‥」

 仲間を攻撃しろ

 真琴が水鏡の円盤を抱きしめて再び念じようとしたその時、低い声が部屋にいる皆の耳に入った。そしてその言葉にびくん、と身体を震わせたのは――
 焔、真琴、アルトリア、ミィナ、アマツ、それにセーファス。
 焔はスリープを。真琴とアルトリア、アマツにセーファスは武器を振るい、ミィナは魔法を放つ。
「操られているのか?」
 攻撃をかわし、魔法を受けながらレインフォルスが呟く。煉淡はホーリーフィールドを張ろうとしたが、仲間が入り乱れている状態でフィールドは完成しなかった。どうやら操られている間は命じられた命令どおり、仲間を攻撃するのでフィールドの完成を拒否したようだった。
「魅了か‥‥あるいは言霊かもしれません」
 受けた傷をポーションで癒しながら煉淡はレインフォルスに寄る。操られている者達は無事だった煉淡とレインフォルスにだけでなく、同じく操られている者達にも容赦なく攻撃を加えていた。焔のスリープで眠らされても別の者の攻撃で目覚める。そしてポーションを、魔法で傷を癒し、再び同士討ちをする。とても見ていられる光景ではなかった。
「あははははははは、面白い。実に面白い!」
 ベッドの上の侯爵は激しく哄笑した。先ほどの『命令』といい、やはり侯爵が本物の侯爵でないことは確かだ。レインフォルスが剣を抜き放ち、もう迷わずに侯爵に斬り付ける。煉淡はニュートラルマジックで操られている仲間を戻そうとするが、どうやら効果が無いようだった。傷のみが増えていくのでポーションをあおる。
「くくく‥‥お前達が見たかったのは私のこの姿だろう?」
 レインフォルスの剣で僅かに傷を負った侯爵は、その姿をだんだんと変化させていった。
 端正な天使の様な顔。赤い瞳に長い金のストレートの髪。着衣は黒一色で、そして背中には蝙蝠の様な黒い翼が――。
「黒衣の復讐者!」
 魔物が放った黒い炎は同士討ちをしている仲間達に命中した。レインフォルスがすかさず斬り付ける。煉淡も高速詠唱のブラックホーリーで攻撃をする。今度はレインフォルスの攻撃は何か壁の様なものにはじかれ、ブラックホーリーはそれを貫通して魔物の頬にかすり傷を与えた。
「ホーリーフィールド‥‥!」
 同じ魔法を使用する煉淡には、それが何であるのかわかった。この魔物は黒魔法をも操るというのか。
「『黒衣の復讐者』か‥‥まだその名で呼ぶか」
 笑みながら魔物は片手に持った斧をレインフォルスに向けて振り下ろした。彼はそれを避けられない。
「どうせ名乗るつもりは無いのだろう?」
 レインフォルスの問いに、魔物は答えない。逃げ場は無いというのにこの余裕は何だろうか。
「ここで全滅させても良かったのだが‥‥そろそろ侯爵の振りも飽きたのでね。また別の手で遊びに来るとしよう」
「まて!」
 煉淡がブラックホーリーを放つ。だがそれが命中するよりも早く、魔物の姿は元から無かったかのように消え去った。
「消えた‥‥?」
 ただ透明化しただけだろうか、いや、違う。気配自体がなくなったのだ。どうやって逃げたのかは分からない。だが密室にされたこの部屋から、魔物は掻き消えてしまったのだ。
「っ‥‥!」
 魔物に気を取られている間に煉淡は背後からセーファスに斬り付けられてしまった。レインフォルスが間に入り、ニ撃目を防ぐ。
「正気に戻すにはどうしたらいいんだ」
「分かりません。とりあえず同士討ちをやめさせないと‥‥」
 操られている仲間はそれぞれ回復アイテムや魔法を自分で使っているとはいえそれも限られている。このままでは大怪我を負う者が出る可能性があった。

 正気の二人は応急手当としてアイスコフィンのスクロールで一人一人を拘束することにした。この操りが、いつ解けるとも分からないから――。


●氷付けの仲間の側で
 ひとしきり仲間を氷付けにした煉淡は、溜息と共に床に座り込んだ。それは攻撃してくる仲間をなんとか傷つけないようにと惹きつけていたレインフォルスも同じだった。
「‥‥‥?」
 視点が下がったことで、目の端に何かが映った。そう、それはベッドの下。
 すりよって覗き込んでみると、そこには寝かされた氷の塊が――
「侯爵!?」
 そう、それは氷付けにされた侯爵だった。二人がかりで何とか引っ張り出し、煉淡がニュートラルマジックを唱える。
 すると氷は消え、弱ってはいるようだったが侯爵が息を吹き返した。


 操られた仲間達は隔離の上氷を溶かれ、仲間を攻撃しようという意思がなくなった後に解放された。それは数日の後の話であった。
 手痛い仕打ちを受けたが、侯爵の部屋にいた魔物は追い払い、そして侯爵は無事に保護できたのだから、依頼自体は一応成功といえるだろう。