【銀の矜持】差し伸べられた黒の手

■シリーズシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月17日〜03月22日

リプレイ公開日:2009年03月29日

●オープニング

●誘惑
 しん、と静まり返ったリンデン侯爵邸。
 木戸を開け放って冷たい空気を流し込んでいる部屋の住人は、その空気の冷たさを気にした様子もなく。
 ベッドを背にして床に、膝を抱いてうずくまっていた。
 だから、気がついたのは声をかけられてから。
「母を害した者に復讐をしたくないか?」
「え‥‥?」
 男の声が聞こえ、少年は顔を上げた。窓枠に座って月精霊の光を浴びていたのは、金の長い髪に赤い瞳の男。黒い服に身を包み、悠然と少年を見ている。
「欲するならば力を貸そう。欲するならばその男に制裁を。ただし、最終的に手を下すのはお前だ」
「‥‥‥手を?」
 まだ小さな少年は、男の言葉を一生懸命理解しようとしながら自分の両手を見つめた。

 母が目の前で傷つけられた時、己の無力さを実感した。
 だから、今度こそは。

「お前が復讐を果たせば、母はどう思うだろうな?」
「‥‥‥喜んで、くれる?」
 小さく首を傾げたその言葉に、男は笑みでもってのみ応えた。


●疑心
「――っ」
 冒険者ギルドを訪れたセーファス・レイ・リンデンは渋い顔をしていた。
 先日黒衣の復讐者を名乗る魔物から侯爵を取り返したのはいいが、何かの能力でいいように操られてしまった、それが堪えているのだろうか。
「先日母上が私兵に害されたのはご存知だと思います」
 セーファスは集まってくれた冒険者に対してゆっくりと口を開いた。
「幸い母上の傷は快方へ向かっておりますが、地下牢へ閉じ込めておいた私兵が殺されました」
「!!」
「牢の鍵が開けられて、背中を何度も突かれたようで、うつ伏せの状態で倒れていました」
「犯人は?」
 冒険者の言葉に、セーファスは難しい顔をして答える。
「牢番は気絶させられていました。ただし鍵は牢番が持っていたものと別の物が使われていました」
 どういうことだろう、不思議そうに冒険者達が首を傾げるのを見て、セーファスは続けた。
「父上の管理しているマスターキーが使用され、その場に投げ捨てられていました」
 リンデン侯爵は衰弱が激しく、氷の棺から戻った今も自室で療養中との事だ。だがその部屋に入れる者となると限られてくる。
「ちなみに父上が魔物に殺されずに、弱らされて氷漬けにされていた理由ですが、どうやら魔物は水鏡の円盤のありかを聞き出したかった模様です」
「侯爵が口を割らなかったため、生かされ続けていたということか‥‥」
 どうやら、魔物が痺れを切らして侯爵を殺害する前に侯爵を救出できたのは、ひとえに冒険者達の機転のおかげという事らしい。
「私兵を殺害した犯人ですが‥‥はっきりとしたことは分かりません。ただ」
 セーファスは言葉を切り、一呼吸置いて。
「私兵殺害事件から後、ディアスの様子がおかしいのです」
「おかしい?」
「しきりに‥‥水鏡の円盤のありかを聞いてきます。そして母上にきいたところによると、無邪気に『あの男が死んで、嬉しかった?』と聞いてきたとか――」
 8歳の少年に大の男を背後から滅多刺しにする事など――いや、誰かの力添えがあれば、不可能ではないかもしれない。
 その誰か、とは――?

●今回の参加者

 ea1842 アマツ・オオトリ(31歳・♀・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 ea3625 利賀桐 真琴(30歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 ec4427 土御門 焔(38歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


「フォーノリッヂの結果ですが」
 アイリス行きのゴーレムシップの中、土御門焔(ec4427)はスクロールを駆使して未来を見ていた。その目に映るのは『何も努力しなかった時』の未来。
「『ディアス』と指定した所、金の長い髪に赤い瞳の男――以前ディアーナさんが逃げた時にパーストで見えた魔物に、ディアス様が攫われるところが見えました」
「ディアスの坊ちゃんが!」
 思わず利賀桐真琴(ea3625)が腰を浮かせる。だがここは船内。焦ったところで何が出来るというわけでもなく、口昼を噛み締めるようにしてアマツ・オオトリ(ea1842)が紡いだ「落ち着け」という言葉に彼女は再び座る事を選んだ。
「次に『セーファス』と指定したところ、水鏡の円盤を手に、その魔物に対峙しているお姿が見えました」
 ちら、と焔は傍らのセーファスを見やる。壁に寄りかかるようにして立っているレインフォルス・フォルナード(ea7641)がポツリ、口を開いた。
「それはディアスを取り戻す為に水鏡の円盤との交換を申し出るという事だろうか」
「そこまでは分かりません。ですがその可能性もあります」
 焔はスクロールを巻いてバックパックにしまいつつ、最後の結果を口にする。
「最後に『リンデン侯爵夫人』を指定した結果ですが、酷く泣かれているお姿が見えました」
「それは‥‥」
 アマツが唇を噛む。ディアスが攫われて泣いているということなのだろうか。それはそこにいる皆が思ったことだった。
「ですがこれらは『何もしなかったとき』の未来でやすよね? ならあたい達が努力をすれば未来は変えられるはずでやす」
 真琴は隣に座るセーファスの手をぎゅっと握り締め、そして皆に頷いて見せた。



「アナイン・シー、少々尋ねたいことがある」
 アマツはアイリス到着後、リンデン幻想楽団の宿舎を尋ねていた。兼任団員の証を持っている彼女はその建物に出入りは自由だ。そこで歌姫エリヴィラを訪ね、彼女の傍にいるであろう月精霊アナイン・シーを呼び出してもらった。かの精霊は呼び出されたことが不服なのか、長い髪の毛をいじりつつ「なぁに」と答えた。
「リンデン侯爵家に伝わる件の水鏡、未だ真の力を発揮しておらぬのか否か、筋違いかも知れぬが、教えてほしい」
「それは本当に筋違いよね。水鏡の円盤に嵌められているエレメンタラーオーヴは水。私は月の精霊。わかる?」
「だがそなたは水鏡の円盤の封印の解放を指示したではないか」
 食い下がるアマツに、アナイン・シーは「そんなこともあったわねぇ」とふ、と笑って。
「確か雨を操る力と使用者の足元に水鏡を呼び出し、隠された正体を見破る力、魔法にかかった物品が白く光って見える力があるのよね」
「だが上級のカオスの魔物には効果がないよう‥‥」
「効果がないと判断するのは早いんじゃないのかしら? 水鏡の力に『抗えた』だけだとしたら?」
 その可能性はある。以前過去を覗く者が言っていたではないか。『水鏡の力に抗えた』と。
「でもあなたが本当に知りたいのはそれじゃないでしょう?」
 すべてを見透かすようにアナイン・シーはアマツに視線を投げかける。彼女は唇をかみ締めて事情を語った。
「情けないが我らでは、もう闇の言霊に抗する術が思いつかぬ。それを破る力が水鏡にあれば‥‥」
「残念ながら、そこまであの円盤は万能じゃないと思うわ。姿を看破する、雨を操るだけでもすごい能力よ」
 人の子よ、道具に頼りすぎて一番大切なことを忘れないで――月精霊は厳しい声で告げた。



 一方侯爵邸。真琴はセーファスと共に侯爵の私室を訪ねていた。未だベッドの上とはいえ、会話できるまで回復した侯爵は二人を招きいれ、話を聞いてくれた。
「イーリスさんの旦那さんから提出された報告書はどこにありやすか?」
「保管してあった場所を調べたが、無くなっていた。恐らく私と入れ替わったあの魔物が処分したのだろう」
「では、その内容は覚えていやすか?」
 真琴の質問に侯爵はしばし視線をはずし――そして頷いた。
「断片的ではあるが」
「それでかまいやせん。教えてくだせぇ」

 ――わがリンデン侯爵領にカオスの魔物の影あり
   数人の信奉者を募り、己を奉らせ、期が熟すのを待っている模様
   その甘言で裏切りを勧め、復讐を手助けし、そして対価を求むるという
   偶然目にした邪気を振りまくものをつけていった結果、金の髪鮮やかな、きっと天界で言う『天使』というものはこのようなものだろうと思わせるような美貌の青年を見つけた
   だがその背には蝙蝠のような黒い翼が生えており、黒い服を纏ったその手には巨大な斧と火のついた棍棒が握られている
   黒翼の復讐者様――邪気を振りまくものがそう口にした瞬間、隠れていたはずの私とその魔物の目が合った
   そこからどうやって逃げおおせたのかわからない――

「!? 今、何て言いやした?」
「ん?」
「邪気を振りまくものの台詞でやす!」
「ああ。『黒翼の復讐者様』か?」
 真琴とセーファスが顔を見合わせる。それこそあの忌まわしい魔物の本名に違いあるまい。



「大丈夫か?」
「‥‥大丈夫です」
 フロートシップの中から魔法を使い通しの焔にレインフォルスが声をかけた。だが焔に休んでいる暇はない。石造りの地下牢。私兵が殺されたというそこは赤黒くこびりついた血が生々しかったが、そこで『視』なくてはならないものがあった。
 彼女はソルフの実を飲み込んで過去視を繰り返す。だんだんと指定時間を変えて、そして真実を求めて。
「!?」
「視えたのか?」
 はっと顔を上げた焔はレインフォルスの問いに頷き、だんだんとその視えた付近の時間を指定していく。そして彼女が視たものは――


 ファンタズムで作り出された幻影がその1シーンを作り出していた。
 応接間。そこに集まった皆はその幻影を見ながら焔の話を聞いていた。

 不可視の力に押さえつけられるような不自然な状態でうつ伏せている男に、ディアスが剣を振り上げている幻影を――。

「ディアスが現れた直後、男が突然体を押さえつけられているようにうつ伏せになりました。もしかしたら魔物が透明化していたのかもしれません。いえ、その可能性が高いのではないかと推察します」
「その後マスターキーを使用して牢をあけて、剣を使ったわけか」
 幻影を見て、レインフォルスが冷静に呟くと、セーファスががくりと大きく肩を落とした。どこかで予想していた。けれどもできれば違ってほしい、誰もがそう思ったはずだった。
「セーファス様、ここぞという時は躊躇ってはいけやせん。お心を強くおもちくだせぇ。黒翼の復讐者はあなたの過去も狙ってくるかもしれやせん」
 真琴の言葉にセーファスはありがとうございます、と小さく返して。その様子を見たアマツは「子息の前で言うべきことではないかも知れぬが」と前置きをして。
「今まで、リンデン家に接してきて思うのだがな。子息にしろディアスにしろ、二度の闇の甘言に惑わされた奥方も。その奥方の心を繋ぎきれなかった侯爵殿も‥‥。良く言えば穏やかで情が深い、悪く言えば己の情に流されやすい性格だ。リンデンを狙うのも、彼の一家が堕落させ易かった為。そう、思えてならん」
「否定は、できませんね」
 セーファスはその言葉に苦笑を返すしかなかった。
「水鏡はどうする?」
 水鏡を使えば復讐者をおびき寄せることはできよう。だが本物を使うにはリスクが高い――レインフォルスの言葉に焔が小さくため息をついた。
「偽物をと思い、似たような物を用意したのですが、やはり真ん中のエレメンタラーオーヴの部分がどうにもなりません。ファンタズムで作ろうと思ったのですが、ファンタズムで作った幻影は動かせませんから」
「だが本物を使用するわけにはいくまい」
 皆の心には先日の、言霊に操られてしまったという事実がある。言霊は耳栓をしても防げぬという。では、どうすれば――。
「とにかく、ディアスの坊ちゃんにお会いしやしょう」
 真琴がソファから立ち上がり、扉へと向かった。



「兄上! 水鏡の円盤は!?」
 セーファスがノックをすると、扉を開けざま開口一番がそれだった。
「ディアスの坊ちゃん‥‥」
 真琴はいたたまれなくなり、ディアスの体をぎゅっと抱きしめた。
「何?」
「どうか無闇なひと殺しとかはお止め下せぇ、坊ちゃんの手は背中からヒトを刺す為にあるんじゃありやせん」
「だってあの人は母上を傷つけたんだよ? 報いを受けて当然でしょう?」
 廊下の影に隠れた焔が、無邪気に言うディアスにリシーブメモリーを試みる。

 母上の仇だよ
 復讐は正しいって

 ぱちんっ!
 ディアスの言葉に一瞬唖然とした空間に乾いた音が響いた。真琴が彼の頬を叩いたのだ。
「そんな事ばっかやってると坊ちゃん自身がいつか魔物になっちまいやすよ」
「でもっ、ああすれば母上は喜んでくれるって‥‥」
 叩かれた頬を押さえ、ディアスは真琴を見つめる。真琴はそんなディアスの肩をつかみ、そして揺するようにして叫んだ。
「本当にお母上は喜ばれやしたか!? 悲しんでおられたんじゃありやせんか!?」
「もうどっちでもいいよ! 兄上、早く円盤を持ってきて! じゃないと僕、殺されちゃうよ!」

「「「!?」」」

 真琴の手を振り切り、セーファスに縋り付いたディアス。その言葉に一同は細く開いた扉から室内を覗き込み、セーファスは手元の石の中の蝶を確認する。
 ――羽ばたいている。
 部屋の奥、バルコニーに面した扉は開け放たれていて、カーテンと共に金色の髪が揺らめいて見えた。
「茶番は終わったかい?」
「黒翼の復讐者!」
 部屋の奥から響く低い声に、アマツは扉をダンッと開け放って部屋へ一歩足を踏み入れる。後方で焔がフレイムエリベイションのスクロールを使って臨戦態勢に入っていた。
「ふむ‥‥我が名に辿り着いたことは褒めてやろう。随分時間がかかったようだが」
 くす、口元に笑みを浮かべたその妖艶な笑みは、その美貌もあいまって魔物であると知らなければ魅了されてしまいそうなほどだった。
「ディアスの坊ちゃんは渡しやせん!」
 真琴が剣を抜いて走る。ガンッ‥‥振り下ろした剣は一瞬何かにはじかれた後、魔物をかすった。恐らく高速詠唱のホーリーフィールドを破壊したのだろう。だが次の瞬間、魔物の後ろに隠されていた大斧が真琴の体を切り裂く。
「ぐっ‥‥」
 彼女にポーションを投げ、レインフォルスが斬りかかる。その攻撃は魔物の金の髪と共に肩口を少し切り裂いた。魔物は反対の手に持った炎のついた棍棒でレインフォルスを打ち据える。
「人は心の奥底にいつでも復讐心を隠し持っている。人は裏切るもの」
「そんなことはないっ!」
 アマツが斬りかかるも、それは紙一重でかわされてしまう。焔はムーンアローのスクロールを取り出そうとしたが、発動させられるまでにはまだ時間がかかそうだった。
「信じるならば、信じればいい。信じれば信じるほど、裏切られた時の嘆きが我々には最高の美酒となる」
 魔物はアマツに斧を一閃。そしてポーションで彼らが回復をしている隙にふわりと浮かび、扉付近にいるディアスへと迫った。
「っ!」
 セーファスが庇うように前へと出る。だがその体も棍棒で打ち据えられ――
「やだっ! やだやだっ!」
 ディアスの体は軽々と持ち上げられてしまった。彼が暴れるも、魔物は涼しい顔だ。
 焔のムーンアローのスクロールは『黒翼の復讐者』という指定で命中したが、所詮初級のスクロール。威力は微々たる物で、魔物は体勢を変えもしない。そしてそのままバルコニーへと浮遊して行き――
 ザシュッ
 レインフォルスの剣がバルコニーから逃げようとした魔物を背後から襲う。だがコートと衣服は切れたものの、傷は浅いようで。
「対価が払えぬとなればその体で購ってもらうしかあるまい? 人間の社会でも同じであろう? 何かを得るためには対価を支払わなくてはならぬ」
 バルコニーの外に浮かばれてしまえば、冒険者たちには手を出すことができない。唯一の遠距離攻撃手段である焔のムーンアローも効果は薄い。
「ディアスの坊ちゃんを返してくだせぇ!」
 服を血でぬらしながら、真琴もアマツもバルコニーへと出る。焔と薬を飲んだセーファスも駆け寄ってきた。レインフォルスは手が届かないのを恨めしそうに見上げている。
 反対に、黒翼の復讐者はディアスを小脇に抱えたまま、悠然とその美貌で彼らを見下ろしていた。この場に相応しいのは哄笑に違いあるまい。
「ならば取り返しにくるか? いつでも応戦してやろう」
 ふっ、笑い、魔物は飛び去っていった。
 石の中の蝶の羽ばたきは、だんだんと緩やかになっていった。
 それは魔物が離れていったことだけではなく、さらわれたディアスが遠ざかっていっていることもあらわしていた。