【銀の矜持】円盤か、命か
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■シリーズシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月29日〜05月04日
リプレイ公開日:2009年05月08日
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●オープニング
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復讐というものは甘美で、そして美しいと彼は思っている。
復讐を遂げるまでの人の子の必死さ、なんとも表現しがたいあの昏い心。
ほんの少し手を貸して背を押してやるだけでいい。
望んだ復讐を遂げたとき、その後に残るのは何だ?
達成感? 絶望感?
復讐の後に残るものがただの虚無感だと気づいた時の彼らの表情。
なんという美酒。なんという甘露。
虚無感に気づかない者にはすぐに絶望を味あわせてやればいい。
虚無感に気づいた者にもすぐに絶望が訪れるだろう。
力の代償はしっかりといただく。
無償で力が手に入ると思うことなかれ。
全てが終わった後に初めて代償の大きさ気づく、そんな愚かな人の子が愛しくはあるのだが。
●
セーファス・レイ・リンデンの手には一通の書状が握られていた。彼が冒険者ギルドを訪れたという事は、その書状は黒翼の復讐者に連れ去られたディアスに関わるものなのだろう。
「どうぞ」
茶を差し出した支倉純也に軽く礼の言葉を述べ、セーファスは手に持っていた書状を広げる。
「黒翼の復讐者が、ディアスと水鏡の円盤の交換を要求しています」
水鏡の円盤――念じる事で雨を呼び、雨を上がらせる力と念じた者の足元に水鏡を呼び出す力を持つ円盤。真ん中には水のエレメンタラーオーヴが嵌め込まれている。リンデン侯爵家に古くから伝わるマジックアイテムだ。
「交換? なぜ黒翼の復讐者はそんなに水鏡の円盤にこだわるのでしょうね?」
純也が疑問に思うのも当然だ。円盤の呼び出す水鏡には魔法のかかったアイテムを判別する力と、姿を偽っている者の本当の姿を映し出す力がある。だが後者は万全な力ではなく、運がよければ抗われてしまうのだ。
「‥‥わかりません。場所の指定はアイリスから半日ほど離れた所にある森の中の湖です。ですが‥‥黒翼の復讐者がなぜこんな回りくどい事をするのか分かりません」
「確かに。かの魔物ならば、こんな危険を冒さずとも侯爵邸に侵入して奪い去る事が‥‥あ、申し訳ありません」
「いえ、お気になさらず」
純也の発言はもっともなのだが、侯爵家に侵入を許す隙があると言っているも同然だ。だがセーファスは特に気にした様子はない。同じところが気になっていたのだろう。
「私も同感です。なぜわざわざ普通の賊徒の様にこのような取引を持ちかけるのか‥‥意図がつかめません。何か裏があるような気がして‥‥」
「‥‥‥」
何かが、引っかかる。
持ち掛けられた取引、場所の指定、そして――。
●リプレイ本文
●魔物とは
カオスの魔物とは何ぞ?
人を欺き、人を陥れ、人の世を混乱の渦に巻き込んで楽しむ魔物。
誠意? そんなもの期待するだけ無駄ではなかろうか。
●侯爵邸
「あなたになんかありゃあ坊ちゃんは身体は無事でも心が壊れ、破滅に近づきやす。坊ちゃんを笑顔で迎えるよう死力を尽くしやす。例えば、あなたの魂と坊ちゃんの安全を引き換えにするとかの安易な魔物との取引などに乗らず、どうか御身を大事にして下せぇ。あたいらを信じて待ってて下せぇ」
「わかりました。ディアスをお願いいたしますね」
出発前、夫人の元を訪れた利賀桐真琴(ea3625)はそう力説した。そして夫人はディアスが行方不明になった憔悴からか、だいぶやつれていたが力強く頷いて。
真琴は夫人の心の強さを信じ、彼女の部屋を辞した。
●作戦会議
「導の旦那と雀尾の旦那は偵察でやすね」
「水鏡の円盤は雀尾殿に所持してもらおう。万が一の時、水鏡の真実を明かす力をディアスに行使してもらいたい」
真琴、アマツ・オオトリ(ea1842)の言葉に雀尾煉淡(ec0844)は頷いた。
「過去に戦った経験から鑑みて、相手が搦め手で来る事は確実でしょう。湖で水鏡を使わせるのが目的かもしれませんので水鏡は全力で守ります」
ディアスが姿を見せたらデティクトライフフォースやリヴィールマジックで本物かどうか見分けるつもりでもある。
「もしかしましたら湖にカオスの魔物が封印されているかもしれません。杞憂であってほしいですが」
「さすがに炎の王とやらも出てきた以上、これ以上の強敵が出るのは勘弁願いたいが」
導蛍石(eb9949)の言葉にアマツが苦笑をもらした。本当に、杞憂であってくれれば良いのだが。
「水鏡と湖‥‥。相手が湖を指定した事が何かひっかかる気がします」
フォーノリッヂのスクロールを握り締めた土御門焔(ec4427)がぽつり、呟く。
「指定語『セーファス』では多数のカオスの魔物と戦っているお姿が見えました。『ディアス』では血まみれの中で放心しているお姿が。『黒翼の復讐者』の指定では、哄笑している姿が見えました」
淡々と告げられていく未来視の結果。それらは自分達が『何もしなかった時』の未来だ。これから自分達が動く事で、未来を変えられると信じたい。
「ディアスの坊ちゃんと水鏡なら、ディアスの坊ちゃんを優先してぇ」
「だが最初から片方のみにするつもりは無い。可能性をあきらめるつもりは無いのでな」
レインフォルス・フォルナード(ea7641)の言葉に一同は頷く。そうだ、両方確保できるのが一番だ。ただ万が一の時には水鏡よりディアスを優先させると決めていた。
「敵は瞬間移動を使ってくるやもしれぬ。どこから攻撃が来るのかも解るまい。ディアスの偽者を用意するやも知れぬ」
アマツが羅列したような様々な可能性は考えられていた。最悪ディアスを守りきれるならば、水鏡は破棄した上で放棄と考えられていた。黒翼の復讐者が水鏡の円盤に拘泥するのは、円盤が地獄の悪魔達が探している『鍵』ではないかという見立てもあるが故。
様々な可能性が考えられた。湖に現れるだろう黒翼の復讐者に対し、術を付与してもらうなど万全の体制で挑むつもりだった。
そこまで考えて、なぜ気がつかなかったのだろう。
いや、そこに考えが集中してしまったが故に気がつかなかったというべきか――。
●甘い見通し
グライダーを利用して偵察に出かけた真琴。一番最初に現地上空に着いた彼女が見たのは、多数のカオスの魔物の姿だった。
邪気を振りまく者、酒に浸る者、火を放つ者、霧吐く鼠、炎を預かる者など、大体一度はお目にかかったことがある魔物である。
「導の旦那、見て解るくらい沢山の魔物がおりやす」
「40‥‥いや、50でしょうかね。数が多いですね」
達人レベルのデティクトアンデッドで上空から調べられた魔物の数は50。下級の魔物ばかりとはいえ侮れない数である。
「デティクトライフフォースの反応はまだありません。ディアスはまだいないようです。黒翼の復讐者の到着はまだなのかもしれません。あるいは我々が到着したのを見計らって姿を現すつもりだとか‥‥」
煉淡がペガサスの上から思案気に述べる。敵が時間に正確だという確証は無いが、約束の時間にはまだ少し早かった。
「レジストデビルを付与しておきましょう」
蛍石がペガサスを操って森の入り口で待つ仲間の下へと降り立つ。煉淡も真琴も、同じ様に一度地上に降りた。
達人レベルのレジストデビルは一時間の効果を発揮する。魔力の消費は激しいがそんな事言っていられる状況ではない。蛍石は一人一人に順番にレジストデビルを付与していく。ヤーヴェルの実での魔力補給も忘れない。
真琴は再びグライダーで空に舞い上がり、他の者は森を抜けて湖へと向かう。多数の魔物のひしめく湖へ―― 一瞬たりとも気は抜けない。
策は十分練った。ディアスを取り返すことと黒翼の復讐者を倒す事、同時に不可能と踏んだ彼らは、最悪水鏡の円盤を破棄してでもディアスを助けると決めていた。その選択は悪くは無い。だが。
黒翼の復讐者が取引場所に現れれば、の話だ。全ては黒翼の復讐者が取引に応じて取引場所に現れる事、それを大前提として作戦が練られている。
では、黒翼の復讐者が湖に現れなかったら――?
「っ‥‥黒翼はまだか!」
「約束の時間はもうすぐのはずだ。その時にこの場にいなくては、取引を反故にしたとも取られかねない」
刃を振るうアマツにレインフォルスが答える。敵の大多数は邪気を振りまく者や酒に浸る者などの下級の下級であるカオスの魔物で形成されていたが、中には炎魔法や火の玉を放ってくる者もいて、冒険者側は無傷では済みそうに無い。適宜ポーションで傷を癒し、来るべき黒翼の復讐者との戦いの為に一体でも多くのカオスの魔物を屠っておこうと考える。
「‥‥‥黒翼の復讐者は一度、ここに来ているようです」
煉淡のホーリーフィールドに守られながら、焔はパーストを試みていた。何度か試して漸く、黒翼の復讐者の姿を捉える事が出来た。
「この多数の魔物たちを放ち、指示をしていたようです」
「我らが容易にディアスを手に入れられぬようにするためかっ!」
真意はわからない。だが相手は上級のカオスの魔物。手下を沢山利用する可能性は高かったはずだ。
彼らは戦った。刃を取り、魔法を使い、一匹でも多くの魔物を退治するために。
水鏡の円盤を守るために。
ディアスをつれた、黒翼の復讐者が現れるのを待って。
「約束の時間は過ぎたな」
陽精霊の光が弱まり、月精霊の光へと変わろうとしていた。レインフォルスはふと、空を見上げた。
黒翼の復讐者は、まだ現れない。
「どこかで私達が戦っているのを見ているのかもしれません」
焔が悔しげに呟く。蛍石は再びデティクトアンデッドを唱えたが、新たにそれらしい反応は見つからなかった。
魔物たちの数が半分以下に減った頃、漸く彼らも何かがおかしい事に気がついた。
侯爵邸にこっそり侵入し、牢の中のディアーナを連れ去る事のできる魔物。
侯爵とこっそり入れ替わる事のできるほどの魔物。
こっそりとディアスを唆し、その手を血に染める事が出来る魔物。
では、何のために取引を持ちかけた?
水鏡の円盤を手に入れるため?
否。それほどの力を持つ魔物ならば、こっそり侯爵邸に侵入して円盤を奪う事とて出来るはずだ。それこそ、誰かを人質にして円盤の在り処を知っている者を脅す事も出来る。
少し考えればわかるはずだ。真っ向からの正々堂々とした取引など、黒翼の復讐者には何のメリットもないのだ。
だとすれば何のため?
何のために黒翼の復讐者はこの湖を指定した――?
「!!」
真琴の背中を嫌な汗が滑り落ちた。急いで携帯型風信器に声を投げる。
『導の旦那! 嫌な予感がするのであたいは侯爵邸に引き返しやす。旦那にも念のためご同行願いてぇ』
蛍石の力が必要になるかもしれない――それが示すのは。
真琴は後部座席に蛍石を乗せ、アイリスへと急いだ。
●過ぎ去った惨劇
敵の狙いにもっと早く気がついていれば――侯爵邸内に立ち込めるむせ返るほどの血の匂いに、真琴と蛍石は唇をかみ締めた。
入り口付近に倒れている者はもうすでに身体が冷たくなっていて、蛍石の魔法でも生き返らせることは出来そうに無い。
「夫人と侯爵が心配でやす!」
「急ぎましょう」
2人は血の染み込んだ絨毯を踏みしめ、侯爵と夫人の部屋を目指す。
「侯爵様!」
「‥‥!」
「ディアスの坊ちゃん‥‥」
侯爵の私室。血を流して倒れ伏している侯爵と夫人。その側に、手を真っ赤に染めながら放心しているディアスがいた。
ディアスの力で2人の大人を倒せるとは思えない。屋敷内の人間全てを手に掛ける事が出来るとは思わない。間違いなく、黒翼の復讐者が絡んでいるだろう。
「思ったより遅かったな。‥‥私の部下達との宴はいかがだった?」
窓枠に腰をかけ、風に金の髪を靡かせて笑みを浮かべているのは黒翼の復讐者。窓の外から入ってくる風が、血の匂いを煽る。
「心配せずともこの2人を殺したのは少年ではない。少年はただ見ていただけだ」
「無理やり見せたのですね」
「ディアスの坊ちゃん、しっかりしてくだせぇ!」
蛍石は黒翼の復讐者を睨みつけ、真琴はディアスの前に跪いてその肩を揺する。だが放心状態の彼から反応は得られない。
黒翼の復讐者に連れられて、屋敷中の人間を惨殺する所を見せられて回ったのだろうか。黒翼の復讐者が姿を消したまま人を殺したのだったら、殺された人々は近くにいたディアスに最期の怨嗟を送っただろう。想像でしかないが、その可能性は高い。
「そろそろ引き上げようと思っていたところでね。その少年も連れて行こうと思ったが、ぎりぎりのところで気がついた褒美に返してやろう」
「っ‥‥!」
つまり、真琴が万が一の為に蛍石を乗せてグライダーで屋敷に戻ると判断しなければ、皆が戻った頃には惨劇は全て終わった後であり、黒翼の復讐者もディアスも姿を消していたという事だろう。
「あんたは取引をすると‥‥!」
「自分に理の無い取引をして何になる? そも魔物に誠意を求めるのは、間違っているのではないか?」
バサッ‥‥背の黒い翼を羽ばたかせて黒翼の復讐者は浮かぶ。
「非常に愉快だった。次に会う時はもう少し骨があると面白いのだが」
キッと黒翼の復讐者を睨む真琴と蛍石。黒翼の復讐者はふ、と笑って飛び去っていった。
蛍石は急ぎ、超越レベルのリカバーを唱える。何度失敗しても諦めるわけにはいかなかった。遺体の温かいうちに、と。
何度目かの施術で侯爵と夫人は息を吹き返した。その場にとどまるのももどかしく、アイテムで魔力の補給をしながら順にまだ身体の温かい者を蘇生させにかかる。
湖に向かっていた者達が魔物たちを退治して戻ってきた頃には、屋敷内に飛び散った血も乾きかけており、殺された半分以上の者達が蘇生不可能となっていた。
敵の情けで返してもらったようなディアスも、精神的ショックゆえか放心状態のままだった。メンタルリカバーも一時しのぎにしかならない。
しばらくして糸が切れたように眠りに落ちたディアスを、セーファスは唇をかみ締めて見つめていた。