【銀の矜持】蔓延る混沌
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■シリーズシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月01日〜06月06日
リプレイ公開日:2009年06月10日
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●オープニング
「手ひどくやられました‥‥」
過日のことを思い出し、セーファス・レイ・リンデンは唇を噛み締める。リンデン侯爵邸に呼び出され、彼の向かいに座った支倉純也は、侯爵邸にいまだ残る惨劇の残滓を感じ取り、一度瞑目した。
屋敷の中の人々が、黒翼の復讐者の手によって惨殺された。
侯爵、夫人をはじめ何人かは超越レベルの回復魔法の奇跡で息を吹き返したが、半分以上の人間は再び目覚める事が叶わなかった。
「使用人や私兵も手厚く弔い、家族への対応も済ませました。そして新しい使用人や私兵を雇い入れたのですが‥‥」
「石の中の蝶が反応している、と」
純也はセーファスに呼び出されたときにそれを聞いていた。セーファスの持っている石の中の蝶が、かなりの頻度で反応しているのだという。
「はい。それにここのところ、アイリスの街中で乱闘が繰り広げられる事が多く‥‥死者も出ています」
突然街中で人々が狂ったように暴れだし、それによって怪我人、死者がでているというのだ。昼間、人通りの多いところで突然暴動の様に人々が傷つけあうのだという。
なにが原因だか、まったく解らない。傷つけた者も、突然そういう気分になったのだという。
「以前、言霊で操られた事がありましたよね‥‥?」
「‥‥はい」
純也の言葉にセーファスは小さく頷いた。彼も、それを考えていたところだ。
「やはり、そう思いますか?」
「はい。多くの人を一度に‥‥となると」
「‥‥街中で起こる人々の乱闘に、邸内で反応する石の中の蝶‥‥どちらからどのように対処するべきか」
ため息をついたセーファスを、純也は励ます様に告げる。
「少なくとも、新しく雇った者達に水鏡の円盤を使用してみるといった対処は行えます。もし何者かが化けていた場合を考えて、工夫する必要はあるでしょうが‥‥」
「街の方は、黒翼の復讐者自ら動いているのでしょうね。前回邸内の人々を楽々殺すことが出来た‥‥街ひとつを混乱に陥れて血の海にする事くらいわけないという事を誇示しているのでしょう」
けれども黙って見ているわけにはいきません、セーファスは語気を強める。
「今回は無理でも、そろそろ黒翼の復讐者とは決着をつけたいところです。このままリンデンを良いように扱われては困ります」
とりあえず今は邸内で反応する石の中の蝶への対策と、街中での乱闘を鎮める必要があるだろう。このまま放置していれば、じわじわとカオスの魔物たちのたくらみが浸透していき、足元をすくわれる可能性がある。
「水鏡の円盤を使って使用人たちを検分し、カオスの魔物であれば退治。そして街中での乱闘の原因を究明し、できればやめさせる事――後者は難しいかもしれませんが」
「ですが、後者は上手く利用すれば黒翼の復讐者と接触でき、罠を仕掛ける事が出来るかもしれません」
純也が言った。
街中での接触となった場合、その場で戦闘に持ち込むのは危険だろう。だが今後を考えて罠を仕掛ける事は出来るかもしれない。いずれにせよ、前回相手の策略に嵌ってしまった以上、こちらから仕掛けるチャンスは少ない。後手に回ることをさけるならば、今のうちに何か決戦に繋がる布石を打っておくべきだろう。
●リプレイ本文
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土御門焔(ec4427)はリンデン侯爵邸で静かにスクロールを開いていた。フォーノリッヂのスクロール。おおざっぱな未来が見えるという代物だ。
今回も指定単語は多い。
リンデン侯爵――厳しい顔をしながら執務に没頭している姿が見えた。家人を沢山危険に晒してしまった事を気に病んでいて、仕事に打ち込んでいるのかもしれない。
セーファス――室内で人に剣を向けられている姿が見えた。場所は恐らく邸内だろうか。剣を向けている人が操られている人間なのか変身したカオスの魔物なのかはわからない。
リンデン侯爵夫人――ディアスを抱きしめ、さめざめと泣いている姿が映った。対するディアスは放心状態のようだった。恐らく前回の衝撃からまだ立ち直れて居ないのだろう。
ディアス――心を凍らせてしまったかのように、どこか一点を見てぼーっとしている姿が見えた。彼は何を見ているのだろうか。
アイリスの街――場所はどこだかわからないが、人々が乱闘している姿が見えた。これが例の乱闘事件なのだろう。
黒翼の復讐者――翼を隠して端正な人間に変身したと思しきその姿で、静かに乱闘を見つめて、そして移動をしていく姿が映った。人間に化けていればいくらでも街に入り込める。その上で言霊を使ったというのか――?
「少し、疲れましたね」
魔力もかなり消耗した。焔はソルフの実を飲み込み、魔力回復を図る。まだまだやることは沢山あるのだ。
ガツンッ!
剣と剣がぶつかり合う音がした。
庭――利賀桐真琴(ea3625)は打ち込まれた剣にいつもの重みを感じず、それを押し返して叩き落すように剣を狙った。するとあっさりと剣は所有者の手から離れ、地面へと落ちる。
「‥‥すいません、考え事をしていました」
剣を落とされた彼、セーファスは正直に告げると、苦笑してそれを拾い上げた。
「いえ、気にしないでくだせぇ」
先日の出来事はあまりにも大きく、セーファスとて負った心の傷は深いのだろう。真琴は彼に近寄り、努めて明るい声で彼を励ました。
「あたいら皆で必ず、黒翼の復讐者を倒しやしょう」
「そうですね」
真琴の言葉を受けて、セーファスは弱々しく微笑んだ。
「宗派変えに後悔はありません」
雀尾煉淡(ec0844)ははっきりとそう言い切り、笑んだ。
「でも‥‥宗派変えは大変だとききます。もしや事件解決のために‥‥」
にこり、煉淡はもう一度笑む。例えこれが事件解決のためだろうと彼の決めた道なのだ。余人が口を出す事ではない、セーファスはそれを感じ取り、気持ちを込めて黙礼にとどめた。
「それでは魔法を付与していきます」
煉淡は侯爵家の皆と仲間を集め、超越レベルのグッドラックをかける。そして街中へ向かうアマツ・オオトリ(ea1842)と晃塁郁(ec4371)が屋敷を出た後、侯爵家の面々の周りに超越レベルのホーリーフィールドを張り巡らせた。
「邸内の調査をしている間、こちらから出ないでいただけますか?」
「ああ。わかった。指示に従おう。水鏡を預けるのは君でよいのだな?」
「はい。お願いします」
侯爵から水鏡の円盤を受け取り、煉淡は頭を下げる。
「レインフォルスさん、お願いできますか?」
「ああ。任せておいてくれ」
レインフォルス・フォルナード(ea7641)は頷き、暫くの間この場で侯爵家の護衛を勤めることを快諾した。
「ディアスの坊ちゃん‥‥。思いっきり泣いてもかまいやせん。ただ、その悔しさと辛さは忘れねぇで下せぇ。そして、同じように苦しんでるだろうヒトの気持ちを考えてあげて下せぇ」
ぎゅ、と放心状態のディアスを抱きしめて、真琴は切々と訴えかける。ディアスは相変わらず焦点の定まらぬまま放心状態だが、それでも小さな手できゅ、と真琴の衣を握り締めた。
「それでは邸内の魔物退治に行ってまいります」
イリア・アドミナル(ea2564)が丁寧にお辞儀をし、煉淡、真琴、焔と共に部屋を辞する。新規に雇い入れた者達の名前は聞いてある。事前に、戦うのに十分な広さの部屋を借りておいて、順に一人ずつ来るようにと通達してもらっていた。
「初めから当たりかもしれませんね」
デティクトアンデッドを使用していた煉淡が呟いた。いくつか引っかかる反応のうち、ひとつがこちらへと近づいてきている。
程なくして扉がノックされた。
●
「子息からの情報では、暴動の起こる範囲など、どうも例の瞬間移動を繰り返すものかと思うたがな」
「黒翼の復讐者がいくら瞬間移動の達人でも単体で騒ぎを拡大させているとは思えません。配下の魔物が人々を操っている可能性もあるのではないでしょうか」
「ふむ‥‥」
塁郁の言葉にアマツは考え込む。何か見落としている気がするのだが、それがなんだかわからないのだ。
「っ‥‥あちらの方が」
塁郁の指した方角で人々の大声が聞こえる。二人はそちらへ向けて走った。塁郁はデティクトアンデッドで魔物の有無を確かめる。近隣に反応はなかった。
乱闘は男性も女性も交えての物となっていて、すでに流血している市民も何人かみられた。
「落ち着け、落ち着くのだ!」
アマツが声を張り上げたが、それらも耳に入らないらしく、人々は繰り返して暴れる。
塁郁がとりあえず一人をコアギュレイトで動きを止め、レジストデビルを掛けてみる。だが効果はなさそうだった。「これから掛けられる魔物の使う魔法や特殊能力」には効果があるかもしれないが、すでにかかってしまったものを解くには至らないようだった。同じくニュートラルマジックも効果を表さない。これは言霊が魔物の特殊能力ゆえだろう。
「くっ‥‥打つ手なしか」
「言霊で指定された語句が何なのかは解りませんが‥‥目の前からその対象が消えれば、操られる事は無くなるのではないでしょうか」
「だが、黒翼めの言霊の効果は長いぞ。我々がかかった時もおよそ一週間は――」
アマツはそこまで言い、己の言葉に何か引っかかりを覚えた。己の言葉が重大なヒントの様に思えたのだが、だがいまいち答えを導き出す事が出来ない。
「とりあえず、私は片っ端から峰打ちで気絶させていく。塁郁殿はコアギュレイトを頼む」
「わかりました」
気絶しているうち、拘束されているうちに自宅なり何なりに引き離して隔離してもらおう、手間のかかる作業だが、今はそれしか確実な方法はなさそうだった。
遠巻きから乱闘を眺めている中にいた金髪の青年がニヤリ、と笑みを浮かべたことに、二人とも気づく余裕はなかった。
●
イリアの超越レベルのミラーオブトルース、そして皆で使いまわした水鏡の円盤のおかげで使用人たちの検分はスムーズに進んでいた。それぞれが魔力を沢山消費するが仕方があるまい。回復アイテムを使用し、適宜回復を済ませては人に化けた魔物を倒していく。あるいはアイスコフィンで凍らせていった。
「これで10、ですね」
イリアが退治した、あるいは凍らせた魔物の数を数える。一邸宅に10体、十分多いといえよう。
「反応としては後三つほど。少し動き回ってみれば、もしかしたら増えるかもしれません」
デティクトアンデッドの反応を見ながら煉淡が言う。
「他にも唆されている人間が居るかもしれません。部屋を出ましょう」
焔が心読みのティアラとリシーブメモリーをいつでも使えるように準備をする。真琴は説得を行うべく、彼女についていく事にした。イリアは別件で提案があるため、一度侯爵家の面子が揃っている部屋へと戻る。
「レインフォルスさん、異常はありませんか?」
「ああ‥‥今のところ何もない」
警護に当たっていたレインフォルスに様子を尋ね、イリアはほっと胸をなでおろした。そしてセーファスと侯爵の前に進み出る。
「侯爵様、セーファス様、提案があります」
「提案、と」
繰り返された侯爵の言葉にイリアは「はい」としっかりとした返事を返し、続けた。
「精霊の儀式を行ってはどうかと思うのです」
「精霊の儀式?」
「イーリス様に協力を願い、地獄で効果を発揮しているカオスの力を弱める【祈紐】に倣い、下位精霊様、冒険者の精霊を集め祈りの洞窟で侯爵家の方々と共に、鎮魂等の祈りで、カオスの力を抑える儀式を行う事を提案します」
「イーリスに、とは?」
突然出てきた部下の騎士の名に、セーファスは不思議そうに首を傾げた。
「黒翼の復讐者と敵対する、ウイバーン様、トッドローリィ様を説得し儀式に呼ぶのです」
「ああ、なるほど‥‥」
確かに以前イーリス・オークレールが追っていた事件で、ウイバーンやトッドローリィは黒翼の復讐者を嫌っていた。彼らを信奉する集団が目障りだ、魔物の気配が不快だと彼らは告げていたはずだ。
「協力を得られる可能性は?」
「誠心誠意、お願いしてみます。どうか、イーリスさんと共にかの精霊様たちに協力を願う事をお許しください」
侯爵の言葉にイリアは頭を下げた。その周りでは風のエレメンタラーフェアリーのウェイリアが「おねがい? おねがい?」とイリアの言葉を真似ていた。
「儀式を行えば、黒翼の復讐者は無視できず現れると考えます。危険ですが罠を仕掛ける事を提案します」
「‥‥‥」
侯爵は顎に手を当てるようにして考え込んだ。自身としては二度も黒翼の復讐者にしてやられている侯爵だ。ここで何とか手を打っておきたいのは同様のはず。
「わかった。許可しよう。イーリスと共に行くがいい」
「有難うございます!」
イリアは頭をあげ、儀式の支度を整えるべく、急ぎイーリスの元へ向かった。
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「これだけの広範囲となると、やはり瞬間移動か‥‥?」
「ですが、瞬間移動はそんなに何度も使えるものでしょうか?」
街中の別の場所。アマツと塁郁は再び乱闘に出くわしていた。最初の乱闘で事後の手当ても施したため魔力の消耗が激しかったが、今はそんな事言っていられる場合ではない。目の前の乱闘を止めねばならなかった。中には勇猛にも乱闘の仲裁に入る者も居たが、大半は怯えるようにして乱闘を見守っているだけだ。確かに突然狂ったように暴れだした人々というのは恐ろしいだろう。仕方があるまい。
今回もまた、峰打ちとコアギュレイトで対抗し、拘束した者、気絶した者から隔離を頼む。
「‥‥」
ふと、思い立った塁郁はデティクトアンデッドを使ってみた。すると、人間ほどの大きさのものが一つ、引っかかった。距離は丁度野次馬が人垣を作っている辺り。だが方角が解らない。
きょろ、と辺りを見回してみるが、それらしきものは見えなかった。カオスの魔物のような異形のものが居ればそれはそれで騒ぎになるだろうから、姿を隠しているのか変身しているのか――。
「‥‥?」
ふと、塁郁の視線が一人の青年と交わった。その青年は見下すようにして、そして笑みを浮かべると、さっと雑踏に消えて行った。
「塁郁殿? どうかしたか?」
「いえ、その‥‥」
アマツに問われたが、なんと答えてよいのかわからない。なんだか嫌な予感はしたのだが、あの笑みには色々な意味が含まれているような気がしたのだが、上手く説明できそうにはなかった。
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「ギャッ!」
煉淡のホーリーで攻撃された私兵が――いや、私兵に憑依していた魔物が叫び声を上げて反射的にその身体から出る。
「逃がしやしやせん!」
真琴がゴートスレイヤーを振るう。一振りで重大なダメージをこうむった魔物はふらふらと反撃をしようとするが、そんな攻撃が当たるはずもなく。むなしくそのままやられるだけだった。
「土御門の姉御、他に怪しい者はおりやせんか」
焔は魔法を使っているのを直接見られないようにしながら邸内の人々の記憶を奪っていく。新人達の検分が終わったからといって安心してはいられない。昔から雇われている者たちの中に、憑依されたり復讐心を煽られたりしている者が居ないとも限らない。
「今ので、とりあえずデティクトアンデッドの反応は最後ですね」
「という事は、後はいるとすれば唆されている人たちでやすか‥‥」
煉淡の報告に真琴が小さくため息を漏らす。唆されている人の方が厄介ではあった。黒翼の復讐者は人の心に漬け込み、話術を駆使して人の心を揺さぶる。
「ともあれもうひと頑張りです」
煉淡の励ましに、真琴も焔も頷いた。
「お茶をお持ちしました」
こちらは侯爵家が揃っている部屋。ノックの音がしたかと思うと、二人のメイドがお茶とお茶菓子を乗せたワゴンを運んできた。
「頼んではいないぞ?」
「お疲れかと思いまして。いつもでしたらお茶の時間ですから」
侯爵の言葉に、メイドはにこやかに答え、ティーカップに茶を注いでいく。
「そうね‥‥貰おうかしら」
夫人が立ち上がり、先ほど掛けなおしてもらったホーリーフィールドの外に出ようとした。それをレインフォルスが腕を差し出して制する。
「毒‥‥ではないな。毒はそう簡単に手に入るものではないし、ここまで殺気が出ることはないだろう」
レインフォルスは二人のメイドから殺気を感じていた。彼の言葉にメイドの顔色が変わる。
「!?」
侯爵が夫人を自分の傍に引き寄せる。とりあえずホーリーフィールドの中に居れば安全だ。
「っ!」
メイドが二人、隠していた包丁を手にレインフォルスに近寄る。だが彼からしてみればそんな動きを見切ることなど簡単で、二人のメイドの腕を造作もなく捻り上げ、包丁を叩き落した。
「拘束する。いいか?」
「ああ、頼む」
侯爵の許可を受け、レインフォルスはメイド達をロープで縛り上げた。
●
街中での騒動はひと段落を見せた。これがもう少し多く起こっていたら、アマツと塁郁のみでは対処し切れなかったかもしれない。
邸内に紛れていたカオスの魔物は全て退治、または氷付けにした。唆されて復讐心を持つものはまだ居るかもしれないが、さすがに全てを探し出す事は出来なかった。
イリアとイーリスの向かった精霊の説得は、どうやら成功したようで。次に儀式を行うときにウイバーンとトッドローリィは手を貸してくれる事になった。
さて、次に行うのは儀式――黒翼の復讐者はその姿を現してくれるのだろうか――?