【碧眼の元に集え】――交渉――

■シリーズシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 97 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月08日〜03月15日

リプレイ公開日:2009年03月17日

●オープニング


 予想通り、カットアでの王弟コスタス・ルイドとの階段は決裂した。コスタス側に交渉するつもりがまったくなかったのである。彼は自分を虚仮にし続けた(虚仮にされるだけの理由があったのだが)マクシミリアンが身をやつし、自分に頭を下げるのを楽しそうに笑ってみていたのだ。
 元々交渉が成立するはずがないとふんでいた冒険者達の警戒により、傷は負ったものの彼らは無事に脱出する事が出来た。コスタスの追っ手を振り切り、変装してジェトスへと乗り込む。そして一旦メイへと引き上げたのだった。

「王弟コスタスとマハト領が敵であると分かった今、頼れる場所はひとつしかない」
 メイのギルドの一室を借り切って、マクシミリアンは低い声で呟いた。
「王姉――伯母上の治めるエイデル領に助けを求める。首都サクラアンシュはルイド領を南に超えてすぐだ」
「伯母上が味方についてくれる勝算はどのくらいあるのですか?」
 冒険者の問いにマクシミリアンは少し考えるそぶりを見せた後、
「ほぼ100‥‥といいたいところだが、不測の事態を考えて80としておこうか。残りの20が我々の交渉手段にかかっていると思ってほしい」
 エイデル公爵アンゼルマ・ルイドは48歳で、現王の姉に当たる。現王とは親密な関係にあり、男児に恵まれていない為、マクシミリアンを自分の子供のように可愛がっているのだという。前回のコスタスに比べれば印象も数倍いい。
「交渉目的は、反撃ののろしを上げる為の拠点の確保と各種物資の調達、その他もろもろだ。かけられた汚名を雪ぐための後ろ盾となってもらいたい」
 他にも交渉するべきことがあれば、しておくのがよいだろう。
 移動に際してはジェトスから真っ直ぐ南下してエイデル領のサクラアンシュに向かう事になる。エイデル領はアンゼルマの強い意志の元、新王子への恭順の意は示しておらず、マクシミリアン一行が受け入れてもらえる可能性は高い。その上協力してもらえるかどうかは交渉次第だろう。
 ジェトスからは馬車が用意されるが、エイデル領に入るまでは気をつけてほしい。マクシミリアンの命を狙う輩は沢山いるのだから。



「王子はなぜ、エアハルト王子が敵だと思われたのですか?」
 支倉純也が問う。もし襲わるという計画を耳にしただけならば、こうも早くは動けないだろう。マクシミリアンには、なにか確証たるものがあるに違いない。
「‥‥‥これは内密にしてもらえるだろうか」
「アンゼルマ様との交渉に使えるようならば使わせていただきます」
「抜け目ないな」
 ふ、と笑んでその一瞬後は真剣な表情に戻った王子。窓から外を見ながら小さく呟いた。
「あれは偶然だった。エアハルト王子が偶然鎖に通した指輪を落としたところを目撃したのだ。私の記憶が正しければ、その指輪に刻まれていた紋章は――バの貴族、ザガ家のものだ」
「!?」
 純也の瞳が驚愕で見開かれる。そして紡ぎだされた言葉は――
「竜が、カオスの力を借りているバの人間に屈服したというのですか?」
「そこまではわからぬ。だがエアハルトは私に紋章を見られたか見られなかったか確証がなかったのだろう。ならば危険分子は排除してしまえ、と。それで私は反乱分子とされたのだ」
「――願わくば、王子の心安らかならん日が訪れる事を――」
 純也は膝をついて礼の形を取り、頭を下げた。


●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec4322 シファ・ジェンマ(38歳・♀・鎧騎士・パラ・メイの国)

●リプレイ本文


 ジェト行きのゴーレムシップは滑るようにゆっくりとメイディアを発った。一行は港まで見送りに来てくれた支倉純也の齎した情報を思う。
「でもこれで使えるカードは増えたと思う」
 風烈(ea1587)が皆を見渡して頷くと、それに全員が頷いて答えた。
「王子、伯母君は性格はどのような方なのでしょう?」
 フィリッパ・オーギュスト(eb1004)が傍らに座る荷運びの少年に問う。荷運びの少年に対して「王子」はおかしかったが仕方あるまい、シファ・ジェンマ(ec4322)によって変装させられた彼はマクシミリアン王子なのだから。
「伯母上はなかなかに『読めない』方だ。公爵として一領土を治めているくらいだからな。だが筋の通らない事はお嫌いで、その点父とは仲が良かったが、叔父上の様な気質の者とはそりが合わない」
「こっちについてくれる確率も高いってわけか」
 巴渓(ea0167)に王子は小さく頷いて見せた。
「信頼すればした分、返って来る。筋の通らない懲罰は行なわない。当然の事だがその当然のことがなされていない領土も多数ある」
「先だって訪れたマハト領の様に‥‥ですか」
 ぼそり、呟いたのはルイス・マリスカル(ea3063)。確かにマハト領領主はほぼ私怨でマクシミリアンを狙っているのだった。
「ほぼ交渉は失敗しないとしても、万が一不意を打たれた時の対応を考えておかねばなりません。私の場合はホーリーフィールドを‥‥」
「多分」
 フィリッパの言葉を遮ったのは烈。そして彼はそのまま続けた。
「俺の考えが正しいのならば――」



 メイから来た商人とその護衛という事でジェトスに降り立った一行は、馬車を調達し、エイデル領へと向かう。エイデル領へ行くにはジェトスから真っ直ぐ南下すればよい。ルイスは不思議な水瓶に水を入れたまま、馬車を走らせた。
 シファは一行から離れ、各所に潜伏しながら辺りの様子を伺う。怪しい者が潜んでいないか、追っ手はないか――。
「今のところ異常はないようです」
 時折馬車に戻り、報告をする。
「相手はこっちの動きの予想はつけられるだろうに、追っ手も何もねぇのはおかしいな」
「まあ、こちらを油断させておいて――というのも考えられるから、気を引き締めていこう」
 渓の言葉に烈が引き続き警戒を促したあと、そういえばと口を開いた。
「王子が見たというエアハルトの持っていたバの紋章、どう思う?」
「恐らくは罠でしょう」
 即答したのはフィリッパ。続けてその根拠を述べる。
「機転を効かせ依然襲われた間者が持っていたとでも言えば、問い詰める以上はできませんし後ろ盾の保障として持っていないと不安というわけでもないでしょう。激昂して襲撃も良し、不用意に審問してくれて良し、逃した後に証拠を探しに来ても良し、と幾重にも利用できます」
「まあ、バが介入しているのは本当だとしても、あからさまに怪しいものを持っていて、それをみすみす落とすなど誘っているとしか思えませんね」
 ルイスが苦笑を漏らす。その瞳の端にセブンリーグブーツで駆けてくるシファが映った。
「どうかしましたか?」
 一旦馬車を止め、シファを迎えて問う。残りの者達も彼女の言葉を待った。
「ここから300mほど先の茂みに野盗の様な格好をした者達を見つけました。剣や弓などを持っていました」
「王子、ここから別の道に反れることは?」
「それだと、大分引き返さなくてはならないな」
「エアハルトの手の者か、コスタスの手の者か、本物の野盗か、遠目からでは判断がつきませんでした」
 フィリッパの問いに王子が答え、シファが補足する。
 さて、どうするか――
「エアハルトやコスタスの手の者であればいずれ相対せねばならない者達です。どの道にそれたとしても、狙ってくるでしょう本物の野盗であれば、退治しておくに越した事はないでしょう」
「となれば、いっちょやるか!」
 ルイスの言葉に異を唱える者はいなかった。渓は気合をいれてぐい、と拳を握り締めた。



 エイデル領サクラアンシュ――そこは領境を越えると比較的すぐに辿りつける街だった。街並みは華美というより質素で実用を兼ね備えているように見え、領主の性格がうかがえるようだった。
「女公爵っつーともっと派手好きなイメージがあるが、偏見なのかね」
「マハト領の方が外見に金を掛けている感じだったな」
 渓と烈が辺りを見渡してこぼす。だが民人には困窮した様子や疲弊した様子が見られず、むしろこの質素な街並みを誇りに思っている風であった。
「こっちだ」
 荷運びの格好のままマクシミリアンが慣れた風に街中を進んでいく。程なくして一行がたどり着いた屋敷は、街中で一番大きな屋敷だった。だがやはり装飾による華美さは最低限に抑えられており、その分建物の強度や防衛設備、そして警備にお金が回されているようだった。
「どうやってアンゼルマ様にお目通りを願うか、ですが」
 ルイスの言葉にはた、と皆が動きを止める。
 そうだった。サクラアンシュに無事に到着しさえすれば後はとんとん拍子に話が進むと思っていたのだろう、どのようにして面会までこぎつけるか考えてはいなかったのだ。
「困りましたわね」
 ちら、とフィリッパが王子を見る。彼は今荷運びの格好だ。そのままで王子だと名乗り、どこまで信頼を獲得できるか。
「けれどもアンゼルマ様が聞いたとおりの方ならば、むしろ下手な小細工は良くないほうへ働くと思います」
 思い切ってシファが口を開いた。それはゴーレムシップの中で烈が思いついた『不意打ちへの対処』と同じく、アンゼルマの性格を考えれば正しいことのように思える。
「王子はどう思う?」
「異論ない。己にやましいことがなければ、偽る必要はない。このままの格好で、そして正直に名乗ろう」
 それが相手に寄せる最大の信頼の証。烈はその言葉に頷いた。
「それじゃあ、行こう」
 ゆっくりと一同は門の近くに歩み寄る。明かに見慣れぬ者達の姿を見て、門番達がざわめくのが見て取れた。それでも一同は歩みを止めない。やましいところはないのだから。
「何者だ」
「王子マクシミリアン・ルイドと護衛たちだ。伯母上にお目通りを願いたい」
 王子の言葉に門番達が目を見開いた。当然のことながらマクシミリアン反逆の報はエイデル領にも流れているのだろう。まさかその本人が堂々と現れるとは門番達も思いもしなかったのだろう、明らかに動揺している。
「お目通りを」
 けれどもこれが最初の信頼の形。
 冒険者達も真剣な瞳で門番たちを見つめた。



 通されたのはこれまた飾り気のない広間で、サイドテーブルの上に置かれた花瓶と花が唯一の飾りの様に思えた。
「お待たせいたしました」
 暫くして入室してきた本人もさぞや質素なのだろうと思いきや、さすがにシンプルではあるがそれなりに高級なむ布を使っていることが分かるドレスを纏っていた。
「伯母上、お久しぶりです」
 マクシミリアンと共に冒険者達も礼を取る。アンゼルマ・ルイド――その人は聞いていた年齢よりも一回りは若く見えた。
「まあ、マクシミリアン。そんな姿に身をやつして‥‥さぞや苦労したことでしょう。護衛の皆さんにも苦労をかけましたね。私からも礼を言います」
 優しい声色でアンゼルマは言い、着座する。彼女の護衛と思しき男達が二人、その後ろについた。
「ところで単刀直入に聞きますが、用件はエアハルトとやらのことで間違いないかしら?」
 キラリ、アンゼルマの瞳が光る。王子も冒険者たちも身を硬くした。
 冒険者達の方針では基本的な交渉は王子に任せることになっていたので、皆、王子が口を開くのを待っていた。
「はい。私に反逆の汚名が着せられているのはお耳に届いていると思います。けれども私は潔白です。名を偽らずにここを尋ねたのがまずその証拠です」
 アンゼルマは静かに王子の言葉を聞いている。
「現在ジェトスではなぜか殆どの重鎮がエアハルト側につき、私は側近達共々乱心、反逆の汚名を着せられて殺害されそうになりました。マハト領にも参りましたがすでに叔父上はあちら側の人間。ここに来るまでも野盗を装った刺客に狙われました」
「貴方が私に、このエイデル領に求める事は?」
「反撃ののろしを上げる為の拠点の確保と各種物資の調達、その他もろもろです。かけられた汚名を雪ぐための後ろ盾となってもらいたいと思っております」
 しん‥‥
 場を沈黙が支配する。暫くの間アンゼルマは黙ったまま王子を見つめていた。そして。
「それでは王子をここまで護衛してきたあなた方の意見も聞きましょう。あなた方はジェトの者ではありませんね?」
 アンゼルマの矛先が冒険者達に向いた。まずはルイスが礼をとって口を開く。
「我々はメイディアで雇われた冒険者です」
「メイの者がなぜジェトの王子に助力を? バとの休戦協定をわが国が仲立ちした事は知っていますが、聞く所によればバはそれを破って再侵攻を開始したとか」
「私個人の意見としてですが。命を失わば、王位は当然望めず。故に野心あって王位を狙うものは、まず自分の身を守らんとするはずですが。命が狙われる中、自分を囮とし。周囲の人間を先に逃がした王子の行動こそ、無実と信じるに値する証拠であり。そのような仁・勇兼ねそろえた方ゆえに、お助けしております。そして、騒乱にて民の暮らしが脅かされぬよう、一刻も早い解決を願っております」
 交渉は他の者に任せ、シファと渓は様子を伺っている。兵を隠す場所があるとも思えないが、アンゼルマのそばに立っている二人が攻撃してこないとも限らないからだ。
「勝算に関して、一見不利に見えるかもしれません」
 次に涼やかな声で口を開いたのはフィリッパだ。
「ですが相手は『自分』『竜』『背後の正体』『有利な時勢』このどれが疑われてもこまりますが、こちらはどれか一枚のベールを剥げばよいのです」
「あなた達はエアハルトを黒だと思っているということね」
 それはアンゼルマも同じであるはずだったが、確認するような彼女の言葉にフィリッパは頷いて見せた。
「メイについてですが」
 今度は烈が切り込む。事前にギルド職員の純也と話して得た情報だ。
「現在は正規の宣戦布告や救援要請がないので、あくまでもマクシミリアン王子個人の依頼としてギルドが動いているだけです。けれども依頼の報告があからさまにジェド内部に異変ありということなら、冒険者ギルドから王宮に報告があがり、その内容で秘密裏に国が支援することは考えられます。つまりギルドマスターから王宮に公式、非公式の支援要請をあげてもらうことが出来ます」
 最後のこれは確約ではないが、一つの可能性。嘘ではないが確実とはいえない札。
「見返りは?」
 何の見返りもなしにメイがジェトを助けようとするなど胡散臭い。だからアンゼルマの問いも当然のことで。
「それは正式に力を貸すことになったら、ご相談という事で」
 彼らはあくまでも冒険者。政治の事まで口を出せないのも確かだ。出すぎた真似はしない。
「わかりました。では」
 アンゼルマ立ち上がった。それと同時に背後に控えていた二人が隠し持っていたナイフを手にマクシミリアンと冒険者達に肉薄し――
「――っ」
 警戒していたシファや渓などは反射的に手が出るのを押さえる。
 そう、一同はその突然の攻撃に対し反撃すらしなかったのだ。これにはアンゼルマも目を丸くして。
「護衛としては失格ではなくて?」
「アンゼルマ様は信頼すればした分、返し、筋の通らない懲罰は行なわない方だと伺っておりました。これが私たちの信頼の証です」
 シファが吸い込んだ息をゆっくり吐き出して答えた。
 そう、これがアンゼルマの性格を聞いた烈が思いついた事だった。
 全幅の信頼を見せること。
 場合によっては非常に危険だが、この位やってみせないとダメかもしれない、そう感じたのだ。
「おやめなさい」
 アンゼルマの命で二人がナイフを下ろす。そして。
「気に入ってもらえたかい?」
「ええ。あなた達がここまで肝が据わっているとは思わなかったわ。元々マクシミリアンの助力はしたいと思っていたけれど、こういう信頼できる人たちを傍においているのならば安心ね」
 渓の言葉に答えたアンゼルマは再び椅子に腰をかけて。
「約束しましょう。汚名を雪ぐ為の助力を惜しまない事を。ただ、相手はいうなれば『竜の王子』。それに対抗するにはそれなりの付加がほしいわ」
「竜に対抗するには――‥‥」
 誰ともなく呟いて。
 それを聞いたアンゼルマはにっこりと笑って。

「『精霊の王子』なんてどうかしら?」

 なんだかとんでもない事を言い出した。