●リプレイ本文
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バハムートに導かれた薄暗い洞窟に足を踏み入れる。それぞれ持ち込んだ照明器具に火を灯し、辺りを覗った。
壁は多少湿り気を帯びていて、どこからか水でもにじみ出ているようだった。
「色々と話すことはあるが‥‥まずは二手に分かれるという最初の分岐を超えてから、だな」
グラン・バク(ea5229)の言葉に、一同は二つに分かれた道を見やる。それぞれの道の壁には何か文字が彫られている。
「これはアプト語ではないですね」
ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)が壁の文字に触れながら確認をする。メイ人の彼女が言うのなら確かだろう。
「簡単な言葉しかわからないが、セトタ語でもラム語でもサン語でもヒスタ語でもないみたいだね」
キース・レッド(ea3475)も文字を確認する。だとすればこれは何語なのだろうか?
「これは、暗号の文章ですよね、バハムートさん?」
「うん。暗号の内容だよ。君達に口頭で教えたのと同じことが書かれている」
バハムートはフィリッパ・オーギュスト(eb1004)の問いに頷き、聞かれたことだけを答えた。今の彼はいわば審判者。余計に口出しはしないということだろう。
「マクシミリアン王子、この文字に見覚えは?」
セイル・ファースト(eb8642)の問いに王子は顎に手を当ててしばし考え。
「昔、城の書庫の禁帯出文書か何かで見たような気がするが、何だったか‥‥」
「俺はここにある暗号は天界王に関する何かを暗示しているのではないかと思うのだが」
「へぇ」
風烈(ea1587)の言葉に声を上げたのには意外にもバハムートだった。感心した様に、そして面白そうに烈を見つめている。
「この文字は、ガイの出身国の文字を使ってるんだよ。僕にもここの暗号の内容しか読めないけどね」
「天界王の出身国、ですか‥‥」
呟いたのはシファ・ジェンマ(ec4322)。だがメイ出身の彼女には、その言語はわからない。
「難しい文章はわかりませんが、恐らくこれは『生命』。これが『種』。これが『花』ですね」
「! ルイスさんわかるの?」
ぽつりぽつりと単語を読み上げ始めたのはルイス・マリスカル(ea3063)だ。幅広い言語の知識をもつ彼は、ベアトリーセの問いに頷いた。
「恐らくですが、これはアラビア語ではないかと」
「‥‥アラビア語?」
その言葉に一同は首を傾げた。
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「僕は左を推すが‥‥」
「これは、男女で分かれるんですよ」
「ああ、なるほど」
シファの解説を聞いてキースは納得した様子だ。
最初の分岐『生命を育む大地』は女性、『大地に種まき芽吹いた花を護るもの』は男性を現していると推測した一同は、男女に分かれて分岐を進んだ。バハムートは人数の少ない女性側に同行した。
「天使への祈りだけど、私達アトランティスの民は具体的なイメージがわからないのよね。それでウィルまで行って同じように天使に祈りを捧げてきたわ。でも、結局はバハムートくん、あなたの姿をイメージしてたのよね」
薄暗い、産道のような道をわずかな灯りで照らしながら、ベアトリーセは明るく語る。
「天使?」
「精霊や竜への祈りでいいのかな、少年の姿しか知らないけど、天使とはああいう少年の姿をイメージすればいいのかな、両方に近い人を知っているんだけどってね☆」
その言葉にバハムートは相変わらず少年の姿のまま「良くわからないけど思い出してもらえるのは嬉しいね」と笑った。
道は思ったよりも長く、合流できたのは30分程歩いた所でだろうか。まっすぐよりも曲がりくねった道が多かった事から、直線で行くよりも随分歩かされたような感じだ。
「まあ、無事で何より」
グランの言葉に一同は互いの無事を確認しあい、そして二つ目の分岐へと目をやった。
「ここの分岐の意見は確か一致してたな」
「ええ。原文は読めませんが、バハムート殿から伝え聞いた文章の頭文字を繋げますと『ほのおのしるべ』と読めました。よって炎のレリーフのある道です」
キースの問いに答えたシファがきょろ、と辺りを見回す。皆も同じように分岐の入り口のレリーフを見て回った。
「あったぞ」
手招きするセイルに近寄ってみると、確かにそのレリーフは炎を表しているようだった。他のレリーフが炎っぽくないのも他の者が確認済みだ。この道が炎の道で間違いないだろう。
「ところでバハムート、俺達はこれからカオスの魔物と対峙する事になるが、知らない事があまりにも多すぎる。悠久の時の中で蓄えた千金にも値する知識を授けてはくれないだろうか?」
炎のレリーフの道を歩みつつ烈が切り出した言葉に、バハムートはん、と首を傾げた。烈の方は高位の精霊や天使くらいからしか正確な情報は得られそうになく、貴重な機会だからと思っている。
「そもそもカオスの魔物とは何で、何を目的として活動しているんだ?」
「カオスの魔物はカオスそのものだよ。世界を混沌に染め上げようとしているんだよ。不快極まりない」
「カオスの魔物はデビルと似た力を使うが、両者の関係については? 7大魔王とカオス8王との関係は?」
「それは、僕には何とも。僕はデビルというものを知らないから、比較のしようがないんだ」
いわれてみればその通りで。アトランティスの精霊であるバハムートには、デビルの知識はない。
「さあ、三番目の分岐ですね」
先頭を歩いていたルイスが立ち止まってランタンを掲げた。設問の書かれた壁と、4つのレリーフがつけられた道がまた彼らを待ち構えていた。
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3つ目の分岐は「杖」の道を選ぶ事に意見は一致していた。
「『杖の消す道』ということですから、何か仕掛けがあるのかもしれません」
フィリッパが杖のレリーフに近寄り、そっと観察をする。すると杖のレリーフの下にもう一枚何か隠されているのがわかった。キースが念の為に罠の有無を確認してからレリーフに手をかける。
そっとレリーフを外すと、その下に出てきたのは盾を描いたレリーフだった。
「盾、ですか‥‥これが何を意味するのか解りませんが、杖が消していた道ということならば、これで間違いはなさそうです」
盾のレリーフをそっとなぞったシファの言葉に同意し、一行は杖の道を歩き始めた。
「精霊竜殿にお聞きしたい」
その歩みの中で厳かに口を開いたのはグランだ。
「近い将来かつてカオスの穴を封じるのに用いた力、それが今一度必要になると考えている。その力、阿修羅の剣な訳だが力を取り戻させる方法ご存知ならお知恵をお借りできないか」
「阿修羅の剣‥‥ね」
バハムートは困ったように首を傾げて。
「名前は聞いたことがあるけど、あれは精霊力を帯びたアイテムじゃないから、僕に限らず精霊には解らないと思う。僕に言えるのは、必要な時になったら再び姿を現すかもしれないね、って事くらいかな」
力になれなくてごめんね、と苦笑するバハムートにグランは大丈夫だ、と頷いて見せた。そう簡単に答えが手に入るとは思ってはいなかった。
「さあ、四つ目の分岐のようだ」
セイルの言葉に一同が顔を上げると、4つ目の分岐があった。
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情報では最後の分岐、それがここだ。だがここで意見が分かれた。
謎解きに関しては、洞窟の守護者の名前「バハムート」を除いた文章「選ぶべき道、砂の国の神の名の待つ道」という答えは皆同じだ。だがそれが選択肢の竜・精霊・神のうちどれを指しているかという解釈で意見が分かれた。
「砂の国が何を指すか、自信のある答えが思いつかないですね。まずサミアド砂漠が思い浮かびますが。カオスの穴が開いたのは、ロードガイ伝説の遥か後の事ですし‥‥」
自信なさ気に呟くルイスの横で、ベアトリーセは反対に自信満々だ。
「アトランティスで砂の国はメイ、メイの守護神といえばヒュージドラゴン。だから竜だと思うわ」
「今回の試練に向け、バハムートが謎を作ったと考えるのならば。砂の国の守(かみ)、竜戦士たる先王ウーゼル・ペン『ドラゴン』の名にちなんで。竜の道ではないかとは思いますが‥‥」
「砂の神? 確かに謎だが、文章の意味をそのまま取るなら神だと思うが‥‥うーん、見当がつかない」
竜を推すベアトリーセとルイスに対して、やや弱気だが神寄りなキース。他の五人は「神」の道を選ぶという。
「ただの言葉遊びなのかもしれないが、アラビア語で書かれていることもあるし、やはり天界王に関する何かを示しているのかもしれない。だから、アトランティスに概念のない『神』が選択肢にのぼっているのかもしれない」
最初から謎賭けとロード・ガイの関係を意識していた烈が述べる。だが目の前にいるバハムートが竜の身体を持つ精霊である上、最後の謎掛けの目くらましに使われていた言葉が「バハムート」である以上、竜という選択肢を軽視する事も出来なかった。
よって、ルイスとベアトリーセが先行して「竜」の道を進み、先に繋がる何かを見つけたり行き止まりにあったら戻ってくるという事になった。他の者は彼らが戻ってくるのを分岐の場で待つ。
「それでは行って参ります」
「気をつけてください」
二人を見送り、五人はしばしの間その場で休息をとることにした。
「え?」
「あ」
明かりが見える――人の気配がしたと思って歩みを進めると、そこは最初の分岐点だった。ルイスとベアトリーセは数時間かけて曲がりくねった道を歩いた挙句、最初の地点に戻ってきてしまったのだ。
「なるほど、外れの道は繋がっているのですね」
フィリッパの言葉に一同がレリーフを見ると、二人が入ったのは「竜」なのに出てきたのは「精霊」の道だった。
「という事は、残りは『神』だな」
二人が少し休んだら行くか、とセイルが明るく言った。
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「神」の道を全員で歩んでいく。どのくらい歩いただろうか――正確な時間はわからない。だが、一つだけ解る事がある。それは確実に何かに近づいているということ。
「この先は開けているみたいだね」
ランタンからの灯りが今までと違って上下左右に広がる。キースの言葉どおり、それはこの先が開けていることを意味していた。
「あれは‥‥祭壇、でしょうか」
土で出来た簡素な段。だがその上に古びた革張りの箱がいくつも置かれているのを見ると、まるで供物を捧げた祭壇のようだとルイスは思った。
「道中ちょっと不安なところもあったけど、無事到達おめでとう。ここが最深部だよ」
バハムートがひょい、と皆の前に出て、祭壇の前に小走りで寄る。
「ということは、ここに天界王縁の武具があると?」
「そういうこと」
グランの問いにバハムートは一つ一つ丁寧に箱を開けていった。そこに入っていたのは剣、槍、盾が一つずつと、サークレットが3つにローブが2着。よほど保存状態がよいのかこまめに手入れがされているのか、傷んだ様子はなかった。
「これはガイがこの世界に持ち込んで、物によっては親愛なる部下に与えようと思っていた武具なんだ。だからちょっと数がまちまちなんだけど」
「試練を乗り越えたってことは、これをもらえるのよね? ねぇ、マクシミリアン王子のサイズに武具を直してもらうことは出来る?」
「いや‥‥」
バハムートに問うベアトリーセを、王子は柔らかく止めて。
「私にはアミュートとエクセラがある。これは、一緒に戦ってくれるという皆に使ってもらいたい」
「精霊竜殿、本当にこの武具を我々が受け取っても構わぬのか?」
「うん。王子と共に試練を乗り越えた君達にも使う権利はあるよ」
「では」
グランはつ、とマクシミリアンに向き直って。
「大きな志のため辿り着かなければならぬ頂がある。だが、それを上り到達するためにはどうしても近しい人を全て置き去りに捨ておかなければならない。そうなったとき貴殿はどちらの道を選ぶ?」
第五の試練というべきか、その真っ直ぐに向けられた言葉に王子は真っ直ぐな瞳を返した。
「信じられる仲間さえいれば、提示された道以外の新しい道を切り開けると思う。私はその道を進む」
若さゆえの答えといってしまえばその通りなのだが、それが彼なりの答え。仲間を、皆を信頼しているという証。
元々決まった答えがある問いではない。ただそれはいつか選ばなければいけない「人」の生き方の問題だ。
「バハムート、敵はカオスドラゴンという強大な存在だと聞く。エアハルトの実力も知れない。この容易ならざる敵に相対するに際し、力を貸してはいただけぬだろうか」
エアハルトの実力はマクシミリアンでさえわからないという。セイルは少年の姿をとっているバハムートと視線をあわせ、真摯に訴える。
「別のバハムートにその強大な力を振るえばバランスが崩れる、と聞いているが、カオスも凶悪な力を持っていると聞く。当事者だけで解決するのが筋と理解しているが、それでも少しでも力になってやってくれないだろうか?」
逆に、力になれる事があれば骨身は惜しまない――その言葉にバハムートはふっと笑って。
「直接僕が力を行使すれば均衡が崩れるかもしれない。けれども君達が望んでいるのは勿論それじゃないよね?」
「別に君の力の上に胡坐をかこうってわけじゃないわ。それは信じて。相手はカオスドラゴンだから、私達には君がついているというだけでも全然違うの」
「王子が正当な後継として正々堂々の勝負を挑めるよう。直接の助力ではなく、カオスドラゴンの牽制をお願いしたいのです」
「相手は竜の加護を得ていると民達に思わせています。ですから王子がエアハルト王子と対等な舞台に立つのに、バハムートさんの――精霊の力が必要なのです」
ベアトリーセ、ルイス、フィリッパの言葉にバハムートは小さく頷いた。
「僕も他の精霊たちも、カオスの魔物は嫌いだ。ああも堂々と人を騙してジェト王家を乗っ取っているのにも腹が立つね。だから、できる限りの協力はする。けれども、自分達で何もせずに僕の力だけに頼ろうとしたら――約束はそこで終了だよ?」
協力はしてくれるが、あくまでもメインとなるのは人だ、彼らはそう考えているのだろう。
「それは勿論だ。約束しよう」
セイルが強く頷き、そして他の皆も強い意思を込めた瞳で頷き返した。
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ロード・ガイが残したとされる武具は白い盾の表面に、琥珀色で猫の頭を持った女性の姿が描かれている神盾「バステト」。
青色の柄に炎の様に赤い切っ先を持っている神槍「アスタルテ」。
燃え立つ炎の様な紅色をしている神紅剣「セクメト」。
ロータス(睡蓮)の花の刺繍が施されており、羽毛で飾られている外套ロータスローブ「ネフェルテム」。
白い輪に柳が絡まったようなデザインの神冠「オシリス」。
以上5種類だった。
それぞれその名につけられているモノは、ロード・ガイ縁のモノなのかもしれない。