【眠りの螺旋】悲愴幻想曲

■シリーズシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 47 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月17日〜04月23日

リプレイ公開日:2008年04月22日

●オープニング

「カオスの魔物を炙り出すには、今しかないと思います」
 冒険者を集めて開口一番、支倉純也はそう言った。

 前回謎の女性が恐らくカオスの魔物であると予想して調査と護衛を行っていた一行だったが、十年前の出来事――リンデン侯爵次男クレスト死亡事故が一連の事件の犯人の動機に関わっているだろう事を知った。
 そしてその事故が動機であるとすると一番疑わしい人物が侯爵夫人である。
 その侯爵夫人を調べた所、姿を見ることは出来ていないが、女性と不穏な会話をしている所を突き止めることが出来た。その会話の内容が事実だとすれば、夫人とカオスの魔物との繋がりは間違いのないものとなる。

 また、レインリィの父ヴィンターニュ家当主の元を訪れた者達は、継嗣争いに派閥が生じている事を知った。派閥といっても弟ディアスを推すのは夫人を初めとした少数だけで、重要視するほどのものではないというのが眠りに落ちる前の侯爵や、病床に着く前のヴィンターニュ家当主の見解。だが、事態は動いている。兄であるセーファス派筆頭のヴィンターニュ家のレインリィが命を狙われ、そしてセーファス自身も何度か暗殺未遂を受けている。

 だが夫人にとってイレギュラーなのが昏々と眠り続ける侯爵であった。侯爵が眠り続けているため、セーファスに対して強硬に出られないようなのだ。しかしそれもカオスの魔物のそそのかしによって、どうなるかわからない。

「夫人はレインリィさんを処分したと思い込んでいることでしょう。また、セーファス様を再び狙わないとも限りません」
 純也は目を伏せ、続ける。
「セーファス様はまだ夫人がカオスの魔物にそそのかされているということをご存知有りません。それを伝えるかどうかも含め、今回の作戦立案は皆さんにお任せしたいと思います」
 つまり、今までの受身でいることしかできなかった状況ではなく、こちらから策を仕掛けて打って出る事が出来るのだ。
「ですが、それには危険が伴うという事を肝に銘じて置いてください」

 一歩間違えば、誰かが死ぬ――。

 セーファスか、レインリィか、夫人か、それとも――?

「‥‥もしも夫人ご自身がセーファス様を手にかけようとなさったら、クレスト様の一件で負い目を感じておられるセーファス様は、抵抗できるのでしょうか‥‥?」
 純也の不穏な呟きが、開け放たれた窓から入ってきた風に乗って流れた。

●今回の参加者

 ea1702 ランディ・マクファーレン(28歳・♂・ナイト・人間・フランク王国)
 ea3972 ソフィア・ファーリーフ(24歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea8594 ルメリア・アドミナル(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea9026 ラフィリンス・ヴィアド(21歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1388 服部 肝臓(39歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●真実を知る事
 リンデン行きのゴーレムシップ。その内部で事情は淡々と語られた。現在リンデン侯爵家で起こっている事柄、そして関わっている人々の状況について、レインリィは初めて知らされたのだ。それと同時に、これから命を危険に晒して重要な役目につかされる。
「十年前の痛ましい事件、これが全ての切っ掛けでしたのですわね。ですが、カオスの魔物の力を利用しているつもりで、操られ全てを失おうとしているのでしょう」
 ルメリア・アドミナル(ea8594)は溜息をつくかのようにそう述べた。
「‥‥‥‥‥」
 事情を全て聞き終わったレインリィはというと下を向いて沈黙してしまった。無理もないだろう、信じていた同僚が裏切り、そしていきなりカオスの魔物を誘き出す囮にされようとしているのだから。
「レインリィさん、大丈夫ですか?」
 彼女の顔を覗きこむようにして声をかけたのは、事情を説明していたソフィア・ファーリーフ(ea3972)。彼女以外の冒険者もレインリィの反応を見守っている。
「大丈夫です、レインリィさんもセーファスさんも必ず護りぬきますから」
 力強く彼女を励ますのはファング・ダイモス(ea7482)。それを受けてレインリィはどうしたら自分の気持ちが伝わるのか解らない、といったような表情を見せた。
「あ、はい。いえ‥‥恐れているわけではなくて、内容があまりにも、予想外のものだったものですから」
 それはそうだろう。ただの継嗣争いならともかく、カオスの魔物が関与しているなど、普通ならあまり考えない――否、考えたくないと可能性から除外してしまう内容だ。
「オリヴィスさんと剣を交える可能性もあります、覚悟は良いですね?」
 厳しい声色で覚悟を求めるソフィアに、レインリィは固く口を引き結んで頷いた。彼女の口から零れた言葉は「私とて、騎士ですから」、と。


●先触れ
 アイリス近くにゴーレムシップが到着すると、ルメリアは一足先にセブンリーグブーツを使用して侯爵邸へと向かった。セーファスにレインリィの来訪を告げるためである。
「事情は了解いたしました。それではまず、例の五人に緊急の用事を出しましょう。ただ、皆さんは真っ直ぐこちらへ向かってきているのでしょう? ここに到着なさるまでに全員を外に出せるかは、確約はしかねます、急がせますが」
「それは仕方がありませんわ。仲間がしっかりと護衛していますし大丈夫でしょう」
 セーファスとレインリィとの会談の前に、セーファスは雀尾煉淡(ec0844)と入れ替わる予定があった。彼が到着し、準備を整える時間も必要だ。
「準備が整うまでの間、レインリィはどうするのですか? それと、私が煉淡さんと入れ替わるという事は‥‥その間私はどうしたら良いでしょうか?」
「それは‥‥」
 セーファスの最もな質問に、ルメリアは口ごもる。皆で相談してセーファスとレインリィの会談という『舞台』を用意する予定になったものの、少しだけ詰めきってない部分もあった。
「レインリィさんの帰還を夫人が知るまでの時間が必要です。彼女の身は仲間が護りますので、邸内でセーファス様をお待ちすることの出来る部屋をお借りできませんか? もし準備が速く済めば、偽のセーファス様は先に部屋でお待ちいただいても構いませんし」
「義母上‥‥。解りました、続き部屋を用意しましょう。その続き部屋で私は待機して、煉淡さんの化けた私とレインリィとの会談を伺っていても良いでしょうか?」
「そうですね、セーファス様が二人会談の場にいらっしゃってはおかしいでしょうから、それがよろしいかと」
 ルメリアの同意を得てセーファスは急ぎ席を立ち、手配へと向かった。


●帰還
「レインリィ殿!?」
 ソフィア、フィリッパ・オーギュスト(eb1004)、ファング、そして純也を伴って侯爵邸へ現れたレインリィを見て、門番は驚いて叫び声にも似た声を上げた。
「セーファス様とお約束をしてあります。通していただけますね?」
 セーファスと面会をする名目は予め用意してあった。門番はまだ幻でも見ているかのような表情で彼らを通す。同じ様な現象は玄関を入った中でも起こった。メイドたちがレインリィの姿を認めて騒ぎ出したのである。それらは喜びの声。レインリィがどれだけ身分の違う者にも慕われていたのかが解る。
「レインリィさんが戻られれば、セーファス様も安泰ですわね」
 近くのメイドにフィリッパはにっこり笑って声をかける。メイドは「ええ、そうですとも!」と興奮したように何度も頷いた。
「これだけ騒げば、夫人の耳にも入るかしら」
「そうですね、どこでカオスの魔物が見ているかも解りませんし、気は抜けません」
 フィリッパとファングが言葉を交わしていると、廊下の先から見覚えのある人物が駆け寄って来た。一足先にセーファスの護衛として屋敷入りしていたラフィリンス・ヴィアド(ea9026)だ。
「セーファス様からご案内するようにと言付かってまいりました。こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
 ラフィリンスの助け舟に乗り、一同はメイドたちの群れから離れて歩き出す。目指すはセーファスとの会見場所となる続き部屋だ。そこには既にセーファスに化けた煉淡がおり、続き部屋では本物のセーファスとその護衛にとランディ・マクファーレン(ea1702)が待機しているはずだった。

「これは何の騒ぎ?」
 一同の背中が小さくなった頃、未だ騒ぎの収まらぬ玄関ホールにきつい調子の声が響いた。メイドたちはその声に身体を震わせて驚き、恐る恐る振り返る。
「お、奥様‥‥も、申し訳ありませんっ!」
 一斉に頭を下げるメイドたち。だが夫人は睨みつけるように目を細めたまま、口調を緩めようとはしない。
「私は何の騒ぎかと聞いているの。誰か答えなさい」
「も、申し訳ありませんっ。行方不明になられていたレインリィ様が先ほど、冒険者に伴われてお戻りになったもので」
「レインリィが?」
 夫人は眉を顰め、告げたメイドを睨みつける。そして出来るだけ平静を装って命令を下した。
「そう。ならば後で私の所にも来るでしょう。貴方達は早く持ち場に戻って仕事をなさい」
 正直いつ御前を退いていいのか迷っていたメイドたちが、蜘蛛の子を散らすようにはけていく。彼女達がいなくなったのを確認して、夫人は階段の手すりにドン、と拳を打ちつけた。その耳元に、くすくすと笑い声が届く。
「生きていたみたいね、あの子。冒険者を味方につけたようね」
 その声は夫人の耳に入るが、声の主の姿は見えない。
「それともう一つ悪い報せ。セーファスが例の五人に急用を言いつけてこの屋敷から出したみたい。私達の手駒を無くして、私達を誘き出すつもりなのかもしれないわ。どうするの? まだあの子、殺さないの?」
「レインリィが戻ってきた‥‥セーファスがこのまま公務を代行して、それを補佐するレインリィと共に実績を上げれば、ディアスの入る余地はなくなる」
「そうよ。やるなら二人ともやるしかないわ。貴方だけじゃ無理なら、私が手伝ってあげる」
 そう声がしたと思うと、その場に突然女性が現れた。そしてニヤリと笑い、今度は夫人と一体化していく――。
「さあ、行きましょう。憎しみをぶつけに。悲しみを放ちに」


●会談
 煉淡は己の持つ美術の腕を駆使してミミクリーでセーファスに化け、更に事前に用意してきたそれらしい服装にお互い着替えることで、万が一隠れているセーファスが見つかった場合もどちらが本物であるか、敵を混乱させる考えだ。対人鑑識の目とリードシンキングによる思考パターンの読み取りで、まさに影武者になろうと努力をした。レインリィの到着前にはルメリアをレインリィに見立て、あらかじめ交わされるであろう受け答えの練習もした。当の本人だけでなく、一足先に邸内入りしていたランディやラフィリンスも治すべき点を指摘する。そう、だから見破られまい。見事影武者になってみせると自信があった。

「先生、大丈夫でしょうか。もし私の代わりに彼が怪我でも負うことになったら‥‥」
 隣室にて、続き部屋の戸を細く開け、椅子に座る煉淡を見たセーファスが心配そうにランディへと問いかけた。
「セーファスが怪我を負ったら元も子もない。それにみすみす彼に怪我を負わせるような真似もしない、それが俺達冒険者の今回の仕事だ」
 自信たっぷりにセーファスの不安を鎮めてようとするランディは、荷物から柄に大きな宝石のはまっている短刀を取り出した。
「それは?」
「‥‥刃を向けるべき相手をよく見定め、決めたなら迷わず振るう事。いつかの授業の続き、だな」
 短剣を、セーファスに握らせる。彼が継母に刃を向けねばならない事態にするつもりはないが、念の為、だ。
「わかりました」
 セーファスが短刀を握り締めてランディの言葉を噛み締めたその時、隣室が騒がしくなってきた。
 どうやら大芝居が始まろうとしているようである。


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「というわけなのです」
「なるほど、そんな事情が‥‥」
 応接室、上座にセーファスに化けた煉淡。向かいにレインリィ。冒険者達はランディと服部肝臓(eb1388)を除いてそれぞれの後ろに立つようにしていた。肝臓は邸内の見回りをこっそり済ませた後、分厚いカーテンの後ろから様子を窺っている。彼の位置からは部屋の扉を開けて入ってくる人物が良く見て取れた。それは、万が一の時に攻撃するのにも丁度いいということで。
「まぁ、レインリィ。無事だったのですね」
 ノックもせずにバタンと扉を開けて入室してきたのは夫人。室内の空気が急にぴんと張り詰めたものになる。隣の部屋ではセーファスが「義母上」と口に出しそうになったのをランディが抑えていた。
「お、奥様‥‥申し訳有りません、先に奥様の元へお伺いするべきでした‥‥礼を欠いてしまい申し訳ありません」
 立ち上がり、深々と頭を下げるレインリィ。だが夫人は笑顔を浮かべたままで、室内に少し入った位置で立ち止まっている。
「いいのよ、気にしないで。さぁ、もっとこちらへ来て、私に顔を見せて頂戴」
「あの‥‥」
 夫人の申し出に戸惑うレインリィ。護衛として来ているファングやフィリッパに視線を向けるが、彼らとてここで露骨に夫人の申し出を拒否する事が騎士として更に礼を欠くであろうことは解っていた。だから、小さく頷いてみせる。だが、手を出すのを諦めたわけではない。それぞれがこっそりと武器に手を伸ばし、そしていつでも詠唱を唱えられるようにする。
「はい、解りました、奥様」
 レインリィが躊躇うように一歩一歩、夫人へと近づく。その度に冒険者達の緊張も深まる。
「さぁ、もっと近く」
 レインリィが婦人の手に届く距離に辿り着いた――その時。

「夫人はカオスの魔物に憑依されている状態だと思われます!」
 ヒュンッ‥‥ザシュッ!
「きゃあぁぁぁ!」

 こっそりミラーオブトルースのスクロールで水鏡を作り出していたソフィアの指摘。水鏡に映った夫人の姿は僅かに光って見えたのだ。
 そしてカーテンの陰から飛んだのは肝臓の放った手裏剣。狙い過たずにそれは夫人の右手首に命中し、握っていたナイフを落とさせる。
「レインリィさん!」
 ファングが急ぎ、レインリィを引っ張って後方へ下がらせ、フィリッパがレインリィの前に高速詠唱でホーリーフィールドを展開した。
 手首から血を噴き出した夫人はその場で膝を付き、痛みに耐えようとしている。
「身柄を拘束させていただいてもよろしいですね?」
「今、つかまるわけにはいかないの」
 煉淡の言葉でルメリアがアイスコフィンを唱えようとしたその時、夫人の身体から霧の様なものが吹き出て、そして瞬く間に女性の姿になった。そして、すぐにその姿は掻き消えて――
 アイスコフィンで捕縛を試みようとしたルメリアは目標を失い、敵はそのまますぐに移動でもしたのか、ファングの繰り出した剣も空を切る。
「また会いましょう。私はまだまだ魂を集めてないといけないの」