●リプレイ本文
「茶々丸くん、また逢えたね♪」
「相変わらずふわふわもこもこで可愛いーv」
茶々丸に会うなり、むぎゅっと抱きしめる鈴苺華(ea8896)とアウレリア・リュジィス(eb0573)。この対面の挨拶は、もはや恒例行事のようなものと化している。
「まあ、産毛もなくなってきたような」
最初に会った頃とはだいぶ様変わりしてきた姿を見て、クゥエヘリ・ライ(ea9507)も軽く頭を撫でてやる。
しかし今回の目的は「躾」。遊んでばかりもいられない。
「ねえ、村長さん。茶々丸くんは将来は野性に返す? それともこのまま飼う?」
アウレリアに問われ、村長は迷いながらも答えた。
「やはり自然に帰すのが一番と思います。村で飼い続けるのにも限界がありますし‥‥」
「そうですね。それが本来あるべき姿ですから」
と、レヴィン・グリーン(eb0939)も深く頷く。
このまま村に置いておくならば、人間は敵ではなく危険な存在でもないのだと教え、懐かせておけば良い。しかし自然に帰すのであれば、人間は襲ってはいけないもの、襲うと自らの身に害を及ぼすもの‥‥そんなふうに思わせる必要がある。
「動物の躾は『とにかく根気良く』だよね。ビシっと厳しく、優しくする時はとことん優しく、メリハリつけて頑張らなくちゃ!」
「その通りです。皆で交代しながら、頑張りましょう!」
一色翠(ea6639)と黒畑丈治(eb0160)が揃って気合を入れたところで、さっそく作戦開始となった。
村人は「人間は不味いと教えれば良いのでは」と言っていたが、それに対してはロサ・アルバラード(eb1174)から意見が出た。
「人間は不味いってどーやって教えんのよ? まさかハイ食べなさいーってその辺の人間差し出すわけにもいかんでしょ。とりあえずカカシで代用ね」
確かに、人間の肉そのものを食べさせるわけには行くまい。それに仮にもし食べさせることが可能だったとしても、一度口にすることでその味を覚えてしまう危険性もある。
というわけで、まずは皆で協力してカカシを作ることにした。それも、ただのカカシではない。人間カカシと犬鬼カカシの2種類である。
犬鬼のほうを襲えばご褒美が、人間のほうを襲えばお仕置きが‥‥というわけだ。
クゥエヘリは口笛を合図にして、抱えていた茶々丸を放してやり、好きなように動かせる。解放された茶々丸は、しばらくは状況が理解できずにぼーっとしていたが、やがて人間カカシのほうに向かって歩き出した。すると、すかさず翠のゲンコツが飛んでくる。
「そっちはダメ!」
いきなり怒られてびっくりした様子の茶々丸。可哀想なようだが、これも人間との共存を考えるのなら仕方のないことだ。
逆に茶々丸が犬鬼カカシのほうに向かうと、皆で茶々丸を撫でたり餌を与えたりして思い切り褒めてやった。
カカシでの訓練を幾度も繰り返したのち、作戦は第二段階へと移った。
今度はイリュージョンで幻覚を見せ、それを覚えこませようというものである。この魔法は、幻覚を実際に起こったことと思い込ませるものなので、「もし人間や家畜を襲ったら」という場面を見せるのは効果的と言えるだろう。
アウレリアは実際に茶々丸にイリュージョンをかける前に、レヴィンに被験者になってもらい、幻覚が危険すぎないかどうか確認してもらった。
「ちょっと気の毒だけど‥‥でもしつけだし。 行き過ぎないように気をつけないと」
「ええ。今回は心を鬼にして教育させて頂かなければいけませんね‥‥立派にお育てすると闇主さんにお約束しましたから‥‥」
2人でイリュージョンの効果について確かめた後、いよいよ茶々丸に教育を施すことになった。
茶々丸がお腹を空かせた頃を見計らって、アウレリアが小屋へと入ってゆく。
「ごめんね‥‥ちょっとだけ我慢してね」
彼女は小声で謝ってから詠唱を行ない、茶々丸の中に幻覚を送り込む。
それは茶々丸が彼女に襲い掛かった途端、激しい炎が巻き起こり茶々丸を包み込む‥‥という内容。ただし幻覚の中で死んでしまうことがあると、現実の茶々丸も意識を失ってしまうため、そこまではしない。痛い目に遭いながらもかろうじて逃げ出す、という程度に留めてある。
当然、茶々丸はそれが実際の出来事と認識しているため、思い切り暴れ苦しみ出した。
無事逃げ出したところで幻覚を止め、茶々丸が落ち着くのを待ってから、アウレリアは大げさとも思えるほどたくさん褒めて頭を撫で、用意してあった餌を与えてやった。
茶々丸がもがき苦しむ様を見るのは忍びないが、これ1回で覚えてくれるとは思えない。
これから幾度もこれを繰り返すのだということを考えて、アウレリアは軽く溜め息を零した。
「今後は狩りも覚えさせる必要がありますから、餌を生け捕りにして小屋の中に放してみると良いかもしれませんね」
クゥエヘリの提案によって、今度はネズミを生きたまま与えてみることになった。
茶々丸はまだ飛べないため、狩りをすることもできないが、動き回る生き物に対しては興味を示しているようだ。
家畜まで襲ってしまうようにならないよう、村にいる家畜には脚などに布を巻きつけ、区別する。そしてアウレリアが「目印のついたものを襲ったら炎に巻かれる」という幻覚を送り、襲って良いものと悪いものをしっかりと教え込む。
逆に目印のないネズミなどを襲う幻覚を見せ、その直後にたくさん褒めてやるということも行なった。
それと並行して、アウレリアとレヴィンが交代で「人間を襲うと酷い目に遭う」という幻覚も継続して見せ続ける。
果たして、実際にこの訓練が功を奏すのか‥‥それはまた未来になってみなければ分からないことだ。
地道な作業の積み重ねを見て、黒畑はしみじみと呟いた。
「悪人に限らず、人に害をなす者を滅ぼすより、そうしないよう導く方がよほど難しいですね」
躾に関しては他の者たちが頑張っているので、苺華は飛び方の練習に集中することにした。
「茶々丸くん、ボクと一緒に飛べるようにガンバろうね♪」
と、相変わらず元気いっぱいな様子で茶々丸の周りをくるくる飛び回る。そして地面を走り回ったり飛んだりということを繰り返し、茶々丸の興味を引き付けた。
「もっと飛びたい! って思ってくれるようになるといいんだけどな」
などと言いながら茶々丸の目の前を飛んでいると、茶々丸も真似をしようとしているのか、羽根をしきりに動かす。
それを見た苺華は、今度はぴょんぴょんと飛び跳ねてみせた。
鳥が飛び立つ時には、脚で地面や枝を蹴って勢いをつけることで飛び上がるらしいので、それを覚えさせようと思ったのだ。
その意図が伝わったのか、茶々丸もそれと似たような動作をする。まだまだ不恰好だが、それでも以前に比べれば少しは進歩しているようだ。
それを手助けするように、レヴィンは記憶の中から闇主の飛ぶ姿を思い起こし、それをイリュージョンで茶々丸に送ってやった。
真っ直ぐに飛んだり、上昇したり、滑空したり‥‥
「あなたもいつか、こんなふうに飛べるようになるんですよ。闇主さんのように‥‥」
そんな思いを込めて、レヴィンは知り得る限りの飛び方の知識を茶々丸に伝えてやった。
「親がなくても育つ動物は沢山いるもん、本能的に身体が覚えてるんだと思うの」
手に持った餌を高く掲げ、茶々丸がそれに向かって飛び上がるよう仕向けながら、翠が言う。
人間の子供がいつの間にか立って歩けるようになるのも、シフールの子供がいつの間にか飛べるようになるのも、いわば本能のようなもの。それは鳥だって同じはずだ。
「早くボクと一緒に飛べるようになるといいな♪」
「私が矢を射るからとってこーいなんて。動物飼う人の夢よねー」
皆それぞれ雄大に空を飛ぶ大梟の姿に夢を馳せつつ、少しずつ羽ばたきを覚えようとする茶々丸を温かく見守るのだった。
躾とは別に、黒畑は村人たちにある提案を持ちかけていた。
「まだ先の話だが、茶々丸が独り立ちできる頃には、山に棲む鬼の数が十分に増えてないと餌不足になってしまいます。そうなれば、親同様にまた人里に下りてきて人畜を襲うやもしれません」
「確かに‥‥」
今までずっとそうであったように、茶々丸が鬼を餌として捕食し、それによって近隣の村々は鬼による被害から守られる‥‥という共生関係を築けるのが理想的だ。しかしそのためには、餌となる鬼がある程度山に棲んでいなくてはならない。皮肉な話である。
「近隣の村々の人はもちろんですが、できれば旅人などにも注意を促し、山で鬼に会っても倒さずに逃げてもらったほうが良いと思います」
「村人に関しては心配ありません。鬼と戦おうなどという物好きな者はいませんからね。でも旅人などは、鬼が出れば当然恐れるでしょうし、そうなればまた冒険者に討伐依頼が‥‥ということにもなりかねませんな」
いつどこで誰が鬼と出くわすかなど、いちいち把握してはいられないし、鬼に襲われた人がギルドへ依頼を持ち込むのを止めることなどできない。
もし本当に餌となる鬼の確保を目指すのならば、早いうちから近隣の村々と協力体制を作っておくことが必要だろう。
しかし、鬼などいないに越したことはないと思う者もいるだろうし、簡単ではないかもしれない。
「冒険者の方々にばかり頼ってはいられませんから、それに関しては私たちも最大限尽力しようと思います。幸い、茶々丸が山に帰るまでにはまだ少し時間がありそうですから」
決意を新たにする村長を見て、黒畑も頷いた。
本当に人や家畜を襲わないようにできるのか。
ちゃんと自分で餌を獲れるようになるのか。
その餌となる鬼たちについては、どうするのか。
茶々丸を山に帰すにあたって、ここからが本当の正念場となりそうだ。