イツマデ −融和−

■シリーズシナリオ


担当:初瀬川梟

対応レベル:5〜9lv

難易度:やや易

成功報酬:2 G 64 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月29日〜12月06日

リプレイ公開日:2005年12月07日

●オープニング

 冒険者が村の者たちを鎮めてくれてから、とりあえず昴の家に「立ち退け」と脅しにくる者はいなくなった。
 しかし、銀はまた家に閉じこもるようになり、縁側にも出ようとしない。
 いつまでもこのままでいいとは思わないが、銀が外に出るようになれば、また近隣の村人を刺激してしまうかもしれないし‥‥
 一体これからどうすればいいのか、昴も考えあぐねていた。


 そんなある日のこと、昴は家の外に子供が何人かいるのに気付いた。
 子供たちはみんな木陰や茂みに隠れ、何やら昴の家の様子を窺っている。
「おい、何してるんだ?」
 と訊ねると、しばらくざわついていたが、やがてひょっこりと茂みから顔を出して言う。
「オニの子がいるんだろ?」
「父ちゃんたちは近付くなって言ってるけど、気になってさ。見にきたんだ!」
 それを聞いて昴は目を丸くし、次に溜め息をこぼす。
 子供というのは無邪気だからこそ、時にひどく残酷だ。
「うちには鬼なんていない。うちにいるのは、ただの男の子だよ」
「でも髪の毛が銀色なんだろ?」
「角と牙が生えてるって聞いたよ」
「生えてないっての! まあ、髪が銀色なのはホントだけど‥‥」
 昴の言葉を聞いて、子供たちはまた好奇心をくすぐられたようだった。
 この子たちなら、偏見を持たずに銀と接してくれるのではないだろうか‥‥? ふと、そんな淡い期待が昴の胸をよぎる。
 けれども、先ほども思ったことだが、子供というのは純粋であるがゆえの残酷さも併せ持っている。逆に、銀に致命的な傷を与えてしまう可能性も捨て切れない。もしそうなれば、銀はますます他人との関わりを拒絶するようになってしまうだろう。
(でも、いつまでもこのままってわけには行かない‥‥)
 そう考え、昴はひとまずこう言った。
「あいつ、今日は具合が悪くて寝込んでいるから、会わせられないんだ。もしあいつが元気になって、みんなに会いたいって言えば、会わせてやるよ」
「ほんと?」


 こうして、昴は再び冒険者の知恵を借りることに決めたのだった。

●今回の参加者

 ea1181 アキ・ルーンワース(27歳・♂・クレリック・人間・イギリス王国)
 ea5011 天藤 月乃(30歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb0161 コバルト・ランスフォールド(34歳・♂・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1833 小野 麻鳥(37歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

「病気、いつ治るのかな?」
 とにかく一度自分の目で見てみないことには気が済まないらしく、子供たちはまた昴の家の近くまで来ていた。
 その姿を見つけ、天藤月乃(ea5011)は彼らに声を掛ける。
「銀に会いに来たの?」
「うん。姉ちゃん誰?」
「あたしは銀の知り合いで月乃っていうんだ。まだ銀には会わせられないんだけど、代わりにあたしと遊ぼうか」
 子供たちは銀に会えないと知ってがっかりしたようだが、新たな遊び相手を見つけて気を取り直したようだ。
「村ではどんな遊びが流行ってるの?」
 と訊かれると、得意満面でお気に入りの遊びを紹介する。鬼ごっこに相撲取り、木の実を使った独楽回し‥‥
(「銀は外に出たがらないから、いきなり鬼ごっこは無理かなぁ‥‥でも、独楽ならいけるかも」)
 こう考え、月乃は独楽回しを教えてもらうことにした。
 子供たちの愛用の独楽は家に置いてきてしまったので、今回は新しく木の実を拾うところから始める。その際、銀にも持っていってやるため、月乃は多めに拾って荷物の中に隠しておいた。
 そして皆で独楽をぶつけ合って遊んでいるところへ、今度はコバルト・ランスフォールド(eb0161)がやってくる。彼の銀髪を目にした子供たちは「あっ」と声を上げ、コバルトを凝視した。
「‥‥この髪が珍しいか?」
 髪の一房をつまみ上げてコバルトが問うと、子供たちはこくこくと頷く。
「村では見る機会もないかもしれないが、町には同じような者が大勢いる。珍しいものではない」
「そんなにたくさんいるの?」
「ああ。金や緑の髪の者もいるし、瞳の色も様々だ。彼らからすれば、逆に君達の姿を不思議に思うかもしれないだろう?」
 今まで異人なんてほとんど見たことがないのに、それが町にはたくさんいるのだと聞いて、子供たちはあまりピンと来ないようだ。それでも、
「『オニの子』は初めから何処にもいない。髪や瞳の色が違うだけでオニになってしまうのなら、町はオニで溢れ返っていることになる」
 という言葉には納得したらしく、素直に頷く。とりあえずは分かってくれたようなので、コバルトは小野麻鳥(eb1833)の提案した作戦を実行することにした。
「‥‥今、銀の元に医者が来ているんだ。少しだけなら話しても構わないと言っているが、会ってみるか?」
「ほんと?!」
「ただし、最初は怖がらせない様にそっと‥‥だぞ? それが守れるのなら連れて行ってやろう」
 ようやく念願叶うとあって、子供たちはコバルトの袖に纏わりついて大はしゃぎ。こんなふうに子供と戯れた経験のないコバルトは、多少戸惑っているようだったが、月乃と共に子供たちを昴の家へと招き入れてやった。


 期待に満ちた子供たちとは対照的に、銀は緊張で固まってしまっていた。
 アキ・ルーンワース(ea1181)は怯える銀に寄り添うようにして座り、穏やかに言い聞かせる。
「昴さんと居るの、あったかいよね。‥‥前に逢った、着ぐるみのお姉さんも。歌を歌ってくれたお姉さんや、同じ耳したお姉さんも‥‥」 
 小さな手をそっと握ってやると、伝わるのは柔らかな温もり。銀も同じ温もりを感じているはずだ。
「誰かに逢うと、痛い事もたくさんある。けど、それを怖がってちゃ、暖かいものには出会えないから」
 銀はしばらく俯いていたが、やがて、ほんの少しだけアキの手を握り返した。
 それが、彼なりの答え。
 感情の起伏が少ないアキも、この時は微笑を浮かべて銀を見守ってやっていた。
 ちょうどそこへ、玄関の戸が開く音と共に騒々しい足音が近付いてくる。どうやら子供たちのお出ましのようだ。
「うつり病ゆえ、直接会わせることはできないが、障子越しに話すだけなら構わん」
 小野からこう聞かされ、子供たちは少し残念そうだったが、
「いずれ病が癒えれば直に会うことも可能だろう」
 と諭され、今は我慢することにしたようだ。障子越しに浮かぶ影に向かって、それぞれ声を掛ける。
「お前、銀って言うんだろ? 俺は寛太」
「俺、圭助」
「僕は比呂だよ。ねえ、髪が銀色ってほんと?」
「お前も異人なのか?」
「年はいくつだ?」
 畳み掛けるように質問する子供たちを見て、コバルトが苦笑する。
「一度にそんなにたくさん訊いても答えられないだろう。順々にな?」
 障子の向こう側でも、質問攻めにされて固まってしまった銀を、アキが励ましてやっていた。
「ゆっくり、少しずつでいいから‥‥」
 アキにそっと背中をさすられ、銀は恐る恐る口を開く。
「‥‥イジンって何?」
「外国の人のことだろ。そんなことも知らないのか」
「‥‥外国‥‥お父さんは、イギリスから来たって言ってた。お母さんは日本の人‥‥」
 亡くなった家族のことを思い出してしまったのだろう。銀は淋しげに俯き、声も少し掠れている。しかし子供たちにはその表情は見えないため、別の意味に解釈したようだ。
「具合悪いのか?」
「大丈夫か?」
 昴や冒険者以外の他人から心配されるのは初めてだったので、銀は驚いたような表情で、思わず傍らにいるアキの顔を見上げてしまう。それに対してアキは、ただ黙って頷いてみせた。
 銀はもう一度息を整え、なんとか頑張って答えを返す。
「‥‥具合が悪いわけじゃないから‥‥大丈夫」
 それを聞いて、子供たちは「良かった」と胸を撫で下ろした。
 それから子供たちは銀に色々なことを訊ねた。瞳の色は何色か、好きな食べ物は何か、どんな遊びが得意なのか等々‥‥
 小野もアキも、銀が言葉に詰まった時にはそっと後押ししてやるが、それ以上の口出しはしないよう努める。そのおかげか、銀は時折口ごもりながらも、懸命に質問に答えていった。自分の姿が相手の目に映らないので、少し安心していた部分もあったのかもしれない。
 子供たちも、実際に話してみると相手は自分たちと大差ない子供なのだと分かり、オニの子云々は忘れて普通に会話している。
 そうこうするうちにあっという間に時は過ぎ、別れの時間がやってきた。
「また明日、遊びに来てもいいか?」
 と訊かれて、銀は少し躊躇いながらも「うん」と小さく答えた。
 別れ際、子供たちの中の1人――気の優しい比呂が、ふと振り返って言う。
「病気、早く治るといいね。そしたら一緒に遊べるよね?」
「‥‥うん」
 そう答えた銀の顔は、わずかに曇っていた。


 子供たちが帰った後、銀は月乃から独楽回しを教えてもらい、その後はいつもより早めに眠ってしまった。慣れないことをしたので疲れたのだろう。
「あの子たち、内緒で来たって言ってたけど‥‥また妙なことにならないといいな」
 ぐっすり眠る銀の髪を撫でながら、少し心配そうな昴。無論、冒険者たちもそのことを考えないではなかったが、
「銀のことは実際に接した子供たちの方がよく分かるんじゃないかな」
「子供は一度『友』と認識すればその絆は強い。あの子らが良き理解者となってくれる事を望もう」
 と月乃と小野は言う。
 子供は確かに歯に衣着せない物言いをすることもあるが、純粋だからこそ素直だ。自分の目で見、自分の耳で聞いたものならば、それこそが真実なのだと信じられる。
 銀が自分たちと何ら変わりのない存在なのだと分かれば、大人たちに何を言われても「銀は鬼ではない」と庇うこともできるかもしれない。
「‥‥ただ単に存在を『追い払う』んじゃなく、銀くんに対する対応や考え方‥‥暗い部分を『追い出す』必要があると思う。村の人達の心の中から‥‥」
 こう呟くアキに、コバルトも頷いた。
「子供たちが架け橋となってくれれば良いのだが」
 そのためにも、このままでいてはいけない。
 子供たちだけでなく、銀のほうからも歩み寄る努力をしなければならないのだ。


 約束通り、次の日も子供たちは遊びに来た。
「病気が早く良くなるように、これ持ってきたんだ」
 と子供たちが差し出したのは干し柿。小野がそれを受け取り、障子の向こう側にいる銀に渡してやると、銀は昨日と同じように驚いた顔をした。何故そんなことをしてもらえるのか理解できないといった様子だ。
「‥‥もしかして嫌いだったか?」
 銀が何も言わないので、圭助が心配そうに訊ねる。
「ううん‥‥これ本当にもらってもいいのかと思って‥‥」
「銀のために持ってきたんだから、いいに決まってるだろ。それ食って病気治せ」
「‥‥うん‥‥」
 頷く銀の表情は、やはり冴えない。
 それからまたしばらく話し込み、子供たちが帰っていった後、銀はぽつりと零した。
「‥‥僕、本当は病気なんかじゃないのに‥‥」
「嘘をつくのが苦しくなったか?」
 小野の問いに、銀は深く俯く。
 子供たちは病のことを心配し、一緒に遊びたいとも思ってくれているのに、銀は偽りの病を口実にして障子の奥に隠れたまま。不安と怯えから、最初は子供たちに姿を見せることを躊躇っていた銀だが、だんだん心苦しさを感じ始めたようだ。
「俺たちはきっかけを作った。その先は自分で道を開かねば、歩みは止まる」
「‥‥でも‥‥」
「友達って面倒だけど、いたらいたで結構楽しいものだよ。銀も、いつまでも嘘ついたままでいいとは思わないんだろう?」
 月乃に言われ、銀は小さく頷いた。
 冒険者はあくまでも力を貸してくれるだけ。決断は、自分でしなければならない。


 翌日、銀は散々悩んだ挙句、子供たちが来る前に障子を開け放した。
 そして――
「昨日の差し入れが効いたようだぞ。もう直接話しても問題ない」
 家に入るなり小野にこう言われ、子供たちは歓声を上げて銀の元へと駆け寄る。
「良かったな!」
「これで遊べるね」
 銀の容姿のことなどまったく気にせず、ごく普通に接する子供たち。事前にコバルトと会っていたため、銀髪も見慣れてしまったのかもしれない。
「こうして並ぶと兄弟みたいだな」
 と言われ、コバルトも銀も少し驚いたように顔を見合わせる。
 何にせよ、容姿について気味悪がられたり罵られたりしないのは、銀にとっては幸いなことだった。
「せっかくだし、皆で遊ぼうか?」
 と言って月乃が独楽を取り出すと、子供たちは諸手を挙げて賛成し、銀も照れながらその輪に加わった。


 今はまだぎこちない繋がりだが、ありのままの姿を互いに認め合うことができれば、それはいつかきっと大切な宝物へと変わるはずだ。
 そして銀は、そのための第一歩を踏み出した。
 果たして彼はこれから先も自分の足でしっかり歩み、確かなものを手に入れることができるのだろうか‥‥?