リリィお嬢さんの誕生日
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■シリーズシナリオ
担当:初瀬川梟
対応レベル:2〜6lv
難易度:やや易
成功報酬:1 G 69 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:02月27日〜03月04日
リプレイ公開日:2006年03月07日
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●オープニング
2月20日はリリアーナの誕生日。
仕事で忙しい父親も、その日は一緒に祝ってくれると言っていたので、リリアーナはそれをとても楽しみにしていた。しかし‥‥
「すまないね、リリィ。やっぱりお祝いはできなくなってしまったから、プレゼントだけ先に渡しておくよ」
こう言って差し出された小さな箱を、リリアーナは素直に受け取る気にはなれなかった。
「どういうことですの? お仕事はお休みするって言っていたじゃない!」
「急に予定が変更になったんだよ」
「じゃあ、明日は‥‥?」
「しばらくはまとまった時間を作るのは難しくなる。でも私は仕事のためにこの国に来たんだ。それはちゃんと分かっているだろう?」
確かに、父は仕事のためにジャパンへと渡ってきた。リリアーナは我侭を押し通して無理やりそれにくっついてきた。そんなことは百も承知だから、頑是無い幼子のように駄々をこねることはできない。
でも、だからといってどうして大人というのはすぐに約束を破るのだろう。
子供には散々口をすっぱくして「約束を破るのはいけないことですよ」と教えるくせに。
「これの他にも何か欲しいものがあれば何でも買ってあげるからね。今はまず、これだけで我慢しておくれ」
黙り込んでしまったリリアーナの手に箱を握らせ、その頬に軽くキスをして、父親は慌しく部屋を出て行った。
何でも買ってあげるからね。
それは幼い頃から飽きるほど聞かされてきた言葉だ。
自分が恵まれた環境で育ったのだということは理解しているし、欲しいものがあっても買ってもらえない子供がいるということだって知っている。でもこういう場合、頭で分かっているということと、心でどう思うかということは、まったくの別問題なのである。
「‥‥こんなもの‥‥」
リリアーナは唇を噛み締め、箱を床に叩きつけようとした。中に入っているのは恐らくペンダントとかブローチとか、そういった類いのものだろう。そんなもの、もう既に掃いて捨てるほど持っている。
けれども結局、彼女は振り上げた腕を力なく下ろした。
そして中に入っていたペンダントと「誕生日おめでとう」とだけ書かれたメモを見て、ぽろりと一粒、涙を零した。
* * *
それからしばらくして、ギルドに初老の男性が訪れた。
彼はリリアーナの身の回りの世話をしている者で、名はラザラスという。
ラザラスはリリアーナの身に起こったことについて説明してから、こう話した。
「お嬢様は久しぶりに旦那様とゆっくり話すことができると、とても楽しみにしておられました。それだけに、すっかり落ち込んでしまわれて‥‥見ているこちらのほうが切なくなってしまいます」
ラザラスの目には、冒険者たちと共にいる時のリリアーナは普段よりも生き生きとしているように映ったのだという。そこで、落ち込んでいるリリアーナを元気付けてやって欲しいと、彼女には内緒で依頼を出すことを決めたのだった。
●リプレイ本文
ジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)と一色翠(ea6639)は、頼んでおいたリリアーナの着物を受け取るため、連れ立って呉服屋を訪れていた。
「こないだ紹介したリリィお嬢さんの着物、私が代わりに届けるから出してもらえる。一寸、依頼で使うのよ」
ジルベルトは店の常連ということもあって、手代は快く着物を預けてくれた。そのついでに翠もひとつお願いごとをしてみる。
「あのね、もし捨てちゃう予定の反物の切れ端とかあったら譲ってもらえないかな?」
「切れ端でいいんですか? こんなのしかありませんが」
手代が持ってきたのは、もはや使い道もなさそうな端切れの山。しかし翠にとってはそれで充分だった。
「ありがとね♪」
にっこり笑ってお礼を言い、翠たちはリリアーナの元へと向かった。
「着物が出来上がったので預かってきたの。良い出来よ」
「わざわざ届けて下さいましたのね。ご苦労様ですわ」
何も事情を知らずにいたなら、リリアーナのその笑顔はいつもと変わらぬように見えたかもしれない。しかしラザラスから話を聞いている2人には、やはりどことなく無理をしているようにも映った。
そんな彼女を励ますため、翠はあらかじめ用意してあった話を持ち出す。
「そう言えば、ジャパンではもうすぐ雛祭りっていう行事があるの。流し雛で1年の災厄を祓ったり、お雛様を飾ったりするんだけど、知ってる?」
「初めて聞きましたわ」
「女の子が主役の行事なんだよ♪ せっかくだし、皆で一緒に雛祭りしよ?」
リリアーナは少し戸惑っているようだったが、そこへジルベルトがもう一押し。
「ミフちゃんたちも呼んで盛大に騒ぎましょ。ちょうど着物も出来たし、お披露目する良い機会じゃない」
「‥‥そう、ですわね」
こくりと頷いたリリアーナを見て、翠とジルベルトはこっそり顔を見合わせ笑い合った。
それから冒険者たちは慌しく準備に取り掛かった。
「ふわぁ‥‥」
ちくちくと人形を縫いながら、ミフティア・カレンズ(ea0214)は思わず欠伸を漏らす。何とか当日に間に合わせるため、家にまで作業を持ち帰って連日頑張っているので、最近ちょっぴり寝不足気味だ。
そんなミフティアを見て、リリアーナは不思議そうに首を傾げる。
「人形ってお店でも売っているのでしょう? それを買えば良いのではなくて? 経費が必要なら私が出しますわ」
「ううん、どうしても自分で作りたいの。だって‥‥」
誕生日プレゼントだもの、と言いかけて、ミフティアは慌てて口をつぐんだ。それは当日まで秘密にしておいて驚かせる予定なのだから。そこへブレイン・レオフォード(ea9508)とアウレリア・リュジィス(eb0573)が横から助け舟を出した。
「確かに買えば簡単だけど、皆で協力して作った思い出っていうのはいつまでも残るからさ」
「うんうん。後になって人形を見ながら、今この時のことを思い返してみたりするのも楽しいと思うよ♪」
それを聞いてリリアーナは複雑な表情になる。
誕生日や聖夜祭などの特別な日以外にも服や装飾品を買ってもらうことは多々あった。そうして手に入れた物たちはいつの間にか溢れ返り、ひとつひとつの持つ意味がどんどん薄れてゆく。
そう言えば今つけている指輪は、髪留めは、服は、いつどんな時に買って貰ったものだったろう? すぐには思い出せず、ほんのりと背筋が寒くなるのを感じた。
「‥‥ごめん、気に障ること言っちゃった?」
「いえ‥‥何でもありませんわ」
逃げるようにふいっと顔を背け、リリアーナはそそくさとその場を立ち去った。
その頃、久志迅之助(eb3941)は流し雛に使う船を買いに町に出ていた。シンザン・タカマガハラ(eb2546)も手伝いという名目で同行しているが、どちらかと言うと雛祭りについて迅之助に訊ねてみることのほうが主目的だったりする。
「流し雛って、人形作って流すんだよな? ‥‥意味がよく分からん」
「ただ流すのではない。身の穢れや災いを人形に託し、それを祓うため流すのだそうだ」
「ふうん。つまり健康祈願みたいなもんか」
シンザンにとって、雛祭りはこの国に来て初めて体験する祭事なので、興味津々のようだ。
迅之助は目的の船を買い、流し雛が行なわれる場所を聞き、ついでにリリアーナへの贈り物も物色した。
「そういや、誕生日には何か贈り物をするんだったな。俺も何か贈っといたほうが良いか?」
しかし誕生祝いなどしたこともされたこともないシンザンは、何を贈れば良いのかいまいちピンと来ない様子。悩む彼に、迅之助が助言を送る。
「自分で贈りたいと思ったものを贈れば良いのではないか? 彼女は裕福な育ちゆえ、高価な品など山ほど持っているだろう。案外、素朴なもののほうが喜ばれるかもしれん」
なるほどと納得したシンザンは、早速プレゼントの内容について考えてみることにした。
一方、ポーレット・モラン(ea9589)は皆とは別行動を取り、ラザラスと面会していた。リリアーナの家族について聞いてみようと思っていたのだが、母親のことに触れた途端、ラザラスの顔が急に曇る。
「奥様は3年前に亡くなられたのですよ‥‥」
母親を心から慕っていたリリアーナは悲歎に暮れ、しばらくは誰とも口もきかないほどだった。それでも周囲の励ましの甲斐もあり、ようやく元気を取り戻したのだが‥‥
「旦那様は昨年、再婚なさいました。けれども、その‥‥お嬢様は新しい奥様と折り合いが良くないのです」
なんとも言いにくそうな表情でラザラスは語る。
「なるほどね〜。リリアーナちゃんが無理やりお父さんにくっついてきたのは、そのせいもあるのかしら」
ポーレットの言葉に対して明確な答えは返ってこなかったが、ラザラスの表情がそれを肯定していた。
愛する母を喪い、父親とも対話できず、リリアーナは今とても孤独に苛まれているのかもしれない。事情を知ったポーレットは決意を新たにした。
「そういうことなら、ますます張り切っちゃうわよ〜! ラザラスさん、悪いんだけど、リリアーナちゃんのお父様にアポ取ってもらえる?」
こうしてそれぞれ準備を進め、いよいよ雛祭り当日。
リリアーナは真新しい着物を纏い、冒険者たちと共に川岸を訪れた。
「去年は災い続きだったから人も結構多いみたいだな」
辺りを見回して迅之助が言う。
集まった人々は皆、川を流れてゆく紙人形を真摯な表情で見送っている。
ゆらゆらと水面に揺れる人形は、あまりにも小さく頼りない。それでも人々はそこにたくさんの想いを託し、祈るのだ。
雛よ、どうか災いを連れ去っておくれ。悲しみも苦しみも全部持って行っておくれ――と。
そんな人々の様子を、リリアーナもいつになく真剣な眼差しで見つめ、やがてしっかりと手を組み合わせ祈った。
「あのね、これから皆で松之屋さんに行ってパーティーをするの。リリアーナちゃんも一緒に行こう♪」
祈りを終えたリリアーナに、ミフティアが声を掛けた。
「松之屋って、冒険者たちの溜まり場でしょう? 私、そういうところはちょっと‥‥」
リリアーナは少し躊躇っているようだが、ミフティアは諦めず、にっこりと笑って手を差し伸べる。
「私たちがついてるから大丈夫。それにお料理もとっても美味しいんだよ!」
差し出された手に、リリアーナはおずおずと自分の手を重ねた。ミフティアは嬉しそうにその手を握り返し、軽く引っ張る。
「さ、行こう♪」
導かれるままに松之屋へと向かうリリアーナ。
冒険者たちで賑わう店内の一角には、可愛らしい雛人形と見事な鯛の尾頭付きが用意された卓があった。この日のために、ミフティアが店の人に交渉して場所を貸してもらったのだ。
「今日は雛祭りだけど、実はもうひとつ目的があるのよ」
驚いた様子のリリアーナに向けて、ジルベルトが悪戯っぽく微笑んでみせる。そして皆で顔を見合わせ、呼吸を揃えて‥‥
「誕生日おめでとう!」
と、リリアーナに祝いの言葉を贈った。
「ど、どうしてそれを知っていますの?!」
「それは冒険者だからだよ♪ こう見えても結構色々な情報網持ってるんだから」
自分からの依頼であることは伏せて欲しいというラザラスの意思を尊重し、翠はこう言って誤魔化した。それでもまだ釈然としない様子のリリアーナに、アウレリアはそっとプレゼントの包みを握らせる。
「友達の誕生日を祝いたいのは当然だよ! せっかく出会えたんだもの、私たちにもお祝いさせて?」
「リア‥‥」
友達。その言葉の強い響きに、リリアーナは思わず照れたように視線を逸らす。以前も翠にそう呼ばれたことがあるが、未だに慣れていないらしい。それでも彼女はその言葉を否定しようとはせず、包みの中に入っていた黒漆の櫛をそっと髪に挿した。
アウレリアに続いて、他の者たちも次々と贈り物を差し出す。
「翠からの贈り物はこれだよ」
と言って手渡されたのは端切れを繋ぎ合わせた座布団。
「この世に一つしかないの。なんたって、同じ物を作ろうと思っても作れないから」
同じ反物でも場所によって微妙に模様が違ったりするので、確かにまったく同じ物を作るのは不可能だろう。翠の言葉を聞いて、リリアーナの顔にようやく笑顔が戻った。
「確かに、これは一点ものですわね」
「この雛人形も世界に一つだけだよ! だってほら、リリアーナちゃんがお雛様役なの。それでね、これが私♪」
ミフティアの手にちょこんと乗っている人形は、リリアーナとミフティアの姿に似せて作ってある。顔立ちの美しい精巧な雛人形とは違い、どちらかと言うと丸みを帯びてぽてっとした感じの人形だ。
「私、こんなに太ってませんわよ?」
わざと意地悪な口調で言うリリアーナだが、それとは裏腹に、彼女の手はとても愛しそうに人形の髪を撫でていた。
「どうも、俺が選ぶと飾りっ気のない実用的なものになってしまうが‥‥」
迅之助からの贈り物は手鏡。恐らく鏡など既に持っているだろうに、リリアーナはそのことについては一切触れず、こう答えた。
「身につける物はよく貰いますけれど、実用的な物は意外と貰う機会がありませんの。大切に使わせて頂きますわ」
「そうか。それなら良かった」
最初に出会った頃のリリアーナなら、そんなものは必要ないと突っぱねるくらいのことはしたかもしれない。しかし今の彼女は違う。そんな彼女の変化を快く思いながら、迅之助も笑顔を返した。
「誕生日祝いなんて初めてだからな。勝手がよく分からんのだが、これで勘弁してくれ」
シンザンは悩みに悩んだ挙句、荷物の中に紛れていた波打ち際の貝殻を贈ることに決めた。裸のまま渡すのも気が引けたので、店に持って行って綺麗に包装してもらってある。
「耳に当てると潮騒が聞こえるんだ」
「まあ、本当‥‥」
リリアーナはその音が気に入ったらしく、しばらく貝殻を耳に押し当てて聞き入っていた。
「アタシちゃんからはこれ〜。この前の小旅行の時の絵よ〜♪」
ポーレットは前回のスケッチに色をつけ、体裁を整えて贈った。実はこれの他にもうひとつ絵があるのだが、そちらは『お仕事も重要だけど家族の時間も大切に』とメッセージを添えて、リリアーナではなく彼女の父に渡してある。
その絵の中では、リリアーナは父と母と共に微笑んでいる。しかし絵だけでなく現実でも、そうすることは可能なはずだ。
「あのね〜、リリアーナちゃん。お父さんも年頃の娘と何を話したらいいかわからなくて、戸惑ってるんだと思うわ〜。だからリリアーナちゃんのほうから歩み寄ってみたら?」
「私のほうから‥‥?」
「江戸で流行していることとか、この間の旅行の話とか、きっかけは何でもいいの〜。ほんの短い時間でも、何も話さないよりはいいはずよ〜」
「‥‥旅行のことはお父様には内緒ですから、話すに話せませんけれど。でも、今日の雛祭りのことはお話してみたいと思いますわ」
恐らく父は今日も仕事でバタバタしているのだろうけれど、眠る前のほんのひと時でもいい。今日こんなことがあったのだと話してみようと、リリアーナは密かに決心した。
「俺はこの前、アクセサリーを贈るって約束したからね。時間がなくて精巧なのは作れなかったけど、気合だけは込もってるから」
ブレインは人形作りと並行して、ペンダントを作り上げていた。凝った細工は施すことができなかったが、変にゴテゴテしていない分、すっきりと趣味のいいデザインに仕上がっている。
「私、あまり派手すぎるのは好きじゃありませんの。これくらいが丁度いいですわ」
リリアーナの口調には、お世辞ではなく本心からそう言っている響きがあった。その証拠に、早速ペンダントを首からかけて満足そうに微笑んでいる。
ペンダントの台座の裏側には「おたんじょうびおめでとう 1001.3.3」と刻まれていた。
「本当は誕生日の日付にするべきなんだろうけど、今日のことや僕たちのことも覚えていて欲しいから3月3日にしちゃった。思い出をプレゼントってことで」
それを聞いて思わず吹き出すように笑うリリアーナ。
「あ、似合わないセリフだって思っただろ!?」
「さあ、どうかしら?」
くすくすと笑うリリアーナの顔に、もはや陰は差していない。
すっかり晴れやかな表情になったリリアーナに、ミフティアは再び手を差し伸べた。
「一緒に踊ろう♪」
「‥‥仕方ありませんわね、1曲付き合って差し上げますわ」
手を取り合ってふわりと舞い始める2人。子猫のすももと愛犬あんずも一緒になって楽しそうに駆け回る。
それに合わせてアウレリアが魔法で幻の桃の花びらを舞い散らせ、今日のために練習を重ねた曲を披露した。
「ほらほら、皆も一緒に歌って歌って♪」
「俺も歌うのか?」
「もちろん!」
「‥‥ま、いいか。年に一度だ」
普段なら絶対に歌など歌わないであろうシンザンも引っ張り込んで、アウレリアは楽しげに曲を紡いだ。
くるりと軽くステップを踏み、舞い踊るミフティアとリリアーナ。
それを囲むようにして歌を口ずさむ冒険者たち。
笑顔に溢れた彼らの周りには、いつの間にかお祭好きな観客たちが集まり始めていた。皆それぞれ歌に加わったり手拍子を入れたり、あるいは楽器を奏でたり、すっかりお祭り騒ぎだ。
やがて舞いが終わると、自然と拍手が起こった。
「‥‥本当に今日は、何から何まで初めてのことばかりですわね」
雛祭りも、手作りのプレゼントも、たくさんの人の前で踊るのも、拍手を貰うのも。
すべてがリリアーナにとって初めての経験であり、なんだか夢でも見ているような気分だった。
「これからも皆でいっぱい色んなこと体験できるといいね!」
ミフティアの言葉に、リリアーナは珍しく素直に微笑んで頷いた。