リリィお嬢さんのお茶会

■シリーズシナリオ


担当:初瀬川梟

対応レベル:3〜7lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 64 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:07月04日〜07月08日

リプレイ公開日:2006年07月12日

●オープニング

『お茶会を催すことになりましたので、皆様をご招待致します。
 特にご予定がないようでしたら、是非いらして下さい』

 プレゼントを用意し終えたリリアーナは、冒険者たちに招待状を送った。
 会場は、中庭に美しい花々が植わった甘味屋。先の依頼の中で、冒険者の1人が良さそうな店をいくつか見繕っておいてくれたので、その中から吟味を重ねて選んだ。店の人とも打ち合わせを進め、当日はリリアーナが作ったお菓子も出すことになっている。
 今日もリリアーナは自ら店に足を運び、着々と茶会の準備を進めていた。
「さて、席はどのようにセッティングしたら良いかしら?」
 美に対してそれなりのこだわりがあるだけに、徹底的に追求しなければ気が済まないらしい。持参したプレゼントやメッセージボードをあれこれ置いてみて、どういった配置が一番良いか試行錯誤する。
 そこへ、店の給仕から声が掛かった。
「お嬢さん、ご予算のことで少し相談が‥・・あら、すごく綺麗な紐ですね。これは何です?」
 途中まで言いかけたところで、給仕の娘は席に置かれたプレゼントに目を留める。
「冒険者に教わったお守りのブレスレットですわ。旅や戦から無事に還るようにという願いを込めて作るものだそうよ」
「まあ、それは素敵」
 給仕の言葉に満足げに頷くと、リリアーナはひとまず作業の手を止めて、予算について話し合うため店主の元へと向かった。
 ――それが大いなる騒動を引き起こすことになろうとは、考えてもみなかった。

 * * *

 さて、リリアーナと給仕との会話を陰からこっそり見つめる者があった。
 その人物は、リリアーナたちがその場から姿を消したのを見届けると、足音を立てないよう庭に用意された席へと近づいていった。そして、色鮮やかな糸で編み上げられた飾りをそっと手に取る。
 それはとても綺麗なものだったけれど、心を動かされたのはその美しさではなく、もっと別のことだった。
「旅や戦から無事にかえってくるお守り・・・・」
 小さく呟いて、手にしたお守りをぎゅっと握り締める。
 一生懸命に茶会の準備をする異人のお嬢さんの顔が思い出されて、胸にちくりと痛みが走った。思わず、お守りを元の場所に戻そうとする・・・・。けれども、どうしても想いは消えなかった。
 決心したように辺りをきょろきょろと見回し、素早くお守りを懐にしまう。
 話を終えたリリアーナが戻ってきた時には既に、そこには誰もいなくなっていた。

 * * *

「ひとつ足りない?!」
 準備を再開しようとしたリリアーナは、お守りがひとつなくなっていることにすぐ気が付いた。
 何度数えてみても、どうしてもひとつ足りない。慌てて周囲を探してみたが、どこにも見当たらなかった。
「さっきまではちゃんとあったはず・・・・急になくなるなんて、絶対におかしいですわ!」
 リリアーナ自身の手違いでなくしてしまったのなら、今からもう一度作り直すのも仕方ないと思える。しかし、ほんの少し前まで確実にそこにあったのに、席を外している間になくなってしまったのというのは、どう考えても納得が行かない。
 盗まれたに違いない――リリアーナがそう考えるのも無理はなかった。
「人が丹精込めて作ったものを盗むなんて・・・・許せませんわ!」
 何としてでも犯人を捕まえる!
 リリアーナは固く決意したのだった。

●今回の参加者

 ea0214 ミフティア・カレンズ(26歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ea6639 一色 翠(23歳・♀・浪人・パラ・ジャパン)
 ea7865 ジルベルト・ヴィンダウ(35歳・♀・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea9508 ブレイン・レオフォード(32歳・♂・ファイター・人間・フランク王国)
 ea9589 ポーレット・モラン(30歳・♀・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb0573 アウレリア・リュジィス(18歳・♀・バード・エルフ・ビザンチン帝国)
 eb2546 シンザン・タカマガハラ(29歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb3941 久志 迅之助(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

鷲落 大光(eb1513)/ 天馬 巧哉(eb1821)/ メアリ・テューダー(eb2205)/ 所所楽 柳(eb2918

●リプレイ本文

 久志迅之助(eb3941)とジルベルト・ヴィンダウ(ea7865)は、店主や給仕から事件当日のことを詳しく聞き、現場検証を行なってみることにした。
「私のお友達2人はいつもこの定位置に座るんですよ。で、冒険者の方たちはこっちで‥‥」
 給仕が記憶を頼りに、客が座っていた席をひとつひとつ指してゆく。
 ちなみに、リリアーナは庭に特等席を設け、そこでお茶会を行なうことにしていた。事件当日も庭に出て、席の配置をどうするかなどを考えていたようだ。
 店内から庭へは自由に出られるようになっている。店の庭は美しい花々で彩られており、訪れた客が花を愛でようと外に出たとしても不思議ではない。そしてその隙にこっそりとお守りを盗んだとしても、注意して観察していなければ分からないだろう。
「なるほど、此処からだと庭はよく見えませんね」
 こう言いながらジルベルトが座るのは、給仕の友人2人が定位置にしているという席。
「私はしばらく2人と話し込んでたんですけど、その間は2人とも席を立ったりはしませんでしたよ」
 と給仕の1人は話し、それについてはもう1人の給仕も同意してくれた。
「他の庭に出ているお客さんはいましたか?」
「いなかったと思います。私も四六時中見張っているわけじゃないから、断言はできないけど」
「では、お嬢さんは盗まれた飾り紐がお守りだってことは話してました?」
「私がお嬢さんを呼びに行った時に話してくれましたよ。でも他のお客さんには聞こえなかったんじゃないかしら。距離があるから‥‥」
 この言葉を受けて、給仕とジルベルトが2人で庭に出て言葉を交わし、それが店内にいる迅之助に聞こえるか試してみると‥‥
「何か話しているのは分かるが、言葉の内容までは聞こえないな」
「それじゃあ、もしお守りだと知っていて盗んだのだとしたら、傍でそれを聞いていた人が犯人ということになるわね。単に綺麗だったから盗んだという可能性もあるけれど」
「ふむ、そうだな。気の弱い人間なら現場の様子が気になってひょっこり顔を出すかもしれん」
 こうして迅之助は店の傍で張り込みを行なうことにしたのだった。


 ブレイン・レオフォード(ea9508)とシンザン・タカマガハラ(eb2546)は、冒険者3人のうち1人にあたりをつけ、冒険者長屋を訪れていた。
 手掛かりの少なさから捜査は難航すると思われていたのだが、3人のうち1人が「あかね」と呼ばれていたという話を聞いて、ジルベルトがこう言ったのだ。
「茜音という名前の冒険者を1人知ってるわ」
 同名の別人という可能性も大いにあるが、ジルベルトと給仕の話を照らし合わせてみると、どうも外見的特徴も似ている。まさかと思いつつ駄目元で当たってみると、
「その茶店なら確かに行きました!」
 ‥‥世の中とは広いようで狭いものだ、などと感嘆しながら、ブレインは事件当日のことについて説明した。
「というわけなんだけど、ブレスレットが置いてあった場所に誰か近づいたりしなかったかな?」
「私たちは庭には出てませんよ。他のお客さんも出てなかったと思うけど‥‥あ、でも庭で遊んでる女の子はいました」
 十中八九、それは美咲と凛だろう。店主の娘とその友達ならば庭で遊んでいても不自然ではない。
 茜音から聞けたのはそれだけだったが、ジルベルトたちの得た情報と合わせることで、見えてくることがある。もし皆が嘘をついているのでなければ、事件前に庭に出たのはリリアーナ、給仕1人、美咲、凛だけということになるのだ。リリアーナは犯人ではあり得ないので、おのずと容疑者は絞られる。
「ありがとう、助かったよ」
「大したこと話せなくてごめんなさい。失せ物、無事に見つかるといいですね!」
「そうだな。お嬢が妙にご執心のようだから、よほど大事な代物なんだろうし‥‥見つからなかったら大荒れしそうだからな」
 と、本人が聞いたらそれこそ大荒れしそうな言葉を零しつつ、シンザンたちは店へと戻っていった。


 さて、迅之助がしばらく張り込みを続けていると、小さな女の子が店を訪れた。
 しかし女の子は店内には入らず、入り口から少し離れたところで立ち往生している。暖簾をくぐろうとして、やはり思いとどまったように引き返したり、それでもまた気になって近づいてみたり‥‥
(「もしや、凛という子かもしれないな」)
 しばらく様子を見ていると、ちょうど家から出てきた美咲がその子の存在に気付き、明るく声を掛ける。迅之助の予想は当たっていたようだ。凛はまだ少し戸惑っていたが、それでも美咲に手を引かれて店の中へと入っていく。
「挙動が怪しいだけでは証拠に欠ける‥‥仲間の情報と照らし合わせた方がいいだろう」
 少し間を置いて、迅之助も店内に戻ってみることにした。


 店内には、ポーレット・モラン(ea9589)から「忘れ物を取りに来て欲しい」と伝言を受け取った恋人2人と、また茶飲み話に来た給仕の友人2人、そして美咲に連れ込まれた凛がいた。
「忘れ物って何かしら?」
 と首を傾げる女性に、ポーレットはリリアーナから借りた飾り紐をちらつかせて見せる。
「これ、お2人が座ってた席に落ちてたの〜。あなたたちのじゃな〜い?」
「いいえ、見覚えがないわ」
 女性は首を横に振り、連れの男性も「知らない」と言う。もし彼らが犯人ならば、盗んだものと同じ型の飾り紐を見せられて動揺してもおかしくないが、2人とも本当に知らないといった表情だ。
 むしろ、反応を示したのは傍にいた凛のほうだった。はっとしたように飾り紐を凝視した後、慌てて視線を逸らす。その様子を冒険者たちは見逃さなかった。
「あら〜、ごめんなさい。別の人のかしら〜?」
 ポーレットが謝罪すると、恋人たちは気を悪くするでもなく、せっかく来たのだからと手近な席に座る。
「今日は楽士さんが無料で演奏を披露してくれてるんです。楽しんで行って下さいね」
 という給仕の案内に合わせて、店内で待機していたアウレリア・リュジィス(eb0573)が竪琴を奏で始めた。
 思いがけない歓待を受けて、客たちは嬉しそうに楽の音に聞き入る。明るく楽しげな旋律に乗せて、アウレリアは事前に用意しておいた歌を歌った。

♪どうしようどうしよう、あの人にあげる為に作ったの
 困ったな、大事なものなのに、どっかへ行っちゃった♪

 あまり露骨に犯人を刺激しないよう、おどけた調子に仕上げてはあるが、それはずばり大事な物をなくしてしまった女の子のことを描いた詞。
 歌いながらアウレリアはさり気なく客の反応を観察し、その中にひとつ、他とは違う表情を見つける。やはり凛だった。どことなく落ち着かなさそうな、そわそわした表情だ。
 それは、自分のしたことがいけないことだと分かっている証拠。そう思う気持ちがあるのならまだ間に合う。彼女が自分からすべてを打ち明けてくれることを信じて、ミフティア・カレンズ(ea0214)は手にしたタロットを握り締め、恋人たちの元へと歩み寄った。
「私、占いを勉強してるんだ♪ 色んな人の運勢を見て腕を磨いてるの。タダでいいから、お客さんのも見せてもらっていい?」
 もちろん、2人は大喜びで頷いた。
「えっと‥‥うん、相性は結構良い感じだよ。手作りの装身具とか作って贈ると、もっと良くなるかも。大好きって気持ちを込めて作ると、とっても素敵なお守りになるよ♪」
 そこへ、ブレインが横から合いの手を入れる。さり気なく、凛の耳にも届くように。
「俺も自分で物作ったりするからよく分かるよ。そういうのって、やっぱり自分の手で作るからこそ力が宿るんだ。それに、持つべき人が持たないと意味が無いんだよね」
 その言葉が核心を突いたのだろう。
 他の客がすべて帰ってしまった後、店に残った凛は、消え入りそうな声で呟いた。
「ごめんなさい‥‥」
 震える手に握られているのは、黄色と橙色の糸で編まれた綺麗な飾り紐。それを見たリリアーナはカッとなり、
「あなたでしたのね! この泥棒!」
 と手を上げようとしたが――咄嗟に「ダメ!」とアウレリアが止めに入る。
「そう腹を立てると顔に皺が出来るぞ」
 と迅之助もなだめるが、これは逆効果だったようだ。「余計なお世話ですわ!」と怒鳴り返し、リリアーナはますます憤然たる様相で凛を睨みつけた。
「確かに褒められたことじゃないよ。でも、『つい』って誰でもあるもの。ちゃんと自分から返しにきてくれたんだから、許してあげて欲しいの」
「そうは言いますけれど‥‥」
「凛ちゃんを叩いて、それでリリアーナちゃんは満足できるの?」
「‥‥それは‥‥」
 アウレリアに言われてもまだ納得できない様子のリリアーナ。凛はその剣幕にすっかり怯え、激しく泣きじゃくっている。その凛の頭をそっと撫でながら、ミフティアは優しく諭した。
「あのね、そのお守り、リリアーナちゃんのとこに帰りたいって泣いてるの。大好きの力が無くなっちゃうって‥‥だから返してあげてね。それで、もし良かったら凛ちゃんのお話聞かせてくれないかな?」
 その優しい掌と言葉に少し安心したのか、凛はしゃくりあげながらも話し始める。
「‥‥お父さんに、無事に帰ってきてほしくて‥‥お守り持ってたら、お父さんのことも守ってくれるんじゃないかと思って‥‥」
 凛の父は山や野に薬草を集めに行っては、薬を調合して、近隣の村の人々にできるだけ安価で提供するということを行なっていた。しかしそれは時に大きな危険を伴う。以前も、薬草を採りに行った際に小鬼に襲われて怪我をしてしまったことがあった。
 だから凛は常に父のことが心配で心配で堪らないのだ。また怪我をしたらどうしよう、また化け物に襲われたらどうしようと、父が出かける度に気が気ではなかった。それで、「旅や戦から無事にかえってくるお守り」という言葉に惹かれ、つい手を出してしまったと――つまりはそういうことらしい。
 話を聞き終わったときには、リリアーナの顔からは怒りの色は消えていた。代わりに、あまりにも複雑な感情が瞳に滲む。
「‥‥大切な人を喪うのは、とても怖い‥‥それはよく分かりますわ。でも、だからと言って物を盗んでいいことにはなりませんのよ」
 それは充分に分かっているから、凛も何度も頷く。それを悲しげな表情で見守っていたポーレットは、不意に名案を思いつき、すぐさま提案した。
「そうだ! リリアーナちゃんが作り方を教えてあげたらいいのよ〜☆ そうすれば万事まるっと収まるわ〜っ☆」
「わ、私が? ‥‥まあ、仕方ありませんわね」
 リリアーナも渋々それを承知し、こうしてお守りは無事に彼女の元へと戻ってきた。


 そしてお茶会当日。
「皆さんには、私の誕生日祝いをして頂きましたから‥‥本当は私も皆さんの誕生日を祝うことができれば良いのですけれど、とりあえず今回はこのような形でお礼をさせて頂くことにしましたわ」
 こう言って、リリアーナは甘味屋の庭に作られた特等席に冒険者たちを招待した。
 それぞれの席に置かれた、色とりどりの飾り紐。
 ミフティアは、なくなっていた梔子色と杏色。
 ジルベルトには牡丹色と銀。
 アウレリアには水浅葱と浅緑。
 ポーレットには桃色と白。
 シンザンには瑠璃色と白藍。
 ブレインには煤竹色と亜麻色。
 迅之助には銀鼠と黒橡。
 そして、急に来られなくなったもう1人には若竹色と白緑。
 添えられた木製のメッセージボードには、飾り紐と色を揃えたリボンが掛けられており、さらに中央には三色団子にごま団子、クッキーの皿が並んでいる。
「リリアーナちゃんが作ったの? 凄く美味しそう‥‥♪」
「でもお嬢、これちょっと形が変じゃないか?」
「う、うるさいですわね! 味は問題ない‥‥はずですわっ」
 などと言い合いながらも、お茶会は無事に幕を開けた。

「リリアーナちゃんの気持ち、すごく伝わってくるよ。ありがとう!」
 笑顔で感謝を伝え、自らも心を込めて演奏と歌をリリアーナへと贈るアウレリア。

「大好きな皆がずっと笑顔一杯でいられますように‥‥」
 アウレリアの演奏に合わせて、さくらんぼと共に可憐な舞いを披露し、星に願いをかけるミフティア。

「ボード、よく出来てるわ。リリアーナちゃんはやっぱりセンスがあるのね」
 綺麗な飾り枠と木彫で飾られたボードを見ながら微笑むジルベルト。

「茶もいいがやはり酒の方がしっくり来るな」
 ちゃっかり持ち込んだ酒をちびちびと隠し呑む迅之助。

「自分が作ったものを誰かにあげることはあるけど、逆はほとんどないんだよな‥‥ちょっと照れるけど嬉しいものだな」
 照れ笑いを浮かべつつ、飾り紐を手に取ってじっと眺めるブレイン。

「お茶会の招待なんて、正直ガラじゃないが‥‥ま、たまには悪くないか。せっかくだし、楽しませてもらうさ」
 初めての経験にくすぐったさを感じながらも、のんびりと場の雰囲気を楽しむシンザン。

 そんな彼らの姿を、ポーレットは何枚もの絵に描きとめた。
 この楽しい日の思い出が、いつまでも色褪せず残るよう。
 そして、こうして皆で共に過ごす時間が少しでも長く続くよう‥‥想いを込めて。