シロきクロ・三 【鶴駕】
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■シリーズシナリオ
担当:紺一詠
対応レベル:3〜7lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 4 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:09月26日〜10月01日
リプレイ公開日:2005年10月04日
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●オープニング
どうしよう、見られてしまった。せっかく隠していたのに。この姿、呪わしき混血のあかし。
すべてはこれがいけないの。故郷ではしいたげられたし、夫は去っていったし、唯一わたしの手元にのこされた娘はわたしとは種族がちがう。だから、わたしはたったのひとり。でも、もう、ひとりはいやなの。とても長いことわたしには誰もいなかった、そろそろ願いのひとつくらいかなえてくれたっていいでしょう。
「あたくしがいるじゃない。ずっとあなたといっしょにいるわ」
ええ、とても感謝している。「わたし」のなかの「あたくし」の、あなたがいるからわたしはさみしさを感じないでいられるし、わたしに姿を変える魔術をくれたのもあなた。でも、彼らはわたしがようやっとでめぐりあったあなたですらわたしからとりあげそうで、わたしは心配でならない。
「たいしたことないわ、ちっとも気にしなくていいのよ。おいかえしてやったのでしょう?」
でもきっと来るわ、また来る。そして、ぜんぶ知られてしまう。ぜんぶ持っていかれるのだわ。わたしがやっとで手に入れたもの。
「だいじょうぶよ、なんとかする。それとも今度こそ決着をつけてしまう? でも‥‥ちょっと惜しいわね。ぜんぜん足りないのよ」
あ、
「我れらが『ひとくい』めざめさせるには、この世はまだまだ幸福すぎる。そのためにも、あなたとあなたの娘には、もっとあたくしのために働いてもらわなきゃ」
※
「オクニ」
名前、そういうんだよ。と「卑弥呼」はいった。自分の名前にしては云いなれていないらしく、たったこれだけの発音がいかにもたどたどしい。
「ジャパン語のような名前ですね‥‥」
「ジャパン語なんだって」
卑弥呼、もとい、オクニのいうことにはもともとの名前は捨てたらしい。母親が故郷を嫌って出てきたから、故郷での名もなかったことにしようと、そういうことになった。だから、オクニ自身も祖国であるノルマンに対して、あまりよい感情はもっていないようだ。
「でも、あたし、オクニって名前は気に入ってるの。なんだかかわいいよね」
「ほな‥‥」
「うん。帰るつもりはないの。おかあさんが帰らないから」
けんかもしちゃうけど、おかあさん、だいすきだし。自分に関しては、終始こざっぱりした表情で語るオクニだが、母親に関してだけは、どこか体を痛めたような顔をする。
「いいなぁ‥‥」
エルフの少女は芯からそう思う。母親を大好きだとおもえること、母親がそばにいること、うらやましい。――その母親としっくりいってないのは、やっぱりかわいそうではあるけど。ノルマンの出身でずっと母親とふたりきりだった彼女はシャラを知らなかったけれど、もしかすると、月道ぐらいはいっしょに通ったかもしれない。
「最後にもうひとつ。巫女の噂についてどう思われます?」
「巫女って知ってるよー。白い服着てる人のこと」
「いえ、そういう意味でなく。あなた自身が巫女だという噂についてです」
「‥‥知らないよ? あたし、踊ってるだけだもん。魔法はつかうけど、そんでなくしもの探したりはするけど。そしたら喜んでくれる人がいるから、っておかあさんが云ってた」
自覚、なし。
「それだけですか?」
「あたし、踊りは得意だけど、魔法はそうでもないの。サンワードとウェザーフォーノリッヂぐらいしかできないや。だから、それだけ」
つまり、告白をしんじるなら、呪詛につながるどころか、誰かをちょくせつ攻撃できるような手段すら、彼女はもっていないことになる。‥‥ここでもしも、彼女の名義で呪詛、そして呪詛にみせかけた殺人がおこなわれていることを、オクニが知ったらどうなるだろう?
――それは、棚上げにする。冒険者らはひとまず『巫女』についてだけ伝えた。
「あんな、巫女ゆうんは白い服着てるだけちごぅて、神社にいて不思議なことできる人のこと、いうんです。オクニさんみたいやろ? だからオクニさんのこと巫女ゆう人もおりますんや」
オクニはきょとん、と顔をしてから、うーんうーん、と考え込み始めた。‥‥どうやら長くなりそうだ。付き合おうかとおもっていた冒険者たちだったが、おもてでなにかわぁっという騒ぎが起きた気配をかんずる。おかしい。前回はともかく、今日の作戦に騒動のはじまる余地はなかったはずだ。今日にかぎって、偶然、べつのなにかがまじってきたとはおもえない。予定外の異変があったのだろう。放っておけば自らにも事はおよぶかもしれない、冒険者らはいそぎ、辞去することにする。
「申し訳ございません。ちょっと事情がございまして、今日は失礼いたします」
「またきていいですか? そのとき、みこのこともおしえてください」
「うん、かんがえる。おうたもれんしゅうするね」
冒険者らは来た道をもどる。あまり使い込んでいないらしく、野趣あふれるあの隠し通路だ。そこまで立ち回りはおよんでいなかったのは幸いだが、帰って彼らは仲間のひとりの変事を知らされた。付き人――つまり卑弥呼=オクニの母親だが――は、自らの姿を変えるだけでなく、他人の姿をも変える能力を持っていたらしい、ということ。
この依頼はもともと役人(検非違使)からの持ち込みなので、じつは、洛内における、特に公家社会の内部事情の捜査などは、依頼者のほうがてなれている、というしょうしょう奇妙な逆転現象が起きる。冒険者の報告を聞いた依頼者は、公家に接触したことを聞くと、云ってくれればこちらであたりはつけられたのに、と、ちょっと困った顔をした。
「呪詛で確定したようですが、どうもまだ曖昧な部分が多いようですね。もうしばらく、調査を継続してもらえないでしょうか」
※
「‥‥おーい、依頼だけど。以前までの調査依頼と似て非なるとゆうか‥‥その調査対象から来てんだよな、依頼が。『都へ舞を見せに行きたいから、途中の旅程を護衛してくれ』って。どうするよ?」
●リプレイ本文
●
人の女性の晦暗を突き食むため人の女性の風姿をとるもの、その名は「夜叉」。――‥‥デビル(悪魔)の些少なジャパンにおいてデビルと確認された数少ない悪鬼。
これまでの調査結果や証言、奉丈陽の教示により、卑弥呼もとい阿国たちのうらで暗躍するのはそれだろうとおもわれたが、陽の有識をもってしても、あきらかなことは多くない。ほとんどのデビルは変化をおこなうが、なかでそれを他の生物にもちいるものもいる、正孝が以前かけられたのはそれだろう、という推測。そして、夜叉は女性に憑依するらしいこと――ただし、デビルにおいても憑依できるもののほうがむしろ少数派であるため、それへどんなふうに接すべきかまで、陽も知らなかったらしい。
「はがゆいな」
名だけが知れても、どうにもならない。背たかな果樹のいただきを、地上からむなしくみあげる、和子のよう‥‥そんな御伽噺めいた感傷だったら、どんなによかったことか。蘇芳正孝(eb1963)、ガチ、と歯を軋らせる。――往時の不覚は、彼の身の奥で堆積する。自省というものしずかな思いでなく、ついぞ燃焼することのなかった紙くずのように、しらけた煙が行き場なくくすぶる。
「なに、名は魂そのものと申します。分かっただけでも、大きな前進です」
と、伊能惣右衛門(eb1865)の、飄々乎と風のまま波のままにまかせる姿勢をうらやましく思う。かといって、彼がほんとうになにも心配していないわけでないのも、知っている。ほんとうにそうなら、老いた身にはつらいであろう、京のそぞろ歩きせっせといそしむわけがない。
着道楽の名にふさわしくあでやかな泰平の衣をきかざる京で、惣右衛門のまよいなく歩くうしろ、正孝はなんとなくつっかえつっかえに付いていった。
○
車が一台、用意された。牛車や輿(こし)といった見目の優先されるものでなく、実用にたけた荷車。これに荷をつみこむのまで、冒険者の仕事らしい。要はつかいっぱしりですね、と、内心冷静にこきおろす伊庭馨(eb1565)、あつめられた冒険者のうちで唯一の男手であったため、とことんまで酷使された。
しかたないですけれど。最後から二番目の荷をあげて、馨、けれどなんともやりきれない思い、はァ、とくたびれた歎息わっかに吐きだす。
ここしばらくで民草の下働きにも慣れたつもりだったけど(自分基準)、お嬢様育ちの本多風華(eb1790)は荷車そのものがめずらしく、興味しんしんに馨の労働をながめている。いつもはそのままのみどりの下げ髪白拍子様に結い上げ、おしろいも濃いめにはたいて遊び女のようにみせかけても、手つかずなところはやっぱり変えにくかったとみえる。風華によく見えるよう、馨はしまいの荷をちと乱暴に放り上げる。運ぶ最中落とさないよう、紐でくくって、おしまい。
「どうでしょう?」
仕事のできをうかがうふりで、馨、シャラ・ルーシャラ(ea0062)に疑問を投げる。シャラは碧の瞳、曲水にほそめて、指でちっちゃくまるをかたどった。
「ばっちりですー」
「よかったね、おつかれ」
と、セラフ・ヴァンガード(eb1362)は馨ではなく、シャラの頭をかいなでる。
シャラ、こっそり思話を阿国にためしていたのだ。一度はなかよく対面した相手だ、シャラの思惟の糸、きちんと阿国のところへつまぐられた。
『これから、オクニちゃんたちがみやこにいくののおてつだいにいくけれど、はじめはしらないヒトのフリをしてね』
?と懐の返辞がかえってくる。会ってたことが露見したらもういっしょに遊べないからだよ、とそんなこと、顔がみえないで一方的な約束するのはちょっとさみしい。でも、なんとか分かってくれたようだった。指切りげんまんしたいけど、いまは堪忍。
阿国と付き人――遠回しの表現はすでに用済みだろう、阿国の母親だ――は、たった今、ここにはいない。最後の最後に、したくがすんだら、例の奥社からでてくるという、それはもっともらしい釈明だからかまわない。不安は別にある。香辰沙(ea6967)が、首をめぐらすと、甘やかな髪は紅花みたいに一度ひろがり、ふぅわりとおちつく。したしんだ袈裟をかたづけて、ちょっと身には沙門のものとみえぬ風采の辰沙に、軽快な仕草はよく似合った。
「伏姫さま、どうしはったんやろう‥‥」
先に、ここをおとずれあとから合流するはずだった七枷伏姫(eb0487)が、ついに出発まぎわになっても、姿をあらわさないのだ。事情があったらあったでなにかしらの伝言をのこしてるだろうに、手近な信者に話を聞いてみたが、彼女がここに来たことは知っていたが(その証拠に、伏姫の乗ってきた馬が、神社の柵につながれている)、誰も行く先を知らないという。
‥‥悪い予感がする。
寝汗がねばる明け方にみる、めざめのわるい夢のような。
誰かが残ることも考えた。が、ことさら「依頼」の執行のためここまで来て駐留する、自然な言い訳を用意していない。けっきょく、伏姫にあったら云ってくれるよう、核心をくるんだ伝言をのこすがせいっぱいだったのである。
△
腹を、おさえる。
とっ、とっ、とっ、と駆けずる音がそこからする。小指ほど小さな人でもそこに飼っていたのだろうか、とそぞろな思いは、氾濫のごとき劇痛につぶされる。どっどっどっ‥‥と、脈動はだんだんと暴れ馬でも過ぐるようにうつり、世界がずれてゆくと思ったのは、自分が世界から切り離されてゆくから。
伏姫は、ついに第一歩を踏み出すことはならなかった。体が地をたたく轟鳴は案外軽い。しみだす血潮は、呼吸をつまらせるほどむせるのに。
「う‥‥」
はやく、つたえねばならぬ。虚を、失錯を。だが、彼女の焦燥を知るのは赤いまるみをわずらいの速度でひろげる、血だまりだけ。腹の痛みは、木の暗の闇にひとしくなった。
●
「名寄せの中で凶刃を振るわれた方々の調べは如何でございましょう?」
――惣右衛門の質問に、役人らしいすませ顔をあからさまにぎょっとさせた。惣右衛門と正孝を部屋のすみに呼び寄せ、額を寄せての耳談合。
「疑惑でしかないんですが、口にするのもはばかれるような人もいるんですよ」
いつもの「公家社会の外聞」どうたらといったやつである。
ではせめて彼らの共通点や変事の有無は、とかぶせて訊くと、特にない、と木で鼻をくくったような、のらりくらりとした答酬。‥‥でも、ほんとうに分かっていないらしい。
たしかに呪詛は禁術であるが、かびた概念を後生大事にする公家にとっては、武家における兵力とそうあつかいは変わらない。物騒な道具ではあるが、使いどころさえあやまならなければ。軽い割り切りで卑弥呼あらため阿国へ遣いをだしたものも多いようだ。
ただし、惣右衛門の意図するところはちがっていたが、被害者に関する別の情報はあたえられた。刀とおぼしき傷跡はみごとなもので、ほとんど一撃で斬り伏せられており、とても素人のものとはおもえなかったそうだ。しかし、それほどの剣客が押し入った形跡はどこにもみられない。そして、たいていの場合、血濡れた凶器はその場にのこされていた。
「密室とはそういうわけか」
腕のあるものの仕業と聞き、正孝、がぜん武芸者らしい関心がわいてきたのだが、いかんせん遺骸はとっくにかたづけられている。ちょうどよく亡くなったものもおらず‥‥いないほうがいいのだから、悲しむわけにもいかない。複雑なところだ。
惣右衛門、次はふたたび祈祷にめぐるという。役人から情報を得られたので、ずいぶん効率よく巡錫できるでしょう、と、からりと言い放つ。知命も下り坂にさしかかっているのに、いっかなおとろえることのない行動力に、正孝はほとほと兜を脱ぎたい気分になる。
「呪詛が通らずば信用は薄れて魔のモノの企みは崩れましょう」
ずいぶんと回り道ではございますが、と、皺の深い相好をくたびれぎみにくずす惣右衛門に、正孝は笑わない。ついてゆく。足の萎えぬかぎり、ついてゆこう、と思った。
△
伏姫。ここへ来るのは、もう、三度めだ。道順もすっかり頭にはいっているし、信者らのつらがまえもだいたいおぼえた。なじみの商家のぞくよううちとけて、ここへ来るとき小耳にはさんだのだが、と、話をもちだす。
「最近、高名な巫女を狙う悪魔と呼ばれる存在がいるそうです。実際に被害にあった巫女もいるそうですし、ここの巫女様も最近有名になってきましたから注意したほうがいいかもしれませんね」
ほぅ、と鄙びたところらしいすなおな反応に、伏姫、だましているようで申し訳なくなる。しかし、べつだん嘘をついているわけじゃないから‥‥そのとおりなのだが、罪悪感じみた感情は消えなかった。それを消すためもあったし、京都行きをもちだすきっかけを探ろうと、いつも以上に雑用のてつだいに身を入れる。建物の裏から焚き付けを持ち出すのに力を貸してほしい、と、いわれたときも、ほとんどいぶからずにしたがった。
懐疑にかられたのは、彼女のまえに立ったときだ。‥‥こんな人、いただろうか?
と、凍えた裂帛。
やにわに冷冽な感覚が、身の内からはしる。肉体とけして同調できないものがねじこまれた。脇から生える鋭利な金属を視認する。――刺された。
「‥‥や、しゃ?」
「そうよ。ついでに教えてあげる。憑依って自由意思でも解けるし、あたくしは幽魂じゃないから実体もある、こうして刀をもつこともできるの」
伏姫は膝からくずれる。関節を支えるものがなくなってゆき、臨界が回転する。
「あたくし、もう、行かなきゃ。ひとりにしないって約束だしね」
伏姫が最後にみたものは、乙女が涙こぼすように返り血をてんてんとしたたらせる、月色の刀刃。‥‥いつか『卑弥呼』が儀式のときにもちいていた、曲型の秋水。
○
重い。
心が? でも、心のことはよく知らない。それがどんなものでどこにあるか、たしかにかかえているらしいということ以外、分からない。だから、この、鉛でも喰んだようなずっしりおぞましい印象は、心のものじゃないかもしれない。
セラフ、いつかにかんじた呼吸ができなくなるような苦しさを反芻しながら、紐につながれた家畜のように、遅々とした歩みでつきしたがう。
なにもできないのか。‥‥なにかがおこなわれようとしているのに。こうして、ただ歩くだけしかできないんだろうか。いいや。手も足もでないなら、瞳になればいい。すべて見届けるのだ。来るべきに、そなえて。
道中はみょうに気詰まりだった。基本的に、徒歩だ。阿国や彼女の母以外に、数人の信徒も同行している。馨はさりげなく体をずらして阿国の母のとなりを確保したが、見咎めるようなものはいなかった。野辺の花にささやくよう、ひそやかに、馨は阿国の母へ話しかけた。
「あなたは卑弥呼さん、いいえ、阿国さんのお母様ですね?」
応答は、無言。やはり布を目深にかぶっておもざしを閉ざした彼女から、表情はうかがえなかった。鏡面にでも話しかけてるようなむなしさ、懸命にわきへおしやり、呼びかけをつづける。
「阿国さまから、あなたの故郷でのおはなしを拝承いたしました。‥‥ずいぶん辛い目にあったそうですね」
‥‥これもまた、空振り。初対面ということになっているはずの、シャラと阿国のほうがずいぶんと対話もりあがっているのにくらべて、なんというちがいか。
「きょうとにはおいしいものたくさんあるんです。もうすぐ、ゆどうふがおいしいですー」
シャラ、自分の知ってるかぎりの洛陽の豆知識ならびたてて、阿国の好奇をさそっているのがほほえましい(でも湯豆腐なんて、いつのまに、ならったんだろ?)。風華はといえば、顔見知りのものが同行者のなかにいたため、彼らへの釈明にいそがしい。
「つい先頃、冒険者に転職したのです。たのしそうなお仕事でしたから」
――‥‥そのまんま?
それもありですけど、と、馨、いつのまにか集中のうすれていることに気付く。糠に釘うつ行為だろうが、こんなやわに中断させるつもりはない。背筋しゃんとさせる。そして、どんなことばが彼女のやるせないところへとどくだろうか‥‥そんな思案をしかけたとき、遅れていた辰沙がまっさおな顔でこちらにすがってくるのを、見つけた。
魔法は発動の際、いっしゅん全身が魔法に応じた色にきらめくので、人のいるなかでこっそりというのはむずかしい。だから辰沙、道の途中で気になるもの見かけたふりして、いったんはずれて命数調査の呪文を行使していたはず。
「足りひんのどす」
「人数?」
「はい。ここにいるのは十二人やのに、うちの魔法やと十一人しかおらへん、て」
デティクトライフフォースには、わずかな誤差もありうる。しかし、もし阿国の母がとうに身も心も悪魔とおなじくなっていたなら――デビノマニ――という疑念のあった冒険者にとって、欠如の報告は脳髄しびらせるほどの衝撃があった。誰もがみな、口裏合わせず、阿国の母のほうを見やろうとして、そうして視線がななめになったうつろ、を、つかれた。
彼女は荷のなかから、阿国の剣舞のためという名目で積んであった宝剣を、石火またたく早業でとりだした。あらわになった白刃を阿国の喉頸へあてがう。
‥‥伏姫のときと、おなじである。夜叉は憑依をとき、本来の姿のまま、なにくわぬ顔をして行進に雑じっていたのだ。
「残念。ばれちゃったか。せっかくいいところ送ってあげようか、と思ってたのに」
きれいなところよ、乳の流れ花の降る‥‥極楽浄土。京についたらね。夜叉は嘲ら笑う。
「しかたがないか。どいてくれない?」
冒険者ら、いままで利用してきた阿国をまさか殺すまいとは思っていても、現実にとりこを目前にしては、指の一本すら縛られたように動かなくなる。ようやく、辰沙、喉を絞り上げた。
「なんでそないなことしますの。目的はなんなんどす?!」
「‥‥教えてあげたかったんだけどね。あなたがたの死体を質種にして」
夜叉は阿国をかかえて、阿国の母のもとに突き進む。そして、ぶつかるか、と皆がかんがえた瞬間、阿国を放し、
憑依、した。
『ひとまず退散するとしましょう』
「‥‥」
『逃げるのよ!』
阿国の母はぎこちなく、道のわきのくさむらへ駆ける。そして、野鼠のようにすばやく姿を消した。我に返り、風華は月の矢をつがえようかと指を組んだが、いさめられる。
「悪魔だけをうつことはできません。憑依されている母親もろとも、傷つけますよ」
ムーンアロー一本ぐらいなら、致命傷になることはなかったろう。しかし、危機にさらされ、母親に去られた阿国の目先でそれを行使する非情さよ。風華の腕は、風のない帆のように、力なくたれさがる。
その後、とおりいっぺん捜索してみたものの、阿国の母の発見はとうとうかなわなかった。