加賀からの風・二

■シリーズシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:6〜10lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 71 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:03月03日〜03月08日

リプレイ公開日:2009年03月11日

●オープニング

 加賀北部で威勢を誇る富樫泰高が、複雑な顔をして、寺の縁側に座り込んでいた。奥の本堂からは、壮年の坊主が現れる。
「何をお悩みですか」
「このまま、ここで領主面して居て良いものかとなあ?」
 今年三十八になる泰高は、質実剛健を柄に書いたような男振りである。
 身の丈こそ、高くは無いものの、落ち着いた佇まいが、見る人に安心を与える。
「この地を守ってくださったのは綱紀様ではございませぬ」
「しかし、ワシが居らねば、奥村親子や長連龍、村井などが出張ったであろうよ」
「もし。の、話は必要ではありません。騎乗する犬鬼の恐怖にさらされていた我等を、しかと守って下さったのは泰高様と政親様。おふたりが、ご家門と野武士を纏めて当座の守りとして下さらねば、ここはどうなっていたか」
「それはそうなのだが‥‥」
「綱紀様は良いお方のようですが、端端まで手が届かないようでございますよ? 越後では、いつぞやは犬鬼や天災でせっぱつまった百姓達が一揆を起こした事もありましたでしょう? この場所もそうなりそうになったではありませんか」
「そう‥‥そうだな‥‥ワシが、防いでおるのだ‥‥な」
「そうでございますとも」
 僅かにぼうっとなり、境内へと顔を向けた泰高の背を坊主は眺める。
 そして、泰高の斜め後ろで、唇の端を上げただけの笑みを浮かべた。
「金沢の綱紀様のお従兄であられる、前田慶次郎様を、お呼びになってはいかがでしょうか? 綱紀様と対立する気は無いと公にわかりましょう」
「おお‥‥そうだな‥‥早速人をやろう」
「しかし、慶次郎様、カブいたお方とか。まずは、どの辺りからお願いして良いものか、様子を探りませんと」
「おお‥‥そうだ。‥‥そうだな」

 白拍子がふらりと江戸ギルドへと顔を出した。
 身のこなしもスキが無く、さぞ美しい舞を舞うのでは無いかと思わせる。
 背の高い、美しい白拍子だ。名を鶴童丸と言う。
「先は、世話をかけた。調査なども受けてもらえるだろか?」
「調査と言いますと?」
「とある侍の素性を探って頂きたい。住む場所は知っているが、何しろ侍。普通の人にお願いして万が一の事があっては‥‥」
「そんなに乱暴者なんですか?」
「わかりません。それも調べて頂きたいのです」
 綺麗な弧を描く眉が切なげに寄る。
 朱に彩られた唇から、溜息が零れ。
「して、その侍とは」
「前田慶次郎と言うお方でございます」
(「敵か味方かは、これから判断致しますので」)
 鶴童丸と名乗る白拍子は、静かに頭を下げた。
「‥‥解りました。張り出しておきましょう」
 頻繁に顔を出し、依頼に首を突っ込んでは、冒険者達と遊ぶのを何よりも楽しみにしている人物だと、すぐに受付は思い浮かべるが、そんな素振りを一切出さずに、にこりと微笑み、前田慶次郎素性調査の依頼を出した。

 派手な衣装に身を包んだ、真っ赤な髪、人好きのする顔の男が、目立たない商人風の男の広げた小間物を選んでいた。加賀の漆塗りの櫛や簪を弄びながら、大柄な男は小首を傾げる。
「加賀の北って言うと、富樫一族が、良く犬鬼から守っててくれた場所だろ? ていうか、潮。お前が江戸まで来るほど、剣呑な事かよ?」
「剣呑‥‥な事になってはまずいので、私が念のため伺いました」
「ふうん」
「江戸から加賀は遠うございます。何かあってからでは遅うございましょう?」
「まあ、気をつける。か弱き人質にでもなったら、綱はともかく易英ににっこり笑って首切られるからなー。加賀は息災か?」
「‥‥七つ島の異変も、カタがついたというか始まったというか。微震は治まりましたが、どうやら加賀の白山に神が居られるようです。また、調査するつもりでおります」
「へぇ。神さんかあ。楽しそうだなあっ!」
「‥‥ともかく、お気をつけ下さい」
 盛大な溜息を吐いた小間物売りは立花潮。加賀藩、前田綱紀直属の目として、雑務をこなす男だ。そして、大きな身体を竦ませて、怖い怖いと笑うのは前田慶次郎。ひとつふたつ小間物を買うと、一緒に小さな包みが。当座の生活費はあるが、何かあったらと、渡されたのは金塊だった。

●今回の参加者

 eb3367 酒井 貴次(22歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3609 鳳 翼狼(22歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb3736 城山 瑚月(35歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb4462 フォルナリーナ・シャナイア(25歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb9449 アニェス・ジュイエ(30歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ec4127 パウェトク(62歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 ec4354 忠澤 伊織(46歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

常盤 水瑚(eb5852

●リプレイ本文

●前田慶次郎に関する調査報告
 冒険者ギルドで、依頼人の鶴童丸へと、次々と前田慶次郎に関する調査報告が上がってくる。
 京より、加賀の依頼をこなしていた鳳翼狼(eb3609)は、江戸でも加賀という名を目にし、加賀への縁を思う。前田慶次郎は面白い人物であったと思い返し。
 興味深い方だったと、酒井貴次(eb3367)もひとつ頷く。
 物騒な依頼だったと、内心で溜息を吐きつつ、パウェトク(ec4127)は、何かを隠しているのでは無いかと思われる鶴童丸をじっと見る。辛い心持ちで無ければ良いとも。
 纏めた情報を城山瑚月(eb3736)が淡々と語り始める。
 再会を喜び、交わした約束は次の機会に個人的にと笑って忠澤伊織(ec4354)は僅かに口の端を上げて笑い。
 またお会い出来てと、フォルナリーナ・シャナイア(eb4462)は好意を向けつつ纏めに異は無いと微笑み、アニェス・ジュイエ(eb9449)は、見知らぬこの国の舞い手のまだ見ぬ舞いを思い、自然、観察が深くなる。
 鶴童丸は、真っ直ぐに参加冒険者達の目を見まわし、一礼をした。
「感謝する。人となりはお主等を見れば知れようぞ」
 実直な笑みを浮かべた彼女は、冒険者達が調査依頼をしている間、ギルドで彼等の履歴である報告書を読んでいたようだった。引き出された書類の束をぽんと受付に返すのが見える。
 そして、前田慶次郎と関わりのある冒険者に再度目をやると、また一礼をし、ギルドを去っていった。

●酒井貴次の場合
 占い師のなりをして、高次は、長屋周辺をぶらりと回る。外に出て井戸端会議をしている長屋住民へと声をかければ、何時の世も女性は占いが大好きである。素直そうな少年である事がまた、女性達の興味を引いて、我も我もと囲まれる。見習い期間中なので、御代は結構ですと言えば、人がわらわらと集まってくる。
 貴次は、にこにこと、妙齢のご婦人方の相手をしつつ、占いを始めると、それとなく慶次郎の話を切り出してみる。
「この辺りに快男子が居るとか聞きましたが」
「ああ、慶ちゃんか」
 慶ちゃん。
 すごい呼ばれようだと内心苦笑していたら、赤い髪の大きな男がおばちゃんに引きずられてやってくる。占いしてくれるらしいから、やってもらいよ。ご婦人方に囃し立てられてた慶次郎は、あっかんべとご婦人方に渋面を作ると、貴次の前に座り込む。
 あんまりあっさり目の前に座った慶次郎へと、多少どきどきしつつ、がんばってみれば。
「放浪‥‥放浪‥‥帰還」
「帰還?」
「はい、出られた場所へと戻る日も近いかと」
 占いは漠然としたものだ。その過去、現在と、実に綺麗に同じ目が出て、貴次は驚く。そして、近い未来に起こるであろう姿は『帰還』何処へ帰るのかはわからないが、この人は江戸から居なくなるのだろうと思った。
 妙に人好きのする顔が、貴次を覗き込み、くしゃりと笑い、ありがとなと言い、立ち去るのを、見ているしか出来なかった。後はまた、ご婦人方が沢山待っており、その相手をするに精一杯でもあったから。
 その全てを丁寧に占うと、慶次郎の行くえを探る一端として、ダウジングペンデュラムを江戸の地図の上で揺らすが、詳細な江戸の地図では無い。始終移動している人の行くえは、なかなかに指す事が無かった。 

●フォルナリーナ・シャナイアの場合
 長屋へ朝方立ち寄ったフォルナリーナは、無沙汰を侘びつつ、顔を洗っている慶次郎へと挨拶をする。
 珍しい場所に来るものだと笑われるが、散歩中にお見かけして、この辺りにお住まいかと思いと、伝えれば、ふうんと、信じてない相槌が帰る。冒険者がふらりと散歩するには無理のある長屋街だからだ。
 慶次郎が出てきた家を覗けば、ちゃぶ台におにぎりがちょこんと乗っている。
「朝食は‥‥お握りだけ? 大きな体なのに‥‥お腹、すかない? 何か簡単なご飯、作りましょうか? 料理が得意ってわけじゃないんだけど。‥‥べ、別に、あなたのこと心配してるわけじゃないんだからねっ」
 フォルナリーナの申し出というか、最後のツンデレ台詞に受けたらしく、げらげらと笑う慶次郎に、フォルナリーナは、僅かに頬を膨らまし、少しお話しても? と、問えば、どうぞと招かれる。
 そもそも竈も無く、材料も無い場。何かしようと思っても、出来ない。井戸で汲み置きの水だがと茶碗で出され、おにぎりをひとつ渡される。
「あなたも見たところ、お坊ちゃん育ちのようだけれど‥‥。私も同じ、お嬢さん育ち。ジャパンに来て、冒険者として生計を立てて‥‥。最初は、ほんと何にもできなかったわ。お恥ずかしながら。最近になって、ようやく家事もできるようになってきたところよ。前田さんは、江戸には何をしに来たのかしら? どんな境遇で育ったのか‥‥知りたいわ。‥‥って、朝から話す内容じゃなかったかしら」
 とうとうと話すフォルナリーナの話を聞きつつ、ぺろりとおにぎりを平らげた慶次郎は、僅かに鼻の頭をかいた。
「ぼっちゃん育ちってよく言われるが、甘やかされて育った記憶は無いぞ。躾は厳しいじい様が居てな、そりゃもう、朝は早くから家の手伝いに、昼夜関係無しで稽古つけられたり追い回されたり。江戸へは、いろーんな見物。それと、加賀の若い衆を手助けする足がかりみたいな事やってるって言わなかったっけか?」
 江戸に居る理由は、アニェスや伊織、パウェトクなんかに聞くといいと笑われて。
 その後、長屋で聞き込めば、嫁になるのかと、さんざ逆に問い詰められて、慶次郎には内緒でと言えば、良いよと、絶対後で慶次郎にフォルナリーナが聞き込んでた事を喋ると言う雰囲気満載の人々ばかりに囲まれているのを知る。
 夜に酒場に出向き、何か話をと思い、酌をすれば、まあ、人生は楽しく生きないとなと、くしゃりと笑われ、今はとっても楽しいんだがなあと、笑みを深くしたのを記憶した。

●アニェス・ジュイエの場合
 船着場に向かう慶次郎を捕まえたアニェスは、眺めのいい場所に行かないかと、誘えば、二つ返事で頷かれる。
 船着場の少し先にある、海風の気持ち良い場所だ。砂浜の向こうに、船舶が見える。
 鶴童丸はどうして慶次郎を探るのか。依頼が張り出されると、アニェスは、人に探られるぐらいならばと、飛び込んだ。
 しかし。
 お酒を取り出せば、慶次郎の相好が崩れる。その顔を見て、おおっぴらに会いに来れるという心積もりもあるのを再確認する。
「ねえ‥‥加賀って、どんなとこ? 米と水の美味しい所って聞いたわ良いお酒が出来そうね」
「好いとこ。人も景色も皆好い。当然酒も美味い」
「前に‥‥さ、加賀に火の粉が掛かる事があれば‥‥って、言ってたじゃない。もしもの時は‥‥加賀に帰っちゃう?」
「帰らないって言って欲しいわけか?」
「そうじゃないけど、また会えなくなったら、寂しいなあって‥‥ね」
「江戸は面白い。冒険者も面白い。だが、それと加賀は天秤には乗らない」
 乗せるまでも無いという事だろう。
 毎日何をしているのかと問えば、加賀から来た職人達に不都合は無いか見て回ったり、船着場で外国の話を聞いたり、船員達と遊んで、夜は酒飲んで。たまにギルドで遊んでと、笑われる。
「今日は何か予定とかあるの?」
「? まあ、あるといえばある」
「ついてっても良いかなあ?」
「遊びに行くなら良いが、お前さん、今日はそういうんじゃないだろ?」
 少し伺うように問いを投げたアニェスの目を真正面から慶次郎は見て、笑みを返した。何時もの笑みだった。アニェスはひとつ間を置いて話し始める。
「‥‥依頼、よ。あたしは、冒険者だものでも、一緒に飲めて、話が聞けて、嬉しかったこれも本当」
「そうか、がんばれ」
 何の依頼か、どうしてここへ来たか、追及はされなかった。

●鳳翼狼の場合
 ついギルドを覗けば、聞き覚えのある苗字。前田という名に引かれて、つい依頼を受けてしまった。
 船着場へとやってくれば、調査対象の人物を発見する。船員達と、相撲をとっている。大柄で、真赤な髪は良く目立った。
「俺も混ぜてっ!!」
 その楽しげな喧騒に、船員をかきわけ、つい手を上げる。背丈こそはあるが、細身の翼狼に、船員達は、出直して来いと笑うが、慶次郎が手招いた。
「おにーさん強そうだねっ」
 にやりと手招く慶次郎に、そうこなくっちゃと、腕を回しつつ、輪の中に入る。
 が。
 青空を見上げる事になったのは翼狼。お兄さん強いねと笑えば、冒険者かとくすりと笑われる。
「これから、一緒に飲みに行かない? ん、この後どっか行くの? 面白いとこ? 俺も行っていい??」
 人懐こい顔で、矢継ぎ早に言葉を継ぐ翼狼に、慶次郎は野暮用だから、またなと笑う。だったら、夜にお酒飲もうと言えば、それならと、飲み屋の名を教えられ。
 酒場の喧騒の中。成人してなければ駄目。と、酒は取り上げられるが、雰囲気だけでも酔うものだ。
「俺、こう見えて華国の出身なんだー。おにーさんは?」
 加賀だと言われて、目を丸くする。
「俺、依頼で加賀の犬鬼と戦ったんだよ! 七つ島にも行ったし! なんか奇遇だねぇ。あッ! そういや、加賀って『前田』って人、多いの? 綱紀さんも前田だったなぁ。親戚?」
 ぽんぽんと喋る翼狼の話を面白そうに頷き、聞いている慶次郎は、何の裏も無いような問いにも、ただ笑みを返すだけである。
 湯豆腐と焼き魚をつつきつつ、翼狼はそういえばと、溜息を吐く。
「江戸には遊びで来たからさぁ、家がないんだよね。おにーさんの家に泊めてよー。旅は道連れ、世は情けって言うしさ☆」
 ね? と笑えば、構わないぞと笑われて。
 そのまま泊まる事になる。色んなガラクタの沢山置いてある、家だった。

●パウェトクの場合
「久し振り、元気してたか、パウェトク」
「前田さんもの」
 船着場に現れたパウェトクを慶次郎は目聡く見つけて、嬉しそうに寄って行く。江戸で信頼を預ける数少ない相手だからだ。
 パウェトクが手にする菓子を目聡く見つけた海鳥が寄ってくる。
 ぱらぱらと撒けば、独特の鳴き声と共に、多くの鳥が寄ってくるのを見て、慶次郎が嬉しそうに目を細めるのを、パウェトクも嬉しげに眺める。
 あの子等と遊ばなくていいのかと、船員のいい年した野郎共を見れば、久し振りだから、パウェトクと遊ぼうと、笑われる。
「雨降りが増えてくると、だんだんと春が近づくのを身に覚えるの」
「ひと荒れ来れば、本格的な春だな」
「そうさの。わしは狩りの手伝いして子どもの時分は過ごしたが、前田さんはどんな子だったのかの」
「ん? 悪ガキ。ガキ大将ってやつ。厳しいじい様の目を盗み、海や山で遊んでたな」
 パウェトクの爪の垢を煎じて飲ませたいぐらい、気合の入ったじい様でさと、渋面を作るが、仲が良かったのだろうなと、パウェトクは思う。
 冒険者が身辺を回っているのはもう知っているだろう。なのに、変わらぬ対応に、笑みを浮かべ。
「この前、加賀からみえたという方に逢っての‥‥」
 知り合いが居るなら、伝えておくが良いと言われたのは、これから、加賀が荒れると言う言葉。
「前田さんは、加賀が荒れるときいてどう思う」
 北の祖国を思い、パウェトクは首を横に振ると、考え込む慶次郎の顔を仰ぎ見る。
「何を持って荒れるのか、武力か、政治か、妖怪か。あるいはその全部かわからんが」
 とりあえず、帰る。
 そう、満面の笑みをパウェトクへ返した。

●城山瑚月の場合
 同じ女性からの依頼を二度受けると不満げな水瑚に尋ねた事象は、形を結ばなかったが、それならそれで動きようはある。
(この先加賀は荒れるとの警告、そして名も居所も知る相手の素性調査とは‥‥。もしかすると鶴童丸殿は何方かの命、もしくは加賀に関わる何かの為に江戸にいらしたのかも知れませんね)
 何処かその目的が曖昧な依頼人を思い出し、瑚月は油断無く、大柄な背を追う。
 知り合いは大勢居るようで、小さな子供から老人まで、態度は一貫して変わらない。にこやかで、賑やかだと、瑚月は記憶する。
 町外れの、寂れた方へと向かっている。
 木々や、家の角や柱、商店の暖簾や人の影に紛れ、見失わないようにと言うよりも、こちらの姿を見つけられないようにと気を配る。
 ついには、まったく人通りが絶えてしまい、その距離を遠くにとる。
 もう姿を変えるのは何回目か。
 古寺が見えてくる。
 どうやら、そこへと向かっているようだ。
 息を顰めてその大柄な背が、わき道へと外れず、寺へと入っていくのを確認する。
 その寺の門からそっと中をうかがえば、
 鄙びた境内、張り出した本堂の縁側に座っていた老僧が、慶次郎へと、太い棒を放る。
 太い棒は、八尺はあるかもしれない。巨大な槍だった。
 受け取った慶次郎は、嬉しそうに、一振りすると、そのまま、気合を上げて槍の稽古に入っていった。
 どうやら、この寺は慶次郎の稽古場のようだ。
 半刻ほど槍を振るうと、縁側へと座り込み、老僧と語る言葉は遠くて聞こえない。これ以上近付くのも、困難だ。何も無い寺の中、接近は難しい。
 さてどうするかと、思っていると、手にした槍が瑚月の潜む門の近くへと飛んできて。
 一礼すると、瑚月はその場を立ち去った。慶次郎の笑顔だけが印象に残った。

●忠澤伊織の場合
「よっ、前田ぁ。久しぶりだなぁ。生きてたかぁ? 最後に会ったのいつだったっけ? 何してたんだぁ?」
「殺すな? んー。夏の終わりだったか? 人付き合いの難しさに壁に向かってたっ!」
 杯を掲げる慶次郎に、伊織は苦笑する。相変わらずの人当りの良い姿。
 土産と、二頭身の素焼き人形を取り出し、お前に似てると言えば、俺はもっと男前っ! と、笑われる。
「お前の好きそうな依頼だったのに、残念だったなぁ」
 悔しがる慶次郎に、だろうと思ったと、伊織は笑う。
 フォルナリーナと被った質問というか感想は、飲み込んで、伊織は慶次郎に酌をする。
「遊んでるだけじゃ‥‥ないんだろ。まぁ、言えない事情とかあるのかもしれないがな。ダチのことは‥‥これでも心配してるんだぜ?」
「ありがとさん」
 卓に置かれた杯に、今度は慶次郎から、伊織へと酒が注がれる。
「お前ってさぁ、人懐っこいと思ったら、どこかで一線を引いているんだよなぁ。俺はお前と、いい飲み友達だと思ってる。でも、お前は、壁を作ってる。受け入れてくれるかと思いきや、深入りを拒む。‥‥この先も、表面上の付き合いだけでいきたいのか? お前がそれを望むなら‥‥それに従うまで、さ」
「‥‥まーえにも、アニェスが同じ意味の事、俺に言ったんだぜ? 教えろ。でも、教えなくても良い。今度は伊織。良いのか? でも良いなら良いってな」
 友達って、そういう言葉で深くなるもんでもないだろ?
 随分仲良くなったと思ったんだと、笑顔を向けられ。
 少し哀しげに杯を置かれ、近いうち、加賀に帰る。楽しかったと、江戸の別れを告げられた。