加賀からの風・六

■シリーズシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 55 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月27日〜09月01日

リプレイ公開日:2009年09月07日

●オープニング

 まぶしい日差しの中、小さな老僧と、四十を越えたぐらいか、あるいはもう少し若いのかもしれないが、痩せ、目の下に隈がある為、酷く年老いた様子の侍が、山道を歩いていた。
 老僧は真仏と言い、加賀北部の豪族富樫の護る一帯で、一向宗を広めていた。富樫の庇護を得、加賀北部では、かなり信者が増えている。もう一方の侍は、林良親。富樫と同盟を組む一門を率いる男だ。
「やっかいなものだな、冒険者というのは」
「意外と可愛らしいものだが?」
 渋面を作る林に、真仏は笑みを浮かべて答える。
 夏草が威勢良く伸び上がる山道を行くのは、江戸方面への警戒の為の陣があるからだ。
「浮き足立ってかなわんよ。死人が出たのは綱紀の仕業にするつもりだったのが、逆手に取られてしまったしな」
 山百合の花車を家紋とする、前田家に近しい一門、岩瀬を殲滅したまでは良かった。
 鬼などを引き寄せ、退路を断った上での殲滅で、無念を抱いて滅んでくれたまでは良かったのだが、死人が出るタイミングが悪過ぎた。もう少し遅くても、早くても、それなりに使えたのだが、丁度富樫と倉光とで北では富樫と張るほど大きな一門、山内を攻略する最中に死人が出たのは、運が悪かった。
 岩瀬一門が、林領内の村に毒殺の末、捨てられるように埋められていた。そこから彷徨い出た死人が村を殲滅。責は林にあると攻め立てる文書が、近隣に回る。状況的に見て、誰か他の者の仕業にするには無理があり、日頃の林の振る舞いもあいまって、富樫連合の中でも、非常に不味い立場に追い込まれていた。
 特に、倉光は、林のやり様が気に入らない。実直を絵に描いたような男だ。鬼を追い払う為、力を貸してくれた富樫を信頼してはいるが、林には常日頃から気に入らぬの雰囲気を隠そうともしない。つい先日落とした山内は自力で近隣を護っていた自負がある。前田と対等の立場で居るならともかく、富樫に下るは戦で負けが込んだ一時しのぎの同盟である。前田を下せば、力を蓄え、富樫に牙を向く気まんまんであり、富樫に早々に下った林などは、何段も格下に見ているのだ。
「気に入らん。全て平らげれば良いだけでは無いか」
「ここに至っては、それもまたひとつの手かもしれませぬな」
 小さな黒い瞳を和ませ、真仏が、また笑う。
「ハボリュム。手を貸せ。江戸へと向かう一帯を手に入れ、山内も倉光もあっと言わせてやる」
「‥‥その名を呼びなさるな」
「ふん。誰も聞いておらぬわ。だからこそ山道を歩いてきたのだろう」
「かまいませぬよ。鬼どもの集団を、江戸方面へと向かわせるだけなら、簡単ですから」
 元々、鬼は人を襲うもの。
 少々水を向けてやれば、豊富な食べ物が簡単に入る人里を襲うのは、自然の理。そう、真仏‥‥ハボリュムが笑った。
「構わん。どれだけ死のうと、その土地が空けば、他から俺の手に入れた奴等を連れてこれば良いだけだ。江戸近くなれば、冒険者が片付けてくれるだろう」
 林は、甲高い笑い声を上げて、自軍へと向かった。
 戦の火の手は上がった。行く末をもう少し見物してから、かの方を起こしに行かねばと、心中で呟き、悪魔と手を結んだと信じている、幸福な男の後姿を見送った。

 鬼達が進む岩場の横の街道を、林の一門が軍馬で駆け抜ける。
 その数、五十。それなりに腕の立つ、林一門は、街道沿いの村々を焼き討ちし、降伏するものは身包み剥ぎ取り、女は抱え込み、乱暴なまでの行軍速度を保っていた。
「林の進軍を止めて下さい」

●今回の参加者

 eb3367 酒井 貴次(22歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3609 鳳 翼狼(22歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb3736 城山 瑚月(35歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb4462 フォルナリーナ・シャナイア(25歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb9449 アニェス・ジュイエ(30歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ec4127 パウェトク(62歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 ec4354 忠澤 伊織(46歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


 街道から僅かに離れた場所に、その村はあった。
 よくある村だ。
 田畑の奥に固まるように家並みが続く。
 一番手前の家の外、開けた場所に、沢山の馬が水と飼葉を与えられて連なる。その合間を、布を持って移動する村人。馬の汗を拭い、世話をしているようだ。人数は二人。その二人を見張るかのように、槍を持つ男と日本刀を腰に差す男が居た。周囲を見渡しているのは間違いが無さそうだ。その男二人は篝火の近くに僅かに離れて立って居る。首に下げているのは呼子のようだ。吹かれるとやっかいだろう。篝火は、街道から村へと入る入り口に二つしつらえてあった。その場所を避ければ、暗がりにまぎれて村の中へと進入はた易そうだ。中に入れば、中心と見られる道筋に、点々と篝火はあるが、見張りらしい見張りは居ない。後は寝入っているのだろう。血の匂いが鼻につく。多くの村人が殺されたか、傷つけられたのは間違いが無さそうだ。村の一番奥には、ひときわ大きな家がある。多分、集会所か村長宅か。そのどちらでもあるのかもしれない。
 それだけを見て取ると、城山瑚月(eb3736)は、仲間達の下へと戻る。
 この軍馬の一隊を率いるのは林と言う男。
(「前田殿の縁者一門を滅ぼした男‥‥。とはいえ、一人の裁量で行える所業とも‥‥」)
 死人が出た村の、死人の元凶は滅ぼされた岩瀬一門は、前田慶次郎の縁に連なる一門だった。その土地を治めていたのも林。詰まる所、富樫に組する輩である。瑚月は富樫の拠点で見た、小柄な老僧が頭から離れない。
(「‥‥筋書きは、あの老僧か‥‥?」)

 冒険者達は、先に様子を見に行った瑚月を静かに待っていた。
 林の進軍を止めて下さい。
(「──こういうのも、つるさんの声に聞こえるわい」)
 ギルドの受付の声に、パウェトク(ec4127)は、しばらく会わないでいる鶴童丸‥‥富樫政親を思い出す。同じ事を感じていたのか、忠澤伊織(ec4354)の溜息交じりの声が聞こえる。
「鶴童丸‥‥あいつ今ごろ、どうしてるんだろうな」
 依頼主は、立花潮と書いてあった。内実は加賀の綱紀からの依頼になるのだろう。
「加賀、荒れてるね‥‥。綱紀さんも、潮も苦労してるんだろうなぁ」
 鳳翼狼(eb3609)が小さく溜息を吐く。加賀には馴染みの顔が沢山ある。この戦乱の最中、自国を守るのがいかに難しい事か。少しでも手助けになればと、加賀へと思いを馳せる。
「まるで、鬼が居るのを知っていたようで‥‥間が良すぎるわね」
 同時期にギルドに出ていたのは、加賀から江戸へ向かってやってくる鬼の殲滅依頼。その範囲は僅かにそれる。林達は、鬼達とはまた別の、しかし、鬼のルートの近くを略奪、制圧してきていた。軍馬で駆けるその速度は鬼よりも速い。
「略奪‥‥か 戦場じゃままある事って聞くけど‥‥気に入らないわぁ、ものっすごくね」
 ちらりと、指輪を見て、アニェス・ジュイエ(eb9449)は渋面を作る。石の中の蝶は羽ばたいては居ない。
「罪のない村人たちを蹂躙するなんて、とんでもないことだわ」
 アニェスの言葉に頷くフォルナリーナ・シャナイア(eb4462)。
「頑張って林某さんを捕まえましょうッ」
 酒井貴次(eb3367)が、軽く拳を握る。死人も、鬼も、林へと向いているように思うから。


 瑚月が、静かに仲間達を誘導して行き、馬が休む場所で、一旦動きを停止する。
「隙を作りますねっ」
 貴次が、するりと巻物を開くと、濃霧を発生させる。
 霧の塊が兵士二人を包む。
 深夜、篝火の向こうが見えないほどの濃霧。この異常に見張り二人は呼子を鳴らそうと手にする。
「っ!」
 回り込んでいたフォルナリーナが、杖で思い切り殴り倒し、見張りを昏倒させる。二人がかりで、一人の見張りを倒すつもりだった翼狼も、フォルナリーナと同じ相手を殴っていた。もう片側の見張りは、瑚月が、やはり殴り倒しており、呼子が吹き鳴らされる事は無かったが、僅かに音が響いてしまっていた。
「とても辛い思いをされましたね。残りの女性も助け出します」
 大丈夫ですわと、微笑むフォルナリーナに、馬の世話係になっていたと見られる村人二人は顔を見合わせる。冒険者だと一目でわかるフォルナリーナの説得力ある言葉に、ただ頷いて。
「ここを襲った、頭領は何処に休んで居るかね?」
 パウェトクが聞けば、奥にある、一番大きな屋敷だという答えが返る。もう、そこに居る女達しか村の者は居ないと、下を向く。女達がどうなっているか、詳細はわからないと言う村人に、フォルナリーナは大丈夫と、また微笑む。
「女性八人はーれむ状態なんて、なんて助平オヤジなんだっ!」
 翼狼が、ぶつぶつと呟いていく。
(「今の笛‥‥で、出てくるかどうか‥‥」)
 伊織は、仲間達の後を歩きながら呟く。もし、大挙して出てくるようならば、囮になって走ろうと、油断無く村を見る。アニェス、瑚月、パウェトク、翼狼、伊織の五人が、村奥の一番大きな家を目指す。


 馬の繋いでいる場所へと残ったのは、貴次とフォルナリーナ。
「流石に戦場を行く馬は違いますね‥‥」
 多少落ちなさそうな気配は馬達に流れが、貴次はテレパシーを使い、馬に大丈夫だからと伝える。知能は獣。漠然とした気持ちしか伝わらないが、村人二人が、首を叩いたり、撫ぜたりし、落ち着かせて回るのと同じぐらいの効果は出たようだ。
「‥‥怖くないから」
 フォルナリーナの手業にも、馬達は大人しくなる。扱いの上手さに、村人二人が感嘆の声を上げた。基本、馬は主人の言う事しか聞かないが、騒ぎ出すのは何とか回避出来たようだ。
 見張り二人は、ぐるぐる巻きにされ、猿轡をかまされて、馬に見られない場所の隅に転がしてある。
「お願い出来ますか?」
「行くの?」
「はい。援護ぐらいは」
 馬は任せられそうだと見ると、貴次も、仲間達の後を追って、村へと侵入していく。
 しかし。
 先に潜入した五人は、忍び歩きなど、静かに闇を歩いたり、隠れて動く術を持っていたが、貴次にはそれが無い。それだけならまだしも、無造作に歩いて行けば、当然のように気配は全開。足音が響いて行く。
「!」
 引き戸が開き、貴次は林の部下、大勢に晒される。敵に見つかれば騒ぎになる。そう、自分で考えていたのに。貴次は、巻物を引き抜いた。


 背後が騒がしい。
 何かあったかと、大きな家の前に来ていた五人は振り返る。
 呼子が鳴らされてしまった。
 あちこちの戸が開く音がする。
 そして、当然のように、林の居る大きな家の戸も開いた。
「何奴っ?!」
「潜入は失敗のようね、だったら、林だけでもっ!」
 アニェスが仲間に声をかける。
「冒険者だっ!」
 大声が響き渡る。
 屈強な男達に守られるように、ひょろりとした姿の男が、大きな家の裏手から逃げていくのが見える。終始気を張っていた瑚月が真っ先に追う。
「万が一に持ってきたんだけどねっ!」
 空飛ぶ絨毯に乗り込むアニェス。林を捕縛した後、乗せるつもりだった。もしくは、疲れ果てているだろう、村の女性達を逃がすために。ちらりと、家をみて、ごめんと呟き、林を追う事にする。逃がせば、どうなってしまうか。
「酔っ払いの足は遅いですからの」
 名刀村雨丸を引き抜き、ダガーofリターンを構えると、パウェトクは、襲い掛かってきた男の懐へと飛び込んで行く。
「まあ、バレちゃったら、しょうが無いよねーっ!」
 翼狼が、村の方向から走ってきた男の一撃をルエヴィトの盾ではじき返す。
「こっちは任せとけ」
 伊織がにやりと笑い、日本刀法城寺正弘を引き抜くと、大きな構えからゆらりと剣先を揺らし、踏み込んで切りかかる。その重い一撃は、酔いの回った相手には酷く堪えるものだった。
 しかし、多勢に無勢。その優勢は、次第に押し返されて行く。家の周りを回って、背後をとられれば、囲まれるに時間はかからない。

 一方、馬番をしていたフォルナリーナと、後退してきた貴次も、何人かの相手をしていた。村人はすでに逃走している。
「とりあえずは、殴りますわ」
 押し込まれながら、フォルナリーナは杖で刀を受けて、殴り倒す。だが、いくら酔いの回った敵とはいえ、次第にその手数が、押し寄せる相手の方が多くなってきていた。
 とにかく、今はここを凌ぐのが大事だ。貴次は、持っている巻物を手当たり次第に開く。
 吹雪が扇状に吹き荒れて、僅かに時を稼げる。
 ここまで来るのに、細かい傷を含めて、あちこちが傷だらけだ。
 馬を繋いでいる場所に進入した林の部下達は、それぞれの馬に跨り始める。騎乗した男達に囲まれれば、フォルナリーナも貴次もただでは済まない。

 その頃、アニェスと瑚月が、林に追いついていた。アニェスが、前を塞いで、絨毯から飛び降り、リリスの短刀を構えて迫る。背後から微塵隠れで移動してきた瑚月が、忍者刀を閃かせる。
「冒険者っ! 俺を見逃せば、依頼料の何倍もの金をやるぞ! 領地が欲しければ切り取り放題だ。名誉が欲しければ、じきそれなりに手に入る。俺につけ!」
「何の根拠があってっ!」
 林の部下と切り結んでいたアニェスが叫ぶ。
「まずは仲間になれっ! そうすれば、教えてやらんでもないっ!」
「下種の仲間にはなれませんね」
 淡々とした声で瑚月が答える。 
「栄耀栄華を望んで何が悪い!」
「やり方が、人のする事じゃないっ!」
 高笑う林に、アニェスが吐き捨てるように叫ぶ。
「‥‥助けろ、俺を‥‥助けぬ‥‥の‥‥は‥‥どうして‥‥だっ‥‥」
 切り合う内に、林にざっくりと入った、瑚月の忍者刀。
 その深さに、林は驚き、周囲を見回す。部下二名はすでに地に伏している。だが、林が求めているのは、部下では無さそうだ。
「ハボ‥‥リュ‥‥」
 空をかくように二・三歩歩くと、林はばったりと倒れた。
 アニェスが石の中の蝶を確認する。羽ばたきは見られない。


 林の首を取ったと言う声が響けば、戦意を剥き出しにしていた男達は、三々五々散って行った。その数は、半数以下にまで減らしていた。代わりに、仲間達はぼろぼろである。
 女性達は、急な戦闘で捨て置かれ、誰も殺される事が無かったのが救いだった。
 朝日が昇る頃、追いついた、慶次郎の肩を伊織は軽く叩く。
「前田、お前の郷里も大変だな‥‥」
「まあ‥‥な」
「さて、この後はどうしたら良いじゃろうかの?」
 パウェトクが尋ねれば、女性は近くで引き取ってくれる村があるからと、慶次郎が頷く。その顔は何時もと変わらなかったが、どこか辛そうかもしれないと、パウェトクは思った。
「ごめん、男の人二人の行方はわからないわ」
 助けに来た時点では、確実に生きていたがと、アニェスが言えば、生きていれば、街道沿いに設えた加賀の立て看板を見るだろうと頷いた。
「ところで前田さん、鶴童丸さんはその後、どうしているのかご存じありませんか?」
「ん? ああ、アイツは前田の家臣となったぞ。綱の一番槍になるかもしれん」
「! そう‥‥そうですか」
 富樫泰高と戦う為にと。そう言外に告げられて、その立場にフォルナリーナは目を閉じた。
 冒険者達の、怪我を負った者は、持ち寄られた薬によって、軽く済み。
「で、鬼の方はどうなったの?」
 同時に張り出されていた依頼を気にして、アニェスが問えば、慶次郎はうんと頷く。
「無事退治して貰ったぞ。鬼らしくない行動だったようだがな」
 出所は、こいつの領地だと、横たわった細い骸へと顎をしゃくった。
「欧州じゃ、不可解の騒ぎの裏には大抵デビルって相場は決まってるもんだけど、この国ではどうなの」
 いずれ判るとにやりと笑った慶次郎を見て、アニェスはやれやれと肩を竦めた。