加賀からの風・七

■シリーズシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:7 G 56 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月06日〜10月15日

リプレイ公開日:2009年10月13日

●オープニング


「林の死亡が確認されたようだな」
 どかとかと、陣の中へと入ってきたのは倉光成家。富樫泰高と共に、加賀攻略を論じていた山内貴清が、顔を上げる。
「自業自得であろうよ。真仏殿がおらなんだら、あれだけの地域を治める器でも無かったではないか」
 富樫と同等の軍を率いて同盟を組んだ山内は、最初から林の戦力を軽く見ていた。五十もの軍馬は頼もしいが、信頼して一角を預けるにあたわずと思っていたのだ。それは、嬉々としてやってきた倉光も同じ事。部下を駒のように扱う林を毛嫌いしていた。林が死亡し、散り散りになった者どもの、半数は倉光へと、半数に満たない数が富樫へと、残りは何処かへそのまま逃走し、怪しげな林の支配から抜けた男達が、富樫連合の、林の抜けた穴を埋め戻していた。
「滅相も無い。私など、何の力になりましょうや」
 富樫の横に座る小さな老僧が、ゆるりと首を横に振る。
「何、謙遜なさるな。我が領地でも、お弟子の講和は民に人気がある」
 山内が笑う。真仏率いる一向宗を寛大に引き入れた山内は、戦続きで揺らぐ民達の自分への矛先を上手く避け、ついでに良い領主だと言う噂のおまけまで貰ったのだから、都合が悪くならない限り、真仏を厚遇する事にやぶさかではない。
「我が兵達も聞きたがって困る。ほどほどにしていただけると助かりますな」
 倉光は苦笑する。下級兵は民とさほど変わらない。食い扶持も少なく、配慮はしているのだが、戦が始まれば、回りきらないのがどの一門にも言える事だ。心のよすがを求めて、宗教に嵌ってもらっても困ると言う本音を隠そうともしない。
 戦場での講和は控えるので、容赦して欲しいと笑む真仏に、再び苦笑で返すと、倉光は富樫に向き直る。
「良いのか、このまま攻めても」
「この期に及んで、何を逡巡しておられる」
「政親殿が敵陣に居るでは無いか」
「‥‥時の流れ。親子であっても、いや、親子だからこそ刃向ければ、容赦はせぬ」
「それはそうだが、富樫殿、成春殿も前田の懐。お身内全てが絶えれば、なんとする」
「子などまた作れば良い」
「!」
 倉光は目を剥いた。泰高の言葉とは思えなかったからだ。
 今までついてきたのは、鬼が領地を襲った際に、助けに来てくれた泰高と政親親子の篤い情に感じ入ったからこそ。まだ弱卒、その上女の身でありながら、良く泰高を助けていた、実直で気概のある政親を良く知っている。身体の弱い成春を泰高と共に溺愛していたのも知っている。
 それなのに。
 言い放なたれた泰高の言葉は、倉光の気持ちをざわつかせた。山内は無関心の風でいる。今は同盟を組んでいるが、いずれは富樫をも取り込もうとしている山内なのだから、それもそのはずか。
「‥‥本心であろうか?」
 ぐっと拳を握り込んだ倉光に、もちろんと答える泰高に、倉光は内心でひとつの見切りをつけた。


「本当によろしいのか」
「無論。このような立派な装備まで手配頂き、かたじけなく思います」
 朱の軽い甲冑に身を包んでいるのは、富樫政親。かつては鶴童丸と名乗り、江戸で前田慶次郎を取り込もうと画策していた、富樫の跡継ぎである。手にしているのは、朱色に塗られた細身の手槍。戦場で振り回せば、とても目立つだろう。
 心配そうな顔をしているのは、前田家家臣団の一角、村井長頼。実直な顔をした四十代だ。
「行くっていってんだ。なあ?」
 明るく軽い声が響く。前田長種が黄色の陣羽織を翻して顔を出す。同じく前田家家臣団の若き一角である。
 かなり加賀の内部まで攻め込まれている。
 手勢が少ない。
 京方面には奥村易英等が陣取って白山の麓に現れた怪異を警戒しつつ、京の戦いの余波を受け止めている。前田綱紀は、今上帝、安祥神皇の檄により、長連龍、横山長隆を供に出立していった。居城をやはり少ない手勢で守っているのは奥村永福。
 通常ならば、富樫、山内、倉光の連合程度では揺るがない戦力を有していたが、今は分が悪かった。


 庄川の手前が、次の戦の戦場となる。
 富樫連合は川を渡って、攻め寄せる。渡る水位はどちらも承知。
 陣はその渡河ポイントを挟んで互いに設えられていた。
「お膳立ては整った‥‥さて、仕上げとまいろうか」
 笑みを浮かべると、真仏──ハボリュムは、その姿を消した。

 その晩、あちこちで、闇夜に炎が上がった。前田陣営側が背にしていた村が、幾つも、劫火に包まれたのだ。逃げる事叶わず、八つの村が消滅した。
 そして。
 その村から、死人が現れた。
 背後から総じて六十もの死人が、前田陣営へとその歩を進めているという報告が上がった。
 泰高は、その報告を聞くと、抑揚の無い声で、薄く笑った。
「運の無い奴等よ」
「まったくな。悠々と攻撃をしかけようか。騎馬が中心となるな」
「‥‥」
 鬼や妖怪の類は何時何処から出現するかわからないものだ。山内はそういう事もあろうかと笑みを浮かべ、倉光だけが渋面を作っていた。そこに、真仏の姿はもう無かった。

● 
「悪いな。死人退治に手ぇ貸しちゃ暮れないか」
 前田慶次郎から退治依頼が舞い込んだ。少し長丁場になるようだ。

●今回の参加者

 eb3367 酒井 貴次(22歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3609 鳳 翼狼(22歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb3736 城山 瑚月(35歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb4462 フォルナリーナ・シャナイア(25歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb9449 アニェス・ジュイエ(30歳・♀・ジプシー・人間・ノルマン王国)
 ec4127 パウェトク(62歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 ec4354 忠澤 伊織(46歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec6207 桂木 涼花(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●風は何処に吹くのか
「鶴童丸さん、あなたは自分の信じた道を行くのね。それが茨の道であっても」
 ギルドに上がった依頼の内容を見て、フォルナリーナ・シャナイア(eb4462)は、その美しい愁眉を曇らせる。同じように溜息をひとつ吐くのはパウェトク(ec4127)。
「とうとう、鶴さんとおとうさんが戦う事になってしまったか」
 江戸で会ったのは、何時だったかと思いを巡らす。父、泰高らしからぬ行動が目立つのを問いたださなくてはと言っていた。それが、こんな事へとなるとは。
「せっかく林どのを追い払い、加賀にすむ人もいろいろと落ち着いてくるかと思うたが、またも村が炎上とは、なかなか望むようにはいかんわい」
 加賀勢を富樫連合と挟み込むような位置の村が炎に巻かれたのは、決して偶然などではないだろうと、ここに集まった誰もが思っていた。そこから死人が出たという、加賀絡みの依頼の中で、共通する符号すらある。
「また死人‥‥こんなに、沢山」
 アニェス・ジュイエ(eb9449)は、奥歯を噛み締める。倒すべき死人は、守るべき村人の成れの果てだという事を、嫌というほど知っているから。依頼書に記載された死人の人数に、怒りが収まらない。
「頑張って退治しましょうッ」
 真っ直ぐ前を向いて、酒井貴次(eb3367)はひとつ頷く。心に負うものがある。それを、表すことはしないが、仲間達のひとつの手となるべく、様々な準備をする。
「浪人の桂木と申します、宜しくお願い致しますね」
 不揃いの短い髪が肩の上で柔らかな影を作る。桂木涼花(ec6207)は、同行の仲間達に挨拶をする際に、派手な姿の男を見て、笑みを深くする。
「あなたが、かの黒槍の遣い手、前田慶次郎殿ですね?」
 かの。と、呼ばれるほど戦っちゃいないがと、首を捻る慶次郎に、涼花は首を僅かに横に振る。依頼で槍を見たのだと。それは重厚な槍だった。
「あのような槍を使いこなせるという御方、兼ねてよりお会いしたいと思っておりました。お目に掛れて嬉しく思います」
「ああ! 世話になった。別嬪さんに会えて、俺も嬉しいぜ」
 ぽんと手を打つと、慶次郎は槍を引き上げてくれた依頼を思い出したようで、涼花は嬉しそうに目を眇めると頷いた。
 怪我は回復したのかと問うのは、忠澤伊織(ec4354)。自慢気に、足を上げてみせる慶次郎に苦笑すると、何処へ加勢するのかと問う。加勢してくれるならば、人数に不安のある組みへと入ってはもらえないかと鳳翼狼(eb3609)が、満面の笑顔で顔を突っ込む。
「あ、もし他にやらなきゃいけないことあったら、そっち優先で!」
「すまんな、どうも避難民の集落がきな臭い。そっちへ向かう。ハボリュムとか言う輩が、どう絡んでるのか知らんが、降りかかる火の粉は払い落とさんとな」
 京での依頼報告は加賀と慶次郎にすばやく伝達されていた。だが、その悪魔ハボリュムが誰という話は何処にも無い。怪しげな老僧は居る事には居るが、確たる証拠が何処にも無いのだ。
 翼狼は、慶次郎に軽く肩を叩かれて、まかせといてと笑顔を返す。
 幾つか聞きたい事があると、伊織が慶次郎に質問する。
 死人は前田陣営だけを狙って襲ってくるのか、陣営関係なく人と見れば襲ってくるのか、富樫は冒険者も狙うのか。慶次郎は、戦場に辿りつかんとわからんなと苦笑して、お前なら、敵陣を守る冒険者が居たらどうするねと逆に問われ、戦況は逆に教えて欲しいと言われる。伊織はなるほどなと肩を竦めた。
「岩瀬一門の時といい、今回といい‥‥。村を滅ぼし、死人を利用するという汚いやり口。それでも富樫に着いて行くっていう、倉光・山内って奴らの気が知れねぇな。両氏とも、そこまでして領地が欲しいのかね」
「それすらも、何ら確証の無いことだ。知らぬと言い張られればそれで終いって事だ。確証があってなお与するかどうかは、求めるものが何かによって変わるだろうがな」
 領地の統括、あんな気をつかう仕事は無い。綱が居て良かったと、笑いながら、慶次郎が、後は頼んだと避難民の集落へと足早に去って行く。
(「潮や綱紀さんが元気ないと、俺も悲しい。前田さんも辛いよね」)
 合戦かと呟いて、翼狼は首を横に振った。
 土地は確実に荒れる。そうしてまでも戦おうとする、富樫連合の気持ちは、自分にはどうしたって理解不能だ。
「‥‥やはり魔物が背後に‥‥。武士ならば誰もが持つ野心を悪しき形で利用されたのかもしれないとはいえ、領主としての責は‥‥利用されました、では済まないでしょうに」
 いずれは一国一城の主に。それは、通常、武士ならば持つ心意気だがと、城山瑚月(eb3736)は、軽く首を横に振る。
「不死者の群れが魔物の仕業ならば、恐らくは前田勢の消耗を待つか‥‥若しくは混乱に乗じ攻めるのが目的‥‥。急行し政親殿と合流する必要がありそうですね」
 出来る限りの速さで。
 冒険者達は、頷きあった。

●庄川の戦い
 それは、富樫勢にとって酷く有利な戦場だった。
 騎馬の多い富樫勢は、前面に騎馬隊を配置し、歩兵がその後をついて走る。
 一方、加賀勢は弧になり、富樫勢を迎え撃つ。中央がへこみ、そこへと引き込もうというのだが、富樫勢はその騎馬の勢いで軽く戦っては引き返し、加賀勢が押し寄せれば、押し返す。
 普通に戦えば、騎馬の差こそあれ、何処かまとまりも無い戦い方の富樫勢に大勝は無理でも、加賀勢は互角に戦えるはずであった。
 背後に、死人が迫っていなければ。
 なるべく早くと、心がけた者達は、死人が後方を守る加賀勢の一角と戦いになったばかりの頃に辿り着いた。
 生ある者へとその手を伸ばす、死人憑き。
 死人は、ゆらゆらと進むが、足が遅いのが救いだ。
 おおよそ全体の四分の一の騎馬隊が、背後に回って死人と戦っていた。
 そして、生者の気配に振り返る死人も何割か居る。冒険者達の気配を察したのだ。早く到着した分、富樫の騎馬隊の負担は軽減される。
「死人は私たちが何とかしますから、あなた達は目の前の敵に専念して」
 こちらへと向かってくる死人へ、馬上からフォルナリーナのブラックホーリーが飛ぶ。聖戦の紋章が陽光を受けて、きらりと光る。途中、擦れ違う旅人から得た富樫の噂は悪いものではなかった。林のみが富樫の悪の部分を受け持っていたかのようで、林が抜ければ、富樫でも、前田でも、頂く頭に良い統治をしてもらえれば、民は十分なのだ。戦いをしかけ、前田に取って代わろうとするのだから、それだけの地盤は富樫にもあり、倉光、山内共に良い領主である。士気はと問えば勝つつもり満々の楽観的な雰囲気が漂っているという。
「‥‥いったいどれだけの村を犠牲にしたの?」
 巧みに馬を扱い、死人と距離を測りつつ、魔法を撃ち出すフォルナリーナは、その数に渋面を作る。
「‥‥怪骨や死霊侍の類でなければまだ何とかなる範疇ですね」
 死人はほぼ全て村人だ。瑚月は冷静にその姿を捉える。刀を持つ不死者の類ならば、戦うにも厳しいが、これならば、数が多くても何とかなるだろうと、頷き、死人の群れの中へとその足を生かし、突っ込むと、政親とみられる騎馬へと向かい、微塵隠れ
を発動させる。煙が渦巻き、瑚月を中心に、盛大な爆発が起こり、死人何体かが吹っ飛んだ。
 血にまみれた朱槍。
 引き結ばれた唇の政親が、瑚月に気がつく。まだ、混戦の度合いは深まっては居ない。会話する余裕はあるようだ。
「お主!」
「陣を立て直しなさいませ」
 じき、魔法も入り混じった冒険者の戦いが始まる。そして、どのみち、加賀勢も、後には引けない戦いだろう。不死者に関わっているよりも、前に戦力を集中させなくてはならないはずだ。瑚月の意図を、政親は正しく受けた。
「引き受けてくれるか」
「その為に慶次郎殿より受け、参りました。指揮官としての采配を御存分に‥‥政親殿」
「ありがたい。任せる」
 敵の刺客かと政親へと集まった兵達は、政親知己の冒険者だと知る事となる。声が飛び、背後を守る騎馬隊が最小限に絞られ、威勢を嘗て、富樫勢へと前進を開始する。

 急に上がった加賀勢の鬨の声に、富樫勢の勢いがさらに落ちた。騎馬隊はともかく、歩兵達の士気は、激減しているようだ。
「何か、敵陣の動きが変‥‥」
 死人と切り結んでいたアニェスは、少し抜けるとパウェトクへ言い置くと、走り出す。しかし、死人を切り裂かねば、先へとは進めるものではない。先へ行こうとすれば、当然、死人に四方を囲まれる事になる。政親は、陣の中心の最前列で戦っているのだから。大回りするしかないかと、アニェスは大きく迂回する。
「さて、のんびり話をする間もないときているの」
 陣頭指揮を取る三名に敵陣の人間関係や組織を聞こうかと思っていたパウェトクは、怒声飛び交い、剣戟の音が響き渡る川原を目の当たりにして、やれやれと首を横に振ると、死人の懐へ飛び込むと、短刀ダガーofリターンで、傷を負わせ、掴みかかろうとする死人の手をかいくぐる。走り去るアニェスの言葉に、確かに、一角の動きが鈍いと首を傾げる。
 その陣は倉光。
「鶴さんが表に立った事に無関心ではないのかもしれんの」
 戦いの休息は、どちらかが疲弊した時点で生まれる。それは何時かと、パウェトクは、時を逃さないようにと気を配る。
(「足軽が多いこちらは、体力的に不利だろうの‥‥。なるべく血を流さずして平定するにはどうしたもんかの」)
 とりあえず、今は死人を退治しなくては、何をする事も出来ない。
「いかせませんっ」
 数が減ってきてはいるが、まだ多い。
 腰にたわめた日本刀、姫切が、視界の端に残像を残す。死人相手にはもったいない技だ。着物の袖が翻り、死人の懐に入り込んだ涼花の一閃が、重い一撃となり、死人はひとたまりもなく崩れ落ちる。
「こんなに都合よく死人が現れて、富樫に加勢するのはおかしいと思わないか?」
 ある程度死人が減ってくれば、富樫勢と前田勢の混戦が近くなる。死人退治に重点を置いていた伊織も僅かに息を吐く間が出来る。
「くそっ!」
「あまり、深入りしない方が良いですわ」
 手がどうしても少ない。
 フォルナリーナの魔法が、翼狼を助け、翼狼の振るう日本刀、法城寺正弘が、着実に死人を削って行く。
 じりじりとした戦いを強いられていた。
 押し寄せる死人は、加賀の民だ。戦っている富樫勢も、加賀の民だ。どちらと戦うにも、前田勢は戦い辛いだろうと思う。
(「加賀も神さまも、どっちも守るって決めたのに。ハボリュムをやっつけなきゃいけないのに」)
 これ以上の犠牲を出さずに加賀を守るためにはどうしたら良いのだろうか。また一体、死人を倒して、翼狼はぐっと唇を引き結ぶ。
 遠くに、朱の手槍を振り回す鶴童丸が見える。大丈夫そうだ。
(「ハボリュムをやっつけたら、元通りの親子関係になれるのかな」)
 どう、悪魔が泰高に関与しているかわからないのだが、もし泰高の変質に、関与しているのならば、戻って欲しいと、強く願う。
「山内と倉光は‥‥なんだかやる気に差がある?? あんまり連携とれてない?」
 死人が減ってくれば、自然、合戦が目に入る。翼狼は、富樫勢の動きに首を傾げた。
(「詳しい情報は、きっと彼の手にあるはず」)
 どうやら、富樫泰高は陣の自軍の奥に居る。先陣を切って戦う政親とは大違いだ。フォルナリーナは、何としても泰高を捕縛せねばと思う。政親の語った人物像が本当ならば、この戦いは無いはずなのだから。
 後方から、死人の餌食にならないように、仲間に当たらないようにと気を配り、貴次が魔法の援護をする。自身に迫り来る死人には、その足を生かして後退し、距離を測ってサンレーザー。アイスブリザードはその扇状に広がる範囲に仲間が居ないか確かめてから発動する。どうしても、詠唱に時間がかかる。その合間に迫る死人を着実に削って行く。
 何か伝達する事は無いかと考えていたが、仲間達は、貴次に言伝を頼む暇は無さそうだ。それぞれが、それぞれの位置で、消耗戦とも呼べる戦いを繰り広げている。
「お前たちの今の親分は、命を賭けるに値する奴か?」
 怒鳴るのは伊織。
 だが富樫勢で、それほど悪い頭は居ない。前田に劣らぬ己が主君等が、加賀を手に入れて何が悪いかと思うぐらいだ。
「旗色が悪くなさそうですけど‥‥」
 万が一の時は、スモークフィールドやミストフィールドを使おうかどうしようかという事が頭の隅にあるが、諸刃の剣だという事も知っている。何の連絡も打ち合わせも無い魔法は、ただ場を混乱させるだけだろうと言う事も良くわかっている。
(「アンデッドには効きませんし」)
 生者の気配に惹かれて動く不死者には、目くらましは効果は無い。闇夜でも、隠れていても、確実に生ある息吹を目指すから。
 表情を引き締めた貴次は、己の出来る限りの戦いをするつもりだった。
 ひたすらに、死人の数を減らす事に終始しているのは瑚月。力の乗った大脇差、一文字を振るう。その惑いの無い動きは、着実に死人を地に落とし、涼花と二人、無双の働きを繰り広げていた。

 ようやく、アニェスは政親へと辿り着く。
 その朱槍と、朱鎧で、酷く目立つ彼女の周りでは、激戦となっている。
 アニェスも、戦いに否応無く引きずり込まれ。リリスの短刀では受けきれず、無数の傷を負っていた。だが、アニェスは諦めず、政親へと大声を上げる。
「倉光の性質と、富樫に付く理由は!?」
「信義を重んじ、情に厚い。かつて助勢した事から、深い絆を得ている」
 富樫勢の刀が、槍が、政親を襲っている。右に左にと受け流し、馬上から、下を見て、声はアニェスだと確認すると、政親が答えた。
 その瞬間。
 政親へ槍が突き通った。ぐらりと身体が傾ぐ。
 アニェスが声にならない悲鳴を上げる。
「!」
「鶴童丸!」
 死ぬなよ。そう声を上げて、政親を視界の端に入れていた伊織が辿り着こうとするが、味方の人波と、残る死人で思うようにはいかない。
 やはり死人に囲まれていた瑚月が、微塵隠れを発動させる。周囲を吹き飛ばし政親へ止めを刺そうとする敵騎馬上へと現れると、無造作に薙いだ。
「‥‥親子を魔物の思い通りにさせるのは、癪ですから」
 とっさにおちた政親を庇うアニェスは、指に嵌めた石の中の蝶が羽ばたくのを見た。
 法螺貝の音が鳴る。
 富樫勢が、兵を纏めて引き上げて行く。
 死人とも格闘していた前田勢も、深追いはせず、陣を建て直して行く。
 今の時点で推測に過ぎないが、『戦いの裏に真仏あり』。そう、書きなぐった文をつけた矢を、パウェトクが倉光へと射掛けた。矢は叩き落されたが、文は拾われていったようだった。
「どうぞ、安らかに‥‥」
 涼花が静かに戦場へと手を合わせる。累々と横たわる双方の犠牲者と死人の骸へ、追悼の祈りを向けた。
 庄川の戦いは、どちらかというと、分の悪い痛み分けだったが、死人は一掃されたのだった。