加賀の犬鬼・三

■シリーズシナリオ


担当:いずみ風花

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:8 G 65 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:04月13日〜04月21日

リプレイ公開日:2008年04月23日

●オープニング

 犬鬼の部族の中でも、逸る部族と、慎重な部族とあるようだ。
 先に、戦いを始め、ひとつになった部族と、どの部族よりも早くと、まだ雪のあるうちに、人里へと降りてきた部族。先に戦いを始めた部族の名はわからないが、一体を捕獲した部族は、大野と言った。
 その、大野の犬鬼が、歯噛みする。
 仲間内で戦い、戦力を落としてどうするのかと。
 その部族は、また、次の部族を狙い、併呑しようとするかもしれない。
「上手く同士討ちにさせられると良いのだが」
「単純に考えても、三対一です。ですが、捕らえた犬鬼の反応から見れば、同士討ちは禁忌に近かったのでは無いかと思います」
 鬼瓦のようないかつい顔の眉が寄り、唸る前田綱紀を見て、筆頭家老、長連龍が、皺の寄った顔を撫ぜる。
「奥村易英から、妙な報告も上がっております」
 奥村易英。前田綱紀の幼馴染であり、その父、奥村永福と共に、半島の先を預かっている。綱紀は、幼馴染の柔和な笑顔を思い出し、顔を上げた。何でもそつなくこなす、易英が、頑固一徹の父永福を通さずに、こちらに話しを上げるというのが気になった。
「妙とな?」
「はい、七つ島に微震が多いと」
「微震のぅ」
「それが、丁度、犬鬼達が仲間割れを始めた時期と重なります」
 やれやれと、綱紀は溜息を吐く。
 この国も、妖怪は跋扈する。今までは、何とかなっていたが、どうやら、加賀一国の行動範囲を超える動きがあるのかもしれないと。従兄のあっけらかんとした顔も浮かぶ。
「西も東も中央も、慌れておる、慶次郎が江戸から寄越す報告は、やれ花見だ雪見だと、浮かれたものだが、その中にも妖の絡む話しも織り交ぜてあった。この加賀も、例外では無いという事だろうな」
「では、調査を?」
「まずは、犬鬼だ。あれを何とかせねば、他に手がつかん。とりあえず、七つ島を警戒はするよう、易英に伝えよう‥永福には‥」
「それとなく、私から。もちろん、そんな手を回さずとも、易英様が良いようになされますでしょう」
 くすりと、長連龍が笑うのを見て、綱紀がまた眉間に皺を寄せたフリをして、笑い出す。
「困った親子だ」
「無くてはなりませんがね?」
「まあのぅ」

 仲間を併呑した犬鬼の戦闘集団、丹生は、罠を考えていた。
 このまま、黙っていられないという事を、彼等も知っていた。
 決して、仲が良いわけでは無いが、戦いにまで発展したのは、今回が初めてだ。自分達が、頭になれれば、より、多くの食料が、より、多くの快楽が得られる。それのみしか考えていない行動は、京へと向かった犬鬼族長に比べれば、低いものだった。
 だからこそ、次の族長がすぐに決まらなかったのだろう。
 そこまでの、知恵と力を有する者が居れば、どの部族も、すんなりと決まったはずだからだ。
 そうして、率いる騎馬の犬鬼は居るが、全体的に烏合の衆のまま、残った部族は山を巡り。
 ひとつの部族が、とある谷を下り、里へと向かう。
 丹生は、好機と見た。
 そして、それを見ていたのは、丹生だけでは無く。立花潮は、前田綱紀に報告をしたためると、その足で、京の冒険者ギルドへとひた走った。
「犬鬼同志の戦いが、またはじまります。皆様のお力をお貸し下さい」

●今回の参加者

 ea3075 クリムゾン・コスタクルス(27歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3190 真幌葉 京士郎(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea8545 ウィルマ・ハートマン(31歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb1630 神木 祥風(32歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb3609 鳳 翼狼(22歳・♂・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb5009 マキリ(23歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●サポート参加者

御神楽 澄華(ea6526)/ フォルナリーナ・シャナイア(eb4462

●リプレイ本文

●犬鬼達の咆哮
 楔を穿たれた跡のような、その地形。
「不利だよな。人数も少ないし」
 真っ赤な髪をかき上げると、クリムゾン・コスタクルス(ea3075)は、僅かに顔を上に上げる。
「うん。地形‥厳しいよなぁ」
 有効な作戦は無いだろうかと、考えたが、上手く纏まらない。最善なのかどうなのか不安が過ぎる。マキリ(eb5009)の準備は入念だった。土や草で汚し、擬態する毛布を被れば、幾分かは惑わす事が出来るだろう。
「まぁ、全てのルートを塞いでおけばそうそう討ち洩らしもあるまい」
 ふっと、鼻で笑うウィルマ・ハートマン(ea8545)の足元で、二匹のボーダーコリー、ゴジョウとサクラが飼い主に従っている。
「美味く、漁夫の利を得られるように動きませんと」
 犬鬼達の戦い。如何なる事情があるのだろうか。その真意まではわからないがと、神木祥風(eb1630)は、立て続けに起こる犬鬼の戦いに、僅かに表情を曇らせる。いずれは、全ての犬鬼を退治する事になるのだろう。これ以上人里に被害を出したくは無い。
「犬鬼が力を付けるのを見過ごすのは業腹だからな」
 鬼達の力が増せば、泣くのは民だ。それを阻止する為なら、喜んで戦いに出向こうと真幌葉京士郎(ea3190)は思う。
「そういう訳で、お願いするね!」
「‥承った」
「無理しないでね!」
 六人の依頼だ。それを三手に分けるのだ。各方面の連携は密にしたい。万が一の事もある。鳳翼狼(eb3609)は、随行する立花潮に、連絡役を頼む。僅かに眉を寄せる潮の、本当にと口の中で呟いた言葉を、翼狼は聞き逃さなかった。また、誰かと比べたのかなと、前に聞いた名前を思い出す。 
 
 潮の案内で、里から、谷底への道を、冒険者達は進む。岩場や、木々が生い茂るその道は、確かに、崖の上からは見えにくい。
「始まった‥か」
 京士郎がつぶやく。
 犬鬼達の咆哮が、響いてくる。そうして、空を割く矢の音。
 優位な位置からの、狙い撃ちは、一方的な虐殺に他ならない。
 その戦いの音を聞きながら、冒険者達は、持ち場へと移動する。

 クリムゾンとウィルマは、待ち伏せをしているという、犬鬼達、谷の右手を受け持つ。
「みーつけた」
 その前にと、クリムゾンは忍び歩き、犬鬼達の馬が繋いである場所を見つける。
 少し離れているその場所に、馬が数頭繋いである。犬鬼の馬だろう。戦闘馬だ。
 ウィルマは、隠れて進むつもりは端から無いようだ。強弓、十人張を手に、堂々と登って行く。
「そもそもこちらが丸見えだからな。まぁ地勢的にはしようもないが」
 その移動は、どうしても遅い。矢を防ぐ手立ても無いウィルマのその動きを見て、犬鬼達は、嘲笑の声を上げて、じりじりと距離を詰める。
「第一矢、いくぞ!」
 矢の距離は、同じだが、登っていく分、ウィルマが不利である。
 その上、さして疲労もしていない、攻め手の犬鬼達だ。
 びょう。びょう。と、雨のように、矢が降り注ぐ。
「行け! 行け! 行け! 骨は拾ってやる!」
 鈍い音が、ウィルマの肩に、足に、腹に。
 それでも彼女は十人張を引き絞ると矢を射掛ける。重い矢は、歩兵の犬鬼ならば、一撃で重傷を負わせる。そして、連れてきた犬達を霍乱に、自らの前にと向かわせる。当然、矢は容赦無く襲い掛かる。
「ったくっ!」
 クリムゾンは、馬を確認していて、僅かに、ウィルマの突撃から遅れる。ライトロングボウから、幾筋もの矢が、犬鬼を襲う。
「大丈夫かっ?!」
「多勢に無勢かっ? 谷に降りるぞ」
 かなり手酷く矢を受けた、ウィルマと、やはり、矢を射掛けられて怪我を負っている二匹の犬。サクラとゴジョウに、声をかける。
「待て! 降りるのも危ない!」
 クリムゾンが声を上げる。半数は、討ち取っている。
 谷に下りると言っても、急な斜面だ。
 戦闘の最中、眼下に気を取られている間に背後に回りこむ事が出来れば、簡単に崖の上の犬鬼の襲撃は出来ただろう。
 襲撃中という事は、谷を進む犬鬼達も、被害は出ていたに違い無く、そうなれば、谷を進む犬鬼達の殲滅も、そう難しくは無かったろう。
 冒険者達が選択したのは、戦闘がひと段落した時点での攻撃だ。
 慎重に事を運べば、その戦い方も、決してまずくはなかったのだが‥。
 谷底の戦いも始まっていた。
 そうは言っても、ほとんどが手傷を負って、ぼろぼろの状態だ。
 淡く桜色の光りをまとい、京士郎は日本刀、桜華を抜刀する。片手には、リュートベイル。見た目には、楽器にしか見えないが、魔法を帯びる盾だ。
「己の部族をより強くしようとの算段だろうが、その争いがお前達の力を弱めている事に気付かんとは哀れだ、だが我々も容赦はしない‥‥真幌葉京士郎、参る!」
 ぼろぼろになりながらも、飛んでくる、僅かな矢を、その盾で受け止める。
「生憎だがその程度の矢、この俺には通じん」
「左の崖の上が、危なそうだって」
 京士郎と、共に日本刀、法城寺正弘を抜刀し、浄玻璃鏡の盾を構えつつ、犬鬼に迫る翼狼が、潮から連絡を受けて、叫ぶ。潮は、その足で攻撃手の足らない右の崖へと走り出す。
「ふむ。さっさと片付けるぞ」
 京士郎の刀から、一閃、扇状に衝撃波が飛ぶ。その衝撃波は、弱っている犬鬼達を、多くよろめかせ、命を奪う。
「そっち任せたよっ!」
「おう」
 よろけて、矢の攻撃が弱まれば、近寄るのは容易になる。接近すれば、こちらのものだ。
 手早く、犬鬼を片付けると、翼狼と京士郎は、空飛ぶ箒にまたがった。
「あれっ?」
 マキリは、戦いが始まってしまった右の崖と、谷底を見て呻く。
 戦闘が終了し、左右の崖の上の犬鬼達が合流しようと動き出した時点で攻撃をしかけるという手はずだと思っていた。
 しかし、そう思っていたのは、マキリと祥風だけだった。冒険者達全ては、仲間達と動きを合わせるつもりだったが、攻撃するタイミングは、半数以上の仲間が、戦闘が終了した時点と思っていたのだ。ならば、そちらに流れてしまうのは致し方ない。
 祥風も、戦闘が終了した時点で、崖下の犬鬼に投降を呼びかけるだろうと推測していたのだ。戦いが始まらなければ、多分そうなったに違いない。けれども、戦いは始まってしまった。ならば。
「まあ、あれです。私達もがんばりましょう」
「うん」
 この二人の動きは慎重だった。物陰を伝い、なるべく犬鬼から見えないようにと気を使いつつ接近する。しかし、何事が起こったかと、谷底や、向かい側を見て、きょろきょろと警戒を始めた犬鬼達が気がつく。
「寄る事はさせませんよ」
 祥風の聖なる結界が浮かび上がれば、犬鬼の矢は届かない。半円のその壁に、弾き飛ばされる矢に、犬鬼達は驚きを隠せない。だが、雨降るように射掛けられれば、その聖なる結界も持たない。
「何、また作りますから」
 マキリの矢が、一体、また一体と、犬鬼を地に落としていく。そうすれば、こちらに攻撃がかかる比重も軽くなり、聖なる結界も、時間一杯持つ事も出来るようになる。
 犬鬼の背後から、潮が現れる。日本刀で切りつければ、犬鬼達に動揺が走る。手出し無用とは言われませんでしたのでと、祥風とマキリに合流すると目を伏せる。
「終わったかな〜?」
「どうやら、怪我人が居そうですね‥」
 対岸を透かし見れば、ウィルマと犬達が、かなりの怪我を負っていそうだった。

「お前の知っている他の部族の動きを、全て話して貰おうか」
 崖の上で、クリムゾンと、ウィルマを援護した京士郎は、一体の鱗持つ犬鬼を半死半生で捕らえていた。この一体が、リーダーかどうかはわからないが、騎乗する犬鬼には違いない。
 他の部族の動きを察知しての行動だ。何か引き出せればと思う。
「人を襲ったり、同族同士で争ったり‥‥犬鬼も忙しいもんだねぇ」
 祥風に怪我を治して貰いながら、クリムゾンは、不思議そうに首を傾げた。あまり聞かないが、そういう事もあるのかもしれないと。
 京士郎により、山間の残存兵力と、その呼称が判明する。そして、下手をすれば、やってくるだろうという増援を知る。それは、白山の奥の集落で引退した騎馬犬鬼や、若い犬鬼達。今迄退治した規模よりも僅かに多いぐらいの部隊にはなるという。それを取りこぼせば、いずれまた、必ず騎馬の犬鬼は現れるだろう。
 普通の犬鬼ならば、駆け出しの冒険者でもなんとかなる。加賀のご家来衆でも、何とかなる。しかし、徒党を組み、兵団となる恐れの有る騎馬の犬鬼が増えるのはまずい。
 まだ、本格的に動く事をしていないという、二つの部族。
 しかし、これだけ里近くで戦闘が重なれば、何かがおかしいと思い始めてもおかしくなかった。

●その思惑は
 戦い終わり、城へと通される冒険者達。捕らえた犬鬼は、潮が連れて行った。どこかに監禁し、必要な情報を聞き出せば後は彼が始末するのだろう。先の犬鬼も、もはや城内には居ないという。
 毎回、遠くまですまないと、鬼瓦のような顔をした前田綱紀が出迎える。その後ろには、いつもの長連龍の変わりに、細面の若い家来が居た。奥村易英、前田綱紀の幼馴染であり、家老の一人でもあるという。
「クリムゾン・コスタクルスだ。あたいが来たからには、犬鬼の好き勝手にはさせねぇよ。よろしくな」
「やあ、これはまた綺麗所ですな。ようこそ、加賀へ」
 明るい笑顔で、軽く挨拶をするクリムゾンに、動じるでも無く、うんうんよろしく頼みますと、綱紀は笑う。その、気取らない鬼瓦のような顔が、ちょっと面白いかもと、クリムゾンは思う。
 まだ若いのに、一国を治めてるのはすごいよね。綱紀さんに魅力があるから皆がついてくるんだよねと、翼狼が、無邪気に聞けば、何所の長もそのくらいで継ぐ者が多いだろうと、言い、一応、継いだからには、立ててくれるものだからのぅと、くすりと笑い。もっと若く、重責を任される御方も見える事だしとも言った。
 そうだけれどと、首を傾げる。
「綱紀さんや潮と会えるのも、あとちょっとかぁ‥寂しいなぁ」
 加賀の国は面白い。潮もやり手だし、と、ふと聞いた、名前を告げれば。
「私です。そうですか。潮が何か余計な事を?」
 ふるふると、首を横に振れば、そうですかと、また微笑んでいる。何所が似ているのかなと、翼狼はまた首を捻る。まあ良いか。潮とは、次の依頼でまた会える。それまでに、腕を磨いておこうと、一人頷く。
「あの。聞きたい事があったんです」
 マキリは、ずっと気になっていた。この依頼一連の事だ。確かに、騎馬の犬鬼はやっかいで、手に余るだろう。膠着状態にあったのも本当の事なのだろう。
 でも。ずっともやもやと、心にわだかまっているのだ。
「俺、上手く言葉に出来るほど器用じゃないんだけど」
「何かの?」
 鬼瓦のような顔は、いつも笑っているなと、マキリは深呼吸すると、思い切って聞いてみる。
「俺達、試されてますか?」
「何に対してかの?」
 面白そうに、綱紀はマキリに問い返す。
「ええっと。加賀の国に役に立つかどうか‥とか?」
 だって、犬鬼を一体捕らえるなんて、簡単な話過ぎる。そう、言いつのる。
「こちらとしては、手を貸してくれるというだけで、かなり助かる事なのだが、そうか、そんな心配をされておったのか」
 試す理由が無い。と、綱紀は笑う。
 加賀の国に仕官するとか、そういう事ならば、それは人となりを調べたいけれど、これは、犬鬼を何とかしたいという、加賀の汚れをとってもらう為の依頼なのだから、何の裏も無いと。
 それでは、単純過ぎて、興味を無くされてしまうかなと、また、逆に問われる。笑い混じりの問いではあったが、何だろなぁと、マキリはわかったような、わからないような気持ちになってしまう。とりあえず、試されている訳では無い事はわかった。
「犬鬼の争いに呼応して、他の怪異も動くならやっかいだと思い、念の為お聞きしたい」
「ふむ。それは、それこそ、今の所打ち明ける程の事にはならないの。犬鬼の争いが原因か、確たる証拠も無い」
 京士郎の問いに、綱紀は、鬼瓦のような顔をぴしゃりと叩き、京士郎へと視線を合わす。笑顔ではある。
「では、何か動いていると?」
「動くかどうかも、わからないでは知らせようが無いのぅ」
「犬鬼に絡んで何か動けば、知らせていただけるのでしょうか」
 もし、何かあるのなら、足元をすくわれるのは避けたい。京士郎が言葉を続ければ、横から、易英が穏やかな口調で、はっきりと、ここまでと言うように言葉を締め括った。
「皆様が、不都合に陥らないような情報の公開はさせてもらいます」
「‥わかった」
 何か、ある。
 そんな確信を持って、冒険者達は帰路に着くのだった。


丹生<騎馬犬鬼四騎・犬鬼十体 VS 足羽<騎馬犬鬼六騎・犬鬼八体
丹生勝利の後、冒険者により殲滅。一体捕獲。

山間部残存兵力
坂井<騎馬犬鬼五騎・犬鬼十一体
今立<騎馬犬鬼四騎・犬鬼十二体
増援<不明