【鉄の御所】天台座主 〜真実の所在〜

■シリーズシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:8 G 76 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月23日〜10月28日

リプレイ公開日:2007年11月01日

●オープニング

 比叡山・鉄の御所は多くの鬼が住まう場所として恐れられてきた。
 長く目立った動きはなかったのだが、水無月の末、突如としてそこから都に人喰鬼が退去して押し寄せるという事態が起きた。
 先頭に立ったのは鬼の王として知られる酒呑童子。その後も討伐隊が組まれたり、持ち帰った鬼の腕を巡ってまた事態が動いたりといろいろあった。
 その一連の動きに、延暦寺も無関係ではいられない。
 同じく比叡山に構える彼らは長く鉄の御所の脅威に曝されてきた。
 しかしここに来て、天台座主・慈円は開祖・最澄が酒呑童子と何かの繋がりを持っていた事を知る。
 都の陰陽頭たる安倍晴明にも助けられつつ真相を探った結果、実は今の酒呑童子は元々延暦寺にて稚児をしていたと判明した。

 酒呑童子の報告は、他の高僧たちにも伝えられた。
 鬼と関わりがあったなど、俄かには信じがたい話であったが、慈円自らが動き回り得た結果を簡単に否定もできない。
 驚きと戸惑いが入り乱れる中、次に発せられた慈円の言葉に、高僧たちは驚嘆させた。
「だが、これ以上の話は世を探っても出てこぬに違いない。なので、‥‥この際、酒呑童子に直接真相を確かめに行こうと思う」
「お、お待ち下さい! よもや天台座主自らが鉄の御所に乗り込もうと仰るのですか!? 危険すぎます!!」
 その返答はすでに予測済みだったのだろう。慌てる高僧たちを尻目に、慈円はあくまで落ち着いた態度を崩さない。
「乗り込むのではなく、話し合いに行くのだ。
 鬼たちは斬られた王の腕を繋げる為に、大塔宮を連れ去った。しかし、大塔宮の気性からして、いかに脅されようと鬼を治療などしないはず。‥‥ならば、大塔宮の身と引換えに私が治療を行うとすれば、少なくとも治療名目で酒呑童子と会う事は出来ようし、もはや他の僧侶も狙われる事はあるまい」
 静かな声音は、覚悟を物語る。が、それで「はい、そうですか」と送り出せる者などいる筈無い。
「大塔宮さま救出についてはすでに尽力しております。必ずや彼らが良い知らせをもたらしてくれるでしょう。ですが、ここで天台座主さまに何かあれば、それは我が宗派全体の大きな損失となります。また大塔宮さまも、慈円さまがご自分の身代わりになられたと知れば、その心中の痛みどれほどとなるや」
 慌てて訴える僧侶たち。そんな彼らに慈円はそっと微笑みかける。
「先の戦にて助けを求めた武田は平織に阻まれ、此度鬼たちの動きも防げず。果たして、私の功とは如何程なものか。悪を降せと菩薩は導くが、私にはもはやその力は無いように思う。
 幸いにも、功徳を積んだ良き僧たちが今たくさんおる。私がいなくなっても、次の天台座主が正しき道を示そう」
「何を弱気な! そのような気の迷いを振り払う事こそが諸悪と戦う一歩ではございませんか!!」
 恫喝にも近い声で、僧の一人が訴える。が、それで却って迷いを吹っ切ったように毅然と慈円は姿勢を正した。
「確かにその通りだ。ただ、私ももういい歳だ。いつ迎えが来てもいいよう、後続については常から考えておらねばならぬ。しかし、先も述べたように良き僧に恵まれその心配は無い。
 されど、一つの心残りが酒呑童子についてなのだ。今までは鬼の襲撃など気まぐれか何かと思っておったが、かの者が開祖の教えを受け、かつ鬼となった後も会っていたのだとしたら心というものを持ち合わせているのやも知れぬ。ならば、近日の御所の動きも何か深い思慮あっての事なのやも。
 後顧の憂いとならぬ為にも、動ける今の内にそれを明るみにしておきたいのだ」
 きっぱりと告げる慈円だが、当然周囲は納得する訳がない。
「危険すぎます! よしんば、当時心を持ち合わせていても今もどうだか分かりません」
「そも、開祖様と繋がりがあるとした妖の言葉を信じられましょうか。これもまた何かの罠では」
「いやそれでは陰陽頭も加担している事になるではないか?」
「分からぬぞ、所詮あれも狐なのだろう。妖の肩を持ってもおかしくは無い」
「ともかく、そのような真似はおよし下さい」
 口々に言い合うも、慈円はなかなか意見を曲げない。

 そして、延暦寺から冒険者ギルドに依頼が届く。
「危険な目に合わせぬよう、慈円様を止めて欲しいという依頼なのだが‥‥。高僧の中には天台座主の意を汲み、かの方の意を汲んで欲しいとする意見もあるのだとか。
 行くべきか留まるべきか。行くならばどうすれば無事で済ませられるか‥‥。とにかく、この事態をどうにかしてほしいとの話だな」
 長々と記された巻き物には事の流れが細かく記されている。それを掻い摘んで説明するギルドの係員だった。

●今回の参加者

 ea0321 天城 月夜(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6254 メイ・ラーン(35歳・♂・ナイト・人間・イスパニア王国)
 ea6356 海上 飛沫(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6358 凪風 風小生(21歳・♂・志士・パラ・ジャパン)
 eb2018 一条院 壬紗姫(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2257 パラーリア・ゲラー(29歳・♀・レンジャー・パラ・フランク王国)
 eb2408 眞薙 京一朗(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb5009 マキリ(23歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●リプレイ本文

 延暦寺と酒呑童子との関わり。天台座主・慈円自らが口にした結果に、僧侶たちは動揺を隠せない。
 加えて、慈円自らが真相を確かめに鉄の御所へと乗り込もうとしている。事態の収拾に冒険者たちが呼ばれたが、その時点で寺の混乱振りが分かるというもの。
「鬼の親玉っていう認識しかなかったけど、それが凄いお寺の開祖さんと関係があるなんてねぇ」
 古くより都の守りにつき、また各地に強い影響力を持つ延暦寺。厳しい修行で仏への信仰に勤しむ彼らと鬼との繋がりに、マキリ(eb5009)は驚くやら呆れるやら。
 ただ、当人も思うように、真偽はまだ確定したとはいえない。話した妖狐への信頼もさる事ながら、古い話ゆえ勘違いの可能性とてある。
 何より、何かの間違いであって欲しいという一念も大きい。
「気になるって気持ちは分かるけど‥‥、んー難しいね」
「多くの責を背負う身故に止めるのも一筋縄で行くまい。俺には真っ正直すぎて眩しいぐらいだな」
 自然、眉間によるしわを伸ばすマキリ。心中が分かる余り、伝える言葉も難しい。それは眞薙京一朗(eb2408)も似たようなもので、眩しそうに目を細め、対面の慈円を見つめる。
 落ち着いた様子の慈円だが、それは意志の固さとも見える。周囲の高僧たちがうろたえるのも無理は無い。
「でも、鉄の御所は鬼たちの拠点。そこに一人で乗り込もうとは、命知らずもいい所だよ。死んでもいいなんて考えで行動するのは仏教的にはどうなんだろう」
「命をないがしろにするのは確かによろしく無い。しかし、時には命をかけねばならぬ事態もあろう。此度の件はそれに値すると私は考えておる」
 首を傾げるメイ・ラーン(ea6254)に、それでも慈円は態度を崩さない。
「しかし、彼らにとって乗り込むも話し合うも同じ事。今は均衡を保っていた頃とは状況が違う」
「そうだね。水無月からこっち、戦争状態になってるし。今、鉄の御所はお坊さん狩りとかしてるから、凄く危ないよ。自分の実力と相談した方がいいと思うよ?」
「鉄の御所が僧侶を探すのは、王の腕を治す為。ならば、王の腕の治癒を条件に真相を聞く事を持ちかければ、治療する者が無い以上、向こうも強くは出られぬはず」
 だからといって、いってらっしゃいと笑顔で送り出せないのは、冒険者一同意見を纏めている。諦めるよう諭すが、やはり慈円の考えは変わらない。
 現状の悪さを京一朗が口にし、パラーリア・ゲラー(eb2257)も心配して考えを改めるよう持ちかけるが、崩すのは難しそうで。むしろ、その状況こそが好機だと言わんばかりに口調も強い。
「しからば‥‥御免!!」
 一条院壬紗姫(eb2018)は小さく嘆息する。言葉での説得は難いと判断すると、傍らに置いた霞刀を抜き放つ。
 これには慈円も目を見張り、傍に居た高僧たちも天台座主を守ろうと動く。
 しかし、壬紗姫はその刃を自身に向けると、突き出した腕へと斬りつける。散った血にさらに僧たちが驚く中、壬紗姫は痛みを堪えながら深々と礼を取る。
「天台座主さまの御前で何をするか! 気でも狂うたか!!」
 一つ間違えれば一大事にもなりかねず。傍にいた高僧が顔を朱にして烈火の如く怒る。
「失礼いたしました。しかし、今他の冒険者たちが大塔宮さまの救出に出向いております。大塔宮さまに関しては彼らを信じて欲しいのです。
 酒呑童子との会談にしても、その席は仲間が用意させていただきます。
 この傷はその決意であり、誓いであります。ですから、今この時は自重して動かずに居ていただきたいのです」
「ええい、寺社を血で穢しただけでなく、そのような脅迫をいたすか。誰ぞ、この者を‥‥」
「まぁ、落ち着かれよ。それだけの覚悟で臨んだと云う事であろう。意を汲まれよ」
 怒鳴りつける高僧を、慈円が宥める。手当てを断る彼女に少し戸惑いはしたようだが、すぐに落ち着きを取り戻していた。
「大塔宮殿の救出には、告げた通り、他の冒険者たちが赴いてます。おそらく命賭けになりましょう。それに報いる為にも、天台座主さまを治療に出向かせる訳には参りません」
「どうか此度は思い留まり下さい。無闇に行ったとて、鉄の御所はお考えほど甘い場所ではありません。酒呑童子との接触叶っても話の機会が得られる保証は無く。またかの者が心あろうとも、鬼の長としての立場があるでしょう」
 重ね述べる京一朗。海上飛沫(ea6356)もまた、丁寧に言葉を紡ぐ。
 先までと違い。態度は軟化させたものの、今度は困惑しきりの表情で、慈円は冒険者たちに尋ねた。
「しかし、それでは真相は永遠に手に入るまい。‥‥会談を用意するとは言っておったが、果たしてそれはどのように?」
「矢文にゅ! まずは酒呑童子に連絡を取って算段つけるにゅ!!」
 待ってましたと勢い良く告げる凪風風小生(ea6358)に、慈円は目を見開く。
「矢文‥‥文とな!?」
「うん。関連が知りたいのなら、別に鉄の御所へ行く必要もないよね? 酒呑童子に話す期があるなら、安全な場所で話し合いの場を持つよう文を届けるって事で納得してもらえないかな?」
「そうだね。今の状態で、慈円様を鉄の御所に届けて警備とかは無理だけど。手紙を届けるぐらいなら何とかできると思うの」
 マキリの言葉にパラーリアが頷き、そして慈円も深く頷いてみせる。
「なるほど、確かに妙案。そも、いきなり先方に訪れるなど失礼に当たる。先触れを出すのも礼儀だろう」
 そういう事でもないと思うが、納得はしてもらえたらしい。
 顔をほころばせる慈円に、一同はほっと胸を撫で下ろす。
「話し合う場所も、延暦寺との中間辺りで会談場所を設けるのはいかがかと云う意見も出てるんだ。鉄の御所に行くより警備しやすくなるしね。‥‥陰陽寮からはあまりいい感じの返事は貰えなかったけど」
 メイと天城月夜(ea0321)の視線がどちらからとも無く合わさる。
 陰陽寮陰陽頭である安倍晴明は、酒呑童子との関わりを探る際に協力を貰っている。その縁で、これからの交渉にも力を貸してもらえないかと二人頼みに行ったが、返答は何とも微妙なもの。
 比叡山のやる事に陰陽寮が口出しする義理も義務も無く。また都の守護が第一な為、早々と離れる訳にもいかない。スクロールもそも精霊魔術が神皇家所有なれば、おいそれと貸し出す事は無い。
 とはいえ、相手が鉄の御所であり酒呑童子であるならば、無関心もあり得ない。事の次第によれば、要請なくとも手を出し口を挟む事は十分ありえる。
 が、あくまでそれは都の為。都の益になるなら延暦寺への協力は惜しまないが、同時に、例え寺の不利益に繋がろうとも、都の益の為に動く可能性もある。
「警備などについてはひとまず置いておき、届ける文をお願いいたしたい」
 伊勢との繋がり上、鷺宮月妃と偽名を使う月夜だが、その心根まで偽る必要もない。真摯な態度に慈円も納得して、書の用意をさせる。
「うーん。あたしだったら、お日柄もよろしく、一時休戦して温泉で酒を酌み交わしませんかって感じかな? 最澄様のよしみで腕を繋げ、場所もそっち指定って事で」
「いやいや。内容は事細かく書かず、例えば酒呑童子の身の上と延暦寺の関係についてを問い、話の内容と互いの利益次第で腕の接合も悩んでいる、とどちらともつかず、けれど可能性は示唆する文面にしていただきたいでござる」
 鬼にどんな手紙を送るべきか。あーでもないこーでもないと頭つき合わせて知恵を出し合い、慈円はそれを丁寧に書き連ねていく。

「では、文は確かに。念の為、慈円さまの警護に自分たちが残ります」
 天台座主自らが書いた文を受け取ると、飛沫と壬紗姫、メイが礼を取る。
 もっとも、警備は建前。実際は慈円が勝手に動かぬか見守る所存だ。
「心変わりしてもらっても困るからね。会談ができるよう準備も考えたいし」
「あの御様子では大丈夫でしょうが‥‥、菊花も気をつけて下さいね」
 接触反対派の僧侶を諭し、また愛犬も放して壬紗姫は警備に当たる。
 むしろ心配なのは彼らを除く残りの行動。説得はなったものの、であるが故に、これからより危険な作業に赴かねばならない。
 新撰組による討伐以降、鉄の御所では増員を図っており、付近はそれまで以上に魑魅魍魎が跋扈する危険な地帯となっている。
 大塔宮の処刑に出向いているのもほんの一部。御所に揺るぎは無い。言い出した事とはいえ、緊張と不安は隠せない。
「空に飛んでるのも妖怪っぽいね。御所内は動き無いから良くわかんないけど、酒呑童子が留守って事とかはないよね」
 状況はテレスコープの経巻で確認してある。若いロック鳥のちろで飛びながら、前方の空を飛び交う妖鳥の群れに、パラーリアは唾を飲み込む。
 ロック鳥は若いと云っても、その巨体ゆえに遠目からでも良く目立つ。御所でも接近に気付いたか、何やら殺気立った雰囲気が沸き起こる。
「矢が届かない距離に昇って、それから上手く落せるかだけどね。ちろなら大丈夫と思うけど、取り巻かれると厄介かなぁ」
 地上組を陽動に空からと考えたが、逆にこちらが陽動になるかもしれない。単騎で乗り込むとなるといささか不安が残る。
 空も大変だが、地上が楽という事もけしてなく。うろつく鬼・妖怪の目を掠め、一同がひっそりと進む。
「ひとまず近寄れるだけ近付かねば。その後は頼む」
「任せておけ! ‥‥とは胸張って言いづらいね。危ないのは変わりないし。まぁ、御所に乗り込むよりも手前でマシかもって感じだけど」
 マキリの弓を手にして、京一朗は慎重に進む。そのマキリも彼らに守られ、周囲に目を走らせる。
 外周をうろつくのは下っ端がほとんど。酒呑童子に文を届けるなら、御所に直接投げ込むか、ある程度知性のある高位の鬼に託さねばならない。そのどちらにしても危険の文字に変わりない。
 幸いと言うべきか、パラーリアの方に目を取られて、地上への関心が少し手薄になっている。知性の無い下っ端ほど目先の事象に囚われやすい。
「一応、白旗も作ってきたけど。意味分かってくれるかな?」
「し〜、静かに。そろそろ近付いてきてるにょ」
 白布広げて首を傾げるマキリに、先導する風小生が静かに唇に指を立てる。
 山の中、隠れる場所もそれなり。周辺の警戒も視力などに優れた者が多く、注意を怠らない。
 時折、風小生がブレスセンサーで周囲を確認するが、魔法は詠唱の際に光を伴う。薄暗い山の中、目ざとくそれを見つけた鬼が、遠方から声上げ仲間を呼ぶ。
「気付かれたにゅ〜」
「距離はまだあるけど‥‥鬼が気付いてくれたらいいよね?」
 マキリは光の弓を受け取ると矢を番える。射程ぎりぎりまで飛ぶよう十分に引き絞り、鬼たちに当たらぬよう狙いを定める。
 時間を取られながらも、過たず矢を放つ。文を括りつけた矢は孤を描いてはるか遠くにまで飛び、鬼の傍へ落ちた。
 攻撃を受け、集った鬼たちが本格的に慌てだす。
「酒呑童子殿に届けられよ!! 延暦寺が天台座主よりの書状であると!!」
 鬼たちが文に気付き拾い上げたのを見て、京一朗は声を張り上げる。が、それからを見届ける間も無く、即座に撤退にかかる。
 何はともあれ、鬼たちにとっては不審な侵入者に他ならない。押し寄せる鬼の群れ。中には人喰鬼や牛頭鬼、馬頭鬼などの姿すら見られる。数の上でも実力でも、圧倒的に不利だ。
「殿はお任せを。先に逃げるでござる」
「倒すのが目的ではない。血を流せば縁も切れよう」
「無論承知。‥‥しからば御免!!」
 三人を追い立てると、月夜は鉄扇を構える。繰り出された山鬼の金棒を受け止めると、そのまま捌き、凶悪な顔面へと容赦なく叩き込む。
 怯んだその隙に、更なる攻撃は加えず、それよりも逃げを優先する。
 京一朗も、鬼たちの武器防具を飛鳥剣で砕くが、傷つける真似はしない。
 少しでも会談を実現させる為だが、鬼たちにその心意気は分からない。止めを刺されぬ事に訝る者もいたかもしれないが、今は逃げる獲物を追いかける事が鬼らにとっての優先事項だった。

 鉄の御所からの撤退は命賭けになった。延暦寺にたどり着いた時は誰もが傷付き、息も切れる。高僧ぞろいのその場において負傷はただちに癒され、失った物の補填も為される。
「空からは何とか振り切って、つづら落としてきたけど。上手く気付いてくれたかなぁ」
 不安そうにパラーリアが呟く。つづらには、手紙と手土産をアイスコフィンで凍らせ入れていた。妖鳥に取り巻かれて難儀はしたが、ロック鳥の体格と飛翔速度に物を言わせてやや強引に置いてきた。
「地上は話した通り。言葉が伝わっているなら、届けてくれるだろうが‥‥」
 こちらも不安は隠せない。しかし、慈円は彼らの働きを十二分に労う。
「此度は寺の為にようがんばってくれた。届いているならいずれ何らかの動きがあるだろう。無い時はまたその時どうするか考えればよい。今はゆるりと休まれよ」
 確かに、今は考えても仕方ない。酒呑童子がどう出てくるか。分かるには時間もかかろう。
 その間に、周囲の状況も果たしてどう変わるか。それもまた、今の段階では分かりようが無い。