【播磨・姫路】 錯綜

■シリーズシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:8 G 88 C

参加人数:7人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月11日〜08月22日

リプレイ公開日:2008年08月21日

●オープニング

 京の西に存在する播磨の国。その南にあるのが姫路藩だ。
 数年前の藩主交代劇からようやく立ち直り、平穏な治世を送るかと思った矢先。
 京都で起きた比叡山の乱。城は都・平織に援軍を出し、同藩内にある圓教寺は同じく天台宗である延暦寺を擁護した。
 それ自体は、それぞれの立場の違い。戦後は多少の禍根は残れど、深く対立しないと姫路藩主・池田輝政は考えていた。
 が。
 程無くして圓教寺が炎上。
 藩主のいる白鷺城から光が寺へと飛び、直後火が起きた事から、京での仕打ちに城が寺を焼いたと見る者がいる。
 そんな覚えの無い輝政。京から冒険者を呼び真相を探らせれば、火災時に寺の内部で何かが暴れていたという報告が出る。
 そうする内に、藩主夫妻が倒れて寝たきりになる。


「殿はただの病ではない。あれは呪詛よ」
 街中にて。玲瓏たる声は、空の下遠くまで響く。
 告げるのは絶世の美女。気品溢れる姿で、周囲に集まった人間たちを諭す。
「殿を恨む者。その力で殿を呪える者は誰ぞ? 民を虐げたし悪政から皆を救った先代、そして就いたばかりの現藩主に、恨みを持つなど限られよう」
 告げられた民たちが、こぞって顔を見合わせる。不安な表情で同じような方角に目を向ける。一つの山の方向へと。
 女はそれに気付き、薄く笑うと誘うように艶やかな声を上げる。
「京の都、天子に弓引く逆賊に加担した挙句、藩に戻ってもこの振る舞い、まこと許し難い。真に心持つ者よ、今こそ正しき道を選び、その力を振るうべき‥‥」
 唐突に女は口を紡ぐと横に飛んだ。
 ついで、女の居た場所に衝撃波が飛んで来る。地面を抉った不可視の技に、見ていた民はざわめき、女は飛んできた方角を静かに睨む。
「惑わされるな」
 笠を目深に被って顔を隠し、法衣を着た男が立っていた。
「その女こそ、平穏を乱し、鬼道に追い込む者。邪悪の権化だ」
 厳かに告げる口調に、女はわずかだけ目を細めたが、恥じる事など無いとばかりに胸を張る。
「まるで自分が平穏の使いで平和の化身と仰らんばかりの口ぶり。にしては、いきなり随分な振る舞いじゃありませんの?」
 静かに構える男に対し、女は悠然と笑う。
「口先でどう告げようと理は変わらぬ」
 告げる女の姿が宙に浮かんだ。
 おおっ、と周囲が驚いた矢先に、その姿がふと消える。
「待て!!」
 男が慌てて飛び出すが、見回しても姿は見えない。
「城主の苦しみは、やがて藩に、ひいては民に還る。何もせず、安寧な時をただ貪っていては、いずれ己らの首が絞まるぞ。抗う為、勝ち取る為、変える為。力を行使し、争うは世の必然。力こそが世を救い、導く」
「おのれ‥‥!!」
 静かな笑いが遠ざかる。かすかなその声を、法衣の男が追いかけて行く。
「何だ、あれは?」
 残ったのは、目にした光景に目を丸くする民草たち。
「もしや、長壁姫か‥‥?」
 ぼそりと、誰かの呟きに、皆が納得する。ああ、あれがそうかと‥‥。

 姫と男が去った後も、呪詛の噂で騒ぐ民衆を、狐が一匹見ている。
「こら! あっちへおいき!!」
 気付いたどこぞの女が、畑を荒しに来たと騒ぎ立てる。
 石を投げつけられて、狐は慌てて山へと消えて行った。


「藩内で、扇動する者がいるとか」
「殿や奥方の言から調査しました所、その姿、確かに長壁姫だとの報告が入っております。ですが、接触しようにもなかなか。あちこちに出没する上、探り当ててもすぐに逃げられてしまいます」
 白鷺城の奥。床に伏したまま、輝政は家臣の報告を聞く。
「市井も、今は大きな動きはありませぬが、民の間では圓教寺と城との諍いを懸念する声も多く。また、この話を聞いた侍たちも憤りを隠せず、寺に抗議をする者も出ています」
 普段ならば、与太として無視して終わる話。
 だが、京からの因縁や圓教寺での火災、そして藩主の不調は全て事実。今、信じるな、というのも難しい。
「圓教寺はどう言うておる」
「そのような事実は無いと。‥‥もっとも、事実であっても馬鹿正直に告げる者はおらぬでしょう」
「武蔵」
 じろりと睨まれ、家臣は口が過ぎたと頭を下げる。
「ですが、不穏な動きを見せ始めているのは確か。それがどちらに向かうかは分りませぬ。また気になりますのは、先にも申し上げましたが城内でも寺に不満を持つ者が出ております。それらがなんの弾みで馬鹿をしでかすか‥‥」
 病床の殿を煩わせず治安維持に勤めよと、今は押さえている。だが、呪詛が寺の仕業なら、解決の為に乗り込むべきだとの声は日に日に強くなった。
 確かに今のままでは埒が明かないし、呪詛なら術者を破るのが得策ではある。声を上げぬ者でも、その迷いを持たぬ者はない。
「とにかく、押さえられる内はそのままに。調査は続き冒険者に頼むとしよう」
 深い息を吐きながら、輝政は告げる。疲れて目を閉じると、衰弱ぶりは一層濃く浮かび上がった。


「我が寺が呪詛を行っていると、藩中噂で持ち切りだ! 真、そのような馬鹿な真似をしているのか!?」
「落ち着け、鬼若。そんな事はなかろう」
 圓教寺内部にて。書写山中に響き渡りそうな大声で叫ぶのは鬼若という若い僧侶。その憤懣ぶりに、周囲の同じく若い僧侶たちが青褪めながら宥めている。
「長壁姫は、城に住む妖怪と聞いている」
「円戒」
 その騒ぎをじっと見ていた若い僧侶。その呟きに、他の僧侶たちも注目する。
「もし本当に実在していたなら、触れ回っているのは城の手先となる。あるいは、長壁姫は気に入らぬと藩主を祟ると聞く。自身の罪業をこちらに擦りつけようとしているのやも。実際、藩内の妖怪事件は増える一方だ。
 はたまた長壁姫など存在せず、いるのはこの情勢を利用して市民の不安に付け込み、何かしようとする悪党なのかもしれない」
 僧侶たちは顔を見合わせる。それに構わず、円戒は声を徐々に張り上げ、話を続ける。
「いずれにせよ。この寺が無関係であるのは確かだ。そもそも、この火事に城が関わっているのは明白。にも関わらず、そちらは差し置いたままいらぬ疑惑を向けられるのは不愉快ではないか」
 一同は大いに頷く。
 彼らは常々そう不満を漏らし、先輩方に修行が足らぬと窘められてきた。が、その先輩とて愉快に思っていないのは確か。
 真面目に修行しているのにあんまりだと。
「若輩の我らだが、不当な汚名を見てみぬふりしている訳にはいかぬ。流言者を探し、妖怪ならただちに滅すべきだ!」
「なるほど!」
 強く告げる円戒に、周囲がざわめく。
「だが、その姫を狙った僧侶がいるという話だが、それは先輩たちではないのか?」
「違うそうだ。延照様のお加減思わしくなく、それ所ではないらしい」
 圓教寺の住職・延照は、火事の後から伏せたままでいる。具体的な事は新米には伝えられていないが、察する雰囲気からしてけして良くは無い。
「ならば‥‥先輩たちが動かれぬのに、我らが動くのはいかがだろう」
 不安なその声に、円戒がきっと睨む。
「先輩方が動かれぬからこそだ。今は内部に手一杯ゆえ、手隙の我らが動くべきだろう」
「ああ、円戒の言う通り! 諸悪を滅し、道を正すも僧侶の役目!」
「鬼若に言われてもなぁ‥‥」
「何を! やらぬなら別にいい! 俺だけでも探してくる!」
「おい、待てよ!! やらないとも言ってないだろう」
 ずんずんと足音も荒く飛び出していく鬼若。
 残る僧侶たちはどうしようかと顔を見合わせ、俯いた後にその後を追いかけた。

●今回の参加者

 ea0020 月詠 葵(21歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1661 ゼルス・ウィンディ(24歳・♂・志士・エルフ・フランク王国)
 ea3891 山本 建一(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5480 水葉 さくら(25歳・♀・神聖騎士・人間・ジャパン)
 eb1630 神木 祥風(32歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb4803 シェリル・オレアリス(53歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 eb5009 マキリ(23歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●サポート参加者

ヒナ・ティアコネート(ec4296

●リプレイ本文


 不穏な気配が漂う姫路。
 藩からの要請で足を運ぶのもこれで何度目か。
「容態見せてもらったけど、何らかの魔法が関わっているのは確かね。これではそれ以上はわからないけど‥‥」
 これ、とシェリル・オレアリス(eb4803)が示すのはリヴィールマジックの経巻。
 それで白鷺城内、藩主池田輝政とその妻が寝込んだ原因を調べていた。
 魔法がかかっていれば対象が青白く光って見えるが、初級の効果では詳しくまでは分からない。
 だが、はっきりと何らかの術のせいと確認が取れ、近臣たちの顔色が変わる。
「では、本当に呪詛であったか‥‥」
「それだけど。呪詛は大抵触媒が必要なんだけれど、何かそういう物を取られてないかしら? 髪の毛とかを妙に欲しがったり、本人や周囲の世話係が普段と違ったりとか」
 ざわめく家臣たちにシェリルが尋ねるも、相手は首を横に振る。
「呪詛と告げられた時点で一通り調べているが、城内でこれといった異変は無い。しかし、呪詛と言われはしたが、我々には確認する術が無い。殿たちが寝込まれたのも単なる病ではとどこかで願っていたのも事実。それ故に何か見落とした点もあるかもしれない。至急、もう一度洗い直させる事としよう」
「分かったわ。私も聞き込みをしてみるから、城内をうろつく許可をお願いします。それと、大仰にして警戒されても困るから慎重にね」
 シェリルの申し出に分かったと告げるや、家臣はすぐに動き出す。
「あの‥‥長壁姫について‥‥お訪ねしたいのですが‥‥な、何か御存知ありませんか?」
 おずおずと。慌しくなった中を、控えめな口調で水葉さくら(ea5480)が問いかける。
「残念ながら。側近でも実在さえ知らなかった者がほとんど。詳しく知るのは藩主の輝政さまと先代藩主たる奥方さましかない」
「そうですか‥‥。では‥‥その、藩主様たちと、少しお話、出来ませんか?」
 さくらの申し出に、家臣たちは少し考える。
 話は手短に、容態を見て無理そうなら途中でも切り上げる、という事で落ち着く。


「だから! 重大な話があると言っているのだ!」
「それは何かと聞いている! 軽はずみな行為は謹んでもらおう!」
 圓教寺内部。
 激しく言い合う若手僧侶・鬼若と年配僧侶。その様子を月詠葵(ea0020)とシェリルがはらはらしながら見守る。
 先日調査協力をこぎつけた鬼若を見つけ、彼の口添えで住職と対面する。
 床に伏せた相手にいきなり面会もなかなか難しい。が、葵の真剣さにほだされたか鬼若は承諾。
 そこまではいいが。
 年配僧侶にしてみると、不審な者を近付けたくない。よって、寺に戻ってからというものこの押し問答が繰り広げられている。
 山中に木霊しそうな大声で、秘密も何もあったものではない。
「ええい! 埒があかん!! 頭の硬いこんこんちきはすっこんでろ!!」
「ちょっと! 暴れるのは駄目ですよ!!」
 止める間もあればこそ。鬼若は手にした六尺棒で年配僧侶を殴り倒す。
 さすがに見咎めて葵が声を荒げるが、鬼若は気にした素振り無く歩き出す。
「話しても分からないなら、時間の無駄だろうが! さっさと行くぞ!!」
「待て! 鬼若!! その無礼な態度、今日こそ改めてくれる!!」
「そこをどけ! 話があるのは延照様だ!!」
「誰か、来てくれ! 鬼若がまた暴れてるぞ!」
 鼻息も足音も荒く。奥へと進もうとする鬼若と、そうはさせまいと阻む僧侶たち。
 気付けば、圓教寺僧侶による乱闘が始まっていた。

「‥‥‥‥延照様がお会いになるそうです」
「「すみません」」
 ひとしきり鬼若が暴れて取り押さえられて。結局奥へは辿り着けなかったものの、騒ぎは伝わったらしく、事情を知った延照から二人に会いたいと言葉が下りた。
 案内役の僧侶に、恐縮しながら従う二人。
 ちなみに、鬼若は反省房に放り込まれた。
「よく来て下さいました。このような姿で申し訳ありません」
 言って、身を起こそうとする延照を、寝たままでいいからと告げる。
 高齢もあってか、具合は藩主夫婦よりさらに悪そうに見える。顔色も悪く、細い体が折れそうに思えた。
 失礼と前置きをしてから、シェリルがまた経巻を広げる。
「‥‥。話の通り、見た感じは藩主夫婦と似ているし、魔法反応もあるわ。でも、呪詛なのかどうか‥‥」
 城内くまなく探し回ったが、呪詛の媒介を奪った者は見当たらなかった。
 しかも、延照もまた藩主夫婦と同じとすれば、城内及び圓教寺から媒介を取れる者が必要。それはかなり限定され、心当たりはさらに無くなる。
 ただし、探した以外にもそれが可能な者はいる。
 長壁姫だ。
 普段姿を見せず、城に住み着く正体不明の妖怪なら何らかの隙をついて仕掛ける事も容易かろう。圓教寺にも入り込めるかもしれない。
「恐らくは、カース系の魔法では無いのでしょう。それならば、リムーヴカースで解呪できる筈ですから。――恐らくは‥‥」
 しかし、延照は静かに首を横に振る。何かを言いかけたが、結局何も言わず、先に人払いをして三人だけが残る。
「申し訳ないですが、性空さまを探して下さりませんか?」
「性空さま?」
「この圓教寺の開祖さまであり、私の師に当たる方です。人との深い繋がりを避ける為、表向きは死んだとして私がこの寺を継ぎましたが、実際は旅に出られただけ。此度の事態、恐らくどこかで耳にして戻られているのでは思います」
 言って、一息つく。
「実はこの寺‥‥というより書写山に大昔何かが封じられたらしいのです。それを知った性空様は、この寺を建て祈り続けようとされたようです」
「何かって何を!?」
 身を乗り出して尋ねるが、やはり延照はこれにも首を横に振る。
「私には。無闇に怖がったり、興味本位で探らぬようにと、敢えて性空様は話さず、私も聞こうとしませんでした。しかし今回の事態はもしや関係があるのではと考えるのです」
 確かに、寺やその周辺で起きる異変は簡単なものでは無さそうで。疑うのも当然の事か。
「お弟子さんたちに探させるというのは?」
「考えましたが‥‥もし杞憂であった場合、ただ無闇に皆を恐れさせ、性空さまの手を煩わせるだけとなります。それはあの方の御配慮を無為にしてしまいます。あなた方は都から来てまた都に戻る。仮に間違いであっても、後の影響は少ないでしょう。
 今の城の殿さまは恐らくこちらの事情は分かって下されましょう。お耳に入れてくださっても構いませんし、もののついでで構いません。どうか性空さまの事をお願いします」
 咽びながら、延照は頭を下げる。

「何だか大変な事のような気がします」
 退室して、看病でばたばたと慌しく出入りする僧侶たちに聞こえぬよう、葵がぽつりと漏らす。
「ひとまず性空さまの姿絵などが幾つか寺に残ってるそうね。怪我人たちの手伝いついでに、少し探してみるわ」
「じゃあ、僕はマキリお兄ちゃんに連絡を。‥‥妖怪退治を手伝おうと思ってましたが、鬼若さんは反省中ですし」
 そっちはどうしたものかと悩みつつ、葵はシェリルと一端別れる。


「藩主さんが伏せってるのは事実。呪詛とすれば確かに寺は怪しいよね」
「伏せてういるのは住職さんも同じとか。もしかしたら藩主さんの事も罪を着せる自演なのかも」
 姫路市井。そこはことなく、噂が広がる。
 広めているのは、目深にまで鉢金を下ろし、皮外套で体を隠したパラ。いかにもよそ者臭さを出しながら、そんな怪しげな風体で両極な話を、あっちではこれ、そっちではこれ、と何気に吹聴して回っている。
「ふいー、こんなものかな?」
 で、その鉢金と皮外套を外し、ついでに変装用に縛っていた髪も解いて一息つくマキリ(eb5009)。
 調査を重ねても、その間に藩と寺の仲は剣呑になりかねない。
 だったら、いっそ両者が互いに争うよう仕向けている第三者がいるよう、状況証拠を作ろうという、いささか乱暴な行動である。
 噂の犯人としてばら撒くに辺り、藩と寺の上層にはこの作戦が伝わるようにしていたが、聞いた双方共に難色を示したという。
 藩としてはお騒がせで兵が動く事になるのは避けたかったらしいが、結果的にこれが諍いの沈静化にもなりうるという点で期待してみようと許可を出し。
 寺は、弟子たちや民も騙す事になると渋ったが、玉虫色の諍いが都のジーザス教と延暦寺に通じると聞けば、その後の延暦寺の乱を憂慮せぬ訳にもいかず、仕方無しに承諾したという感じだ。
「そこのパラ! 荷物を見せてもらおうか!!」
 声をかけられ、マキリの肩が跳ね上がる。
 見れば、周囲を藩士たちに囲まれている。
 拒否するのも怪しまれるので、ここは素直に従うしかない。
 変装道具は処分したし、とドキドキする内心を隠して、作業を見守るマキリ。
「怪しい所は無いな‥‥。この辺でお前ぐらいの身長のこういう奴を見なかったか? 子供かもしれないが」
 見てないと告げると、藩士たちはあっさりと身を退く。
 姿が消えて、ほーっと一息。
 がさりと、近くの草むらが揺れた。
 驚いて振り返ると、ひょっこり顔を出したのは一匹の狐。
「お、エエンレラ。拾ってきてくれたのか、ありがとうな」
 加えているのは皮外套。落としたのかと拾ってきたらしい。
 苦笑しながらも、その気遣いにマキリは頭を撫でてやる。
 マキリが広めた噂は着実に広がる。
 双方の噂を流している第三者があるというのは、すぐに知れたようだが、それで反目する両者が手を取りあったかといえばそうでもない。
 どういう結果になるか。それが出るには今しばらくかかりそうだ。

 そうした中で、もう一体の渦中の人物(?)、長壁姫を探す神木祥風(eb1630)とさくら。
「市井に長壁姫らしき物の怪が現れ、民を扇動しているとか。‥‥しかし、これまでに伺った話からすると、姫自ら姿を人々の前に現して活動すると言うのは、らしからぬ様に思えます」
「そ、それはお城でも不思議がってました。もしかしたら、別の物の怪の仕業かも、とか」
 長壁姫は白鷺城の天守閣に住まうが、藩主以外には姿を見せずに来た。
 それが、ここに来ての大盤振る舞い。首を傾げぬのもまた無理だ。
 その真意を諮るべく、長壁姫を探すが成果ははかばかしくない。
 姫の噂はどこへなりとも自在に現れる。藩士たちは勿論、寺の小僧たちも探してはいるが、向こうもそれで警戒してかなかなか足取りを掴ませない。
 妖怪の噂を耳にして駆けつければ、本当に妖怪が暴れていたという事も何度かあった。
 それでも、どうにかその姿を捕らえる事に成功する。
「混迷に怯えるな! 身を縮こませ、潜んだ所でどうにもならぬ! 虐げられたくなくば、闘え! その力を皆は持っている!!」
 玲瓏とした声で、言いたい事だけ言い放つと後はさっさと消えてしまう。
「あの姿‥‥。確かに聞いた通りの、長壁姫です」
 姿を確認してさくらが目をしばたかせる。
「だが、ただの物の怪ではありません。不死の反応‥‥。我々生者とは相容れぬ者のようです」
 接近は一瞬に近く。それでも、その間があればどうにか高速詠唱は間に合った。
 デティクトアンデットにはしっかりと反応があった。その意味する所に息を飲む。
「あれが長壁姫として。問題は何者かに操られているのか、或いは、別の何者かが長壁姫の姿を写し取ったか‥‥」
「操られているというのは無いです」
 声をかけられ、そちらを見ればゼルス・ウィンディ(ea1661)が立っている。
 その側には狐が二匹。一匹はゼルスのセイディだろうが、さてもう一匹は?
「実はそれで皆を呼びに来たんです」
 若干困惑したように顔を歪ませ、ゼルスは傍らの狐に目を向ける。

 姫路の調査過程で。ちらほらと狐が不自然に歩き回っていた。
 ゼルスはそれを探していた。
 呪詛を行っているとなれば人前には早々出ない。身を隠せそうな場所が無いか洞窟や遺跡などに目をつけて順繰りに調べ上げて行く。
 結果から言えば、その狐はやはり長壁姫ではなかった。
 だが、危惧していたデビルの変化でも無かった。
 その正体を聞き、相手も信用できると見てくれたか。案内してくれたのは姫路郊外のさらに山奥。
 狐に案内された場所に、今度はゼルスが案内役を務める。
 小さな穴倉のような場所に、群がるのはやはり狐たち。数は多くない。
 そして、最奥。その狐たちに囲まれて、横たわっているのもまた狐。
 ただし、その大きさは人の背丈を越える。白銀の毛並みに、五つの尾。
 妖狐と呼ばれる存在だった。
「寺の炎上以来、長壁姫はこの有様。なので、私たちが代わってかの地の様子を伺っていたのです」
 告げたのは、ゼルスが見つけここまで扇動してきた化け狐。人に化けて、皆に説明を入れる。
 この有様とは見て分かる。妖狐の毛並みは色艶を無くし、息も苦しげにぐったりと横たわっている。
「貴様! 誰が人を連れてきてよいと言うた!! 勝手な真似をすると噛み殺してやるぞ!!」
 冒険者たちの姿を見るや、連れて来た狐に牙を剥く長壁姫。
 一見怒りも露わに元気そうだが、それは長く続かず。すぐに疲れきって横たわってしまう。
「あ、あの。確かに長壁姫のようです‥‥。狐さんですけど、お城での話が合います」
 幾つかの会話を行い、さくらが頷く。
「しかし、これは藩主たちと同じ? という事は、住職とも同じでしょうか? そもそも一体あの日何があったのですか?」
 浮かぶ疑問は誰もが同じ。興味深げに見つめる冒険者らに、ふんと鼻を鳴らして長壁姫はそっぽを向く。
「あの日。寺から怪しげな気配を感じた。あの場所は昔から良くないと聞いておっての。言ってみれば、面妖な男と対峙した。後はこの様。火を吹かれ、騒ぎになった所をからがら逃げたと言う訳だ」
「では、やはりあの火事の折にもう一体別の妖怪がいたのですね?」
 ゼルスが尋ねると、そうだと不機嫌そうに姫が頷く。
「あれ以来、長壁姫はここで臥せったまま。お加減治らず、心配している所に姫の似姿で徘徊する者がいるとの話が。それでいろいろと探っていて、あなた方の事を知ったのです。
 偽者は姫に成りすまして、配下の妖怪たちを動かしております。何を企んでるかは存じませぬが、さてよろしくないでしょう」
 化け狐が告げる。
「誰かはしらぬが、妾を語るとは笑止。すぐに息の根を止めてくれるわ!!」
 不適な笑みを浮かべてふらつく体に力を込める姫。それを慌てて化け狐たちが押しとめる。
「いけませぬ! この間もそう言ってすぐに倒れられたではありませぬか! 一度負けた相手にその様子では今度は殺されますぞ!!」
「負けたというな! 戦略的撤退と言わんか!! 食い殺すぞ!!」
 ぎゃあぎゃあと騒がしくなる狐穴。
 ともあれ、少しずつだが事態は動いている。
 それがこの先どうなるか。冒険者たちは黙って顔を見合わせた。