【播磨・姫路】 蠢動

■シリーズシナリオ


担当:からた狐

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:9 G 43 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月15日〜09月27日

リプレイ公開日:2008年09月24日

●オープニング

●姫路の城で
「偽者はまだ見付からぬか」
「はっ、申し訳ありません。何分、姿を晦ませてばかりで」
 病床であっても、政は動かさねばならぬ。
 横たわったまま、力なく告げる藩主の輝政に、家臣は恐縮して頭を下げる。
 姫路藩主の城・白鷺城には妖怪が住まう。
 藩主の前にのみ姿を現し、時に藩主を助け、あるいは祟るその妖怪は長壁姫といった。
 圓教寺炎上以来、藩主たちの病が呪詛であると告げた以外は城から姿を消した。
 そして、市井に姿を現し、藩主の病が僧侶たちの呪詛であるかのような言を流している。
 だが、冒険者の話によれば、本物の長壁姫は圓教寺炎上の際、見知らぬ妖怪に攻撃されて以来山奥で藩主たちと同じく臥せっていたらしい。
 ならば、市井に出ているのは何者か。呪詛と告げたのも同じく長壁姫でなかった筈。
 冒険者の調査では不死者の反応すらあったという。
「圓教寺は?」
「流言を抑えようとやはり姫――偽者の動きを追ってるようです」
 寺が呪詛を行ったと告げてまわる長壁姫。
 圓教寺住職・延照もまた病で倒れている。それもやはり藩主たちと似た症状で。
 住職が臥せている為、寺は表向き派手な活動を自粛している。
 しかし、流言蜚語を見過ごせない。上が動けぬのであれば、と、若い僧侶が中心になって噂の根絶に走り回っているとか。
「昨今では、民にも不穏な動きが見えます」
 病床の殿には告げたくない実情。それでも隠すわけにはいかず、家臣の表情が歪む。
 各地の村々で武器を集めている気配がある。昨今の妖怪被害に対して用心する事にしたのだとか。
 確かに、長壁姫という頭が不在となり、藩内では以前に比べて妖怪の騒ぎも増えていた。
 寺社との確執や藩主の病から、城の動きも鈍りがちで、ならば自分の身は自分でと備えるのは自然な流れではあった。
 枕に頭を委ねたまま、輝政は目を閉じ、静かに息を吐く。
「何が起ころうとしているのか‥‥。とにかく、兵たちはこのまま偽姫の行方を捜すよう命ずる。その上で京のギルドに連絡を。我らの掴み得ぬ真実、彼らの方が対処には長けていよう」
 か細い声に身を震わせつつ、家臣はただ御意と告げて、伝令を走らせた。

●寺で
「化け物姫はまだ見付からないのか!」
 苛立つ声で堂内をけたたましく歩くのは圓教寺の僧侶・鬼若。他の若い僧侶たちが彼を白々しい目で見ている。
「先日寺で大暴れして謹慎くらったのは誰だよ」
「あれは聞き分けの無い先輩方が悪い」
 自分は動いてない癖にと非難する同僚を、鬼若は鼻で一笑する。
 どっちがだ、と言う声も上がったが、それも無視していた。
 何を言っても無駄。それが分かってるとばかりに大仰な溜息があちこちで漏れると、鬼若から目線を外した。
「とにかく。このような事で我らの寺が蔑まされるなど真っ平だ。先輩方が依然揉め事は避けよと負抜けた事を仰られるが、それで身を縮こませていても解決するはずがない」
 僧侶・円戒が立ち上がる。力強い言葉に、他の者たちもその通りだと強く頷いていた。
「延照さまのお加減も思わしくない。このような馬鹿げた話、早く終わらせねば‥‥」
「しかし、藩の侍たちも動いている。向こうが先に化け物を見つけたらどうする?」
「藩は寺を焼いた火災も知らぬと言っているのだ。証拠を隠滅してうやむやにするつもりかも知れぬ」
「何とかして、彼らより早く見つけ出し我らの手で成敗せねば」
「その事で、気になる事がありまする」
 あれやこれやと一斉に話し出す僧侶たち。その中でおずおずと告げられた一言に、話がぴたりと止まった。
「姫や侍の動きとはちと違いまするが、この所狐をよく見かける気がします。気にかけていると、どうも彼らは一つ所から来ているようで」
「狐などどこにでもいる。巣穴でもあるのだろう」
「かもしれませんが‥‥。ここの所、どうも妖怪たちもその方面に集っている感じがいたしまする」
 自信無く告げる僧侶だったが、見ている側の目には熱が篭る。
「面妖な術を使う女が、真に化け物姫とも限らぬ。が、まこと繋がりがあるなら、何かの手がかりがあるかもしれない」
「どの道、妖怪など野放しには出来ぬ」
 僧侶たちは向き合うと、無言で思いを確かめていた。

●市井で
「このような女を知らぬか。後、こういう子供も捜している」
「さあ? ここら辺では見かけませんねぇ」
 絵を差し出して尋ねる侍に、農民たちは首を横に振るばかり。
 長居は無用と去って行く侍の後を、じっと見つめていた農民たち。やがてやれやれと口を開く。
「圓教寺が呪詛を行っているとは本当なのかねぇ」
「さあなぁ。侍も僧侶も躍起になって噂を消そうとはしてるがね」
「どちらも自演だって話もあるぞ」
「という話を広める奴もいるってな。城と寺を潰し合わせようって事らしいが‥‥」
「だが、そっちも捕まってないだろう。それこそ寺か城かが双方に擦りつける為の作だって話だ」
「物の怪もまた騒々しくなってきおったし、結局、何が何やら」
 ぼそぼそと話し合って、農民たちは深々と溜息をつく。
「このままでいいのかえ?」
 女の声がそこに響く。
「安寧に溺れ、与えられる物をただ貪る。汝らの矜持とやらは犬と同じか」
 くすくすと笑い声。
 溜まりかねて農民たちが振り返る。だが、向いた方には誰もいない。
「真偽など己が決めればよい。その胸の内、与えられるままの今を享受していては何も満たされぬぞ」
 女の声は消えた。農民たちはぼんやりと立ち尽くしていたが。
「聞いてはならぬ!」
 恫喝に近い声を投げかけられ、見れば笠を深く被った僧侶が三体並んでいる。
「あれは悪しき声。惑わされてはならぬ!」
「というて、乱暴するのではどちらが悪しか分からんぞ」
 一歩前に出て声を張る僧侶に、後ろに控える小柄な僧侶が嘆息交じりに告げる。
 告げられ、前にいた僧侶が怯む。
「さてさて、どうしたものか」
 小柄な僧侶は周囲を見渡した後、がっかりと肩を落として立ち去り、その後を残る二人が従う。
 その様を、ただ農民たちはぼけっと見送るしかなかった。

●山奥で
 暗い洞の奥。低く苦しげな唸り声が響く中、数匹の狐たちが群れる。
「駄目だ。おそらくばれたか、有象無象に妖怪どもが集まって来ておる」
「元々、姫を恐れて従っていた様な奴らばかりだからの。新しく強力な後ろ盾を得た今、遠慮は無用という事か」
「こうしてはおれん。この穴を探り当てられるまではまだ間がかかろう。今の内に逃げるのだ」
「‥‥逃げるだと」
 人に化けた狐たちが慌てて、穴の奥へと視線を巡らせる。そこに横たわるのは五尾の妖狐・長壁姫。
 吐く息も荒く、伏せていたが、化け狐の報告にぴくりとその巨大な耳を振るわせる。
「有象無象のガキどもに何故逃げねばならぬ! 殺るなら受けてたつぞ」
「そんな余力無いでしょうに。ここはまず逃げねば」
「ええい! 背後に奴がいるのは分かってるのだ! 後ろを見せてなるか!」
 狐穴が騒々しくなる。

 そして、そこから幾分離れたやはり山奥にて。
 さわさわと草木を揺らし、風を斬り、無数の妖怪たちが蠢いている。
 統率があるようでなさそうなその群れは、殺気と歓喜と共に何かを探して奥へと移動して行く。
「‥‥あれを生かす必要も無い。まずは心のままに、力振るえよ妖怪ども」
 くすくすと女の声が響いたが、それを聞く者も無く。妖怪たちは奥地へと消えていった。

●今回の参加者

 ea0020 月詠 葵(21歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1661 ゼルス・ウィンディ(24歳・♂・志士・エルフ・フランク王国)
 ea3891 山本 建一(38歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1630 神木 祥風(32歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb5009 マキリ(23歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)

●サポート参加者

百鬼 白蓮(ec4859

●リプレイ本文


 播州姫路藩。一件穏やかにも見えるが、その実、どこか緊張感が漂っている。
 請われて現地に足を運んできた冒険者たちだが、最初に訪れた頃より気配がずいぶん荒んでいた。
 殿の不調、呪詛の噂、圓教寺との不仲。減らない妖怪に飛び交う流言。取り留めの無い話は止む事無く、寄る辺の無い状況に人心は疲れてきているようだった。
「何て言うか‥‥。分かってきた事も少しはあるけど、それとおんなじぐらい状況も悪化してる。俺達のやってる事は少しでも黒幕の邪魔になってるのかな」
 不安も露わにマキリ(eb5009)は周囲を見渡す。
 以前に寺や城の不安を煽って、今は一応お尋ね者の身。もっとも城の上層部には意図を通達済みなので、捕まった所ですぐに釈放してくれだろう。時間経過と共に肝心の話も下火になっている。探す側も姿が見えないのを理由に、どこかに行ったのだろうと捜索方針も偽長壁姫探しを重視していた。
 行動自体は両者の仲互いをさせている者がいると見せかけ、第三者の犯行を注意してくれないかと期待しての事。確かに、第三者の存在は危ぶんでくれたが、それが互いの手の者ではないかと更に勘繰り、結果手を取りあう事態には至ってない。
 反目する雰囲気は自ずと伝わるので、民もこの煮えきらぬ現状に苛立っている。
 誰もが不満を抱えている。それがどこに向かうのか‥‥。
「とはいえ、出来る事はやって行かなくては。‥‥正直、私も長壁姫があれほど弱っていたとは思いませんでした」
 やっと探し当てた長壁姫は碌に動けぬ有様。ゼルス・ウィンディ(ea1661)としては目論みが外れたといった所か。
 それでも、気を引き締めて笑みを作るとマキリの頭をぽんと叩く。
「そうだな。不安がってても仕方が無い。やれるだけやろう」
 身長差ゆえどうしても見た目が大人と子供。それでも怒る事無く、マキリは不敵な笑みでゼルスを見上げる。

 今回は大まかに二手に分かれて行動。マキリにゼルス、山本建一(ea3891)が長壁姫の元に。残りが、前回圓教寺の住職・延照に頼まれた寺の開祖・性空を探す手がかりを掴みに行動している。
 長壁姫を狙って、近郊の妖怪たちが集まってきている。
 そして、その妖怪たちの動きを掴んで、圓教寺の僧侶たちも動いており、マキリはそちらに向かっていた。
 大仰なペットを連れている関係もあって、ゼルスは慎重を重ねて魔法で周囲の呼吸を探り、久方ぶりの長壁姫の元へと向かう。
「長壁姫の弱体ぶりは敵も気付いている筈。機を見逃すとも思えませんし、一つ所に身を隠すのもそろそろ限界とは思いましたが――来ました」
 ゼルスが唱えたブレスセンサーの効果は丸一日。範囲もかなり広い。狐穴に身を潜ませていても、周囲の変化は分かる。
 姫路の方角から、徐々に増えていた呼吸の数が増したかと思うと一斉にこちらへ向かってくる。
 フォレストドラゴンパピーのグランツも水神亀甲竜のバルドスも巨体であり、遠目に目立つ。それで注意を向けられた所に何か狐の痕跡でも見つけられたのだろう。
 慎重に押し寄せてくる妖怪たちが、間近にまで迫った時。その一角が突如爆発して派手に散った。
「我に歯向かうとはいい度胸ぞ! たっぷりと後悔させてくれよう」
「ですから! 挑発せずに大人しく!!」
 姿を現す長壁姫。美姫の容姿でありながら、歯を剥き唸る彼女を、側の化けた狐が後ろに控えさせようと引っ張る。
「怯むな、皆の者! 戦いこそが全ての道を切り開く!!」
「あれは!!」
 そして、群がる妖怪たちのやや後方。宙に浮かぶも長壁姫。弱った所も無く、傲慢なまでに美しいその姿を皆に晒している。
「偽者も来ているとは‥‥とっととこれは逃げさせた方がいいみたいですよ」
「ええ――。グランツ、バルドス。お願いします!」
 様々な妖怪変化に精霊、鬼、デビルの姿も見える。いずれも下位だが、殺気を振りまき、偽姫の鼓舞と共に襲い掛かってきた。それらに対し、建一はジェイド・ブレードを抜き放つ。
 ゼルスは二匹に指示の後、経巻を広げる。フレイムエリベイションにバーニングソードを二匹にかけて、魔力を富士の名水で回復。即座に次の詠唱を始める。
 最中に、僧侶たちの姿を遠目に見つける。
「僧達からすれば、妖怪と仲良くしようとする者は人の道を外れた存在になるのかもしれません。もっとも、人が妖怪がと表面に見える姿を騒ぐより、正しい知恵を持って守るべき者が何かを見失わない生き方をしたいです」
「そう語る自身の知恵が正しいような口ぶりじゃな」
「あああ、もう! すみませんすみません。それより逃げましょうよー」
 告げるゼルスに不機嫌全開の長壁姫。周囲の狐たちが宥めたり、謝ったり、急かしたりと大忙しだ。
 憎まれ口を叩く余裕はあるのかと思えば、顔色の悪さは前見た以上。一撃でも喰らえばすぐに倒れてしまう。
 そして僧侶側はと言えば、その妖怪たちの数に動けずにいる。
 若輩者が集まっただけあって、まだまだ経験が甘い。僧といっても戦闘経験が無いなら一般市民と動きは変わらない。
「長壁姫が妖怪と戦ってるね。今の混乱って、長壁姫が関知してたものじゃなかったのかな?」
 絶句している僧侶たちに、マキリが語りかけるも。本人もまた軽く混乱。偽者までこっちに乗り込んできてるとは思ってなかった。
 僧侶たちも市井に出る女の姿は知っていよう。だが、その女がそも二人いるとはこれも想定外の筈。
「えぇい、埒が明かん! ともあれかような危険な物の怪を放置する訳にはいかん!」
「馬鹿、鬼若!! 声が大きい!」
 動かぬ現状に苛立ち、鬼若が六尺棒で地を突く。途端、気付いたか妖怪たちが一斉に僧侶たちを見た。
「何じゃ!?」
 上げたのは偽姫だが、その対象は僧侶たちではない。
 見れば、長壁姫の周囲に幾つかの闇の球体が出来ている。
 マキリは姫が月魔法を使う事を思い出す。シャドゥフィールドだ。
「おのれ! 逃がすな!!」
 偽姫に応じて、化け物たちが闇に駆け込み、抜ける。だが、その向こう側で無造作に倒れていた長壁姫を見つけ、警戒露わに止まった。
「これは‥‥。耐え切れず、事切れたか?」
 訝る偽姫。
 その身に、ホーリーが当たる。振り向けば、円戒が毅然と立ち、偽姫を睨んでいた。
「汝、魔性のものか! 世に悪行を為す行為許し難し! ここに仏の慈悲をくれてやろう!!」
「くっ! 引け!」
 慌てて偽姫が声を上げると、妖怪たちはそれに従った。潮が引くように現場から姿が消えて行く。
「待て!」
「待ってよ! 他の人を置いて行く気?」
 円戒が追いかけようとするが、マキリがさすがに止める。追撃したくても僧侶たちでは無理だろう。
 最後の一体が闇に消えると、呆けたように僧侶たちが転がる。ちっと、円戒が小さく舌を鳴らした。
「ところでその女は何だ? 先に浮いていた女と瓜二つではないか」
「分からぬが‥‥まぁ、物の怪でも死しているのなら弔ってやろう」
 転がる死体に手を合わせ、土に埋め出す僧侶たち。
 正体はゼルスの持っていた粗忽人形。シャドゥフィールドに紛れて逃げる際、長壁姫の囮として残したのだろう。
 が、それを言い出すとゼルスたちの事を話さねば為らないし、長壁姫についても話さねばならない。しかしそれは、下手をすると妖怪の仲間として一緒に成敗されかねない。
「しかし、あれだけの妖怪が‥‥。あの女もやはり只者でなかったな」
「魔性の姿も多数あった。放っておけば、どんな災いを為すか。即刻探し出し、成敗すべきだ! この事態を上にも報告して、世の安寧の為、動き出さねば!!」
「ああ、円戒の言う通りだ! あのような敵に臆さず挑むし、さすがだなぁ」
「に比べて鬼若は思慮の無い」
「何を!」
 口々に賛美する僧侶に、やけに誇らしげに胸をはる円戒。憤る鬼若。
(「どうやら姫は助かったみたいだけど‥‥ああ、やっぱりこじれてる気が‥‥」)
 マキリは心でそっと泣きつつ、後で人形は掘り出して返しておこうと考える。


 住職・延照に頼まれた性空探しは、とりあえず全く手がかりが無い。そこをまず埋める必要があった。
「知り合いに陰陽寮で調べてもらいましたけど、結構高名な方みたいだったみたいです。支持する貴族さんたちも多くて、都に招こうとした事もあったそうですが、本人はずっと圓教寺で修行していたそうです」
 軍馬で先んじた月詠葵(ea0020)だったが、調査を一通り終えると、やはり同じ目的の神木祥風(eb1630)と合流する。
 百鬼白蓮に調べてもらった資料を読んで貰いつつ、自身の今の成果を報告。
「お城の人も、謎の僧侶さんには関心あるようですが、それよりまず偽姫探しみたいで後手に廻ってますね。出現した場所は確認させてもらってますが、彼らも偽姫の後を追っかけているようです」
 偽姫は神出鬼没で、なかなか捕まらない。その後を追っかける謎の僧侶というのも同じくなかなか捕まらなかった。
「火種がつきそうな武装した村を回って見ましたが、やはり姿を見せてますね。ただ、一人だったり複数だったりしますけど」
 門前払いで追い払われた所もあれば、よそ者である葵にいつでも攻撃できるよう陰から覗いていた村もある。
 表面上に大きな変化は見当たらないだけ、その隠された荒む心根が恐ろしく思えた。
「性空上人は西の方で修行されてたらしく、そちらに縁が深い方のようです。墓も向こうにあるとか‥‥。さすがにそこまでいくのは無理です」
 祥風は性空縁の地を探していたが、どうも決められた日程では到底行けそうに無い箇所も多い。その中でも、何となく気になるのは。
「ただ。ここ姫路では、圓教寺の他に晩年庵を建てられたという寺があります。圓教寺の奥の院とも呼ばれてる場所なので、まさかとも思いますが‥‥行きますか?」
 尋ねる祥風に、少し考えて葵も頷く。
 通宝山弥勒寺は書写山よりも北にある。それなりの山に入るので、あまり近いという感じもしない。
 ともあれ、今の所手がかりらしい手がかりも無い。謎の僧侶も偽姫が動かねば、どうも動きが見えない。
「書写山に封印されていたという何者かの存在‥‥。早く解決しないと、藩主様夫妻や延照様の具合も心配なのです」
「それについては、少し気になる可能性が」
 不安を口にしながら歩く二人。
「動くな」
 その肩にひたりと白刃が当てられる。
 気付けば、何時の間に訪れたのか。後ろに笠を目深に被った僧侶が立っている。その姿からして、偽姫を追いかけていたという僧侶に違いない。
「どうやら我らを探しているようだが‥‥。何者だ! 何故、我らを付け狙う」
 喉を唸らせながら、僧侶が詰問する。
 見た感じ、葵の聞き知った性空像と差がありすぎる。だが、先入観を持つのもなんだと思い、慎重に態度を改める。
「僕たちは頼まれて性空様を探しているのです。‥‥いえ、僕たちもどうしても聞きたい事があるのです」
「何!?」
 僧侶の態度が変わる。やや緊張した態度は、どうやら何か知っている感じだ。
「性空様は、貴族たちの威光も跳ね除け、ただひたすらに仏への徳を詰まれた御立派な方。あの方ならばきっと我らをお導き下さるはず」
「うむむ。確かにあの方は御立派な方だが‥‥」
「そうでも無いぞ。まだまだ未熟の身じゃて――これ、乙丸。刃を退かんか」
「しかし!」
 のんびりと現れたのは小柄な僧侶。その後ろには刃を立てる僧侶と似た体格の僧が付き従う。
「性空上人‥‥ですか?」
「そう呼ばれた事もあったかの」
 祥風の問いに、とぼけた風情で小柄な僧侶が笑う。被った笠を取れば、確かに伝わる性空の姿に似ていた。
 が、開山して姿を晦ますまでの間。そして、それからもそれなりの年月が経っている。その割にはまるで変わってないように見える。
「真に性空上人でしたら。教えて下さい。姫路藩に今何が起こっているのですか? 延照様は書写山に何かが封じられていると仰ってましたが、それは? 藩主様達のお加減も悪く、此れからどのようにすれば良いのかお考えを聞かせて下さい」 
「うーむ」
 言葉走らせる葵に、性空は困ったように額を掻いた。
「実はわしも詳しい事は知らぬ。もっと古い者たちの話だからの」
 返った答えに落胆したが、構わず性空は話を続ける。
「かつてこの地は荒ぶる地だった。その王たる者はその力を持って神として崇められ、人々を従えた。だが、やがて争いが起きて王は破れ、山に封じられた。彼が再び見えぬよう、人々はその山で我らに祈りを捧げ続けたのが書写山のそもの始めであるらしい。人の内では失伝したそうじゃがの」
 何でも無い事のように告げられて行く内容に、二人そろって目を剥く。
「封じられし王の名は羅刹天。破壊と滅亡、暴力を欲望とし、人々をそこへ導こうと誘惑する神。世にいる羅刹たちの王とも言われるかの」
「ま、待って下さい。羅刹の王という事は、では!」
「うん。デビル、とも言われるの。藩主の症状。聞いた限りでは、奴らの使うデスハートンで間違いなかろうて。もっとも、奴が使ったのかは分からぬがの」
 やはりあっさり告げられ、祥風の顔が引き攣る。
 北方諸藩は黄泉人の脅威に曝されているが、状況からして彼らが入り込んだわけでは無さそうで。ならば、デビルの可能性を疑ってはいたが‥‥。
「とまぁ、わしが知る知識なんぞこの程度じゃよ。出来る事はもっと少ない。その封印が長きに渡り綻びかけていたようなので、わしは圓教寺を建て少しでも封印が続くよう祈っておったが‥‥」
 ふと性空の言葉が途切れる。浮かぶ表情は嘆くようなすまながるような。
「デスハートンならば、魂を奪い返す以外に救う手はあるまい。‥‥どうにか話し合いで分かってくれるとよいのじゃが」
「ですから。そういうのが聞く相手とはございません!」
「いやいや。心がある以上、必ずいつかは聞き入れてくれよう」
「いつかっていつですか!!」
 困りながら告げる性空に、傍の僧侶二人が声を荒げている。

 性空上人への連絡だが、これがまた難解を極めた。というのは、彼は人と接するのを極力避けようとしたからだ。
 結局、冒険者たちが城に来たならば、なるべくこちらから連絡を取るようにするという事で決着をつけた。
 事態は動いているが、状況は良いとは言えない。
 気がかりを残しつつ、今は姫路を去るのみである。