【裏切り者に死の贖いを】急
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■シリーズシナリオ
担当:勝元
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:06月28日〜07月03日
リプレイ公開日:2005年07月09日
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●オープニング
見つけた、ついに。間違いない。
築き上げたささやかな何もかもを捨てた。方々を訪ね歩いた。かつての仲間と傷つけあった。様々なものを喪った。此処まで長かった‥‥。
――これ‥ね。‥‥私の‥故郷に‥‥約束、だからね‥‥。
その脳裏を過ぎるのは、在りし日の幻像。喪われた魂に対する約束。束の間の安らぎを踏み躙った自分への戒め。
‥‥裏切りの、代償。
黒衣の青年が足取りを速める。その表情は安堵と、そして寂寥感に彩られていた。
その村の手前、街道の彼方に見知った人影。黒衣の女の名は、不知火といった。
「‥‥逃げろ、ファウ」
腰の二刀に手をかけ、すっと腰を落とすと、その傍ら、シフールの少女から怯えの気配が伝わる。
‥‥やはり、すんなりとは行かないか。青年の顔が苦く歪む。かつての友の手裏剣で傷付いた片目がひらく事は、当分ないだろう。即ち、一対一であっても勝ち目は薄い。
『あら、待ちなさいよ』
だが女は攻撃する気配を見せず、淡々と青年に話しかけた。
『この先にアンタのお目当てがあるのは判ってる。あの女の故郷でしょ、ここ』
『‥‥』
『何で知ってるんだって言いたそうな顔ね。アンタたちと違って、アタシはそれが専門だからね』
『‥‥せめて一刻。見逃せ、と言っても無駄なんだろうな』
『条件次第で考えてもいいわ。まだ此処の事は、鎌鼬に話してないし』
『‥‥条件?』
『そう、条件‥‥』
それまでと打って変わった猫なで声。女の目が艶かしく光った。
『アタシと二人、今すぐ遠くへ逃げるの。そこの小娘も、何もかも棄てて』
お互いもう戻れないのは一緒じゃない。だったら、と女は持ちかけた。ジャパンより遠くノルマンまでの片道切符。彼らは、所詮使い捨ての道具に過ぎないのだ。
『それは、出来ない』
『なんでよ! あの女の時は何もかも棄てたくせに!』
『‥‥すまん』
短く謝る青年に、女は激情の言葉を叩き付ける。
『だったら、此処は通さない! アンタを殺して‥‥アタシも死ぬ!』
『‥‥それも願い下げだ!』
身を翻し、肩にしがみ付く少女を伴って青年は駆け出す。
女は追ってこなかった。
だが、その視線が背中に何時までも突き刺さっているような気が、した。
冒険者ギルド。
「‥‥護衛を頼みたい。出来れば先日の冒険者が望ましいが、贅沢は言わん」
ややたどたどしいゲルマン語を操って、黒衣の青年――草壁豹馬は言った。
「目的の場所は歩いて一日半程のブレンと言う小さな村だ。そこまでに、必ず襲撃があるだろう。近付けば近付くほど、その公算は高くなると思ってもらっていい」
青年は村の手前であった経緯を受付嬢に話すと、改めて説明を続けた。
「あの時は一人だったが、不知火は本来、単独戦闘を好まない。色香で手懐けた夜盗の類を従えてくる公算が高いだろう。のみならず、鎌鼬もいるに違いない‥‥」
淡々と情報だけを告げる青年の表情に、苦渋の色が垣間見えた。
「出来る事なら‥‥これ以上、かつての仲間を傷つけたくはない‥‥」
全ては俺が悪いのだ、と青年は漏らす。
「俺は裏切った。里を。仲間を。そして‥‥一番大事なものに気付く前に裏切り、裏切ってから気付いた。‥‥負債はいずれ俺の命で贖う事になるだろう。だが、その前に果たしたいのだ」
俺の中に残った、たった一つの約束。これだけは、もう裏切れない‥‥
青年は深々と頭を下げると、宜しく頼む、と一言残して踵を返した。
●リプレイ本文
●急ノ序
見晴らしのいい街道を、六人の男女が往く。
「依頼遂行の為に敵の情報は欠かせません」
以前に何があったのか、仲間の性格や自分に対する感情‥‥荷物を括り付けた愛馬の上からエリーヌ・フレイア(ea7950)が尋ねる。本当は荷物の中に隠れる予定だったが、それだと馬が操れないので諦めた。荷物もシフールにしてはかなりの量があるので、仕方ない事だろう。
草壁豹馬がそれに答える。常の黒装束を脱ぎ有り触れた旅装束を着込んでいるのは、後続の囮を生かす為だ。
「‥‥鎌鼬は冷静にして冷酷、任務達成の為なら赤子でも殺す。不知火は感情的になりがちだが、頭が切れ人を使うのが上手い」
僅かに歪む青年の表情をエリーヌの青い瞳は見逃さなかった。
「なるほど。目的が最優先ですが‥‥出来れば穏便に済ませたいものですね」
「‥‥のぅ、ヒョウマ。ジャパンでは何があったのじゃ?」
続いて口を開いたのはリサー・ムードルイ(ea3381)だ。
「無理強いするつもりは無いが、あやふやなままでは儂等も動き辛いのじゃ」
別にプライベートまではよいが、と言いつつも興味津々である。
「‥‥奴等が追ってきたのは、俺が里を抜けたからだ」
共に死線を潜り抜け、固い絆で結ばれた仲だと思っていた‥‥そう青年は語る。
「とりあえず、女心には疎そうじゃの」
リサーがぽそっと小声で呟く。もう少しドラマチックな話を期待してたりしたが、その辺の話は省略されてしまったようだ。
「‥‥よく朴念仁と言われた」
しかも聞こえてるし。
「まあ胸の内など深い事は、やはり当人から話す気になるまで踏み込まぬがいいかと思うが」
簡単な変装にと髪飾りの余りを使い、見事な黒髪を腰の辺りで結んだカノン・リュフトヒェン(ea9689)が助け舟を出す。
背負う事情の一端は見えている。ならば大事なのは過去ではなく、現在の状況‥‥必ずあるであろう襲撃を逸早く察知すべく、女の視線が鋭く周囲を切り裂く。
「いや、全ては俺が悪いのだ。里を、仲間を裏切ったこの俺が‥‥」
「何が大事なのか‥‥気づくのは難しいもんだね」
青年に共感したのか、法条靜志郎(eb1802)が頷いた。
「俺には、豹馬の見てきたものは見えない。でも‥‥男だからな。譲れないモンがあるって事、なんとなく分かるよ」
男の目が決意の色を帯びた。その想い、果たさせてやりたい。きっと、その後なんだろう。まだ守るものが残ってるのか見えるのは‥‥だから今は、進むだけだ。
「目的を果たした後、それからどうしますか?」
眺めていた地図から目を上げ、ふと思いついたようにベルティアナ・シェフィールド(eb1878)が尋ねる。その手の地図は、豹馬が描いた概略程度の簡単な物だ。本当は地形まで記された詳細な地図が欲しかったのだが、入手手段がなかった。
「まさか命の恩人のファウさんを置いて、勝手に居なくなったりしませんよね?」
「あぁ」
気遣わしげな瞳を向ける乙女に青年は苦笑いを一つ、浮かべた。
「大丈夫だ。約束しよう」
と。
「そ、それにしても皆の集‥‥もう少し風景を楽しみながら旅をせぬか?」
リサーがぜえはあと息を切らす。お馴染みの強がりに、一同は小さく笑った。
一方、囮である後続の冒険者達は街道をやや外れた草原を進んでいた。先行班は裏の裏をかいて堂々と街道を進んでいるから、まるっきり目立たないと囮の意味がない。逆に目立ちすぎても不自然だったりして、悩ましい所だったりする。
「‥‥遂に豹馬の目的地、か」
魔弓を片手、シアン・ブランシュ(ea8388)が呟いた。詳しい事情は結局聞けずじまいだったが‥‥。
「はなせ、バカー!」
と、甲高い声にシアンの思考は寸断された。
声の主はぶんぶんと空中で暴れるシフールの少女、ファウだ。全速で前に飛ぼうとしているのに一向に進まないのは、その足に紐が括り付けられているからである。
「ファウ、ケガする‥‥ヒョウマ、苦しむ‥‥ここにいる、ファウ‥‥安全」
満面の笑みで紐を握っているのはチェムザ・オルムガ(ea8568)だ。どうやら彼が少女の足に紐を括り付けたらしい。
「ボクはヒョウマの傍にいなきゃいけないんだよぅ!」
「‥‥あのねぇ‥‥」
自分で紐をほどけとかペットじゃないんだから結ぶなとかつーかペットでも結ばないだろとか言いたい事は山ほどあるが、何処から突っ込んでいいか判らずに頭を抱えるシアンである。
「‥‥まぁ、ある意味で微笑ましいが」
目深に被ったフードの奥、伊勢八郎貞義(ea9459)が言った。何時もより言葉が堅いのは変装の為。先行している豹馬と同じ服装なので、一見では判り難い。フードに遮られ、くぐもった声がそれに拍車をかけていた。
「これはね、二人の安全の為でもあるの。だから私達を信じてくれないかしら?」
「ぅ゛〜」
気を取り直して説得するシアンの声に、少女が渋々と降りてくる。
「ファウ君も離れるのは不本意でしょうが、ここは一つ御協力願いますぞ」
貞義が小声で囁いた。先刻から、街道をチラホラと通り過ぎる人々の視線を感じる。悪目立ちしていなければいいのだが。
「わかったよぅ‥‥」
「暑いかもしれないけど我慢我慢♪」
なにやら楽しそうに毛布の下へ少女を隠すシアンだ。
『しかし‥‥』
少女が大人しくなると、貞義はジャパン語で誰ともなく呟いた。
(「里を裏切り追われてまで異国に渡り、命を賭してまで為さねばならぬ用でありますか‥‥」)
『是が非でも此方の作戦に乗って貰わねば、な』
●急ノ破
「‥‥?」
最初に違和感に気付いたのはカノンだった。つい先程、談笑しながらすれ違った男達の視線が妙に引っかかったのだ。
一同は目的の村まで、あと少しといったところまで来ている。敵の可能性が高い。
「‥‥来るぞ」
小声で仲間に警告、一同が瞬時に迎撃体勢を整えると、やや遅れて前方から現れる黒衣の女と数人の男。不知火である。
「あら、用意がいいわね――!!」
――ジャッ!
小さく笑おうとした不知火の顔が凍りつく。先手を打ったリサーの電撃が、手下の身体を貫いたのだ。
「戦乙女よ、ヒョウマさんに御加護を!」
ベルティアナは小さく祈りを捧げ、身を翻して襲ってきた男達を迎え撃つ。豹馬を背に庇い、一歩も引かぬ構えである。
その後ろ、エリーヌが力ある言葉を唱えると、放たれた電撃が敵に突き刺さる。本当は大量に持ってきたスクロールを効果的に運用したかったのだが、生憎と荷物の中。取り出している余裕は無さそうだった。
並んでリサーが電撃を放つ。後方の敵はベルティアナとカノンが抑えている。雑魚とは言え、完全に包囲されると厄介だ。その前に前方の敵を減らしておかねば。
その二人を護るように靜志郎が立ちはだかる。剣は不得手だが数さえ減れば夜盗程度、防御に専念すればなんとかなるだろう。迫る男達に青年の目が鋭く光る。
――ザザンッ!
カノンが振るう、煌く銀光。瞬く間に夜盗が一人、斬り倒された。
「‥‥やるわね‥‥」
不知火が呟いた。腕が違うのはある程度判ってはいたが‥‥。しかし、数の上ではまだ優勢だ。更に自分には切り札がある。女は印を組むと、何事か呟いた。
――ぼんっ!
「な‥‥!!」
驚愕でエリーヌの目が見開かれる。
電撃に倒れた男の背を踏み越えるように、巨大な蛙が現れた。
一方、後続の冒険者達も、鎌鼬率いる一団の急襲を受けていた。
「ぬぅん!!」
――ゴゥッ!
大剣を担いだチェムザが、渾身の力で振り回す。猛烈な速度で空を切り裂いたそれの巻き起こす旋風が、襲いかかる男達を数人、薙ぎ払った。貞義のオーラが宿っているのもあって、男達のダメージはかなりのものだ。
――ドッ!
傷付いた敵に、容赦なくシアンが魔弓の追撃。人数で劣る以上、手心を加えている余裕は無いのだ。
『くたばれ、豹馬ァ!』
――ヒュヒュッ!
鎌鼬が叫ぶと、その手から二枚の鉄片が放たれる。鉄片は吸い込まれるように命中し、うち一片が貞義のフードを弾き飛ばした。
『‥‥貴様!』
『やや。ばれましたかな、残念残念っ』
刻まれた傷に顔を顰めつつも、貞義はおどけたように返し、眼前の相手にナイフで切りつけた。
「‥‥チッ、行くぞ!」
舌打ちを一つ、此処に用は無いと言わんばかりに鎌鼬が身を翻す。
「させない!」
先行班へ向けて駆け出す鎌鼬の背に、シアンが魔弓を放った。
――ドッ!
『ぐっ‥‥』
鎌鼬は背中に突き刺さる矢を無視して駆ける。
「妄執じみてるわね‥‥」
近寄ってきた敵の攻撃をなんとか避けてバックステップ、女は呟いた。
と。
――バシャッ。
男達の身体がぬめる液体に濡れる。貞義が見舞った、油の洗礼である。
「さて。黒焦げになるか、さっさと逃げるか。どちらがお好みですかな?」
男達は瞬時に怖気付いた。所詮は金で雇われた夜盗の類、命より仕事が大事な輩などいないのだ。
「遠慮‥‥よくない。オレ、潰してやる」
タイミングよく、チェムザの脅し文句。言った本人は本気に違いないのだが効果は覿面、男達は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
●急ノ急
――ギィン!
振り下ろされた剣を受け止めた靜志郎が、不知火に話しかける。
『女性に追いかけてもらえるってのは、羨ましい事だよ‥‥こんな形じゃなければね』
『うるさいっ!』
――ブンッ!
「‥‥ぐぅっ!」
大蝦蟇の一撃が青年を襲った。夜盗の相手で手一杯だった靜志郎は受ける事も叶わず、その一撃をまともに喰らう。
――ギャギャン!
よろめく靜志郎を追撃すべく剣を振り上げた男を、抉るように突き抜ける二条の電光。堪らず男は大地に臥した。
「それだけ想っているのなら、己を磨けば良いものを!」
エリーヌと共に、靜志郎の窮地を電光で救ったリサーが叫ぶ。
「己が魅力の不足に目を背け、血化粧で誤魔化すなどは愚の骨頂。そうじゃろう!」
「乳臭い小娘に何が判る!」
少女の目論見通り、女は挑発に乗った。大蝦蟇に命じ、標的を靜志郎からリサーに変える。
「っと、儂の得物は刃にあらず。そっちの相手はこれがするのじゃ!」
慌てて靜志郎の後ろに隠れるリサー。苦笑いと冷や汗を同時に浮かべると、青年は言った。
『全てにケリが付けば、彼もあなたの事も見えてくるんじゃないかな‥‥きっと』
『‥‥そんな都合よく行くわけ、ないでしょ』
大蝦蟇の動きを止め、少し肩を落として呟く。
「まあな」
「だから朴念仁って言われるんですっ」
ボソリと呟いた豹馬に、ベルティアナが剣を振るいつつ突っ込んだ。
『豹馬ァァァ!』
怨嗟の声を響かせ、鎌鼬が駆ける。血に濡れた装束も、男の動きは切れを失っていない所を見ると、大方ポーションで傷を回復させたに違いない。
「来たか‥‥!」
カノンの目が険しさを増す。練達の手捌きで眼前の夜盗を斬り倒すと、残りは仲間に任せ、男の前に立ちはだかる。
「ヒョウマさん、行って下さい!」
ベルティアナもまた、ヒョウマの背を庇うようにして逃がす。
「行きなよ、豹馬!」
夜盗を抑えた靜志郎が促す。駆け抜ける青年に不知火が反応するが、
『やはり駄目なのか、不知火‥‥?』
靜志郎の声に逡巡、動きを止める。その様子に夜盗も動揺し、結局後を追おうとはしなかった。
『邪魔だ、貴様等!』
駆ける鎌鼬の手から放たれる、二つの鉄片。
(「毒と正確さはあれど、単純な威力は低い。ならば‥‥!」)
――バサッ!
カノンがマントを振るう。包み込むようにして叩き落す腹だ。
「っ!」
――ザクッ!
その肩口に、一枚の鉄片が突き刺さっていた。着眼点は良かったものの、慣れぬ業には無理が付きまとう。一本落としただけでも僥倖だろう。
「‥‥だが!」
時間は稼げる。突破する時間をもぎ取れさえすれば、それでいいのだ。
『‥‥ちっ』
舌打ちを一つ、男は迂回しようと進路を変えた。あの女は厄介だ。間合いに捕らえられる事はまずないが、迂闊に踏み込めば最後、その剣から逃れる術は無い。男の目に、駆ける豹馬の背が映った。
『‥‥おおおお!』
懐から鉄片を抜くと同時に投擲。放たれた黒い閃光は、都合四つ。
「‥‥いけないっ!」
――ドドドドッ!
瞬時の判断でベルティアナが飛び込み、身体で全て受け止めた。
『駄目か‥‥』
既に豹馬の姿は見えなくなっている。冒険者達にしてやられた、という事だ。
『あんた、これ以上やっても惨めなだけだろ?』
『貴様等に俺達の何が判るっ!』
靜志郎の言葉に、鎌鼬は鋭く、だが何処か力なく叫んだ。
『任務だ! これだけが生きる目的なんだ!』
思い悩むように戦意を失った不知火を伴い、鎌鼬は姿を消した。
冒険者達は後を追わなかった。
村の片隅。小さな墓地に、青年は佇んでいた。
「祝杯、になるのでしょうか。約束を達成したお祝いです」
「――よく判ったな」
不意に差し出された日本酒に、青年は振り返った。その視線の先に八名の冒険者と、シフールの少女が一人。
礼を述べてエリーヌから酒を受け取ると、青年は語りだした。
「冒険者だった。任務の最中に知り合った。短い逢瀬だったが満ち足りていた。そして、任務に巻き込まれ、死んだ」
致命傷を与えたのは鎌鼬だが、止めを刺したのは自分だ。そして全てを捨てて里から転移護符を盗み出し、ノルマンへ渡った‥‥。
「全ては俺の身勝手から始まった事。咎は俺にあるのだ」
「覆水盆に還らず、ですな」
彼一流のしたり顔で貞義が述べる。
「省みる事は良いですが、なれば後は前に進むのみでありますぞ。我々は死なせる為に此処まで守った訳ではありませんからな。そこはお忘れなき様お願い致しますぞ」
「気付いても取戻せぬ彼岸へと歩を進めてからでは遅い。同じ過ちを繰り返す事こそ、無責任では無いだろうか‥‥ファウを、遺すな」
「同じ過ち、か‥‥」
カノンの言葉に視線を落とし、考え込むように呟く青年。
「‥‥ま、一人じゃないんだしこれからゆっくり考えなさいな」
その肩をポン、と叩いて、シアンは片目を瞑った。
「ね、ファウ♪」
「うん♪ ‥‥あれ?」
真似をしようとして両目を瞑る少女に、一同から自然と笑みが零れた。
●急ノ了
帰途、夜営の最中。
「――マ! ヒョウマぁぁ!」
泣き声に一同が目を覚ますと、少女の手に一通の置手紙。見張りを買って出る振りをして姿を消したらしい。
『我が事、成れり。
冒険者の皆、此処までの尽力、感謝する。
また会い見えるその日まで壮健なれ。
ファウ、此処でお別れだ。これこそがお前を護る最良の手段と考える。
死に逝く訳では無い。最期のその時まで足掻く心算。
――これが最後の裏切りだ。許せ。
草壁豹馬』
「ダメ‥‥ヒョウマ、見つからない」
チェムザが沈痛な顔で告げた。すぐに周辺を探してみたものの、青年の行方は杳として知れなかった。
「嘘吐き‥‥」
瞳を落とし、ベルティアナが呟いた。
『‥‥馬鹿野郎が!』
拳を握り締め、靜志郎が搾り出した声は夜闇に吸い込まれていった‥‥。