【孤児院のアリア】第三話

■シリーズシナリオ


担当:勝元

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月15日〜11月22日

リプレイ公開日:2005年11月23日

●オープニング

 ――あれから少し経った。
 外観からはさほどでもなかったが、内部の状況は酷い有様だった。
 焼け落ち、炭になった馬房柵。焦げ付き、煤がこびり付いたレンガ。床一面に転がる屍骸。馬小屋は少々‥‥いや、かなり使いがたい状況になっている。
「まぁ、これはこれで大変だがな」
 炭化した柵の一つを軽く小突き、草壁豹馬は苦笑いを一つ。だが、ある意味でまだマシな状況とも言える。何せ、此処を片付けて命を落とす心配は激減したのだから。
 そもそも、火事になる前はかなり不潔な状況だった。病気などの事を考えたら、結局は内装を一新しなければならない可能性だってあっただろう。今となってそれは仮定でしかありえないが、過ぎた事を悔やむよりもよほど健全だ。放たれた矢は、戻らないのだから。
「俺とした事が」
 馬小屋を出て、ふと、小さく唇の端を釣り上げる。考えてみれば、随分と前向きになったものだ。少し前までは、過ぎた事ばかり大事にしていたというのに。それとも、新たに大切な‥‥。
「‥‥あれは」
 視線の先に見覚えのある人影を見かけ、青年は想念を打ち切った。あそこでファウが応対しているのは、アレは、確か‥‥。
 脳裏を走る不吉な予兆に、青年の足取りは我知らず、速まっていた。

「ゴメンねー、あんましヤクに立てなくってさっ」
「いや、こちらこそ申し訳ない思いだ。何の連絡もないまま尋ねた私が間違っていたのだから。‥‥見送り、感謝する」
 孤児院の前、来客を見送って、ファウは笑顔で手を振った。少し滞空の高度を上げると、男は振り返って軽く手を振ってくれた。
「――あの男は」
「あれ、ヒョウマ」
 駆け寄ってきた青年に気付くと、少女がふわっと彼の肩の上に降り立つ。
「アワてちゃってさ、どうしたの?」
「いや‥‥知り合いに似ていた気がして、な」
 男が去っていった方角を睨むように、豹馬は険しい視線を向けた。

「――ふぅ」
 応接室、机に広げた羊皮紙から顔を上げ、アリアは軽く溜息をついて背もたれに身体を預けた。
 集中できない。これを纏めてしまわないと、収支バランス(まぁ、ほぼ全部が出費だったが)が把握出来ないというのに‥‥。
 少女は一息入れようと、お茶の入ったカップを手に取り、何気なく先ほどの来客を思い出した。
 さっきの人には悪い事をした。せっかく尋ねてきてくれたと言うのに、何の役にも立てなかったのだ。まぁ、古い知人を訪ねて来たという事だから、新参の自分たちにはどうしようもないのではあるが。
 そういえば、礼拝堂で「ほう」や「ふむ」などと妙に感心していたっけ。きっと、父の信奉者なのだろう。古い友人とやらも、前に住んでいた司祭あたりに違いない‥‥。
「‥‥そうね‥‥」
 少女は取りとめもない思考に適当な辻褄を合わせると、羊皮紙上の上で待ち構える数字との対決を再開した。
 もうすぐ、冒険者たちが尋ねてくる。それまでに、何とか整理しておきたい。畑のハーブはどうやら根付いたようだったから、そのあたりが少しでも収入になってくれると助かるのだが。

 ――夜、森のどこか。
「い、行ったか、アイツラ」
「と思うけど‥‥」
 繁みに隠れ、ロイとレオ、二人の少年は声を潜め、囁きあった。
 冒険者から教わった罠で、野ウサギでも捕らえようと思ったのが始まりだ。
 どうせならナイショにして皆をオドロかせようよと言い出したのはレオであり、オマエにしちゃ珍しくいーことゆーじゃねーかとそれに乗ったのはロイである。まさか、森にオーガが迷い込んできているなどとは思いもしなかったのだ。少年らしい冒険心の発露は、結果として厄介な状況を生み出していた。
「ったく、何でオレがこんなメにあってんだっつーの‥‥」
「ブツブツ言わないでくれよ、おなかにひびくから」
「ハラへってんのはイッショだっつーの! だいいちオマエがいーカッコしようとしなければだな‥‥」
「大きな声だすなよな、きづかれるだろっ!」
 二人は互いの声量に驚き、一瞬にしてぴたと言葉を打ち切ると、繁みからそうっと顔を出して外の様子を覗き見た。
 見上げれば、樹上には一つの大きな影。強靭な爪で太い枝を掴み、鋭き嘴に咥えられたるは肉塊。それは二人を襲ったオーガの成れの果てだ。
「あれ、森のマモリガミ、だよな‥‥」
「‥‥だろうね、ボクたちを助けてくれたんだし」
 三体ほどのオーガに追われた少年たちは、すんでの所で巨大な梟に救われたのだ。空からの急襲に驚いたのか、オーガは戦意をなくし、後ずさりをしながら姿を消して‥‥そして今に至る。すぐに孤児院まで逃げれば良かったかもしれないが、辺りをオーガがうろついているかもしれないと思うと、とてもじゃないが恐くて動く事が出来なかったのは仕方ない事だろう。
 ――バサッ!
 数度の羽ばたきと共に、守り神が巨大な翼を広げ、夜空に飛び立つ。
「あ、いっちまった‥‥助かったぜ、なんだかオッカナかったしよ」
「‥‥あの、さ」
「なんだよ」
「つぎはマモリガミさま、助けてくれるのかな」
「‥‥ヤバイときにツゴウヨクもどってきてくれれば、な」
 二人は顔を見合わせると泣きそうになった。どうやら、繁みから動く事は出来そうにもないようだった。
 寒さに小さく震え、我知らず身を寄せ合う。採取した木の実があるのがまだ救いだ。これを食べていれば、しばらくはここにいられるだろう。

●今回の参加者

 ea4090 レミナ・エスマール(25歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea6284 カノン・レイウイング(33歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea6832 ルナ・ローレライ(27歳・♀・バード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea7976 ピリル・メリクール(27歳・♀・バード・人間・フランク王国)
 ea9150 神木 秋緒(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2419 カールス・フィッシャー(33歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

白岐 三叉尾丸(eb1635

●リプレイ本文

●行方
「‥‥どこ、行ったのかしら‥‥」
 早朝、孤児院へ辿り着いた一同を待ち受けていたのは、不安げに孤児院周辺を歩き回るアリア・バルナーヴの姿だった。
「アリアちゃん、どうしたの?」
 明らかに普段と様子の異なる友人を見咎め、ピリル・メリクール(ea7976)が声をかける。
「ピリル‥‥」
 振り向いた赤毛の少女は、冬のか細い陽光を照り返す金髪に目を止めると、今にも泣きそうな顔でうったえた。
「‥‥ゆ、昨夜からレオとロイが‥‥帰ってこないの‥‥」
「‥‥レオにロイが行方不明!? どう言う事なの?」
 神木秋緒(ea9150)が緊迫した声を上げる。既に冷え込みも厳しくなってきている時期だ。迷子になっているとしたら体力が心配されるし、万が一人攫いの類に攫われでもしていたら‥‥。
「‥‥昨日、午後から姿が見えなくなって‥‥二人で遊びに行ったと思っていたんだけど、日が暮れても帰ってこないの‥‥」
 秋緒の勢いに押され、少女は焦りながらも状況を説明しようした。
「‥‥この近辺は探してみたんだけど‥‥どこにも‥‥どうしよう、あの二人に何かあったら、私‥‥わたしっ」
 よく見れば目を赤く腫らして、表情も憔悴しきっている。どうやら一晩中探し回ったようだ。
「落ち着いて」
 秋緒は動揺する少女と自分を落ち着かせるように言った。
「貴方がしっかりしないと、残った子供達も動揺してしまう。勿論捜索には協力するから」
「‥‥うん‥‥」
「月に確認できればいいのですが‥‥」
 腕組み、顎に手を当ててルナ・ローレライ(ea6832)が呟く。過去見の魔力は便利だが、自由度が非常に高い為に微妙なコントロールが必要になる。適当な時間を指定しても、魔力と時間を消費するだけで終わるのは明白。過去からたった10秒間の必要な映像を抜き出すには、ある程度正確な時間把握が必要不可欠なのだ。
「残った子供と言えば‥‥エリーとヴィーは、なんて言ってました?」
 レミナ・エスマール(ea4090)の問いに、少女は頭を振った。
「まだ、何も‥‥心配させちゃいけないと思って‥‥」
 二人の少女はまだ寝床の中のようだ。
「聞いてみた方がいいですね。何か、言っていたかもしれないですし」
「‥‥すぐ、起こしてくる」
 少女は踵を返し、住居棟へと駆け出した。

「なー」
 朝早くからアリアに叩き起こされたヴィーは、寝ぼけ眼をこすりこすり、一同の前に姿を現した。猫のような声を出しているのは、まだ夢の世界に片足を突っ込んでいるからだ。
「ぐすっ‥‥おにいちゃん、どこ‥‥?」
 一方のエリーは既に半泣きになっている。長時間兄と離れているのが不安になったようだ。
「昨日、レオとロイがどこか遊びに行くとか言ってませんでしたか?」
 そう、レミナが尋ねるものの。
「おにいちゃんにきらわれた‥‥うわあん」
 子供ながら頭の回転が速いエリーは一同の様子から兄が行方不明である事を察して早とちり。
「‥‥なー?」
 ヴィーに至っては寝ぼけてて会話不可能だったりする。
「こ、困りましたね‥‥」
 これには流石のレミナも頭を抱えた。数字相手なら決して遅れを取らない彼女だが、子供相手ではいささか分が悪いようだ。
「大丈夫、お兄ちゃんはそんな子じゃないからねっ」
 ピリルは優しく笑んでヴィーの頭を撫でると、もう片方の手でヴィーの頭を鷲掴み。
「‥‥おはよう、ヴィー?」
 ああ、爽やかな朝に眩しい笑顔。だというのに素敵な怖さは何故。
「ひゃ〜! 思いだした、思いだしたよぉ」
 驚いたのか、一気に目覚めるヴィーである。
「えっとぉ‥‥レオちゃんがねぇ、『森にいって皆をオドロかせようよ』って言ってたの、きいたよぉ」
「それは、いつぐらいですか?」
 間髪いれず、ルナが尋ねる。
「んー‥‥エリーとお昼寝してたときかなぁ」
 相も変わらずのんびりした口調で少女は答えた。恐らく二人は昼食後に抜け出したのだろう。幼いエリーと違って、ヴィーは眠くならなかったのだが、少年たちはそれに気付かなかったらしい。
「全く、困ったものです」
 苦笑いを一つ、カノン・レイウイング(ea6284)は呟いた。
 無知なるがゆえの無謀な好奇心は、弟で身にしみて理解させられている。当時だって充分苦労させられたものだ。弟は冒険者を志したが、彼らも案外その道が向いているのかもしれない、等としみじみ感じ入るカノンである。
「確かに森に向かっていますね」
 時間関係を把握したルナが過去見の魔力を行使し、間違いない事を確認する。
「ふむ‥‥子供の足ですから、そう遠くへは行っていないでしょう」
 カールス・フィッシャー(eb2419)は状況を冷静に分析している。
「森に行ったのならば、痕跡が見つかるかもしれませんね‥‥急ぎましょう」
「貴方たちは、アリアさんと一緒に待っているのですよ?」
 子供たちにルナが言い含めると。
「‥‥あの二人を、お願い‥‥」
 アリアは頭を、小さく下げた。

●捜索 
「レオー! ロイー!」
 呼び声が森を木霊する。
 捜索は難航していた。やはり、広い森の中から少年二人を見つけ出すのは並大抵の事ではないのだ。
「これは‥‥」
 繁みをガサゴソとやっていたカールスが、何かを拾い上げる。
「‥‥小動物用の罠ですね。間違いない、私が教えたものです」
「この辺りにいたのは確かみたいね」
 周囲の気配を探りながら、秋緒が答えた。全感覚を総動員して周囲に気を配ってはいるものの、まだお目当ての存在を掴むには至っていない。
「もっと奥かしら?」
「近くに反応はないです。意識があればですけど‥‥」
 月の魔力を行使して周囲に思念を飛ばしてみたピリルだが、こちらも反応はなし。範囲内にいないか、いても意識がないか、だろう。森の広さを考えれば、テレパシー単体では博打同然だから、無理もないといえるが。
 ――恵みもたらす優しき森の友
 不意に、透明な歌声が響いた。
 ――森に住処を持てし小さき動物さんたち
 皆の視線が一点に集まる。両手を広げ、小さく胸を張るようにして朗々と歌っているのはカノンだった。
 ――森の樹木に翼休める小鳥さんたち
 木々の間を木霊し、旋律が踊るように駆け抜けていく。音色に誘われたか、一匹の野鼠がやや離れた繁みから顔を出した。
 ――どうかわたくしの元においでになってお話を聞いてくださいな
 木々の枝に、数羽の小鳥が姿を見せた。と、女が広げた両腕に小鳥が一羽舞い降り、そこでメロディーは途切れた。
 群を抜いた歌唱力故か、それとも月の魔力の効果か。しん、と水を打ったような静けさが辺りに満ちた。
 と、カノンの肩にとまっていた小鳥が小さな羽ばたきと共に飛び立ち、少し離れた小枝の上に降り立つと、小さく、だがはっきり鳴いた。
「子供二人ならあっちに行ったそうですよ」
 ふんふん、と鼻で頷いていたカノンが言った。旋律の魔力が途切れる前に、テレパシーを行使したらしい。
「‥‥獣道、ですね。確かにあります、小さい足跡が二人分」
 小枝の下、カールスが見つけた足跡は森の奥へと向かっていた。
「行きましょう。この分だと、奥に入り込んでしまっているかもしれません」
「大したものですねぇ」
 感心したかのようにレミナが呟いた。

 獣道を抜けると、やや開けた場所に出た。
「あれは‥‥?」
 先頭に立っていたカールスが繁みに引っかかっている布の切れ端に目を止め、小走りに近付いた。
「それ‥‥ひょっとして、ロイかレオの服じゃ?」
 ピリルの問いに、青年は黙って頷いた。
「何があったのかしら‥‥」
 秋緒が首を傾げる。
 と、その時だ。
「しっ。‥‥足音が‥‥」
 周囲の物音に注意を払っていたルナが、一同に注意を促した。
「この大きさ、子供じゃありません。これは‥‥」
 ――ガサッ、ガサガサッ。
 女が集中すると同時、繁みを掻き分け、姿を現すは青銅色の肌。
「あれは、オーク!」
「オーガです」
 レミナの叫びにカールスがサクッとツッコむ。似たような名前だしいいじゃないですか、と少女はブツブツ言ってたりするが、オークよりオーガは大分強い。知識は時に命を左右する事もある重要事項なのだから、突っ込まれても已むなしだろう。もっとも、カールスにしたところで偶々知っていたという域は出ないし、レミナだって単なるカンチガイだったりするのだが。
「できればやり過ごせればよかったのですが‥‥」
「いえ、後顧の憂いがないに越した事はありません」
「そうね、この程度なら物の数じゃないし」
 呟き、慎重に後退するカノンを庇うように、カールスと秋緒は抜刀した。問答無用で駆け寄ると、二人同時、愛刀を青銅色の肌へ叩きつける。
「ウゴウ、ガグゥゥム」
 苦悶の声。オーガはたたらを踏むと、力任せに横殴り、右手の金棒を振り回した。
 ――ギィン!
 だがその一撃は、切っ先を巡らせたカールスに余裕で受け止められていた。力だけならかなりのものだが、所詮はオーガの悲しさ、一匹では高が知れている。何より腕が違いすぎるのだ。
「シィッ」
「はっ!」
 返す刀で袈裟懸け一閃、青年が愛刀を振るえば、裂帛の気合と共に繰り出された秋緒の諸手胴突きも綺麗に決まり、青銅の肌は見る間に朱に染められていく。
「イデァ、イデァ、ヒィィィ」
 為す術なく深手を負ったオーガは、戦意を喪失したのだろう。背中を向け、一目散に逃げ出そうとするが。
 ――ドサッ。
 そのまま、前のめりにに突っ伏し、動かなくなる。
「さ、始末しちゃいましょうっ」
 どうやら、ピリルの放った魔力で眠りに落ちたらしい。無論、それがそのまま永久の眠りに直結した事はいうまでもないだろう。

「‥‥ここでオーガに襲われたのですね。あの子達、奥へ‥‥」
 月の力を借りたルナが呟く。手がかりを得る為、限界まで魔力を消費して手に入れた最後の映像に、三匹のオーガに追われる少年たちの後ろ姿が映ったのだ。
「参りましたね。ここから奥は‥‥」
 刀の血を拭い、鞘に収めたカールスは苦い顔だ。
「‥‥一度も入ったことがない、ですね」
 青年に合わせ、女が答える。今まで森の探索を行った事があるのは、土地感があるルナとカールスの二人だけだ。ただでさえ捜索の難しい森の中、ここから先は更に勝手が掴みがたくなるだろう。
「慎重に、そして大胆に行動しなくてはなりませんね」
 ルナの言葉に一同は頷くと、獣道を踏みしめ、森の奥深くへと踏み入っていった。

●邂逅
 冬の陽射しは気が早い。黄昏の残光は世界を茜色に染め、紺色の帳に取って代わる時が近い事を告げていた。
「参ったわね‥‥」
 普段は怜悧な秋緒だが、その表情には焦慮の色が滲んでみえた。
「恐らく、こっちに行った筈ですが‥‥」
 カールスの言葉も今は頼りなく響く。追われ、逃げ惑った際に出来たであろう痕跡を追走しているのだが、先が見えない以上、どうしても不安が先に立つ。
「‥‥」
 先刻からピリルは一言も口を利いていない。テレパシーに集中しているのだろう。
 状況はルナも似たようなものだった。こちらは物音に神経を研ぎ澄ませているが、聞こえてくるのは一同の足音や、遠くから聞こえる鳥の鳴き声ばかりだ。
 と。
「‥‥あ」
 ぴく、とピリルが反応した。

 ――繁みの中。
「‥‥ハラ、へったなぁ」
「‥‥うん‥‥」
 力なくロイが呟くと、それに輪をかけてか細い声でレオが頷いた。
 この繁みに潜んでほぼ一日経つ。木の実を齧って飢えを凌いではいたが、それももう尽きていた。昨夜の寒さは運良く耐える事が出来たが、これ以上は‥‥。
「‥‥あんなでも、ブランのめし、ウマかったんだなぁ」
「‥‥煮てあるからね‥‥」
 どうやらかなりの極限状況らしい。
「‥‥ってオイ、しっかりしやがれレオ。寝てんじゃねーよっ」
「‥‥ロイ、僕が死んだら、エリーの事はたのむな‥‥」
「かってに気分出してんじゃねーよ。テメェじゃなきゃダメに決まってんだろーが‥‥」
 と、呆然とするレオを揺さぶりかけるが。
「‥‥いま‥‥」
「‥‥うん、聞こえた」
 脳裏に響く、少女の声。ピリルだ。
「「助かったぁ!!」」
 驚きと喜びで立ち上がり、思わず抱き合う二人だが。
「モデオ、ヘラハッタ、ジメ、グゥゥ」
「‥‥ヘンなこと言うなよな、レオ」
「‥‥ヘンな声出さないでよ、ロイ」
『‥‥』
 二人は恐る恐る振り向き、そして、絶叫を上げた。

「み、見つけましたっ!!」
 二人の反応を感知し、ピリルが叫んだその時だ。
『わあああぁぁぁぁ‥‥』
 少年の叫び声が森の奥から木霊した。
「いけないっ!」
 秋緒が鋭く叫ぶと、一同は声の聞こえた方へと全力で駆け出した。

 一同が駆けつけた時、二人はこちらに背を向け、金棒を持ったオーガから必死に逃げているところだった。

「母よ!」
 レミナの祈りは天に通じ、聖なる光がオーガを包み込む。だが、オーガの足は止まらない。
 ――ズサッ!
 レオの足が縺れ、転ぶ。
 金棒が振り上げられた。
「「間に合えぇぇ!」」
 抜刀した秋緒とカールスが猛追し、刀を振りかぶった。
 直後、オーガの金棒が、振り下ろされる。
 その軌道は、ゆっくりと、だが確実に、少年の頭部へと向かっていった。
『!』
 ピリルが息を呑んだ。だめ、間に合わない――!
 ――グシャッ!
 鮮血が、飛び散った。

「あ、あ、ああ‥‥」
 顔に降りかかったオーガの鮮血に、少年は呆然としていた。
 眼前、今にも己を殺そうとしていた青銅色の巨体は忽然と姿を消し、変わって刀を地面に叩きつけた体勢で凝固している二人の冒険者と目が合う。
「ボク、死んだのか‥‥」
 意識が闇に飲まれ、少年は仰向けに倒れた。
「大丈夫、大丈夫だからねっ」
 ピリルが駆け寄り、用意していた毛布で少年たちを包み込む。本当は防寒着を用意しようと思っていたのだが、自分が着る事を考えると数が足りず、予備は用意がなかったルナに貸す事になったのだが‥‥結局、毛布で正解だっただろう。包み込んでしまえば、毛布の方が防寒性は高いのだ。
「お礼をしなければなりませんね」
 カノンは呟き、樹上でオーガを貪る巨大な梟に向けて、荘厳な旋律で歌いだした。

 ――優しき森の主よ 孤高なる気高き空の王よ 我 貴公のその雄々しき翼とその姿を讃えん‥‥

 流れる旋律の中、森の主は食事を終えると、冒険者たちを一瞥して夜空へと飛び去った。賞賛に満足したのか、それとも満腹になった結果興味を失ったのかは、誰にも判らなかった。
 子供たちの傷を治癒し、とりあえず食事を与えてから帰宅すると、もうすっかり夜更けとなっていた。
 本来なら小言の一つや二つ言わなければならない状況だが、二人の体力を考慮し、その日は早々に休む事になった。

●翌朝
 そして、翌朝。
 少年たちが起き出すや否や、待ち受けていたのはお説教タイムであった。
「‥‥どうして、勝手に森へ行ったの‥‥?」
 アリアが少年たちに尋ねる。怒りながら涙ぐんで笑顔を浮かべるという離れ業を演じる羽目になっているが、ピリルのアドバイスを受け入れた結果こうなったらしい。
「‥‥心配、したんだから‥‥っ」
「オレがさそったんだよ。‥‥ち、ちっとでも食べ物増やそうと思ってさっ」
「ちがうよ、ボクがナイショにしようって言ったんだ」
「るせー、テメーはだまってろっ」
「ロイこそらしくないぞっ」
 ‥‥アリアが笑みたくなった気持ちがお判り頂けるだろうか。
 叱るのは私の役目じゃない、と見守っていた秋緒も微笑を浮かべている。
「今回のことで、アリアや皆に迷惑を掛けたことは分かっていますね。少しでも役に立とうと心がけが立派でしたが、黙ってと言うのは間違いでした。これに懲りたら、二度と同じ間違いはしないとアリアの前で約束しなさい」
「心配をかけたことは事実です。驚かせようと思った貴方たちの気持ちは嬉しいですが、もしも何かあったときに結局心配をかけてしまいます。もうこういう事をしてはいけませんよ?」
「へいへい」
「はい‥‥」
 ルナとカールスに諭され、二人はそれぞれのやり方で反省の意を示した。
「よろしい。では、お昼を食べたら馬小屋掃除です。いいですね?」
『えええええーっ』
 ルナが下した判決に、少年たちの声が重なった。
「その後で、二人には改めて猟の基礎を教えてあげましょう。こちらはご褒美とでも思いなさい」
 そう言ってカールスが片目を瞑ると、二人は不承不承と言った感じで頷いた。
「アリアさん、ちょっと‥‥」
 物陰から手招きするレミナに、少女は小首を傾げながら従った。
「いいですか? 今回、事件が起こった要因ははアリアさんにもあります。責任のある立場なのですから、自覚を持って頂かないと」
 レミナの指摘に、アリアは項垂れた。
「‥‥そうね‥‥うん、反省してる‥‥」
 そもそも、四人といえどもそれぞれ個性的で奔放な孤児たちを管理していくのは難しい。この先を考えれば規律を教え込む必要は極めて大きいだろう。
「経営管理もありますからね。これからもっと大変ですよ?」
「‥‥あ、そういえば庭の掃除しなきゃ‥‥」
「やってませんね?」
「‥‥え、ええと‥‥」
「や・っ・て・ま・せ・ん・ね?」
「‥‥はい‥‥」
「特訓です。みっちりやりますから覚悟してください」
「‥‥いやぁぁぁぁ‥‥」
 噂によれば、鬼教官によって応接室に監禁されたアリアが解放されたのは日が暮れてからだったそうである。

●運営
 住居棟、己にあてがわれた一室でピリルは手紙を書いていた。宛先はドレスタットは黒の教会を預かる、マリユス・セリエだ。
「ええっと‥‥」
 近況報告から始まって、尋ねたい事は山ほどあった。謎の来訪者の件。ミッデルビュルフの司祭、クロード・セリエとの関係。この場所を孤児院に定めた理由‥‥。
「‥‥教えてくれればいいんだけどな」
 書いたはいいが、漠然とした不安が付き纏う。マリユス司祭はのらりくらりとしたよく判らない人でもあった。最終的には『いやぁ、これも父のお導きですね。あっはっは』で逃げられてしまうことも多く(聖職者の常等文句だ)、その本心は極めて掴みがたい。人格者である事は確かなのだが‥‥。
 溜息を一つ、少女は手紙に封をした。シフール便を頼みがてら、街に出て仕事をこなさなければならないだろう。

「ほらほら、そんなへっぴり腰じゃ日が暮れても終わらないわよ?」
 馬小屋では少年二人と秋緒が掃除に精を出していた。ロイとレオは罰の意味もあるのだが、二人だけでは終わるものも終わらない。なにより。
「うえー‥‥サイテー」
「‥‥も、もう、いやだ‥‥」
 大量に転がる朽ちかけた屍骸の運搬に、少年たちの神経がパンク寸前だったりする。
「仕方ないわね‥‥」
 苦笑を一つ、秋緒は二人を休ませると、屍骸の処理を手早く行っていった。埋めるための穴は既に掘ってある。とりあえず表に出た分をスコップで埋め、箒で床に転がる屍骸ごと塵を掃き出し‥‥。

 ――心も小屋も綺麗に掃除 ほらほら、妖精たちも手伝ってくれるよ そよ風も応援しているよ

 ルナの歌声が微風に乗ってなびく。背中を押されるような旋律に触発されたか、気力を回復した二人も再び掃除に参加、お陰でペースが上がって壁の拭き掃除まで手が回りそうな勢いだ。
「今度から作業の時は毎回お願いできる?」
 秋緒の軽口に、ルナは微笑んでみせた。

「今の相場はこんな所ですか‥‥」
 ハーブの棚、値札を眺め、レミナは値段を書きとめた。
「おいおい嬢ちゃん。冷やかしは勘弁だぜ?」
 熱心な姿に苦笑い、店の主人が冗談めかして咎める。
「あぁ、これはすいません」
 少女は悪びれずに謝ると、雑談交じりにハーブの売れ行きや、仕入先などを尋ねてみた。
 が、お互い商売人とあれば、手の内も心得たものだ。雑談交じりとは言えど、商売敵に只で教える輩は早々いない。結局の所、相応のチップを渡して腕のいい建築の職人を紹介してもらったのが唯一の収穫だった。

「‥‥うん、順調ですね」
 一方、畑ではカノンがハーブの生育状況を確認し、まずまずの状況に満足の笑みを浮かべている。
 今の所、畑に植えられたハーブはローズマリーのみ。この品種は手入れがほとんど必要ない(寧ろ手をかけると害が多い)為、時折状況を確認するだけで何とかなるのが強みだった。これなら、自分がいない時でも安心だろう。下手に水をやったりしないように、子供たちやアリアには言い聞かせておく必要があるが‥‥。
「ローズマリーの様子はどうですか?」
 そこに、ちらと顔を出したルナが尋ねる。
「悪くないですよ。もう根付いていますし」
 女はもう一度満足げに笑みを浮かべると、ふと思い出したように尋ね返した。
「そう言えば、馬小屋の掃除はどうなりました?」
「あらかた終わりましたよ。ついさっき、レオとロイの身体を拭いてあげた所です」
 言うと、ルナは苦笑を一つ。
「どうしたんです?」
「恥ずかしかったのか、とても嫌がられました。折角のご褒美でしたのに」
「そろそろ意識する年頃なんでしょうね。そういうものですよ」
「‥‥それはうっかりしてました」
 二人は顔を見合わせ、くすくすと楽しげに、笑った。

 紹介された職人に見積もりを頼むと、最近いい仕事がなくってよ、と二つ返事で快諾、そのまま馬小屋へ案内する事になった。
「‥‥こりゃあ、また、アレだなぁ‥‥」
 掃除が済んではいたものの、建物を眺めた職人は絶句。
「色々と難しいが‥‥まず第一に、これ全部燻製小屋に改装したらエライ規模のモンになるぜ?」
 内部を見回した職人が、そこは塞いで、あそこは穴を開けて‥‥とブツブツやりながら説明する。確かに、馬を六頭飼える小屋を燻製だけの為に使おうと思ったら、相当な規模のものになってしまうだろう。
「馬房一つで燻製小屋に出来るぜ、これ‥‥つまり、通常の六倍規模だ」
 保存食でも量産するつもりかい? と男は苦笑いを隠さない。
 腕組み、レミナは考え込んだ。そこまでの費用をかけても、回収はとてもじゃないが覚束ないだろう。
「因みに、取り壊して、新たに建てる場合は‥‥?」
「しっかりしたレンガ造りだし、勿体無いと思うがなぁ」
 どう安く見積もっても金貨が十枚以上は必要だと聞いて、少女は考えを改めざるを得なかった。
「その、私たちあまりお金に余裕がなくって‥‥」
 ピリルが申し訳なさそうに、何とかする方法はないかと尋ねる。答えは簡潔を極めた。
「場房を一箇所だけ改装して、あとは倉庫にするってどうよ」
 それなら安く上がるぜ、と男。それなら馬房の片隅を塞いで、窓を排煙用に改造する程度で済むはずだ。
「じゃあ、それでお願いしますっ」
「んじゃま、3Gくらいで」
「その、私たち‥‥」
「いや嬢ちゃん、そんな目で見られても」
「これで‥‥ね?」
 ピリルは渋る男の手をそっと開かせると、手の中に金を握りこませ、もう一度、今度は両手で握ってみせた。
「ええとまあその、ああ、じゃあこれで」
 どぎまぎした男はワケもわからず頷き、帰宅してから半額かよと落ち込む羽目になったそうな。

 秋緒は商店で買い物ついで、燻製の作り方を尋ねていた。
「うちは大所帯だし、冬も控えてる事だから自給自足用に空いた小屋で自分達でも燻製を作れる様にしようと思ってる。余れば野菜等と交換も出来るし」
 商店の主は、まぁ常識的なさわりだけならと簡単に教えてくれた。
「燻製ってのはさ、最初の塩加減もそうだが、なにより煙が重要なのさ。味も香りも燻す時に使うチップが全てを決めるんだ」
「チップね‥‥」
「ま、ウチのチップの配合は内緒だがね」
 商売物だからな、と男は片目を瞑って笑い、その後でここを尋ねてごらん、と一軒の民家を教えてくれた。
「ここの婆様はね、燻製作りの名人なんだ。余所に売ったりはしないけど、自分で食べるものは自分で作ってる。弟子入りでもしてみたらどうだい?」
 まぁ、気難しい婆様だからお勧めはしないがね、と但し書きを付ける男に、秋緒は丁寧に礼を述べ、踵を返した。
「弟子入りかぁ‥‥」
 確かに、いいものを作ろうと思ったら聞きかじりで何とかなる筈もないのだが‥‥。
「私は無理だし。どうしたものかしら」
 首を傾げる秋緒であった。

 夜。
 ――ポロン、ポロン。
 礼拝堂に、竪琴の音が響く。拙く調子が外れているのは、奏者が幼い少女だからだ。
「そうそう、筋がいいですよ」
 褒められ、エリーが嬉しそうに頷いた。
「カノンせんせ、ありがとです」
 教えたフレーズはごく単純なものだが、それでもエリーには難しい課題だ。竪琴のサイズも幼い身体には余る代物であり、まずは楽器に親しむ所から‥‥と言ったところであろう。
「では、私と一緒に」
 リュートを片手、カールスと少女のセッションが始まる。とはいえエリーは必死に同じフレーズを繰り返しているだけであり、それに合わせて青年がアドリブ演奏をしている状態なのだが、立派な音楽を演奏している喜びで少女は夢中である。
「よかったなエリー、いい先生がいて」
「お、なんだよ。オレも混ぜろよ」
「ヴィーもやりたい〜」
 響く旋律に誘われたか、子供たちが集まる。
「そうねぇ。じゃあ貴方たちには、踊りを教えてあげようかしら」
 ふらりと顔を出した秋緒が、子供たちの手をとる。
「‥‥これ、なんておどり?」
「ジャパンの民族舞踊よ」
『ジャパンのオンドー?』
 奇妙な振り付けに、一同の声が唱和した。誰にでも出来る振り付けといえば、これしか思いつかなかっただけなのだが。
「わ、わ、楽しそうっ♪ アリアちゃん、一緒に踊ろっ」
「‥‥ふふ。いいよ‥‥?」
 ピリルとアリアも乱入し、手を取り合って楽しげに踊り始めた。
「‥‥みんな無事で良かった‥‥本当に」
 ルナはこの一時を迎えられた事を喜ぶと、アドリブで歌いだす。
(「‥‥この珍妙な楽団を売り出して資金源にするには‥‥」)
 そんな一同を眺めながら、ついつい商売の事を考えてしまうレミナだったそうな。