【孤児院のアリア】第四話

■シリーズシナリオ


担当:勝元

対応レベル:5〜9lv

難易度:難しい

成功報酬:5

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月03日〜12月10日

リプレイ公開日:2005年12月16日

●オープニング

『――元気でやっているようですね。いや、安心しました。ドレスタットも相変わらずですよ。大分冷え込んできて、そろそろ燃料の備蓄が底を尽きかけていますが‥‥父の奇跡に身体を温めるものがあれば、とか思わないでもないですが、髪の御業とはそんな都合のいい物ではないですしね。また、冒険者の皆様にご協力を仰がねばなりませんかねぇ。いやはや、世知辛いものです。
 さて。
 ご質問についてですが、クロード・セリエは恐らく私の弟です。もうかれこれ二十年以上は連絡を取っていなかったのですが、そうですか、ミッデルビュルフにいたのですね。これも父の思し召しなのでしょう。堅物ですが、根はいい子なので仲良くしてあげてくださいね。私の名前を出すと機嫌が悪くなるかもしれないのでそこだけは気をつけるように。
 それと、孤児院にその場所を選んだのは、私に提供できる場所がそこしかなかったからです。前任の司祭様は私の師に当たるお方で、あそこを引き払う際に管理を任されていたのですよ。そう言えば、お亡くなりになる際に封印の守護を頼む、とか仰られてましたねぇ。何のことやらサッパリなので、そのままにしていた訳ですが。何か見つかりましたか?
 そうそう、件の来訪者に関してですが、私に心当たりはありません。お役に立てず申し――』
「ふぅ」
 金髪の少女宛の手紙を書き上げたドレスタットの司祭、マリユス・セリエは一息つくと、凝った肩を軽く手で揉みほぐした。
 それにしても、あのクロードがよもやミッデルビュルフで、しかも白の教会を預かる身だったとは。思えば、昔から何かにつけて正反対の兄弟だと言われたものだった。母の使徒になっている辺り、いかにもらしいと言えばらしいが‥‥。
「‥‥私に反発して、じゃないでしょうね」
 益体もない事を思いついて、苦笑いする司祭であった。

 ――ポロン、ポロン。
 礼拝堂に響くは、幼い少女が奏でる、拙い竪琴の音。
「エリーちゃん、ガンバってるねぇ」
「そうだね〜」
 その様子を眺めていた二人の少女――シフールの少女・ファウとパラの少女・ヴィーはうんうんと頷きあう。
 兄の後ろを常について回っていたエリーだったが、竪琴を与えられてからは夢中になったのか、暇さえあれば練習する日々が続いていた。元来、歌う事が好きだったが、彼女に言わせれば「センセみたいに、うたいながらひけるようになりたいです」ということらしい。道はかなり遠そうだが、お陰で、兄のレオも自由な時間を狩りなどに当てることが出来るようになって一石二鳥である。
「ヴィーちゃんはナニかやらないの?」
「んー‥‥」
 問われて、考え込むも。
「わかんないから、おそうじでもしてくるねぇ」
 のんきに笑って、住居棟へ向かうヴィーであった。

「ま、こんなもんだろ」
 額の汗を軽く拭い、職人は満足そうな声を上げた。
 馬小屋、一番奥の馬房は余計な空間をレンガで固められ、すっかり燻製小屋と化している。その他のスペースは全く手付かずだが、物置にするなら特に手を加える必要もなし、燻製小屋を増設するにしても、その時にまた考えればいい話だ。その時には、今回の不足分を上乗せしてやればいいだろう。
「ごくろうさまです」
 作業が一段落したのを見計らって、少年が声をかけた。
「おお」
 男は少年に目を止めると、そわそわしながら尋ねる。
「あの嬢ちゃん達はどこだい? 折角だから見せてやりたいんだが」
「あー」
 レオはすまし顔で答えた。
「あの人たち冒険者ですから‥‥いることのほうが少ないんですよね」
「じゃあ次に来る日は‥‥」
「そろそろくると思うけど‥‥一人はすでにお嫁さんで、もう一人は僕とそんなに年が変わらない聖職者だそうですよ」
「‥‥‥‥」
 肩を落として帰る男の背中に、ぺろりと舌を出してみせるロイである。
「よぉ」
 燻製小屋の中、仕留めた野兎片手、もう一人の少年が呟く。
「‥‥これ、どうすりゃそのクンセイってヤツになんだよ?」
「‥‥さぁ‥‥」
 首を傾げ、途方に暮れる二人。とりあえず、今日の収穫は夕食にするしかないようだ。

「‥‥失敗ね‥‥」
 木のカップ片手、アリア・バルナーブは眉を顰め、不味そうに呟いた。
 気分転換に畑のハーブを少しだけ摘んできて、ハーブティーにでも‥‥と思ったのだが、盛大に失敗してハーブの煎じ汁になってしまったらしい。苦いわ臭いわでとてもじゃないが、飲めたものじゃない。勘でやってみたのがいけなかったのだろう。
「‥‥仕方ない、か」
 溜息を一つ、少女はカップの中、湯気を上げる液体をちびりちびりと飲みつつ、帳簿の整理を再開した。
 相変わらず生活費は出て行く一方だが、余計な買い物などはしていないからそこまで減ってはいない。だが、収入無しは変わらず、更に真冬にもなれば値上がりしがちになる食費や燃料のことも考えなければならない。このままでは冬を乗り切るのが関の山だろう。
「‥‥最悪‥‥どこかからお金でも借りたほうが‥‥?」
 それも、そんな奇特な相手がいれば、の話だ。ここ最近、不穏な事件が方々で起きているとの噂も豹馬から聞くし、不安の種は尽きる事がない。子供たちに気付かれぬよう、もう一度、溜息をつく少女であった。

●今回の参加者

 ea4090 レミナ・エスマール(25歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea6284 カノン・レイウイング(33歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea6832 ルナ・ローレライ(27歳・♀・バード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea7976 ピリル・メリクール(27歳・♀・バード・人間・フランク王国)
 ea9150 神木 秋緒(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1729 ブラン・アルドリアミ(25歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb2419 カールス・フィッシャー(33歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 ――ザッ、ザッ。
 冬を迎えた森の中に、枝を掃う音が響く。器用に愛刀を振るい、燃料に手頃な枝を集めているのは神木秋緒(ea9150)だ。これから先、焚き木の類は幾らあっても多いということはない。木こりから買うという手もあるが、予算に余裕があるわけでもない現状、燃料の自力調達は必須ともいえる。
「――ふう」
 額の汗を軽く拭うと、吐息は白く染まる。もう12月、季節はすっかり冬である。同じノルマンでも内陸部と違い、ミッデルビュルフは海沿いという事もあって冷え込みはまだマシな部類だ。とはいえ――やはり寒いものは寒い。暫くはこんな調子だろう。
「冬を越す準備はしっかりしておかないとね」
 再び刀を一振り。地面に落ちた枝を手早く束ね、愛馬に積み込んでいく。本来、刀はこの手の用途に使うものではないが、所詮道具と割り切れば勝手こそ良くないものの使えないこともない。見る間に、焚き木の束は数を増していった。早い内に十分な量を蓄えておきたい。孤児院との往復は必至だ。
「どうですか、調子は」
 と、女の背中に声をかけたのは銀髪の青年――カールス・フィッシャー(eb2419)である。
「順調よ。貴方は?」
「おおむね予定通りです」
 手を止め振り向く女へ、青年は右手の罠を振ってみせる。
「この辺はあらかた終わりましたから、もう少し奥まで出張りたいところですね」
 森の動物に群れで過ごすものは少ない。一匹でも多くの収穫を考えれば、自然と罠の設置は広範囲にならざるを得ないだろう。獲物が通りそうな場所の目星は大体つくが、カールスとて練達の猟師というにはまだ遠い。空振りに終わる可能性も捨てきれず、ある程度は量で勝負するより他に手はない。
「罠の場所、忘れちゃダメよ?」
「勿論です。そちらこそ、刀を潰してしまわないように」
 互いに微笑むと、別れて作業を再開する。今日は、これで潰れてしまいそうな気配だった。

「振り回すと危ないですから、俺のやり方を良く見ておいてくださいね」
「‥‥お、おう」
 手斧を握り、ブラン・アルドリアミ(eb1729)は少年に告げた。重たげに鈍く光るそれを、少年――ロイは緊張のまなざしでじっと見つめている。
 ――コ、コン。
 ブランは手斧の刃を軽く薪に食い込ませて持ち上げると、台座代わりの切り株に何度も打ち付けていく。徐々に刃は薪を断ち割っていき‥‥少しして、乾いた音と共に二つの木片が地面に落ちた。腕力で薪を一発で割ろうとするよりも、安全で確実なやり方だ。これなら、コツさえ掴めば子供でも何とかなる。
「‥‥とまあこんな感じです」
 ハイ、とブランに手斧を差し出され、少年は息を呑んだ。数瞬前に易々と薪を両断してのけたそれは、ナイフよりもよほど剣呑な空気を発散しているように思える。一歩間違えば、人が死ぬ。より直接的な破壊のイメージだ。同年代の少年たちと比べても体格のいい部類に入るロイではあるが、それでも、手に取るのをつい、躊躇ってしまう。
「ロイさん」
 その肩にそっと両手を置き、優しく諭すように語り掛けたのはルナ・ローレライ(ea6832)。
「勇気を出して。男の子なのですから‥‥いろんな仕事を覚えて、稼ぎ頭になってくださいね?」
「‥‥し、しょーがねーな」
 なんだかどぎまぎしつつ、少年は斧を手に取った。普段なら舌打ちの一つもしてやなこったと逃げ出しそうなものだが、緊張したり怖気づいたりどきりとしたりで少々混乱気味なせいか、妙に素直である。
「よっ‥‥と」
 両手で斧を持ち、教えられたとおりに薪に食い込ませる。へっぴり腰なのは怯えが先に立っているからだろう。
「危ないですから、足は開いて」
 両足揃えたままのロイを見咎め、ブランが注意をする。少年は『危ない』という単語にぎくりと反応し、慌ててスタンスを広く取り直した。
「よ、よし、やるぜ‥‥」
 意を決して振りかぶり、切り株に向けて手斧を叩きつける。がつっ、と鈍い音を立てて、刃は薪の半ばまでその身を食い込ませた。
「そう、その調子ですよ」
 表情を崩さず、ブランは次を促した。少年のすぐ傍で待機しているのは、危うい動作を見かけたらすぐにでも割って入れるようにする為だ。この場の責任者として、万が一にも怪我をさせるわけにはいかないのである。
 暫くして。
 お手本の数倍時間をかけた結果、ロイは8:2の大きさの薪を一本ずつ製作することに成功した。まぁ‥‥最初にしては上々、と言ってもいいだろう。
「ん、よくできました」
 ルナはにこりと笑むと、少年を軽く抱きしめた。
「もうすぐ冬も本格的になってきます。狩りよりもこういう地味な仕事が多くなりますから、レオさんと一緒に孤児院を守ってくださいね?」
「へ、へん。こんなの、らくしょーだぜ‥‥ってベタベタすんなよなっ!」
 少年は慌ててルナを振り払った。
「カ、カンチガイすんなよ、照れてなんかねーぞ! こ、これはっ‥‥ええと、マキワリで暑くなっただけだかんなっ!」
 焦って言い繕うと、薪割りを再開するロイである。顔が赤くなっているように見えるのは、気のせいではないだろう。
『ふふっ‥‥』
 思わず笑いを漏らすと、微笑ましげに少年を見つめるブランとルナである。

「どーも、先日はお世話になりましたっ♪」
「お陰さまで良い燻製小屋が出来ました。御礼申し上げます」
 元馬小屋の一部を燻製小屋に改装してくれた建築職人の下へ赴いたピリル・メリクール(ea7976)とレミナ・エスマール(ea4090)だが、当の職人は微妙な表情で愛想笑い。
「ま、まあ、いいってことよ。ははは」
 半額だったり人妻だったり射程距離から外れていたりと色々ガッカリしたのは確かだから、ある意味仕方ないことでもあるのだが、ピリルが追い討ちをかけるように左手のリングを強調するものだから当人の落胆は増す一方である。
「次にもう少し儲かる仕事を紹介してくれりゃあいいさ」
 っていうかなぜに追い討ちをかけに来るかこの娘は。ああそうさ俺は可愛い小娘ズに惑わされた挙句儲けにならん仕事を請け負って夢見ちまったバカヤローさ。笑わば笑え。むしろ積極的に笑い飛ばすがいい。だからそんな目で見るな頼むからお願いだから一人身の冬は寒くって泣きたくなっちゃうから。
「あの、全部聞こえてますよ‥‥?」
「!!」
 レミナが申し訳なさそうにツッコンだ。だだ漏れだったらしい。
 職人A(仮名 27歳独身 職業建築家)、只今お嫁さん大絶賛募集中。当分無理だろ。

「ん‥‥問題なし、と」
 完全に根付いたハーブを眺め、カノン・レイウイング(ea6284)は満足そうに微笑んだ。繁殖力が旺盛なローズマリーは畑を這うように、己の勢力圏を広げつつある。この分なら、この畑は冬は越せるに違いない。
「問題は‥‥小麦、ですか」
 わずかに溜息をつき、女は少しだけ困ったような表情を浮かべた。
 冬小麦を育てるつもりなのだが、少々時機を逸していたのだ。種を蒔くのに一般的な時期は11月頃。今は12月だから、芽が出るかどうかが少々不安だ。また、多少なりとも知識があるとはいえまだ素人の域を出ない自分に、比較的手のかかる冬小麦が育てられるかにも疑問が残っていた。詳しくは判らないが、種の蒔き方によっては病気にかかりやすくなったりするとも聞く。教会の片隅を利用しているから、あまり土地がよくないのも気にかかる。障害は多そうだ。
「とはいえ、自給自足の第一歩ですからね」
 先日購入した玄麦を半分だけ用意して、慎重に蒔いていく。芽が出るまでに十日程。首尾よく育ったとしても収穫はもっと後、夏頃になる筈だ。

●隠遁の条理
「こ、ここですねっ」
「‥‥そうみたい‥‥」
 やや緊張気味にピリルが呟くと、赤毛の少女は小さく頷いた。
 ピリル、ルナ、アリアにヴィーを加えた四人は街外れに建つ民家を訪れていた。燻製作りの名人と噂される老婆に、ヴィーの弟子入りをお願いするつもりなのだ。ヴィー自身も燻製作りに興味がある様子で、がんばって美味しいのを作るんだとはりきっている。誰かの役に立てるのが嬉しいのだ。
「ごめんください‥‥」
 軽くノックをして、扉の外側からルナが声をかける。返事は‥‥ない。
「‥‥留守ですかね?」
 何の気なしにピリルが扉を押すと、
 ――ギィ。
 それは軋んだ音を立てながらゆっくりと開いた。
「誰だい! 断りもなく勝手に入ってくるんじゃないよ!」
「きゃー! あ、え、あのその、ご、ごめんなさいっ!」
 瞬間、鋭い罵声が薄暗い部屋の中から響く。少女はびくり、とすくむようにして扉から手を離し、慌てて頭を下げた。
「突然申し訳ありません。私たち、建築職人の方から紹介された者ですが‥‥」
「いいから出ておいき! 今あたしは虫の居所が‥‥」
 丁寧に詫び、ルナが頭を下げると、部屋の奥、不機嫌の固まりは一転、意外そうな声を出した。
「‥‥おや。あんた、ルナかい?」
「おばあさま‥‥?」
 ルナも目を丸くする。
「なんだい、それならそうと早くお言いよ」
 直前までの不機嫌をどこかにしまいこみ、老婆は言った。
「‥‥ほら、何をポカンと突っ立ってんだい。部屋が冷えるじゃないか、とっとと入っておいで!」

 蝋燭の灯りが揺らめく。冷たい外気を遮る為か窓は締め切られており、オレンジ色の薄明かりに室内は染められていた。
「‥‥まあ随分とご無沙汰だねぇ」
 湯気を立てるカップを五つテーブルの上に並べると、老婆は目を細め、懐かしそうに口を開いた。
「この前あんたに会ったのは‥‥」
「‥‥随分昔の話ですわ、おばあさま」
 微笑を浮かべ、ルナが応じる。
「そういえば、あの時のボウヤは元気かい? 結婚するって言ってたじゃないか」
 老婆からの質問に、ルナは悲しげに笑み、沈黙で答えた。
「およしよ、悪い冗談は‥‥」
「‥‥ごめんなさい」
「‥‥そうかい。すまない事を聞いちまったね」
 気まずそうに老婆が詫びると、女は気にしないで下さい、と気丈に告げた。
「知り合い‥‥?」
「昔、ちょっと、ね」
 小首を傾げる赤毛の少女に、ルナは淡く笑んでみせる。
「あ、これ、お口に合うか判りませんが‥‥」
「おや、また偉く上等な酒じゃないか。ありがたく貰っておこうかね」
 ピリルが思い出したように魔法の蜜酒を差し出すと、老婆は遠慮の欠片も見せずに受け取って。
「‥‥で? あんた達、こんな老いぼれに何を頼みたいんだい?」
 突然訪れて高価な贈り物、何か企んでるんだろう? と意地悪そうな笑みを浮かべた。

「――という訳で、美味しい燻製の作り方を教えて欲しいんです」
 ピリルとルナから一通りの説明を聞き終えると、老婆はすっかり冷めてしまったお茶を一口すすり、ふうむと唸った。
「あまりお礼も出来ませんし、何かと問題だらけですが‥‥なにとぞ、なにとぞご教授をっ」
 経緯から問題点まで、事情は包み隠さず伝えた。後は、誠意と熱意で頼み込むだけである。必死な面持ち(本人は真摯な態度のつもりだ)で望むピリルだ。
「ま、教えてやるのは吝かじゃないがねぇ」
 意地悪そうな色はそのままに、つい、と老婆は視線をそらす。
「一日二日で盗めるほど、あたしの技は安かないよ? そのぼんやりしたお嬢ちゃんが覚えられるとは思えないがねぇ」
「‥‥ヴィーさん、あなたはどうしたいですか?」
 傍らの少女を見つめ、ルナが問いかける。本人の意欲を見せなければ、この老婆は首を縦に振らないだろう。
「ええっと、おいしいもの作れるようになるんだよね〜? がんばる〜」
 ヴィーが頷く。相変わらず調子はゆるいが、彼女なりに十分な意欲はあるのだろう。
「それじゃ、明日から通っといで」
 老婆は満足げに笑んでみせた。
「料理も教えてやろう。その代わり、今日からあたしはあんたの師匠だ。少しでも怠けたら追い出すから、そのつもりでおいでよ?」
「はい、ししょう〜」
「ローズマリーです。授業料というには少ないですが‥‥」
「ふん、セブアンシスブルーかい。悪くないね、貰っとこうか」
「それでは、よろしくお願いしますねっ」
「最近は物騒だからね。送り迎えは忘れるんじゃないよ?」
「‥‥はい」
 無事に交渉成立の運びとなって、三人は安堵の笑みを浮かべた。

「そういえば」
 話も一段落し、お茶を注ぎなおしたカップから立ち上る湯気で顎をくすぐりながら、ふとピリルは尋ねた。
「名人とまで言われる技をお持ちなのに、なぜ‥‥」
 最初の印象は確かに気難しそうな感じだったが、話してみるとまるで違う。面倒見のいい好人物に感じる。噂とはそんな物なのかもしれないが、激しいギャップに首を捻りたくなるピリルである。
「気難しい偏屈婆で通ってるのかって? 長生きしてると色々あるってことさね‥‥」
 言いにくそうに金髪の少女が口ごもった場所を自ら補足して、老婆は苦笑いを一つ。
「‥‥まぁ、あんたには見せておこうか」
 何故かアリアに向けて呟くと、老婆は肩まで伸びた髪をかきあげ、隠されていた耳元を外気にさらした。
『‥‥!!』
 その場の全員が息を呑む。老婆の耳は、その中ほどから千切られたように姿を消していたのだ。
「い、いったい誰が、そんな酷い事を‥‥っ!」
「誰でもないさ」
 惨たらしい傷跡にピリルは憤慨したが、老婆は口元を苦く歪め、金髪の少女の勘違いを訂正した。
「自分でやったんだよ。これであたしは、やっとただの長生き婆さんになれたのさ」
「そんな‥‥」
 アリアが呟く。そう、彼女は己の耳を削いで出自を隠し、人との接触を極力避ける事で寿命を隠して、この街で人として生きながらえてきたのだ。
「あんたまでこうしろとは言わないよ。ただ、ヒトと交わって生きるには覚悟も必要だって事さね」
「‥‥はい」
 短く、アリアは頷く。眼前の先達に何を感じたか、その表情から窺い知ることは出来なかった。

●探索――封印されしもの
 静まり返った礼拝堂に、男女三名の声が響く。
「あれ、読みましたか?」
「マリユス司祭の手紙にあった、『封印』‥‥ね」
 ブランと秋緒、二人は神妙な顔でうなずきあう。ピリルがマリユス司祭に宛てた手紙の返信に、気になる点があったのだ。
「確か、アリアの義父でしたか‥‥」
 腕組み、カールスが呟いた。
「どうも前任者から、封印の守護を依頼されていたそうじゃないですか」
「そういえばカールスさん、前に魔法陣の噂を聞いてましたよね‥‥司祭様のお手紙と合わせると、やはり何かあるのでしょう」
「ええ。もし、それが良からぬものだとしたら‥‥」
「目も当てられないわね。早く手を打たないと」
 件の噂では、地下に魔法陣があると言う話だった。話した本人は、飽くまで与太話だと本気にしていなかったようだが‥‥ここにきて、その噂に真実の一片が含まれている事は疑いようもなくなっている。確かにこの建物の地下には、何かがあるに違いないのだ。それも、封印されなければならなかったような、何かが。であるならば、危険は未然に防がねばならないだろう。
「私は封印について調べてみる。書物とかあればいいんだけど‥‥」
「俺は地下室がないか、探してみます」
「それでは、私も地下の捜索を」
 手がかりを求めるべく、三人は踵を返した。

 ――住居棟の一室。
「‥‥いったい、どれよ‥‥」
 羊皮紙を机の引き出しから取り出し、秋緒は溜息を一つ。前に住んでいた司祭の私室らしき部屋を見つけたのはいいが、途方に暮れているところだ。
 相当数ある中から、内容も判らない一枚を探し出すのは至難の業だとつくづく思い知らされた。片っ端から目を通してはいるが、目的の情報がハッキリしないのだから、斜め読みするわけにもいかない。これでも、ノルマンに渡った当事より断然ゲルマン語は上達しているのだが‥‥。
 引き出しを見やると、一面に敷き詰められ、古ぼけた羊皮紙が目に入る。ざっと百枚以上か‥‥全部ハズレだった時の事を思うと、気が遠くなりそうな秋緒である。
「‥‥ん?」
 適当にめくった束の中から、視界に一枚の羊皮紙が飛び込む。他の羊皮紙はゲルマン語で記述されていたのだが、それだけは秋緒に読めない文字で記されていたのだ。ここに住んでいたのは、ジーザス教の司祭。であれば‥‥恐らく、ラテン語だろう。よくよく調べてみれば、他にも幾枚か、ラテン語の書類が紛れ込んでいた。
「よし、これはルナさんかレミナさんに押し付けましょう」
 名案を思いついたように、秋緒は微笑んだ。読む手間も省けるし、一石二鳥である。

 ――応接室。
「ん、まあまあですね」
 湯気を上げるカップの液体を一口すすり、レミナは一人、満足そうに頷いた。
 自分の知識の範囲内で淹れてみたのだが、おおむね満足できる味だった。アリアが失敗したのは、きっとローズマリーを多く入れすぎたに違いない。元々が触っただけで手に匂いが付くくらい香りの強いハーブだから、少な目くらいでちょうどいいのだ。
「添削も快調になるってものです」
 適度な濃さのローズマリーティーは、気分がリラックスして集中力が高まる。帳簿作業の息抜きにうってつけだった。彼女は今、留守のアリアに変わって帳簿整理を行っているのだ。とは言え、間違いが目立つ帳簿の修正が主な作業になり、お陰で気分はテストを採点中の教師である。
「今回は特別です、孤児院の仕事の方も出来るだけやっておきますのでそっちもしっかりやってきてください」
 思わず苦笑いがこぼれる。ああ言ってあげたときのアリアの顔は、まあ嬉しそうで見ものだったっけ。
 と。
「ちょっと、いいかしら?」
 数枚の羊皮紙を片手、秋緒が少女に声をかけた。
「これ‥‥ラテン語だと思うんだけど、読んでもらえるかしら」
「お安い御用です。これが終わったら、すぐにでも」
「そう? ありがとう、助かるわ」
 秋緒は礼を述べ、封印の捜索に加わるべく身を翻した。

 ――礼拝堂。
「地下室があるとすれば‥‥」
 ブランが首をひねる。
「‥‥何処でしょう?」
「判らないから、探しているのですよ」
 苦笑を一つ、カールスは答えた。手当たり次第に探っている二人だったが、さすがにノーヒントで慎重に隠されたものを捜し当てられるほど甘いわけがなかった。
「この真下には、何かありそうにも思えませんが‥‥」
 ブランは刀の鞘でコンコン、と床を叩き、その反響に耳を澄ます。もしも特定の空洞があるとすれば、音に違いが出る筈だ。‥‥だが、その行為は雲を掴むにも似て、結果は杳として知れない。だが、他にいい手が思い浮かばない以上、地道に繰り返していくしかないのも確かだ。
「何か、怪しい物でもあれば‥‥」
 注意深く礼拝堂の方々を探すカールスだが、やはりこれと言って何も見つからなかった。考えてみれば、この教会は最初に大掃除をしているのだ。簡単に見つかるものならば、掃除の際に見つかっていてもいい筈だ。何の指針もなく漠然と探すだけでは、能率は上がらないだろう。
「どう?」
「まだ、ですね」
 書簡を預け、戻ってきた秋緒の問いに、ブランは頭を振った。
「そう‥‥何かあるとすれば、私は聖印のある祭壇の辺りが怪しいと思うんだけど」
 祭壇には聖印と、ジーザスの偶像が飾られていた。言われてみれば、確かに位置的にも何かあってもおかしくない。
「‥‥確かに漠然と探してもらちが明きませんね。その辺り、重点に見てみましょうか」
 カールスが頷くと、三人は祭壇周辺を丁寧に調べ始めた。
「あれ?」
 最初にその傷に気づいたのは、ブランである。
「何か、横にずらしたような後が‥‥」
 指で指し示す先、聖印の真横。ほんの僅か、不自然な傷が付いていた。
「‥‥動かせる、とか?」
 秋緒が手で押してみるが、聖印はびくとも動かない。
「手伝います」
 言うと、カールスも一緒になって押す。
 ――ズッ。
 二人の力に押され、聖印が僅かに動くと、カチリ、と何処かで鍵の外れるような音が響く。
「あ‥‥!」
 ブランが息を呑んだ。ジーザス像が祭壇の一部と共に、ぐらり、とずれるように動き、縦穴が顔を出したのだ。

 縦穴は相当な深さだった。
 備え付けられた梯子を降りてみれば、二人肩を並べて通るのがやっとの狭い通路は、その先を一枚の扉で閉ざされていた。
「‥‥開かないわね‥‥」
 扉を開けようとした秋緒だが、微動だにしないそれを前に、試みを断念せざるを得ない。
「‥‥これ、なんて書いてあるんでしょうか」
 ランタンを掲げ、ブランが呟く。明かりに照らされたそれは、彼らに読めない文字で記されていた。
 すかさずカールスが書き留める。きっと、何かの手がかりになる筈だ。

「どう? なんて書いてあったのかしら」
 探索を打ち切り、教会に戻った三人は書簡の内容を確認するべく、応接室のレミナの元へ。
「あ、丁度いいところに。今から読むつもりでした」
 少女は笑むと、すっかり冷めてしまったハーブティーを飲み干し、手元に伏せていた羊皮紙を見やった。
 確かにそれはラテン語で記されている。それでは、と少女は先頭の一文を読み上げた。
『――古の魔法陣‥‥父の威を以って此処に封‥‥そは悪魔の‥‥決して封印を‥‥』
 古びて途切れ途切れのその文章は、それでも不吉な意図がありありと伝わる単語で彩られていた。
「なに、それ‥‥」
「‥‥さ、さあ」
 秋緒の言葉に、少女は首を捻る。尋ねられても答えようがなかった。
『――封印は二つ‥‥我、地の‥珠を‥‥森の守護に‥‥天の宝‥‥白き‥‥託す‥‥』
 読み上げる声に緊張感が満ちる。最後の文章はほぼ完全な状態で読むことが出来た。
『――無垢なる生贄の魂捧げし時、破滅は野に放たれり。二つの封印解かれし時、魔法陣はより容易く破滅の災厄をもたらすであろう』
「それでは、これはもしかして‥‥」
 震えるように、カールスが差し出した羊皮紙の内容は。
『――封印の間‥‥穢れし乙女の無垢なる血潮で開かれり――』
「なんて、こと‥‥」
 呟き、絶句する。
 三人は青ざめたまま、その誰もが暫く口を利くことが出来なかった。


●実演
「体の悪いところはありませんか〜♪」
 広場の片隅、玲瓏たる歌声が午後の空に響きわたる。耳を快くくすぐる旋律に、道行く人々の何人かは、心惹かれたように立ち止まった。
「健康第一、長生きの秘訣〜♪ おいしいハーブはいかがでしょう〜♪」
 手を広げ、朗々と歌い上げる女の横、数名の少女が露店を広げていた。商品は摘みたてのローズマリー。そう、孤児院初の出張販売である。
 心揺さぶる歌声に合わせるは、赤毛の少女が奏でるオカリナの音色だ。鍛え上げられた歌唱力にはやや相応しくない、たどたどしい旋律。こちらは辛うじて形になっている、といったところだろうか。
「エリー、どうしたの? もう始まってるよ」
 ピリルが心配げな視線を送る。少女は緊張に俯き、眼前の竪琴を上目遣いにただ見つめていた。
「‥‥おにいちゃん‥‥」
 心細いのだろう、少女はこの場にいない兄に助けを求めるように、ぎゅっと竪琴の端を握り締めた。いつもなら、兄の裾を握っていれば不安な事から全て護ってくれた筈なのだ。
「お茶と調味料に最適〜♪ 美味しいハーブはいかがでしょう〜?」
 歌声は途切らせずに、カノンがそっと視線を巡らす。平気ですよ、と安心させるように女は微笑んで見せた。
「恥ずかしくなっちゃったら、お姉ちゃんだけ見てれば大丈夫だよ」
 勇気付けるようにエリーの肩に手をやって、金髪の少女も微笑む。
「は、はいです‥‥ピリルせんせ」
 少女は頷くと、勇気を振り絞り、つたない旋律を一生懸命奏で始めた。

「はい、いらっしゃいませ」
 好奇心をそそられたか露店を覗きに訪れた男に、レミナは満面の笑みでお出迎え。もちろん営業スマイル、商人を商人たらしめる必須条件の一つだ。
「ローズマリーは甘い香りが魚料理にピッタリですよ。軽く炒めるようにするといい匂いが立ち上って臭みを消してくれます。香り付けにもってこいですね」
「へぇ‥‥の割には安いね」
「相場以下が当店のモットーですから」
 微笑で答える。他より安いと聞くと、それなら買ってもいいかな、という気になるから不思議なものだ。さらに値引き交渉をしてくる主婦などもいたが、慎重な価格操作の末にほんの少しだけ安くしてあげると喜んで買っていく。元々相場よりは安いのだから、客も納得しやすいようだ。
「当店は産地直送、積み立ての新鮮なローズマリーをお届けしますよっ。数か少ないから今のうちですよ♪」
 元気よくピリルが声を張り上げる。今回は小手調べ的な側面もあって、あまり商品も用意できていない(この短期間で大量に売れるほどハーブは増えてくれなかったのだ)。ある程度の手応えを感じられれば、御の字といったところだろう。
「そろそろ店じまいですね‥‥終わったら、買い物をしましょう」
 ハーブの束を数えて、レミナは次の予定を組み立て始めた。とりあえず、今日中に子供用の防寒着を四着用意しておきたかった。

「ん、頑張ってるわね」
「そうですね‥‥」
 まばらに訪れる客の応対をする四人を見て、秋緒とブランは満足げに微笑んだ。
「‥‥候補1発見、と」
 呟き、羊皮紙になにやらメモをする。ブランに言わせれば、バザーや演奏会などの催し物を開く場所の目星をつけているのだ。どうも最近引きこもりがちで、外に出る意欲が湧いてこない事が間々あり、危機感を感じた末の行動らしい。最近疲れがちなせいかもしれないが‥‥。打破する為にも、散歩がてら街を歩くのは悪くないだろう。軽い運動をすれば、夜だってよく寝れるようになる筈だ。
「それじゃ、戻って子供たちの観察でも‥‥っと、いけないいけない」
 思わず、候補地を一つ見つけただけで満足して帰りかけてしまった。頭を軽く小突くブランである。
「ああいう姿を見てると、この辺りが最近物騒だなんて信じたくなくなるわね」
 地下の封印、羊皮紙の内容。そして近頃世間を騒がす誘拐事件。秋緒の声は、どうしても重くなる。せめて、子供たちの通り道だけでも把握しておかなければ。
「ヴィーの送り迎えも気をつけたほうがいいわね」
「そうですね‥‥いきましょう」
 二人は目を見合わせると、町の中心部へと足取りを向けた。

●練習と成果
 ――ポロン。
 礼拝堂に、今夜も竪琴の音が響く。ここの所、日課となりつつあるエリーの練習の音だろう。
「うん、だいぶ上手になりましたよ」
 少女の傍らで進歩の度合いを測っていたカノンは満足げに頷いた。昼間の演奏でもある程度判ってはいたが、この年頃の子供にしては上達が早いほうだ。毎日夢中になって練習していたであろう事が、目に浮かぶように想像できる。
「ホントですか、エリーじょうずになったですか♪」
「ええ」
 目を輝かせて喜ぶ少女に、女は微笑んだ。
「次は新しいフレーズ、教えてあげますね」
 以前教えたものよりも、若干高度な運指が必要なフレーズを幾つか弾いてみせる。こうやって、曲の形で練習するのが一番手っ取り早いのだ。
「よ〜、やってんじゃん」
 と、そこに闖入してきたのはロイである。薪割り後に体を拭き、暇になったのか遊びに来たらしい。
「ロイさん、あなたもどうですか?」
 少年に目を留め、カノンはリュートを差し出してみた。興味がありさえすれば、丁寧に教えるつもりである。目標は孤児院での楽団結成なのだ。
「へぇ、面白そうじゃねーか」
 下手くそな口笛を吹き、少年はリュートを受け取った。
 ‥‥数分後。
「だー、ワケワカンネー!」
 頭と指がこんがらがりかけ、ロイはあっという間に根を上げていた。
「根気よく練習あるのみ、ですよ」
 再び微笑み、女は軽く少年を嗜める。
「だってよぉ。オレこういうの持つと、ムショウに振り回したくなんだよなー」
「いけませんっ!」
 頭上で振り回したリュートを慌てて取り上げるカノンである。ロイに演奏の素養は薄いのかもしれない。楽団結成への道は険しそうだ。

「‥‥楽しそうだな」
 夢中で練習する少女を窺うように、レオは物陰に佇んでいた。
「寂しいですか、レオ」
 ふと、背中からかけられた声に少年が振り向く。
「ううん。‥‥ああやって楽しげな妹をみるのは、僕もうれしいですよ」
 ブランの言葉にも、少年は優等生の態度を崩さない。
「本当に寂しくなったら、俺に甘えてもいいですよ?」
「あはは。その時は、おねがいしますね」
 無理をしているのかどうかは判らないが、レオはあまり本気にしていないようだった。ブランは結構本気だったのだが。誰かに必要とされるのは、それは嬉しいことなのだ。
「どうしました、こんなところで」
 さらにもう一人。立ち話の二人に声をかけたのはカールスだ。
「あ、カールス先生。収穫はどうでしたか?」
「悪くないですね。大事に食べれば、暫く持ちますよ」
 森中に仕掛けた罠から、獲物を回収してきたのだろう。青年が手渡した麻袋には、ずしりと確かな重みがあった。
「ひと仕事頼みましょうか。袋の中身を燻製小屋まで持って行きなさい」
「は、はい」
 少年はよろけながら、麻袋を担いで歩き出した。

「‥‥出来れば、これ以上は変な事にこの場所を巻き込みたくはない、ですね」
 燻製小屋に向かう少年の後ろ姿を眺め、ブランはふと、呟いた。
「懸念は封印、ですか」
 カールスの傍ら、レミナが答えた。エプロンをつけているところを見るに、食事の支度が整って呼びにきたのだろう。
「そうですね‥‥」
 カールスは口ごもった。あの扉は、そうそう開くような条件に思えない。だが、対処法が見つからない以上、漠然とした不安が消えることもなかった。
「‥‥ともあれ、食事にしませんか?」
 エプロンを外し、レミナが提案した。今夜は自分とヴィーの合作料理だ。元々家事好きなヴィーが、新しい師匠から教わった料理を試したがったらしい。
「腹が減っては戦が出来ぬ、と言いますしね」
 ブランの言葉に頷くと、二人は未来の楽団候補者たちを食卓へ誘うべく、礼拝堂の扉をくぐった。