【孤児院のアリア】第五話――破滅の魔法陣

■シリーズシナリオ


担当:勝元

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:3 G 9 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月25日〜12月30日

リプレイ公開日:2005年12月30日

●オープニング

 ――ダンッ!
 荒々しい音と共に、孤児院の扉が蹴破られる。
「ひっ」
「んだよ、テメエッ!」
 突然の事に、幼い金髪の少女が竪琴を倒して身を竦ませると、ぼさぼさ頭の少年は言葉を荒げ、闖入者をなじった。
「お黙りなさい。下品ですよ」
「が、ぐ‥‥」
 扉を蹴破った騎士に続き、礼拝堂に侵入した包帯まみれの男が呟くと、少年の体が突然硬直する。
「このっ‥‥!」
 勇敢にも家族を護ろうと狩猟用のナイフを取り出した金髪の少年だが、やはり身動き一つ出来なくなってしまう。
「や‥‥やめて下さいッ!」
 何事かと応接室から顔を出した赤毛の少女――アリア・バルナーヴは、咄嗟に子供たちと闖入者の間に割って入り、いつにない険しい表情で男たちに詰め寄った。
「ここはただ貧しいだけの孤児院です、お金なんかありませんッ!」
「金なぞに用はない。あるのはこの場所と、そして――」
 騎士は不適に笑むと。
 ――ドガッ!
 薙ぎ払うように、鞘ごと剣を少女の腹部に叩きつけた。
「君だ」
「な‥‥ん‥‥で‥‥」
 遠のく意識を全力で繋ぎとめ、少女は再び襲った理不尽に必死の抵抗を試みる。
「穢れた乙女の無垢なる血潮‥‥早々、手に入るものではないのでな」
 男が嘯く。
「ど‥‥う‥‥し‥‥‥‥?」
「君の兄上の友人は、私とも親しくてな」
「アリアさんでしたっけ? 全部聞いてますよ、カイから」
 一歩進み出た青年が顔の包帯をずらし、醜く引き攣れた素顔を見せる。
「‥‥‥‥!!」
 焼け爛れた風貌に過去の記憶を重ね合わせると、少女は糸が切れたように動かなくなった。

「今すぐ、ミッデルビュルフに向かってください。一刻の猶予もありません!」
 冒険者ギルドを訪れたマリユス・セリエは、彼らしくもなく取り乱し、息を荒げた。
「大変な事に気付きました。私が孤児院に提供した教会は、破滅の魔法陣を抑える、蓋のようなものだったのです!」
 弟から危急の手紙を受け、その手配を済ませた後、気付いたらしい。彼の師に当たる司祭の言葉が、破滅の魔法陣を指しているという事に。マリユスは額の汗を拭う余裕すらない。己の迂闊さに、心底から後悔しているのだ。
「破滅の魔法陣の詳細は弟の手紙にありました。発動条件は、生贄の魂を捧げた後、術者の血潮を注ぐこと。封印はリミッターのようなもので、解かれると発動に必要な魂と血潮の量が減るようです。弟は封印の存在も発動条件も知りながら、魔法陣の正確な場所は知らないようでした。恐らく、封印した者が二重に保険がかけたのでしょう」
 司祭は一気に言い終えると、手を組み懇願した。
「高速馬車を手配します。あれなら、一日で辿り着けるでしょう‥‥どうか、あの魔法陣を‥‥いえ、私の娘を、そして娘の家族を助けてやってください!」

 少女の手首から迸った血がかかると、封印の扉は音もなく開いた。
「おお、我が主よ‥‥まさに仰せの通り、封印の間は開かれり」
 厳かに呟くと、男は少女を引きずるようにして扉をくぐった。
「オリビエ・ルヴィエールよ」
「はっ」
「私は此処で封印の解除を待つ。卿は礼拝堂で待機せよ」
「御意」
「儀式に入ったら私は身動きが取れなくなる。不測の事態に備え、万が一の時は時間を稼ぐのだ。いいな」
 オリビエは恭しく頭を下げると、縦穴を登り、姿を消した。
 扉の向こう、地下室とは思えぬほど広い空間に描かれた壮大な魔法陣を目にして、男は感動に打ち震える。
「おお‥‥」
 何と荘厳な。これが、あの破滅の魔法陣か。主の望む世界を作り出す、究極の手段か。封印が解かれし時、この灰色の魔法陣は七色に輝き、儀式の開始を要求するのだ。
「主よ‥‥このカール・デスシャフト、一命を賭して、必ずや」
 魔法陣の四方、縛り上げた三人の少年少女を転がすと、男は意識を失ったままのアリアを同じように寝かせた。既に血は止め、ポーションも与えてある。貴重な生贄だ、大事にせねば。
「クックック‥‥時よ来たれ‥‥ハァーッハッハッハ!」
 哄笑が薄暗い地下室に響く。男は魔法陣の中央に構え、詠唱を始めた。

●今回の参加者

 ea4090 レミナ・エスマール(25歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 ea6284 カノン・レイウイング(33歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea6832 ルナ・ローレライ(27歳・♀・バード・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea7976 ピリル・メリクール(27歳・♀・バード・人間・フランク王国)
 ea8167 多嘉村 華宵(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea9150 神木 秋緒(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1729 ブラン・アルドリアミ(25歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・フランク王国)
 eb2419 カールス・フィッシャー(33歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

 暖炉の明かりが揺れている。火にあたりながら、その老婆は一枚の羊皮紙に目を通した。
 ――親愛なるおばあさまへ。もしヴィーが居るなら孤児院は危険なので、そのまま預かって下さい。貴方の友、ルナより。
「まさか‥‥いや、そんなことはないと思いたいがねぇ」
 教会だった孤児院にまつわる噂を思い出し、老婆は薄ら寒さを禁じえなかった。根も葉もない与太話と笑い飛ばしていたが、きな臭い昨今の事だ。最悪の事態も十分考えられるだろう。
「ししょう、なにを読んでるの〜?」
 一人の少女が不思議そうに見つめている。きっと、そういう顔をしてしまっていたに違いない‥‥。
「なんでもないよ」
 老婆は咄嗟に笑んで見せると。
「今日は泊まっておいき。偶には夕食のレシピを伝授してやろうじゃないか」
 そう言って誤魔化しと引き止め、二つの行動を同時に成功させてみせた。


「やはり、既に‥‥」
 神木秋緒(ea9150)の表情が苦渋に歪む。駆けつけた孤児院、礼拝堂の扉は開け放たれていた。
「破滅の魔方陣、既にそれを操ろうとする者達が居ただなんて。アリア達、無事で居てね‥‥」
 目を凝らせば、折れ飛んだ簡素な閂の残骸が転がっているのが見える。予想は悪い時に限ってよく当る。魔の手は、既に孤児院に及んでいたのだ。依頼人の話では、黄昏の騎士団は封印に対して既にアクションを起こしている。となれば、魔法陣本体に対しても同様と考えるべきであろう。
「あのとき見つけた魔法陣がまさかこんな結果を生むなんて‥‥」
 同様に苦渋の表情を浮かべたのはカールス・フィッシャー(eb2419)だ。封印の間を見つけた時、彼等には内部へ侵入する手立てがなかったのだから、自分を責めても意味がないのかもしれない。しかし、と青年は考える。あの時魔法陣を使えないように出来ていたら、このような事態は未然に防げた筈なのだ。自然、自己嫌悪の度は深くなっていく。
「‥‥破滅の魔方陣を封じる教会を孤児院にしてしまうとは、マリユス司祭もうっかりさんですね」
 軽口を叩いてみせたのは多嘉村華宵(ea8167)だ。事実なのだから仕方がない。大事なのは状況をどう打破するか。
「ま、大丈夫でしょ。父だか母だかの御引き合わせなんですから、きっと護る事ができますって」
 大抵、聖職者の言葉は気休めに過ぎないが、敢えて口にすることによって多少なりとも楽観的にはなれる。とにかく深刻な顔だけは、この青年には似合わないのだ。
「みんなの孤児院に苦しいとか、悲しいとか、そんなものいらないよっ」
 ピリル・メリクール(ea7976)はやや取り乱し気味だった。
「温かくて優しい家、みんなが帰る場所なんだからっ」
 孤児院というものに対して人一倍思い入れの深いピリルだ、無理もないだろう。彼女の人生は、孤児院で始まったともいえるのだから。
「‥‥俺は約束を果たします」
 ブラン・アルドリアミ(eb1729)は更に思いつめた表情だ。アリアはただ、普通の幸せを望んでいただけなのだ。何もかも諦めろなどと、これ以上ない理不尽があっていい筈がない。それは、自分も同じ望みを抱くからこそ。そして、自分には望むべくもないことを薄々感付いているからこそ。誰よりも強く、そう思うのだ。
「それすら出来ない自分に‥‥俺は、一欠けらの価値も見出せませんから」
「まったくです。わたくしも怒っております」
 言葉を合わせるはカノン・レイウイング(ea6284)だ。下らぬ行為の為に4人の未来を奪う権利は誰にもないのだ。
「仮にも騎士を名乗るならば、恥を知って頂きたいものです」
 あるいは知らぬというならば、教え込んでやろう。そう思うほどにカノンの怒りは、深い。
「皆さんご無事で‥‥」
 ルナ・ローレライ(ea6832)が呟く。憎むべき無法者が、愛すべき孤児院を蹂躙している。一刻も早く、解決できればいいのだが。
「礼拝堂の地下に封印の間があります。きっと四人は、そこに‥‥」
 ブランが手短に概要を説明する。状況的にも、迎え撃つ番人がいる筈だ。恐らくそれは、礼拝堂で、彼等を待ち受けているに違いない。
「ロイ、レオ、アリアさん‥‥聞こえますか? 聞こえていたら、ゆっくり声を出さずに気持ちを伝えてください‥‥」
「アリアちゃん、みんな、どこにいるの? 返事してっ」
 ルナとピリルが交互にテレパシーを発動するも、返答はない。全員意識がないか、それとも何者かに思念を遮られているか、だろう。
「‥‥二手に分かれて、気付かれないように回り込みましょう。今は一刻を争いますし」
 レミナ・エスマール(ea4090)の提案に否やはなかった。魔法陣の封印がどうなっているのか、彼等に知る手立てはない。最悪の事態を考えれば、一分一秒の差が命運を分ける可能性すらありえるのだ。

 礼拝堂に流れる、陰鬱な旋律。包帯姿の詩人――オリビエ・ルヴィエールは不埒にも祭壇に腰掛け、ジーザスの偶像に凭れながら両目を閉じ、リュートをかき鳴らしていた。
「‥‥来ましたね」
 呟き、片目を開ける。鍛えられた聴覚が、旋律の合間から伝わる微かな足音を捉えたのだ。
 ――ダダダダダッ!
 もはや足音を隠そうともせず、正面からなだれ込む四人の女たち。
 ――ドン、ド、ドン!
 礼拝堂の奥、もう一つの扉は激しく揺れている。多方向から包囲されては堪らぬと、閂代わりに杖を引っ掛けておいたのだ。いずれ蹴破られるか、正面に回りこむだろうが、これで一時は持つだろう。
「悪魔なんかに渡せるようなものは何一つありません!」
 最後尾の少女が唱えた聖光が抵抗する事すら許さず身体を焼く。面倒だ、先ずは動きを封じてしまおう‥‥。
「縛! 縛!」
 瞬間、レミナの身体が硬直する。先頭に立ち突進するブランにも行使したが、抵抗したのか動きが止まる事はなかった。
「ええい、厄介ですねっ」
 刀を振り上げ、ブランが迫りきる前に青年は祭壇上に飛び退り、次の呪文を選択した。あの女騎士には以前も影縛りが失敗している。ならば‥‥。
 ――ドン!
「ううっ!?」
 驚愕の表情。ブランの足元が突如、爆発したのだ。
 この間にルナとピリルは座席の陰へと身を隠していた。硬直するレミナがそのまま取り残されるが、ピリルが展開した闇に影を消され、自由を取り戻す。
「オリビエ!! 貴方の好きにはさせない‥‥私は子供たちを守る!!」
 ルナは叫ぶと、ピリル同様闇を展開しようと力ある言葉を唱えたが‥‥。
 ――くらっ。
「あっ‥‥」
 一瞬襲った目眩に集中が乱れ、魔力が霧消する。慌しく出かけてきたせいか、食事を取っていなかった影響が、よりによって今出たのだ。
 ――ドンッ!
 その間にもブランは愚直とも言える突進を繰り返している。その度に足元を爆破され、容易に近づけはしないものの、負った傷は素早く近寄ったレミナが癒していた。
「まだこんなことを続けていたのっ? 人を傷つけるこんなやり方じゃなくてもっと、別の道を探しなさいっ」
 ピリルは叫び、眠りの魔力を行使するが、青年はその魔力を容易く弾き返した。
 ――ガキッ!
 乾いた音と共に、閂代わりの杖が弾け飛んだ。残りの冒険者が扉を蹴破ったのだ。時間差は20数えるかどうかといった所だろう。
「貴方は!? これ以上まだ彼女を苦しめるつもり!? そんな事はさせないわ!」
 オリビエの姿を目にした秋緒は包帯姿の面影に驚きの声を上げるも、気を取り直して抜刀、突撃をかける。バード一人程度、ブランと挟撃すれば物の数ではない。加減する気も毛頭ない。一気に切り捨て、封印の間を確保するのだ。
「生来の面食いでしてね、美人にはどうも弱いのですよ」
 嘯くと再び飛び降り、影を縛ろうと印を組むオリビエだ。
「縛! 縛!」
「うっ!」
「あっ!」
 ブランと秋緒、二人の身体がほぼ同時に硬直する。首尾良く事は進んだように見えたが。
 ――ブゥン!
 同時に出現した二つの闇が、二人の自由を取り戻した。
「あらら。しぶとく生きてたんですねぇ」
 通り過ぎざま姿を見咎め、華宵が嘯く。この隙に彼等三人は封印の間へ通じる縦穴へ飛び込んでいたが、オリビエも後を追う事はできない。刀を振りかざした二人の女が迫っていたからだ。
「ちぃっ‥‥乱!」
 咄嗟にオリビエは混乱の呪法をブランに解き放つ。同士討ちを誘えば、労せずして二人を無力化できるのだ。
 だが。
「無効化!?」
 オリビエの魔力はブランのオーラに弾かれ、その片鱗を表すことなく霧散した。
 ――ドドッ!
 オリビエの胸板を、二本の刀が貫いた。
「ぐ‥‥はっ‥‥」
 血を吐き、倒れる一瞬。オリビエの手がブランの胸元へ伸び、ネックレスを引きちぎる。
「‥‥汝が形代もちて‥‥そが身を縛る災いとなさん‥‥」
「いけない、あれは呪いの儀式です!」
 レミナは叫ぶと、母に祈った。天に届いたその祈りは、以前より強い光でオリビエを焼く。
「‥‥もう、黙ってください。耳障りですから」
 ブランは呟き、愛刀をオリビエの頭に突き刺した。
「がっぎっ!」
 オリビエはビクリと震え、動かなくなった。
「なんだったんですかね‥‥?」
 千切られたネックレスを見つめ、ブランは薄気味悪そうに呟いた。
「‥‥さあね」
「信心が足りなかったんじゃないでしょうか?」
 事切れた悪意の吟遊詩人には目もくれず、秋緒が封印の間に向け踵を返すと、レミナを始め残りの四人もそれに続いた。

 少し時は遡る。
「あの先が‥‥破滅の魔法陣、ですか」
「その筈、です」
 扉の向こう、漆黒に包まれた空間を目にした華宵の問いにカールスが答えた。封印の扉は開け放たれたままだ。

「もう手加減できませんね‥‥」
「突入は一気に行いましょう。皆が傷付けられる前に、決めてしまいたいですから」
 カールスは言うと、二人を連れて慎重に近寄った。
 と。
 ――誰だ!?
 封印の間から響く、男の声。気付かれた。三人は目を見合わせると、堰を切ったように駆け出した。

 石畳に描かれた灰色の魔法陣の中央、三人を出迎えたのは一人の騎士だった。
「オリビエを抜いてきたのか」
「その人なら今頃仲間が倒している筈ですよ」
「他の封印にも冒険者が向かっています。後はもう、あなただけ」
 カールスとカノンが告げると、男は吐き捨てるように呟いた。
「道理で封印が解けない筈だ‥‥まあいい。私独りでも魔法陣は起動できるのだから」
「冗談じゃありませんね」
 戯言には耳を貸さず、華宵は吐き捨てた。
「悪魔だか何だか知りませんけど、他人の手を借りなきゃ何も出来ないような人に負ける訳にはいかないんですよ――カールスさん、確実に仕留めますよ!」
 華宵が先手を打ち、猛烈な速度で駆け出す。ブランから借り受けた右手の剣には勝利の加護が込められている。手数で押し込み、生贄の少女達に危害が加えられる前に斬り捨てるのだ。
「出来るかな、君たちにっ!」
 男は嘯くと、魔法陣の中央に突き立てられた剣には手を伸ばさず、盾だけを構えた。空いた右腕は‥‥意識を失い横たわる、赤毛の少女に向けられている。
「皆さん、気を確かに! 起きて下さいっ!」
 カノンは叫び、魔法陣の片隅、アリア目指して走った。嫌な予感がする。あの男はきっと、強引に儀式を行うつもりだろう。
 ――バチッ!
 少女に手を触れようとした刹那、紫電が弾ける。不可視の障壁だ。
「贄はもう、魔法陣の物だ!」
 男は華宵の剣を盾で弾くと、繰り出される蹴りを避けようともせずに力ある言葉を唱えた。
 ――どくん。
 男が差し出した手に、白い玉が握られる。少女の魂が、悪魔の力で取り出されたのだ。
 カノンは月の聖霊に命じ、光の矢を呼び出そうとした。
 ――くらっ。
「あ‥‥」
 不意に襲った目眩に、集中が途切れたのは、ルナと同じ理由だ。
「お止めなさい!!」
 焦りを噛み殺し、華宵はカールスと二人、必死の攻撃を続けた。触れられないなら術者を倒すしかない。見る間に男は傷を負い、全身から血をしぶかせる。
 ――じゅっ。
 嫌な音を立て、魔法陣は、まるで喜ぶかのように滴った血を吸い込んだ。
「なっ!?」
 驚きのあまり、カールスの目が見開かれる。
「そうだ、この魔法陣は生きている。術者の血潮で目覚めるのだ‥‥そして、生贄を捧げるごとにその力を増すのだよ!」
 壮絶な笑みを浮かべ、男が再び力ある言葉を唱えると、その手の白い玉は一回り大きくなった。
 ――勇気 それは過去を乗り越え未来への道を切り拓く灯火
 不意に響く、歌声。カノンだ。術者の集中を乱し、仲間の士気を高める為に呪歌を選択したのだ。
(「う‥‥」)
 整わないコンディションに、集中が途切れそうになる。女は気力を振り絞り、歌い続けた。
 ――勇気 それは困難という荒波を乗り越える雄々しき船
「まだ間に合います!」
 華宵の剣閃が冴えを増す。
 ――勇気 それは悪しき欲望を打ち払う聖なる剣
「おおおお!」
 カールスが叫び、振るった聖剣が男を切り裂く。
 ――勇気持たぬ悪しき魂の持ち主よ 汝の心の片隅にある善なる魂よ‥‥
「黙れ、小賢しい!」
 集中を乱され、男は苛立ったように叫んだ。
 魔法陣は男の血潮を更に吸い、不気味なオーラを纏わりつかせている。一瞬、カールスと華宵の瞳に迷いが走った。この男を殺してしまったら、取り返しのつかないことになりはしないだろうか?
「打ち砕くんです、破滅の魔法陣を!」
「――!!」
 女の声に弾かれたようにカールスはその手のアルマスを振り上げた。主の意に応えるように、ぼう、と聖剣が淡い光を放つ。
 叩きつけた両腕が雷に触れたように痺れる。ひび割れるような甲高い音と共に、振り下ろされた剣は地面を断った。
 と。
 ――こうっ!
 薄黒い光の柱が男を包み込むと、驚きのあまり男は生贄の魂を取り落とした。
「なっ!?」
 魔法陣の四方から鎌首をもたげるように魔力の塊が起き上がる。ソレはまるで獲物を見つけた冬眠明けの蛇のように、猛烈な勢いで男の四肢に喰らいついた。制御を失った魔法陣の力が暴走しているのだ。
「うぐおおおおおおおおっ!」
 絶叫が薄暗い地下室に轟く。貼り付けられたように陣の中央に固定された術者は避ける事すら叶わなかった。男の身体が徐々に人の形を失っていく‥‥。
「な、何があったんですか!?」
 レミナの驚きの声。礼拝堂から姿を現した五人は、眼前、異様な光景に息を飲んだ。
「は、早く逃げようっ!」
 ピリルが逸早くアリアに飛びつき、叫んだ。魔法陣の暴走と共に、生贄の障壁は消えている。一同はその声に我に帰ると、それぞれ少年達を抱え、飛び出した。
 ――ぼり。ごり。ぐちゃ。がりがりがりがりがりっ!
『食事』の音に混じる、異音。
 振り返る。
「‥‥魔法陣が‥‥」
 呟きは誰の声だったろうか。
 破滅の魔法陣は内部から崩壊するかのごとく罅割れ、自壊し‥‥瓦礫状になった石畳に埋め尽くされていたのだった。