【華の乱】新・小さくて幸せな箱庭3

■シリーズシナリオ


担当:恋思川幹

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:9 G 99 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月04日〜05月14日

リプレイ公開日:2007年05月12日

●オープニング

●源徳家の危機
 同盟を結んでいたはずの伊達政宗率いる仙台軍が江戸城を急襲した。
 仙台軍の中には源氏嫡流の遺児である源義経の姿があり、江戸の源徳軍を大きく動揺させ、江戸城攻防戦の行方は不透明である。
 一方の上州では、新田攻めに協力するはずの武田、上杉までもが相次いで源徳家を裏切った。
 新田義貞、武田信玄、上杉謙信の猛追を受けながら、源徳軍は苛酷な撤退戦を余儀なくされたのである。
 さらに状況を混乱させる要素が飛び込んでくる。
 那須から巨大薄羽蜉蝣が、沖ノ鳥島から鳳凰が江戸に飛来しようとしているという。
 源徳家はまさに最大の危機に直面していたのである。


●長尾景春の進撃
 そうした源徳家の混乱に乗じて、鉢形城の長尾四郎左景春が動いた。
 今まで溜め込み続けてきた戦力を放出し、各方面へ侵出し始めたのである。
 戦力に勝る長尾軍に対し、源徳家危うしの報に浮き足立っていた源徳麾下の土豪や地侍は次々に降伏、あるいは落ち延びていった。
 景春はそうした降将達を手厚く遇し、噛んで含めるように助勢を請うた。
「これより先、源徳家の広大な領地は新田や伊達、武田の手によって、切り分けられていくだろう。そうした戦乱の中で生き延びるには、どうするべきであるか? 『鳥は高飛して、以ってソウ戈の害を避く』と言う。人もまた、高い志によって災いを避ける術を見出すべきだと思わぬか?」
 源徳家の衰退を既に定まった不可避の事実の如く語り、降将達の気持ちを揺さぶる。ソウ戈とは「いぐるみ」とも言い、矢に紐をつけて鳥を絡めとる猟具である。
「我が軍に協力して手柄をあげよ。その前歴の如何なるもを問わず、公平に恩賞を取らせ、部将に取り立てよう。我が長尾家が発展し続ける限り、出世栄達は思いのままである」
 景春のこの言葉は、たちまち武蔵国中に広まった。
 景春に対する抑えの役ばかりで上州征伐の華々しい舞台に参加できなかった北武蔵の領主達の一部には、その鬱々たる思いが、かえって景春を歓迎する気持ちに成り代わる者も少なくなかったのである。
 こうして源徳家の麾下にあった土豪や地侍を取り込みながら、ほんの数日で急速に勢力圏を拡大することに成功する。

 北は花園城、用土城などを占領して荒川北岸の守りを固め、東では畠山重能を打ち破っている。
 そして、南に向かった軍勢は小川、明覚と兵を進めて、さらに笛吹峠の南方にある苦林にまで進出したのである。


●比企氏三代
 比企氏の居城・松山城。
 市野川の作った平地帯に突き出すような台地上に築かれた典型的な山城である。
 江戸から川越を経て伸びてきた街道が、この付近で分かれて鉢形経由で藤岡に向かう道と、熊谷に向かい中仙道に合流する道とになる。
 仙台軍による江戸城攻撃、上州での武田・上杉の裏切り、それらに乗じた長尾景春の進撃。
 この事態に対して、比企氏の主要な武士達が評定を開いている。
「苦林だと? 姫巫女の社の目と鼻の先ではないか」
 比企藤四郎能和はもたらされた情報を聞き、長尾軍の進撃の早さに驚きを隠せなかった。
 そして、異父姉である姫巫女が合戦に巻き込まれる危険が現実のものとなった事に気持ちが重くなった。磐座比売命のお社は苦林の北東に位置する。
「姫巫女のことは、藤四郎、お前に一任している。だが、兵はあまり割けぬぞ?」
「もとより、この状況で兵を集めすぎては砦と誤認されかねません。何かよき思案を考えまする」
 左衛門の言葉に、藤四郎は答える。異変に備えていち早く冒険者は呼んであった。敵味方の定かでない混沌とした状況で、姫巫女の安全を確保するにはいかなる方策があるか。冒険者の忌憚のない意見を聞きたかった。
「しかし、かくも立て続けに異変が起きるとはの」
 当主である比企左衛門大志透宗は難しい顔をしている。
「お祖父様、一刻も早く源徳公をお助けする為、各地の狼藉者を討つ下知を!」
 まだ若い比企弥四郎時和が勢い込んで語る。若さゆえの純粋さは主君・源徳家康を助けることだけが、武士たる者の唯一の道であると信じている。
「落ち着け、弥四郎。我が比企家の兵力だけでは全ての敵を討つことは出来ん。誰が敵で誰が味方か、その中で急ぎ討つべき敵、それを討つための方策、考えて見定めるべきことは多くある」
「はい‥‥」
 藤四郎が息子の弥四郎を嗜める。比企氏も既に兵は召集していたが、単独で出来ることが少ないのが中規模領主として辛いところであった。
「して、父上。我らが比企家はいずこの勢力に味方するおつもりか?」
 藤四郎が左衛門に問う。弥四郎が異議を唱えようとしたが、藤四郎は視線で黙らせる。
「後世に名を残すだけであれば、源徳公に忠義を尽くすことだ。さすれば、勝敗に関わりなく、比企の名は忠勇の士として語り継がれるであろう」
 左衛門の言葉に弥四郎は「さすがはお祖父様」と満足げな表情をするが、左衛門はさらに言葉を続ける。
「しかし、家門を確実に残す為、名よりも実を取ることも考えるのであれば、難しい問いになる。源徳、新田、上杉、伊達、そして長尾。‥‥いずれがこの武蔵国の覇権を握るのか。いずこの勢力がこの比企の地の本領を安堵してくれるのか。今はまだ判断をつけかねる」
 左衛門はこめかみに手をあてて考え込む。
「いずれの勢力につくにせよ、日和見や裏切りの繰り返しは心証を悪くしましょう。今この時の決断は最後まで貫き通す覚悟がいりましょう」
 藤四郎は言う。心証云々を説くが、本音は武士として貫きたい誇りというものがある。そこは、やはり弥四郎の父親というべきか。
「此度の畠山殿の出陣要請に応じるならば、それは源徳家に忠を尽くし続けると内外に示すことになりましょう」
「私は源徳公に忠義を尽くしとおすべきと考えます。それが武士として取るべき道です。確かに今は不利な状況かもしれませんが、源徳公には味方の大名も多く、武蔵以外にも房総の領地があります」
 弥四郎は彼なりに懸命に考えて、源徳家に味方する利を説く。祖父と父が本音の心情はともかく領主としての怜悧な判断を優先しようとしていのを感じ取ったからである。
「ふむ。そして、源徳公にしてみれば、たとえ一時敗北したとしても武蔵は是が非にも取り戻したい地でもあるな。上杉や武田、伊達の間にどのような取り決めがあるかわからぬ以上、彼らが勝利者となっても、この地に影響力を持つかも判断つきかねる。まして、長尾ごときの下風に立つ気も起きぬ」
 左衛門はそう言ったことで、腹を決めたことを示した。
「出陣の下知を出せ! 畠山殿とともに長尾勢を攻撃する!」
 左衛門はやにわ立ち上がると、家臣達にそう宣言した。


 出陣の為ににわかに忙しくなった松山城内で、藤四郎は冒険者達に告げた。
「お前達には遊撃隊となって、我が軍を支援してもらいたい。これまで通り、姫巫女の神威を示す者達としてだ。が、最優先で守るべきものは、言うまでもなく‥‥姉上の安全だ」
 主戦場と予想されているのは勝呂原。姫巫女のお社から見て、南南東の方向である。途中、越辺川が流れている。
「長尾勢が姫巫女を狙ってくるとは思えないが、合戦の混乱の中でどういいった偶発的な事態が発生するかは予見できないものだからな」
 くれぐれもよろしく頼むと言いおいて、藤四郎は自分の指揮する部隊へと向かっていった。

●今回の参加者

 ea1467 暮空 銅鑼衛門(65歳・♂・侍・パラ・ジャパン)
 ea2011 浦部 椿(34歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea2478 羽 雪嶺(29歳・♂・侍・人間・華仙教大国)
 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea4492 飛鳥 祐之心(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9885 レイナス・フォルスティン(34歳・♂・侍・人間・エジプト)
 eb0833 黒崎 流(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1555 所所楽 林檎(30歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

所所楽 石榴(eb1098)/ 桐乃森 心(eb3897

●リプレイ本文

●武運長久の祈願
 華麗な巫女装束を身に纏った磐座比売命がに、社の神職達が祝詞を唱え、榊の枝を振って水を振り掛けていく。
「‥‥」
 姫巫女の護衛として武者隠しの中にいる黒崎流(eb0833)はその様子を見るのは二度目である。また、神職の中には所所楽林檎(eb1555)と浦部椿(ea2011)の姿が混じっている。
 三人が今回の磐座比売命の護衛を引き受けた冒険者である。
 やがて、頬を伝って水が零れ落ちていくほどに、磐座比売命の体がしとどに濡れていくと‥‥。
「あ、ぁあ‥‥あああぁぁっ」
 磐座比売命の様子に変化が現れる。
 烏の濡れ羽色をした髪が、濡れて重くなっているにも関わらず、重力に逆らって舞い上がる。
 黒瑪瑙のような瞳が、紅玉の色に染まる。
 神が磐座比売命に舞い降りたのである。
(「確かに‥‥こうした神々しい場においては、正真の神懸りのように思われるな」)
 宮侍でもある椿は磐座比売命の傍らにあって、そう思う。ジャパンにおける「カミ」とは人智の及ばない存在を呼び習わす言葉であり、精霊、妖怪、黄泉人などでさえ含まれる。ハーフエルフの狂化もまた、人智を及ばない現象であり、そこに「カミ」の意思をジャパン人が感じることは決しておかしなことではない。
(「‥‥ただし、『混血種』という言葉がなければ‥‥ですか」)
 林檎はその単語に込められた枷の大きさを思う。
 神懸った磐座比売命に比企氏一族と「神威の勇士」達は戦勝を祈願した。


●姫巫女に未来を
 武運長久の祈願が終わると、左衛門と弥四郎は急ぎ山を降り、自陣へと戻る。
 藤四郎だけが冒険者達との話し合いの席を持つ為、お社に残る。
「座笆殿を箱庭から巣立たせては如何か? 怪異は後を絶たず、仁の道は廃れ世は乱れ、民は苦しむばかり。しかし、そのような世であればこそ、姫巫女の行方を眩ますことはあの時よりも容易くなっているはずだ」
 流が藤四郎に提案する。かつて、姫巫女を箱庭から解放しようとした時、流を含めた冒険者達は具体的な見通しが立てられなかった。
「行き先は京都か、長崎か。座笆殿の出自を考えれば、外国語や精霊魔法など‥‥特別な技術を学んで頂くのが先々の糧にもなりましょう」
「出来るなら座笆さんには戦乱の影響がないところに移ってもらいたい。だが、江戸も京都も混乱しているし、拙速は避けるべきだと思う」
 飛鳥祐之心(ea4492)は流の提案に異を唱える。同様に現在の混乱した状況であれば、藤四郎の庇護の下にあったほうがよいと考える者がいる。
「何より大切なのは‥‥姫巫女様、いえ、座笆様の想いであると思います」
 林檎の言葉は多くの冒険者が同意するところである。
「私にはどんな事があろうと、姉上を守り抜く覚悟はある。しかし、それでは‥‥乱世の暗雲が立ち込め始めたこの時、比企家の浮沈に姉上を巻き込んでしまうことになるだろう」
 源徳家康でさえ、江戸城を追われ落ち延びるという憂き目にあっているのだ。


●勝呂原合戦
 西進した畠山軍が比企軍に合流した。
 その翌日の朝方。越辺川を挟んで対陣した両軍がついに激突する。
 左衛門や荘司次郎と渡河を迎撃しに来た長尾軍の矢野兵助との間で互いの名乗りが終わると、鏑矢が放たれた。
 合戦の始まりである。
「先陣は我ら藤四郎隊のものぞ! 続け、続けぇ!」
 藤四郎が部下を叱咤すると、部隊を前進させる。士気を盛り上げる為に比企氏の嫡子たる藤四郎が自ら先陣を切る。
「神威の勇士、蒼き守護者カイ・ローン、助勢する!」
 藤四郎の隣に馬を並べたカイ・ローン(ea3054)は、そのまま越辺川の流れの中に乗り入れる。
「放て! 放てぇ!」
 対岸から長尾軍による矢が浴びせ掛けられる。射られた兵が川の流れの中に倒れ、将が馬から落ちる。
 だが、太鼓の音とともに味方の陣からも矢が放たれて、長尾軍を牽制したことで攻撃の手が緩む。
「怯むな! 軟弱な長尾の矢で受けた傷など、ポーションでたちまちに癒える! 恐れるまでもない! っ‥‥藤四郎殿っ!」
 味方を激励するカイは、藤四郎目掛けて飛んでくる矢に気づいて『聖なる母』の加護を乞う。目に見えない聖なる結界が矢を弾き飛ばす。
「すまない! 皆の者、畠山勢も先陣を狙っているぞ! 負けるな!」
「この程度の流れに何するものか、神流川の合戦はもっと苛烈だったぞ! 同じ源徳家臣に遅れを取るな!」
 藤四郎とカイは共に兵を叱咤して渡河を続ける。
「ナガレ、ここまでご苦労だったな」
 上陸したカイは愛馬ナガレの首を撫でてやると、馬から下りる。
 この日のカイの出で立ち、「心眼」「必勝」の二重の鉢巻、燃えるような赤いサーコートを着込み、両手で妖精の騎士ピグウィギンが使うといわれる草の柄を持つ槍を振るった。
「一丸となって敵の懐へ突き進め!」
 手近な敵に槍を突き入れながら、カイが呼びかける。
 敵味方の距離を詰めれば、迂闊に集団攻撃の魔法は使えない。逆に退く時はバラバラに散開する。単純ではあるが、野戦における対精霊魔法戦術としては基本的なものである。

 先鋒が対岸に橋頭堡を確保すると、長尾軍も負けじと源徳軍を川へ追い落とそうと包囲を狭めてくる。源徳軍は先鋒に続く部隊を投入し、川を渡らせる。その中に神威の勇士達の姿も見られる。
「俺は比企の家を守護せし姫巫女の神威を示す者だ! 腕に覚えがある者は、相手になろう!」
「子虎印の飛脚・雪嶺、姫巫女さまの神威を届けにきたよ!」
 レイナス・フォルスティン(ea9885)と羽雪嶺(ea2478)が先鋒部隊に合流して、そのまま敵中に押し入っていく。
 渡河攻撃は困難を伴うが故に高い士気を必要とする。最初の攻撃で失敗すれば、源徳家康敗退の報に揺れる源徳軍に二度目の攻撃が可能であるかは判断つきかねる。
「姫巫女さまの神威を信じてっ! 比企の家にはご加護があるんだ!」
 雪嶺は闘気で強化した龍叱爪に渾身の力を込めて振るい、敵を押し戻そうと必死である。虎皮の陣羽織を纏った姿はまさしく戦場を駆ける虎の如しである。
「神威の勇士の名は聞いたことがあるぞ! その虎皮を我が武勇の証とせんっ!」
 三本撓いの旗指しをつけた鎧武者が雪嶺に向けて槍を突き入れる。
「そのくらいじゃ!」
「なんとっ!」
 三本撓いが繰り出す槍を爪で跳ね上げると、雪嶺は槍の内側へと潜り込む。咄嗟に槍を手放し、腰の脇差に手をかける三本撓い。
「遅い! 爆虎掌!」
「っ!?」
 雪嶺の掌が鎧に押し当てられる。が、三本撓いは衝撃も何も感じない。
「がはっ!」
 一瞬の後、雪嶺の掌から発せられた「気」が弾けた。
「ま、魔術だぁ!」
 鎧武者が素手の一撃に倒れた様子を見て、長尾の足軽が悲鳴をあげる。その浮き足だったところへ、レイナスが鋭く斬り込んでいった。
 しかし、長尾勢もここで源徳勢を食い止めることの重要性を承知しているから、容易には退こうとしない。

「ごぱぁっ!! はぁっ、はぁっ」
 と、下流側の長尾勢の側面から川面を割って、何かが出現した。
「な、なんだ!?」
「神威の勇士、暮空銅鑼衛門と参上でござる〜。義によってこの地に助太刀いたすでござる〜」
 驚いた長尾兵が槍を向けた先には、蒼い狸、もとい猫の着ぐるみをきた暮空銅鑼衛門(ea1467)が水を滴らせながら上陸する姿があった。
「いや、水も滴るいい男とはよく言ったものでござるな。ぺっ」
 口の中に入り込んだ水草を吐き出すとニタリと笑った。身長の低さとたっぷりの体脂肪により、渡河の途中で下流に流されてしまったのである。
「なめんな! ふざけやがって!」
 槍を構えた足軽の一隊が銅鑼衛門に向かってくる。
「はああっ!」
 銅鑼衛門の刀が振り下ろされると、扇状に広がった衝撃波が足軽達を襲う。銅鑼衛門の珍奇な出現や姿に油断があった足軽達に避けられるものではなかった。
 周囲に味方がいない乱戦において、銅鑼衛門の衝撃波攻撃は凶悪な威力を発揮した。川に流されたことで思いがけず敵の後方を霍乱することとなった。

 後方での混乱に長尾勢の前線に綻びが生まれる。
「おらおら、俺ぁ、神流川合戦からずっと怒りが収まっちゃねぇんだ!」
 その綻びに向けて、無謀とも言える突進を行うのは祐之進である。
 棘の付いた鉄球が大きく宙を舞い、長尾勢の武者の兜もろとも頭蓋を粉砕する。
 祐之進がホーリーパニッシャーを振るうたびに、長尾勢の将兵が薙ぎ倒されていった。一重に武器の重量を乗せた重い一撃を高い技量で繰り出す祐之進の実力あってのことである。
「ちんけな名誉の為に世の中引っ掻き回す奴ぁ、纏めてはっ倒す! 神威の勇士の力、嫌んなるぐれぇ味わせてやらぁ!!」
 真白い忍鎧と蒼い外套を返り血に染めて戦う祐之進の姿はまさに鬼神の如しである。この合戦で彼と戦い、かろうじて命を取り留めた者達は「飛鳥祐之進は赤い戦装束であった」と語ることであろう。
「こちとら信念の為に、惜しむような名前も地位も捨てた身よ。てめえらなんかに討ち取られてたまるかってんでぇ!」
「おのれぇ! 浪人風情が吠えおったな!」
 祐之進の一言は長尾についた武士達の逆鱗に触れる。彼の周りの戦場はますます凄惨さを増していく。


●姫巫女のお社
 勝呂原での合戦が熾烈を極めていた頃、お社も緊張はあるものの、概ね平穏であった。
「先の戦という受難を乗り越え、天は家康公を未だ生かしておられる。あなた方は姫巫女をしっかりとお守りし、天の不興を買わぬ様に励んで欲しい」
 仰々しく語るのは流であるが、すぐにおどけた調子で、
「何、自分も手伝うし、いつも通りにやって頂ければ十分だからね」
と、微笑んでもみせる。そうした流の気配りがよく行き届いたおかげもあるのだろう。
「お社の中は今のところ、問題はないようだ」
 見廻りから戻ってきた流が報告する。
「‥‥流か。この書物は面白いの。色々な動物や植物が記されておる。惜しいのはわらわも松風も英語を読めぬことじゃな。おぬし達は読めるのか?」
 流が献上したイギリス王国博物誌を、座笆は楽しそうに眺めている。その髪には紅白の梅の花をあしらった精緻なかんざし。座笆のお気に入りの品の一つである。
「異国の呑み友達が置いていった物で、実は自分にも読めません」
「座笆様が本当にこの書物を読みたいと思われるのでしたら、御仏の与えた言語の壁という試練も乗り越えられるに違いありません」
 頬をかきながら苦笑いする流から、言葉を継いで林檎が語る。
 黒派仏僧らしい考え方であるが、今はそれから先のことにも踏み込むつもりでいた。
「うふふ、座笆様は根が学問嫌いでございますから、難しゅうございましょう」
「ま、松風、さような大昔の話を持ち出すでない。今では多くの歌も諳んじることも出来るのは知っておるじゃろう」
 羞恥に頬を染めて反論する座笆に、松風局はくすくすと笑う。かつて勉強嫌いであった座笆は、冒険者達に諭されて楽しく学ぶということを覚えた。学ぶことの楽しさでないのが、ミソかもしれない。
「友としてお尋ねします。座笆様には何か目標はありますか?」
 林檎が話を切り出した。藤四郎の座笆を比企氏の浮沈に巻き込むまいとする想いがある今こそ、姫巫女が自分の人生の為に選択を行える好機であった。
「この書物を読みたいという想いが強ければ、イギリス語を学ぶことも苦にならないように、人の一生も目標となる強い想いが糧となり、試練という壁を乗り越える力となります」
 林檎は姫巫女に自身の未来を選び取って欲しいと願う。試練とは与えられるのを待つものではない。自らの望む道に向かって歩む時に立ちはだかる壁であり、立ち向かう物であるのだ。その先の目的地を目指す為に、である。
「わらわは‥‥」


 門前が騒がしくなったのを聞きつけた椿が駆けつけてみると、そこには敗残の兵と思われる一隊がいた。
「此処は山の神の社である、御神域を兵馬で侵そうとするは、いずれの不心得者か!」
 警護の兵達が警戒している中、椿は一人歩み出て兵士達を一喝した。
「わ、我らは畠山家臣の者にござる。敵に追われ、逃げおおせてまいりました」
「畠山殿の? 合戦はどうなったのだ? 比企の藤四郎殿や左衛門殿達はいかに?」
 畠山の家臣と聞いて椿もお社の者達も色めき立つ。畠山氏の敗北は同盟者である比企氏の敗北でもある。
「いえ、我らは菅谷館の留守居を任されていた者にござる。くっ‥‥」
「‥‥江戸の再現とでも言うのか」
 泣き崩れる兵達を見ながら、椿は呟いた。


●誘い
 長尾勢の先鋒部隊を率いていた矢野兵助は越辺川の渡河阻止に失敗したのを悟ると、勝呂原に兵を下げて本隊を含めた野戦へと勝負を移した。
「見つけたぞ! そこの異人、今度は貴様の名前も聞かせいっ!」
 レイナスに向けて、仁王胴、兎形兜の鎧武者が太刀を構えて駆け寄ってくる。
「ウサミミノスケか!」
 レイナスがかつて高見原の合戦で対決した越後浪人・宇佐美巳之助である。
 高見原の折よりも数段鋭くなった剣閃をレイナスはかろうじて受け止める。そのまま鍔迫り合いで顔を付き合わせる二人。
「さあ、名乗れ!」
「レイナス・フォルスティン‥‥姫巫女の神威を示す者だ‥‥」
「レイナスか! 雪辱を晴らさせてもらうぞ!」
 鍔迫り合いから力押しにレイナス突き飛ばす巳之助。レイナスはなんとか姿勢を保ち、聖剣アルアスを構え直すと踏み込みに緩急をつけた一撃を繰り出す。
「っ!? なんだ、今のは」
 巳之助は確かに頑強な鎧を着ているが、手応えにそれだけではない違和感があった。
「長尾家臣・宇佐美巳之助。もはや、かつての浪人ではない!」
「オーラか!」
 レイナスが巳之助の新たな力を得ていることを知る。
 その時、長尾軍の退き太鼓が打ち鳴らされた。退却の合図である。
「ちっ! この勝負、預けたぞ!」
 巳之助は言い置いて、その場を離れていった。


 勝呂原の合戦は源徳勢の優勢のうちに終わった。
 しかし、四郎左の計略により畠山氏の本拠地である菅谷館が陥落した。戦略的には敗北を喫したと言えた。
 銅鑼衛門の霞刀が折れるまで酷使される程の激戦であったが、カイの献上した二百個のポーション、戦線の安定とともに負傷者の救護に駆け回った雪嶺の献身もあり、比企軍の損害は少なかった。
「皆、此度の戦働きご苦労であった。状況はより厳しくなったが、ここでの勝利は無駄にはならん」
 藤四郎が神威の勇士達に労いの言葉をかける。
「此度の合戦と迷宮探索の功を以って、お前達を我が比企家の客将と遇するよう父上に進言しよう。客分ではあるが、比企家中で一定の発言力を持つことを許す。姫巫女様の為に役立てて欲しい」
 冒険者達は顔を見合わせた。
「望むなら比企家の正規の家臣にも取り立てよう。‥‥私にお前の信念の代わりになれる器があるかは知れぬがな」
 藤四郎は祐之進に言葉をかけて自嘲した。