【鎌倉藩】護りの心得

■シリーズシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 95 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月31日〜08月06日

リプレイ公開日:2008年08月21日

●オープニング

「もういいのか」
「はい。ご心配をおかけしました」
 死の淵を彷徨った日乃太も、医師の手厚い看護と冒険者から差し入れられた薬とで、すっかり良くなっていた。まだ体力が戻りきっていない様子ではあるが、右腕が無事に戻ってきた事で、守国の肩からは力が抜けている。
 ‥‥抜けすぎて、障子の側面にだらりともたれながら庭を眺めているのはいただけないが。
「しかし解せないのは、お前が狙われた理由だな」
 季節は夏も中盤に入る頃。日増しに暑くなっていく。
 扇子で自身を扇ぎながら、守国は首元を緩めた。
「だらしがないですよ」
「お前しかいないんだ、許せ」
 同じようにしていいぞと言われても、主の前でそのようにできるわけがない。
「‥‥理由なら、予想がつきます」
「ほう?」
 仕方のない奴だと、守国は堅物な従者に向けて扇いでやる。日乃太は軽く頭を下げてから話を続けた。
「僕を傷つける事で、他の事に対処できる余裕を若様から奪おうとしたのでしょう。恐らくは、五頭竜復活までの時間稼ぎの為に。かの伝説を知っているのならば、五頭竜に対処できるのは弁財天である事も知っているはず。そして弁財天を呼ぶ事ができるのは、社を管理しているこの鶴岡である事も――」
「成る程。が、お前一人が怪我をした程度で私が取り乱すと?」
 ふふん。
 ふんぞり返るようにして守国は鼻を鳴らしたが、日乃太はそれににやりと笑って返した。
「医師から、若様に胸倉をつかまれたと聞きましたよ」
「あいつめ‥‥余計な事を」
 ちっ、と今度は舌を鳴らす。
「若様ご本人ではなくあえて僕を傷つける対象に選び、しかも確実に命を奪う事無くその場に放置したのは、逆にあちらの余裕を見せ付ける為かもしれませんね。いつでも手を下せるぞ、という」
 向野の存在は関係なく。彼女らの邪魔をするのであれば‥‥これくらいでは済まないぞ、と。
 脅しのつもりか。もしくは、そうするという事実をただ見せつけたなだけなのか。
 ぱちんと軽い音と共に、守国の扇が閉じられた。立ち上がり、襟元を正す。
「弁財天の社前に舞台を作らせろ。簡易でかまわん、ただし頑丈なものを」
「早速手配します」
「その間に、冒険者ギルドへ連絡を入れておけ。今回は人手がいる。『蓮花』をここの守りに置いておくとすると、奏者も踊り手も足りなくなるからな。社に赴く者の護衛はいつもの者達に任せよう。」
 『蓮花』‥‥その名が出た瞬間、日乃太の眉がわずかに揺れた。
 鶴岡とその管理者を守護する事を目的とした、戦闘技術を有する者達の集まり。それが『蓮花』である。普段はその素振りも見せず、他の者と同様に日々の勤めを果たしている。彼らが招集されるのは、有事の際のみ。
「同時に襲われてはかなわんからな」
「若様は?」
「社に行くさ、勿論。お前はどうする」
「愚問です」
 主が出るというのなら、従者は付き従うのみ。その必要があるならば弓も取る。

 ◆

 そして、江戸の冒険者ギルドに二通の依頼書が届く。
 そのうちの一枚がこちら。

 ――求む、夏祭り中の見回り+若様の監視

●今回の参加者

 ea0443 瀬戸 喪(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0629 天城 烈閃(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4927 リフィーティア・レリス(29歳・♂・ジプシー・人間・エジプト)
 ea7767 虎魔 慶牙(30歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 eb5401 天堂 蒼紫(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb5402 加賀美 祐基(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb9508 小鳥遊 郭之丞(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ec0205 アン・シュヴァリエ(28歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・イスパニア王国)

●リプレイ本文


 初めに述べておく。鎌倉本土と江の島を結ぶ「橋」などというものは存在しない。
 人も荷も、渡し舟によって行き来する。干潮の時のみ、歩けるくらいの細長い州が現れるが、それ以外の時間のほうが長いのだからやはり基本となるのは舟である。
 社へと向かう一行も、不審人物がいないか見張るという虎魔慶牙(ea7767)以外が分かれて舟に乗る事になった。かなり重量のある戦闘馬が複数頭いたのは厄介だったが、その飼い主達が守国達本隊よりも先行して船着場に着き向こう岸へと渡り始めていた為、さして時間を失う事もなく。
 むしろ最も時を必要としたのは、天堂蒼紫(eb5401)と加賀美祐基(eb5402)による資材購入と、その資材を使っての社付近への罠の設置だった。臨戦態勢を整えていたさなかの鶴岡に彼らの使いで市場に出かける余裕などなく、本人達が行くほかなかった。罠を仕掛けるのは蒼紫なのに、金の出所はなぜか祐基の財布というあたりに二人の力関係が滲み出ている。結局設置も手伝わされた祐基だが、蒼紫のようにはその方面が得意ではないので段取りが悪く、蒼紫にちくちくと言われ涙する羽目になった。

 嵐の前の静けさを楽しむ者達を横目に、リフィーティア・レリス(ea4927)が仲間に話しかける。
「その女が首領の盗賊と向野家っていうトコが怪しいのか。後はデビルっぽいヤツが居る、と」
 ジプシーである彼女‥‥否、彼は、どちらかというと舞い手となりたかったらしい。だが見事女性ばかりが集った結果から言うと、舞い手にならなくてよかったのかもしれない。戦う事はあまり得意ではないと言うが、やるしかないのだ。
 瀬戸喪(ea0443)は己の指にはめている指輪を確認した。大粒の宝石、その中にいる蝶は羽ばたく事無く佇んでいる。先日の依頼の折、向野邸近くの寺の傍やこの社付近で蝶が羽ばたいたので警戒しているのだ。とはいえ、蝶の感知能力はさして秀でているわけでもない。相手にこちらを傷つける意図があるのなら、羽ばたきを確認するよりも早く気づく必要がある。
「‥‥とりあえず、紛れてはいない、と」
 着替えを始めるという儀式の参加者達の後姿を見送りつつ、少しだけ肩の力を抜いて、指輪のはまっている側の腕を下ろす。悪魔らしきものが絡んでいれば厄介だ。しかし十中八九、その厄介な事になっているのだろう。ならば今まで後手に回っていた分まで、少しでも先手を取らなくては。
「まあ、デビルだろうと盗賊だろうと、ぶっ潰すだけですけどね」
 綺麗な顔に似合わず物騒な事をさらりと言う。だがそれは、必ず成功させようという意思の表れに思われた。

「伝説の存在を呼び出すための儀式か‥‥これほど見応えのある舞台は他に無いだろうな」
 着替えを終えた者達を前にして、天城烈閃(ea0629)が目を細めた。彼女達は揃いの衣装を身にまとい化粧を施し、手には楽器や鈴、扇などを携えている。緊張はあるものの意識は既に、神にまみえる為に研ぎ澄まされている様子だ。
「ゆっくりと見ている事が出来ないのが残念だ」
 烈閃は十人がかりで弦を張るといういわく付の弓を手に、矢筒を背負い、呼子笛を首から提げる。幾多の冒険や戦いを潜り抜けてきた烈閃とて、緊張ならしている。守る事を目的とした戦いに失敗は許されず、予測される様々な敵の襲撃にどのように対処すればいいのか、思考を巡らせる必要があるからだ。
「折角、美人さんが揃っての神楽舞だってのに‥‥。はぁ‥‥あづい‥‥暑さで頭がどうかなりそうだ‥‥」
 その一方で、社の作る影に入って休んでいるのは祐基である。蒼紫と二人で炎天下の中、罠を設置していたのだから無理もない。途中の茶屋で冷えた水を購入していた小鳥遊郭之丞(eb9508)から分けてもらい、祐基の喉が潤っていく。喉だけではない、体も、気持ちも、すっと筋が通っていく。
「神聖な舞を邪魔するような無粋な真似は、誰にもさせない。その分、最高の舞台を見せてくれることを期待しているよ」
 自らの内側をちらとも覗かせずに、烈閃は舞い手の者達に微笑みかけた。余裕を見せる事で安心してもらえるようにとの気遣いだ。
「儀式の成功の為にも、何より彼女達の安全を守る為にも、俺らが頑張んなきゃな。うし、やる気出てきたー!」
 拳を突き上げる祐基。落ち着いた風の烈閃とはどこまでも反対だが、儀式参加者達の強い心の支えとなるところは変わらない。
「そうだ、邪魔をさせてなるものか」
 低く呟いたのは郭之丞。冷水入り竹水筒の口を閉め、各人に配る。
「竜が目覚めては、大勢の知り合いがいる江戸にも危害が及ぶやもしれぬ。最早鎌倉の為だけではない、この身果てようとも儀式の邪魔はさせぬ」
 江戸と鎌倉は片道に二日とかからぬくらいしか離れていない。山ほどもあるという竜なら一跨ぎで済んでしまうかもしれない。そそのかされて暴れ始めれば、一体どれほどの被害が出るのか、見当もつかない。
「‥‥この国に何が起こりつつあるのか、見定めないといけないわね」
 鎌倉の外で起きている出来事に触れる事で、アン・シュヴァリエ(ec0205)の信仰に揺らぎが生じていた。しかしそれでも民を守るのが騎士たる者の務め、何があってもそれは変わらないと、彼女もまた、守る為の戦いに身を投じる。


 警戒が続く中、儀式は粛々と進んでいた。
 社の後方に広がる海は平穏で、時折、漁をする舟が通りかかってはこちらに手を合わせていく。儀式開始の直前まで烈閃がブレスセンサーを用いた索敵を行なっていたが、たまに引っかかる相手は日常と異なる空気を察して様子を伺いにきた島の住民でしかなかった。大事な儀式だからと話をつけ、他の島民にも知らせるように頼んでからはその野次馬すらも来なくなり。
 ジャパン人の少女として見習い巫女を装うアンが二度目のミミクリーかけ直しをする頃には、儀式もたけなわ。歩き回って警戒する者の足が疲労を感じ始め、待機してひたすら備える者の体が固まってき始め、冷水も底を尽きていた。
 最初に異変を察知したのは、慶牙が上空を見回らせていた隼、凪だっただろう。
「どうした?」
 急降下してくる凪に慶牙は呼びかける。特殊な指輪の効果で互いの言葉は通じ、江の島に向かう複数の舟がいると凪は告げる。位置からして渡し場からの舟ではない。物々しさからして漁師ではない。
「なるほど、そう来たか」
 道をひとつと思うなかれ。もう少しばかり頭を柔らかくすべきだったかと、楽しそうに笑いながら凪を再び飛ばし、自分は渡し守から奪うようにして櫂を手にした。

 呼子笛の甲高い音が響き渡る。社周囲には凪の言葉がわかる者はいなかったが、上空旋回ではなく降下してきた事により、皆は異変を察知したのだ。儀式を彩る音色の妨げになるところだったが、機転を利かせた笛吹きの働きにより、騒音にしかなり得なさそうなその音すらも、旋律の中に組み込まれた。
 ややあって、今度は鳴子。カラカラと乾いた音はよく響き、また旋律の中へ。

 最も早く対峙する事になったのは、社までの道中を張っていた喪だった。罠の発動した方角へ向かい、敵の姿を目にして、衝撃波を放つ。勿論相手側は彼の存在に気がついたが、彼に対処する為のほんの数名のみを残して、残りの者達は目もくれない。儀式の邪魔を優先しているという事だ。
 服装からして、向野の臣下。例の盗賊関係ではない。
「‥‥郭之丞さんや慶牙さんに色々言われないで済みますね」
 全力で速やかに叩き潰し、残りを追う。その残りも潰す。
 にこやかな笑みを保ったまま壮絶な思考を繰り広げつつ、喪は太刀を鞘に戻す。刀を構えて向かってくる敵を切り捨てる為に。

 喪の遭遇した集団とは異なる角度から、別の集団が、社への接近に既に成功していた。もう一人でも社への道中に待機していればまた違っただろうが、彼らは比較的すんなりと到着していた。
 しかし舞台袖に設置されていた鈴が鳴ったという事は、幾つかの罠にかかっているという事。今は茂みで姿を確認できなくとも、潜んでいる方向はわかる。
 睨み合いだ。あちらはこちらが痺れを切らして向かってくるのを‥‥自分の射程に入ってくるのを待っている。とすれば――
「例の?」
「だろうな」
 祐基が短く尋ねれば、郭之丞が頷きと共に答える。覚えのある戦法だ。恐らく得物は弓が中心のはず。
「俺から行こう」
 烈閃が背に負う矢筒から取ったのは三本。ただでさえ視界内にない的、命中率は格段に落ちるが、当たれば御の字という程度。目的は霍乱なのだから。
 引き絞られる弓。限界までしなる弦に呼応して駆け出したのは、疾走の術を用いていた蒼紫だった。
「運動不足解消に付き合ってもらうぞ!」
 茂みから数名が立ち上がったが、遅い。彼らが弓を放つより先に烈閃の放った矢を回避しようと試みる、そのさなかに、蒼紫が銀色の金属拳を叩き込む。殴られて足をふらつかせた男は隣の者を巻き込み仰向けに倒れた。ちっ、と舌打ちが聞こえれば、二段構えになっていたらしく、茂みから更に弓を構えた数名が立ち上がる。しかし彼らの放った矢など、術により回避能力も上昇している蒼紫には当たらない。
 とはいえ回避されただけの矢は勢いを削がれる事無く、後方へ、そして舞台へと飛んでいく。
 勢いよく開かれたのは傘だった。矢は補強された傘に弾かれ、地に落ちた。
「気を緩めるなよ、天堂殿っ」
 傘を持つ郭之丞の呼びかけに、倒れた男の急所を足で潰そうとしていた蒼紫が体をのけぞらせる。ほんの数秒前まで首もとのあった所を、手刀が鋭い動きで通り過ぎた。
「んー、やりにくいねぇ」
 覆面をしているが声は女のそれ。そして郭之丞には忘れられない声。盗賊の頭領だ。彼女は蒼紫が回避術に秀でていると気づくや、迫ってきた祐基に標的を移した。振り回される拳を刀で受け流す祐基だが、故に攻撃の手数が削られていく。
「こういう時くらい、不幸発動とか勘弁してくれよ?」
 矢の雨は相変わらず舞台に照準が定められ、郭之丞の傘でしのぐ。その間、烈閃の補助を受けながらリフィーティアが駆けていき一人ずつ仕留めようとするが、確実さを重視しているので時間がかかる。
 また鳴子が鳴り、鈴が鳴り、狐が鳴いた。リフィーティアの連れていたレティスが首をもたげた方向に視線をやれば、複数人の武士だった。
 一目散に舞台を狙う武士達に、郭之丞は傘を捨て、刀を抜いた。できれば盗賊と蹴りをつけたかったのだが、この位置関係ではそうも行かない。数は減ったもののまだ飛んでくる矢への対処は、水晶の盾を携えたアンが引き受ける。それに気づいた武士は半数を彼女に差し向けた。
 人数の差からしてぎりぎりだった。道を塞ぎきれず、敵の一人が舞台に手を伸ばそうとする。その手に突き刺さったのは追いついた喪の放った真空の刃だった。
「気張るもんやなぁ」
 これなら何とかなると、思いそうになった時。暢気な言葉は社の屋根から降ってきた。屋根の見える位置に移動した日乃太が奥歯を噛み締める。コウだ。
 周りに黒い翼の異形の者達を連れる姿に、もはや躊躇う余地もない。日乃太が引き絞り放った矢は一匹の異形の翼を射抜いた。
「デビルに傷を負わせた‥‥? その弓、ただの弓やないな」
「鶴岡の清めた弓です。油断しないほうがいいですよ」
 コウが舌打ちと共に片手を上げると、異形達が羽ばたいた。日乃太は次の矢を放つが足りるわけもない。
「日乃太さんは守国さんを!」
 リフィーティアと烈閃の活躍で盗賊からの矢はもう心配ない。アンは盾と杖で防ぐ対象を異形からの攻撃へと変えた。しかし相手の数が多くてさばき切れず、確実に傷が増えていく。数を減らそうにもただの杖で痛みを覚える奴らではなく、それが可能な曲刀は自分で舞台の陰に隠してしまっていた。
「今のうちに!」
「大丈夫、これくらいなら‥‥っ」
 喪の放つ刃に合わせて郭之丞がアンの援護へ。薬を飲めと促されたアンは言われた通りに行動したものの、曲刀を取りに行けばもう一本飲む事になるだろう。
 弓兵は倒れているものの肝心の頭領は蒼紫と祐基を相手にしながらもまだ倒れていないようだ。回避に全力を傾ける事にしたらしい。リフィーティアは喪と共に武士の対処にまわり、烈閃は空へ逃げようとする異形に矢を射掛ける。あともう一手ほしい。自身も薬をあおりながら郭之丞は思った。
「これでもくらいなぁっ」
 飛び込んできた馬の上から闘気が放出される。レミエラの効果によってそれは敵にのみ痛みを与えた。
「虎魔!」
「待たせたなぁ、小鳥遊。悪いが頭領は俺がもらうぜぇっ」
 身の丈六尺を超える黒く光る刀を手に突撃していく姿はある種異様であり、武士達が浮き足立った。これならいけると郭之丞が刀を握りなおす一方、また薬を飲み干したアンが口元を拭いながら首を振る。
「まだ油断できない‥‥あの尼僧が出てきてない!」
「そうだ、あの方が来られたならお前達など――」
 誰もが、あの諸悪の根源が登場するはずと考えていた。それは武士達も同じで、かの者の異能を知っているらしく、現れさえすればそこで勝負がつくと確信しているようだった。
「来ぃひんで」
 けれどコウは冷静にそう告げた。無情にも。
「吉祥天様はアレを起こすのにご執心や。こんなちっさい藩のちっさい揉め事に付き合うのもほとほと疲れたんやと」
「なっ‥‥では、我らを裏切るというのか!?」
「心外な言い草やなー。裏切るんとちゃうで。‥‥最初から利用してただけに過ぎん」
 高笑いをするコウと、侮辱された怒りに震える武士達。仲間割れか。であればこの機に決めるべきか。
『ダマレ』
 冒険者達が決めあぐねるよりも先に、社から飛んできたたった一言で、高笑いは笑っていた者の意思に反してぴたりと止まった。
「人んちで何暴れてやがんだか。こちとらイイ気持ちで鑑賞会してたってのにお前らに邪魔されて、機嫌悪いんだよ」
 極彩色に溢れた着物を、はだけたと表現してもよいほどに着崩して。長くつややかな黒髪は適当にしかし優雅に結い上げられて、何本もの簪で留められている。眉間にはしわが寄り、眉自体も吊り上がっていて、真っ赤に塗られた唇から出る言葉どおりに機嫌が悪い事が伺える。
 それなのに美しいとしか形容できないその女性。水が女性の周囲を漂っているところからすると、この女性こそが――弁財天。儀式は無事に終了したのだ。
「それとも何、凍らされたい? 氷漬けにして海に沈めてやろうか?」
 神と称されるほどの存在など相手を仕切れない、と判断したようだ。コウは口の動きだけで捨て台詞を吐くと、残っている異形を引き連れ、空の向こうに消えていった。
 残念な事に追撃するほどの余裕が残っておらず、武士達にも撤退を許してしまう事となったが、盗賊首領と弓兵の捕縛には成功した。まだ課題が残っているとはいえ、大きく前進できたのは間違いなかった。