【鎌倉藩】燃ゆる鎌倉

■シリーズシナリオ


担当:言の羽

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 95 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月28日〜08月03日

リプレイ公開日:2009年09月07日

●オープニング

「なんだと!?」
 声を荒げたのは雉谷長重。現在この鎌倉藩の実権を握る若き藩主嫡男、細谷一康の教育係である。もともと気を高ぶらせやすい性分の長重だが、今はまさに仁王のごとき表情だった。
 彼が荒ぶる原因、急報を運んできた伝令は、恐ろしさに顔を上げられなくなった。
「怯えさせてどうするのですか。座りなさい、雉谷」
 伝令の正面に座していた一康は、あくまでも整然とした口調で、腹心をなだめる。
 そんな悠長にしている場合では――と主に異を唱えようとした雉谷だったが、その主の膝の上できつく握り締められている両の拳に気づき、大人しく命に従った。
「‥‥間違いなかろうな」
「小田原を発し、確かにこの鎌倉へ向かっております」
「数は」
「3000は優に‥‥」
 ドンッ!! と室内が震えた。雉谷が畳を殴りつけたのだ。一旦は収まった激情がさらに膨れ上がって噴出していた。
 戦乱の続くジャパンで中立をうたい続けた鎌倉。
 江戸に程近い要所にありながら、源徳にも反源徳にも加担せず、そして、どちらの軍に対しても領内通行を禁止した。
 小さき鎌倉には最初から荷重だった。城すらもない藩なれば民も貧しい。人口も多くなく、徴兵できる数もたかが知れている。良い武具を揃えられるわけでもない。いずれの陣営に矛先を向けられようと、向けられた時点で首がはね飛ぶ。
 今まさに、巨大な矛先は鎌倉の首元に届こうとしている。
 小田原城を発した源徳家康率いる源徳の大軍が、江戸への道すがら、この鎌倉を踏み潰そうとしている。
 鎌倉の擁する兵は600。数の上でも五倍以上、激戦を潜り抜けた源徳兵との戦力差は圧倒的だ。鎌倉は三方を山に囲まれた天然の要害だが、戦えば確実に負ける。

 なぜ鎌倉はこのような危うき道を選んだのか。
 そもそもは二年前、源徳の上州征伐に際し、いらぬ火の粉を避けようとの苦肉の策だった。
「やはり、あの時あの者の提案を退けるべきだったのです!」
 一康へ向き直った雉谷は守国への批難を口にした。最初に提案したのは雉谷でも一康でもなく、鶴岡八幡宮の神主たる大伴守国だったが。
「あの時は‥‥私達が言えることではありません」
「しかし! このままでは鎌倉が――」
「わかっています、わかっていますから‥‥」
 一番心情の整理をつけられないでいるのは一康だった。
 源徳軍の目的地は江戸。それならば中立の鎌倉は迂回するか、もしくは強引に大軍で通過するだけ‥‥と思っていたのは見通しが甘かったのか。中立として、どの諸侯とも距離を置く鎌倉には、今からでは援軍のあてもない。
 民に良かれと振るった采配が、思いもよらぬ運命を彼と彼の民に与えようとしている、その重さは今にも彼を潰してしまいそうなほど。

 少し前までは涼しげに咲き誇っていた紫陽花も、七月の終わりとなれば次の年への準備を始めている。鶴岡八幡宮内の池に華を添える役目は蓮の花へと移っていた。
「どうしたものかな」
 読み終えた文を従者の日乃太に押し付け、大伴守国は純白の蓮の花に視線を戻した。
 文の送り主は一康。日乃太がざっと目を通してみると、彼の胸のうちが読み取れる文面だった。
「一騎当千の猛者を引っ張り出してくるしかないでしょう」
「弁財天と五頭竜のことを言ってるのか? あれらは人の争いに関わるつもりはなかろうよ」
 神と崇められる弁財天と、山のように大きな体に名前どおりの五本の首がついた五頭竜。鎌倉南岸に浮かぶ江の島にいる彼らは、鎌倉東端で起こった先の戦いにおいて、次元の異なる力を見せた。一騎当千は比喩ではないが、だからこその禁忌。
「精霊は、戦の道具では無いよ。人の都合で考えてはいけない」
「それなら、やっぱり降伏ですか?」
 正面から戦えば敗北は明らか。降伏すれば、焼かれずには済むが食糧は奪われ、鎌倉の男達は兵として江戸へ送られるだろう。
「どう転んでも戦は避けられない、か‥‥」
 守国は愛用の扇を取り出し開くと、ひたいの辺りにかざした。夏の日差しを遮ってできた影に浮かぶのは、いつか魔法で覗き見た、鎌倉がいたる可能性のある未来のひとつ。瓦礫の山。
 愛する鎌倉がそんな姿にならないようにしてきたはずだったのに、一体どこで間違えたのか――‥‥
「いや、まだ終わったわけではない」
 唐突に、しかしはっきりと、守国は断言した。
「たとえ鎌倉が瓦礫の山となろうとも、それは終わりではない。元より鎌倉は覇権など望んでいない。先日のような悪魔を相手取るわけでもない。人を相手に私達が求めるべきは勝利ではなく、民の無事だ!」
 手のひらに叩きつけるようにして扇を閉じ、袂を翻して池に背を向ける。
「日乃太、一康殿へ使いを送れ。これから冒険者ギルドへ鎌倉の救援を依頼する」
「承知しました」
「‥‥おそらく今からでは、開戦に間に合わない。だが死力振り絞れば、最後の一兵が倒れる前に、冒険者が到着するかもしれない。持ちこたえてみせろと雉谷殿を名指ししておけ。鎌倉武士の在り方を世に示せとな!」
 走り去る日乃太を見送り、静かに呟く守国。
「あるいは屍山血河の後であろうとも、これで守るべき民を一人でも多く救うことが出来よう」
 そして気にかかるのは、悪魔こと吉祥天と、その従者に成り下がったという野盗の元頭領、壱歳。混乱に乗じて何か仕掛けてこないとも限らないのだが、今はそちらに気を回す余裕などありはしなかった。

 鎌倉藩は源徳軍の降伏勧告を拒否し、鎌倉の西側に殆どの兵力を集めた。少しでも時間を稼ぎ、その間に民を一人でも多く逃がすために彼らは戦う。
「冒険者、間に合わずとも良い。お前達まで、源徳と鉾を交えることはない。だが残される民が、源徳の乱取りを受けるは不憫。鎌倉の民を、憐れと思えば助けてやってくれ」
 早馬にて依頼の文を届けた武士は、そう言い残して鎌倉へ戻っていった。

●今回の参加者

 ea0592 木賊 崔軌(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2011 浦部 椿(34歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea3597 日向 大輝(24歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb3532 アレーナ・オレアリス(35歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 eb7760 リン・シュトラウス(28歳・♀・バード・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb9508 小鳥遊 郭之丞(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

カルル・ゲラー(eb3530)/ 城山 瑚月(eb3736

●リプレイ本文

●大嵐の前の
 アレーナ・オレアリス(eb3532)は天馬を駆っていた。鎌倉への空路を急ぎながら、奥歯を噛み締めていた。
 彼女は家老待遇の六龍将として、江戸と館山に店を構える里見系商人に連絡を取り、物資と商船を提供するように頼んでいた。しかし戦の只中へ船を出すことは非常な危険を有する。この時点での鎌倉の民への介入は源徳伊達双方を敵に回す所業。いくら彼女が頭を下げてもそうやすやすと引き受けてもらえようはずもなく。即金で千両箱を目の前に積めば話も変わったろうが、金の請求は里見にと指定、しかしその里見は本拠地が攻撃を受ける厳しい戦の中にある。
 金の出所としても民の受け入れ先としても、里見にそのような余力のあろうはずがなかった。アレーナの言葉は商人に疑問と不信感しか抱かせない。
 商人への依頼が徒労に終わったことに己の見通しの悪さを悔やむよりも、今は一瞬でも早く鎌倉へ到着すべしと、アレーナは天馬の腹を蹴る。彼女にはどうしても助けたい人がいた。

「鎧とはこんなにも重いものだったでしょうか」
 兵を引き連れ、細谷一康は最前線へと向かっていた。源徳軍が西側のどの道を通ってやってくるかわからず、大将である一康がどこに向かうかも決めがたい事項ではあったが、後の避難のためにも地の利がより有利に働く場所を選んだ。
「若様、それは兵を率いる大将としては――」
「あ、いえ、鎧そのものが重いと言っているわけではありません」
 着慣れぬとはいえ兵の士気に関わると、雉谷長重が厳しい言葉を吐こうとする。それを制してから一康は、己の身を囲う金属板をじっと見つめた。
「‥‥将の鎧が最も分厚く最も頑丈なのは、将こそが生き延びなければならぬからであろうかと」
 腰に佩いた刀の柄に触れる。実戦は今回でようやく二度目。
「民あってこその鎌倉ですが、くれぐれも、御身にもお気をつけくださいますよう」
「わかっています」
「本当に?」
 真っ直ぐに尋ねたのは、一康から刀を贈られたこともある日向大輝(ea3597)だった。今や藩主代行である一康をいさめられる、数少ない者のうちのひとりである。
「何があっても退かないとか言うと思ってたんだけど」
「可能であればそうしたいというのが本音です。けれど細谷家を継げるのは私のみ。まず私が生き延びなければ」
「‥‥ああそうだ、民が助かっても、彼らが生きていくには希望がいる。一康殿はそういう立場にいるんだ。それを忘れないでほしい」
 民が避難を終えるまでの時間稼ぎの間と一康本人の避難の際には自分がついているから、と大輝は告げる。一康は申し訳なさそうにしながらも照れくさそうな表情で頷いた。
 出発前、大輝は一康にふたつの品を差し出していた。ひとつは身に着けた者の身代わりとなってくれる勲章。もうひとつはどんな傷もたちどころにかすり傷以下となる魔法薬の入った壷。小鳥遊郭之丞(eb9508)からの預かり物であるが、容易く手に入る品でないことは明白であり、一康らの気持ちを今一度引き締めていた。
 その郭之丞は空路にて伊達水軍を目指しているはず。彼女の求めで鎌倉の民の避難協力にやってきているところへ、彼女自身の口から取り止めを願うために。

 天馬の動きはとても軽やかで、アレーナは開戦の前に一康と言葉を交わすことができた。
「民は私が責任を持って預かろう」
 これに一康は礼を返したが、続く彼女の言葉にはそうはいかなかった。
「里見に降伏をしないか」
「‥‥言いたいことがよくわからないのですが」
「源徳側には最低限の補給を与えれば、無駄な戦いをすることなく鎌倉を通過してくれるだろう。意固地を貫いて血を流すことはない。どうせ命を懸けるなら、世の理不尽を正し、隣人の手を取り合える新しい社会を作るためにこそ――」
「それはジーザス教の教えですか」
 一康の隣で開戦を待っていた大輝は、雉谷が用事で席を外していてよかったと思った。この場に彼がいたら、アレーナは胸倉を掴まれていたかもしれない。
「‥‥あなたはご自分を里見の将と言う。今から戦いに向かう軍に横からやってきて降伏を迫るのが里見のやり方ですか? あなたに降伏するくらいなら、源徳に降伏する方がまだ筋が通りますよ。勝手に、都合のいい事を云わないでください」
 兵が一康を呼びに来た。一康は立ち上がり、アレーナに背を向ける。
「民のことはお願いします。こちらのことは気にしないでかまいません」
 兜をかぶり、緒を締める。それきり振り向きもせず歩き出した一康を、大輝は小走りで追いかける。
 ややあって、アレーナを乗せた天馬が陣から飛び立った。

 法螺貝による合戦の合図すら大魔法にかき消されるのは、これから僅かに後のこと。ただし予測されていたよりも半日ほど遅れてのこととなる。いくばくかの時間的余裕はリン・シュトラウス(eb7760)とその同志が、避難先となる三浦半島‥‥鎌倉藩の支藩である三浦藩の山中に、仮設村建設のための資材を運び込む手配を行える程度には。

●吹き荒れる
 大規模な地震や炎爆、雷撃など、圧倒的と表現することさえおこがましく感じられるほど強大な力を前に、鎌倉兵が敗走の一途を辿る頃。鎌倉の街中は、火を放たれてはたまらぬと逃げ出す人々で大通りすら埋め尽くされていた。
 何をしようとも敗北の待っている戦。そんな戦を受けて立った一康と、彼に助言をした大伴守国の考えを是としない者は少なからずいた。民の避難誘導を行っていた木賊崔軌(ea0592)もそのひとりだった。
(「‥‥大名以外は手前の身一つ選ぶ事さえ出来ねえってのに。だから武士なんざ‥‥嫌ぇなんだよ」)
 素直に投降すればこうして逃げる必要もないというのに。だが何度言っても変えてくれないというのだから、思いつくことを片っ端からやってみるしかない。
 混乱の渦中にある鎌倉。大八車を持ち出して家財道具一式を運んでいこうとする者もいたが、そんなものより食料や足の遅い老人子供を運べと一括する。しかし気の動転している民に、崔軌の言葉は簡単には届かない。一応は東へ逃げているようだが、その実、当てのある者はほとんどいないだろう。
「慌てるな! みんな無事に逃げられるように頑張ってる連中がいるんだ、そいつらを信じて、落ち着いて動け!!」
 乳飲み子を抱えた女性が突き飛ばされそうになったのを支えながら、崔軌は声を大にして叫ぶ。誰も自分のほうを振り返りすらしないことに歯がゆさを感じた時、優しい音色があたり一帯に広がった。その音色に乗せた魔法の歌は、恐慌状態にある人々の意識を歌い手へと惹きつけた。
「私達は鶴岡の守国様に依頼を受け、皆さんの避難をお手伝いに来ました! 安全な場所へ誘導しますので、どうかついてきてください!」
 竪琴を奏で、歌を紡いでいたのは、馬上のリンだった。馬の背丈のぶんだけ高い位置にいる彼女が頭を下げる様子に、人々は顔を見合わせる。
 あと一息だと感じた崔軌が先ほどの言葉を繰り返す。それに呼応して、神職服にたすきがけした男が自分は鶴岡の者だ、と駆け寄ってきた。言われずともそれは服装でわかるのだが、鶴岡には戦闘部隊『蓮花』があると郭之丞から聞いていた崔軌は、これについて確認をしてみた。男性は僅かに目を見開いたが、小さく頷いた。すぐさま協力を願えば、心得のある者の動きで駆けていった。
「シュトラウス殿! 木賊殿!」
 横の路地から呼びかけられたリンと崔軌が振り向くと、浦部椿(ea2011)の姿があった。椿の後方には、男と女が三人ずつ。女の一人は若い男に抱き上げられている。
「今は私達が誘導する旨を伝えてもらっています。山に隠れることになりますし、しっかりと列を作ってもらわないと危険なので」
「そうか。ではその列にまぎれていただこう」
 リンによる状況説明に、椿は後方の彼らへ指示を出す。敬意を払っているらしい椿の態度を見て、リンも崔軌も怪訝な顔をする。
「庶民の服装ではあるが、この鎌倉の筆頭家老だった者とその家族だ。娘の幸殿とその侍女以外は罪人として牢の中にいた」
「筆頭‥‥家老‥‥!?」
 非常時とはいえ、謀反を起こした大罪人を解放するなど、本来であれば行わぬこと。だが幸は悪魔に視力を奪われており、侍女だけでは避難に不安が残る。今も狙われる彼女を任せられる者が必要だった。ゆえに、隊を引き受け自分も前線に出ると一康へ進言した椿へ、代わりに彼らの誘導が依頼されたのだという。
「‥‥‥‥仮設村に着いたら人一倍、いや、二倍でも十倍でも手伝えよ、あんた達」
 厳しい視線を彼ら家族に向けながらも、「さっさと行け」と崔軌は手で促した。リンの馬が歩き出している。
「私も彼らに同行し、道中の状況確認をする。先にあちらの整備を始めていよう」
 その崔軌の肩をすれ違いざまに軽く叩き、椿は鎌倉を後にした。

 街中に劣らず慌しい鶴岡であったが、街中ほどには混乱していないのは、指導者たる守国の采配ゆえだろう。貯蔵されていた薬品類を仮説村へ運ばせたり、民の避難指示や救護に当たらせたりと、蓮花だけではなく戦闘技能を持たない者も何かしらの理由で走り回っていた。
「守国殿!」
 鶴岡内に残る一部の蓮花へ指示を出す守国のもとへ、グリフォンのぐりに跨った郭之丞が降下してきた。
「傷を負ったか」
「この程度、どうということはない。それより守国殿、一康殿は日向殿、雉谷殿と共に撤退された」
 水軍からの帰還後、不眠不休で街と実際の戦場との連絡役をこなしていた郭之丞は、矢による傷を頬に受けていた。魔法の余波は彼女だけでなくぐりも受けていたが、彼女はぐりを撫でて宥め、また飛んでもらうしかない。
「早いな。いや、予想をはるかに上回る戦力差があったということか」
「守国殿も、蓮花を連れて早く避難を」
「‥‥私は行かないよ」
 場の雰囲気に似つかわしくない微笑を浮かべて、守国は郭之丞の頬に滲む血を親指の腹で拭った。
「な‥‥っ!? 鎌倉の民の支えであるのは一康殿だけではないのだぞ!?」
「そういう存在が二人いたというのは僥倖だと思わないかい。私がここに残って一康殿と民が戻る算段を立てるとしても、その間の民の導べは事足りる」
「しかし残るのは危険ではないか!」
「私は武士ではない。そしてこの鶴岡の主。貴族位もある。表立って逆らいさえしなければ、危害を加えられることはないだろうよ」
 冗談ではない、意地でも連れてゆくと守国の腕を掴もうとした郭之丞だったが、それは微笑から真剣な表情へと変わった守国に制された。騒がしいこの場において郭之丞にはなんとか聞こえるだけの声で、告げられる。
 ――コウを、地下に捕らえている。だから離れるわけにはいかない。
 郭之丞はゆっくりと、首を左右に振った。
「そんな顔をするな。ああそうだ、これを」
 袂をまさぐる守国。取り出したのは一本の扇だった。
「私のお気に入りだよ。貸しておくから、また会った時に返してくれ。‥‥さあ行くんだ。源徳軍が来た時に武装しているキミがいてはまずい」
 郭之丞に扇を握らせ、肩を掴んで背を向けさせて、背中を押す。守国の挙動はこんな時だというのに優しく柔らかかった。
 再びぐりの背にまたがった郭之丞が飛び立つ際、僅かに振り返ると、従者を引き連れて本宮に入っていく守国の姿が目に滲んだ。


 仮設「村」といっても、短期間にそう大層なものが出来上がるわけではない。親たる鎌倉藩を落とされた三浦藩には降伏の道しかなく、源徳軍による一康捜索の手は三浦半島にも伸びる。隠れしのぶためには、雨風をしのぎ体を横たえられる程度の仮住まいで、じっと息を潜めなければならない。その精神的負担は大きい。そして数多く準備された食料もいつまでもつかわからない。
 どれほどの間を耐えなければならぬのかは不明。だがそれでも、慣れ親しんだ我が家へ戻り日常を取り戻すためには多少の辛抱もできよう。鎌倉が鎌倉であったなら。
「‥‥非常に、お伝えしにくいことなのですが」
 リンは北条方の者。つまり本来であれば源徳方なのだが、ひどすぎるからという理由で民の避難に手を貸してくれた。
 その伝手で彼女が得た情報は、鎌倉攻めで最も良い働きをした冒険者に対し、源徳家康から鎌倉藩主を任命したというもの。下働きに運んでもらった父の様子を伺う一康にその情報がもたらされると、彼は眩暈を押さえ込むように頭を抱えた。
「神皇家のお許しもなくそのような‥‥なんと、なんと傲慢な‥‥」
「今後も変わらぬ働きをしてもらうための口約束かとは思いますが‥‥」
「‥‥いえ、大丈夫です。教えてくださりありがとうございました」
 二十にもならない一康には予想だにできなかった展開であったが、戦乱の世では甘すぎた。それをようやく自覚できたのかもしれない。

 鎌倉奪還のため、夢を夢のまま終わらせないためにとることのできる手段は――