【鎌倉藩】 沈む夕陽
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■シリーズシナリオ
担当:言の羽
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 68 C
参加人数:5人
サポート参加人数:4人
冒険期間:09月20日〜09月28日
リプレイ公開日:2009年10月31日
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●オープニング
源徳軍に占領された鎌倉藩にて反乱が起きたという知らせは、三浦半島山間部に設置された仮設村に滞在する者達の耳にも、いつしか届いてた。
息を潜めじっと隠れていなければならない身ではあっても、準備されていた食料ではそう長くはもたず、近隣の村々にそっと出向いては木の実や山の小動物と引き換えに魚や野菜、穀物などを分けてもらうようになっていた。反乱に関する話も、その交換に出た者が持ち帰ってきたのだった。
「残った民が我が藩の兵の手助けをしたとか」
「守国殿の息がどこかしらでかかっている、のかもしれませんね‥‥」
教育係である雉谷長重の報告を聞き、病床にある本来の鎌倉藩主の代行を務める嫡男、細谷一康は口元に手を添えて考え込んだ。
部下に指示を出し民の避難誘導を手助けした、鶴岡八幡宮の長、大伴守国。彼は今尚、少数の者と鎌倉に残っている。彼のことだから、同じく何かしらの理由で残っている民へ、水面下で協力している可能性が高い。
「彼に接触できれば、蜂起した兵達にもこちらの状況や指示を伝えることができるでしょう。現在、源徳兵の大半は江戸へ向かってしまっています。藩内に残っている兵の数はさほどではない‥‥」
「今が奪還の時、というわけですな」
「江戸での戦に勝っても負けても、程近い鎌倉を再度通ろうとする可能性は高いです。でもだからこそ、それに向けて私達も準備を整えておく必要があります」
蜂起した兵や民を迎えるとなれば、現在もぎりぎりの線を辿っている食料ばかりか寝起きする場所すらも危うい。それらをどうにかして揃えた上で一箇所に集うか、もしくはしっかりした伝達手段を確保し、それぞれの場所から立ち上がるか。
いずれにせよ守国と接触し、鎌倉の状況を確認してみなくては。そう判断した一康は、本日の交換当番に預けて冒険者ギルドへの文を送ってもらうため、携帯用の筆と墨を取り出した。
「忍び隠れる者は胸の内に疲労を堆積させる。腹が満たされねば意欲を失い、肉体も本来の力を発揮できはしない」
仮設村の外れも外れ。薄暗い木陰でひとりの尼が唇を歪める。
「全く弱い生き物よ。ゆえに愛しくもあるけれど、なんと愚かで脆いこと」
鎌倉藩内の寺に属していた者も避難してきてはいるが、その誰もが彼女に対して初見だと言った。実際にはそうではないのだが、尼が己の能力を用いて顔を別のものにしていたのだから無理はない。
カサリと落ち葉を踏む音がして、首を少しだけ動かす。若い女性が近づいてきていた。その身のこなしは軽やかだが、育ちはよろしくないのがうかがえる。
「吉祥、あんたの言うとおりにぼやいてきたよ。調理場と、洗濯場と、あとは警護の詰め所」
「お帰りなさい壱歳。それはなかなかの効果が見込めそうね、井戸端会議の多そうなところではないの」
壱歳と呼ばれた女性もまた、顔を偽装している。そうして二人は民に紛れ込んでいた。
「護ろうとしていたものに裏切られるってどんな気持ちかしらね? わたくしにはそんなものはないから知る由もないけれど」
尼は手を軽く振り、一匹の虫を呼び寄せた。次の瞬間にも虫は子供の姿へと変わる。
「さあ、鎌倉のほうでもその話を広めてちょうだい。わたくしとの連絡にはこの子を使うとよいでしょう」
「残るってことは相変わらずあの女を狙ってんの? 好きだねあんたも」
「こんな状況でも清廉を保っているのだもの。わたくしにすがりつく様や、血や闇に染まって乱れる様を、見てみたくなるのも仕方のないことではなくて?」
そして微笑む尼は菩薩に見えた。
仮設村にゆっくりと広がる噂。
――藩主や一康を差し出せば、家に帰れる。
戯言と称されようとも、じわりじわりと、滲みていく。
●リプレイ本文
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「ではお願いいたす」
深く礼をして、寺の敷地から出てきた小鳥遊郭之丞(eb9508)。待たせていた愛馬に乗る仏像と目が合った。
「この仏像のおかげかもしれんな」
いきなりやってきて「魔法で粥を出せる者がいれば煮炊きに回ってほしい」と頼みごとをした彼女を、しかし温かく受け入れてくれたのは。そう考えた彼女は感謝の意を伝えるため、そっと仏像に手を合わせる。
残念ながらこの寺に粥を出す魔法の使い手はいなかったが、ゆかりのある他の寺に聞いてみてくれるとのこと。治安の問題もあってなかなか難しいところではあるだろうが、何も行動を起こさないよりは間違いなく良いはずだ。
少なくとも、郭之丞はそう信じている。
その買い出しはあくまでもさりげなく進められていた。
「この桶に入るくらいの味噌をくれ」
馬の背から蓋付きの小ぶりな桶を下ろす浦部椿(ea2011)。手渡された味噌屋の店員はやや驚きながらも、上客の言葉に従って味噌を桶に詰め始める。
「味噌料理で宴会でも開くんですか?」
「久しぶりに帰郷するのでね、土産代わりさ。世の中がこうも落ち着かないと、おちおち宴会もできんから困るよ」
尋ねてくる店員に、本音をいくらか混ぜた嘘でもって返す。大丈夫だ、怪しまれてはいない。ただの好奇心から生じた疑問だろう。
支払いを済ませて馬に桶を乗せると、馬が嫌そうな顔をしたように見えた。馬の背には既に多くの、保存の効く食料が積まれているのだ、無理もない。
頑張ってくれと鼻先を撫でながら手綱を引いて歩き出す。椿の引く手綱は二本。馬はもう一頭いる。そちらの背にはまだ何も乗っていないが、次の店では反物を購入予定であり、身軽でいられるのも今のうちだ。その時に馬達はどんな反応をするだろうかと、軽く想像してみて――眉をひそめた。
こんな買い物すら、仮設村に避難した人々はできないでいるのだということに思い至ったからだった。
「浦部さん」
曲がり角を通り過ぎたところで、一人の青年が椿に声をかけた。伊勢誠一だ。馬を従えたまま、小さな声も互いの耳に届く距離で、二人は共に歩みを再開する。
「船の準備はもうすぐで済むそうです。私も同道できればよかったんですが‥‥」
「いや、手配をしてくれただけでも、皆が感謝している」
「そう言っていただけると、こちらも甲斐があったというものですね。そうそう、これはお餞別です。船の上で食べてください」
椿の両手は手綱で埋まっているからと、誠一は馬の背負う保存食の荷の中に、風呂敷包みを突っ込んだ。しかし風呂敷の内側にあるのは、握り飯を笹の葉で巻いたものだけではない。書面、それも伊達の名の記された許可状が挟み込まれている。
「シルフィリアさんとリンデンバウムさんは船着場での見送りを希望ということで既にそちらに」
シルフィリア・ユピオーク。リンデンバウム・カイル・ウィーネ。この二人も各々の伝手を活かし、多様な食料品や薬草の類を仕入れてきているはず。
「すまないな。何から何まで」
「道中の無事をお祈りしています」
誠一が足を止める。用事は済んだのだ。
止まらない――止まれない椿は、振り向かずに先を急ぐ。
●
最初に仮設村へ到着したのは国乃木めい(ec0669)だった。江戸から鎌倉の領地に入るまでは韋駄天の足袋を用い、関所や領内では戦で命を落とした者を弔って回っていると説明することで、源徳方の疑念が降りかからないようにした。
通り道になっているいくつかの村では実際に弔いを行なった。他にぶつけられるところがないのだろう、残された者達の疲弊や不安が、僧である彼女に向けられた。
「気を強く持ってください。戦火を広めぬ形で元の生活に戻れるよう、尽力されている方々がいらっしゃいます」
希望を持たせようという彼女の言葉は、僧という身分もあいまって、人々の心にいくばくかの救いをもたらしたようだった。
そしてそれは仮設村に到着後も同様であった。彼女が持参した薬草や食材が皆に心の余裕を与えただけでなく、魔法で粥を作り出したことから、彼女はすぐに調理場へ連れて行かれた。皆が共通で使っているという調理場には最低限の食器しかなく、重い鍋を運んできた苦労も報われるというものだ。
「皆さん既に工夫を凝らしているかと思いますが、より一層の節約が必要かと思います。一康様方を含め、一同で食を共にするのです」
「でもそれはさすがに――ねえ?」
「大丈夫、一康様も賛同してくださいましたから」
一介の民と藩主一家が同じ献立、同じ席など恐れ多いと首を振る女衆に根気強く諭しながら、めいは己のもうひとつの役割を全うせんと神経を研ぎ澄ませる。
厄介な悪魔が鎌倉に目をつけて久しいと聞く。何とはない世間話へと話題が移ってからも、女衆の会話にめいは耳を傾け続ける。不審な噂や発言がないか、一言も聞き漏らすまいと――そして、くすりと笑うのがその耳に届いた。よく煮えている鍋から顔を上げる。若く美しい尼僧が調理場から離れていくのが見えた。
追いかけることはしなかった。そうできる状況ではないと理解している。女衆に尋ねてみれば、旅のさなか、鎌倉を訪れた折に巻き込まれたらしいとか。仲間の到着を待って、相談の上で対処法を決めようとめいは決めた。
その頃、日向大輝(ea3597)は鎌倉は鶴岡八幡宮にて守国との面会中だった。自衛のためと説明できる最低限の装備であったことと、荷物の中身も農具と食料だけだったことから、特に咎めもなくここまでたどり着いていた。
「わざわざすまないね。どんな様子かな?」
「そうだな‥‥みなどこも食うことに困ってるし、慣れない生活に心をすり減らしているよ」
ふむ、と守国は渋い顔。固有名詞などの直接的な表現を避けてはいるが、二人は仮設村の話をしている。
「避難先から家へ帰ろうにも、今どうなっているかがわからなくて動くに動けないみたいだし」
「私から見ても、安定はしていないね。兵が反乱を起こしているくらいだし?」
「‥‥友人と連絡を取りたいと言っていたが、行方がわからずに苦労している」
「む。それはまた困ったね」
反乱が起きたことについてはいけしゃあしゃあと言ってのけた守国も、続く大輝の呆れが混じった言葉には、開いていた扇を閉じた。
どうしても、やはりそこが一番の問題なのだ。鶴岡が無事でいられるのは、表立っては反抗的な態度をとっていないからである。だが、それが捜索および連行の対象である一康といまだ繋がっていると明らかになってしまっては、元の木阿弥。
暫し考え込む二人。やがて守国が扇で膝を叩いた。
「空飛ぶ葱」
「どうしてそうなるんだ」
「彼は飛脚と聞いたよ。手紙を預かって届けることに、何の不思議もない」
これからまだ鎌倉内を回るという大輝に、一通の手紙が託された。
●
仮設村の中央に建つ小屋の一室。ふすまの代わりに布を垂らして間仕切りとした部屋で、アレーナ・オレアリス(eb3532)は細谷一康及び雉谷長重と向かい合うように座していた。
「保存食を百食ほど運んできていただいたそうで。床に伏せる父の代わりに、お礼を言わせてください」
頭を下げる一康に、アレーナは軽く手を挙げてそれを制する。
「民が飢える姿を見たくないという思いは私も同じだからね。――それに、礼よりも、現状をあなたがどのように思われているのか‥‥そちらのほうを聞きたい」
「‥‥成る程、あなたにとっては食料よりもそちらが本題ですか」
「どうしてもね、わからないんだよ。戦に破れ、国を奪われ、今度は奪還のために鎌倉を攻めようとしているなんて、一康殿は何を考え何をなしたいのか、とね。私には、今の一康殿の姿が江戸を攻める家康公に重なって見えるよ」
「家を追われた私達が、追い立てた者と同じと?」
この瞬間にでも腰の刀を抜こうとする雉谷を押しとどめる一康。その眼差しは真っ直ぐにアレーナへと向けられている。
「同じじゃないかな、民にとっては。戦になれば鎌倉は今度こそ燃えるだろうし、多くの民が死ぬことになる。たとえ戦に勝っても鎌倉は死ぬ。本当にそれでいいのか?」
「‥‥」
「どんな正義を掲げても結局苦しむのは民だからね。まあ私は、一康殿が決断したならば力を貸すけど――でも、殺しあう前に一度くらい向こうと話し合ってもいいのではないか、とお姉さんは考えたりするよ。源徳軍はダメだろうけど、冒険者なら」
にっこりと、包み込むように微笑んで、アレーナは言葉を〆た。
黙ってしまった一康が何と応じるのだろうと、雉谷を始めとするその部屋を護る者達はごくりと唾を飲む。その時、くっ、と一康の喉が鳴った。鳴っただけではない、続けざまに天井を仰ぐようにして大声を上げて笑い始めた。
「‥‥すみません、どうにも止められず。此度の避難の折、源徳軍に所属する冒険者の幾人かが気を配ってくれたことは私の耳にも届いています。ですがあなたの言う冒険者とは、その人達のことではないでしょう? あなたは自分の家に土足で入り込み、家人に問答無用で手を上げ、挙句の果てには勝手に家主を名乗り出した者と、話し合いたいと思いますか?」
皆が目を丸くしていた。温厚で大人しい一康がこんな風に笑い、挑発的な言動を放つとは。一康の生誕よりこれまでずっと、彼の傍についていた雉谷でも初めて見る姿だった。
「もしどうしても話し合わせたいというのなら、その場をあなたが作ればいいのです。かの者を連れてこれるならの話ですがね」
一康は立ち上がると、奥に続く垂れ布の向こうへ消えた。もはや話すことはないという意思表示であることは言うまでもない。
沖合いに停泊された船から三浦半島東岸の浜へ、小舟で小分けされて運び込まれる荷には、椿の購入したものだけでなく郭之丞が支出した経費によって仕入れられたものも含まれている。人足を雇うための費用を差し引いてもなおかなりの大金が残った郭之丞の財布のおかげで、浜近くに住む人々に口止めが施された。
元よりほとんどよそ者の訪れない土地。だが後をつけてくる者がいはしまいかと細心の注意を払い、椿と大量の物資が仮設村へ到着する。
「配布は雉谷殿にお頼みしてよいだろうか」
「子供や孕んでいる娘など、どうしても優先せねばならん者もいるからな。任されよ」
雉谷ならば安心だろう。椿は村内を見回り、何が足りないか、次は何を持ってくるべきかの聞き取りを始める。
途中で幸が暮らしているという小屋にも寄ったが、こちらもひとまずは大丈夫と思われた。家族が傍についているし、戸口には雉谷の部下も立っていた。――雉谷の部下については、一家が民の不満の捌け口とならないための処置でもあったろうが。洋風の絨毯が丸めて立てかけられていたので不思議に思うも、それはアレーナが移動もままならない幸に贈ったものということだった。
郭之丞が仮設村へ持ち込んだ仏像は村の中心部に安置された。木材の切れ端などで屋根がつくられ、まるでお地蔵様のような風体となった。
「皆に今一度思い出してほしい。一康殿や守国殿が死戦に臨む道を選んだのは誰を護る為だったか」
尊顔を拝みに集まった民に対し、郭之丞は説く。「藩が滅ぼうとも民が無事ならばいい。藩が存続しても民に更なる苦しみが降りかかるなら意味がない」と守国は言っていた、と。
「己が為に他人の犠牲を厭わぬでは、いずれ潤沢ではない物資を巡り諍いも起きよう。私は余所者だが鎌倉を想う気持ちに偽りは無い、鎌倉に生まれ育った者が今真なる鎌倉の為、互いを支えずしてどうするのか」
ざわめきたつ人々。忍ぶ生活が想像以上に苦しく、既に些細なことでも諍いに発展してしまうようになっていたからだ。
人は脆い。容易く手折れる。しかし手折るための手を差し込む隙間もないほど密接に支え合ったなら?
「誇りは武士だけの物ではない、鎌倉の民としての誇りを捨てないで欲しい!」
今が厳しいのは事実。生まれ育った鎌倉の地が愛しいのも事実。人々は複雑そうな面持ちで顔を見合わせた。だが心には響いていることだろう。
次の日の朝。彼女は民との食事の場に向かう一康を呼び止め、告げる。「後ろ盾を得る迄、事を起こすべきではない」‥‥一康は、わかっています、と応えるのみにとどめた。では何を後ろ盾とすべきかと問うても、よい答えが返ってくるか、不明であったからだ。
めいの報告から、村内で尼僧探しが行なわれた。が、なぜか行方を知る者は一人もいなかった。逆に言えばそれこそが、かの悪魔であるという証左になりうる。
「まだ幸殿の魂を狙っていたのだね」
ぽつり呟くアレーナに、疑問が生じる。ここまでついてきておいて今更離れた理由は何か。冒険者の訪れに恐れをなしたか。
それとも蜘蛛の巣を張り巡らすために一時撤退しただけか。
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今回の依頼を引き受けた者の中で唯一、仮設村へ向かわなかった大輝。藩内で物資を支援して回ることで、他の皆が仮設村へ大量の食料等を運び入れたことに対する印象をできる限り薄めようとしていた。
支援対象の信用や腕っぷしの有無が懸念事項であったのだが、守国の指示で蓮花が動いたことにより払拭される。どこに村があってどの道を行けばいいだの、街に居づらくなった者がどこに集まっているだのという話も聞く。
「藩主様はどこへ隠れちまったのかねぇ」
「新しい藩主様が探してるそうじゃないか。見つけて差し出せば、褒美をもらえたり――」
「やめたほうがいい。小田原では、敗残兵を密告した奴が『それを知っていたって言うことはお前も敵方だろう』って捕らえられたり、有名な武将に似てる人が疑われて連れて行かれたりしてるそうだ」
楽だが暗い道へ堕ちそうな人々へ釘を刺せば、ばつが悪そうにそそくさと去っていく。その口の軽さで、大輝の話した内容を広めてくれることだろう。
仮設村に近いとある村のはずれに、ひとりの男が住み着いた。郭之丞が連れてきた、蓮花の一員である。村人はその素性こそ知るよしもなかったが、尻に葱差す怪しすぎる男が度々訪れるとあって、じきに誰も近寄らなくなった。