【アスタリアの竜神】竜の試練
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■シリーズシナリオ
担当:紅白達磨
対応レベル:8〜14lv
難易度:難しい
成功報酬:5 G 47 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月29日〜09月04日
リプレイ公開日:2008年09月07日
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●オープニング
前回の冒険者たちの活躍により、スコット領南部、西方責任者アナトリア・ベグルベキはリュブリャナと接触することに成功していた。山岳地帯の中腹に設けられた場で、リュブリャナとメラート双方の代表者による会合を開始されるが、話し合いはお世辞でも順調とは言える状況にはない。
メラート側の主張は竜の巣に存在するだろう、カオスの地に繋がる抜け道の探索、そしてそれへの協力。リュブリャナの集落でも恐獣や魔物の被害が続出しており、これは双方において有益なものであるかのように見える。
だが、リュブリャナ側から言わせれば、その行為は侮辱以外の何ものでもないのだと言う。
「我らの聖域を侵しておきながら、協力しろだと。我らを侮辱するのか!?」
会合場であるテント内には、友好と交渉の証たる円形のテーブルが設置されている。
それぞれ代表は三名ずつ。半径500m以内には兵を入れない取り決めであるため、周囲に人の気配はない。
「‥‥無償の協力を願い出るわけではない。塩や鉄、装飾品などそれ相応の贈物を進呈させて頂くつもりだ」
「我らは獣ではない。餌をやれば言うことを聞くとでも思っているのか!?」
「最早話し合いなど不要だ。こいつらの首をガリュナ様に捧げよう。そうすればお怒りも静めて下さるはずだ」
部族の二人が斧を持ち上げると、メラート側から護衛としてやって来ていた騎士二人も剣に手をかけた。
激情にかられているのは何も部族の二人だけではない。騎士二人から言わせれば、未開の地に住む異民族など力で服従させれば手っ取り早いというのが本音である。蠢く魔物とアスタリア山脈特有の厳しい環境に晒されながら生活しているため、否応なしに部族の者たちは戦士となることを強いられる。弱肉強食の世界。戦士になれなかった者に待つのは死だけ。そのような部族だからこそ、屈強な戦士たちがほとんどに違いないが、数はしれている。その気になれば、簡単に服従、もしくは殲滅することは出来る。
「武器を下げろ」
「お前たちもだ。剣から手を離すがよい」
椅子に腰掛けたまま対峙する二人の言葉に、殺気立っていた者たちは一様に武器から手を離した。
「失礼した。だが、私たちの言葉に偽りはない。我らは貴殿たちと真の友好関係を築きたいと願っている」
どっしりと腰を下ろされた椅子が心なしか軋んでいるように見える。それ程の巨躯ではないはずだが、鎧の上からでも分かる程に隆起した筋肉。鍛え抜かれた身体は並み居る騎士たちを統率する実力を秘めており、図らずとも放たれる威圧は対峙する者の心を萎縮させるだろう。
名をアナトリア・ベグルベキ。この騎士こそ西方責任者である彼に他ならない。
対する男も負けてはいない。アナトリアに劣らない屈強な肉体に、細い瞳はまるで獣のように研ぎ澄まされている。強烈な威圧感に臆することもなく、片時も目を逸らさないその所業は精神の強靭さの象徴である。
名をラ・ゴドム・アアザム。山岳民リュブリャナの中での最強の戦士だ。
「他者を統率する立場である男が直々に来ている。嘘がないことは信用してやる」
貴族への発言にしては無礼過ぎる物言いだが、アナトリアの表情は変わらない。山岳の奥地に住みながら、そこまで推察出来るということはそれなりの人物ということだ。寧ろ、好感を抱ける。
「貴様たちが竜の巣と呼んでいる場所は我らリュブリャナにとっては聖域。貴様らのような余所者の侵入は許されない」
リュブリャナはこれまで他との交流がほとんどなかった民族だ。一言でいえば、閉鎖的。厳しい環境がそうしてきたのだろうが、魔物たちの襲撃によって気が立っているのも大きな要因だろう。
「承知している。しかし、このままでは貴殿たちの被害も増大しよう。我らはカオスの地に繋がる抜け道を塞ぐつもりでいる。それが叶えば、魔物たちによる被害も減少するはず。目的が達成されれば、今後貴殿たちには一切介入しないと約束してもよい」
アアザムの後ろに控える二人の男たちは罵声を止めなかった。彼らが問題としているのは、先の冒険者たちが聖域を犯したという事実。それを許すわけにはいかないと、先ほどから怒りに燃えているのだ。
「‥‥では、どうすればその罪は償える?」
「償うことなど出来ない! そいつらの首を刎ねてガリュナ様に捧げてやる!」
交渉は平行線が続いていた。アナトリアがどんな案を出そうとも、部族の二人は冒険者たちの首を差し出せという。勿論そんなことが出来るわけもなく、様々な交渉を行うものの、彼らは一向に折れることはない。
不意に、事態を静観していたアアザムが口を開いた。
「そいつらは、まだおまえの側にいるのか?」
「冒険者たちのことか?」
「そうだ」
「彼らは私の配下ではない。各地を点々としている者たちだ。だが、再び私が呼びかければ、全員とはいかないまでも集まってくれる者たちはいるだろう」
「十分だ」
ぶっきらぼうに、必要最小限の言葉で返答を終えて、アアザムは一度二度、後ろに控える二人に視線を送った。
「そいつらには、竜の試練を受けてもらう」
「アアザム!?」
「どういうつもりだ!?」
予想外の言葉に狼狽する二人を他所に、アアザムは正面へと視線を向き直した。
「竜の試練とは?」
「我らの部族の男子が、成人の儀式として行うものだ。一人で頂上に向かい、そこに住むガリュナ様とお会いすることで初めて戦士として認められる」
ガリュナとは彼らが信仰する守護竜を指す。恐らく、頂上に住むと噂される上位竜のことだろう。
「聖域を侵したやつらに竜の試練を受けさせることで、そいつらが我らに劣らない戦士であることを証明してもらう。それが出来れば、この前の罪は消してやってもいい」
これまでならば、容赦なく猛反発をしていた部族二人も今回ばかりは口を閉ざしていた。それは、竜の試練と呼ばれるものがいかに過酷なものであるかを表している。
「それが出来れば、協力してもらえるのだな?」
アナトリアの言葉に、部族最強の男は厳かに頷いた。
竜の試練の詳細
・目的‥‥頂上に繋がる道の中で、最短距離かつ最も過酷な道を進み、頂上付近に散乱している竜の鱗を手に入れること
・道中の難所は大きく三つ
竜の壁‥‥二日目の難所。急斜面の斜面が続き、道中ほぼ垂直の絶壁が多数有り(アアザムはクライミングで登る)
骨道‥‥三日目の難所。雪の積もった岩肌で、急勾配の坂道が永遠と続く。凹凸が激しく死角多数。大型小型問わない恐獣の生息域
白の平原‥‥四日目の難所。斜面は緩やかな開けた場所だが、強風と吹雪が酷く、視界が容易にホワイトアウトしてしまう
・本来なら10日掛かる道を、強行で進み5日で制覇する。休むのは二日目と四日目の夜のみ。それ以外は昼夜問わず歩き続ける。
・五日目の夜に頂上付近に到達予定。
その他の注意事項
・特別にリュブリャナからラ・ゴドム・アアザムが道案内として同行。竜の巣入り口で彼と合流次第、すぐに頂上目指して出発。
・かなりの高度での行動となるので、強風、足場の悪さ、空気の薄さは前回以上。
・無事頂上までに辿り着ければ、帰りは頂上付近に先行しているリュブリャナの戦士たちがグリフォンで竜の巣入り口まで送ってくれることになっている。行きだけに全力を注ぐこと。
・脱落者が出た場合、先に進むか戻るか話し合っておくこと。倒れた者を放置した場合、その人物は死亡となる。
●リプレイ本文
●出発
「でっけぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」
どでかい叫び声が竜の巣入り口付近まで聞こえてきた。
「改めて、とんでもない依頼に関わっちまったなぁ。ふっ、ときめくぜ!」
巴渓(ea0167)が咆えると他の冒険者たちがそれに次々と応じる。
竜の巣入り口で山岳民リュブリャナの戦士『ラ・ゴドム・アアザム』と合流した一行は早速立ち塞がる壁の連なりを見上げている。
「デカイデカイ。天然の要塞だな」
「確かに‥‥大きいですね」
吹き付ける強風に不動の姿勢を取ったトール・ウッド(ea1919)と、懸命に身体を支える導蛍石(eb9949)。二人は壁の向こうのことを思う。この壁は竜の試練の序の口に過ぎない。この先にはまだ幾つもの困難が待ち構えている。
絶句気味の一同を前に、アアザムが試練の内容を解説した。
横を向けば、夕闇が近づいていた。眼下に控える山の風景が紅葉色に染まり、悲壮と悲愴の趣を孕んでいる。
「5日間。その間に頂上まで辿り着く。今前にあるのが、竜の巣への入り口だ。あれを超えれば、竜の壁に辿り着く。そしてそれを更に超えれば、骨道、白の平原が続き、最後にガリュナ様とのご対面が叶うというわけだ。尤も、お前たちが途中で死ななければの話だが」
前回の探索任務において、冒険者たちはリュブリャナと接触することに成功した。だが、竜の巣というリュブリャナにとって聖域をよそ者が侵したという事実は、彼らの怒りを買ってしまうことになった。この試練はリュブリャナに認められるためのもの。失敗すれば、今後彼らと交流することは難しくなるだろう。
「我等が、彼らを怒らせた以上、その責任として、此処で引く訳には行かない」
ファング・ダイモス(ea7482)が目を細めた。多くの依頼を受けてきた彼だが、これほどの難所を越える依頼を経験したことは少ない。
「此処で試練を超えなければ、分かり合う事が出来なくなるかも知れない。そんな結果を導く訳には行きません」
イリア・アドミナル(ea2564)が声を出すと少しだけ嗄れていた。彼女ほどの人物でも、緊張は隠せない。
「リュブリャナの方々も大変ですね。異なる価値観を受容したり、自らが生産できない物資を大量に受け入れたら、過酷な環境に存在する社会は自壊しかねません 。このことが感覚的に分かっていたらからこそ、私達の処分を強硬に主張する意見が出ていたのでしょう。‥‥色々思うところはありますが、リュブリャナの方々に気持ち良く協力して頂けるよう、今回の試練をクリアすることにしましょう」
「‥‥逆だ」
スニア・ロランド(ea5929)がそう言うと、アアザムが一瞥と声を返した。
「何がです?」
どういう意味かと尋ねるが、返答はない。視線は外れたままだ。
唯一聞き取ったのはスニアだけのようで、他の者たちは頭に疑問符を浮かべたまま、首を右往左往している。
「どうかしたんですか?」
「‥‥‥‥いえ」
この様子では素直に話すことはないだろうと判断する。今は試練の一点に集中しよう。
登頂班はファング、巴、導の三人。他は登頂ではなく、彼らのサポート。バックパックの荷物はサポート班が持って登頂班の体力を少しでも温存させるのが目的だ。
ロープに、ゴーグル、飲料水に、回復薬などなど登頂に必要なものを確認してから、サポート班が荷物を抱えた。
「準備完了ですね。行きましょうか」
アルトリア・ペンドラゴン(ec4205)に言われて、登頂班の者たちが大きく腕を振り上げる。いよいよ出発だ。
「了解」
「おおよ!」
「必ず、果たしましょう!」
●二日目
試練二日目で一行は第一の難所『竜の壁』に到着していた。絶壁が幾つも連なる地帯、さすがにこれほどの悪条件では魔物の姿も見えなかったが、それは大きな関心事ではない。いないことは心の底から嬉しく思う。さっさと一人と登っていくアアザムに付いていこうと、先に登ったファングがロープを下ろし、それに捕まって登っていく。壁に張り付いている状況だ。こんなところで襲われれば、碌な反撃も出来ずに全滅だろう。
イリアのリトルフライが補助として機能しているが、長時間のクライミングでは結局自力で登るしかなくなってくる。
「おら、つかまれ」
「た、助かります」
巴が導を引っ張り上げ、同様のことをトールがイリアにしていた。魔法使いである二人はとうの昔に限界が近づいており、半分も過ぎないところで倒れてしまった。
そんな様子で竜の壁を越えたのは二日目の夜。本来なら10日間かかるはずの経路を、僅か5日間で制覇しなければならないのだ。じっくりと休息を取るのは二日目と四日目の夜のみ。魔法使いだけではなく、他のものたちも死んだように眠りについた。
●三日目
三日目の昼ごろ、一同は骨道と呼ばれる岩肌の小道を進んでいた。
降り積もった雪が大地を覆って足場を余計に悪くしている。急勾配の斜度が足をもつらせ、昼間の光に溶け始めた雪水が俄かな輝きを放っている。夜とは違う昼だからこそ、水が光を反射するせいで余計に目についた。
「―――――――――――――――――――――――!!!!」
「ん?」
「‥‥‥何です?」
「――――――――――アロサウルスだ!!」
大岩の上から優良視力で周囲を警戒していたファングが叫んだ。
体長10mを超える2足歩の巨大なトカゲ。ずらりと並んだ鋸状の歯を持つ姿は見間違えようがない。
「げっマジかよ!?」
「まずいですね」
スニアが手元に目を下ろし、唇を噛んだ。このナイフではとても歯がたたない。
「ギイァアアアアアアアアアアアアアア!!!」
獰猛な気性のアロサウルスが、歓喜の声を上げた。雷のような咆哮にもあくまで冷静に、トールがシールドソードを持ち上げる。
「俺たちは戦うつもりはないんだから、見逃してくれないかな?」
「正確にいうと戦う術がない、ですけどね」
「いや、イリアさんならいけるのでは?」
「‥‥いけないこともないでしょうが‥‥」
さすがのイリアも返事に困った。倒そうと思えば可能だろうが、魔法力を膨大に消費する上に、障害物が多すぎる。他の者たちはまともな武器を持ってきていないのだ。
「他の恐獣たちも集まっています。逃げたほうがいいでしょう‥‥。トールさん!」
「了解だ!」
アロサウルス3匹をソードボンバーで吹き飛ばし、トールが群がる恐獣どもを叩き斬っていく。
「オーラショット!」
アロサウルスに強烈な一発を与えて巴がすぐさま走り出す。
「う、あっっ」
「‥‥‥‥身体が」
山の下と違いここはかなりの空気が薄くなっている。また、溜まった疲労は一日で取り除かれるものでもなく、導とイリアが膝を付いた。走りだそうにも、身体が言うことをきかない。
「導! ちくしょ!!」
「イリアさん、背中に!」
導を巴が、イリアをファングが背負うと一目散に上へと逃げ始めた。
スニアとトールが敵の注意を引き付けようと派手に動いてくれていた。イリアのアイスブリザードが敵の動きを牽制し、そちらへと恐獣の攻撃が集中しているので、他の者たちが隙を縫って先に進んでいく。
「‥‥‥あっ」
「スニア!!」
スニアの注意を喚起しようとトールが叫んだが、遅かった。アロサウルスの尾をまともに食らったスニアの身体が大きく吹き飛び、大岩に叩きつけられた。登頂班を少しでも休ませようと、二日目の夜に見張りをしていたので体の反応が鈍く、思うように動かなかったのだ。
「‥‥コアギュレイト!」
とどめをさそうと接近していたアロサウルスの巨体が止まった。導の仕業だ。
「立てるか!?」
「すみま‥‥せ‥‥‥」
「喋るな、すぐに脱出するぞ!」
●白の平原
「俺たちはここまでだ。後は頼んだぜ」
「申し訳ありませんが、後はお願いします」
「頑張って下さい」
「巴さん、これを」
イリアが差し出したのは、ウルの長靴だ。
「成功を祈っています」
「ああ、任しとけ!」
サポート班が一足先に下山するのを見送って、残った者たちは前を向き直った。
「ここからが本番だな」
「スニアのやつ、大丈夫なのか?」
「応急処置はしています。傷自体は完全に治しておきましたから、大丈夫ですよ」
目の前に広がるのは果ての無い白の平原。一面が雪に覆われた銀世界だ。
瀕死の傷を負ったスニアだったが、回復薬と導の魔法で何とか一命を取り留め、彼女の強い希望でここまで付いてきてくれた。あれからも恐獣の襲撃は耐えることはなく、皆重傷か中傷の傷を負ったものの、何とかここまで辿り着いた。彼らがいなければ、ここにすらこられなかったかもしれない。
ゴーグルを装着し、身体をロープで縛り、互いに逸れないようにする。
ここからは登頂班とアアザムだけだ。
「あんたもロープで繋ぐかい?」
「必要ない」
岩石みたいな肉体と強靭な精神は、極寒の寒さに震えることもない。リュブリャナ最強の戦士と呼ばれているアアザムだが、それも強ち嘘ではなさそうだ。
「引き返すならこれが最後だ。一度ここに入れば、もう抜け出すことは出来ないが、いいのだな?」
三人は力強く頷き、先頭の導が自ら足を進めて平原へと入った。
彼らの決意が変わらないことを確認して、アアザムもまた果てしなき高原を歩んでいった。
そこは想像を絶する世界だった。
猛烈な吹雪が、側面から身体を襲う。
にも関わらず、聴覚が麻痺しているのか、恐ろしく静かだ。
染み入るような雪の波。
侵食してくる極寒が、思考を遮っていく。
(‥‥‥‥‥‥‥‥‥どっちに?)
吐く息が凍る。肺が痛い。
吸い込める空気もなくて、それでも倒れそうな身体を足で支え、引き摺って進む。
光を求めて導が手を伸ばす。
雪を踏む足の感触と息遣いだけが思考を繋ぎとめている。
どれほど歩んだだろう。
冷たい風に魂を削られること数時間。
遂に意識を失った導。
誰かが自分に近づいてくるのが判ったが、それを最後まで見ることも出来なかった。
薄れていく視界。
広がっていく暗闇。
頭の中で鳴り響く音叉の響きが永遠と思えるほどに続いて、
不意に、朝焼けのような光量が目に飛び込んできた。
●アスタリアの竜神
「‥‥‥‥ここ、は?」
「お、気付いたみたいだな」
風景が一変していた。
渦のような吹雪の中を進んでいた。そこまでは覚えている。
まるで春のような温かさ、鳥の梢でも聞こえてきそうなくらいに、のどかで降り注ぐ光が心地よい。
ぼんやりとする導を、アアザムが見下ろしていた。その手に握られているのはファングが持ってきていたウォッカだ。瓶ごと呑み込むように、アアザムがそれを口に入れ込んだ。
「気に入った。次はこれをもってこい」
「ははっ、わかりました」
「おい、竜の鱗ってこれか?」
「ああ。お前たちを我らリュブリャナの同胞として歓迎しよう」
交わされる会話を聞きながら、導の頭が漸く覚醒する。
「もしかして、ここは頂上?」
「ん、ああ。そういや言ってなかったな。お前白の平原歩いている時に気を失って、それからもう丸一日。死んでるんじゃねぇかと冷や冷やしたが、まっ、生きてるみたいだし、結果オーライか」
「ところで、貴方がたが崇拝している竜はどちらに?」
ファングの言葉に、アアザムがある方向を振り向いた。視線を追うと、ずっと向こう側にある別の山の頂に、何か動くものが見えた。
遠くて視力がかなりよくなければわからないほどだが、間違いなくそれはドラゴン。遠すぎるため、細かい部位ははっきりと確認出来ない。
「あれがガリュナ様だ。本来ならば近くまで行き、御姿を拝見するのが慣わしだが、最近はお怒りの様子で何者も近づけぬ。今は眠っておられるようで助かっているが、下手に視界に入ろうものなら、殺されてしまうやもしれんな」
「ちょっと待て! それじゃあ起きている時にここに到着してたら、俺たちは食われてたってことか?」
「それも試練の内の一つだ」
冷たい雪に手をついて、導が立ち上がろうとするが、平衡感覚が鈍っているか、上手く立ち上がれない。
「怒っている? 何か心当たりは?」
「最近、聖域に黒の民族が侵入している。お前たちがカオスニアンと呼んでいる者たちだ」
「カオスニアンが!?」
「やつらが入ってきたのは問題ではない。厄介なのは黒きローブを着た者だ。我らの集落に直接攻撃を仕掛けてきたことはないが、頂上付近でもやつの姿が何度も確認され、その頃からガリュナ様の様子がおかしくなった」
導が顎に手を当てる。
黒いローブ? カオスニアンではないとすれば、一体‥‥。
「お前たちは見事試練を乗り越えた。今後はお前たちの来訪を歓迎しよう。集落までは俺が案内するので用があれば‥‥ん?」
アアザムが振り返ると、そこには地面に倒れ伏す3人の姿。どうやら体力の限界だったようだ。
その後、登頂班は頂上まで迎えに来てくれたリュブリャナの戦士たちが乗ったグリフォンでその場を後にする。彼らの手に、試練を超えた証たる竜の鱗があったのは言うまでもない。
死んだように眠った三人を出迎えた他の冒険者たちも、試練の無事のクリアを素直に喜んだ。
「どうした、スニア?」
竜の巣入り口で、3人を引き取るサポート班の四人。
何やら深刻そうな様子を携えて、スニアがぽつりと呟く。
「数日に渡る徹夜の最大の代償は‥‥肌荒れです。普段から気をつけてはいるのですけどね‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥くっ」
「‥‥‥ぷっ」
「ふふふふっ、そうですね」
トールとアルトリアが思わず吹き出したのを他所に、女性であるイリアはとっびきりの笑顔で応える。過酷な竜の試練を超えた後にしては、あまりにも可愛い悩みで二人が笑い出してしまったのも仕方ないといえば、仕方ないのかもしれない。
「それならば我が集落に来るといい。女人が肌を気づかうのは当然のこと。我らリュブリャナの女たちもそれ相応の手当てしている。今度来た時にでも、肌に効く薬草を紹介しよう」
友好的な笑みを浮かべて差し出してきたアアザムの手。
対してスニアの手も伸ばされる。
重なり合った手と手は、新たなる道が開けたことを指していた。