【アスタリアの竜神】報復
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■シリーズシナリオ
担当:紅白達磨
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月10日〜01月15日
リプレイ公開日:2009年01月19日
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●オープニング
ラケダイモンの戦から約二ヶ月。スコット領は大きな変換を迎えていた。
巨人の戦場(ジャイアント・ウォー)と呼ばれたラケダイモンにおける決戦後、バ軍再来に対応すべくスコット軍はラケダイモンにて軍の再編に取り掛かり、カオスゴーレム『カルマ』を失った第二師団長フェルナンデス・リッケンバッカーもモルピュイ平野まで後退した。
しかし、ここで双方が予期しなかった事態が発生する。バの十将軍、『金色の魔笛』の異名を持つクシャル・ゲリボルはフェルナンデス軍のスコット領南方地域での虐殺を遺憾とし、彼の軍を反逆軍と見なし突如『攻撃』を開始。同時にカオスの大侵攻に際してクシャル将軍はスコット領側へ休戦と、フェルナンデス軍に対する共闘を提案したのだった。
先の決戦で戦力を大幅に削られ、またカオスの対応にも追われていたスコット領側も、二面作戦を行うだけの戦力がないと判断してこの提案を承諾。これによって誕生したスコット・クシャル連合軍は、各地で抵抗するフェルナンデス軍を次々と撃破することに成功し、それはまさに破竹の勢いと表現するに値する。
現在、フェルナンデス軍はアスタリアとスコット領の国境線付近、南方地域の西端にまで追い詰められており、周辺の砦を陥落した後はフェルナンデス本隊との決戦を残すのみとなっている。
他方、アスタリア山脈でも異変が起きていた。
冒険者の一団の『竜の試練』達成後、西方地域の責任者たるアナトリア・ベグルベキの元、スコット領は山岳民『リュブリャナ』との友好関係を保つことに成功しており、リュブリャナの山脈内での自治権を確立させ、貿易を開始していた。その排他的な民族性から双方の間では当初様々な問題が浮上したものの、カオスニアンの侵略や山脈内での魔物の跳梁跋扈によって既に独自の勢力圏を失いつつあったリュブリャナ側に選ぶべき道は限られていた。アナトリアとその配下ベルトラーゼの公平な姿勢と熱意、加えて戦士長ラ・ゴドム・アアザムの積極的な姿勢もあって、族長とアナトリアの会談、西方地域住民とリュブリャナの交流や技術協力、山脈内における調査とカオスニアン討伐における共闘等、双方の関係は徐々に改善され、両勢力間の溝は確実に埋まりつつあった。
そこで出現したのが、カオスの勢力の侵攻である。
その侵攻の手は、スコット領は勿論、アスタリア山脈にも伸びており、少数部族であるリュブリャナ側はスコット領側へと援軍の派遣を要請する。巨人の戦場(ジャイアント・ウォー)によってかなりの戦力を失い、各地で散発的に出現するスコット領側にそれだけの余裕があるはずがなく、その要請は却下されてしまう。
この段階で適切な対応が為されたならば、まだ事態の収拾はついたであろう。しかし、スコット領最高責任者グレンゲン・キュレは各地に出没するカオスの勢力の一斉討伐を各地方に呼びかけるに当たり、リュブリャナ側へその討伐に参加するよう出兵の『命令』を下した。
当然、リュブリャナ側はこれに激怒した。自治権を有し、独立した勢力として対等の立場にあるはずの自分たちに対し、まるで従属勢力であるかのような扱いを取られたことは、彼らの誇りを踏みにじった行為として受け取られたのである。
現在のところ、武力衝突には至っていないものの、グレンゲン侯爵の命により西方地域にアナトリア率いる西方騎馬隊が部隊の再編とカオス討伐の名目で駐屯しているものの、それが何を意味しているかは想像するに及ばない。
事態は新たな変換の時を迎えつつあった。
――――『竜の巣』入り口
山脈外から及ぶ外敵の侵入を阻むかの如く、立ちはだかる巨大な絶壁。
竜の壁と呼ばれる場所の麓、その一端に設けられた小さな天幕。
あらゆる闇に閉ざされた山脈の中で、光を携えているのはここだけである。
「グレンゲンは何と?」
「‥‥出兵の命は取り消されぬとのこと。リュブリャナは速やかに命に従い、西方地域での討伐の任につけと仰っている」
これは非公式な会談であり、どちらもアアザムとアナトリアに忠実な側近しか連れていない。余計なものがいると、事態が悪化しかねないからだ。事実、血の気の若い若者ならば、今しがたのアナトリアの言葉で武器を振り上げることは疑いようがないだろう。
「騎馬軍が山脈の麓に集まっているとも聞いたが‥‥」
肉厚の巨躯が小さく動いた。視線を上げる、それだけの動作なのに、対峙する者たちが否応のない圧迫感に襲われるのは決して気のせいではない。
「我らを討つ気か?」
「命令とあらばそうしよう。だが、私はそれを望んでおらぬ」
「‥‥正直な男だ。だからこそ信頼もしている」
口の端を少しだけ吊り上げるアアザムに、アナトリアも大きな肩を揺らし、笑い声を上げる。
僅かに一蹴された重い空気だが、それも長く続くことは許されない。
「マリク殿に時間を稼いでもらっているが、それもただの時間稼ぎに過ぎんぞ。中央議会の連中が我らに武力行使を命じるのもそう遠くはないはずだ」
「そんなことをしても、何にもならないと思うのだがな」
「山脈に埋蔵された金鉱が目当てなのだろう。それが見つかったのは自治権を約束した後のこと。最初からそれが判明していれば、侯爵もそれをお許しにはならなかっただろうからな」
「ほう‥‥それは幸運だった」
獣のように目を細めて正面のアナトリアを一眼する。
山脈調査の際、アナトリア率いる部隊がアアザムと行動を共にしたことがあった。その際、アナトリアたちは綿密な地質調査を行ったので、竜の巣内が豊富な資源で満ちていることは当の昔、それこそ自治権を約束する前に知っていたはず。リュブリャナも価値を知っているが、そこが聖地であるので手を出さないだけ。採掘には相応の費用と人材が必要となり、カオスの勢力に対抗しなければならない現段階で、そんな無駄なことを行う暇はなく、己の利益のみを追求する中央議会の連中にも付き合う気もない。それ故、自治権を約束する前に知っていながら、アナトリアは金鉱についての情報をわざと議会に提示しなかった、というのがアアザムの予想である。そしてそれは外れていないだろう。
「それで、頂上の信仰竜はどうなっている?」
「‥‥状況は悪化の一途を辿っている。度々出現する混沌の魔物どもの攻撃で苛立ちを高めておられる。我らがお守りしようにも、あそこまでお怒りになられていてはそれもままならない。中央の連中が金鉱云々を言っているようだが、今そんなことをすれば、ガリュナ様の御怒りを買うことになるのは確実だ」
「具体的にはどうなる?」
松明の火が掠れ、屈強な戦士の表情に初めて小さな影が落ちた。
「山脈中が異変に包まれることになるだろう。地は割れ、大地は崩壊し、山は崩れ去る。その勢いは必ずやお前たちの領土にまで達するだろう。そして居場所を失った魔物どもは四方へと散り、混乱の波紋は我らと平野の民にも及ぶことになる」
アナトリアの両脇に控えていた騎士が喉を鳴らした。アアザムの後ろに控える二人の男たちも同様の趣で強張る身体を意識せずにはいられずにいる。
天幕の中に満ちた沈黙。言葉にせずとも脳裏に浮かんだ光景。
それは、まさしく天変地異だ。
巨大な危機が迫っている。
それを回避するためには?
為すべきことは?
一つ一つの選択が、結末を変える鍵となることだろう。
●リプレイ本文
●レディン〜中央議会〜
議会は大きく三つの勢力に分裂していた。出兵の命に背くリュブリャナに対して即時の武力行使を行うべきだという者たちと、それに反対するマリク派、そして日和見を決め込んでいるグレンゲン派。三つに分かれているといったが、実際は議員の9割以上が武力行使を望んでおり、残り二つの勢力は数人ほどでしかない。
入り口のところで、円卓に腰を下ろす議員たちと向かい合う冒険者たち。議会に出席したいとの胸をマリクに伝えたところ、是非お願いするとのお言葉と許可を頂き、こうして参っている。
冒険者の要望であったレインボードラゴンと巫女ナナルの出席は叶っていない。スコット領という独立した地域に干渉することが問題視されことが大きい。唯一KBCだけが協力してもらえるような素振りを見せてくれたが、それもまだ確定するまでには至っていない。
議論は平行線のまま。リュブリャナへの武力行使を強調する議員たちに対し、それを止めるべきだと主張する冒険者たち、真っ向から対峙することになっている。
竜への造詣が深い冒険者を自負するグラン・バク(ea5229)が一歩前へ進み出た。その隣には一匹のドラゴンの姿がある。
「我が飼うは黄金竜エクリプスより預かりし竜の子。警戒される理由でもおありか? ないな。では黄金竜の試練の話をしようか」
彼の飼っているドラゴンパピーのルーファが主の声に応えて小さく鳴いた。入場にはひと悶着あったものの、彼の強い要望で無理矢理にでも入れたのだが、ある意味で効果は抜群。議員たちはすっかり震え上がっている。それに竜はこの世界で信仰の対象。言葉が通じない愚か者たちも、その迫力と威圧には腰を抜かす寸前であった。
「ド、ドラゴンを入れるとは非常識とは思わんのか!? このたわけ者!!」
「己の私欲を満たすために大勢の民たちを省みない貴方たちが言えたことか」
言葉に詰まる議員たちを前に、次に進み出たのはファング・ダイモス(ea7482)。
「まずは私たちの参列を許可して下さった皆様に感謝の意を述べさせて頂きます。しかし、事態は一刻の猶予も残されていないのもまた事実でしょう。暫し、私の意見に耳をお貸しください」
ファングが整然と意見を述べていく。今アスタリア山脈に侵入すれば、上位竜ガリュナを刺激することになる。そしてそうすれば、山脈に住むリュブリャナだけでなく、西方地域にも甚大な被害が及ぶ。それを防ぐためには、出兵の命を取り消し、西方騎馬隊など援軍を派遣する必要がある。
「私たちの意見に賛同して下さった方々も多くいらっしゃいます。証拠ならば、ここに」
取り出した書状は先ほど届いたもの。差出人の欄にはファングが嘗ての依頼で命を救ったグレイバー伯爵以下数名の領主たちの名が記されていた。
「だ、だがな‥‥」
「暴走により、山脈に潜んでいたカオスの魔物たちが他領に散らばれば、ことはスコット領だけでは済まされません。クシャル・ゲリボル率いるバの軍との共闘にも不備が生じましょう。バの再侵攻が再び始まるのも時間の問題と私は強く確信しています。最早、事態は貴方がたに限ったことではないのです」
「‥‥だ、そうだ。議員の皆様はこれでもまだ金鉱に拘るつもりかな?」
グランのにっこりとした恫喝がとどめとなったのか。一様に黙りこむ議員たち。
颯爽と二人の横に並んだのはベアトリーセ・メーベルト(ec1201)だ。
「過去の栄光は所詮過去のもの。所詮この勲章の数々も、過去に救った人々の、それも生きて助けることができた人々の分でしかありません。これから先の未来、窮地に陥る人たち、困難に立ち向かう者たちを救い、共に戦うことがこの勲章を与えられた者達の役割ではないでしょうか。それをリュブリャナは戦友と言うのです。そして彼らもそう望んでいる。アアザムさんがここに来ているのが良い証拠です」
ベアトリーセの要望を受け入れてアアザムも議会に参列していた。山脈を出た経験が数えるくらいしかない彼だが、ガリュナ暴走を未然に防ぐためには致し方ないと判断したためである。
「俺には難しいことはわからないが、お前たちがしたいこととそれが齎す結果だけはよく分かっている。死にたければ、お前たちだけ死んでくれ。他を巻き込むな」
「‥‥ふ、ふんっ、蛮族風情に何がわかる」
明らかな侮蔑にも、アアザムは片眉すら動かさない。自分の言葉に議員たちが耳を貸さないことを予め予想していたからだろう。
アアザムの意見にもあまり感心を抱いていないグレンゲンの様子に、彼女は攻撃の方法を変更する。
「侯爵様、どうか冷静な判断をなされるよう。マリク様もそれを望んでおります」
「む、むぅ‥‥」
マリクに絶大な信頼を寄せているグレンゲンだ。彼女の名前が出ただけでコロリと判断が曇ってしまうのだから、面白い。優柔不断というのもあながち嘘ではないらしい。
●怒れる竜
議会に出席した者たちより一足先に、魔物討伐班は竜の巣入り口でリュブリャナの戦士たちと合流、ガリュナ周辺に出没するカオスの魔物を討伐すべく、頂上に到着していた。
グランとアアザムが合流したのは三日目の昼。それまでに討伐班が仕留めた魔物の数は極少数であった。
恐獣や獣などが相手ならば、一歩も退けを取らない若者たちだが、カオスの魔物が相手となれば、話しも違ってくる。怪我を負っているものも少なくはない。
「私は仲間が議会を説得できると信じています。そして貴方がたの要請に従い増援を出してくれる事、貴方がたリュブリャナの方々に騎士団が連携してカオスの魔物を退治する事を信じています。説得する仲間達の努力を無駄にしない為に私は私のできる事をここで全力で行います」
導蛍石(eb9949)の言う通り、今できることを尽くす。それが望む未来を掴むための最善の方法なのだ。
「これで3匹目か」
トール・ウッド(ea1919)がサンジャイアントソードの一振りし、腰に収めた。背中にはグリフォン『ストーム』、足元には霧散し始めている小鬼の魔物が見える。
「片付きましたか?」
「ああ、周囲に怪しいやつは?」
トールの言葉に、導が静かに首を振った。
『竜の試練を受けた身としてリュブリャナの方々と騎士団の方々を連携させられるよう全力を尽くします』
そう意気込んでいた導だが、こうも敵が現れないと気持ちが緩んでしまいそうで怖い。
「アアザムさん、グリフォンの扱いに優れる方を1人貸してもらえませんか。私と組んで貰って、空からの偵察と弓による襲撃を行いたいのです。単独行動が危険なのは重々承知しています。しかし少人数で成果を得るためには多少の危険は覚悟するしかないと思います」
スニア・ロランド(ea5929)の要望に、アアザムは躊躇うことなく頷いた。竜の試練を越えた者の言葉ならば、無下にすることはできない。アアザム自らその役を買って出てくれた。
かなりの高度に到達したところで、スニアの目に映ったのは巨大な竜、ガリュナ。あれの警護とはいえ、あまり近づきすぎれば、こちらが逆に攻撃されかねない。
「この三日間で現れた魔物の数はたった3匹。ばらばらに襲わせることで、こちらの体力を消耗させようって魂胆かな」
クライフ・デニーロ(ea2606)が大げさにため息を漏らせば、真っ白な息が空中に吹きだした。カオスニアンや恐獣の対策も練ってきた彼だが、カオスの魔物以外で襲ってきたのは小型の恐獣が一匹だけ。極寒の気候に順応できていない恐獣を倒すのはさほど苦労しなかった。
「雪が厚くなければファイヤーボムが使えるのにっ、今後に備えて攻撃魔法がいるかな‥‥」
「さて、どうするか」
襲来する魔物はどれも下級のものばかり。統括しているやつが出てきてくれれば、対処のしようがあるのだが、それらしき影は全く確認されていない。
「お前たちも少しは休んだらどうだ?」
「気遣いは無用だ。同じリュブリャナの戦士。お前の勇猛ぶりを見せられては俺たちも休んではいられない」
若者たちが大きく笑みを浮かべ、得物を頭上へと振り上げた。トールの戦いぶりに闘争本能を刺激された事、竜の試練をクリアしたトールを同じリュブリャナの戦士として認めているというのが大きな要因である。
上空へと昇ったグリフォン。その背中に乗る二つの影はスニアとアアザム。
「‥‥アアザムさん」
「言いたいことがあるのだろう? ここならば、鳥でもない限り誰かに聞かれることもない」
「気付いていたんですか」
「伊達に戦士長と言われてはいない。狡猾な平原の民たちと対等に交渉するにはこれぐらい出来ないと話しにならんからな」
振り返りもしないアアザムの言葉は、無骨な外見とは異なり、どこか温かいものに溢れている。真下から昇ってきたのは若者たちの笑い声。大方、冒険者たちと何かの談義で盛り上がっているのだろう。
「我々の‥‥メイの国の対応に愛想を尽かされているかもしれませんが、少しだけ時間をください。不義理と無能を晒し続けるほど自浄作用が無くなっている訳ではありませんので」
カオス侵攻に伴い、メイでは強力なゴーレム、即ちドラグーンの実戦配備が推し進められている。ドラグーンの製造はナーガ族の協力なしではありえず、にも関わらず竜のいる土地へと軍事侵攻している矛盾は、子供に理解できてしまう。リュブリャナへの侵攻がメイの歴史に汚点を残すことは疑いようがない。
「‥‥信じよう」
特に何を言うでもなく、アアザムの返事は一つのみ。それはスニアに対する信頼に他ならなかった。
●竜の恋焦がれ
数時間の討伐後、若者たちが寝ずの番を買って出たので冒険者たちとアアザムは集落に戻ろうと集まった時。
「‥‥聖竜か」
話を進めるのはグラン。彼が嘗て経験した聖竜に関する依頼内容をアアザムに語っていた。
「竜神を宥める仲介、実現の際は貢物を聖竜殿にお願いしたい」
「貢物とは?」
「アスタリアの金鉱脈全部だ」
「‥‥ほぅ」
アアザムの視線が鋭く研ぎ澄まされたのは気のせいではない。それもそのはず。受け取り方次第では、議員と同じ金鉱を狙う俗人と同じと思われても仕方が無いのだ。
一呼吸をおいて、グラン。
「尤も、聖竜殿は人間の浅はかな富の取り合いは興味をもたれないので貴殿らに一任、管理を代々お願いすることになるだろうが」
グランの苦笑に、氷結した空気が溶解していくが、戦士長の表情はどこかまだ堅い。
「心が籠っていれば本当は何でもいいんだがな」
空を見上げた瞳に映るのは、雲ひとつない高山の青。空気の薄さが肺を圧迫する一方で、心には平穏が広がっている。童の作った花輪に喜ぶ竜の姿など良いと、一人嘆息してしまう。
「お前は恋をしたことがあるか?」
「‥‥いきなり何だ?」
予想外の質問に一瞬呆気に取られるのも当然。誰だってこんなことを聞かれれば、驚くだろう。
「もしかして生贄の女の子と竜が恋をしたっていう、あれですか?」
なぜ知っている、とクライフに目をやって、その後ろに目を向ければ納得した。若者数人がばつの悪い顔を浮かべているのが見える。魔法による罠など、討伐に貢献したクライフを、彼らが認めたという証拠だ。
「遥か昔、我が部族にはガリュナ様に生贄を差し出すという風習があった。生贄には幼い童たちが選ばれ、それを差し出すことで部族の安泰を願い、ガリュナ様の加護を頂くというものだ」
「その風習は今でも?」
「ない。ある時、生贄の少女を前にして、慈悲深いガリュナ様は命を乞う少女の願いを聞き届け、村まで送り届けたといわれている」
「慈悲深い‥‥なぁ」
剣を肩に訝しげに顔をしかめるトール。正直想像できない。
「それで、どのあたりが恋に落ちたに繋がるんですか?」
「お前がやつらから何を聞いたかは知らんが、正確な伝承を知っているのは族長だけだ。部族の女たちが勝手に想像して作ったものがほとんどだからな」
「いつの時代、どの世界も語り合いを好むのが女性というわけですか」
スニアの意見に発せられるのは男たちの笑い声。
全ての魔物を討伐することは出来ずとも、より一層深まった信頼の絆は、今後大きな力になっていくことだろう。
●見返りと報酬
「ベアトリーセ卿」
議会の閉会から二日。グランを除き、議会に出席した者たちはレディンに留まっていた。議員たちと接触するためである。
その顔は議会の末端にみた覚えがあった。議論中、終始興味がなさ気に肘を付いていた人物だ。
結局、議会は平行線のまま幕を閉じていた。リュブリャナへの武力行使の中止との結論には至らず、西方騎馬隊も山脈麓で待機となっている。ただ、表向きは変わっていないものの、武力行使を主張していた議員の中から離反の気配を見せ始めた者が出たのもまた事実。グレンゲンもどちらに付くべきか思案していることだろう。
「ルームと申します。議会でのご活躍、楽しく見させて頂きました。あの頭の固い連中相手に、よい成果を出した、といえるでしょう。マリク殿も、貴方がたの働きにいたく感謝していらっしゃいましたよ」
確か東方地域を治めている人物。柔和な態度とは裏腹に、瞳に秘められている強さは、狡猾さと己に対する自信とに満ち溢れている。
満面の笑みを浮かべるその顔に、嘘は見当たらない。期待したほどの成果は上がらなかったと思っていたが、どうやら役に立てたらしい。
「側近の者から話は聞きました。リュブリャナの件に関してわたくしの兵を援軍として使いたいとのことですが、相違ありませんか?」
「左様です」
「貴方様自らこうしていらっしゃって下さったということは、協力して頂けるという解釈で宜しいのですか?」
「そうですね、まぁ半分正解といったところでしょうか」
目も逸らさずに笑う。その様子はお世辞にも好印象とはいえない。
「恩には恩を。それこそがわたくしの信条。貴方がたには東部海岸線に出没する海賊退治をお願いしたく存じます」
「‥‥その見返りに援軍の派遣を約束して下さると?」
ルームの話では、数ヶ月前から東の海岸線に海賊の一団が出没するようになり、手を焼いているとのことらしい。強力な海軍を所持している彼だが、散発的に、しかも断続的に襲来してくるため、兵はすっかり疲弊してしまっている。
「あのカルマをも撃破した貴方がたならば、容易なはず。勿論、強制ではありません。断っていただいても結構。ですが、わたくしの要望を受け入れて頂かない限り、協力するつもりはございませんのでご了承下さい」
そうして、ルームは言いたいことだけいって、さっさと廊下の向こう側に消えていった。
協力して頂けるならば、次の依頼の際に一報をくれとのこと。
果たしてどう動くか、それは冒険者たち次第だ。