【アスタリアの竜神】御伽話
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■シリーズシナリオ
担当:紅白達磨
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:03月01日〜03月06日
リプレイ公開日:2009年03月10日
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●オープニング
アプト大陸を両断する山脈、アスタリア。
メイの国が誕生した時、すでにそれは存在していた。蓄積する資源は豊富、抱擁する生き物の種類は万にも達する。シーハリオンの丘を守護する役目を持つが故か、この山から生まれた伝説は数知れず。
竜伝説もその一つ。竜とは神。その怒りに対する恐れ。恩恵のみを求める人。生贄として捧げられる存在。厳しき環境の中で培われた精神は強く、それ故に犠牲なくして得られるものがないことも知っている。諦念とも取れる考えこそ彼らの強さであり、脆弱な人間が民族を形成し、生き抜いてこられた証でもある。
だが、それは本当に贄となった者たちの願いだったのか。
そして、竜神は‥‥。
リュブリャナの戦士長アアザムは枯れた男と対峙していた。
二人の間に流れるのは肌を刺すような切迫した緊張感と肺を押し潰すような沈黙の一途。
絨毯代わりに敷かれた魔物の皮の下から、体を揺らす震動が伝わってくる。数時間にも及ぶ対峙が精神に疲労を齎しているとも勘違いされるかもしれないが、これは実際に地面が揺れているのだ。
竜神の怒り。即ち、地震である。
前回の依頼でなされた冒険者たちの会議出席により、これまで強硬派だった者たちが穏健派であるマリク側に付くことに成功した。現在のところ、中央議会は強硬派と穏健派が同数。ほとんどが強硬派だった以前と比べれば、状況はリュブリャナ側へ優勢に動いたといえる。
だが、ガリュナに対するカオスの勢力の攻撃は依然として断続的に続いており、その怒りが膨らみ続けているのもまた事実である。リュブリャナの戦士たちが定期的に警護を行っているもの、ガリュナのいる寝床は峰のほぼ頂上であり、周辺の規模は馬鹿にならず、少数民族であるリュブリャナには限界があった。
木と骨で拵えられた三角錐。
テントに近いそれはタルムというリュブリャナの住居であり、季節によっては洞穴を利用する時もあるが、彼らの多くはそれで一年の大部分を過ごす。最近では平原から送られてくる布があるために、それを使用している者も少なくはない。
集落の丁度中央。シムと呼ばれる広場は憩いの場として利用され、最近では平原から送られてくる品物の取引場所ともなっていた。戦士である男たちが外で出ている間、女たちは集落で子供を育てる。それがこの民族であるが、信仰竜に対する信仰はわけ隔てなく存在する。人々は竜の絶対的な強さを望み、その守護と恩恵を願う。厳しい環境で生き抜くことを迫られる彼らにとって信仰は一種の助けであり、生存の証でもあるのだ。
それが今崩れようとしている。それは自我の崩壊とも言える出来事だ。それを表すかのように、普段は笑い声で沸き返る広場に人々の姿はなく、ほとんどの者たちがタルムの中に閉じ篭ってしまっていた。
集落の端に設けられたタルムの中で、対峙する二人。
族長である初老の男性と、戦士長アアザム。
閉鎖的な民族性の象徴であり、最後まで外部との交流を拒んだ族長に対して、アアザムは真逆の方針を進めてきた。カオスの勢力の伸張だけではない。変動する気候、日に日に増加するカオスの地から侵略してくる凶悪な魔物とカオスニアン、それら多くの脅威を前にして、自分たちだけでは最早滅びる他ない。そう悟ったアアザムは外部との交流を誰よりも望み、その先陣に立ってきた。そんな彼にとって、今対峙する存在はいわば敵対する勢力の長、そして民族の絶対的存在。本来ならば、ただ頭を垂れてその言葉に従うことこそが、戦士長である彼の役目だ。
「‥‥信用するに値するか否か、今までの行動が示している。試練を越えたあの者たちを我らの仲間と認めるならば、答えは自ずと出る」
アアザムは族長に懸命に説得を行っていた。リュブリャナの族長のみに伝わる竜の伝承。信仰竜ガリュナに纏わる伝説。それは代々族長のみ知ることが出来る。村の掟に逆らうことを承知でそれを聞かせて欲しいと彼は申し出ているのだ。
「滅びを迎えるのもまた自然の流れ。しかし、それを望まない者も多くいる。ガリュナ様をお助けするためには伝承に縋るしかない。‥‥決断を」
そこまでが、アアザムに出来る最大の行為。村の一員として、これ以上踏み込むことは許されない。
族長は目したまま、微動だにしなかった。息絶えているかのように、皮と骨の肉体は人形とも違う、天界の仏教でいう生き仏に酷似している。
長い長い沈黙が続く。
喉の渇きも忘れて対峙する両者の拮抗。
それは一日で終わらず、二日、三日、一年にも近い時間が続いたようにさえ感じられた。
結局、アアザムの説得は失敗に終わった。
ひたすらに沈黙を守る族長に根負けした彼は無言のまま外へと出た。
空に広がるのは、墨を塗り拡げたような暗い雲。見慣れたはずの雲が、今はいつもより黒く見える。
彼方へと向けた視線の先にあるのは、山脈の頂と竜の眠る場所。
耳元を切り裂く風の音が頭の中に響いた。それは怯えた村の悲鳴のようにさえ思ってしまう。山脈中に広がった竜神の咆哮は大地を揺らし、すべての生物たちの心を萎縮させていく。そしてそれに呼応するかのように揺れる地面も気のせいではない。
凍える足元の下、真っ黒な土の下からひたひたと近づいてくる何かがいると、アアザムは確信にも似た思いを抱いていた。
●リプレイ本文
●大地の傷跡
リュブリャナの集落を訪れて、最初に抱いたのは畏怖だった。
集落の一部が落石や土砂崩れによって崩壊していたことは、彼らからすればまだ常識の範囲内だ。問題はそこではなく、彼らの足元に当たり前にある地面にあった。
「‥‥本格的にやばいって感じだな」
巴渓(ea0167)が跪き地面を撫でた。指先が地面の中に入り込むと、小さな震動が伝わってくる。
畏怖の正体は、集落のあちこちに見ることが出来る地面の亀裂だった。
「この世界では竜は神にも近い存在だと聞いていたが、あながち嘘でもないらしい」
グラン・バク(ea5229)はテントに一つが傾いていることから悟る。アアザムから竜の怒りは天災を引き起こすと聞いていたが、これはまさしくその通りだ。
「一刻も早く族長を説得しなければならないでしょう。集落が潰れるまで、あまり時間もないように見えます」
「言葉だけでは動かないでしょう。心を開いて対話しなければ」
ファング・ダイモス(ea7482)の傍ら、この交渉は根競べになると導蛍石(eb9949)は確信している。アアザムから聞いた族長の人となりから考えれば、交渉がスムーズに進む可能性はゼロだ。相手の立場や心情を推し量りつつ、話を進めていかなければならない。
アアザムの案内によって、四人は族長の待つタルムへと向かう。そしてそこには、導の予想通りの展開が待っていた。
「お初にお目にかかります。竜の試練を受けし者の一人、僧兵の導蛍石と申します」
一番にタルムに入ったのは導。その軽い礼に族長は無反応だが、それも予想の範疇だ。
「我らは竜の試練を受け、既にこの民の者として認められてございます。しばし我らの言葉に耳をお貸し下さい」
「言うには及ばない。お前たちがここに来た訳も、この地で何が起きているのかも、よく分かっている」
糸のような目がほんの僅かに開かれて導の瞳を隠すことなく射抜いた。
「私は外界の介入を好まぬ。竜を崇め、恩恵を受けるということはそれと定めを共にすること。滅びようとも我が部族はそれを誉れとしよう。お前たちにはわからないだろうがな」
「さすがはガリュナ様への信仰厚きリャブリャナの族長であらせられます。自らや民としての信念を貫かれる事は、半ば覚悟しておりました」
喉が鳴る音がやけに鮮明に聞こえた。静かに頭を下げた導の額を、嫌な汗が伝っていく。一筋縄ではいかないと思っていたが、これは予想以上だ。
「なれどこのまま滅びるのは惜しゅうございます。今ガリュナ様を怒らせているのはカオスの魔物という得体の知れぬ存在。その魔物達を倒しガリュナ様のお怒りを鎮めるならば我らは労苦を厭いませぬ。ですからどうかお命じ下さい。『魔物達を討ち果たせ』と」
針のような視線は導に顔を上げることを止めさせる。それほどの威圧がそこにある。
どうにか突破口を探す導に代わり、ファングが進み出た。
「ジ・アースと呼ばれる天界で、カオスの企てによって竜の怒りを受けた都市があります。その原因はカオスによって世の人々が争い、その争いが竜の怒りをかったのです」
彼はなおも続ける。
「ガリュナ様の怒りは、カオスニアンと呼ばれる者達が来てからだと聞いています。彼等はカオスと手を組み世の騒乱に力を貸しており、カオスの行動はアスタリアのみならず世界中で起きている。我等はカオスの行動によって世が乱れ、ガリュナ様が暮らすこの地が竜の怒りによって引き裂かれる事を防ぎたい、そして竜と精霊の力に満ちたこの世界が汚される事を望まない」
膝を折り、恭しく接する態度は騎士の取るべき模範的なもの。何としても伝承を聞かなければならない。言葉丁寧でも穏やかな力に満ちた姿勢は彼が全身全霊をかけて説得に当たっている証だった。
「ガリュナ様の伝承が、ガリュナ様の怒りを沈め穏やかな眠りをもたらすなら、試練を超えた時の様に全てをかけて成し遂げたいと考えております。そして村への平穏を取り戻す為、外から流れ込む災いを防ぎたい。カオスによって外から流れる災い、カオスによって内から外に流れる災い、それらを防ぐ壁となりたいのです。如何か伝承をお教え下さい」
「口ではどうとでもいえる」
「そのようなことはございません。彼は‥‥」
「ファングは地震によって壊れた集落を直すのに手を貸してくれた。試練の功労者でもある。族長でも侮辱は許さない」
導の言葉を遮ったのは沈黙を守っていたアアザムだった。枯れ木のように無表情だった族長から僅かな乱れが生じた。戦士長と族長という双方の立場から、黙していたアアザムが初めて明確な反抗を行ったのだ。導同様、族長からもこれは全くの予期せぬものだった。
その感情の揺れを敏感に感じとったのは導とアアザム。アアザムの目はこの好機を逃すなと伝えていた。
「我らは目の前にまで迫る危機を伝えるため、ここに住む尊き命を救うために参りました。貴方様の信仰は尊く、我らには持ち得ない誇るべきもの。ですが、命の輝きとはそれにも勝るものでございます。集落には生きたいと望む者たちが数多いると聞きしました。女性の方々が語る物語の中では、あのガリュナ様でさえ人の命を尊いと考えているではありませんか」
言葉をまくし立てる。決して生半可な覚悟でここにいるのではないということを伝えるために。
部族の女たちの中で語られる物語によれば、竜が一人の少女と恋に落ちたのだという。
「恋をしたことがあるか‥‥か」
アアザムから言われた言葉を思い出し、つい苦笑してしまうグラン。故郷のノルマンにいる女性のことが脳裏に過ぎってしまう。結ばれこそしなかったものの、今も大切な存在だ。
唐突にその手から差し出されたのは春花で編まれた花輪だった。
「それは次元の異なる世界自分の故郷で摘んだ花と西方メイディアで摘んだ花を繋げて作ったものだ。両方ともその地では珍しくないものだ。ただ‥‥」
口にはしない。二つの世界を股にかける男は言葉ではなく、花によって語りかけようとしていた。
本来ならば合わさることがなかった二つの花。それをここで手渡せることの意味。
「世界は広く」
導かれるように風が流れ込んでくる。
「そして常に動いている。竜の元を訪れようとしたのは最初は好奇心からだったかな。だが彼らを知り、彼らの言葉を聞き、触れた後次にこう思うようになった」
この世界は未曾有の危機に直面している。苦しむ人々がいる。冒険者である自分たちに助けられる人々は決して多くはない。
「知るだけではない。次に会うときは彼らのよき友になれればよいと」
だが、それでも助けられる人々がいるのだ。
グランが深々と頭を下げた。ナイトとしてではなく、奇跡の上に成り立ったこの人の輪を喜ぶ一人の人間として。
「教えてくれないか」
同じように未来を見つめる巴が最後に一歩足を進めた。
「地獄大戦、妖魔どもの暗躍、そしてカオスの穴から噴出した瘴気‥‥。あと二ヶ月もすりゃあ麓のスコット領も滅びちまう。危機に直面してるのはあんたたちだけじゃねぇんだ。それに何より時間がねぇ。けど俺たちには力がある。その為に力があるんだ。信じてくれ」
いつになく必死な表情を浮かべる巴。最初にこの言葉を言ったとしても、族長は心動かされることはなかっただろう。巴一人ではなく、ここに集まったすべての者たちが嘘偽りない言葉を述べたこと。綺麗ごとにも取れる台詞だが、だからこそそこには彼らの必死の思いがあった。
●海上戦
一方、スコット領東方に広がるルラの海西端では、12隻ものガレー船による大規模な海上戦が繰り広げられていた。
ルームの申し出を受け、東方海軍と行動を共にしているのはスニア・ロランド(ea5929)、レインフォルス・フォルナード(ea7641)、ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)、アルトリア・ペンドラゴン(ec4205)。
ルームの派遣した東方海軍の船は総勢八隻、対して海賊は四隻。兵力もこちらが倍以上であり、戦況はそれからも予想出来るようこちらの優勢で進んでいた。
この戦に貢献すれば、東方責任者ルーム・ラーツィオはアスタリアの一件に手を貸してくれると約束してくれている。ベアトリーセが出陣前に再度確認したところ、受けた恩は必ず返すとの力強い言葉を受けた。下手に言葉を弄する者よりも、信用できるというものだ。
バリスタと弓兵の矢が降り注ぐ戦場。船同士の接触と同時に白兵戦が開始されていく。
最前線で戦闘を繰り広げていく四人だが、中でもスニアの活躍は目覚しいものがあった。
矢が往来する甲板上に立った彼女は、弓騎士としての名に恥じることのない戦いぶりを発揮する。重量のある鉄弓を軽々と使いこなし、細腕から放たれた矢は一撃も外すことなく海賊たちを射抜き、海へと落下させる。鋼の鎧に身を包んだ歩兵ならばいざ知らず、鎧などない等しい軽装の海賊たち。商船などの微弱な相手に慣れきっていた獣たちに、疾風の如き矢を避けることなど出来るはずがなかった。
「依頼主は完全勝利をお望みのようですから、最初から火を使って逃げられる訳にはいきません」
火など無くても強化した鉄弓は斧に匹敵する威力を有する。胸元を貫いた矢はまるで丸太でも打ちつけられたように後方へと吹き飛ぶ始末。
船という遠距離が主となる要因も否定は出来ない。しかし、乗り込んでこようとする海賊たちを片っ端から撃ち落し、数百の敵を前にしても些かも動じることのない姿は秀麗。気付けば彼女を中心に水兵たちは陣を組み、士気高揚した水兵たちは接舷と同時に敵船へと乗り込むと、瞬く間に制圧していった。
●魔剣
海賊の根城である孤島に上陸するまでもなく、冒険者たちは目標である『狂戦士』と対峙することになった。
「ふっ!!」
雷鳴に似た響きが大気を引き裂き、鉄の胸当てを貫通するとそのまま盛り上がった筋肉へと突き刺さる。
ドンッ、とハンマーでも叩きつけられたような震動が甲板に響き渡った。
間一髪で回避に成功していたスニアがそのまま距離を取った。先ほどまで自分がいた場所には、綺麗な縦線の溝が出来上がっている。
猪のように突進してくる攻撃に臆するスニアではない。味方のために隙を作ろうと相手の勢いを利用し、敵の懐へと容赦なくスピアを突きこんだ。
「――――――――――!?」
視界が回転し、少し遅れて身体に重い衝撃が走った。狂戦士はあろうことか、自分の懐に刺さったスピアを掴むと、そのスピアごとスニアを投げ飛ばしたのだ。
途絶えることのない連続攻撃がスニアを襲う。軽い脳震盪が邪魔をして満足に動きが取れない。腕を切られ、受け止めようとしたもう一本のスピアも敵の重い一撃によって真っ二つに折られてしまう。
間に入ったレインフォルスが斬り合いを演じるが、両者の技量とは反対に、刃をものともしない異常な戦いぶりは彼を船の端へと押し込んでいった。
もう少しで重傷を負うところでベアトリーセが参戦し、体勢を立て直したスニアも援護に加わった。さすがの三対一にはこの狂戦士もなす術がなく、最後はスニアのスピアが心臓を貫いて止めを刺した。
苦戦を乗り越えた上の勝利に、沸き返る水兵たち。思わず表情を緩みかけたところで、
「三人とも下がって!」
風の唸りに逸早く反応したのはベアトリーセ。彼女の振るった真紅の刃に衝突した何かが跳ね返り、地面へと突き刺さった。
「‥‥油断大敵ってやつですね」
地面に突き立った剣がゆっくりと上空に引き抜かれていく。柄を握る手はない。剣が一人でに、勝手に動いている。
「グライダーで上空から偵察してみましたけど、狂戦士を操る魔術師らしき人間はいませんでした。レミエラでもなければ、回復魔法でもない。これらのことから導き出される結論は一つ」
「‥‥剣ですか」
「なるほどな」
「狂戦士という異常状態の原因はこの剣。ゼムゼム水に反応しなかったから騙されそうになりましたけど、用心していて正解でした」
意志を持つこの武器は悪魔に類するれっきとした魔物である。手にした者を虜として、周囲の者を破壊していく狂気の剣。
空中に浮かんだ剣は音もなく水平になると、矢の如き速度で襲い掛かってきた。攻撃を仕掛ける冒険者たちだが、何せ鉄に近い硬度と空中を縦横無尽に駆ける動きは厄介なことこの上ない。
頭上からの攻撃は死角に近い。真上から落ちてきた刃に肩口を裂かれつつも、ベアトリーセが剣の炎を解放、紅蓮の軌跡で悪魔の剣を薙ぎ払った。
悲鳴も上げることなく、地面を転がる剣の動きを封じるべく、レインフォルスが追い討ちをかけて弾き飛ばす。破壊できるほどの威力を持たない二人の攻撃だが、魔剣の動きを鈍らせるには十分だった。
徐々に鈍っていく魔剣に向け、勢いよく放たれるのはスニアの矢。金属すらも破壊する威力と技量を持ち合わせた彼女の攻撃は敵を的確に捉えるだけの速度をも携えていた。
終わってみれば、多少の傷を負ったものの、甲板には完全に砕かれた魔剣が虚しくも転がっている。これにより東方海軍の勝利は確実なものとなった。
●繋がる輪
族長の説得から半日が経過していた。広場で待ち続ける冒険者たち。やがて齎されたのは『しばらく待て』という族長からの返事だった。
最初は説得に失敗したかと勘違いしたが、アアザムの話によれば、伝承を語る上で必要不可欠なものがあるらしく、村の戦士たちがそれを探しに行ったという。伝承の内容は次の依頼を受ける際、アアザムを通じて聞くがいいとのこと。
随分な物言いに聞こえるが、アアザムは族長がこうも言っていたことを話してくれた。
『未だ平野の民を友とは認めることはできない。しかし、我が部族は村を思う友の言葉は忘れない』
「‥‥感謝する。お前たちのおかげで、俺たちは明日を生き抜くことができる」
アアザムの無愛想な顔に、小さな涙が浮かんだ瞬間だった。
他方、ルームの依頼であった海賊退治も無事に終了した。要であった狂戦士が倒れたことで海賊たちはあっという間に瓦解し、根城だった孤島も海軍によって制圧される。これにより、東方を脅かしていた海賊団は壊滅した。
無論、冒険者の見事な働きにルームは至極満足した。その証拠にアスタリア山脈への援軍派遣に加えて、中央議会の穏健派に助力することも約束してくれた。『恩には恩を』。ベアトリーセが満面の笑みで口にした言葉を、ルームはこれでもかというくらい行動で示してくれたのだ。これにより冒険者たちはアスタリア山脈内で用いることの出来る十分な兵力とフロートシップを確保したことになった。
こうして依頼は大成功を収めて終了した。
アスタリア山脈を舞台とする物語は、ここから一気に終息へと向かうことになる。
同時にそれは、長きに渡る、スコット領最後の動乱の始まりでもあるのだった。