【花嫁修業】雪梅の段

■シリーズシナリオ


担当:幸護

対応レベル:2〜6lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:12月16日〜12月21日

リプレイ公開日:2004年12月25日

●オープニング

「主達もわしの元へ通うようになって幾瀬になるかのぅ。日頃の成果を試してみんか?」
 梅初月(うめはつづき)――。
 夜明けに降った霧雨も下午には上がって、どんよりと重なる灰色(かいしょく)の雲の隙間から光華が覗いている。
 天つ空の中央は重く鈍色にたそがれ、下端は眩しい砥粉色。草木の露がきらきらと光を弾く。
 突然の婆の言葉に門人達は視線だけを向けた。
 無言のままに語次を促しているのだ。
「客人を招いて持て成してみてはどうじゃ?」
 枯野襲の婆は口元に扇を宛てがい、意味深に眼窩を開く。
「持て成すとは‥‥納涼祭で致した茶屋のようなものか?」
 眉宇を上げて問うた門人に、物の怪小町はほくほくと声を立てた。
「いやいや、そうではない。‥‥見合いのようなものかのぅ。別に難しく考える必要はないぞ。真似事じゃ、気分を味おうてみるだけじゃ」
 門人達は呆れ顔だが応とも否とも答えない。婆の真意を測り、様子を窺っている。
「主等は殊更に元気が良いでのぅ。殿方と触れ合って女性の慎みを学ぶが良いじゃろう」
 成る程。
 男性と過ごして女性らしさを身に付けろと言いたいらしい。
 じゃじゃ馬に馬飼い。割れ鍋に綴じ蓋。
 婆にはそれなりの目論見があるようだ。
「主らに相応しい頑丈な殿方を手配致したよって少々の粗相は気にするでない」
 少々の粗相で済むわきゃあない。

●今回の参加者

 ea0063 静月 千歳(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0912 栄神 望霄(30歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ea1856 美芳野 ひなた(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea1883 橘 由良(40歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2001 佐上 瑞紀(36歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2775 ニライ・カナイ(22歳・♀・神聖騎士・エルフ・ロシア王国)
 ea6158 槙原 愛(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6393 林 雪紫(29歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●玉石混交
「あ。栄神おにいちゃん! お買い物ですか? ひなたも材料調達に来たですよ」
「ひなたちゃんも? やっぱりお鍋といえば主役が重要ですよねぇ」 
 美芳野ひなた(ea1856)に声を掛けられ振り向いた栄神望霄(ea0912)はにこりと笑み、ひらひらと手を振ってから再び真剣な眼差しを落とす。
 屈んで品定めする望霄の横からにょきりと頭を出したひなたは眼瞼を数度上下させて眉相を詰めた。
 花嫁御陵を目指し、日夜過酷な修業に明け暮れるうら若き乙女(?)二人が出向いた先は“芝肴”として江戸っ子に人気の雑魚場である。
 旬な魚がずらずらずらっと並ぶ。二人はその獲物を前に鬼気迫る表情だ。
 客人を手料理で持て成すとなれば、その気合いも当然であろう。ましてや“真似事”とは言え、殿方との見合いである。
 ――気合いを入れれば入れる程、どうしようもない方向へ空回り‥‥というか乱舞というか、暴走というか、爆走なのではあるが。
 兎にも角にもぶっちぎり。
 何しろ彼女達は花嫁予備軍である前に、泣く子も指を差し、腹を抱えて笑う(かもしれない)冒険者なのだから。
 ってな訳で、いつもの如く心意気だけは“乙女”なオトコマエである。褒め言葉だ‥‥多分。
「おじさんこれはなぁに?」
 可愛らしく小首を傾げた望霄が指差したのは、ちょっぴり他の魚とは違う趣きである。
 ハッキリ言ってしまえば見た目は下手物。とても口に出来る物だとは思い難い。
 だが、聞けばこの時期の鍋料理には最適で味はお墨付きだとの事。当然の事ながらお持ち帰り決定である。
 冒険者たる者、いかなる場面でも冒険心がうずくものだ。
 とは言え、いらぬ痛みは被りたくないのも事実な訳で、好奇心を満たしてくれる“戦友”という名の玩具というか贄は有り難い存在だ。
 曲がりなりにも“見合い相手”をそう認識している時点で激しく駄目っぽいが、今更言っても遅い。
 色んな不安を残しつつ食材調達は順調に続く。

 青物市には橘由良(ea1883)と槙原愛(ea6158)が出掛けた。
「折角ですから俺達に出来る限りの持て成しをしたいですね」
「そうですね〜お見合いなんて楽しそうですよね〜」
 微妙に噛み合っちゃいない会話ながらも旬の新鮮野菜を多く入手した。この時期ともなれば市場は一層賑やかである。
 それぞれに食材を調達した門人が集合すると遣り手婆こと小町は深く頷いた。
 戦闘開始である。
 さて、本日の武器は――大根、人参、小松菜、牛蒡、葱、慈姑、柚子、里芋、蕪。鯛に海老、鰆に鱈、河豚に鮟鱇。
 静月千歳(ea0063)が早朝から寒さを堪えて潮干狩りに精を出し獲得した蛤と謎の貝類。
 佐上瑞紀(ea2001)は熊やら猪やら鴨やら‥‥他にも原型を留めてない謎の肉類もちらほら。
 ニライ・カナイ(ea2775)は団子や大福、煎餅など。これは単に自身が食べたかっただけという噂があるとか無いとか。
 林雪紫(ea6393)に至ってはそこらで集めた草花。彩りは豊かである。
 その他諸々、一応どれも新鮮だ。
 雑多入り交ざり危険が危ない、物の怪小町の予想通りの素敵に愉快な展開である。

●獅子奮迅
「まずは、それぞれの料理からでしょうか?」
「そうね。鍋なんてのは材料放り込めばいいだけだし、すぐ出来るわよね」
 千歳の言葉に首肯した瑞紀は斬馬刀を手に口端を上げる。瑞紀姐さん、本日は愛刀を外す気はないと言う。
「まずこれを見ても全く動じない、ってのは最低条件よね」
 とは相手への希望らしい。それはそれで問題がありそうな気が致します。はい。
「さすが佐上殿、此度も気合いが入っておるな。やはり『鍋奉行』なる者に備えてであろうか? 私も負けられんと思っておった所だ」
 ニライは、またしても怪しいジャパン文化を耳に入れてしまったらしく一人で納得しているようだ。
「確かに〜、鍋奉行さんは〜強敵ですからね〜。まずは一品料理で〜鍋奉行さんの〜度肝を抜くですかね〜?」
 唇頭に指をあて、首を傾げたのは愛。青い瞳を天井へと向けてからにっこりと笑む。
 度肝を抜く料理とは何だ一体。
 普通に調理するだけで十分に度肝を抜けそうだと思うのは恐らく間違いではあるまい。
「鍋奉行さんをあっと言わせるお料理ですか‥‥難しいですけど頑張りましょう☆」
 雪紫が襷で袖をからげて拳を握る。
 手にしているのはどう見ても雑草な訳だが、これ以上なにを「あっ」と言わせる気なのか。
 総員一致で本日の課題が『打倒・鍋奉行』になってる所が既におかしい。つーか、鍋奉行って誰よ?!
「お主ら、真面目にやらぬかっ!」
 婆の愛の鉄拳を受けた撫子達は瘤(こぶ)を撫でながら料理を開始した。

「私は松野屋さんでお刺身を分けて貰ったですよー。大根を卸して梅を乗せて‥‥ほら、白と紅でお目出度いのです☆」
「雪紫さん美味しそうですね〜。料理は一手間を惜しんではいけないですよね〜。私は‥‥ん〜、前に作ったおにぎりでも作りますか〜。ご飯ものはあるといいでしょうし〜具も沢山あるから有効利用です〜」
 雪紫の手元を覗き込んだ愛は手当たり次第の具を詰めて握り始めた。
 過去に痛い思い出がある事は忘れてしまったのであろうか。
「私も手伝おう。やはりジャパン人は飯が一番のようだしな」
 ニライも無表情のままで握る。
 具は鍋用に用意された物から拝借して食べ易い大きさに切ったまでは良かったが、下茹でも味付けも焼きも一切無しの正真正銘のナマ。
 何よりも新鮮さを活かしたかったようである。ニライの狙い通り‥‥かどうかは分からないが、歯応えも存在感も有り過ぎ。
 しかも、具は二種類づつ入っている。勿論、組み合わせなど考えてるわきゃあない。ノリと勢いだ。
「ひなたはですね、前に好評でしたおはぎに、ちらし寿司、野菜の和え物を作ります。餡子や砂糖もそうですけど、良い食材は高いです‥‥けれど、みなさんの喜ぶ顔が見たいから、ひなた、大奮発です!!」
「心配するでない。今日の費用は全てわしが出すでの」
 財布を握り締めてちょっぴり涙目のひなたの背中を叩いた物の怪小町は、うむうむと頷いた。
 物の怪は太っ腹である。
 周囲で繰り広げられる“「あっ」と驚く料理”の中で、ひなたの料理だけは真冬の温泉、或いは真夏の岩清水のような安らぎを感じさせる。
 最後の聖域と言えるかもしれない。
「私は焼き魚です。‥‥焼き魚と言うと、魚を焼けばいいのですよね」
 魚を手に首を捻った千歳は、ぽんと手を打って熾した火の中へ魚を放り込んだ。
 轟々と燃え盛る炎の中でぱちぱちと爆ぜる音が響く。確かに“焼き魚”には違いないが‥‥仕上がりは紛れも無く炭であろう。
 鍋の準備も当然ながらこんな調子であり、ほとんどの具はそのままの姿で放り込まれた。料理と言えるかどうかすら少々悩む所ではある。
「魚市で買って来たこの魚‥‥お肌がすべすべになるんだって。これを食べれば師匠の皺も少しはとれるんじゃないかと思って」
「誰が皺まみれじゃ!」
 余計な事を言って婆に蹴り上げられたのは望霄だ。皺まみれとは誰も言ってないが。
「あれ?」
 まな板に乗せた魚に包丁を刺し入れる度につるりと滑って望霄は眉間を寄せて首を傾げる。
「そんなもの切らなくてもいいわよ。入れちゃいましょう」
 ひょいと手を伸ばした瑞紀が『ぐわしっ』と掴むと鍋に放り込む。
「味付けは‥‥適当でいいわよね? 余ってるから保存食も入れちゃうわよ?」
 瑞紀姐さん最早止まりません。
「それでは私の貝も入れてしまいましょう」
「お鍋って簡単で楽ちんですね☆」
 千歳と雪紫の貝(謎)と雑草(謎)もどっさり入れられた。
「あっ。貝の砂抜きは‥‥それと、今入れた草‥‥いえ、野菜は何ですか?」
 冷や汗を浮かべた由良に千歳と雪紫は「さあ?」と笑顔を返す。
 今回もきりきりと痛む胃を押さえ一人涙する由良。彼の胃は最後までもつのだろうか。
 梅干だったり団子だったり、謎の物も沢山入れられ魔窟のような出来栄え。まったくもって予想通り。
 香りすら独創的だ。勿論これはかなり好意的に言葉を選んでの表現だ。
 さて、料理(だと思う)の支度が整えばあとは客人を迎えるばかりである。

●合縁奇縁
「まずは私が敵を視察して来よう。物の怪小町殿に見合う相手が居ると良いが」
 厨を出て行ったのはニライだ。だから敵とは何だ。その前に見合いは別に婆の為ではない。
「ふむ。既に揃っておるようだな」
 声が漏れ聞こえてくる廊下で、ニライは呼吸を整え、力一杯に障子を開け放つ。

 スパーーーーンッ

 小気味の良い音を立てて突如開かれた障子の前に妙齢の女性が一人、普段と変わらぬ無表情のまま立っている。
 挨拶を交わし、緊張を解す為かとりとめのない会話を広げていた男性陣は突然の出来事に動きを止めた。
 皆の視線が一斉にニライへと注がれる。
 
「よしっ」
 手にした葱を部屋の端から順にぐるりと差して一人づつ確認したニライは再び力任せに障子を閉めると去っていった。
「‥‥今のは何ですの?」
 部屋の紅一点、フランク王国出身のウィザードは首を捻る。初っ端から意味不明の行動を見せられ困惑しているようだ。
 さすが『覚悟が必要』と言われただけの会食である。

「見知った顔が一人と見知った毛玉が一人。特に毛玉の方は物の怪小町殿に似合いの物の怪具合だがどうだ?」
 一旦厨に戻ったニライは大真面目な表情で婆に報告し、拳骨を喰らった。
 婆はこう見えて巷で評判の近畿小僧や“カッキー”こと柿沢とやらの眉目秀麗な若男がお好みらしい。
 自身をよく鑑みろ、とは誰もが思ってはいるが、世の中思った事をそのまま口にすれば命取りな事も多い。
 その点で、ニライは当初より婆の愛の鞭を一身に受けている門人だ。
 有り体に言えば、包み隠さず言い過ぎ。
「さて、では心の限り誠心誠意持て成すのじゃ。主等、よかろうな?」
「「「応」」」
 ってだから戦じゃないと言ってるのに。彼女等の誠心誠意を受け止めるとなればまさに命懸けであろう。
 何も知らず集められた男性陣に激しい同情の念を抱きつつ会食は始まる。
 撫子達の額にはやはり『花』の刻まれた鉢金が燦然と輝いているのだった。

●英姿颯爽
「皆様よくぞ参られました。本日はゆるりとお楽しみくだされ。‥‥まずは挨拶からじゃのぅ」
 深々と頭を下げた婆が取り仕切り、順に短い挨拶を済ませ、まずは酒が振る舞われた。
 硬く張り詰めた空気が俄かに和らいで笑顔も見られるようになった。

「おや〜、あれは雷くんですね〜。雷くんはお嫁さん探しですか〜?」
 知人を発見した愛は言うなり後ろから抱きつく。
「わっ! 違いますよ〜。それより、あのっ‥‥放っ‥‥」
 普段は面で隠されている顔を真っ赤に染めた忍者少年は、じたばたと身じろぐが愛はお構いなしでぎゅむむむむっ。
 彼女は年下の可愛らしい子を見ると男女構わず抱き締める癖がある。
 それにしても初々しい反応だ。こんな素直な反応をされては撫子達も放っておけないと言うものである。
 いわゆる“玩具決定”って事ですが。
「可愛いですね。はい、あーん」
 同じく可愛いものが好きな千歳も笑顔で箸を向ける。
「えっ? あ‥‥あーん」
 照れながら口を開いた少年は、一瞬にして血の気が引き、そのまま動きを止めた。
 口中で「ガリッ」と有り得ない音が鳴る。
「私が焼いたお魚ですよ。御頭付きで豪華でしょう?」
 魚と言うか、明らかに炭です。
 涙目になった少年は、それでも何とか喉の奥へと落として首だけを小刻みに振った。
「あら? どうしました?」
「いえ‥大丈夫‥ですよ〜‥‥はははっ‥‥ぐっ」
 どう見ても大丈夫じゃあないが。
 少年忍者はこのままぶっ倒れるまで精一杯の持て成しを受ける事となる。生き地獄だ(合掌)

「あら、女の方が〜。そちらはええと‥‥パフィーさんでしたね〜。女性に興味があるのですか〜?」
 忍者少年に抱きついたままの愛が視線を向けると美女は腰に手を当て高笑いする。
「おほほほほほほほ。今回は“ちょっとした”手違いで参加してしまいましたの。わたくしは別にそういった趣味はございませんのよ?」
 何故だろう、色々腑に落ちない感じだ。
「折角いらして下さったですからパフィーさんも沢山召し上がってください。味見はしてないですけど、きっと美味しいですよ☆」
 雪紫の差し出した小鉢を覗き込んだ紅一点、おもわず息を詰めた。入っているのは如何にも新鮮な採れたて雑草である。
 子供のママゴトじゃないんだから勘弁して欲しい。
 そして味見くらいしやがれ。
「おほほほほほ。わたくし、今はダイエット中ですの。ですからわたくしの分まで召し上がって頂いて構いませんのよ? ちなみにダイエットとは大江戸のことではなくて減量のことですわ」
 笑顔であるが『何が何でも食うもんか』という凄まじい眼光を放っている。
 身を守りたいと思うのは至極当然の思いであろう。
「大江戸? ‥‥減量の事ですか。駄目ですよ、減量なんかしちゃ育つべき所が育ちませんし身体に好くないですよ」
「そうですよ。女性はぽっちゃりしてた位が好いって言いますし」
 ひなた、雪紫、千歳は心配そうに言ったあと、吸い込まれるようにパフィーの胸に視線を送る。
「十分育ってますね‥‥」
 ふと己の胸を見下ろし大きな溜息を漏らした。
「「「ひどいっ」」」
 よく分からないが相当な打撃を受けたようである。撫子無残に完敗。
「おほほほほほほほほほほ。わたくしの勝ちですわね」
 一体何の勝負だったのだろうか。

 撫子達の戦いはまだまだ続く。現在の所一勝一敗。
 どちらにせよ物の怪小町にこってり絞られるのだけは確実である。