【遠い日の唄】遥か路の邊
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■シリーズシナリオ
担当:幸護
対応レベル:2〜6lv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月14日〜05月22日
リプレイ公開日:2005年05月22日
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●オープニング
「ナキチ、タマゆらすおぼえた!」
「は?! ‥‥玉を揺らすって何の事だい?」
訝しげに眉を詰めたギルドの女に魚吉はただ笑顔を返す。
「サラ、タマあそびじょうず。うた、おしえた。ナキチじゅうまでおぼえた」
――童のしょんべん しぃという
――白いし黒いし 碁ぉという
――しかのことを ろくという
――貧乏人の遣り繰り 質という
「何だい‥‥玉ってお手玉の事かい? ‥‥一体何を覚えたのかと思っちまったじゃないか」
手振りをしながら無邪気に歌ってみせる子河童の横で、女は肩を竦めぽそりと呟く。
「トーイ、字おしえた。リゼルかお、まるかいた。コウ、ばけものかいた。ばけものコワイ」
先の留守番での思い出を次々と語る魚吉はぴょこぴょこと飛び跳ねご機嫌だ。
「都は降って湧いた乱擾に惶惑してるって話だけど、あんたは天下泰平だねぇ」
「みやこ?」
眸をしばたたかせた魚吉は女を見上げた。
「天子様の御座す王城の地さ。大和の方から大量の死人が襲ってきて周辺の村々が壊滅しちまったそうだよ。黄泉人って言ったかねぇ‥‥伝承の喋る木乃伊(ミイラ)だとか何とか。どうなっちまったんだろうねぇ」
「ひと、死んだ?」
膝を折り、小さな河童と目の高さを合わせた女のぬばたまの黒髪が風を含んで広がった。
「うんと死んだそうだよ。鳥辺野や徒野は賑わってるかもしれないねぇ‥‥せめて死出の道行きが寂しくなきゃ良いんだけど‥‥世も末だねぇ」
地獄変相を思い浮かべた女の貌には硬いものが滲んでいた。
その面輪を真っ直ぐに見据えていた子河童・魚吉はついと足元に視線を落とす。
「死ぬ、とおくいく。でもいつか、またあえる。ショー言った。だからあるく、とまるダメ」
「あぁ、そうだね。残された者達も強く生きていかなきゃ、あの世から叱られちまうね。魚吉の言う通りだ」
油照りなどと表現される京の夏は蒸すように暑い。
今年は殊に暑い夏になるのかもしれぬ――。
□■
「ナキチ、みやこ行く」
「魚吉くん本気ですか? 今、京がどのような状況にあるか知ってるよね? 生半可な気持ちでは‥‥」
「やくめ、ある言った。きょーりくする言った」
由良の言葉を遮った魚吉はふるふると首を振る。
“それぞれ役目ってもんがあるんだ。魚吉には魚吉の出来る事がちゃんとあるんだから無茶はするんじゃないよ”
“人との繋がりの中で果たすべき役割や協力する事を学ぶのだぞ”
それは、これまでの冒険で魚吉が学んだ事。冒険者達に教えられ、頭ではなく心で掴んだ事である。
「魚吉、偉いね。‥‥魚吉に出来ること‥‥私達にできること、きっとある‥‥と思う」
冒険者が忙しいのはあまり好い事じゃないけど――無路渦の瞳が俄かに剣呑を帯びて揺れる。
それでも一緒に、探しに行こう
「ナキチ、みやこ行く、おんじ言う」
「そうか。おんじ殿に報告せねばなるまいな。ならば皆で参ろう」
千里の言葉が皆の耳に縫い止められる。
魚吉は首から下げた瓢箪を水掻きの付いた両の手でそっと抱えていた。
「なんだい、行っちまうのかい? そりゃあっちは河童の手も借りたい位かも知れないけど‥‥まぁ、いいさ。魚吉の船代はあたしが出してやるよ。餞別だ、頑張っといで」
●リプレイ本文
村を見下ろす丘へと続く路は細く消えかかり、幾重にも蛇行していた。
草茅姫の健やかなる事を喜び、暖翠の大地を踏みしめれば萌ゆる緑が匂い立つ。
空は澄んで青かった。
遥かな高みで風に遊ぶ不如帰の白い胸が天雲に混和しては再び空の青に舞い揺れる――それは清けし花弁に似ていた。
ほとゝぎす 夢かうつゝか 朝露の おきて別れし 暁のこゑ
●風吹く丘
「実費で京都までの船旅に加えて報酬なし。俺達もつくづくお人好しですよね、今更ですけど。‥‥それともこの場合はお河童好し‥‥でしょうか?」
「お河童好しなの〜♪」
首を傾げた橘由良(ea1883)の横でリゼル・メイアー(ea0380)がぴょこんと飛び跳ねる。
それぞれに抱えた想い――言葉には出来ぬ緊張の韻を孕んだ空気が霞を払うように解けた。
「ところで、そこなお二方。朝からお疲れのようだが何かあったのだろうか?」
白河千里(ea0012)が水を向けると高槻笙(ea2751)は爽やかに笑むのみ。その後方で人見梗(ea5028)がわたわたと慌てて口を開いた。
「い、いえっ、とても清々しい朝で旅日和と申しましょうか、私は頗る元気ですよ。ほら、このように!」
えいえい、と細腕を振り上げて続ける。
「その‥‥まさか笙様が朝から迎えにいらっしゃるとは思いませんでしたので驚いてしまって‥‥あ、あのっ違いますっ! 驚いたと申しましてもそれは嬉しい驚きでして‥‥」
要するに、その“嬉しい驚き”で早朝から頭を真っ白にした梗は早鐘を撞いた心臓に引き摺られ、疲労を滲ませていたようである。
「‥‥ほぅ、つまり二人で仲良く参ったのだな」
「そうです。二人で仲良く‥‥ちっ、千里様?!」
「おや、季節外れの酸漿。仲良き事は善き哉♪ この色男め」
梗の頬が紅に染まったのに目見を緩め、彼女の荷物を持つ笙を小突く。けほっと一つ噎せた笙は胡乱な瞳で千里を見やった。
「あなたは些か元気が良すぎるような‥‥」
「チサト、げんきよすぎる! おかっぱよし!(←?)」
溜息と共に漏らした笙の言葉に魚吉が同意すれば再び皆が笑う。
「おんじさん、また来ました」
椀を逆さに置いたようにこんもりと盛られた黒い土饅頭を見詰めた手塚十威(ea0404)は静かに息を継ぐ。
「魚吉、此処に共に来た菊川という者を覚えてるか? 友なのだがお前に会いたがってた。宜しく伝えてくれと」
「ヒビキ、おぼえてる」
「そうか♪ あの時は秋‥‥百舌が啼いてたというに今は不如帰。時の流れは速いな‥‥」
前に訪れたのは時雨月。刈られた稲が束ねてはさ木に乾され、百舌が啼いていた。
今は眼下の田に早苗がさやさやと揺れている。
「ここがオンジさんのお墓‥‥」
藤浦沙羅(ea0260)は胸元で手を握り、沈痛な表情を浮かべたがふるふると頭を振ってすぐに笑顔に戻った。
「周りの草が伸びてるね。お掃除しよう☆」
「そうですね。うんと綺麗にしましょうです」
リゼルが袖をまくり、沙羅も頷いて屈んだリゼルの横に並んだ。
(「魚吉はどんな気持ちで此処に来たのだろう‥‥」)
「魚吉。向こうに川あったよね。水、汲みに‥‥行こうか?」
仰いだ天より視線を落とした二条院無路渦(ea6844)が俯いたまま首から下げた瓢箪を抱えていた魚吉に気付き手を引く。
「ムジカ‥‥て、あったかい」
「うん。私、いつも眠いから。魚吉も手‥‥温かい、ね」
「ナキチ、て、あったかい?」
「うん。こうやって触れないと、一人では‥‥分からないんだね」
不思議だね――囀る鳥の声を頭上で聞きながら無路渦は小さく呟いた。
「さて、‥‥魚吉、おんじに別れを告げねばな」
草をむしり、花を供え、一通りの作業を終えて、千里が魚吉の肩を叩く。
「魚吉さん、暫くは来られなくなるのですからオンジさんが心配しないように今までの事を報告しましょうね」
「ちゃんとオンジさんに『いってきます』って言わないとね。そして、また江戸に無事に帰ってこれた時は『ただいま』って言いに来ないと。‥‥オンジさんきっと成長して帰ってくる魚吉くんの姿楽しみにしてると思うよ」
にっこりと笑顔を向ける十威と沙羅を見上げ、魚吉はこくりと頷いた。
「オンジ。ナキチ、冒険した。てがみとどける、てつだった。ナキチ、たたかう、にげた。てがみ、にかいおとした。おもらし、した。でも、おんなのこ『ありがとう』言った」
「魚吉くん初めてで大変だったけど頑張ったよね」
由良がやわに目を細める。
「ナキチ、るすばんした。まき、はこぶ。メシ、はこぶ。タマあそぶ。字かく、ばけもの、かく。いっぱいいっぱい、おぼえた」
「魚吉くん、お手玉上手になったもんね」
沙羅の髪が風に柔らかく揺れる。
「みんな、いっしょねた。あさ、きれい。ひ、のぼるみた。せしんとーつ、した。あし、イタイ。みんな、わらう。きょーりくする、おぼえた」
「お花見、したね」
無路渦は過ぎた春の日を思い、そっと瞑目する。あの日皆で見た花はまだ胸に咲いている。
「オンジ‥‥ナキチ‥‥‥‥っ」
「魚吉さん?」
紡ぐ言葉を失った魚吉を覗き込んだリゼルは、はっと息を呑んだ。
「‥‥オンジいない。オンジ、わらわない。‥‥オンジ、死んだ」
魚吉の頬を涙が伝う。
怖かった事、嬉しかった事、楽しかった事。
胸を過ぎる沢山の想いを心から伝えたいと願った時、小さな河童に“死”の実感が沸き起こった。
「そっか‥‥おんじさんは、いつも魚吉さんの話を笑って聞いてくれてたんだね。きっと、今も笑って聞いてると思うの」
ぽたぽたと地に落ち、土の色を黒く、濃く染める雫を見詰めたままリゼルは子河童の髪を撫でる。
「次は私がおんじさんとお話してもいいかな? おんじさん、可愛い魚吉さんに逢わせてくれてありがとなの。魚吉さんが純粋で可愛いのは、おんじさんが優しく見守っていたからだよね」
――これからも見守っていてね☆
暖かい風が足元を舞う。
「瓢箪、貸してくれるか魚吉。おんじに水をかけて差し上げたい。この瓢箪を見ると今迄の魚吉との冒険を思い出す」
魚吉から瓢箪を受け取った千里が盛られた土に水を注ぐ。
「‥‥魚吉に歩き続けろと言ったのは笙であっただろうか? 私も、私も己の信念のまま歩きたいと思う。そして『帰る場所が同じであれば良い』と言い、背を押してくれる大事な者の為に無茶をせず、仲間の存在を信じ、王城の地に安らかなる風が流れる為に尽力を‥‥」
静かに手を合わせる。祈りは何処へ向かうのだろうか。
「リゼルさんの仰る通り、魚吉と出会えたのも、魚吉を守ったおんじの温かな手があったからだと思います。空のように広く包み込む優しさ‥‥そして魚吉の瞳は地を走る清流の如き」
手向けの酒を貫太郎の眠る土塊に捧げ、笙は魚吉を振り返った。
「天地別れども対を成し互いに支えあう物ならば、何処の地に居ても魚吉とおんじの心は繋がっています。魚吉はそう思いませんか?」
ふるふると首を振った子河童は水掻きの手で涙を拭う。
「ショー、いつか、あえる言った。ナキチなかない」
「泣かない事が強い訳ではない。大切なもの、痛みを知る者は強くなれる。時に辛く挫けそうになっても、負けずに立ち上がる真実の強さを持てるように、魚吉、共に歩きましょう」
その道は、ずっとずっと遠く、時に休みたくなったとしても。
「魚吉に何かを教えるように、私も魚吉から教わる事、沢山ある‥‥人は、そうやって繋がってるんだね」
葬送の地に無路渦の清涼な読経の音が響く。
風に乗って、高く、高く、高天原のその上まで。
墓前に並び、冒険者達は静かに手を合わせ続けた。
「オンジ‥‥みやこたいへん。ひと、いっぱい死んだ。ナキチ、行く」
今度来る時は、きっと笑って沢山の話をするから――。
風はただ草木を戦がせて流れていた。
●蒼海(わだつみ)の聲
「旅のお供に最適と越後屋推奨の三度笠だ」
魚吉の頭に笠をかぶせて「船旅は過酷だぞ、頑張れよ」千里が河童の甲羅を叩く。
「チサトもがんばれ」
「はは、言われたな」
余程嬉しいのか何度も笠を被り直す魚吉に逆に返され頭を掻く。
「京都は、会いたくない馴染みが一杯だけど‥‥皆と行くなら、楽しそう」
無路渦は重い瞼を開き目を凝らした。
ただ漠々と続く青に先にある地に、癒えぬ傷が僅かに痛んだ。
次第に遠ざかってゆく江戸の地を飽く事なく眺めていた冒険者達は言葉少なになっていた。
それぞれの想いを胸に――。
「沙羅、船旅どころか江戸を離れたことが一度もないの。みんなと一緒は嬉しいけど、なんだかすごく寂しい‥‥」
「サラ‥‥はらへった?」
「もう、魚吉くん違いますよ! って、だめだめっ。沙羅は『いつもみんなを微笑んで見守る(婚期逃した)お姉さん』なんだから沙羅が元気なくしてたらだめだね。よしっ」
せっかくの船旅なんだから楽しまなくちゃ。それこそ、いっぱいお腹が空くくらい。
「海も綺麗だし大きな声で歌っちゃおう♪」
波の音を伴奏に沙羅の澄んだ歌声が大海原に広がる。
希望も不安も綯い交ぜに、ただ輝く海の向こうへ。向こうへ。
「心なしか、江戸を包む光が寂寞として見えるは我の心の表れか‥‥」
千里が淡く笑う。
その瞳は真っ直ぐに江戸を見据えていた。船が進むにつれ視線が険しくなってゆく。
「‥‥次第に胸を上ってくる酸っぱいものは寂寞な想いではなく‥‥此れは紛れもなく船酔い。3度乗っても慣れぬ、船‥‥うぷっ」
「あっ、チサト! おもらし」
貌の色を失い、言い返す気力さえない千里は忌々しげに手に握った札を見る。
(「船酔いに効くかと思って持参した家内安全の札は役立たずか!」)
――当然と言えば当然であろう。
まぁ、『信じる者は救われる』と言うし、『鰯の頭も信心から』などとも言うのだから、信心の足りぬ己を恨むべきかどうか。
因みに、その隣りでは同じく由良が船酔いに苦しんでいたりする。
「よし子さん飯はまだか〜い?」
突如海に叫んだ無路渦が、同乗し船尾で丸まっていた記録係に無言で半紙三枚を渡す。いや、渡すというか無理やり握らせたというか。
恐る恐る半紙を開いた記録係(口癖:「田舎に帰りたい」)が見てみると落書きだらけ。
どうやら、それを切欠に『お茶の間愛憎一家』の海に向かって一言申す――が開始されたらしい。何のこっちゃ。
千里 :「誕生日には帰るからな! 船酔いに負けずに! 気合だ!」
沙羅 :「姉さんだって嫁にいきたい〜!」
リゼル:「明日こそ、お姉様に勝ってみせるんだからー!」
十威 :「かさぶた剥がしは治りかけでちょっと血が滲むくらいが気持ち良い〜!」
由良 :「どぉして解ってくれないのー!」
笙 :「この家の愛憎模様を小説に一攫千金〜!」
梗 :「にゃ‥‥にゃお〜ん!(マタタビー!)」
と、記録係ににじり寄った由良が解説を始めた。
「俺の配役は弟に横恋慕の姉‥‥でもヒ・ミ・ツ・なんですよ? そこの所宜しくお願いしますね」
「‥‥(暫し無言)父上、母上‥‥冒険者は不思議な人ばかりです。あぁ、田舎に帰りたい‥‥」
京に到着するまで記録係は一人涙にくれていたそうだ。
「叫んだら心なしかすっきりしたな‥‥って思い出した!」
船酔いを忘れ、江戸での出来事を一人回想していた千里がふいに剣呑な眼差しを上げた。
縄を手に握り、リゼルを睨む。
「きゃ〜、千里さん鬼ごっこだ☆」
この面子が到着まで大人しく波に揺られてるわきゃあない。かくして予想通りの大騒ぎ。
船上の戦場な鬼ごっこが開始された。
「魚吉さん、無路渦さん、協力、協力♪ スリーマンセルで鬼さん囲んじゃお☆」
「すりーまん、せる?」
「えっとね、仲良し三人一組って事だよ♪」
首を傾げた魚吉に、リゼルが説明する。
「すりーまん! なかよし! ナキチ、きょーりくする!」
「私も了解」
ここに傍迷惑な三人一組『迷スリーマンセル』が誕生した。
ドタバタと走り回る千里らを眺めていた笙は思わず「火のような人だ」と笑みを漏らす。
「笙、お前も手伝え!」
千里にむんず、と掴まれ風の志士はにやりと笑う。
「勿論です。はい、捕獲」
「あ〜! 裏切り者〜!」
奥衿を掴まれた千里がばたばたと暴れる。
「あっ、暴れたら落ちっ‥‥」
ドッボーン!
仲良く海に落ちた二人は慌てふためく仲間らに救出され命辛々船の上。
「しょ、笙様、千里様、大丈夫ですか?」
「水も滴る色男。端麗水の如し。なかなか似合いだぞ、笙」
「反省してください‥‥っ」
おろおろする梗の心配をよそに二人は至って元気なようだ。
すかさず迷スリーマンセルに囲まれた二人はリゼルと沙羅によって髪を二つに結わえられた(合掌)
傍観に徹していた十威が見逃して貰えよう筈もなく、三人並んで愛らしい姿になった事は言うまでも無い。
「やっぱり、よくは判らないですね‥‥」
「十威、どうしたの?」
船首に乗り出して溜息を吐いた十威の背に、ごろりと寝そべったままの無路渦が問う。
「いえ、俺は三河の出身なんです。通り過ぎる時に少しでもいいから見えないかと‥‥父や母達、兄姉達‥‥皆、元気にしているんだろうか」
亡き母の墓も一年前、郷を出るときに参ったきりだ。
「私、赤子の時‥‥比叡山に居たんだって。覚えてないけど」
「帰りたくなかったですか?」
「‥‥今は京都で大切な人が待ってる。みんなも居るし」
「そうですね。俺もそうだ」
日々、思い出は降り積もって、新たな花を咲かせる。
十威と無路渦は目を閉じ、波の音にそれぞれの思いを馳せた。
「眠れませんか?」
星の瞬く頃、一人暗い海路を見詰める梗に笙が声を掛けた。仲間らは夢の中だ。
「海に出るのって初めてで‥‥潮風も船上の星空も何もかもが新鮮です。もう江戸は遠くなってしまいましたね」
「寂しいですか?」
「いいえっ! いえ、あの‥‥本当は少し、寂しいです。けれど、皆さんが‥‥笙様がいらっしゃいます‥‥ので」
言ってしまってから頬が上気するのを感じ、梗は急に気恥ずかしくなって俯いてしまう。
そんな彼女の可愛らしい仕草に、笙は穏やかな笑みを向ける。
「満天の星空は怖いほど澄んでいますね。私は兄弟がいませんので、子供の頃は一人で見上げたこの空も、今は皆が‥‥梗さんがいる」
「星っ」
「え?」
梗が墨色の帳を指差して瞳を輝かせる。
「笙様、今星が流れました!」
「願い事はしましたか?」
「いいえ、一瞬でしたのでそれどころでは‥‥」
「残念ですね。では、一緒に次を待ちましょうか」
「はいっ」
次に星が流れたら――貴方は何を願うのでしょうか。
小さな河童と冒険者達を乗せた船は波を縫って都へ――。