【遠い日の唄】夏果つの雨

■シリーズシナリオ


担当:幸護

対応レベル:3〜7lv

難易度:普通

成功報酬:2 G 45 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月15日〜07月20日

リプレイ公開日:2005年07月26日

●オープニング

「あ! あなた魚吉くんでしょう?」
 ギルドの入り口でひょっこり顔だけを覗かせた小さな河童は、親しげに話しかけられ慌てて首を引っ込めた。
 京の都へは先日訪れたばかりで、旅路を共にした冒険者以外に魚吉を知る者など居ないはずである。
 ――のではあるが。
「ナキチ、しってる?」
 ゆっくり十を数えた程の間合いを置いて再びおどおどと顔を出す。首から下げた大瓢箪をしっかと抱いてぱちぱちと瞳をしばたたいた魚吉は小さな声音で問うた。
「ええ、姉さんから聞いてるわ。江戸のギルドに居たでしょう? 長い黒髪の‥‥鏡子というのだけれど、私の姉なの」
「キョ、ウコ?」
「あらあら、そこで区切ると面白い名前ね。あの姉が私に頼み事なんて珍しいのよ。私は彰子、よろしくね」
 因みにショ、ウコじゃないわ――きっちり釘を刺した手代はにこりと笑んだ。
 柔和な笑顔ながらも有無を言わせぬ迫力が漂うのは、姉だと言う江戸の女傑を思い起こさせる。さすが姉妹といった所か。

□■

「リゼル、いっぱいわらうみたい言った。ナキチ、ショーわらう、うれしい。チサトわらう、うれしい。サラ、トーイ、ユラ、コウ、ムジカ、みんなわらう、うれしい」
 水掻きの付いた両の手を出して、一つ一つ指を折る。
「魚吉くんには大切な人‥‥友人がたくさん居るのね」
「たいせつ? だいすきとちがう?」
 あどけない顔を上げた河童は首を傾げる。首というより肩から全体に右に傾いてよろめいたのではあるが何とか踏ん張った。たぷん、と瓢箪の水が音を立てる。
「さあ、どうかしら? とてもよく似てるけど同じかどうかは考えた事がなかったわ」
「ショーコ、だいすき、ある?」
「私? 勿論あるわよ。とっても大好きなもの。うふふ‥‥お金、ね」
 ピシャーン――ギルドの空気が一瞬凍りついたのは気のせいだろうか。
「‥‥友人と言えば、可愛らしい依頼主がきてたわね」

 大和が大変だった事は知ってるわよね? 多くの人が傷付き、そして亡くなったわ。
 何とか京まで逃げ延びた人々も居るけど、今でもお救い小屋で肩を寄せている状況なのよ。
 そのお救い小屋にね、大吾くんという少年が居るのだけど‥‥。
 彼、父親が死人憑きになるのを目の前で見たそうなの。それどころか、その父親――いえ、死人憑きね、大吾くんを殺そうとしたらしいのよ。
 とっくに自我なんか失ってるんだから当たり前なんでしょうけど、大吾くん傷付いたでしょうね。
 身体の傷じゃないわよ? 身体の方は偶然通り掛った冒険者が治したと聞いてるわ。
 一度はお救い小屋を抜け出して村へと帰ったのだけど、新撰組と冒険者に保護されて小屋に戻ってるわね。
 なんでも亡くなった父親、そして村人のお墓を作ったのだそうよ。
 ただね、抜け出す以前からなのだそうだけど、食事もとらないし小屋に居る他の子供達とも遊んだりしないそうなのよ。
 大ちゃんと一緒に遊びたい、って子供達からの依頼なの。子供達なりに心配してるのね。
 依頼料もちゃんと出るわ。「坊をよろしく頼む」ってさるお方からも頼まれててね。

「そんな訳なんだけど、どうかしら?」
 彰子の視線の先、魚吉を囲むように並んだ冒険者達は無言のままに視線を交わす。
「ナキチ、いく!」

★魚吉――現在の所持金、1G

●今回の参加者

 ea0012 白河 千里(37歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0260 藤浦 沙羅(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0380 リゼル・メイアー(18歳・♀・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea0404 手塚 十威(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea1883 橘 由良(40歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2751 高槻 笙(36歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea5028 人見 梗(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea6844 二条院 無路渦(41歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●穴二つ
「魚吉、皆、ひさぶりー」
「ムジカ、ひさぶりー!」
 のろのろと下りてくる瞼を擦り、緩慢な動作で片手を上げた二条院無路渦(ea6844)の足元で小さな河童がぴょこぴょこ跳ねた。
 首から下げた瓢箪の中で揺れる水音が涼やかに耳朶に触れる。愛逢月の息吹は太く短く、蝉時雨の強さ、そして果敢なさによく似ていた。
「お河童好しだよ☆」
「お河童好しですね」
「リゼル! トーイ! ひさぶり」
 微笑むリゼル・メイアー(ea0380)と手塚十威(ea0404)に気付き、魚吉は背負った背嚢を揺らして駆け寄る。かちかちと嘴が鳴った。
「皆さん、お河童好しです」
「お、お河童好しっ‥‥で、す」
 高槻笙(ea2751)に続いた人見梗(ea5028)は途中から頬を染めて俯いてしまう。
(「皆様のように自然にさらりと言えますように家で特訓致しましょう」)
 懐裡で誓い、顔を上げた梗の瞳は清冽な輝きを放っており、その横顔に視線を送った笙の口元が知らず緩む。直向きな彼女を見ていると柔らかな想いが胸を満しているのに気付く。
「むっつり助平」
 突如肩に掛かった圧に笙は眉を寄せた。声の主、白河千里(ea0012)が口端を引き上げ、含んだ笑みを浮かべている。
「千里さんに言われたくないですよ」
 置かれた手をシッシと払い風の志士は秀眉を戻し衿を正した。
「チサト、むっちり?」
「むっちり助平‥‥」
 きょとんと見上げる魚吉の皿に水を注いでやりながら橘由良(ea1883)は上気した頬を掌で覆う。あらぬ想像――というか妄想が脳内を駆け巡ったようだ。
「いつの間に私の話に摩り替わったのだ!」
 笙の話だった筈だ――不貞腐れてそっぽを向いた千里と目が合った藤浦沙羅(ea0260)はにこりと微笑んだが、途端に千里が慌てる。
「いや、違うぞ? 助平でないとは言わぬが、そもそも男は皆‥‥っだから、そうではなくて」
「ナガリ――」
 沙羅の口から紡がれた音糸に反応し、硬直した千里の顔から血の気が引いてゆく。
「――ちゃん可愛いですね。ギンくんも♪ うちの茶々とも仲良くしてね」
「沙羅ちゃん、それは苛めだろう‥‥」
「何がですか?」
 項垂れる千里の懐から顔を出している二匹の子猫の頭を撫でる沙羅はくすりと笑う。
「人を呪わば穴二つ、です」
 ぎりぎりと歯噛みする千里の横で笙は涼しい顔。
 夏の空は低く、雲に手が届きそうだった。

●寝る子は‥‥
 冒険者達はそれぞれ思索に耽り、無言のままにお救い小屋へと徒歩を進めていた。
「無路渦様は大吾君をご存知との事。お話をお聞かせ願えないでしょうか」
 彼について少しでも知りたい――梗の眼差しは形を変えて流れる夏雲を追っていた。
「面識があるだけで大した仲じゃない、けど」
 言い置いて無路渦は視線を上げた。
「大吾、父親が好きだって泣いてた。いつか村へ戻れる‥‥そう同行の冒険者が約束してた、よ」
 あれから一月経ったんだね。
 大人には短い時間も子供にとっては果てしなく長く感じるものだ。大吾はどうだろうか――普段から瞼の重い彼女の表情は余り変わらぬように見えたが、胸の内はどうであったか。
「目の前で実の父が死人憑きとなり、その上殺されかける。子の気持ちは如何様なものでしょうか‥‥想像もし難い、です」
「俺も想像しただけで膝が震えます‥‥」
 絶望とはどのような色なのだろう。梗と由良は言葉を詰める。南の空は何ら変わりなく、安寧な風情のまま広がっている。それがとても不思議に思えた。夏はまるで幻のように過ぎようとしている。
「食べるということは、生きることだと思うの。大吾くんは、今、生きる希望を見失っているのかな‥‥」
 リゼルの二つの碧玉は、強い日差しを受けて深まった木々の色よりも尚深い色を湛えていた。
「悲しみは腹や胸に溜まって、どんどん膨らんでしまいますよね。じっと堪えてやり過ごそうとしたって誤魔化しはきかない‥‥迫り上がってくる感情を飲み下すか、吐き出すか、どちらにしても‥‥」
 とても辛い――十威は馬を曳く手に力を込めた。主の感情が伝わったのか、彼の愛馬・十一郎が甘えるようにブルルと鼻を鳴らした。
「もしかしたら‥‥身も心も今は悲しみで一杯で食べ物の入る場所すら無いのかもしれませんね」
 由良は薄く微笑した。が、彼の想いとは逆にその表情は今にも泣き出しそうに見えた。
「私、片付け苦手。だけど‥‥」
「片付け、ですか?」
 ぽつり呟いた無路渦を笙の視線が捉える。
「部屋が散らかるのは、捨てられないものが沢山あるから。気付いたら寝る場所もなくなってる。大吾の心もそうかな? ‥‥大事なもの捨てなくても、整理できたら‥‥寝る場所‥‥大吾の居場所、見付かると思う」
「なるほど。‥‥そうですね」
 無路渦にとって“寝る場所”は何より大切な場所。‥‥どこででも寝られる事も仲間達は十分承知してはいるが。
「笑顔はやっぱり大事だと思うの。大吾くんの素敵な笑顔を見たいな」
「きっと、大吾くん笑うと可愛いと思うの♪ がんばろうね☆」
 決意だったか誓いだったか、それとも祈りだったのであろうか。沙羅とリゼルの声は野辺を真っ直ぐに駆けた。

●動物がいっぱい
「わぁ! 犬さんや」
「猫さんも馬さんも居てはる!」
「柴犬の真黒、だよ」
 動物を取り囲んだ子供等の顔がぱっと明るくなった。
「空を見て御覧。‥‥見えますか?」
「空? 何があるん?」
「沙耶ちゃん、見とーみー! ほれ、あっこ! 鳥や」
「あれ何やろ?」
「鷹やないの? かっこええなあ」
 瞳を輝かせて見上げる子供等の様子に笑みを浮かべた笙が指笛を鳴らすと、くるくると空を回転した鷹が降りてきて低い木の枝に安着した。
「わあ! おっちゃんの笛聞いて降りてきたん? 賢いねんな」
「おっちゃん‥‥」
「そうそう、この“おっちゃん”の指笛でな♪」
 軽く瞬きをして苦笑した笙の背後から千里が楽しげに口を挟む。同年の男を睥睨した笙は、しかし無視を決め込んだようで子供等に向き直る。
「蒼穹という名ですよ。こちらの犬は真赭。怖くないですから仲良くしてあげてくださいね」
「「「うん」」」
「あー! 河童さんやー!」
「あ、いえ、魚吉は河童ですが冒険者見習いですので‥連れてきた犬や猫とは違‥」
「河童さん、あそぼ♪」
「ナキチ、あそぶ? なにする? きゅうりたべる?」
「きゅうり? 河童さんきゅうり好きやの?」
 他の動物達と同じように子供等に囲まれる魚吉を見て冒険者達は思わず噴き出した。

「では、俺は小屋で留守番をしますので皆さん道中お気をつけて行ってきて下さいね」
 野を駆け遊ぶ子供等の声を聞きながら十威が微笑む。
「大吾の村までは片道二日かかる、ね」
「十威、美味い飯を宜しくな。甘いものの用意も頼むぞ♪」
「はい、兄さん。任せて下さい」
 大吾をリゼルの愛馬・リンドの背に乗せて歩き出した仲間の背を見送った十威は一つ息を吐き出すと襷で袖を絡げた。
「実は皆にお願いしたい事があるんです。手伝ってくれますか?」

●葬斂
 音も無く、色すら失った村にはいくつもの土山が並んでいた。
「魚吉‥‥瓢箪を大吾に貸してやってくれないか?」
「チサト、わかった」
 土塊をただ見詰める大吾の背に向けた千里の瞳は深く、声音は穏やかだった。
 瓢箪から注がれる水が土の色を濃く染める。ぽたぽたと落ちる涙が点々と染みを作っていた。
「父ちゃん‥‥」
「大吾くん‥‥辛かったよね。たくさん、たくさん、悲しかったよね。お父さんが死人憑きになっても、お父さんはお父さんだもの、ね」
 村を襲った覇の跫音はどれ程の人の生を踏みつけ、そして呑み込んだのだろう。
 リゼルは震える少年の肩を抱き締めた。こんな暑い夏に凍えてしまったら――どうやって温めたら良いのだろう。
「‥‥大吾君が怪我で済んで、死なずに居られたのは、まだ少しなりとも残っていた君のお父さんの自我が息子を手にかける事に抵抗したんじゃないかと思います」
 自由の効かない身体に抗って、君を死なせたくない、生きて欲しいと――。
 途中で摘んだ花を手向けて、由良は手を合わせた。それは希望だったかもしれない。
「お父さんも辛かったよね‥‥」
「ダイゴ、トウチャン死んだ? オンジも死んだ」
 大吾から受け取った瓢箪を再び首にぶら下げて、魚吉は土饅頭を見ていた。
「あるきつづける、またいつか会える、ショー言った。だからダイゴ、またトウチャンに会える」
 大吾は振り返って魚吉を見た。
「なく、よわむしじゃない」
「そうだ。涙は心の澱を洗い流してくれる。泣きたい時は泣き、心を洗い流してやれば良い。泣いたって良いのだ。止まぬ雨はない」
 そうだろう? 千里の言葉に何度も頷いたのは魚吉だった。大吾の潤んだ瞳は二人をただ見詰めている。
「ナキチ、なまえオンジつけた。さかなすきだから言った。ダイゴ、なまえだれつけた?」
「‥‥父ちゃん」
「大吾くんの名前は“大きな吾(われ)”と書くよね。大きくなるように‥‥って大吾くんの成長を願ってお父さんが付けてくれたんだね」
 とっても良い名前だね。
「魚吉くんも一歩踏み出すことが出来たからこそ、今こうしてみんなと楽しく過ごすことが出来てるの。勇気を出して、一歩踏み出そう。大吾くんは一人じゃないよ」
 誰かが名前を呼ぶたびに大吾くんは幸せになれるはず。だって、そうお父さんが願ってたのだから。
「成長した姿を、またお父さんに見せにこようね 」
 沙羅は静かに合掌した。
「大吾君がこうしてここに居るのは偶然や奇跡ではないと思います。偶然や奇跡は起こってしまえば必然になるのですよ。大吾君にお会いできて嬉しいです。私からもお父様にお礼をさせて下さいね」
「皆誰もが尊い魂を持っている。それは死しても失われることなく、誰かの心に宿り受け継がれる‥‥大切なもの、です。大吾さん、名前だけではなくあなたの中に父上は居ますね?」
 大吾は押し黙ったまま梗と笙、二人の顔を見上げていた。そして、ゆっくりと頷く。
「魚吉はね、手を握ったら温かいって知ってる。大吾も皆の手を握ったら‥‥色んな気持ちが判るかも知れない、よ」
 無路渦に手を取られ大吾は繋いだ手をじっと見詰める。
「ほっこりや‥‥」
「うん、私、いつも眠いから」
 流す涙が夏果つの滋雨となり、辛い記憶の所為で乾いてしまった心の大地を潤してくれますように――。
 理不尽に奪われた命、残された者の想い、行き場の無い哀しみに決してくず折れないように、ただ前を見て。
 夏の空はやはり低くて、むくむくと浮かぶ雲が通り過ぎてゆくのが近かった。

●胃、食、遊
「十威様のご飯、楽しみですねっ」 
 帰路。疲労もなんのその、冒険者達の足取りは軽かった。
「お腹が空くと、悲しい気持ちになります。悲しくてどんどん苦しくなって‥‥。お腹がいっぱいになると、不思議とそれが和らぎます。一口でも食べてそれから先の事を考えるのも良いかもしれませんよ」
 私はお米が大好きなのです――手を繋いだ梗を見上げて魚吉は瞳を瞬く。
「コウ、くいしんぼう?」
「ぐっ」

 疲れた冒険者達を迎えたのは十威とお救い小屋の人々の笑顔だった。
「おかえりなさい。食事の用意が出来てますよ。それから‥‥大吾さんに皆からの贈り物です」
 十威が広げた真新しい手拭いには大吾の笑顔が刺繍されていた。子供達が一針づつ縫ったもので不揃いな出来栄えではあったが、満開の笑顔が眩しかった。
「大ちゃん、手拭い絞れるくらい泣いてもええよ。手拭いが乾いたら大ちゃんも笑ってな」
「おおきに」
 手拭いを受け取った大吾は初めて笑みをみせた。
「私達もう帰らなくちゃいけないの」
「何や、姉ちゃんらもう帰ってしまうんか?」
「今度は、一緒に遊ぼう。‥‥約束」
「ほんまに約束やで?」

 止まない雨はない。

 晴れたら一緒に遊ぼ。


【魚吉・冒険日誌 其の三】

 ――むっちり
 
 ★現在の所持金、1G50C

●ピンナップ

高槻 笙(ea2751


PCシングルピンナップ
Illusted by 塩宮鳥海