●リプレイ本文
「あら、それじゃ山浦さんも江戸から?」
「白河にちょいと届け物があって遠路遥々ね。都は風情があって好いけど‥‥男はやっぱり江戸よん♪」
「そうね、東男は払いもさっぱりしてて良いわ」
「彰子さんも同士とは嬉しいねぇ♪ 何たって男は上腕筋と人前でもチューしてくれる気前良さっしょ!」
「あら、大胆! 人前で口吸いだなんて‥‥山浦さんったら情熱的なのね。だけど気前の良い人は私も好きよ。吝嗇な男は願い下げだわ」
女二人寄って姦しき山浦とき和と彰子、番台を隔ててまさしく咲き綻びる囀り。
花間の甘露なる蜜に玉藻なすは胡蝶か、はたまた土蜂(毒針を持つ)か、見極めには熟練を要するところ。
「何の話だ、何の。情操教育上悪しかろうがっ」
大瓢箪抱えて小首傾げる緑なアイツ――小さなかわわらわ魚吉の他にも、リゼル・メイアー(ea0380)や手塚十威(ea0404)などは揺蕩う男女の機微を知るには幾分早いお年頃。
白河千里(ea0012)八を寄せてたなごころ開き天板ぴしゃりと打つも、存外逞しい(と書いて『野太い』と読め)胡蝶は春嵐も何のその。
「やあねぇ、忙しくて溜まってんじゃないの?」
「(ぴきっ)そーんーなー事より山浦っ! 頼んであった例の、出せ」
「は? あー‥‥はいはい、猪狩りの指南書ね。ほい♪」
――絶対忘れてただろ。
ぽいと空中に投げられた書を受け取った千里の視線は遥か先(とき和さん微妙に琴線を鷲掴んで掻き鳴らしたっぽい)だし。
「狩猟の事なら俺も役に立てそうだ。何でも聞いてくれ」
天城烈閃の有り難いお言葉に「父ちゃん嬉しくって涙出てくらぁい」――かどうかは知らないがやっと一歩進んだ感じ。
が、油断ならぬのは“一歩進んだら二歩下がる”ジャパン人なら誰もが知る(?)ちーた様の教え故。
ここで突然知識の泉。ちーた様の名の由来は『小っちゃい民ちゃん』へぇへぇへぇ――これ本当だってば。
ほら、二歩下がった!
*
「魚吉くんっお久しぶりですよ〜っ。元気に健やかに過ごしてましたか?」
「お河童よしなのー☆ 今回も一緒にがんばろねー♪」
「サラ、リゼル、ひさぶりー」
藤浦沙羅(ea0260)とリゼルに駆け寄った魚吉はぽんぽこ飛び跳ねて嘴を鳴らし、その度に揺れる瓢箪の水音が春の陽気に徹る。
うむがしみ躍り上がって声を上げる愛し子らの姿は温柔な光に照らされて、懐かしい気持ちを呼び寄せる。
或いは記憶以前――魂魄に刻まれし遠い日を懐古するような、永々結びつる先の世々を覗くような。
生きとし生ける物の血脈に流れるは金石の真理。導きたりしもの命――不変であるのはそれが普遍であるからこそに相違ない。
「あれ? 魚吉さん少し丈が伸びたかな?」
「魚吉、頼もしくなりましたね」
「トーイ! ショー! ナキチ大きいなった? たのもしいなった? おかっぱよし!」
十威と高槻笙(ea2751)の言葉を受けて誇らし気に胸反らす子河童を黒曜の玉に捉えて人見梗(ea5028)はくすり笑みを漏らす。
「梗さん? どうしました?」
「いいえ、こうして魚吉君や皆様とお会いできますと何やら『帰ってきた』様な気持ちになりますね」
「‥‥ええ、本当に」
笙の涼やかな目元和らいで、弾けた綿花の如くほわほわ染色の天に映る。東雲のきらめきに似た梗の眸子も柔な糸に縒られて、再び零れたる咲みは棚引く春雲のように淡く澄んで。
「そっかぁ。帰る場所‥魚吉と皆は家族みたいなんだね」
“安心できる場所があるのって、すごく心強いよね。ほら、このお天道様みたいに”
求むる拠り所在らば――たとえ遠く離れていてもそれは変わらないだろう。
「何を言っておる。お主もその一員ではないか、そうだろう?」
「っ‥そっか、えへへ」
愛犬の首玉を抱き寄せて破顔一笑する狩野柘榴(ea9460)、鼻を鳴らし尾を振る蘇芳と並びまるで犬の子二頭といった風情。
「いぬ、だいすき?」
「あ、初めまして! 俺、柘榴。こっちは柴犬の蘇芳だよ。うん、仲良しなんだ。魚吉も仲良くしてねっ」
「いぬ、ザクロ、スオーおぼえた。なかよしする!」
いや、犬は蘇芳だけなんだけど。
「久しぶりの冒険だね、魚吉くん」
「冒険ひさぶり。ナキチ、がんばるっ! ユラ、しゅぎょーがんばった? ナキチ、しゅぎょーがんばった!」
橘由良(ea1883)の落とすたおやかな微笑見上げ、魚吉は水掻きの小さな手を真っ直ぐ天へと伸ばした。甲羅の上、踊る背嚢(胡瓜の刺繍付き)は小さな背にはまだ大きいけれど。
「ええ、中極位目録を授かりました。魚吉くんも頑張ってるんだね」
因みに、由良の修業とは花嫁修業だったりするが、魚吉の修業は不明である。どうなのかな、これ。←聞くな
兎にも角にも、新たな家族を迎えて冒険者一行は貫一の村を目指す。
*
「依頼を受けて参りました白河です。えー、こいつは魚吉と申しまして冒険者見習いです。そのーなかなかに‥‥い、癒し系?」
語尾上がってるし。
「ナキチ、いやらし系!」
「魚吉『ら』は要りません『ら』は」
「らはいりません。おねがいするます!」
苦笑する笙に促されて魚吉はちょこり頭を下げる。
「ご無理をお願い致しますが宜しくどうぞ」
真面目を絵に描いたような依頼人・貫一も慌てて頭を垂れた。
「私は高槻殿より預かった文を庄屋殿にお届け致しましょう。その折に娘さんの平癒のご祈祷を捧げたく思っております」
結城冴が村人の案内で庄屋宅へと向かう背を見送って、冒険者達は山路を辿る。
山口の小祠に祀られた大山祇神に礼拝を済ませた一行は列の中央に貫一と魚吉を配して獣道をゆく。
茶鬼に関しては事前に村で情報を収集したが、得られた結果はあまり芳しくはない。
「ももんじいさんを捕まえるんだよね」
何だかお爺ちゃんの名前みたい――笑うリゼルの横で魚吉はぱちくりと瞳瞬く。
「ジーチャン、つかまえるダメ」
「えっと‥ももんじはお爺さんではないですから心配しなくていいですよ魚吉さん」
「私がお爺ちゃんの名前みたいって言ったから魚吉さん驚いちゃったんだよね、ごめんね。あのね‥‥ももんじいさんを食べると元気になれるんだって」
細く続く礫土に足を繰りながら十威とリゼルが振り返る。
「食べるという事は生きる事‥‥以前リゼルさんが仰っていましたね」
あれは半夏生を過ぎた頃であったか。想起して笙は明眸を研ぎ澄ます。
命は多くの命を食んで新たな命を生まい育む、それは古来から脈々と普天率土に継がれた理である。
命無くして命は在らず――個と他は相容れぬようで深く交わっている。教えによれば他我もまた自我の一部であるというが、どんな命も他の命なくしては生きてゆけぬのが神祇の定めた無二の掟だ。
「‥‥夏になる前で良かった、かな」
夏――卯月、皐月の頃が猪の出産の時期である。
一人呟いた由良は色取った憂いを反し、仕留める際は苦しませぬよう出来得る限り一撃で済ませたい――凛然と決した面で仲間らに乞うた。
「そうだね、猪だって人だって痛いのは嫌だよね」
柘榴が首肯して、同じく皆も頤を引いて応える。
「その前に茶鬼さんが問題ですね‥‥」
沙羅の声音が翳るのも無理からぬ事。
得物を佩き、天地に満つる叡智から授かりし能を綾取る彼女ら冒険者は主君持たぬ者多けれど、ゆえに義はいつも彼ら自身の中にある。
「覚悟はしてますが‥‥」
身を投じる先に血途ありし事は、剣鉾を手にとった日から疾うに心胆に刻んではいるが――十威呟く視線の先は早緑が揺れる。
「しかし戦闘とはいつ如何なる相手であろうと緊張するものです。私がまだ未熟だからでしょうが‥‥」
「否、人見殿、それで良いのだろうよ。剣を預かる我々は迷ってはならん――が、迷わぬ事と慣れる事は別なのだ」
剣は武士の魂という。決して驕る事なく汚す事なく。魂は不浄でなくてはならない。
それが剣を執る上で肝要な事――帯びた大小の柄に視線落とし今一度確かめるように眦裂いた千里は魚吉を振り返る。
「初心忘るべからず――か」
「そう言えば、見習い魚吉くんの初仕事は山でしたね」
「お手紙届けたよね♪ あ、そうだ、魚吉さん、前の時みたいにマントを貸してあげるね☆ それと弓を一本、魚吉さんに預けるね。弓使いにとって弓は大切だから、だから、魚吉さんに持っていて貰いたいの」
魚吉さん、貫一さんのこと護ってあげてね。
「リゼル、たいせつナキチにあずける? ありがとう! ナキチ、カンイチまもる! リゼルのたいせつまもる!」
「では私からも。これは追儺豆です。此度は貫一さんの護衛という重要な役目‥‥無理に戦う必要はない。鬼が向かってきたらこの豆を投げて貫一さんを守ってください。依頼人を護れてこそ立派な冒険者です」
こくりこくり頷いた魚吉の掌に追儺豆を握らせてやった笙は、頼もしくなったは背丈のみならずと感心するも――。
「まめ、うまい」
もう食ってた。
「千里さん‥‥」
優に二刻は歩いた後、貫一の疲労を考慮して一旦休憩を取り再び行動を開始して僅か。
「あぁ」
術で呼吸を探っていた笙の緊迫した潜め声に、馬を曳く手に圧を込めた千里が短く応じる。
リゼル素早く矢を番え、由良は盾となる闘気を身に纏う。
「敵は一体です」
突進する巨躯に向け、開いた掌から空を切り裂く風の刃を打ち放ち敵の足を止め、笙は鯉口を切った。
「貫一様、魚吉君、大丈夫。大丈夫です」
すらり剣を抜いた梗は、正眼に構えたまま魚吉の前へ回り込み呼吸を整える。
茶鬼戦士の振り上げる斧、その手元を狙い沙羅が術により作り出した水球を飛ばす。神風の如き速度で飛翔した水球に小手を打たれ、茶鬼のかいな下りた刹那――。
飛び掛った千里が茶鬼の鎧を打ち砕く。
グオォォォォォォォッ!!
樹上から放つ柘榴の手裏剣、リゼルの矢が次々と肉に刺さり、身を捩って咆哮を上げる茶鬼の懐に十威が飛び込む。
振り回される斧が風を切る音、剣を受ける音、高低繰り返すそれらは木々の間にこだました。
どれ程経過しただろうか、やがて山はしじまに常の様相を取り戻した。まるで、先程までの事が全て幻かのように感じるが、荒く上がる冒険者の呼吸が間隔を広げるには今少し時間を有する。
「貫一殿、魚吉‥‥」
髪結い上げた紅の下げ緒を解いた千里の眼差しの先、リゼルの矢を両の手で固く握りしめ、矢尻を前方へと向け貫一を庇い立つ魚吉の姿。その手足はがくがくと大きく波打つのが見て取れる。
「魚吉さん、もう終わったよ。ありがとう」
リゼルにそっと肩を叩かれ、閉じていた眸を恐る恐る開いた魚吉はその場にへなへなと崩折れた。
「ナキチ、カンイチまもれた? リゼルたいせつまもれた?」
「魚吉くん、立派だったね」
由良の背に負ぶわれた魚吉は何度も何度も繰り返し聞き、その度に仲間達の貌に笑みが咲く。
「有難う御座います。これで村の皆もまた山へ入れます。本当に有難う御座います」
深々と頭を下げる貫一に十威が微笑んで返す。
「まだもう一つ仕事が残ってますよ。狩りに役立てばと『とうふ』も連れてきましたが‥‥」
「蘇芳もお役に立てるといいんだけど」
「頼もしい狩子ですね。猪狩りには大きな犬はあまり向きません。果敢に猪に向かって行くのは良いんですが、大怪我をする事も多くて‥‥この子達のような小さな犬の方が向いているんですよ。猪を噛もうとしなくていいからね、吠えて追い込んでくれればそれで十分」
十威の愛犬『とうふ』、そして柘榴の愛犬『蘇芳』の肩を撫でた貫一は犬達に語りかけた。
「私は皆さんのように武器を持って戦う事は出来ませんが、見ててください。狩りならそれなりの腕前です」
*
「本当に何とお礼をして良いやら‥皆さんには本当に良くして頂いて‥‥」
「ももんじい、奥さんにも分けて貰えて良かったね☆」
「皆さんのおかげです。お花の為に料理までして頂いて、息子とも遊んで下さり本当に何から何までお世話になりました」
「喜んで頂けて良かったです。俺本当は剣よりも包丁の方が得意なんです(ほろ)」
獲ったももんじを庄屋へ運ぶ際、貫一のお内儀へも分けて貰えぬかと頼んだ所、庄屋は「どうせ食べきれぬから」と快諾してくれた。
「あの貫一さん‥‥つかぬ事を伺いますが、貴方のお父上は貫太郎さんではありませんか?」
「はい、左様で御座いますが‥‥何故それを?」
矢張り――。
驚き瞳をしばたたく貫一に、笙は静かに貫太郎の訃報を報せた。
「父が‥‥‥‥」
拳を握り、継ぐ言葉なく唇を噛む貫一に順を追ってこれまでの話を聞かせ、笙は魚吉に眼差しを落とす。
「父は――老いた父一人残し家を出た親不孝な私を恨んではいなかったでしょうか」
「貫太郎さんは遠い家族への想いを魚吉へも注いでいらした。魚吉の健やかさを見れば疑うべくもなく、向けられた愛情は本物です。斯様に縁が持てたのは、貫太郎さんが我々を導いて下さったからでしょう」
「そうですか‥‥魚吉くんが父を看取ってくれたんですね。ありがとう」
「カンイチ、オンジのじまんのせがれ?」
無垢な双眸を向ける魚吉を抱き締める貫一の眼からは幾筋もの涙が溢れた。
「父は、父は私の事を自慢の倅だと‥‥そう言ってくれたんですね」
「貫一さん、お内儀が元気になられたら、お墓参りに行きませんか。貫太郎さんもきっと待っています」
「はい、必ず」
「魚吉も修業を積んで金を貯めて、立派な冒険者になってオンジ殿に報告するのを楽しみにしておるのだ。いつか、この瓢箪に祝い酒を入れて、な」
こつんこつん瓢箪を叩き示した千里に貫一は微笑んだ。
「貫一さん、どうかこれはお内儀やお子さん‥‥ご家族の為にお使いください」
「では、これは魚吉くんに。どうか立派な冒険者になってください。父もそう望んでいると思います‥‥私も魚吉くんならきっと成れると信じています」
「ナキチにくれる?」
きょとんと不思議そうに首を傾ける魚吉に貫一は言い加えた。
「ええ。高槻さんが家族の為にと仰ってくださいましたから、魚吉くんに」
【魚吉・冒険日誌 其の四】
――いやらし系
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