●リプレイ本文
●始まりましたよ〜馬と共に〜
──ドレスタット郊外
今回のレース、コースは全長3000m、くの字型という特殊なコース。
1500m地点でくの字に曲がり、あとは平坦な街道が続く。
騎手一行は、コースの下見を行った後、それぞれ自分達の厩舎へと移動、対策を練り始めていた。
──アロマ厩舎
「今日も調子はよさそうですね」
厩舎の外にある柵の中を颯爽と駆け抜けている『怒りのブライアン』。
その姿を見ながら、カルナック・イクス(ea0144)が厩舎員に問い掛けている。
「ええ。この前のレースでの疲労も殆どありません。スタミナだけは超一流という所でしょう」
厩舎員はそう告げると、カルナックの元にブライアンを連れていく。
「餌の時間ですので、調教はそのあとでお願いします。カルナック殿も今のうちに荷物を置いて食事をしたほうが」
「そうだね。お言葉に甘えて‥‥あれ?」
バックパックをガサゴソと漁るカルナック。
と、保存食がない!!
(しまった。食糧を忘れてきた‥‥)
そのまま厩舎員の方を向くと、カルナックが静かに口を開く。
「この辺に酒場ありますか? 食糧を忘れてしまったみたいで」
「おや。厩舎の向う、街道筋には酒場がありますよ?」
カルナックは期間中、そこで食事を取ることになる。
そしてカルナックは特訓を開始。
今回は脚とスタミナの強化を重点的に行ない、『怒りのブライアン』との親睦も深めていった模様。
──オロッパス厩舎
「今回も宜しくお願いします」
丁寧に挨拶を行なっているのはカイ・ミスト(ea1911)である。
「こちらこそお願いします。本日はオロッパス様は執務中でして」
厩舎員がそうカイに告げる。
と、カイは荷物を厩舎の側に置くと、そのまま『風のグルーヴ』の方に歩いていき、厩舎員に静かに問い掛けた。
「この子の血筋はどんな馬だったのですか?」
「血筋‥‥ですか?」
「‥‥ええ、参考までに。今回は少々攻め方を変えて見ようと思っていますので。」
そう呟くカイに、厩舎員が静かに口を開く。
「『風のグルーヴ』の父は普通の馬でした。ですが、この娘、グルーヴの母は、冒険者の皆さんにレースを頼む前、お舘さま達貴族の間では有名な馬だったのです。名前は『レディ・ダイナ』。元々はオークサー卿の所持していた馬でしたが、オロッパス卿がたいそう気に入ったようで、無理を言って譲ってもらった馬です」
グルーヴの背を撫でながら、厩舎員がそう告げた。
そして奥から、レディ・ダイナの手綱を引いて別の厩舎員が姿をあらわす。
その鋭い双眸、無駄の無い筋肉に、カイは驚く。
「普通のライディングホーズですよね?」
「ええ。走る為の馬とでも申しましょうか。過去にオークサー卿主催のレースがありまして。その時、ぶっちぎりで圧勝した馬です。この母親に対抗できた馬は、『静かなるスズカ』の父馬である『沈黙のサンデー』のみと伺っています。おそらく次次回のレースでは、ディービー卿はこの娘に勝つ為の調整をしてくるでしょう。母娘2代の優勝を取られないように‥‥」
そう告げると、厩舎員はレディ・ダイナを奥へと連れていった。
「母娘2代の優勝ですか‥‥その悲願、私が晴らして見せましょう」
そしてカイはレース前の調教を開始。
さらなるスタミナ強化の為、砂浜での走りこみを開始。
そしてレースまでの時間を、カイは大切に過ごしていった。
──オークサー厩舎
「‥‥うんうん。その調子です。いい感じですね」
厩舎前の街道をギャロップで走るのは氷室明(ea3266)。
厩舎での挨拶を終え、『レディエルシエーロ』の調子を確認した氷室は、そのまま慣らしで街道を走っていた。
「馬体が軽いのが気になりますが、とにかく早いですね」
一通り走りこんでから、氷室は厩舎員にそう話し掛けていた。
「ええ。気が付きましたか。エルシエーロは早いのですよ。『脚が速い』のではなく、騎手からの命令に対して、周囲の状況を読み取り、そして自分の良い方向に反応する。そういった反応が『早い』のです。私達が乗っても、他の馬よりはちょっと早い程度の感じでしたが、貴方が乗ってからはさらに早くなったようですね」
馬体に軽くブラシをかけつつ、氷室がその言葉に耳を傾ける。
「今回も今までと同じスケジュールです。この子の体調を見て、あとは持久力を付けていく。よろしくお願いしますよ」
そうエルシエーロに話し掛ける氷室。
そしてレースでは‥‥。
──マイリー厩舎
「奇跡の領域?」
マピロマハ・マディロマト(ea5894)は厩舎員に前回のレースの時に起こった出来事を訪ねていた。
そして一人の厩舎員が、ふと何かを思い出し、そうマピロマハに告げていた。
「ええ。以前、何処か別の厩舎で起こったある事件を思い出しました。パリ近郊の一人の馬好きの伝令の事ですが」
その話に耳を傾けるマピロマハ。
「その人馬一体ともいえる走法は、当時の伝令馬として、そして騎手としても有名でした。まさに達人とも言える走りで数々の伝令を行なっていた彼ですが、ある時、こう呟いたそうです。『時間が止まる』と」
ゴクリと息を飲むマピロマハ。
「そ、それで?」
「彼は、周囲の状況を肌で感じ取り、それに対応できるその感覚の事を『奇跡の領域』と呼んでいました。『奇跡の領域』を身につけた彼は、その後も神速とも言える速さで伝令を行なってきました。ですが、ある日、彼は突然息を引き取ったのです‥‥原因はわかりません。『奇跡の領域』を身につけた後の彼の消耗はかなり激しく、騎手としての生命力を遣い切ってしまったのではないかと噂されています。その後も、極希にですが、達人とも言える走りを見せる騎手にはそのような感覚が走ることがあるそうです。ですが、死の直前に彼の残した言葉が、それよりも先に進むことを留めているそうです。彼はこう告げました。『この領域は危険だ‥‥踏込んではいけない』と‥‥」
そして沈黙。
そんな領域がマピロマハにも見えた。
これ以上、あの領域に踏込んではいけないのだろうか?
──パクッ
「うっわぁぁぁぁぁぁぁ」
そんな考え事をしているマピロマハの後頭部を、『最強のキングズ』が甘噛みする。
そして襟首を咥えると、そのまま外へと連れていった。
「わ、わ、わ、判った。直に練習を始めるから!! 今回はちゃんと曲がってくださいね!!」
──ディービー厩舎
「はっはっはっ。私は気にしておりませんよ。今回も宜しくお願いしますね」
前回のレースを優勝という美酒で飾る事ができ、ディービー卿は実に機嫌がよい。
鑪純直(ea7179)は前回の非礼を佗び、そして今回もまた『旋風のクリスエス』に騎乗する事を告げた。
「この子とは相性が合う。クリスエス自体の完成度は高い。が、まだまだだ。この馬と勝負をする度更に上が見える。もっと‥‥遥か高みを目指すことが出来るかもしれぬのだ」
その純直の言葉に、ディービー卿も満足であった。
「貴方にお任せします。私は、レースを楽しめればそれでよいのです。勝負にこだわることなくね」
そう告げて、ディービー卿はその場を立ちさって行った。
「まだ気合は十分だな。そのままレースまで調子を保ってくれれば‥‥」
純直はそのまま調教に入る。
「バランスは良いがタフではない‥‥腰回りとトモ(後ろ足筋肉)にもう少し力を付ける必要があるか‥‥」
与える飼葉を調整し、筋肉に負荷を掛けるような調教でさらなる高みを目指す純直。
レースでは、果たしてどんな走りを見せてくれるであろう>
──カイゼル卿
「ふむ。腰まわりと胸許が緩い気がするが‥‥私はもう少し細いぞよ」
採寸しなおして作り直した勝負服。
それを試着しつつ、龍宮殿真那(ea8106)は服飾師にそう注文を付ける。
そして服の直しを行なってから、真那は厩舎へと向かい、厩務員に『静かなるスズカ』の血筋について問い掛けていた。
「『静かなるスズカ』の親ですか?」
「そうじゃ。どのような馬で、どんな走りをしていたのか教えて頂きたいのじゃ」
その真那の言葉に、厩務員がにこやかに口を開く。
「父は最強馬『沈黙のサンデー』、母は『黄金のアクア』この二頭の馬が、『静かなるスズカ』の親です。父の力はもちろん、母アクアもまた、名馬でした。もっとも、母は走りではなく、その姿の美しさが定評でったのです」
厩務員の言葉に、真那はじっと耳を傾ける。
「父である沈黙の子は、スズカだけではありません。ここにいるクリスティーヌ、そして他の厩舎にも。沈黙の血筋をより多く欲していた貴族達の元に種付けとして出向いています。沈黙とアクアの共通点はその『無敵とも誇れる脚質』ですね。走り出したら、何者をも寄せ付けないその走法。抜かれても抜きかえすその走りは、まさに最強の言葉に繋がります。ですが‥‥スズカには、母であるアクアの血が多いと思います。その優しさゆえ、レースでは非情になりきれない」
真那にもそれは理解できる。
「スズカは、優しき馬じゃからのう‥‥それに‥‥」
真那は一つだけ懸念事項があった。
それはレースの時は全くといってよいほど気にならなかったが、今、スズカを目の当たりにして気が付いた事実。
スズカは、他の馬を恐がっている‥‥。
レースを行う馬に取って、それは致命傷である。
「眠っている『沈黙』の力を何処まで開花させるか。勝負はそこじゃのう‥‥」
そして真那はトレーニングを始めた。
正確なペース配分を身につけ、そして体力の強化。
恐怖心克服の為の練習は、他の馬との併せ(一緒に走る)により、とにかく慣れさせる事であった。
「前方に他の馬がいてはスズカが恐がって駄目じゃ‥‥ずっと前にでていなくては‥‥」
果たして、スズカは恐怖を越える事ができるのだろうか‥‥。
●レース当日〜エモン・クジョーの『俺に乗れ!!』〜
──スタート地点
レース当日。
今回はさらに大盛況。
スタート地点には大勢の人が集っていた。
「待たせたな皆の衆!! 今の所一番人気は『『怒りのブライアン』だぁ!! あの闘志を今回も見せてくれといわんがばかりに!! 二番手はやはり『最強のキングズ』。今度は曲がれと皆が願う!!」
既に本業を『旅の吟遊詩人』から『予想屋』に変えつつあるエモン・クジョー。
まあ、好きにしてくださいな。
各馬一斉にスタートラインに到着。
そして今回のレースの主催者である6貴族から、レースタイトルである『マイリー・チャンビォンシップ』主催のマイリー卿が代表として前に出て挨拶。
そしてそれが終ると、各馬一斉にスタートラインにつく。
「それではっ。よーーーい、すたーーーとっ!!」
各馬一斉にスタートしました。
先頭は『静かなるスズカ』。
続く二番手に『最強のキングズ』。
そして三番手『怒りのブライアン』が続きます。
四番手は『レディエルシエーロ』、鼻差で『旋風のクリスエス』と続きます。
そして最後尾には『風のグルーヴ』が、他の馬とは全く逆の大外に位置しつ、前方を睨んでいます。
先頭と最後尾との差は5馬身。実にスローペースな展開でスタートしました。
「駄目じゃ。やはり前回のレースでの走法を見抜かれておる‥‥」
スローペースで逃げの戦法を打とうとした真那だが、それは既に見抜かれている模様。
スタート直前まで、どの騎手もポーカーフェイス、どんな戦法でくるのかさえ読むことができなかった‥‥ただ一人、マピロマハを覗いて。
以前順位は変わらず。
残り2600mポイントを通過。
「少し離されすぎですね‥‥」
氷室がそう呟くと、手綱を握り『レディエルシエーロ』のペースを少しだけ上げる。
順位に変動あり。
残り2200mポイントを通過。
コーナーまであと700m。
「いきなりペースを上げてきたか?」
真横に『レディエルシエーロ』の姿を見て、カルナックの表情にも焦りの色が伺える。
「コーナーまでまだ距離がある。ペースを上げると続かないし、このままでは抜かれる‥‥」
ビシッと手綱を打ち、『怒りのブライアン』のペースを少しだけ上げるカルナック。
残り1800mポイントを通過。
各馬ここでスパートが始まったぁぁぁぁぁ。
「ここでスパートを掛けてくるのは判っておる。鈴鹿御前、ここぢゃ!!」
真那が『静かなるスズカ』のペースを上げる。
溜めていた脚をここで解放、『最強のキングズ』との間合を詰める。
順位は『最強のキングズ』、『静かなるスズカ』、『怒りのブライアン』、『レディエルシエーロ』と4馬が混戦。その後方では『風のグルーヴ』が大外からスパート。コーナーを曲がるのではなく、コーナーに対して鋭角に直っすぐ走ってくる。その少し前では、『旋風のクリスエス』がマイペースで走る姿を確認。
「ペースがおかしい‥‥『旋風のクリスエス』、どうしたんだ!」
既に『旋風のクリスエス』の顎が上がりつつある。前回のレースでの疲労は無くなっている筈なのに?
『疲労の回復度合』と『馬の調子』は、専門家でなくては判らないということなのか?
残り1500m。
コーナーに差しかかった瞬間。
「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
手綱を腕に絡め、マピロマハがコーナーに向かって身体を崩す。
人間サイズなら確実に落馬しているであろうその体勢を、シフールならではの小柄さでカバー。
その体重に引っ張られ、そしてそれがコーナーでの『曲がれ』という命令であるらしく、『最強のキングズ』が奇跡的にもコーナーを曲った!!
「いっけぇぇぇぇぇぇぇ」
あとは直線。
『最強のキングズ』がコースを大爆走。
コーナーを曲ってからは、殆どの馬が混戦状態。後方から一気に間合を詰めた『風のグルーヴ』が『怒りのブライアン』を捉える。
その真横を鼻差で駆け抜ける『旋風のクリスエス』。
まもなくゴール。
トップの『最強のキングズ』、『静かなるスズカ』、『レディエルシエーロ』はほぼ同体。
──そして
「ゴォォォォォォルッ!!」
トップは『最強のキングズ』。
そして二着はまさに鼻差で『レディエルシエーロ』が勝利をもぎ取った。
1着:『最強のキングズ』
2着:『レディエルシエーロ』
3着:『静かなるスズカ』
4着:『旋風のクリスエス』
5着:『怒りのブライアン』
6着:『風のグルーヴ』
残り4戦。
勝利を続け、最後に『ジョッキー』の称号を得るのは果たして誰か?
ゥイニングランをするマピロマハと氷室が、観客に向かって大手を振る。
そして会場を後にする一行。
勝負は時の運。
次に勝利を得るのは果たして誰か?
〜〜To be continue