Love is blind〜希望と嘆きの中で〜
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■シリーズシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:13 G 57 C
参加人数:7人
サポート参加人数:4人
冒険期間:08月01日〜08月11日
リプレイ公開日:2008年08月12日
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●オープニング
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緩やかに沈んでいく。蝋燭の光さえ揺れぬ深い闇の奥で、痩せた男が1人、床に寝転がっていた。夏の暑さも眩い光もこの奥までは届かぬ。全てが外界から閉ざされた牢獄。
だが、僅かに風が吹いた。男は起き上がり、その風を見つめる。
「まだこんなところに隠れていたとはね‥‥」
風は、闇の中に居て尚、闇色をしていた。全身を黒の衣で包み、頭からは黒きヴェールを垂らしている。その隙間から僅かに見える白い肌だけが、闇の中に浮かぶ光のようだ。
「知らせを受けなければ見過ごす所だったわ」
男は、それを深い色の瞳で見つめる。この暗闇に蝋燭の灯も持たずに現れる者が、尋常な人間であるはずが無かった。
「‥‥まさか、お前が‥‥だったとはな」
長い投獄生活で声も掠れ、男はほとんど満足に動くことも出来ないようだった。それを見下ろしながら、来訪者は微笑を浮かべる。
「お前が大人しく処刑を受けるとは思えないわ。何かを企んでいるのでしょう?」
指摘されても、男は来訪者から目を離せずに居た。
「何の‥‥話だ‥‥」
「いいのよ、分かっているわ。だから‥‥さようなら、『愛しい人』」
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「私は何と言う事をしたんだ‥‥」
或る貴族の家。その家の主人は、自らが行った行為を悔やみ打ちひしがれていた。
自分は本当に愛人のプーペを愛していた。だが詩人と屋敷を出て行くと告げられ、激情のあまり、その女を殺めてしまったのである。彼は急ぎその遺体を裏庭に埋め、その死を嘆きつつも知る者には固く口止めをした。
だが、どこから聞きつけたのか、旅回りの楽座と名乗る者達がやってきて、その真相を暴こうとした。とっさに彼らも始末しようと部下達に指示を出したが、彼らは奥方を連れて逃げおおせてしまい、貴族はその真相が公になる事を恐れて暮らす日々を送っている。
「大丈夫ですよ‥‥」
豪華な椅子に座って嘆く主人の後ろに、そっと足音もなく青年が滑り込むようにして寄り添った。
「奥方様の事はご安心なさいませ。既に手は打っております」
「ユゼ‥‥。だが、プーペはもう戻ってこんのだ‥‥」
「そちらもご安心を」
青年はにこやかに微笑み、すいと指を庭に向ける。
「プーペは蘇りました。貴方への愛の為に」
「‥‥それは‥‥本当に‥‥本物のプーペなのか‥‥?」
「さぁ『愛』に生きられませ、旦那様。この世は須く愛に満ちている。蕾のような愛も、熟れ過ぎ腐りかけた愛も、等しく神と悪魔に愛されている。全ての希望も嘆きも包み込んで愛されませ‥‥貴方の望みのままに」
その言葉に、貴族はふらりと立ち上がった。
そうだ、愛しきものはまだそこに居る。そう呟く彼の指で、きらりと金色の指輪が輝いた。
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パリ郊外の墓とも呼べない石の前で、リシャールは埋めてあったものを掘り出した。
「これを預ける」
受け取った冒険者は、袋の中から中身を取り出して、それが女物のピアスである事に気付く。驚く冒険者に彼は告げた。それは、自分が物心ついた時から持っていたものである事。恐らく母親の形見だろうが、自分が持っているよりも預けたほうがいいだろうと思った事。
「伯父が‥‥言ってた。3家に伝わる『遺産』は、子供が10歳になった年に授かるもの。エリアが貰った遺産は、本来なら外に出る類のものじゃなかった。でもそれを表に出したから‥‥狂った。エリアは『遺産』を貰った時からその人生を狂わされた3家の被害者で、同時に狂わせていった加害者でもある。『遺産』は‥‥」
その言葉のどれだけをリシャールが理解していたかは分からないが、彼は冒険者に淡々と伝える。
「3家に無いほうがいい。そう判断して、伯父と伯父の‥‥叔父かな。そう決めた。ドーマンとレスローシェは『遺産』を手放す。そうしなければ、3家は『滅ぶ』。滅ぼさない為に戦うだろうと言ったらしい。ドーマンの領主が」
だが『遺産』が無ければ地下迷宮の解明は困難になるだろうし、そもそも彼らが住まう屋敷は、元々地下迷宮の要所の上に建てられたものだ。しかしそれを知っていて尚、彼らは手放す事を選択したのだった。
「エリアの『遺産』は、『特殊な場所』の鍵らしい。それはとても古い場所で、伯父も分からないと言ってた。この『遺産』は女が持つと身を滅ぼす。だから女が持ってはいけない。そう言われている。それで‥‥俺を捨てる時に、俺に渡したんじゃないか、って。誰がそれをやったかは分からないけど」
そう言って、彼はかつての仲間だった少年の墓を見つめた。
「俺が『呪われた子供』なのは、ハーフエルフと人間の間に生まれたからだけじゃない。そこから、始まったからだ」
屋敷から連れ出された貴族の夫人は夫の行動に驚いたものの、教会に匿われて過ごす事になった。だが彼女は夫を信じているから屋敷に戻して欲しいと願っているらしい。
ドーマン領はとりあえず平穏で、冬までに復興は出来そうだと言う事だ。ラティール領は日々、かつて以上の賑わいを取り戻している。そんな中、以前の領主が暮らしていた領主館を取り壊すか何かに利用しようという話が出たが、領主館は領地の要なので一切触れることは許さずというお達しが、シャトーティエリーのほうから出たらしい。元よりラティール再興にはレスローシェが背後についているが、金銭も人員もシャトーティエリーから少なからず出ているので、仕方が無いと言った所だろう。
『家』の子供達はリシャールを除きパリの教会に身を寄せている。彼らにはカルヴィンが付き添い、ジョエルはかつての冒険者仲間5人と合流した。彼らはリシャールが世話になっているパリ郊外のエミールの家を訪ね、その後はそこに泊り込んでいる。皆、中年とも言える年頃だが、そこは年季の入った元冒険者。勘を取り戻すのに時間はかからないだろう。次にエミールはリリア奪還の為に何か企んだらしいが、その結果はまだ分からない。
自然と人が集まるのを見、エミールはギルドに告げた。
リリア奪還、盗賊団撲滅、遺産騒ぎ、シャトーティエリーの事で集まるなら、自分の家を使えばいい。奪還と撲滅は自分達が動けるように進めておくが、万が一失敗する可能性もあるから、リリアと盗賊団に関しては、その任務を行う上で確実な情報が欲しい。情報を得る事が出来れば、一気に攻める用意があると。
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冒険者が気付いた時、そこは教会だった。
「お前が水路で倒れているという話を聞いて急いで行ったんだ。間に合って良かったな」
瀕死状態だった冒険者を助けたのはフィルマンで、彼が言う事には伝言を頼まれた少年がその話を持って来たらしい。
「そんな事を知っているのは、案外少ないんじゃないか? 例えば‥‥領主代行とか」
だが彼は味方じゃないと冒険者はその時思っていた。
アンドレに捕らわれて、その後命を失うかという目に遭った時、そこにミシェルも同席していたからだ。彼は涼しい顔でそれを見ており、下手に川に流すより水路に放置したほうがいいだろうと告げたのだ。
しかし。
「私もペットを何匹か飼っていてね‥‥。君の家の猫は元気かい?」
金の髪を持つシャトーティエリー領主代行は、中庭で優しくそう冒険者に尋ねた。
「猫‥‥? 俺は犬し」
言い掛けた冒険者の声にかぶせるようにして、彼は独り言のように続ける。
「私の家の猫は大怪我をしていてね。最近やっと治ったくらいだよ。自然治癒は時間がかかるね」
●リプレイ本文
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パリ郊外エミール宅に人々が集まっていた。
ジョエルを含めた6人の元冒険者も交えての情報交換の中に、レアのフォーノリッヂ結果も含まれている。『シアン』は、川に浮かんでいる姿、『セイル』『襲撃』では洞窟内。それをレティシア・シャンテヒルト(ea6215)が前回の予知結果も含めてリシーブメモリー(その際レアは、『優しくしてね♪』とおどけてみせ、レティシアにニヤリと笑われた)で読み取り、ファンタズムで形にする。
「これはシャトーティエリー領主館だな」
『妖虎盗賊団』で燃えていた館についてセイル・ファースト(eb8642)が呟き、
「これ誰ですかね〜‥‥持っているのは緋色の玉みたいですけど」
『襲撃』の現場についてアーシャ・ペンドラゴン(eb6702)が首を傾げた。川も洞窟も何処かは分からない。
レティシアはエミールに古いメダルを渡そうとしたが持って来るのを忘れており、そのまま潜入相談を始めた。尾上彬(eb8664)も傍に居て前回地下で酷い目に遭った時の記憶を吸われ、敵、『麗しの君』、セザールなども含めて形になったものを、シャロン・オブライエン(ec0713)がせっせと絵にしていた。
「‥‥ところで暑くないか? その仮面」
「気にしないでくれ」
アーシャとエルディン・アトワイト(ec0290)に付き添われてきたエリザベートはエミールが苦手らしい。少し離れた所に座っていた。エルディンはミシェル謁見の手続きを頼み、彬は
「ミシェルと腹を割って話し合ってみちゃどうだ?」
ラティールに呼び出す事を提案した。だがエミールは首を振る。
「ガストンは自分が行かなくても手下を張り巡らせてるような奴だからな」
「猫科のくせに水遊びが好きらしい。あそこにもしシャーが居るなら‥‥」
ミシェルとの会話を告げる彬。
「匿ってるなら、兄貴の部屋だろうな。あそこはガストンも入れない」
シアンがこの場に居たなら飛び出していっただろうが、彼はパリに潜んで情報収集をしているらしい。
皆は今後の予定を話し合い、それぞれに散って行った。
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アリスティド・メシアン(eb3084)は夫人から話を聞いていた。夫が金の装飾品を手に入れなかったか。夫と親しい宝石商人や金髪の男は居ないか。だがどれも覚えは無いとの事だった。
翌日帰ってきたアーシャから、エリザベートが水晶の装飾品に覚えは無いとの言伝を得、エルディン以外全員に夫人を連れて貴族館へ向かう。尚、アーシャが借りた魅了のピアス、シルバーリング、別邸地下で見つけた誓いの指輪に文字は無く、魅了のピアスには男性を魅了する魔力があるとの事だった。皆それぞれに想い人は居るようだからアーシャが変な目で見られる事は無かったが、確かにこれを持ってから町中で声を掛けられるようになった気がする。尚、シルバーリングはリシャールが露天で買ったもので彼も彼が信頼する『兄達』も持っている。
貴族館は静かだった。門番もおらず、通常とは姿を変えた一行は門を開けて中に入る。
「‥‥薔薇が」
以前来た時は庭園に花が咲き乱れていた。だが今は踏み潰され、薔薇だけが残っている。赤黒く美しく咲く花だけが。
アリスティドが注意深く近付いた時、不意に夫人が悲鳴を上げて気絶した。見れば、館内からカクカクした動きの人々が血を流しながらぞろぞろ出てきている。
「デビルも居るな」
龍晶球を見た彬が告げ、皆は瞬時に戦闘態勢に入った。向かい来る使用人風なズゥンビを倒し、夫人は彬が背負う。
「彬はおんぶ担当ね」
「レティの為に抱っこを空けようか?」
「腕が4本ある彬とは友達になりたくないわ」
扉を大きく開き、皆は館内に入った。
「面会に見習パラディンの名が少しでも役に立てばと思ったが‥‥」
シャロンの大鎌が不気味に黒光りしながら敵を切り落とす。兵士風装備のズゥンビも現れ、皆は囲まれないように倒して行きながら家主の部屋に駆け込んだ。
「‥‥つくづく雲行きが怪しくなってきたな」
セイルが名剣を構えたその先に、豪奢な椅子に座った男が居た。
「説得は‥‥出来そうに無いですね」
「‥‥デビルが何処かに居るはず」
刹那。
「うひゃああ」
皆の背後側の壁がばりばりと破れ、中から女のズゥンビが出て来た。その顔には覚えがある。プーペだ。
「ズゥンビハウスになったようだな」
「夫人に後ろから噛み付かれないようにね」
ゆっくり立ち上がり、ふらふらとこちらに向かってくる男がこの家の主である事も疑いようが無かった。問題は、誰が彼らを殺しズゥンビとしたか。石の中の蝶は反応していなかったから、皆が屋敷に入った時にはもうデビルは逃げてしまった後だったのだろう。龍晶球もいつの間にか反応しなくなっていた。
ズゥンビはしぶといので倒すのに手間取ったが、皆は特に怪我もなく館内を探し回る。だが、アリスティドが以前来た時に見た金の指輪は、何処にも無かった。皆は夫人を連れてそこを出、即座に教会に報告した。
●
何人かは事情を聞きたいとパリに残らされたが、予知結果の屋敷がシャトーティエリーとあっては調査に行く事も出来なかったので、予定が無くなった者だけをそこに残して他の者は其々の場所へと向かう。
レティシアは彬と共に囚われている山猫傭兵団幹部と会った。
「あの時シャーが無理を通したのは‥‥貴方達の仇を討つ為だったのに」
今も後悔の念が残る。だから出来る限りの事をするのだ。レティシアは山猫団の中で使用されていた連絡手段を聞いたが、それは既に妖虎盗賊団に知られているとの事だった。
次に2人はリシャールと会おうとしたが、まだ帰ってないとの事で話を聞く事は出来なかった。
「‥‥どれが詩人の遺体か分かるか?」
教会の者と貴族の館へ行き、庭なども掘り起こされた。だが、夫人でなくては詩人の顔は分からないだろう。さすがに遺体を彼女に見せるつもりは無い。その上彼女は衝撃の余り大層弱っており、教会で療養する事となっていた。
「でも、何の為に全員殺してズゥンビにしたんだろう‥‥」
「許しがたい行いだな」
シャロンが呟き、皆は徹底的に再度館内を巡る。裏側に文字が彫ってある金の指輪は変わらず見つからなかったが、皆は食料庫の中に不審な袋を見つけた。開くと乾燥させた粉。それが幾つかある。
「‥‥まさか、この家も『薬』を?」
急いで皆は何か書付が無いか探した。そして、それらしきメモを見つける。
「もしかしたら、詩人が売人だったのかもですね」
皆はメモをエミールに渡し、この『薬』を根絶やしにする為、元締めから全てを一網打尽にする事を持ちかけた。これを強く推したのは彬だが、エミールは告げる。
「言わなかったか? これの背後には兄貴達がいる」
元締めはシャトーティルユ家で、兄の行動の愚かさを直接示す為に最初彼は薬の密売などを探らせていた。だが、自分でも調査するうちに彼はふと気付く。
「兄貴が始めたんだって思ってた。でも、本当は違うかもしれない」
彼らの父親の代から既にそれは行われていて、領内で大量に栽培されていて、それはあちこちに出回っていて、その薬はリシャールが居た組織でも使われていた。そしてその組織の長がエリアを殺した。だが本当にそれは偶然だったのだろうかとエミールは呟く。裏で暗殺者組織と結びつきがあっても可笑しく無いのではないか。リシャールは捨てられ暗殺者組織に売られた。それさえも計画された事だったのでは。
「‥‥今はどうなっているか分からないが、領主が全てを知っているのかもしれないな」
彬は彼を救い出す事は出来なかった。何故なら彼は失敗したからだ。ミシェルをトップとする組織に潜り込めなかった。
「やっぱり、貴方が実家に行くべきじゃない? エミール」
「‥‥真実は知りたいが、それがシャトーティエリー各地の不利益に繋がるなら、秘密を墓場まで持って行くつもりはある。過去の因縁に囚われる事なく、未来を進む道を選べるようになって欲しいというのが俺の願いだ」
迷っているらしいエミールに、セイルが告げる。
「領内を守る為に何をすべきか。真実を知ってそれを生かすのが、お前の役目じゃないのか?」
話は遡る。
初日夕刻、エルディンはセザールが居る教会を訪れた。やけに生暖かい風が吹く中、彼は教会の者と地下に降りて‥‥。
「居ない?!」
牢は開けられ、床には血溜まりが出来ていた。さほど時間は経っていないが、牢の壁の一部が外され中に通路がある。即ちここから逃げたということだが。
「逃げ道から逃げたと言う事は、牢を開ける必要は無いはず。誰が私の前に来ませんでしたか?!」
問われて神官は慌てて説明する。昼過ぎ、確かに2人の神官が来てセザールに面会を求めた。十数分後帰って行き、その後確認した時は確かにセザールは牢に居たし、血など流していなかったと。
たちまち教会内は大騒ぎになり、エルディンは牢内の抜け道を通ってみた。それは教会の2軒隣の家に繋がっており、その家はとある貴族に仕える使用人の家だと言う事だった。この時のエルディンは知らなかったが、その貴族というのは、ズゥンビ化した館の主の事である。
夜になってもエルディンは調査を続けた。その2人の神官がセザールを逃がす手引きをした事に間違いはない。だが床にあった血溜まりが気になる。彼は1人調査を続け、2人が名乗った教会にも出向いた。当然偽名を使っていたと思われたが、その名は文献に残っていた。
「‥‥彼は?」
「随分苦労された方で、シャトーティエリー領で亡くなられたとか」
その後、エルディンはミシェルに謁見を求めてシャトーティエリーに向かったが、やがて彼は3領地を廻る事になる。
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パリでシアンにテレパシーを放ち、妖虎団と領主館、シャーと領主代行の関わりを教えたレティシアは、シャー奪還の為に盗賊団とリリアの情報を集めるよう打診した。その足で彬、セイル、シャロンと共にシャトーティエリーへ向かう。
エミールの手引きではバレるかもしれないので、ジョエルの知り合いの商隊に目立たぬよう同行させてもらい、彬は人遁で芸人を装った。商人と芸人一座が共に行動するのはさほど珍しい事ではない。芸人一座に化けなかったのは、現在シャトーティエリーの町では娯楽系の出入りのチェックが厳しくなっているからだ。
ジョエルはファイターでレンジャーでは無いが、薬の栽培地に向いた土地探索では相談に応じた。
「すまない、また甘える事になりそうだ」
半年間仕えた経験から、人が寄り付かない場所の見当はついている。エミールの話では湿った場所で生育されているとの事で、水が近い場所を探した。
「あそこ、見張りが立ってるわ」
「どうする?」
絵を描きまくった事で商売鞍替えした気分のシャロンだったが、こんな風にこそこそ行動するのはパラディン候補生としてあまり経験が無いのではなかろうか。
「とりあえず、場所だけ確認だな。エミールはまだ告発は避けたいようだし」
その夜、レティシアはエルディンにテレパシーを送った。ミシェルとの会談の首尾を聞くためである。
だがまず、ミシェルは2人きりで会う事を拒否した。エルディンとしてもセザールというカードを切るつもりだったが、行方不明なのでカマを掛けるにしても弱い。とりあえず彼は関連事件に関わり装飾品に興味がある事。装飾品に関わるハーフエルフの詩人を知っている事。教会から目をつけられつつあるから、自分と協力し合うのも悪くないだろうという事。共闘するなら装飾品を見せて欲しい事を告げた。それについて、ミシェルはあっさり箱の中に入った金の装飾品を見せたが、その中に文字が書かれたものは無い。
「これで全部ですか?」
「全部じゃないよ。うっかり無くしてしまってね。君が見つけてくれると嬉しいけれど」
にっこりミシェルは笑い、エルディンはその足でドーマン領へと向かった。
「パリには行かないみたいね‥‥。じゃあ明日、ミシェルにテレパシーを送ってみるわ」
話を聞いて皆は作戦会議を行うが、おおよそ行動すべき内容は変わらない。
翌日。彬とセイルは、館の地下へと繋がっている水路へと入った。その水路はあまり長くなく一本道だが、地下へと通じる道は石で塞がれている。
「前に、この先でガストンに会ったと言ってたな。ミシェルに化けてた時に」
「ここを封じたと言う事は、この道は当然知ってたって事だな。ミシェルとガストンがかなり懇意なら、あの時点で俺の人遁は怪しまれてたって事になる」
「フィルマンは館に通じる道は幾つかあると言っていたが、その何処かがミシェルの部屋に直接繋がってるって可能性は無いか?」
「ミシェルの部屋は確か3階だ。無理だろうなぁ」
一方レティシアはシャロンに見守られながらミシェルにテレパシーを送っていた。
名乗り、先日の粗相を詫び、『猫』は引き取っていいか、お礼に何が相応しいか尋ねる。
『猫が欲しいなら取りにおいで。簡単な方法はひとつある。君に、決まった相手が居ないならの話だけれども』
●
アリスティドとアーシャはラティールに来ていた。
『聖女の泉』に居る薬草師から『薬』についての情報を得、その足で領主館へ向かう。詰めている兵士は変わらずシャトーティエリーの者だが、エミールの手紙を見せると通してくれた。
復興が進むラティールに於いて、この場所だけが取り残されている。壊れかけた館の修復もされていない。
「‥‥でも、薔薇は咲いているんですね」
薔薇園は残されていた。各部屋を見回り、薔薇を一輪アリスティドは手に取る。
「ここからだね」
以前貰った情報の通り庭に出て、2人は地下へと降りた。魔法を掛け、石の中の蝶を確認しながらペットの嗅覚に頼る。だがそれはすぐに起こった。
「アリスさん、後ろ!」
犬が吼えると同時にダガーが飛んできた。それをアーシャが盾で受け止め、2人の背後に忍び寄ろうとしていた男を視界に捕らえて叫ぶ。とっさにアリスティドはスリープを放ち、アーシャは彼から離れないよう盾を構えたまま敵の攻撃を待った。さほど広い場所では無く、ランタンを掲げても敵が見えないと言う事は無い。だが敵の数は多かった。アーシャが近付く敵のみを倒し、アリスティドが範囲内の敵をスリープで眠らせていく間も、ナイフが次々飛んでくる。それを避ける技能は2人にない。幾度も傷を負いながらも2人はやっとの思いで敵を眠らせ倒し、敵が持っていた解毒剤を飲んで事なきを得つつ進んだ。
そして、そこに扉があった。角笛を置くと開く扉を抜け、2人はその奥にある扉を見た。アリスティドの持つペンダントが半分、そしてもう半分は既に嵌まっている。両方を置くと扉が開き、片方でも取り上げると閉まってしまう。2人は中に入ってランタンを掲げ‥‥見つけた。
ベッドで眠る、見知った娘の姿を。