Love is blind〜時は残酷を奏で〜
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■シリーズシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:11 G 76 C
参加人数:9人
サポート参加人数:5人
冒険期間:12月27日〜01月04日
リプレイ公開日:2009年02月14日
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●オープニング
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その館は静寂に包まれていた。これから到来する永き冬に備える為か、或いは恐怖を覆い隠す為か。
「‥‥久しぶり、だな」
襲撃、侵入、様々な事があったこの館だが、そこに久方ぶりの訪問者があった。
「全く、不肖の弟だ。今頃来るとは」
明るい金の髪を持つ館の主が応じる。
「いろいろ‥‥言われたからな。他人に。守る為に何をするか、とか」
「お前に他人の意見を聞くだけの懐の広さが備わるとはね」
「そりゃレスローシェ持ってんだから、当然だろ。‥‥訊きたい事がある。それから伝言も」
「伝言は聞こう」
兄は、弟の目を真っ向から見つめた。
「‥‥『お前に出来ると信じよう』、だそうだ」
「‥‥信じて待って頂こうとお伝えしてくれ」
「俺は信じていない」
弟は、吐き捨てるように呟く。
「ずっと疑ってた。あんたの事も‥‥親父の事もだ。この家は、先代の時から後ろ暗い事をやってたのか? 兄貴がそれを受け継いだのか? だとしたら、ラティールもドーマンも、その片棒を担いでたのか? ‥‥エリアも、それを知ってたのか‥‥?」
「エリアのかつての恋人‥‥あの忌わしき詩人。処刑の決まっていた詩人が、逃亡した挙句匿われたようだ」
「何でそんな事知って‥‥」
更に食らいつこうとした弟は、不意に口を閉ざして椅子に座り直した。
「‥‥兄貴」
「ん?」
「『ただ一人の汝に出来る事は、決して多くないと知れ』。‥‥もう、ここには来ない。俺には関係ない事だ」
立ち上がり、弟は扉を開く。
●
「‥‥リリア。お帰りなさい」
「ただいま、お母様」
抱き合う母子を、冒険者達は暖かく見守る。
行方知れずだった娘を保護した冒険者が騎士団に預け、その後ドーマンからやって来た母親と再会したのは、収穫祭も終わった頃の事。長い間の捕虜生活で心身共に弱っていた娘と母の再会シーンは、そこに同席する事が出来た冒険者達の涙を誘った。
「もう怪我は治ったの? ドーマンも物騒だから、戻ってきなさいとは言わないけれど‥‥」
「大丈夫よ、お母様。とても良いネタを仕入れたから」
「あら‥‥どんなお話?」
敏い者は、この次点で『おや?』と思ったろう。
「盗賊団の頭は、敵の頭が気になってしょうがないらしいの。これって愛よね」
「そうねぇ‥‥。パリに来たのだから、あのお店の店員さん達にそのお話を提供したらどう?」
「あ、行く行く〜」
「‥‥」
「感動の再会は、一瞬だけでしたね」
誰かがぽつりと呟いた。
リリアの話によると、彼女はパリ郊外別邸で攫われた後、シャトーティルユ家の地下に連れて行かれたが冒険者の侵入に遭った為、元ラティール領主館地下に移されたらしい。攫った者達は『地下迷宮の鍵』を探しているようだったが、自分が持っていない事を知ると最初は彼女を人質にエミールを脅す計画を立てていたようだ。だが、雇い主の指示によりその計画は変更された。雇い主が誰かは分からないが、盗賊団は概ねその意向に従っているようだ。
リリアと母親は、しばらくドーマンに戻らずパリの騎士団の下に身を寄せるらしい。最近は教会も何かと物騒である。そこならば比較的安全だろう。
●
エドモン・フォーノット。
その名が教会の文献に残っていた。
「あぁ、その方ならば有名ですよ」
シャトーティエリー領の教会で、神官が頷きながら文献を出してきた。
「元はこの辺りの方では無いのですが、まだお若い頃にこの教会に赴任され、随分苦労なさいました。当時、この白教会では私腹を蓄えんとする輩や、自らの特権を振りかざす者が少なからず居り、それを正すのに身を削っておられ‥‥。今、この教会が存続出来ているのは、フォーノット様のお陰だと誰もが思っておりますから」
その男は苦労の所為か比較的若くして命を落としたが、何人かの子供を引き取って養っていた。その子供達は男の死後、各地の教会に預けられる事になったが、男の功績を称えて子供達の中には地位を与えられた者も居たらしい。
エドモン・フォーノットの名はこの3領地の白教会では有名だが、他の場所では今も知る者はさほど居ないだろう。その名を使ってセザールの逃亡を手引きしたと思われる神官2人。つまり、どちらかの人物は彼の名がパリではほとんど知られていないが、実在していた人物だと分かっていた事になる。
「でも、何故彼の名だったんでしょうね‥‥。他にも有名では無いけれど、文献登録されている方は少なからず居るのに‥‥」
神官がぽつりと呟いた。
その後、冒険者が調査した結果、エドモンの子供達は全部で4人。3領地に散らばって預けられたらしい。だが現在の行方を追えたのは一人だけ。その一人は巡礼中に亡くなりシャトーティエリーで手厚く葬られたようだ。残る三人の名は、バルバラ、カリーヌ、ジブリル。生存していれば、20代後半から30台前半のはずである。
●
先日、冒険者ギルドより或る依頼を受けた冒険者達が、シャトーティエリー領に向かった。
依頼内容は、『デビルに支配された館を強襲し、『宝』を奪う事』。この宝とは『譜』である。
結局『譜』を奪う事は出来たものの、本物か偽物か分からないまま依頼人の手に渡される事になった。強襲は二手に分かれて行われ、盗賊団が巣食っていると思われる地下水路では激しい戦闘が行われた。その結果、少なからず両者に被害が出、強襲は成功しなかった。又、単独潜入した者は深い傷を負ったものの、かろうじて逃げる事が出来ている。その者により、『猫』は生死不明、屋敷には居ないだろう事、死者が館内に居る事が伝えられた。その『死者』がシャトーティエリー領領主夫妻である事は、ギルドには伝えられていない。
『死者』が居たという証拠は、彼の発言以外に無い。だが、デビルが居るという『噂』。死者が居るという『噂』。誰かが彼らを陥れようと画策しているのでは無い限り、火の無い所に煙は立たない。そして、人々を『惑わす』という『薬』。それらの『悪しき噂』は消えるどころか大きくなるばかりだ。
折りしも世間は地獄との攻防で忙しい。勿論、国を守る騎士達は寝る間も惜しんで働いているだろう。
だが、すべての根源が地獄にあるとしても、小さな種から広がった芽や葉は潰さねばならない。
「期限は3日だ」
橙色の剣帯に触れながら、分隊長が静かに告げた。
「それ以上、あの地に人数を割くことは出来ない。我々は騎士として表立って行動する。その間に、冒険者が動けば良い」
その言葉を聞いて、男は静かに胸に手をやった。
●
「気に入らないな」
柔らかな忍び入るような声が、男の耳に届いた。
「例えば君は、自分が必死に働いている横で、仕事仲間が自分の趣味にウツツを抜かしていたらどうする? 勤勉な者が損をするだけだ‥‥そう思わない?」
問われても答える事など出来ようはずがない。
「自分の楽しみ、快楽だけを追求すること、自らの立場も忘れ、己の野心に心を傾けること‥‥。どちらも罰が必要だね。実に罪深い話だよ‥‥」
くすりと笑うと、男の横にふわりと立つ。
「彼女に伝えて。先日、冒険者の手並みを拝見したんだ。なかなか興味深かったよ。だから、こうしようと思う。彼らに会って‥‥話をするよ。勿論、物事のカラクリを見せるつもりは無い。契約するなら別だけどね‥‥」
黙る男に優しく笑いかけ、ゆっくり左手を開いた。
「勿論、僕たちは気まぐれだから‥‥どうなるか、分からないけれどね」
●リプレイ本文
この選択は、間違っているだろうか。
そう思う事こそが、既に間違いである。
●
「やぁ、初めましてだね。鳥篭の君」
それは突如頭上からの邂逅だった。
「だ、誰ですかっ。それに私は鳥篭じゃありません!」
アーシャ・イクティノス(eb6702)は問うた。指輪を見ずとも空を飛ぶ者の種類は限られるから想像はつく。
「大仰に剣を抜かなくても。僕は取引に来ただけだよ。それに君は確かに鳥篭の中に居た。始めの頃は近くで見張られていた事‥‥知らなかった? 今は手元に無いみたいだけど」
言われてアーシャは過去を思い出す。相手が言う物はバックパックの中にあるのだが、人外の生き物はそれに気付いていないようだ。
「たとえ世界の終わりが来ても、デビルの甘言には乗りません!」
「そう‥‥残念だ。でも賢明だね。君はきっと、話を聞いたら乗りたくなる」
その誘いこそが罠。デビルと1対1で対峙する事は強い緊張に繋がる。必死になって冷静さを保とうとする彼女を笑いながら、その男は舞い上がった。
「まぁいいよ。僕は気が長い。近いうちに又‥‥。君の仲間にも伝えて欲しいな。こちらは1対1で取引する用意がある。物は、『玉座に王手を掛ける道への鍵のひとつ』。代償は既に決めてある。鍵ひとつにつき、代償はやはりひとつなんだろうね。候補は二つあるんだけど、まぁどちらでもいいよ‥‥君達が直接差し出す物ではないから」
去り行く男に斬り付ける事無く見送り、アーシャは座り込む。斬り付ければ間違いなく狂化していた。こんな場所でそんな事になったらどんな惨事を生んだか分からない。
「ミカエルさぁん‥‥早く帰ってきて下さいよぅ‥‥」
屋敷のバルコニーで、アーシャは嘆いた。
●
話は遡る。
ミカエル・テルセーロ(ea1674)とアーシャの2人は、ボードリエ邸を訪ねていた。かつてエミールが調査していた貴族の屋敷で、今は没落の一途を辿っている家だ。
「レミー様ぁ‥‥」
目を潤ませるアーシャの背をミカエルがそっと叩き、慌ててアーシャは淑女らしくお辞儀をした。
「お久しぶりでございます」
「おや、君は‥‥ノルマン語が喋れるようになったんだね」
「はっ‥‥はい〜‥‥がんばりましたぁっ‥‥てへっ」
2人がここに居る事情は、『薬草』と『闇取引』だけを今更追うわけではなく、その背後に居たという闇ギルドと消えた資金の流れ、薬草の正体、『地下帝国の遺産』を調査する為である。しかし、ミカエルのバーニングマップとミシェルの簡単な調査で遺産が無い事は既に分かっていた。
「『永遠の愛』が欲しいんですぅ‥‥貴族パーティで知り合った方の事が忘れられなくて‥‥」
「それはそれは」
現当主は穏やかに笑い、頷く。
「2、3歩遅かったね。あれはもう手元に無いよ」
「確かにあれから時間も経ってますからね‥‥。没落もしてますし」
『永遠の愛』とは薬草の名前である。だがそれ以上の事は分かっていない。以前調査員がレミーと接触した時『あげよう』という話になったのだが、結局調査はそこで打ち切りとなったのだ。
「警戒心を解く為に、布石は敷いてきましたけれど‥‥」
ミカエルの言う布石は、彼が女装して調査員として忍び込んだ時、レミーの弟レジスに好かれてしまった事を利用したものだ。レジス宛の手紙にアメジストリングを添えて渡してもらえるよう頼んだわけだが。
「せめて資金の流れだけでも明確になれば、背後関係も洗えたと思ったんですけどね‥‥」
「ラティールの薬草園は真っ当な物しか栽培していないそうよ、一応」
酒場でユリゼが告げる。
「実際に見てみないと分からないけれどね」
「フォーノリッヂの未来予測結果出たけど聞く?」
毎度お馴染みレアが2階から降りて来て腕を組んだ。
「『シメオン』『危険』は、建物内の闇の中で外傷なく倒れてたわ。モンスターが傍に居たわね。『人形の鍵』『手に入れる者』は、アーシャが誰かに何か貰っている所。『羊の鍵』『手に入れる者』はレティシアが箱を開けている所。以上」
「私っ‥‥? え、でもミカエルさんの魔法だとボードリエ邸には無かったですよね」
「未来は可能性の一つに過ぎないからな」
懐にあれこれ預かり物を片付けているセイル・ファースト(eb8642)が言い、窓の外へ目をやった。
「シメオンも‥‥ロクな事しなかったようだしな」
「セイルさん、シメオンさんが何か?」
ミカエルの鋭さを帯びた声に彼は首を振る。冒険者ギルドに居た元受付嬢。シメオンの孫である事は一部のギルド員が知っていた。祖父の暴挙を聞きパリを飛び出して以来行方が知れないらしいが、その暴挙と言うのが他の孫娘の殺害だったと言うから、悪魔の所業と言わざるを得ない。
「‥‥そんな事を」
「ミカエルは、シメオンさんから何か話を聞いたのだったね? 館強襲の前に」
「いえ、あの時は忠告と覚悟を示されただけです。‥‥肝心な事は何も」
「それよりその巻物は何なんだ?」
アリスティド・メシアン(eb3084)へ、付け髭を持ったシャロン・オブライエン(ec0713)が尋ねる。
「返品されただけだよ。‥‥それより、その付け髪は?」
実に落ち度の無い完璧な笑みを向けられ、シャロンは仮面の下、見えない口を緩ませた。
「変装するんだろう? 勿論、君の鼻の下に付けるんだ」
「‥‥ここにレティが居ない事がとても残念だ」
その攻防に、尾上彬(eb8664)が深く嘆息する。
「あれ‥‥。この書、何て書いてあるか読めないですね〜」
「アーシャ‥‥。泥棒するなんて君らしくないね」
「すっ‥‥すすすすみませ」
ともあれ。
皆は、これからの行動を念入りに擦り合わせ、各々目的の為に動き始めた。
●
アリスティドがリリアに『禁断の愛の書』を手土産として差出したが『持っている』と返された頃、レティシア・シャンテヒルト(ea6215)は巫女レンジャー達と会っていた。
『案内役兼活躍を語り継ぐ詩人』と巫女姿で名乗り、元冒険者達が温かく見守る中、エミール不在の家で組分けを行う。各々冒険者達が保護して欲しい人物の護衛として出向かせた後、エルディン・アトワイト(ec0290)と共にセザールが囚われていた教会に向かった。
セザールが逃亡した事に関与したと思われる2人の神官の顔を知りたいと、まずレティシアがエルディンにリシーブメモリーを掛ける。それをファンタズムでレティシアが教会の者達に見せた。
「面会に来た神官ではありませんか?」
「このような美女なら忘れるはずも無いのですが‥‥」
「‥‥美女」
レティシアは自分でも改めて映し出される女の顔を見つめる。
「そうですか‥‥。では、2人の神官の顔を今の魔法で読ませて頂きたいのですが‥‥」
言葉は柔らかいが、落ち度は教会にあるとばかりの表情を見せるエルディンに、彼らは素直に魔法に掛かった。
「知らない顔ね」
「とりあえず、似顔絵を作ってしまいましょう」
絵筆を取るエルディンを尻目に、レティシアは映し出されていたクリステルの顔を再度思い起こす。
「‥‥もっと、凡庸な顔だと思ってたけど‥‥」
いつの間にか美化してしまっていたのかもしれない。
サクラ・フリューゲル(eb8317)は、ブランシュ騎士団橙分隊と共にシャトーティエリー領主の館に来ていた。
前もってどのような行動と調査をするのかは、冒険者達との間で相談済である。
「貴女用に準装を整えさせておいた。合うかな?」
「はい、分隊長様。ぴったりですわ」
「『様』は不要だ。現地では気をつけるように」
パリ出発前の橙分隊長とサクラの会話だが、その後方では。
「‥‥何でこの短期間で特注が出来上がってるのかな‥‥」
「‥‥気にするな‥‥あの方の女性に掛ける情熱は常識を覆すものだ‥‥」
「‥‥って言うか、今回の任務が終わったら、あの鎧どうするつもりなんだ‥‥」
分隊員達が何かを嘆いていた。
サクラは神聖騎士である。騎士とは多少作法が違うが、素人に比べれば問題ない範囲だ。屋敷に入ったが彼女が『新人』であるという事は、尋ねられるまで言わない事になっている。身内の事を自分達から話す事はまず無いらしい。
彼らは代行補佐役ガストンから大袈裟に歓迎されたが、調査である事、領主の病状が思わしくないと聞いているからそろそろ後継を立てるべきだろうと言う事、調査内容について分隊長が告げると、『ではそのように』と答えた。茶や食事の席も設けると言うが、騎士達はそれを断る。やがて領主代行ミシェルも姿を見せ、調査に協力する事を約束した。
館内の調査期間は3日。その間に何が出ても出なくても、騎士達はそれ以上滞在はしない。
一方、セイル、シャロン、アリスティドの3人は、領主館から離れた宿に泊まっていた。
「‥‥勿体無い」
「目立つのは困るからね」
「似合うと思うけどな」
「僕も残念だよ」
髭を蓄えたセイルが見事な7、3分けの髪型で窓の外を眺め、見張りなどが居ないか探す。エルフの髭持ちは目立つと言う事で、アリスティドは髪を円く結い上げ、その中に耳を片付けられ、淑女風の格好をさせられた。シャロンはいつもの仮面の上にフードを被り、用心棒風。セイルは使用人。そういう組み合わせだ。
「聞こえが悪くて不便だよ」
「前に襲撃でここに来たって言ってたな。兵士がうろうろしてやがる。治安が悪化してそうか?」
「そうだね。規制が強くなっているよ」
「領民を虐げているのか。由々しき事態だな」
シャロンも腕を組むが、何故かフードがジャパンの盗人風に結ばれている。誰がそれを教えたかは聞いてはいけない。
「‥‥分かってそうだったんだけどな」
「何がだ?」
「あぁ‥‥昔、妻から聞いた話を思い出した。こんな悪政を敷くような、そういう選択をするような男には思えなかった」
「理由があるという事か。人の善意は信じたいが、悪意に染まるのも容易い。難しい問題だな」
「‥‥真意が分かったとしても」
シャロンの不思議な格好から目を逸らし、アリスティドは呟く。
「取り返しがつくとは限らない。‥‥間に合うと信じたいけれども」
ミカエルとアーシャは、薬草を求めて毎日屋敷に通った。薬草を他に所持している人物が居るなら紹介して欲しいと頼んだが、なかなか色よい返事が貰えないまま時間だけが過ぎていく。
そして。
「おぉぉぉ‥‥私の天使!!」
「うっ‥‥あ‥‥あの‥‥レジス様‥‥?」
ミカエルは遠路はるばるやってきた男に抱きしめられていた。
「この1年以上‥‥私の心は君だけの物だった。あぁ‥‥会いに来てくれるなんて! 本当に来てくれるなんてっ!」
「あ‥‥その‥‥そんなに感激されると‥‥」
ドレス姿のミカエルは確かにこの上なく可愛い。興味津々のアーシャを見ないようにしながら、ミカエルは目の前の障壁をどうするか悩んだ。
「まさか来て頂けるとは思っていなくて‥‥でも、たくさんお話したい事があったんです‥‥」
「そうだね。早速奥の部屋に行こう」
「えっ‥‥いえ、あの‥‥」
そうして、ミカエルはレジスに連れ去られてしまった。
●
巫女レンジャー。原色巫女服で動き回るレンジャーの風上にも置けない集団。
そんな彼らが護衛対象の傍に居ればそれだけで目立つ。彼らが山菜取り集団を装えば。
「怪しい奴らを発見した!」
そう、山や森にだって人は居るのだ。その上、彬からの依頼で巫女レンジャーの一部が薬草栽培地を焼き討ちしていた。実に目立つ事この上ない。
だがレティシアは、目立つ彼らを囮‥‥いや陽動にして、目的地に入り込んでいた。
「大体‥‥譜探しの時、商隊潜入という目立つ方法にも関わらず、悪魔探知魔法に引っかかった事に違和感を感じたわ。ミシェルを疑わせようとする意思を感じるのよね」
「その魔法‥‥アンデッドも引っかかった気がするんだ、レティ」
なんていう会話が先にパリで繰り広げられていたが、それでも信じたいと彼女は思う。
「ここ‥‥?」
巫女レンジャーが見つけ出した山道は、長年使われていない道だった。そこを抜けた先に、木々に覆われ隠されるようにして小さな洞穴がある。ナリはともかく腕は確かな彼らに引率され、レティシアはその中に入った。人2人がなんとか横に並べる程度の細穴の奥は、腐り落ちた縄梯子。新しい梯子を掛けて降りていくと、この領地に似合わないものが現れた。
「小さいけど、これ鳥居よね‥‥」
「我々の聖域にしよう!」
「まぁちょっと待って‥‥うん、こんなじめじめした場所に住み着くのはどうかと思うの」
「確かに!」
鳥居の奥は闇が広がっている。それを見つめ、レティシアはレンジャー達に指示を出した。
「エドモンという人物が犯罪人逃亡に関わっているのですが、何かご存知ではありませんか?」
「父が‥‥ですか?」
ラティール白教会でエルディンはクリステルに会っていた。クリステルがセザール逃亡の手引きをしたと考えた結果である。
「おや‥‥お父上でしたか」
何気なく会話しながら、情報を引き出そうとするエルディン。クリステルという名が借り物である事、親の七光り無しで生きようと決めた事、幼い頃は父と共に各地の教会を転々とした事を告げ、父親の名を騙った者を見つけたいと真摯な表情で訴えた。その上で、彼女はひとつの宝石を手渡す。
「これ‥‥父の形見なんです。何かにお役立て下さい」
黒光りする石を懐に入れ、エルディンは次の場所へと向かう。
何度目の水路突入だろうか。
人気の無い水路を奥へ進んだ一行は、その入り組んだ迷路のような水路の先に3箇所の出入り口がある事を発見した。森の中、館付近の外、館内中庭内の小屋。小屋に繋がる道の近くには小さな部屋があり、この造りは旧ラティール館を思わせた。森の中には石造りの建物が遠くに見える。
一方、サクラと橙分隊は3日間館内の調査を行った。サクラが龍晶球を使用しても反応は無かったが、別館のデティクトアンデッドは反応があった。しかし。
「‥‥ふぅ、やっと開いたぞ‥‥」
部屋の片隅の床が、突如ぼこっと開いた。そして巫女装束の男が中から‥‥。
「侵入者だ!」
一気に現場は怒号に包まれ、取り残された騎士達とサクラはそれを見守りつつ調査を再開した。
彬は、エリアの部屋の中で佇んでいた。
薬の栽培地で得た薬草は何種類もあり、幾つかは毒草だった。ミカエルのバーニングマップでは、遺産は館内のミシェルの部屋、山、町内と出た。エミールとシャーはシャトーティエリーには居ない。
ボヤ騒ぎも起こした。その隙にミシェルの部屋に向かったが、兵士の数が多い上に眠らせても鍵が幾重にも施されていた。
仕方なくエリアの部屋の鍵を開けて入り、ただ一つの家具であるベッドを見つめる。
そこには、誰かが寝ているようだった。
痩せ細った‥‥女が。