Love is blind〜祈りは誰の為に〜

■シリーズシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:11 G 76 C

参加人数:9人

サポート参加人数:4人

冒険期間:04月09日〜04月17日

リプレイ公開日:2009年05月09日

●オープニング


 願いを叶える為には何が出来るか。
 祈りに力が宿る為には何が出来るか。
 誰かの為には何が出来るか。
 何かを守る為には何が出来るか。
 
 自分に何が出来るのか。
 
 汝、溺れる事なかれ。
 ただ一人の汝に出来る事は、決して多くないと知れ。

 求めよ。

 汝以外の力を。


 山の中にあった洞穴。その奥にはこの地に相応しからぬ鳥居があった。
 鳥居自体、新しい物では無い。その場に居た冒険者の娘なら潜れそうな程度の大きさ。縄は腐り落ち、ランタンの灯が映す色合いもくすんで見える。
「何かしら、これ‥‥。文字よね‥‥」
 ラテン語だ。鳥居に書かれたラテン語。彫ってあるようだが部分的に削れて読みづらい。ましてやここは闇の中。
「汝‥‥溺れることなかれ‥‥。後が読めない‥‥」
「先行っていいか?」
 同行していた巫女レンジャー達がわくわくした表情で言うのを制し、周囲を照らし出して天井に絵を見つけた。
「猫‥‥」
 猫頭の人物が冠を掲げている場面だ。ここは地下とは言えない場所だと思ったが、どこかと繋がっているのか。
 一行は奥へと進み、そこに古い箱を見つけた。観音開きの箱を開くと、中には‥‥。
「‥‥馬鹿にしてるのかしら‥‥」
 猫招きの像が一体。だが箱の傍の壁にどこかで見た穴を見つけて彼女は立ち止まった。地下迷宮にあった、コインを使って先に進む類の穴だ。
 仕方なく一行は元の道に戻り暗い道をひたすら進んだ結果、途中でアンデッドに襲われたりしつつも領主館の別館の床板を開く事となったのである。


 一方で、別の冒険者達は水路の奥に3箇所の出入り口がある事を発見していた。
 館内中庭と町内、森に繋がっていた事から、かつてここに屯していた盗賊達は自由にあちこち出没できただろうという事が容易に考えられた。中でも森の中に石造りの建物があった事は注意すべき事項だ。だが建物の中は人が住んでいた気配はあったものの、出て行ってから何ヶ月か経っているだろうと結論付けられた。盗賊達は以前、かなり人数を減らされたはずだ。だがその気配が残っていないと言うことは、既にこの地を離れたのだろうか。


 エリアの部屋に侵入した冒険者は、そこで見慣れない女性を見つけた。生きているのかも定かでないほど痩せ細った女。微かに息があると確認し、首に下げているネックレスに目をやった。複数の色の石で作られたものだ。『遺産』だろうか? どちらにせよ、このままでは近いうちに命を落すだろう。既に手遅れかもしれない。背負って逃げ出した彼は、館を出てすぐの所で殺気を感じて飛び退いた。
「やっと現れたか‥‥シャー」
 低い男の声に、自分が未だ人遁で化けたままだと知る。次いで降り注ぐ矢の雨から女を庇うようにして術を唱え、その後はひたすら逃げた。
「死ぬな‥‥死ぬなよ‥‥」
 この女が誰かは分からない。だが生き延びれば、決定的な何かになるかもしれないのだ。


 ここまでが、数ヶ月前の話。


『永遠の愛』と名付けられた薬草。痛みや恐怖を和らげ闘争心を高める効果がある。常用すれば、服用する事で理性を止め闘いに身を置くだけの屈強な狂戦士になる事も出来る。かつてこの薬を常用していた子供達は、暗殺者として暗躍していた。薬というものは、強力であればあるほど副作用も大きいものだ。この薬も、少量であったり他の薬草とブレンドすれば副作用を抑える事が出来るらしい。又、ブレンドする薬によっては、幸福感に包まれる効果もあると言う。だがその場合も理性の働きは弱まる。恋人同士が服用すれば周囲など見えない状態になってしまうだろう。一時でも幸福感を味わいたいと思う者達は多い。その事から流通は留まる事なく広がり、結果、使用方法や量を間違えて事件を起こすケースも頻発した。
 服用を止めても禁断症状に悩む者も多い。再び薬に手を出す者も少なくない。だが最近解毒薬が作られ、その為の薬草を栽培しようという動きも出始めた。栽培地の一つとして選ばれたのが、ラティール薬草園。ここでは常時様々な薬草香草が育てられており、量は多くないが種類は豊富である。その薬草園の敷地を少し広げ、量を増やす計画だ。薬草に詳しい人物は1人しか在留していない為、後日人手を増やす事となった。
 シャトーティエリーの薬草毒草栽培地は焼き討ちに遭い、証拠品が殆ど残っていない有様である。この件でシャトーティエリーを追い詰める算段を立てていた騎士団としては有効な手をひとつ失った事となった。だがボードリエ家と繋がっている事は明白となってきたし、冒険者が持ち帰った薬草もある。それを元に研究が進んだわけだが、騎士団がそこに踏み込んだわけでは無い為、言い逃れは出来そうだ。
 館内のアンデッドも見つける事が出来なかった。あれだけ脱出路があればアンデッドをどこかに隠すのも容易い事だろう。まだ見つかっていない出入り口もあるに違いない。
 結局、騎士団が表からシャトーティエリーを断罪する事は叶っていなかった。最も断罪されれば家を断絶させられ領地没収は充分ありえる。背後にデビルがいるという噂もあるから、そうであるなら尚更だ。
 一方で町は更なる厳戒態勢に入っていた。町内に出入りする者は全員兵士によって身元を確かめられているらしい。もう、全うな手段で内部に侵入する事は難しいだろうと思われた。


「‥‥だったら、地下しかないよねぇ?」
 優雅に紅茶を飲みながら、男が柔らかな笑みを浮かべる。
「‥‥何で堂々と来るんですか」
「この紅茶は実に美味しい。やはりイギリス産が一番だね。君もどう?」
「要りません。デビルから貰った物を飲んだらどこかに連れ去られちゃいます。それより何で私達に接触するんですか」
「騎士や神官にも信念や理想だけではどうにも出来ない事があるように、我々も様々な事情があってね。彼女が遺したものが煩わしい。だから取引するなら指輪をあげる。対価は君達が行動し続ければ間接的に手に入る物だから気にしなくていい」
「魂とか、取ったりしてるんですよね?」
「うん。それも仕事だからね」
「だったら取引なんて出来ません。魂を返して下さい」
「君は、食べてしまった家畜を『可哀想だから生き返らせなさい』と言われたら、どう答える?」
「私達は家畜じゃありません」
「この世は不平等に見えて実に平等に出来ていてね。生きている限り摘み続ける命は絶え間ない。そして何時かは摘まれる」
 呼べば取引には何時でも応じる。けれども残された時間は僅かだよと告げ、男は去っていった。


 そう。
 何ヶ月もの間、誰一人として冒険者は地下迷宮に足を踏み入れる事がなかった。
 だから、今。そこで何が起こっているのかを知る者は、居ない。


「やっと見つけたわ‥‥」
 フードとローブに身を包んだ女が、室内に入って微笑んだ。
「あの男にも逃げられた上にお前にまで逃げられると、色々困るのよ‥‥」
 女は慈愛に満ちた笑みをベッドの方へと向け、袂からダガーを取り出した。
 その刃が、鈍い光を宿す。

●今回の参加者

 ea3502 ユリゼ・ファルアート(30歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 eb0346 デニム・シュタインバーグ(22歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb6702 アーシャ・イクティノス(24歳・♀・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8642 セイル・ファースト(29歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec0290 エルディン・アトワイト(34歳・♂・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国)
 ec0713 シャロン・オブライエン(23歳・♀・パラディン・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

ミフティア・カレンズ(ea0214)/ 円 巴(ea3738)/ シェアト・レフロージュ(ea3869)/ 九烏 飛鳥(ec3984

●リプレイ本文


 デビルが真っ当な手段を用いるはずが無いと、冒険者達は考えていた。アーシャ・イクティノス(eb6702)と接触してきたデビルに関しても同じ事。わざわざ『取引』という言葉を使ってまで何をしたいのか見えてはいないが、彼女はきっぱりデビルの申し出を断った。
「魂が穢れるくらいなら、困難な道を選びます」
 だが、彼らが目的の為に一手しか打たないはずが無い。
「そう言う事‥‥」
 ユリゼ・ファルアート(ea3502)が呟いた。その隣に立つデニム・シュタインバーグ(eb0346)は、幾つものお土産を抱えている。
 さて。何から話すべきか。


 2人は、ラティールに来ていた。
 ミフティアとシェアトが調べた結果から、リシャールはラティール領内に居る可能性が高いようだった。だがフォーノリッヂで見た指輪『人形』はユリゼが貰っている姿だった事から、デビルが彼女に標的を移したとも考えられた。
「僕が必ず護りぬきますから」
 力強くデニムが言い、ユリゼも頷く。2人はまず、バードのジョーヌを連れて薬草園へと向かった。
「リシャールは、何か言っていませんでしたか?」
 容姿など説明の後、彼が来ていた事を確認する。薬草の確認だけして去ったらしい。そしてオノレの家へ。
「言うなれば、彼は薬草園の未来を担う一人です。それに、エミールさんの不在に少しも動じないのは、何かご存知だからではないですか?」
「あの人は、遊び人だからね」
 そう答えた彼だったが、2人の真剣な眼差しに苦笑し、連絡が無いわけではないから繋ぎを取ると言う。
「‥‥居ない?」
 だが。
 その後、白教会を訪ねた3人は、クリステルと会う事が出来なかった。数日前から姿が見えないと言う。連絡も無いし不安だと言う人々を元気付け、更に黒教会へ。しかしそこは、既に廃墟となっていた。


「彬!」
 アリスティド・メシアン(eb3084)の叫びと同時に尾上彬(eb8664)が春花の術を高速詠唱する。それは一瞬の攻防だ。相手の持っていたダガーがホーリーシンボルである事は見て取れたが、一瞬遅れたアリスティドがスリープを唱えようとした瞬間、全ての時が止まった。
「‥‥彬、無事?」
「これは、焦るな‥‥」
 彬が助けた女性が眠るベッドの傍で、彼女にダガーを振りかざしていた者が倒れる。ダガーが女性の上に落ち、その顔に傷を付けた。もしここで新手が来たら、二人には抵抗のしようが無い。6分後、コアギュレイトの効果から逃れた二人は、女性にリカバーポーションを飲ませ、倒れた者のフードを取った。
「‥‥クリステル」
「レティに何て言おうか」
「理由がまだ分からない。‥‥亡き父上の事と関係あるのかな」
 ベッドに寝ている女性の意識がある事は、ポーションを飲ませた時に分かった。テレパシーで呼びかけて口を開けて貰ったのだから。眠るクリステルを彬が縛り、アリスティドが女性にテレパシーで話しかけた。
『私の名はクリステル。占い師です』
『クリステル‥‥。君が閉じ込められていたのを僕の仲間が以前助けたのだけど、それまでの経緯が分かれば』
 教会で献身を尽くされたからか、一時命の危機に晒されていた彼女の容態は落ち着いたらしい。きちんとした答えが返ってきた。
 元々目が見えなかったクリステルは、2年半前まである町に居た。彼女は悪い未来ばかり当てる占い師だったが、その時の災厄を当てなかったとして、デビル扱いされ命を狙われたのだ。冒険者ギルドに供の者が救いを求めたが、折りしも洪水などの被害で忙しい時期。冒険者の助けを得る事が出来ず追っ手に殺されかけたその時、クレリックに助けられた。半年ほどは共に居たのだが、住居を転々とさせられた上に供の者とも離れ離れになり、やがて軟禁されてしまったのだ。その生活は日に日に厳しくなり、食事もまともに与えられず聴力も失い歩く事さえ出来なくなった。彼女は目が見えないから状況を的確には表現できないが、今まで皆が『クリステル』と呼んでいた者、倒れている彼女がこのクリステルを助け、利用して名を名乗っているのだろう。
 正体を隠す為に。
 だが、何故?
「エリアの部屋に軟禁する事で、エリアが『居るかも知れない』と思い込ませたか‥‥」
「彼女の所にはローランも出入りしていたみたいだ。薔薇の香りがした、と」
「‥‥本人に、色々訊く必要があるな‥‥」
 そして2人は、床で眠る『クリステル』を見下ろした。


 アーシャ・イクティノス(eb6702)は、ラティール領がかつて所持していた別邸にあった鍵穴の、絵を見ていた。だが手持ちの遺産に合う形のものは無いようだ。オノレもシャトーティエリーで今は管理していると伝えてきていたし、シャトーティルユ家所持の遺産はまだ手に入れていない。
 別邸に行く事を諦め、彼女は逃亡したセザールと2人組を探す為、長らく行っていない地下迷宮に下りる準備を始めた。
 そこへ、アリスティドからテレパシーが送られる。エリザベートやリリアと寝ている女性を面会させようとしていたエルディン・アトワイト(ec0290)も、教会へ急いだ。
「私はね、貴方達が人の頭から簡単に記憶を盗み出す事を、いつも苦苦しく思っていたのよ」
 起こしたクリステルにリシーブメモリーを掛けたが読み取る事は出来なかった。
「事を起こした理由としては説得力がありませんね」
 エルディンは彼女と対峙してその立場を見極めようとした事がある。アーシャが色々言おうと口を開きかけたが、エルディンに止められた。
「僕は‥‥ローランが裏で糸を引いているんだろうと思っていた。その為にエリザベートを利用しているとも。だが彼は主人を助けに塔に行って、それから行方知れずだ。君がローランと繋がっているのは分かっている。でも、何故? 父上が絡んでいるのかな」
「‥‥そう。ローランは選んだのね」
「シャトーティエリーの領主館から本物のクリステルを助け出したら、あんたの立場が悪くなる。だから自ら始末しに来た‥‥そんなもの手下にでも任せれば良かったんじゃないか?」
「‥‥そう言えば、セザールが逃亡した際に貴方の父上の名を2人組が使いました。セザールはローランと繋がっていた。その2人組の片方は貴女ですね?」
「ローランみたいに、部下がいっぱい居たりしなかったんですか?」
 4人に囲まれて問われ、『クリステル』は笑う。
「貴女の本当の名、教えてください」
「ジブリル・フォーノット」
「ここにレティが居ればな‥‥」
 小さく彬が呟いたが、彼女と懇意にしていたレティシア・シャンテヒルト(ea6215)がここに居たとしても、状況は変わらなかっただろう。
「ローランは自らの主人の為。私は私の主人の為。ただ、その為に動いているだけよ」
「貴女の主人とは‥‥」
「ローランが自らの主人を愛したように、私も愛する人の為に生きる。恋は盲目と言うけれども、これほど幸せな事は無いわ。私はもう充分天上の神に尽くした。私にとっての地上の神はローラン。あの人は迷っていたわ。妹を巻き込む事、自らの愛した場所を巻き込む事。だから私はあの人の手の1本になろうとしただけよ。セザールも生きていて貰ったら困るの。だから殺しに行った」
「神職者でありながら、何と言う事を」
「貴方も何時か分かるわ、黒の神父」
「でもセザールは刑に処せられる頃だったんですよ? 放っておいても‥‥大丈夫だったかもしれません。クリステルさんを庇うわけじゃないですけど」
「貴女達が助命すべく動いていたでしょう? でも‥‥もう、ローランは居ない」
「死んだのか?」
「彼の主人を助けに行ったのに私に連絡が無いと言う事は、彼の主人はもうこの地上に居ないのよ。彼は身代わりになってでも彼女を救いたかったでしょう。私も同じ。だから彼は、もうこの件から手を引いているわ」
「えっと‥‥だったら、私達がもう動かなくても、3領地は無事って事‥‥?」
 アーシャが救いを求めるように皆を見回した。だが彬が首を振る。
「いや‥‥シャトーティエリーは別じゃないのか? ローランとデビルから解放されたなら、もう少し友好的になっても可笑しくないと思う」
「デビルに唆されて動いているにしては‥‥守りに入り過ぎているような気がするよ」
「ミシェル殿に会いに行きますか?」
「ローランやデビルが居なくなった事を知らないのかもしれない」
「急いだほうがいいわよ」
 ジブリルが、優しいとも取れる声で囁いた。
「全てが手遅れになる前にね」


 山側から洞窟内に入ったレティシアは、お供のブルーンと猫の絵が描かれてある場所の鳥居を抜けて奥へと進んだ。
 以前、デビルロード内で摘んだ花を薬草師に見せたが死なせてしまった事からその治療を依頼に行ったのだが、彼は既に土の中に埋められていた。花は既に焼却処分されており、レティシアは墓に向かって祈りを捧げる。どこからか嘲笑が聞こえる気がした。
 リリアは、エミールの潜伏先候補は沢山あって把握しきれないと言う。レスローシェに行きテレパシーでエミールやシャー宛てに呼びかけたが、それも反応は無かった。途中でアーシャが合流し、そして今に至る。
「‥‥使えない」
 アリスティドから貰ったドヴェルグの黄金を使ってメダルで開く壁を通り抜けようとしたが、壁に穴は開かなかった。石造りではないという事か。
「あの猫の絵なんだがな」
 突然ブルーンが声を掛けた。
「あの実物、見た事あるぞ」
「実物?」
「ワーリンクス」
「そんな事より、先に‥‥」
 レティシアの視界に、招き猫像が入った。観音開きの箱から落ちそうになっている。仕方なく元に戻そうと手に取った瞬間、その首がぼとと落ちた。
「‥‥」
「レティシアさん‥‥」
 黙ってそのまま首を乗せようとした彼女は、猫の中に一瞬の輝きを見つける。
「‥‥あった‥‥」
 中からペンダントを取り出し、その煌きをランタンの光に映し出した。
「どうしましょう? コインありますけど、先、行きます?」
「えぇ、勿論」


 セイル・ファースト(eb8642)とシャロン・オブライエン(ec0713)はドーマン領に来ていた。
「鍵も揃ってないし、まだ早い気はするんだが‥‥ほっておくわけにもいかんしな」
 ドーマン領主に面会を求めたものの、彼は不在である。デビルロードの入り口もある領内だ。不安も広がっているだろうに主が居ないという現状に眉を顰める。伝令役のシフール兄弟は砦との往復をしているらしく会う事が出来たので、地下迷宮の道を開ける許可を求めた所、冒険者達を信頼しているからと頷かれた。
 最近地下迷宮に出入りしている者が居るという情報は無かった。ドーマンに多く出入りしているのは騎士団や神聖騎士団の者達。シメオンを見かけたという話は聞いたが、最近は来ていないらしい。
「そこ、降りるの?」
 岩をどかしていると、不意に声を掛けられた。
「お前は‥‥」
「ルージュ」
 そう名乗ったが、その顔にセイルは覚えがある。一緒に行くというので、3人で地下へと降りた。数人付いて来てくれた兵士には見張りをしていて貰う。
「まさしく迷宮だな」
 たいまつを掲げたセイルより奥を見ながら、シャロンが呟いた。以前よりも穴が増えている気もする。
 そうして3人は、じっくり日数を掛けて地下迷宮内を探索した。時折オークに会ったが彼らの敵ではなく、それよりも迷子にならないかが問題である。しかも、途中には何箇所も罠が仕掛けてあった。
「最悪の迷宮だな」
「穴掘った連中も遭難しているかもな」
 罠に嵌って怪我をしたシャロンがぼやく。ドーマンの民は出入りした者は居ないと言った。だが確実に中は変化している。他に抜け道があるはずだと、皆は慎重に迷宮内を行き来した。
 4個の鍵で開く扉の周辺は変化が無いが、その奥がどうなっているかは分からない。種族限定の扉の向こう側も、別の場所から穴が掘られているようだった。勿論それらの奥には何も残されていない。
「‥‥変な所に出たな‥‥」
 新たに見つけた出入り口は幾つかあった。外も探索し位置を確認しようとしたが、1箇所は特定できない。
 解除出来る罠は解除し、3人は苦労しつつも元の場所へと帰った。


「リック。やっぱりエミールさんと居たんだね‥‥」
 デニムとユリゼは、ラティール領端に来ていた。何度か場所を変えた末に行った家には地下があり、
「兄貴、連絡しなくて悪かった」
 そこにエミールとリシャールが居た。
「一人で無茶はしないと信じてたから」
「これ」
 ユリゼが解毒剤を手渡すと、背後でゆらりと何かが動く。身構えたデニムだったが、そこには男が一人立っていた。
「お前達は知らなかったっけか。元傭兵のシャーだ。兄貴の所を逃げ出してレスローシェに潜んでた所で会った。俺達にとっては‥‥因縁の再会とも言えるな」
「どういう事?」
「地下帝国がハーフエルフ至上主義だった事は知ってたか。だが地下帝国があった場所には、それより古くから猫頭の人が描かれた絵があった。それを同時に信仰の対象として崇めた奴らの末裔が、このシャーと、妖虎盗賊団の長を育てた奴だ。そいつは知ってたんだ。シャーと長が何者なのか」
「育てた理由があったんですね」
 2人は詳しい経緯を全く知らないが、仲間に伝える為にその話を真剣に聞く。
「そいつは盗賊団を大きくし、帝国を復活させる事を望んでいた」
 だがティーグルはシャーが跡継ぎとなる事に反発し、育て親を殺して出て行った。そこから盗賊団と傭兵団の戦いが始まり、盗賊団は3領地をもその戦いに巻き込んだ。ティーグルの望みも地下帝国の再興であり、自分がその頂点に立つ事である。それとは別に『麗しの方』は地下迷宮を掘り進めていたはずだったのだが、その目的は彼らと一致するのだろうか。
「シャーさんが狙われないようにする為に、行方を晦ましてたの?」
「いや違う。『ただ一人の汝に出来る事は、決して多くないと知れ』だ。あいつを死なせてたまるか」
 そして彼は2人に箱を渡した。中からは様々な物が出てくる。かつてこの件に関わった者にも渡してくれと言い、物によっては渡す人を指定して告げた。彼個人の思いも入っているのだろう。最後にユリゼには金の指輪を渡す。
「これ‥‥『遺産』なの?」
「デビルがくれると言うんでな」
「はい?」
「地下はお前達冒険者に任せた。俺は地上を何とかする」
「伝えます」
 そしてデニムはリシャールを見た。彼はここに残るだろう。血の繋がった親戚を、自分の居場所を守る為に。
「僕はいつでもリックの兄で家族だから。君を守る為に、『家』の皆を守る為に、僕に出来る事は何でもするよ。だから」
 その言葉に、リシャールは頷いた。
「ミシェルを助ける、最大の方法を見つけたい」


 レティシアのテレパシーが遠く、吸い込まれるように飛んでいく。
『仲間の命を助けられた。今度は‥‥』
 月の光が刹那瞬くように、その声は細く長く染み渡る。
『貴方の力に、ならせていただけませんか‥‥?』