刹那の命、永遠の魂3〜人形工房〜
|
■シリーズシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:10月31日〜11月05日
リプレイ公開日:2007年11月08日
|
●オープニング
古い屋敷の奥底で、ガルドと3人の女性は見つかった。
2人は物言わぬ姿で教会に運ばれ、ガルドが作っていた『人形』と共に清められ埋葬された。身元が分からず、しばらく家族が見つからなかったが、彼らに知らされた後も詳しい事情が伝えられる事は無かった。かろうじて生き残った1人の女性は、教会で手当てを受けた。だが、『悪魔の所業があった場所で長い間過ごした者』として、異変があってはいけないのでしばらく保護される事になった。
ガルドは黒の教会に閉じ込められた。
教会の者達は、『例え操られていたにしても、それを招いた心の弱さが原因だから極刑を免れる事は出来ないだろう』と彼に告げた。だが、彼は特に興味無さそうに薄く笑うだけだった。
教会としても、すぐに彼を裁判に掛けて極刑に処すわけには行かなかった。ガルドに伝えた事は脅しだけでは無い。実際に彼が行った行為は悪魔の所業であり、断じて赦されるものではなかった。例えそれが、背後に居るであろう女に命じられた事であってもだ。だが、その女の居場所も正体も分からない今、ガルドを死なせるわけには行かない。
そこで拷問が行われる事になった。脚が少々不自由らしいが元兵士である。体は丈夫に出来ているだろうから、多少の事で死ぬ事は無いだろう。だが彼らはしばらく気付かなかったが、優秀な兵士というものは、往々にして精神も強靭に出来ているものである。なかなか彼らが望む情報を手にする事は出来なかった。
それでも、人の心を忘れずに神の教えを忠実に守っていると自負するその教会では、傷つけては魔法で癒し又傷つけるとか、死なせても生き返らせれば良いとか、そういう考えには及ばなかった。最も、そんな事に魔法を使っていれば、いつか神の怒りを買う事になるだろう。むしろいっその事、悪魔崇拝者である事が明確に分かれば遠慮はしないのだがと彼らは嘆く。
ガルドには、悪魔崇拝者である、という確かな証拠が無かった。屋敷で行っていた所業は人の心を持つ者のする事とは思えない。だが、それまでの彼の言動は、人形に深い情を抱いているものの、決して人を害するようなものではなかった。勿論悪魔に操られれば幾らでも人は変わる。しかし、彼は自分の意思で女について行った。
ガルドは告げた。
工房に女はやって来た。世にも美しい人形が欲しいと言って。それを作れと。材料は屋敷にあると。
女に連れられて行った屋敷の中には、高級な布材が重ねられ、人形を飾る為の宝石なども置いてあった。そして女が3人座っていた。美しい女達だったが、それも材料だと依頼人は告げた。ガルドはそのまま屋敷の中で、作成を始めた。
淡々と話す中に、彼の感情は見えて来ない。それ以外でも、自分の感情は一切述べなかった。
冒険者達は、彼が居る教会へと度々足を運んだ。
様々な質問もした。工房に行った過程も、ガルドが冒険者に話した事だった。
イレーヌの事は何とも思っていないのか。彼女に伝えたい事は無いのか。彼女の切なる思いに答えないのか。そんな質問もされた。だがガルドは告げる。
「彼女はただの幼馴染だ。別に何の感情も持っていない」
では、工房に居たレイスの事は? と誰かが尋ねた。
「時々出て来たアンデッドの事か。別に害は無いから放っておいた」
知り合いでは無いのかと尋ねられたが、ガルドは知らないと答える。
「じゃあ、貴方にとって人形って何ですか? 誰しも、産まれる所を選んだりは出来ません。私だってそうです。でも貴方にとって、人というのは人形と同じだけの価値すら無い存在なのですか?!」
人形は生きている。ガルドはずっとそれを言い続けていた。彼が人形を作る事になったきっかけ、過去の話も聞く事が出来た。だがそれでも、彼が行った事に納得出来るはずも無い。
「なぁ‥‥。いつか、楽園に着けるように。その人形を持っていた子供が、人形と共に楽園にたどり着けるように。そう想って人形を作っていたのかと‥‥あんたの話を聞いていて思ったんだ。あの工房にあった、貰ったという人形。あれはもしかして全部‥‥死んだ子供が持っていた物じゃないのか?」
ガルドが教会に捕らわれて、半月が経とうとしていた。暇があると通っていた冒険者も、ガルドの言動を自分なりに理解したくて言葉にした。
だが、それらの全てに彼が答える事は無かった。
暗い、雨が降っていた。
灰色の空さえも見えないその部屋で、ガルドは音だけを聞いていた。
彼の体は、最早容易に1人で動けない程になっていた。全身の痛みを感じながら、彼は知らず呻く。
「‥‥今日も来たか」
だが、そこに冒険者が入ってきた。勿論教会の者も付き添っている。それを視界に居れず、ガルドは囁くように告げた。
「‥‥神官には席を外して貰えないか」
目を剥き怒る神官に、大丈夫だから部屋の外で待って欲しいと冒険者は頼む。渋々それに神官は従った。自分達では手に入れる事が出来なかった情報を、冒険者達が引き出したのは確かだ。それでも肝心の情報はまだだが。
「‥‥俺がここに居るのは‥‥もう長くない。お前に伝えておきたい事がある」
そして彼は静かに告げる。
女が、新しい材料を欲しているであろう事を。
それは金の髪と緑の双眸を持つ、若くて美しい女。肌は白く、手足はすらりと長くなければならない。
それ単体でも美しく、更に他と重ね合わせる事でより一層、完成度が増すような凄みのある美しさを。
女は求めた。
つまりこういう事だ。
それに該当する女性を複数、黒髪の女が捕らえようとしている。或いは既に捕らえている。
「‥‥探せばいいんだな?」
冒険者の問いには、ガルドは答えなかった。そして呟く。
「俺は、伝えただけだ」
その日の晩。
ガルドは姿を消した。
●リプレイ本文
その姿は、まさに妖艶。
全身を黒く染めているにも関わらず、七色の光を帯びているようにも見える。
そして。
●
「さっすがブリジットお姉さん。化粧上手いね。こう‥‥滲み出る品? みたいなのが見えるような」
「いえ‥‥お2人の肌の状態が良いからだと思います」
「あぁ〜。素材がいいのね?」
『素材』という言葉に、発言したアフィマ・クレス(ea5242)以外は一瞬固まった。
「あ‥‥ごめん」
人間から作り上げる人形。その新しい素材となる女性の条件を満たす人を探さなければならない。が、ブリジット・ラ・フォンテーヌ(ec2838)はせっせと目の前に座っている男性2人に化粧を施している。『海の儚き泡』まで持参だ。
「俺は人遁の術を使うから‥‥化粧は要らないんじゃないかな‥‥」
その片割れ、尾上彬(eb8664)がぼやく。その隣で同じように変身させられているアリスティド・メシアン(eb3084)がくすりと笑った。
「まぁ‥‥術が解けた時の保険と思えば」
「解けたら変態決定じゃないかな‥‥」
「すみません。動かれると化粧がおかしくなってしまいますので‥‥」
「‥‥まさに、まな板の上の鯉、って奴か」
「あ。あたしは目に力を入れたいな。ジプシーの道芸化粧じゃちょっと濃すぎるから」
「‥‥アフィマさん、目の端はこう‥‥」
「ふんふん」
レティシア・シャンテヒルト(ea6215)が持ってきた香り袋や泡も転がるその部屋に、パール・エスタナトレーヒ(eb5314)とレティシアが入って来る。
「わ〜‥‥お2人とも‥‥ビジョっぽい仕上がりで素敵ですよ」
「‥‥その間が全てを物語ってるね」
「そ、そんな事ありませんよ〜?」
「じゃあ、私が女性らしい振る舞いと歩き方を教えるわね。ちゃんと付いてきてよ?」
レティシアが腰に手を当てて立ち、2人の男にそう告げた。
●
アフィマ以外に男性2人が化粧と女装をしているのには理由がある。それは『囮』。金の髪と緑の瞳を持つアフィマが絶好の囮と思えたが、数は多いほうがいい。誰に敵が引っかかるか分からないし、自分達に敵の目を引き付ける事で他の狙われると思われる人を助けたい。
そんなわけで、彼らは幾つかの手を打った。
まず、ファンタズムでレティシアが黒髪女の姿を作り、それをブリジットが絵にする。実際にどこまで似ているのかは分からないが、見た事がある人には分かるかもしれない。
次にレティシア、アフィマ、パール、ブリジットが向かったのは、ガルドが捕らわれていた黒の教会だ。ガルドを逃がした責任は勿論の事、今回の事件の責任の一端は教会にあると間接的にレティシアは告げる。しかし、出入りしていた冒険者が手引きしたのではないかと逆に食って掛かられた。黒の神官であるパールが宥めて、ようやく相手も落ち着いたようだったが‥‥そう簡単に険悪な雰囲気が消えるものでもなかった。
結局、パールが話を進めたほうが事が収まるだろうと、レティシアの代わりにパールが話を進めて行く。
ガルドが消えたのはほんの2日前の事。その日の夜は確かに雨が降っていて‥‥。だが見張りは立っていたし、逃げるのに魔法を使ったとしか思えない事。
「天候も魔法で敵が操作していたですかね‥‥」
パールが呟くと、神官は大げさに溜息をついた。
ともあれ、皆は衛視への協力要請の書状を頼んだが、管轄は騎士団だと断られる。仕方なく次に、ガルドが居た館で過去に起こった事件の概要とその顛末、子供達のその後と領主の財産などまで資料調査を頼んでみた。しかし‥‥。
「『そもそも、取り潰した家の財産などは重要な機密事項。幾ら黒の神官がいるからと言っても自分達の一存で教える事が出来るものではない』か‥‥。教会っていろいろ面倒なのね」
「まぁ仕方ないですよ〜」
ガルドと館の財産が結びついている、とはさすがにこじ付けが過ぎるだろう。又、教会の書物室に入れる者も限られている。自分達で調べさせて下さいと言っても無理な話だ。
「そうね‥‥。詩人ギルドだって‥‥誰でも奥まで入れるわけもないし」
それでも幾つか教えてもらえた。公式文書では、家の子供達も彼らの父親である館の主人も皆、刑に処されている。つまり生きてはいない。その理由も老女から聞いた話と大差なかった。だがその原因を作った夫人が塔に閉じ込められて飛び降りたというのもおかしな話だ。何故彼女が刑に処されなかったのか。その理由は書かれていない。当然、別荘などもあったが‥‥今は他の持ち主の手に渡っているらしい。では何故彼らが住んでいた館だけがそのまま放置されていたのか。塔にいたアンデッドの存在を誰も知らなかったと言うのか。
「‥‥スズカお姉さんとアイシャお姉さんが‥‥何か掴めるといいんだけど」
ぽつりとアフィマが漏らし、館のある方向を見つめた。
●
黒の教会に行った4人は、実はその前に白の教会にも行っていた。館で保護された者と埋葬された者が居る場所だ。
まず様子を尋ね、冥福を祈り、彼女達の家族と話が出来ないか尋ねた。家族はかなり消沈しているらしく、まだ無理である事を司祭は告げる。だが、保護された娘の家族からは話を聞く事が出来た。娘は市場へ買い物に行く途中に攫われた。だが本人もよく分かっていないらしい。気付いたら屋敷に居て‥‥そして黒髪の女とガルドに会った。始めは1階の部屋に居たが、やがてガルドが用意された素材だけで最高の人形が作れないと分かると、女は彼女達を地下へ閉じ込めた。
娘の無事を感謝する家族は、司祭に掛け合って全員分の銀のスプーンを用意していた。祈りの篭められた‥‥彼らの無事を祈る物だ。
有難く受け取った4人は、出発の準備をしていたスズカ・アークライト(eb8113)とアイシャ・オルテンシア(ec2418)に急いでそれを手渡した。館探索に行くのは、今回この2人だけだ。危険なのは承知の上。だからこそ皆でスプーンを握り、無事を祈る。
アリスティドは館組と共に館に向かい、畑でのんびりしている老女に会った。2人を紹介し非礼を詫びた上で、黒髪の女や工房にあった肖像画を見せる。
「宜しければ‥‥ご一家の家名とお名前を教えていただけませんか」
だが老女は笑った。絵の女や子供は知らない。娘や孫の容姿はもう‥‥あまり思い出せないのだと。思い出すのがつらくて忘れてしまったのだと。
老女に別れを告げ、アリスティドはベゾムに跨って黒の教会へ向かった。ガルドが居た部屋。そこをパーストで見る為に。
彬は『華麗なる蝶パリ亭』に来ていた。愛らしいメイド服を着た女性達に案内されて、くねくねした動きの店長と面会する。
「頼む。騙されたと思って、明日から美女を募集して貰えないかい?」
シャトーティルユ家に仕える者である事を獅子のマント留めを見せて納得してもらい、事情を説明した。彼は、臨時でいいからここで働かないかと彬に持ちかけたが、時間がないからと頭を下げて詫びる。その代わり精一杯宣伝するからと言う事で、『蝶亭の収穫祭娘の選出』という表向きの理由で美女を集めてもらう事となった。彼女達が集まったら一旦教会に避難してもらう予定だが、自分では出てこない美女も居るだろう。何事も完璧な策などは無い。その辺りは。
「俺達が‥‥頑張るしかない、か」
そういう事だ。
●
「アイシャさん! 後ろへ!」
スズカが叫び剣を構えた。鈍い赤の光を出している女のアンデッドが突如襲い掛かってきたのだ。
「そんな‥‥どうして?」
近付いても彼女は反応しなかった。だから尋ねたのだ。何故ここに居るのか、黒髪の女とガルドの事を知らないか。そして子供の事を。
「攻撃できないなら‥‥逃げて!」
「逃げません!」
聞こえないはずの声が、悲しい音となって降ってくるようだった。ブリジットに借りた剣を振ると、辺りに落ちていた何かの割れた破片や壊れた椅子が不意に浮かび上がる。そして、2人目掛けて勢い良く襲い掛かった。振り払い、叩き落し、それでも幾つもの破片を身に受けながら2人は戦う。
「貴女のお母さん、ずっと近くで貴女を見てるのよ。言いたい事は‥‥無いの? いつまでもこんな所で! 何を待ってるの!」
スズカの剣が鋭く女の霊を切り裂いた。耳の奥に残りそうな音を残し‥‥女は消え去った。
「‥‥もしかして」
アイシャは、彼女の姿を思う。はっきりとは見えなかったが‥‥首に何かを巻いていなかったか。彼女の母親は自らの耳を切り落とし、彼女は。
「粉々になってるけど‥‥これ、ペン先ね」
何本分かのペンが砕かれて落ちている。そうだ。女が黙って何も言わなかったのは。言わなかったのでは無く、言えなかったのでは無いか。生前の記憶に縛られて。
井戸の奥は狭くひんやりしていた。
この屋敷で死体が見つかった事から兵士か誰かが居ると思っていた2人だったが、やはりこの館には誰も居ない。ぐるりと一回りしてから探索出来なかった井戸の奥へと這いながら進んでいた。ロープとナイフを組み合わせ、投げて先の様子を窺いながらメイフェに灯り代わりになって貰う。意外と長い距離を這って進んだが、角はほとんど無かった。
「‥‥少し‥‥息がつらくない?」
奥に行くに従って、床が濡れ始める。それも越えて行くと、ようやく立てるだけの空間に出た。が。
「‥‥これ、は‥‥」
2人は呆然とした。中央に小さな水溜りがある。深さは分からないが立っている床も濡れている。その濃緑の水の周りには‥‥無数の細かい骨が転がっていた。肉のついている骨はひとつも無い。だが白というよりも緑に近い色に変色している。天井を見上げると、扉のようなものが見えた。天井までの高さは3mほど。
「この水‥‥毒です‥‥きっと」
「解毒剤持ってきたわ。後で飲みましょう」
変色して細かく千切れた布を見ながらスズカは小さく息を吐いた。
この時の2人には分からなかったが、後から黒の教会で聞いた話を知り納得する事になる。何故、この屋敷は誰にも譲られることが無かったのか。それは簡単な話だ。ここを呪われし館にしたのは‥‥この場所を毒の池にし、ここに人々を放り込んだのは‥‥。
●
パリ組は、昼は情報収集、夜は囮作戦を始めた。
皆は、敢えて目立つ場所、人が多い場所で『素材候補』の特徴を持つ人が居ないか積極的に聞き込みをする。
「それでね‥‥えぇ‥‥そうなの」
普段より2、3歳は年上に見える格好のアフィマが、いつもの5割増しで色気を出して話をしようとして‥‥皆にじろじろ見られていた。
「ねぇっ、あたしの化粧おかしい? 服おかしい? それとも何?!」
「‥‥しん‥‥」
「酷い! レティシアさんだって同じ『ちびっ子仲間』なのに!」
ともあれ、アフィマと男2人が交替で囮役として街に1人で繰り出す。それを他の皆が後を尾けつつ敵の出現を待つ‥‥というなかなか根競べな作業が始まった。
「‥‥すー‥‥」
「ブリジットさぁ〜ん。寝てますよ〜」
「はっ! も、申し訳ありません。連日の夜更かしでつい‥‥」
規則正しい生活習慣のブリジットにとって、連日夜中に起きているというのはなかなかつらいものらしい。すぐさま自分の荷物から眠気覚ましの粉を出していた。
彬の人遁は、本人が「美人さんだな」と呟くくらいによく出来ている。レティシアから教わった動きを武器に、声音を使って高い声を出していた。酒場を練り歩いてみたり、わざと人通りの無い道を通っては素行の良くない青年達に絡まれたりしつつ(彼らは速やかに撃退した)、なかなか敵の影は見えて来ない。
そんな合間を縫って、アフィマは無くなった人形‥‥恐らくガルドが持っていったであろう物を探していた。だがその人形について詳しい事を知っている者はいない。イレーヌでさえ分からなかったくらいだ。ただ‥‥アフィマを除いた皆には覚えがある。人形。あの館にただ1体だけ存在していた動く人形。あれは‥‥何処へ行ったのだろうか?
ブリジットが衛視のほうに女性の発見と保護協力を頼んだ為、パリ内では通常よりも衛視の数が増えていた。あまり多いと敵は現れないかもしれないが‥‥むしろその事で諦めてくれたほうが助かる。
そして、4日目の夜が来た。
●
アリスティドは裾まで広がる女物の服を着てしずしず歩いていた。頭からヴェールを被っているが月の光に照らされて僅かに金に輝く。そんな彼の服の中に入って、首だけ背中から出して様子を窺っているのは‥‥パールだ。ヴェールと服に隠れて頭も外からは見えないが、彼女の役割は。
「あの‥‥ちょっとお尋ねしたい事が」
女装者の女声役である。成程、そうして見ると、エルフ女性にしては背が高いが‥‥なかなか魅惑的だ。
「何だい?」
「実は、金の髪と緑の瞳の女性を『華麗なる薔薇亭』が募集していると聞いて‥‥何処にあるか‥‥ご存知ではないですか?」
「知ってるよ。ついて来な」
2人(と1人)は繁華街を出て歩いていく。
その刹那、不意に男が振り返ると同時に、近くから女性の悲鳴が聞こえた。
「ここは任せた」
素早く彬が悲鳴の方向へと近付く。アフィマも慌てて後を追った。残ったブリジットとレティシアが見守る中、男はゆっくりとナイフを取り出す。驚いた風なアリスティドの後ろに素早く回り、男はその首元を押さえようとして‥‥。
「むぎゅ」
パールを挟む。さすがに背中から声がしたので驚いた男が一瞬力を緩めた隙に、パールがビカムワースを一瞬で唱えた。悲鳴を上げた男に向かって、ブリジットが聖剣片手に駆け寄る。
レティシアは場を離れた彬に向かってテレパシーで話しかけた。彬のほうも女性にナイフを向けていた男を捕らえる事が出来たらしい。ほっと胸を撫で下ろしたその時。
「綺麗な水晶ね」
背後から声がした。振り返って‥‥そしてレティシアは後悔する。身の毛もよだつ程の美貌と気配に声さえ出ない。女は彼女のペンダントを手に取り、軽く引っ張った。それだけで鎖が切れて女の手の内に落ちる。
「‥‥あら、そんな無粋な物をつけているのね‥‥」
動けないレティシアの手をそっと取り、女はしげしげとその指を見つめた。それは1つの指輪。中で‥‥蝶が存在を誇示するかのように揺れている様に、彼女は目を逸らした。
「次に会った時も嵌めていたら‥‥今度は、この指ごと貰って行くわね」
やんわりと言って、女はその頬に触れ‥‥そして離れる。その姿は‥‥たちまち闇に溶けた。
『レティシア?』
遮っていた何かが消えたように、アリスティドのテレパシーが頭に届く。
『‥‥力‥‥抜けた‥‥』
座り込みながらそれへ返し、彼女は目を閉じた。
●
捕らえた男達を尋問し、彼らが女の館まで知っている事が分かった。今までに既に2人の女性を見つけているらしいが、まだその館までは運んでいないらしい。他にも仲間が居る事を聞き、皆は女性たちを助けるべく、休む間もなく動き始めた。