刹那の命、永遠の魂4〜人形工房〜

■シリーズシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 56 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月01日〜12月08日

リプレイ公開日:2008年01月09日

●オープニング


「そう‥‥。また、邪魔されたの」
 女は含みを持たせた笑いを見せながら、声音だけは穏やかに男達を見つめた。
 華やかな部屋だった。この季節に咲くありとあらゆる花を器に入れて飾り、細かい装飾が施された浅い器には宝石が転がっている。水の中に沈むそれが蝋燭の光を反射して暗く輝くその上に、実に見事な鳥籠が吊るされていた。女の位置からは中の様子は窺えないが、女から離れた場所で控えている男達には、籠の中で美しく鳴く鳥が見える。
 女は傍の椅子にゆったりと腰かけた。この辺りで見かける事のない材料と細工の椅子だ。足首まで置ける美しい曲線を描く椅子に座れば、男達は彼女から視線を外せなくなる。その色香に1度惑わされれば、最早逃げる事は適わない。頭上に浮かぶ鳥籠に閉じ込められた、鳥のように。
「私は気が長いから‥‥幾らでも待つわよ。急かして2流の出来になるよりも‥‥年月を経た貴腐ワインのように、美しく濃厚に香るほうが良いわね。初々しさを求める者も多いけれど、じっくり待って熟れた果実を食べるほうが‥‥美味しいでしょう?」
 女は手の平で小さな指輪を転がしている。それを片方の手で摘んで顔の位置まで上げ、微笑んだ。
「程度は重ねるほうが凄みを増す‥‥。ただ美しいだけの物よりも、味わいが欲しいわ。‥‥でも、この石は駄目ね。死んでいる」
 その指輪には澄んだ翠色の石が嵌められていた。中に蝶の絵が刻み込まれているが、それを自分の指にするりと入れる。たちまち蝶が激しく羽を揺らし始める様を楽しそうな表情で見つめると、女はそれを外して宝石が沈む器へ放り込んだ。
「貴方達は、生きた物を使って造った物の事。どう思うの? それは生きているもの? それとも死んでいるものかしら」
 視線を受けて、1人の男が擦れた声を出す。
「わ‥‥わたしは、生きていると思います‥‥」
「そう。では、生きている内に狼の皮を剥いでマントを作ったら、それも生きているのかしら」
「そ‥‥それは‥‥」
「生きている内に造るほうが、毛並みは美しいと言うわね。ではズゥンビはどうかしら。より新しく美しい死体のほうが、素早く動けると思う?」
 そのような問いには、さすがに男達も答えられなかった。だが女は楽しそうに笑うだけだ。
「私が作りたいのは、美しい死体。今にも動きそうな人形よ。至高の存在は唯一無比で良いと思うけれども、脇を固める物は多くても構わないでしょう。『美しい人形』。‥‥美しきズゥンビ。ふふ‥‥動くかしら。『人形』は」
 その独白にも、やはり誰も応じる事は出来ない。あらゆる『部品』を集めて作り上げた『人形』が動くかなんて、正直想像もしたくなかった。
「‥‥ガルドを呼んできて貰える? 『人形』に、私の『羽』を飾ってみたいの」


 冒険者達が無事パリ内の美女を救った一方で、近隣の村一番の美女が何人か攫われたという情報が冒険者ギルドに入った。
 パリで美女を攫おうとしていた男達から聞いた複数の家や廃屋を、冒険者達は隈なく探し回って次々と攫われた女性達と犯人達を捕らえる。その働きは、パリや近郊の村から表彰されても良いくらいだったが、暢気にそんな物を貰って英雄扱いされている場合では無い事を、冒険者達が一番よく分かっていた。
 捕らえた男達の話から、ガルドが間違いなく彼らの元へ戻った事は分かった。そして、どうしても見つからない近隣の美女が3人居る事も。一刻の猶予もならない。時間をかけては、前のように犠牲者が出るのは確実。むしろもう出ているかもしれないが、犠牲は限りなく最小限に留めたい。
「その娘さんたちが居なくなって、7日。ガルドが居なくなってからは1ヶ月弱。何故‥‥彼は戻ったのか」
 ガルドが居なくなった時の事をパーストで以前見た時、間違いなく彼は一人で歩いて外へ出て行っていた。ただし、壁に開いた穴を通って。それが魔法である事は分かる。穴の開いた跡などどこにも無い壁を見れば。だが迎えが来たから、逃げられないから、彼は戻って行ったのだろうか。それとも。
「デビルが関与しているのは‥‥間違いないよね。そのデビルに魅了されたのかな?」
「最初の潜伏地は、何故あの館だったのでしょう」
 それも分かっていない事だ。ガルドは館と一切関わりが無かった。イレーヌも館の事は何も知らなかった。ただ分かったのは、あの屋敷では多くの人間が殺されたのだ、という事。ハーフエルフを産んだばかりに、屋敷の主人と子供達は刑に処され、奥方は。
「塔から本当に飛び降りたのでしょうか。首に布を巻いていましたし、アンデッドだからと言うのもあるかもしれませんが、一言も喋らなかった。あの場所には沢山のペン先も落ちていました。奥様は、故意に‥‥喉を潰されたような気がしてならないんです。地下のあれも見ましたから‥‥」
「あれは酷かったわね。屋敷内に戻って、地図から位置を割り出したのよ。そしたら‥‥床が2重になっててね。下の床に扉があるわけ。頑丈な鉄の扉だったから、毒が洩れたりは‥‥でもそうね。少しは洩れていたのかも。だから誰もあの屋敷に住まなかった。人が住める状態じゃなかったのよ。長い間」
 屋敷の探索に行った2人は皆に告げた。毒で死に、骨も腐らされて弱って溶けて行ったのだろう。着ていたであろう服もほとんど残っていないような場所に、どれだけの人が放り込まれたのか。そしてそれは、あくまで推測でしか無いけれども、屋敷で働いていた使用人達だったのではないか。
「まさか‥‥教会が?」
「屋敷の主人達がとんでもない悪人で、自分の使用人達や客を放り込んでいた可能性が無いわけじゃない。だから教会が踏み込んだかもしれない。真相は分からないわ。でも、もし教会が踏み込んだならそれの後始末くらいはするんじゃない?」
 昔の話だ。だがどんな想像をしても、後味の悪さは拭えない。そして、その場所でガルドは人を使って『人形』を作った‥‥。
「次‥‥。これが最後の屋敷ですね。ここに居ると‥‥いいんですけど」
 そして冒険者達は借りてきた地図を見つめる。
 そこには。

 男達から聞いた屋敷は全部で4軒あった。パリの衛視達の力も一部借りて彼らは3軒分回ったが、既にそこはもぬけの空となっていた。何でも彼らの『主人』は1つところに居ない人らしい。残る1軒を回る所で、さすがに忙しい衛視達もいつまでも協力出来ないと申し出、パリへと帰って行った。
 冒険者達も1度戻って装備を整えなければとパリへ戻り、今に至る。
 これで終わりにしなければならない。連鎖を止めなくてはならない。救わなければならないのだと冒険者達は地図を見つめる。

 だが最後の屋敷は。
 通称『毒の池』と呼ばれる池の中にある島に建っていた。

●今回の参加者

 ea5242 アフィマ・クレス(25歳・♀・ジプシー・人間・イスパニア王国)
 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb5314 パール・エスタナトレーヒ(17歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)
 eb8113 スズカ・アークライト(29歳・♀・志士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec2418 アイシャ・オルテンシア(24歳・♀・志士・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec2838 ブリジット・ラ・フォンテーヌ(25歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

リスティア・レノン(eb9226)/ オグマ・リゴネメティス(ec3793

●リプレイ本文


 薄い霧が漂っている。
 暗い色をした池の上をゴーレムと筏が静かに進んでいた。何かがすえた臭いが漂う中、彼らは『毒の池』を渡っていく。ベゾムに乗るアリスティド・メシアン(eb3084)、スズカ・アークライト(eb8113)、レティシア・シャンテヒルト(ea6215)からベゾムを借りた尾上彬(eb8664)が、筏に結わえたロープを持って引いていた。尚、ゴーレムは筏の一部と化している。
 筏は動き始めれば牽引側が重くて大変というほどの事は無い。この通称『毒の池』が、本物の毒ではない事を聞き出したのはアリスティドだった。地形がら風が通らず常に薄い霧が辺りを覆い、『不用品』を捨てる場所として利用されているうちに、池は濁り魚も住まなくなってしまったのだと言う。だから、本当に『毒の池』になってしまったのかもしれないが、水に浸からず進む分には影響を感じたことは無いらしい。
 敵襲も警戒していた一行だったが、難なく彼らは屋敷のある島に着き、それを見上げた。

 話は遡る。
 レティシアとアリスティドとアイシャ・オルテンシア(ec2418)は、依頼主の騎士団の元へ赴いて話を聞いていた。捕縛した男達から話を聞く為と、協力要請の為である。しかし男達も全てを知っているわけではない。アリスティドのリシーブメモリーで得た情報は、池の事。見張りや合図の事。屋敷の1階部分。彼らの主であるデビルの配下については分からず、ウィザードは居るようだが詳細不明だった。屋敷内には少なくとも20人以上居るが、出入りは激しいらしく実際どれほどの数が居るかは知れない。レティシアも一味の主要メンバーについて尋ねたが、主の側近については分からないのだと男達は答えた。彼女は簡単に自分の周囲に居る者を変える。いつ必要無いと捨てられるか分からないのだと彼らは呟いた。
 一方アイシャが彬から手紙を託されて向かった先は、橙分隊の詰所だった。しかし年末にかけて橙分隊は総出で様々な事に当たっているらしく、目的の副長に会う事は出来なかった。橙分隊員をかき集めても30人にも満たないし、彼らが手足のように使っている騎士団も何かと忙しいらしく人員を割ける状態では無いらしい。むしろ人員を割けるのであれば冒険者だけにまかせる事は無かっただろう。結局アイシャは手紙を託し、デビルに『水晶のアクセサリー』が奪われた事を伝えて皆と合流する事にした。
 しかし馬車の借代を貰う事は出来た。ブリジット・ラ・フォンテーヌ(ec2838)が御者を務める馬車に追いついた3人は、もう1台の馬車に乗ったパール・エスタナトレーヒ(eb5314)のゴーレムを見ながら荷台に乗り込んだ。


 人に称号が与えられる。それはどういう事を指しているのだろうか。
 レティシアに与えられた称号。それが人の耳に入るのは故意だ。冒険者達は彼女が狙われるに違いないと思い、屋敷の中に入る時も注意を払った。乗ってきた馬車も敵に壊されるのではないかと不安だったが、その辺りはペットにまかせる事にする。馬車や筏が壊されては女性達を救出した時に困るのだが、だからと言って自分達の中の誰かが残るわけにも行かない。
 屋敷は古い建物のようだった。
「敵は居ないよ」
 池を渡る時からリヴィールエネミーを使っていたアフィマ・クレス(ea5242)が、再度入る前に確認をする。
 屋敷の中は暗かった。ランタンをつけて進む。油は騎士団から貰っており、いざと言う時は屋敷に火をつけても構わないと言われている。パールはゴーレムを連れて屋敷に入ろうとしたが、筏と合体したままでは実に不便かつ情報収集しながらの侵入には向いていないので、そのまま池に置いて行く事になった。
 1階部分の構造は分かっていたが、問題はこの建物は3階建てで、確実に地下もあるだろうという事だった。おまけに屋敷の中央は小さな中庭になっていて、2階や3階部分から中庭が見える。1階からベゾムで一気に上に上がるという手もあるが、狙い撃ちされる可能性は否めない。その上、レティシアが入る前に女性達にテレパシーを放っていたが、返事は無かった。既に命が無いとは思いたくない。
「でも効果範囲外だとは思えないの。この屋敷、全長100m以上もあると思う?」
「寝てる可能性はあるけどな」
 ペガサスには空中から屋敷を見てもらっている。何事も思うように順調に進んでいない今回の一連の事件解決。せめて女性達は救出したい。そして仲間を失う事が無いよう念には念を入れる。
 速やかに1階を回り、厨房に居た女性をそっと捕らえてリシーブメモリーを使った。現在作っている食事は20人前。1階の食堂に出しているが、屋敷の主人は姿を見せないようだ。パーストで食堂に集う者達の顔を把握する。15人は男。内12人は簡単な鎧を付けている。各所の見張りだろう。3階にはほとんど行ったことが無いようだが、大体の見取りをアリスティドは皆に話した。そうして、この屋敷の使用人達からこっそり記憶を貰い、そのまま解放すると面倒なので気絶して貰ってテーブルの下に隠しておく。それらの作業を出来る限り迅速に、しかし音を立てずに行いながら一行は地下と2階への階段の位置を確認した。
 前に女性達とガルドが居たのは地下。今回も地下とは限らないが、先に潜る。
 地下には幾つかの樽と袋、薪の束が置かれていた。
「抜け道は無さそうですね〜」
 細い隙間などに入って探っていたパールが首を振る。事前に池の周囲を猟師を装って偵察していた彬も、特に抜け道や罠が無いか注意したものだったが、池の周囲の森は部分的に枯れ、雪に覆われていた為に、使われている抜け道は見当たらなかったのだった。長い間使われていない抜け道があったとすれば‥‥それは諦めるしかないだろう。
「‥‥不思議なくらい、静かですね」
 デビル討伐の為には自分の全身を掛けて挑むつもりのブリジットは、ヘキサグラム・タリスマンを用いていた。自分にレジストデビルを掛けて如何なる攻撃にも備える。出来る限り静かに行動してきたつもりだったが、8人で池を渡って屋敷に入ってきたのだ。相手にはこちらの行動は把握されていると思ったほうがいい。 皆は気を引き締めて地下から1階、そして2階へと上がった。


 それは、階段を上がってすぐに起こった。
 廊下の壁に等間隔で掛けられた古い鏡。そこに何かあるのかと皆が注目した時、声が天井から降って来た。
「ようこそ、まだ幼き冒険者さん達」
 それは弾むような女の声。皆は一斉に構えて辺りを窺った。天井から吊るされた籠の中に蝋燭が入っているのが見える。だが魔法を使えばどこから声が聞こえてもおかしくない。
「私に会いにきてくれたの?」
「返してもらいに来ました!」
 反射的にアイシャが答えてしまって、皆に止められた。これは罠だ。相手の誘いに乗ってはいけない。
「あぁ‥‥『人形』の事ね。いいわよ、返してあげる。受け取りなさい?」
 その答えに皆は顔を強張らせた。最悪の事態は防げなかったのかと思わず声のほうを注視する中、彬が気付く。前方からやってくる影に。
「待て、ブリジット」
 影に次いで足音が複数。剣を抜いてそれへ前進しようとしたブリジットを止める。唇を噛み締める彼女の表情に同じ思いを感じるが、武装した男達の先頭を歩くのは、長いドレスを着た娘だった。美しい金の髪。緑の瞳。雪のように白い肌。だが空ろな表情。
「止めます」
 高速詠唱でコアギュレイトを唱え、娘の動きを拘束する。魔法を唱える素振りを見せたからだ。
「あの人、生きてる?」
 アフィマがそっと囁いたが、誰も肯定は出来なかった。そのまま男達と交戦に入る。
 アリスティドのスリープが飛び、男の1人が眠りについた。その脇を抜けてスズカが皆の盾になるように剣を振るう。
「確認して!」
 ブリジット、アイシャ、彬がそれぞれ男達と切り結ぶ頭上で、パールが飛び掛ってきた男にビカムワースを放った。狭い廊下での戦闘だ。その隙間をくぐって娘の傍に行くのは難しい。アリスティドが試しに娘にもスリープをかけると、娘はそのまま倒れ伏した。
「あたしが行くよ」
 小柄なアフィマが道芸で培った柔軟さと敏捷さを武器に、ひょいひょいと娘の傍らに滑り込んだ。ドレスの首元を覗いて、どこかに継ぎ目が無いかを確かめる。‥‥大丈夫そうだ。呼吸もしている。
「ただ操られてただけみたい」
 戦いはそう長くは続かなかった。最後の1人を切り伏せたアイシャが狂化しそうな自分をこらえて顔を上げると、皆は既に娘の傍に立っていた。
「みんな早い〜」
「この人、行方不明になった人じゃないわね」
 毎度お馴染みの似顔絵を見ながら、レティシアが呟く。
「‥‥じゃあ、誰?」
「その詮索は後ね。次、来たわよ!」
 スズカの鋭い声に皆は再び前方を見据えた。
 そんな彼らの姿を、壁の古鏡が静かに見つめる。


「貴方達に聞いてみたいことがあるの」
 全部で12人の男を倒した所で、声が尋ねた。
「死体から作り上げた美しい動く『人形』は、生きているかしら? それとも死んでいるかしら?」
「ばっかじゃない?!」
 問いが終わる前に声をあげたのはスズカ。
「どんなに綺麗に作ったって、所詮は中身の無いまがいものよ」
「生きてるわけないじゃん。聖書、勉強してきたら?」
 同じように蔑みの声を発したのはアフィマ。
「ま、物語で毎回調伏されてるデビルにゃトラウマだから開けないか。永遠にお馬鹿なままよね〜」
 小馬鹿にする事で相手の冷静な思考を掻き乱す作戦だが、その挑発にはアイシャが慌てた。だが彼女にも言いたい事はある。
「私はハーフエルフです。その事を恨まなかったとは言えません。でも、私がハーフエルフじゃなかったら私は死ぬんです。私が人間になったらそれは私じゃないんです。‥‥貴方達は人を、人形を‥‥冒涜しているだけです!」
「木製の椅子や机がどんなに良い素材で精緻な出来でも生きているとは言わないように、その『人形』は生きているわけでは無いです。でも、生きていないなら死んでいるというのも極端な意見だと思います」
 パールの発言には、僅かな笑みを含んだ声が返ってきた。むうとふくれるパールだったが、アリスティドに苦笑されながら宥められる。
「私はバードだから心を重視したいわ。何に対して喜び、怒り、哀しむのか。感情が無いなら生きているとは言えないと思う。動いても、それはただ死んでいないだけ」
「ではその『人形』はどうなの? 動いていても感情は無かったわね」
「操る事で心を奪われた人は、心は死んでいるわ。でも、解ければ蘇る。死体が動いても、それに心を吹き込むことが出来ると思うの?」
「デビルの言葉は、破滅の言葉」
 だが皆へと呟いたのはブリジット。その言葉の一欠けらも聴くべきでは無いのだ。そのまま静かに息を吸い込んだ。
「‥‥代わりに、邪悪なデビルが十字架に磔になるのはどう? 貴方の人形遊びより、ずっと絵になるわよ」
「いいわね」
 声は、そして答える。
「私も、貴女の磔が見てみたいわ。『異端』。そう呼ばれる神の徒になるのはどう?」
 静かな笑い声を残しながら、声は続けた。
「どうぞいらっしゃい、私の部屋へ。貴方たち好みの決着を。つけましょう?」


 その部屋は3階にあった。
 ムーンアローでデビルを指定した所、それは部屋へ吸い込まれて行った。その屋敷にデビルは一体。間違いない。声の挑発があった以上、女性達がすんなり見つかるわけは無いと思っていたが、やはり見つからなかった。彼らは覚悟を決めて部屋の中へと踏み込む。
 部屋はかなり広かった。薄暗く、目の良い者でなければ奥は見えない。その奥に、椅子に座った女が一人見えた。それから脇に控える人が3人。ランタンで照らすと、少し開いた窓から灰色の空と、窓の傍の台に乗っている鳥が見えた。美しい羽を持つ孔雀だ。
 挨拶も無く、スズカのメイフェが突然光を放った。先手必勝。閃光で敵の目をくらませ、一気に距離を詰める。あらかじめその作戦を聞いていた他の者達は目を逸らし、光が消えると同時にスズカの後を追った。敵が全員魔法を使う可能性はあったから、距離を保つのは危険だ。魔法を使う者達は魔法を使い、ブリジットと彬が椅子に座った女に肉迫した。それを護ろうとした男をアイシャが相手にした瞬間、突然彼女の立つ床に穴が開いた。傍に居たアフィマは反射的にそれを避けてアイシャに手を伸ばす。が、1mほどの深さしか無い。バランスを崩した彼女を護る為パールが魔法を男にぶつけた。
 他の2人の男は魔法を使おうとしてスズカに叩きのめされ、スリープをかけられた。アフィマが軽業を使いながら皆にポーションを渡して行く中、ブリジットと彬は女を追い詰める。レティシアは指輪を見つめて蝶の羽ばたきを確認し、ペガサスにテレパシーを送った。窓から逃げる素振りを見せたらホーリーフィールドを張れと。だが、窓から3mの位置まで近付かなければ魔法は使えない。窓に近付いたペガサスに、突然上方から矢が射掛けられた。それをかわして一旦離れた隙に、女は窓に手を掛ける。窓に飛び乗っていた孔雀が驚いたように羽を広げて外へと舞った。だが、それに倣おうとした女は。
「生々流転の果て、あんたがもう少しましな奴に生まれ変われるよう、祈ってるぜ」
 その背に刃を突き立てて、彬が黙祷を捧げつつ静かに呟いた。

 女性達もガルドも、脇の小部屋の中に居た。全員無事だったが、皆はガルドに詰め寄る。ともかく全員と正体不明の娘と屋敷の使用人を連れて、皆はその場を離れた。池も越えると丁度騎士達がやって来ていて、労いの言葉を残して池を渡って行った。屋敷に火をつけるらしい。
「ガルドさんの思いはあたしにもあるんだ。人形は生きてる。でもあたし達も生きてる。刹那も永遠も関係ない。そこにある思いは等価だよ」
 帰りの馬車の中。アフィマとガルドは長い話をした。ガルドは彼女に伝える。再度女の下に去ったのは、『造らせない』為だったと。身元不明の娘も、単体の美を際立たせる為と言って操る事を提案したのだと。
「君達が来ると思っていた」
 ガルドはぽつりと呟いた。


 人形に纏わる悪夢は去った。
 だが全てが解決したわけではない。人々の心を癒す努力をしながら、冒険者達の中にも沈む小石のような思いがある。毒に侵された館。失われた命。屋敷でデビルが残した言葉。そして。
「‥‥この娘さんについて、何かご存知では無いですか?」
 館の傍で、アリスティドが静かに尋ねた。老女は目を上げて娘を見つめる。
「いや、知らんね」
 言葉を喋れない、リシーブメモリーでも記憶が見えない、『人形』と呼ばれたその美しい娘。今も茫洋とした表情で佇んでいる。
「そうですか‥‥」
 イレーヌとガルドの行く末も心配だ。アリスティドは灰色の空を見上げ、小さく息を吐いた。

●ピンナップ

パール・エスタナトレーヒ(eb5314


PCシングルピンナップ
Illusted by 葱村イサト