古鏡の幻夢、泡沫の故郷2〜人形工房〜
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■シリーズシナリオ
担当:呉羽
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:4
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月18日〜06月25日
リプレイ公開日:2008年06月26日
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●オープニング
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「無垢な魂ほど、手に入れた時の歓びは他と比べようもあるまい」
闇の中、男が嗤った。
「我らが欲するは、より白き魂。世の闇を知る魂を得た所でさほど価値はあるまい」
「如何にも」
対する男も頷き、そこに控える者達を見た。
「我らの為。我らの主の為。この闇世の為に集めてくるのだ。清く美しい魂を」
●
本を閉じ、女は静かに目を上げた。すぐ傍に1人、男が立っている。
「‥‥夢のようだわ」
薄暗い部屋の中で、女は男に手を差し伸べた。男はその手を取って微笑む。
「‥‥夢のよう。貴方がこうして傍に居てくれるなんて」
「ずっと一緒だ」
優しい声で男はそう言い、立ち上がった女をそっと抱き締める。
「‥‥ずっと‥‥?」
「死ぬまでずっと」
「‥‥嬉しい」
女は男の胸に頭を預け、そっと涙を零した。
「ずっと一緒よ‥‥ガルド‥‥」
●
それは冬の寒い日の事だった。
瀕死の状態で教会に運ばれた冒険者は司祭の祈りあって無事回復し、状況を説明する。
神聖騎士とクレリックの団体に追いついた彼女は、ガルド殺害を取りやめるよう交渉し、共に行動する事になった。だが町に入る直前に森でガルドを発見したという報告があり、そちらに皆で向かって‥‥刺されたのだ。彼らは何も言わずに彼女を刺し、そのまま立ち去った。薄く積もった雪の上に広がる赤い液体を見ながら、意識が遠くなっていったのを覚えている。そして‥‥僅かな、何かの気配も感じた記憶はあるのだが。
気付けば彼女の首には、アメジストのネックレスがさげられていた。
ともあれ、冒険者に依頼を出した黒の教会に調査隊が立ち入った。しかしそこで、彼らは弁明する。依頼人であるジョセフを含めた10人は、道中何者かに襲われて森小屋に閉じ込められていたと言うのだ。実際、冒険者が行動を共にした団体の者の誰とも同じ顔の者は居ないように思われたし、彼らには打撲などの傷があった。
だが、冒険者が殺されかけたのに対して、誰一人命に別状が無かったというのも妙な話だ。黒の教会の者と騙った団体の者達で捕らえる事が出来た者は全員死を選んでしまっている。だから、真実は分からない。
「君達は簡単に人に魔法を掛けようとするが‥‥」
冒険者達に、ジョセフは真面目な表情で言った。
「それ自体が罪だと思った事はないか? 罪人と知れている者ならばともかく、疑わしきだけで罰せよと、君達ならそう言うかい?」
酷い目に遭った上に疑いを掛けられて、ジョセフは少なからず気分を害したようだった。疑いが晴れるまでは自宅軟禁とされ、それは春まで続く。
結局、真実は分からないまま春が過ぎ、ジョセフを含めた10人は一部監視付きながらも通常の仕事に戻ったと、冒険者ギルドに報告があった。このような事があったのだから、黒の教会としてもガルドの身柄の引渡しを求めるわけには行かず、ガルドは白の教会に預けられている。
その教会には、かつて『人形』と呼ばれた娘もまだ居た。
『君は、人を好きになった事があるか?』
瀕死状態だった冒険者が回復した後、一度だけガルドは冒険者に尋ねた。
『‥‥そう、心から。自分の魂と等価であるこの人形達よりも大切な人を』
彼は告げる。イレーヌは自分との生活の中に幸せを見出したいようだった。だが、それは彼女の我欲に過ぎず、自分の望みでは無い。しかし以前ほど、自分の人形達に入れ込んでいるわけでは無いかもしれないと彼は呟いた。
『‥‥君達が‥‥心を張っているからかもしれないな』
●
イレーヌの行方は杳として知れなかった。故郷で姿を見たという者は居なかったから、恐らく別の場所に居るのだろう。
ガルドとイレーヌが住んでいた小屋に人が訪れた事はほとんど無かったらしいが、彼女が買い物などで出て行く度に、必ず帰りは本を持って帰ってきていたとガルドは告げた。
本は貴重品である。イレーヌに余り関心無く暮らしていたガルドも、それは気になっていた。彼女は決まって寝る前に熱心にそれを読んでいたのだと言う。
「イレーヌは俺は変わったと言うが、俺に言わせれば彼女も変わった。‥‥変わらせたのは俺かもしれないが」
教会の一室で人形を作りながら、ガルドは時折窓から外を見るようになった。勿論彼は厳重に監視されているが、その中にあって庭で農作業をしている人々を見つめたり、飛ぶ鳥を仰いだりする。『人形』と呼ばれたエルフの娘と会う事は無かったが、気に掛けてもいるようだった。
娘は、未だ一言も喋らない。表情も無く、何に反応する事もない。
ただ生きているだけの彼女の目には何も映ることは無く、ただ世話されるがままそこに居る。
「まるで‥‥夢の世界に捕らわれてしまっているかのよう」
世話をしている者の1人が呟いた。
●リプレイ本文
麗しき森 豊かな森よ フォーレリス
輝ける御霊 其は瞳 愁いは空へ 歓びは地へ 希望は胸へ
煌き石は 麗らかな玉 澄みし水面は 清浄なる魂
豊かな森 麗しき宝よ フォーレリス
●
『桜の散り際』。その音色を聞いた者は不思議と涙が止まらないと言う。
アリスティド・メシアン(eb3084)の奏でるその音に、傍に居た者達は皆涙ぐんだ。だが、人形と呼ばれた娘だけは表情も無く佇んでいる。
『‥‥僕の思いが聞こえるなら、返事して欲しい‥‥。君の名は‥‥?』
テレパシーで呼びかけたが、その声に返る言葉は無い。
「聞こえてないみたいだね」
振り返ると、アフィマ・クレス(ea5242)も目を擦って頷いた。
「意識はある。けれども会話する意思は無い。‥‥心を何処に置き忘れたのかな」
ガルドが作った人形を持たせても、手持ちの辺津鏡を覗かせながら髪を結ってみても、何の反応も返って来ない。
「フェリシーお姉さん。ちゃんと会うのは初めて、だよね? あたしはアフィマ。宜しくね」
どう呼ぶか決まっていなかった娘に、アフィマはそう呼びかけた。2、3言葉を投げかけてから、彼女は昔話を始める。
「あたし小さい時から体弱くてさ。ベッドから離れたことがなかった。あんときゃ鳥に生まれ変わって空の果てまで飛ぶか、ずーっと醒めない夢見た方がいいやとか思った」
人形と鏡を受け取ったアリスティドが日向ぼっこのように座って見守る中、アフィマは窓を半開きの窓を開けて娘の手を取った。
「でも、毎日家族が来てくれたり、ジプシーの師匠が色んな話をしてくれたりした。そうしたらこの足で外歩いてみたいーって気持ちが強くなって。今はこの通り。その思いが形になった」
元気に一回転して、彼女はストンと椅子に座る。
「ね、フェリシーお姉さんを待っている人がいるよ。まだ出会ってない人も待っている。いつか会いに行こうね」
ブリジット・ラ・フォンテーヌ(ec2838)は絵筆を使って娘の簡単な肖像画を作成していた。それを見せた後、娘と一緒に絵筆を握って森と湖の風景画を描く。柔らかな線が生み出す風景は誰もがどこか懐かしく感じるものだが、娘はやはり何の反応も示さなかった。
娘が持っていた指輪とアフィマがいつの間にか身につけていたネックレスも、ブリジットはじっくり調べた。どちらも裏側に細やかな模様が刻まれており、上質の石が嵌め込まれている。上流貴族が持っていてもおかしくないが、些か古い物であるように思われた。尾上彬(eb8664)はそれらが某所の『鍵』では無いかと気にしたが、該当する模様は無かったし『鍵』の絵図を比べても形状は違うようだった。
「イレーヌの『協力者』はローランで‥‥アフィマにアクセサリーを贈ったのも、ジョセフ達を惑わせたのも‥‥と思うんだよな」
「印象が被る? そうだね、でも‥‥」
その2つを娘に見せると、娘はそれをじっと見つめ続ける。動かすと目で追って顔も動かす。だがそれだけで、持ち去った後は何にも反応しなくなるのだ。
何か関係があるのは間違いないので、ブリジットは預かっている指輪を聖遺物箱に片付けた。
「私がここを離れる間、皆さんに護衛してもらうつもりです。由緒ある冒険者の方々ですから、問題は無いと思います」
ブリジットはそう教会の者に告げる。彼女を連れてきたのは元々彼らだったから、教会の者達も護衛を否定する事は勿論無かった。ただ、教会の奥の間には入らないようにと伝える。
そしてブリジットとパール・エスタナトレーヒ(eb5314)は黒教会へと向かった。
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静寂に包まれた黒教会に入った2人は、案内の者に従って教会内を歩いた。
パールにとっては常と変わらない修行と暮らしぶりがそこには有り、小屋に捕まっていたというジョセフ達も当たり前のように生活している。彼らの失態は彼ら自身が一番理解しているのだから、過剰な罰は与えない。ただそこに居るに相応しいか、月日を経て見定められただけである。
ジョセフに面会を求め、教会の者にも同席を頼むと、ややあって場を設けられた。
「襲撃当時の襲撃者の構成覚えてますか? 何か聞かされましたか? 彼らとの面識は?」
最近の具合はどうかとパールは挨拶程度に尋ねたが、常と変わらないとの返事が返ってきて、いよいよ聞きたいことの本題に移る。
「こちらと同程度の人数だった。職業構成は分からない。有無を言わさず攻撃してきたから、こちらは防戦一方だった。そのまま縛られて森の中の小屋に入れられた。面識などあるわけが無いし、一言も口を聞いていない」
「では、無事に済んだのは何でだと思います?」
「そんな事は襲撃した奴らに聞いてくれ」
「友人も刺されました。その後、誰かの気配があったとの事です。追跡者等の心当たりはありませんか?」
「同じような質問は何度もされている」
ジョセフは言った後、パールを見て立っているブリジットへ目をやった。
「残念ながら心当たりは無い。もしかしたら小屋の外に見張りが居たかもしれないが、気配を察知する事は出来なかった」
「他の人達もですか?」
尋ねられて、ジョセフの隣に座っていた男が頷く。
「本当に強い相手で‥‥あっという間でした。何故殺されなかったのか‥‥それは今でも分かりませんが、私は思うのです」
「リンゼン」
「ジョセフ様もお思いでしょう。我らの教会に不信感を抱かせる為。我々は見せしめの為に生かされたのだと。目的も果たせず、越えられない相手では無かったはずの逆境を越える事が出来ず。そのようなクレリックに信者が付いてきましょうや」
「一度や二度の逆境に負けたら、それこそクレリック失格だと思うですよ」
パールに言われてリンゼンは肩を落とした。
「では、ガルドさんも討てば良かったと、今でも思ってます?」
「あの男の後ろには糸を引いている者が居る。でなければ我々が襲われた理由は無い」
「ガルドさんも襲撃されていますよ?」
「芝居か、或いは口封じだろう」
「分かりました。お話ありがとうでした」
部屋を出た所で2人は教会の者達と別れる。出入口に向かって2人は磨き上げられた廊下を歩いた。
「‥‥ジョセフさんの目‥‥ご覧になりましたか?」
小さくブリジットが囁く。
「物騒な目つきでしたね〜。何度も聞かれてるから苛々してるんでしょうけど、何かやりそうな感じでしたね〜」
「注意したほうがいいかもしれません」
ブリジットが聖剣の柄に手を掛けた時、ふと何かの気配を感じた。横手の廊下に目を向けると、白い服を着た娘が視界に入る。
「‥‥パールさん」
呼ばれて振り返り、今にもそちらへ行きそうなブリジットに気付いてパールはひらひらとその前に出た。
「この奥は黒教会の位の高い人だけしか入れない場所になってます」
「でも、あの子が」
「‥‥変ですよね」
2人に近付いてくるその娘。足許まで隠したドレスを着て居ながら足音も衣擦れの音も無く、その顔には見たことの無い笑み。
「フェリシーさん‥‥?」
ブリジットが呼びかけると、娘はにっこり微笑んだ。そして両手を振り上げる。
刹那、魔法が交錯した。前方からの強い力に飛ばされ、くるくる回り飛んでパールはべしゃっと床に落ちた。ブリジットが放った高速詠唱コアギュレイトに娘は耐え、高笑いしながら後退していく。ブリジット自身、転倒こそはしなかったものの傷を負って娘を見つめた。
「何事だ!」
2人の後方にあった壷なども割れる音がしたからだろう。教会の者達が走ってきたが、既に娘の姿は無かった。
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翌日になってもパールとブリジットは帰って来なかった。
何かあったのではと見に行くも門前払いされ、皆はギルドにその事を報告してからパリを離れる事にする。何かあったのは間違いないが、黒教会に堂々と乗り込めるだけの強力な情報は持っていない。
「似たような事が前にも」
「彬」
馬車にフェリシーを乗せ、残された3人は馬車をイレーヌの故郷へと走らせる。
「教会の裏に回って侵入したほうが良かったかなぁ‥‥」
「教会にテレパシーを送ったけれど繋がらなかった。あの場所には居ないと思うよ」
アフィマは思い出す。自分が刺された時の事を。足手まといなんて言わせないつもりだったのに、結果そうなった事に腹が立った。2人にしても最悪の事態は避けたい。
ガルドとは一度だけ面会が許された。アフィマは1人行って様々な事を尋ねた。
「心を張っているからかもしれないって言ったよね」
作りかけの人形を置いて、ガルドはアフィマの話を聞く。
「勿論あたし達は心を張っている。あたしには友達がいる。仲間がいる。大事な人がたくさんいる。その人たちを裏切ることはしたくないもの。そんな人たち捨ててまで好きになるってナニ? その考えは逆にその人を悲しませたりしないの? 心を張るってさ。自分とその周りの人達を大事にするっていう意味は、ないの?」
「沢山はいらない。1人でいいんだ」
再び作業に戻ってガルドは言った。
「ただ1人だけでいい。君は勘違いしているようだが、『想い人』なんて大層なものじゃない。ただ、君には居るのかと聞いただけだ。何より大切な『ただ1人』が」
それがイレーヌには成りえないと彼は言う。
だがガルドの作った人形を見ればアフィマには分かる。どれもが無表情に近かった夜見るといっそ怖い人形達。だがこの教会で作った物はどれも優しい。
ブリジットが、出かける前にガルドにデビルが吹き込もうとしたり聞かせたりした言葉を詳細に教えて貰おうとしていた。だが館ではほぼ接触が無く、女がデビルかどうかも分からなかったらしい。女は美しい物に執着し手に入れる事を望んでいたようだったが、あっさりとそれを壊してしまう事もあった。気まぐれで人を試して面白がる。ガルドに特別声を掛けることも無かった。
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バードギルドでフェリシーの似顔絵を見せるが、特に見覚えがある者は居なかった。ただ、旅のバードが教えてくれた『エルフの森の歌』が少し流行っているのだと1人のバードが歌ってくれる。
「覚えやすい音だね」
「フォーレリスって森の名かな?」
ともあれ彼らはイレーヌの実家を訪ねた。
「ここのお嬢さんを探している。この男に見覚えは?」
まずは門番に以前の事を詫び、彬がローランの似顔絵を見せる。だが門番は首を振った。本当に知らないように見えるので、アリスティドが家の人と話をしたいと丁重に告げる。
イレーヌの家族は、皆を即座に家に入れてくれた。あちこちで人を雇って娘を探しているがまだ見つからない事。些少だが金を出すので皆にも探して欲しいと言い、協力も約束する。
フェリシーも伴って皆はイレーヌの部屋を漁ったり、イレーヌに訪れていたであろう客人が無かったか尋ねたが、イレーヌの部屋には本は無く、『娘は文字を読むのはあまり好きではなかった』と両親が教えた。客人については。
「そう言えば、黒髪と銀髪と金髪の友人を名乗る人達が来たと門番が言っていたが‥‥結局家の中まで入らずどこかに行ってしまったようだ」
と、それだけだった。
イレーヌは長い間パリで暮らしており、故郷の家を訪れる事がさほど無い。だが連絡は取れるようにしてあったので連絡が途切れて不安に思っていた所、娘と幼馴染の男が駆け落ちしたと聞いて驚いたらしい。しかし男は見つかって娘は見つからないと言う事で、男に会えるよう教会にも掛け合ったが『咎人だから』と断られた。どうやら娘は他の人物と共にいるらしいと言う事までは分かっているので探して欲しいと、両親は必死に訴えた。勿論それも白教会から聞いた話なのだが。
皆は家を出てそのまま森へと向かった。
黒教会の者達が閉じ込められていたという小屋は、既に壊され撤去されていた。
森の中深く、道からは外れた場所にある。アフィマが襲われた場所とは徒歩で1時間ほどの距離しか無い。アフィマも正確な場所は覚えていなかったが、草と木々に覆われた森からはその片鱗も見出せなかった。
「発見者は誰だったんだ?」
小屋の跡地には木板ひとつ残されていない。土と生え始めた草だけが残るその場所を眺めて彬が問うた。
「黒教会の人だそうだよ。連絡が無いので心配して、人を使って探したらしい」
「何日閉じ込められてたんだ?」
「実質5日。扉を壊して外に出て助けを求めた所、町に来ていた教会の人達と遭遇して」
「縛られたりしてたのか?」
「そこまでは」
「おかしくないか?」
アフィマが見た人数は全部で12人。勿論敵はそれ以上居たのだろうが、10人も小屋に閉じ込めたまま5日となると、結構な数の見張りも必要なはずだ。何人かは魔法も使えるし、黒教会の者が大人しく捕らえられたままというのも可笑しな話だ。
「この小屋があるのを森に入る猟師も知らなかったって話だし」
冬は森に入らないというその猟師は、秋までは確かに無かったと告げた。この森自体、人が入る事があまり無い深い森なのだが、小屋を作るなら道に近いところに建てるだろうと言う。当然目撃者なども居ない。
「じゃあこれ‥‥誰なんだろ」
アフィマがそっとネックレスを服の中から出した。それをフェリシーが見つめる。
「少し、目に色があるね」
そんな娘の動きにアリスティドはそれを覗き込んだ。フェリシーと目が合って、だがいつもの無機質なものではない事に彼は気付く。
「‥‥ふ‥‥」
その口が僅かに動いた。
『どうしたの? 言いたい事があるなら言ってご覧』
テレパシーで囁くと、彼女は再び無表情に戻る。
「どうした? 不安か?」
彬も腰を屈めて尋ねたが、もう娘は何も見ず言う事も無かった。
だが、普段は自分で歩こうとしない娘を背負って彬が森深く入った時、確かに娘は僅かに顔を動かしたのだ。
「森に長い間住んでいたのかもしれないね」
同じエルフであるアリスティドが、遠い目をして呟いた。
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皆がパリに帰ると、パールとブリジットは白教会に戻っていた。
「もう、大変だったんですよ〜」
パールがぷりぷり怒りながら羽を動かした。
「黒のクレリックであるボクが、教会に何かするはず無いじゃないですか〜っ」
まずは互いの無事を喜び合って、それぞれの出来事を報告する。
「フェリシーさんが黒教会に居たんです」
ブリジットの説明によると、フェリシーに魔法で攻撃された上に彼女は奥へと消えてしまい、騒ぎに駆けつけた者達に説明しても、
「『やはりこの教会に仇なす者か』と物凄い剣幕で。誤解を解くのに3日掛かってしまいました」
「リードシンキングやニュートラルマジックまで掛けられたんですよ!」
2人を取り調べた者の中に、ジョセフ含む10人は居なかった。だが彼らが騒ぎに神経を尖らせていたのは分かる。
「フェリシーとはずっと一緒に居たはずだけどな」
「ではあれは‥‥誰だったのでしょう」
思い浮かべながら、ブリジットがそっと呟いた。