故郷の幻夢、泡沫の故郷3〜人形工房〜

■シリーズシナリオ


担当:呉羽

対応レベル:6〜10lv

難易度:難しい

成功報酬:5 G 40 C

参加人数:5人

サポート参加人数:3人

冒険期間:07月25日〜08月01日

リプレイ公開日:2008年08月02日

●オープニング


 枕元に、1冊の本が置かれていた。
 装飾された表紙の文字は金色に浮かび上がっているが、それ以外は黒に染められている。誰が見ても不吉さを思わせるその本の傍に、ゆらりと男が闇の中から姿を現した。
『イレーヌ‥‥』
 その声の甘美な響きに、ベッドで静かに眠っていた女はそっと微笑んだ。
『‥‥死ぬまでずっと一緒よ‥‥ガルド‥‥』
 その言葉だけが、薄暗い部屋の中で繰り返される。


 フェリシーと名付けられた、かつて『人形』と呼ばれた娘は、白教会の奥で変わらぬ生活を送っていた。深い森に連れて行かれた時、僅かに表情が動いて何かを呟いた事。以前森の中で刺された冒険者の娘が運ばれた時、それが分かる前にそちらを見た事、アメジストのネックレスとリングを見せると目で追った事。それ以外に娘が何かに反応する事は無く、相変わらず世話をされる生活である。
 それでも、彼女を世話し、何かと面倒を見てきた心優しい神聖騎士の娘が来ると、彼女は僅かに反応する。微かに目を動かすだけのそれだが、進歩には変わりない。又、教会でずっと彼女を世話する者の中には、同じようにフェリシーに反応を貰える者達も現れ始めていた。彼女達は全員エルフなので、フェリシーが同族だから親しんでいるのだろうと考えられている。
「フェリシー。良い朝ですね」
 いつものように1人の世話人が部屋に入ってきて窓を開いた。夏の朝の爽やかな風が吹き込むその向こうに、夏の花々が咲いている。
「暑くなりそうな風ですこと。神聖騎士様とフェリシーが一緒に描いた湖畔の絵が涼しく感じられますね」
 そのエルフは他の世話人同様、フェリシーをとても大切に思っていたので、彼女が『描いた』絵をテーブルに飾って、いつでも目に入るようにしていた。
「私もエルフですけれど、生まれた時から教会でしたから‥‥正直、森を羨ましく感じますわ。このように美しい森と湖。こんな風景に囲まれて過ごすエルフの村は、どんなに素晴らしいのでしょう‥‥」
 言って絵を取り、彼女はフェリシーにそれを見せる。
「フェリシーの村は、どんな村だったのでしょうね。木の上で暮らすエルフも居るという話ですけれど、他にも‥‥」
 微笑みながら言いかけて、彼女は動きを止めた。
「フェリ‥‥シー?」
 今までに無い反応だった。その美しい娘は、表情も無いままにただ静かに泣いている。
「大変‥‥! 皆に知らせないと‥‥」
 慌てて世話人が出て行くが、フェリシーは置かれたままの絵を見つめて涙を流し続けた。


 最近、バードの間で新しい歌が流行っていると言う。或る1人の旅のバードがバードギルドに教えて去って行ったもので、その名を『エルフの森の歌』と言う。覚えやすい音と旋律なので、新人バード達がそれを歌い始めたのだが、何故かエルフ達に人気の歌となっていた。
「もう少し凝った名前の歌にするといいんだろうけど」
 エルフの客ばかりが何度もリクエストするその歌を歌いながら、或るバードは首を傾げる。
「それにしたって‥‥『フォーレリス』って何だろう‥‥」


 3ヶ月前の或る日、男は偶然町で娘を見かけた。
 黒い表紙の写本を持って歩く娘の姿は、それだけで異常だ。夢うつつといった表情で、娘はふらふらと森へと向かっていったと男は告げた。その背格好、髪や目の色、特徴から、その娘はイレーヌだろうという事になったのだが、イレーヌの故郷でその話が出て来たのがつい最近というのも可笑しな話だった。イレーヌの両親は町の内外問わず娘の捜索に全力を尽くしていたのだから。
 男の話によると、娘が向かったのはガルドと共に暮らしていた小屋があった森とは逆方向の森。男がその話をしなかったのは、その行動と娘が異常に思えたからだ。黒い本を持ち歩く娘から不吉さを感じるのは当然だし、その娘が人も住まぬ森に入ったとあれば、いよいよ人間とは思えない。化物の類だろうと男は思い、自らに不幸が訪れないよう黙っていたのだと言う。
 イレーヌの両親はその森の中を探索するように命じたが、雇った人々は皆首を振った。その森の奥は余りに深く、入れば出る事は適わないと言われている『魔の森』。命の保証のない、極めて危険な場所だ。町付近の森はまだ良いが、奥へ行けば行くほどその森は牙を剥き出しにすると言う‥‥。狩人さえも、それを恐れて分け入らないとさえも言われている。
「3ヶ月も前の話ですし‥‥」
 誰もがそう言ったが、両親はどうしても諦めきれなかった。何としても可愛い娘を探し出したい。その一心で、彼らは決意した。
 以前、冒険者に娘の事を頼んでいる。彼らならば、或いは‥‥。
 そして、両親はパリに向かい冒険者ギルドの扉を開いた。


 扉が開かれる。
「ガルド。お前には奉仕活動に従事してもらう」
「随分今頃な話だな」
 人形を作り続けて顔を上げもしないガルドは、入ってきた者達に声だけで応じた。
「ここには聖なる娘が居る。お前のような禍禍しき男にこれ以上居てもらっては困るのだ」
「聖なる娘‥‥そんなもの、世の中には存在しない」
「貴様の戯言などどうでも良い。貴様が今もデビルと繋がっていない保証が無い上、人を殺した罪もある。別の教会に移ってもらおう。鄙びた場所で常に人手が足りん場所だ。しっかり働いて貰わねばな」
「いいのか? デビルと通じていると言うならば、警護も満足に出来ない場所に俺を置くのは可笑しいだろ」
 だが彼らは何も言わず、ガルドに立つよう告げる。全員が簡素な鎧を身につけているが、それのどれもに紋章が入っていた。その紋章に覚えがあって、ガルドは眉を顰める。
「お前ら、ここの教会の奴じゃないな‥‥?」
「教会の許可は得ている。さっさと歩け」
 言われてガルドは素直に従った。彼はいつでもこのような状況の時に抵抗はしない。抵抗すれば更に酷い目に遭うのが目に見えているからだ。
 そして、ガルドは部屋を出る際、部屋のあちこちに置かれている人形を見つめた。その彼の目の前で、扉は静かに閉まる。


 ジョセフ達が居る黒教会は、困惑していた。
 ジョセフ達10人はその言動を怪しまれている。その上、教会内に不審な女が出たと言う。その事で、自分達と同宗のクレリック、白教会の神聖騎士と一時反目する事になっていた。
 この騒ぎが公になれば、黒教会の地位は落ちてしまう。信者が減れば教会の存続も危うくなるし、それは神に仕える彼らの教えを信じる者が減るという事でもある。いやむしろ、やはり教会に入る金が減るのはまずい。集団はきれいごとだけでは存続できないものなのだ。教会の維持、彼らの地位の維持、彼らの権威の維持には信頼と金が必要だ。
「だが‥‥外から調査団が入るのは極めて危険だ‥‥。もし何かあった場合、その事を外部に漏らさないようにしなくては‥‥」
 司祭達が悩む中、ふと1人が告げた。
「そうだ‥‥。以前、白の神聖騎士とジョセフ達の事を聞いて‥‥例の事件に遭遇したクレリックの娘。彼女を召喚してはどうでしょう。少なくとも、我ら同士の不都合になる事を外部に漏らしはしますまい」
「確かに‥‥冒険者と言えども同宗派。他よりは信頼が置けよう」
「では、内部調査の依頼を彼女に出しましょう。もしも彼女がパリに居ない場合は‥‥他に誰を見繕いましょうか」
「同宗派の冒険者から探せ。冒険者が確認したとあれば、対外的にも悪くない話だ」

●今回の参加者

 ea6215 レティシア・シャンテヒルト(24歳・♀・陰陽師・人間・神聖ローマ帝国)
 eb3084 アリスティド・メシアン(28歳・♂・バード・エルフ・ノルマン王国)
 eb5314 パール・エスタナトレーヒ(17歳・♀・クレリック・シフール・イスパニア王国)
 eb8664 尾上 彬(44歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec2838 ブリジット・ラ・フォンテーヌ(25歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)

●サポート参加者

ジラルティーデ・ガブリエ(ea3692)/ セフィナ・プランティエ(ea8539)/ ジャン・シュヴァリエ(eb8302

●リプレイ本文


 君は聞こえる? この歌が。君が失った物が心に蘇る歌だよ‥‥フォーレシア?
「‥‥身元が分からない‥‥ですか?」
 アリスティド・メシアン(eb3084)が歌う優しい響きが、教会の中に波のように広がって行く。その声が僅かに聞こえる場所で、ブリジット・ラ・フォンテーヌ(ec2838)は教会の者からガルドを連れて行った者達の素性を聞いていた。
「それが‥‥確かに司祭様の印が付いた書状を持っていたのだけど‥‥」
 実際にその司祭が居る教会に連絡をした所、全く身に覚えが無い話だと言われたらしい。レティシア・シャンテヒルト(ea6215)から金を貰って酒を飲みながら情報収集しようと意気込んでいたジラルティーデは、その教会の距離が1日で行って帰れる所に無かった為、外でしょんぼりしている。
「つまり、その司祭様が真実を語ってないか、書状が偽物だったか、どちらかですかね?」
 パール・エスタナトレーヒ(eb5314)が羽の付け根を触りながら言った。長距離を高速で飛ぶ為の準備運動である。
「書状は本物で、使者が偽物の可能性もあります。でも問題は‥‥ガルドさんが今何処に居るか分からない、という事ですよね‥‥」
 2人はフェリシーが居る部屋に戻り、中で歌っていたアリスティドが竪琴を奏でていた指を止めて微笑んだ。
「お帰り」
「フェリシーさんはどーですか?」
「少しは」
 答えて彼は再び歌いだす。生気のない人形のような目をしたフェリシーは、表情の無いままに涙を流していた。それへブリジットが寄り添い、湖畔の絵の前でダウジング・ペンデュラムを握らせて占いをしてみたが、絵は地図では無いので何の反応も示さない。2、3回『森の歌』を歌ってから、アリスティドはバードギルドへと出かけて行った。

 ギルドで旅の詩人について詳細を聞いたものの、はっきり覚えている者は居なかった。人によって言う風体も違った為、許しを貰えた人にだけリシーブメモリーを掛けさせてもらったが、確かに記憶に残る人物図はそれぞれ違っていた。その足でアリスティドはイレーヌがパリで住んでいた邸宅を訪れ、使用人の案内のもと中を探して回る。元々ガルドを追うようにしてやってきた彼女の事、パリでの友人も少なく孤独な生活を送っていたらしい。来客が来る事もほとんど無く、白、黒教会を頻繁に訪れて祈りを捧げる生活を送っていたが、ある日前触れも無く出て行った。だからガルドがパリに居るのに何故戻ってこないのか。それが不思議でならないと使用人は言う。
 セフィナがアメジストのリングを描き写した紙を持って調べに回ったが、模様や形状が該当する情報を得る事は出来なかった。又、フェリシーに掛けたリムーヴカースは効果が出ていない。ただ、指輪は年代的に古い物だろうという事だった。

 レティシアと尾上彬(eb8664)はイレーヌの実家に来ていた。
 イレーヌ確保時に白教会に護送も想定しているのでと信頼のおける人員と馬車の手配を頼み、森と街の地図を持ってないか尋ねる。どちらも簡易なものはあったのでそれを貰い、地図を見ながら以前イレーヌがテレパシーで反応した範囲内で聞き込みを行ったが、有力な手掛かりは全く無かった。
「馬車に乗って移動してたら誰も見てなかったかもしれないな‥‥」
「それもそうね」


 イレーヌ発見情報を漏らした男にさんざん事情を尋ね、見た時は1人だった事、イレーヌがアメジストの装飾品を身につけてたかなど見えなかった事、森に入った場所を聞く。彬と急ぎパリから飛んできたパールは森上空へと飛び、建物、洞窟、湖が無いかを探したが、広大な森の上からはそれらしき物が見えなかった。この近くにある湖ならと町の者から聞いた場所に行ってみると、『魔の森』とはかけ離れた場所である事が分かる。とにかく森は広く木が密集して森の中では昼間も光があまり差し込まない場所であるらしく、それ故『魔の森』と呼ばれているらしいが、実際に中からモンスターが出てきて騒ぎになった事は無いらしい。
 翌日フェリシーも乗せた馬車とパリ組が3人と合流し、その森に詳しい案内人を探そうとしたが、町の者達は途中までならと口を濁した。話を聞けば、奥まで行くと『呪われる』という事、奥まで行くと必ず迷子になるという噂がある事を告げ、狩人でさえも途中までしか行かないのだと言う。
 森周辺の簡易な地図で占った所、イレーヌは森の奥らしき場所に居ると指しているようだった。
 皆は豊富な冒険品をイレーヌの両親から貰い、途中まで道案内してくれる狩人を雇って中へと入って行った。

 とりあえず、季節柄食糧に不足する事は無かった。ペットに貰ってきたイレーヌの衣服の匂いを嗅がせたり、魔法で居ないか探したりもしたが、とにかく森が広すぎる。狩人がこれ以上は進めないと言う場所までも結構な距離があり、更にその奥は闇をも思わせる暗さだった。フェリシーは相変わらず自分で歩かないので、誰かが背負って歩かなければならない。背負えば魔法は使えない、戦闘は出来ない、仮に罠があってもとっさに何とか出来ないとあって、更にその奥まで連れて行くのは躊躇われた。パールはパリ教会に呼ばれているし、それにはブリジットも付き添う事になっている。その森の深さを目の当たりにして、皆はしばし作戦会議を開いた。
 だが結局置いていくわけにもいかないので、パールとブリジットは引き返し、後の3人はフェリシーと共に森の奥へと分け入る事になった。

「‥‥少しこの森は伐採を考えるべきだと思う」
「‥‥アリス」
「‥‥私、いいこと考えたわ、彬」
「‥‥何だ? レティ」
「‥‥私とアリスでフェリシーを運ぶのよ。私がこう‥‥前を見ながら両足を持つから、アリスは両わきを抱えて歩くの」
「そんな失礼な事できないよ」
「こんな時まで紳士ぶらなくても大丈夫よ。どうせ暗くてスカートが捲れても見えないから」
「レティ同様、エルフも軽いと思ってたんだけどなぁ‥‥」
「‥‥私、いつ彬の背中に乗った?」
 大きな荷物を背負いながらの魔の森探索は、なかなかの労働だった。バードである2人の腕力には全く期待できないので、彬がひたすらその荷物を負いつつ先頭を行き、人の足跡がないか、罠はないか、道らしきものは無いか探りながら行くのである。斜め後ろ横からアリスティドがランタンを掲げてくれていたが、神経をすり減らす探索行であった。
 1度野宿して、3人は更に奥へと足を進める。モンスターは出なかった。だが、その静けさは不気味である。
「‥‥不安?」
 フェリシーが森を眺めているので、アリスティドがそっと声を掛けた。
「フォーレリスの歌、歌う?」
「‥‥ふ‥‥」
 だがその顔をフェリシーはじっと見て口を開く。
「‥‥ふ‥‥た‥‥り‥‥め‥‥」
「‥‥二人目?」
 首を傾げた時、彬が声を上げた。
「向こうに光が見えるな‥‥抜けたか?」

 そこは、幾分広い空間になっていた。少なくとも‥‥小さな村がひとつ入るくらいの大きさの場所に、木が1本も生えていない。否。
「‥‥木が腐っているな。倒されたまま‥‥放置されたのか」
「こっちの木は何かで抉れた痕があるわね。煤みたいなのも落ちてる。何本かは燃えたみたいだけど‥‥」
「でも年季の入った切り株もあるね。それより・・・」
 3人は、その空間の中央から端に掛けて積まれてあるものを見た。彬が警戒しながら近付き、一瞬黙って目を閉じる。
「何かを大量に燃やした痕だ‥‥。白い骨もかなり混ざってるな」
「‥‥人、かな」
 月日は経過しているようだが、人らしき部分も混ざっているように見えた。皆は念入りに調べてから、森の更に奥をランタンで照らして小屋らしきものがあるのを見つける。
 だが、茂みに重なるようにして、その手前に何かが倒れていた。

「‥‥いやあああああ!」
 突如、アリスティドが支えていたフェリシーが叫び声を上げた。とっさに皆は警戒したが、何も出てくる気配は無く彼女は頭を抑えて座り込む。
 そこに倒れているのがイレーヌである事は分かっていた。イレーヌへのテレパシーは森に入ってから定期的に行っていたが、意識が無ければ反応が無いのは当たり前だ。だがそこに居るのは罠としか思えない。イレーヌの最も近くにある本と指定してムーンアローを放つと、それはイレーヌの胸元へと吸い込まれていった。本物とは限らないが、彬が抜刀してイレーヌに近付き、その体を抱えて戻ってくる。陽光のもとで見ると、その体は病的なほどに痩せており、生きているのが不思議なほどだった。
「イレーヌ‥‥味方になる、って言ったのに‥‥」
 レティシアが呟き、そっとその頬を叩くが、イレーヌは目覚めない。
「フェリシー。嫌な事を‥‥思い出してしまったんだね‥‥」
 うずくまっているフェリシーにアリスティドが声を掛け、レティシアがメロディを歌い始めた。徐々に落ち着きを取り戻したフェリシーを見ていた彬は、何気なく自分の指へ目を遣って息を詰める。
「‥‥アリス。レティ」
 その指で激しく舞う蝶を見、2人はイレーヌとフェリシーに目を向けた。レティシアはイレーヌの耳を飾っている宝石に気付き、アリスティドは口を開く。
「とりあえず‥‥教会に連れて行こう」
 そう言った刹那。


 パールとブリジットは、黒教会を訪れていた。
「誤解は解けたようで何よりですね」
 挨拶したパールは、ブリジットについて何か言おうとした教会の者を制してにこやかに告げる。
「ブリジットさんも事件の体験者ですし、一緒に調査するのが良いと思います。‥‥まさか、黒派の教義で白騎士のブリジットさんを規制したり‥‥盛大な宗派紛争に縺れ込ましたり‥‥しませんよね?」
「ま、まぁ‥‥調査だけなら‥‥」
「不審がお有りでしたら、今ここでセーラ様に誓いを立てます」
 とまでブリジットに言われては、引き下がるしかない。パールの希望により、2人と一緒に回る神官を1人付け、3人で教会内を調査して回る事になった。
 敷地内での魔法の限定使用許可も貰い、まずはジョセフ達の暮らしぶりを確認する。怪しく見えても恐らく冤罪だろうから、疑われる事に疲れて暴挙に出る可能性もある事を注意するよう言うと、ジョセフ達の中の半数は、やはりその生活に疲れて田舎の教会生活に移ったという事だった。その中にはジョセフも含まれており、彼らは田舎で慎ましく生活しているらしい。
「残りの人はまだここに?」
「いや、近いうちに別の場所に移る事になるかもしれない」
 苦難を乗り越えてこその黒神官だが、教会としてもいつまでも悩みの種となる10人は居ないほうが体面を保てると考えたのだろう。
「奥の間は、司祭様だけが入れる部屋や書庫がありましたよね。書庫は‥‥ブリジットさんは本に触れないように、というお達しが出てます。禁書とかもあるみたいで」
「はい。分かりました」
 一般の神官も入る事が滅多に許されない書庫に3人は入り、狭い室内をうろうろ歩き回る。
「この扉の奥は?」
「あぁー、そこはダメです。司祭様以上の方々の為の書庫で‥‥」
「ボク達は調査に来てるんですよ? 何も無い事を確かめるなら、全部回らないとダメですっ」
 言われて神官がそろりと扉を開けた。中は先ほどの部屋と同程度の広さで、窓が無い為真っ暗である。ランタンを掲げて中を一通り回った所で、扉付近に立っていたブリジットはどこかで何かが閉まる音を聞いた。
「‥‥パールさん!」
 それは、元の書庫の廊下へと通じる扉。駆け寄って開けようとしたが、外側から鍵をかけられたのか、扉はびくともしない。
「内側からは開けられないんですか?!」
 パールに言われて神官はおろおろしつつ真鍮の鍵を何本か出したが、内側で掛けるようになっている錠前には鍵が掛かっていないので、当然何の意味も成さなかった。
「高い所に窓があります。ロープを持ってきましたから、これで外に出ましょう」
 ブリジットがバックパックからロープを取り出し、手近な所にあった真鍮の重しに巻いて窓へと投げる。窓が少し開き、ロープの端をブリジットがしっかり握った時、扉側に居たパールの耳に‥‥。
「ふふふふふ‥‥」
 女の笑い声が聞こえてきた。少し下がってデティクトライフフォースを使い、確かに扉の外に誰か人らしきものが居る事を確認する。
「だっ‥‥誰の悪戯か知りませんが、開けなさい!」
 神官が叫ぶが、抑えたような笑い声だけが聞こえ‥‥やがてそれも消えた。
 念のためにレジストマジックを掛けたブリジットが先に窓の外へ出、次にパールが飛んで出て最後に神官が部屋を脱出する。小さな中庭から元の場所に戻ったが当然誰も居らず、一旦3人はあった事を報告した。しかし姿を見ていない為に不審がられ、神官が必死で説明するも、再度の調査となる。
 だが、その後司祭の為の部屋も隈なく探したが、不審人物は見当たらなかった。

「不審と言えば‥‥」
 結局、娘は見つからなかった。
「司祭様はお留守でしたね。部屋も最近使ったような跡が無かったですし」
「そうですね‥‥。でも、誰も何もおっしゃってませんでしたし、司祭様はどこかに仕事で行かれて居るのかもしれません」
「どこか卓妙に隠し扉とか隠されて居て‥‥その奥に居たって可能性はあるですね‥‥うーん‥‥」
 誰にも知られずに娘が教会に居る。それを可能にする場所は、司祭の部屋がある奥の間以外に無い。司祭が匿って居るか、或いは誰も居ないから好き放題できるのか。どちらにせよ、これが外に漏れれば‥‥教会としても更なる打撃を被ることになる。
「‥‥デビルかデビノマニだと思ったんですけど‥‥」
 パールがブリジットを見たが、彼女は首を振った。石の中の蝶に反応は無かった。範囲外に居た可能性もあるが、声は近くから聞こえたようにパールは感じている。
「一体‥‥何なんでしょうね‥‥」
 どうにも腑に落ちない帰り道、2人は森組はどうだっただろうかと考えた。

 そして、2台の馬車がパリにやって来た。
 1台に乗っていた女性は、生きているのが不思議なほど青ざめ痩せ衰えており、すぐさま教会の神官達に引き渡される。後の馬車からは冒険者が3人降り、最後に1人のエルフがゆっくり降りてきた。
 まだどことなく表情に乏しいが‥‥出迎えた2人を見て、静かに頭を下げる。

 彼女の名はフォレディエス。
 同時にそれは。