●リプレイ本文
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「いきなり難易度の高い模擬戦ですね」
赤銅色の砦を見下ろし、ヒューゴ・メリクリウス(eb3916)は後方へと振り返った。
「いつもこんな感じなので?」
崖縁の眼下にそれはある。ここからロープで奇襲すれば実に楽しいことになるだろうが、レンジャーを目指す者としてはあまりに無謀な勇者的行動は避けたい。
「力を磨く為には緊張感が必要だ。この程度こなせねば話になるまい」
「死ぬ気で模擬戦か‥‥」
団長の言葉に、ロックフェラー・シュターゼン(ea3120)はどこか遠くを見つめた。
「俺‥‥無事に火起こしに使えそうなスクロール貰って‥‥レンジャーになったらもっと勉強するんだ‥‥」
「いいフラグだな。まぁ、背後に上れる崖があるのに警戒してないってのは、やっぱり隙がありすぎだろ。聞こえてくるほど凄腕が居ないって事かね」
腰に手を当てて砦を眺めこみ、それからシャルウィード・ハミルトン(eb5413)も団長へ目をやる。
「で、班分けはどうなるんだ?」
「それは明日の突入前に発表する」
「わざわざ盗賊の砦に乗り込んで模擬戦だけでもユニークだと思ったが‥‥作戦会議もほぼ無しか?」
では班分けする意味があるのかと言う事だが、セイル・ファースト(eb8642)の問いに副団長が頷いて見せた。
「傭兵は、戦場でいつ敵味方が変わるか知れない危険も負っています。その時には戦いながら打ち合わせをする必要もあるでしょう。如何に簡潔で的確な相談が出来るか。その訓練でもあります」
「自分の個人的な意見なのですが」
それへ、陰守森写歩朗(eb7208)がすいと手を挙げる。
「『模擬戦』をするより、まずは盗賊相手の『実戦』を優先したほうが良いと思います。盗賊相手に全滅となったら、本末転倒ですから。それに、日々修練しているのは何の為でしょう? 自分は何かを護る為だと思っています。それが何かは人それぞれでしょうけれど、討伐出来れば今後の民を守る事に繋がります」
「その判断は1人1人に任せる。味方は必ず信用出来るか? では敵は必ず敵のままか? 状況が変われば目の前の敵も味方になる可能性がある。逆も然りだ。決められた道の上を歩くのは困難であり、そうであるが故に道は定めない。今回の『戦い』に於いてのルールは2つだ」
木板に傷がつけば『死亡』。『死亡者』は『生存者』の手助けをしてはならない。
「つまり‥‥『他』は定めない‥‥という事ですね‥‥?」
そっと元馬祖(ec4154)が尋ねると、団長は大きく頷いた。
「分かりました。踏み留まる賢者より踏み出す愚者となり、今という好機を全力で生かします」
「ところで、私はウィザード希望で今回が初めての訓練参加になるんだが、ここでの戦いは今までに自分が身につけた能力を生かすだけだろう。新しい技術は学ばせて貰えるのかな?」
最近暗黒大陸から帰ってきたらしいファン・フェルマー(ec0172)の問いは最もである。特にウィザードになろうと言う者にとって、この模擬戦は自らの知識と経験を高めてより幅広い考えを構築する‥‥以外にウィザードとしてはあまり役に立たないかもしれない。魔法を使えるわけでも無いので、近くで他のウィザードが放つ魔法を見るくらいか。
「戦いの最中でも教える事は出来ますよ〜? 身を持って魔法を受けて体感されたほうが分かりやすいかもしれませんが〜」
そんなファンに、にっこり笑って『神官修行中の身』らしいジュリーという名のウィザードが声を掛けた。おっとりしているように見せかけて、平気で建物を破壊するエルフでもある。
ともあれ彼らは崖からじっくり砦を観察し、その後降りて離れた場所で野宿した。
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翌朝、朝食を取り野宿の片づけを行って砦へ向かう道中、団長は皆に班分け内容を告げた。
団長は青班。副団長は赤班。以下、青班はヒューゴ、シャルウィード、ファン、馬祖。赤班はロックフェラー、森写歩朗、セイルである。尚、ジュリーは青班で、ウィザード志望者が敵側に居ないのを残念がった。
同じ班となった団員達と共に表門、裏門の近くに隠れてから初めて、それぞれに簡単な打ち合わせを行う。
冒険者は皆概ね盗賊が実は強い可能性は無いのかという危惧を持っている。だから保険がほしいとロックフェラーは告げていたし、セイルはパリを出る前に盗賊についての噂などを酒場で聞きこんでいた。
「後、盗賊はどうすりゃいいんだろう。捕まえるか殺すか」
「消耗させるならともかく、即殺すというのは」
「でも戦場じゃ、手加減は命取りだしなぁ。殺すほうが楽なんだよな」
「そりゃそうだ」
ロックフェラーの呟きにシャルウィードも同意する。団長は『盗賊を先に倒してから改めて班同士で戦う』事を推奨はしなかったが、他の団員含めて実際はその方向で行こうという雰囲気になっていた。だが実際、盗賊を全て倒したかどうかなど誰にも分からないだろう。
「でも‥‥団員は殺さないように板に傷を付ける事に専念して、盗賊は殺す‥‥だと、ある意味危なくないか? 切り替えで事故が起こってもおかしくない」
「弓を使う者としては、どっちも余り変わらないな」
セイルの危惧は最もだ。だから皆は武器も比較的弱めにしてみたり工夫はしている。中には弱めか分からない武器を持っている者も居たが、この武器で盗賊が強いとなると又困った事になるだろう。
森写歩朗の手伝いでパリで情報を集めたクリスと清十郎の話でも、勿論セイルの集めた情報でも、この砦の盗賊達に関する情報は耳に入らなかった。少なくともパリで噂になるような盗賊ではないのだろう。それは被害に遭っている者がほぼ居ないと言う事かもしれない。
ともあれ冒険者達はそんな相談を前日のうちに行っていて、それらについて団長にも尋ねていた。しかし団長が言う事はほぼ変わらない。『個人の判断に任せる』。『砦の情報は自分からは教えない』との事。そこで皆は、班分けの後に他の団員達に砦について尋ねてみた。
この砦に盗賊が住み着いたのはそう古い話ではない。だがこの場所は町村から遠く、付近の街道に出て人を襲ったりするものの、それも頻繁な話では無いらしい。何せ人通りが少ない田舎道なのだから。
「正直、何が良くてこんな所に住んでいるのか謎だ」
そう言う団員が砦の壊れかけた外壁の中に見える畑を指差した。
「成程。自給自足生活ですか」
「自給自足で‥‥盗賊生活も‥‥?」
頷くヒューゴに首を傾げる馬祖。
「盗賊稼業から足を洗ったなら、素直に投降するかもしれないな」
言いながらも油断する気は毛頭無く、ファンは矢に色を塗った。
「‥‥でも、何故色を塗るのでしょう? 武器によってはきちんと色が付くとも思えないのですが」
「色が付いても付かなくても板に傷が付いたら『死体』だろ」
「裏切り防止かもしれませんね」
気にしていないシャルウィードに、ヒューゴは冗談ぽく言って笑う。
ともあれ時は来た。皆は武器を構えて戦闘態勢を取りつつ、門を見つめる。
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素直に門を通る必要は無かった。何せ外壁は半分以上壊れており、1人ずつなら壁の隙間をくぐっていける程だったのだから。
しかしまずは弓兵の確認。見張り台と罠の確認が先決である。シャルウィードが飛ばせた鷹もヒューゴの魔法にも、当然視界にも見張りらしき姿は見えなかった。
「正面でこれかよ‥‥」
無防備すぎて呆れるくらいだが、罠は念入りに掛かっているかもしれない。鳴子なら簡単に設置できるし、これにまず注意だろう。
「専門的な罠は分かりませんが‥‥」
ヒューゴもシャルウィードも狩をする上での罠で初歩的なものを知っている程度。ファンは戦場での罠を知っているが、知識量は大差ない。そんな中、密かに馬祖が実は皆より罠については少し分かっていたりして‥‥。
「ここに鳴子があります」
見つけたりしていた。が。
「でも切れていますね。古い罠のようです」
「罠の意味ないな」
一方、状況は赤班も余り変わらなかった。
「‥‥この落とし穴、思いっきり見えてるな‥‥」
こちらはセイルがそこそこ罠に対して知識があるのだが、知識が無くても分かってしまうくらい露出している。
「こちらの罠も紐が見えていますね。罠の管理はしていないのでしょうか‥‥」
「この鉄錆びてるなぁ‥‥。あ。これ銀製じゃないか? ここを削って‥‥うん、まだ使えそ」
「やめとけ」
つい夢中になりかけた鍛冶屋がお土産を持って帰ろうとしたのを素手で殴って止めて、皆は砦内へと入った。
田舎にある砦跡にしては建物は大きい。古くは城として使われていたのかもしれなかった。
「うわっ」
正面から建物内に入った直後、青班は1人と遭遇する。
「お前は盗賊か?」
あまりに素な表情で驚いていたので、思わずシャルウィードは聞いてしまう。
「てっ‥‥敵っ?! うわあぁぁ敵し」
叫びながら逃げ出そうとした相手にヒューゴがスタンアタックをかませた。平凡な身なりでナイフは所持していたが武装はそれだけだ。とりあえず縛っておいて先に進む。
「何だぁ‥‥? 狼でも来たかぁ?」
のんびりした調子で梯子を誰かが降りて来た。
「ほい、ご苦労さん」
降りきる前にシャルウィードが龍叱爪をその尻に突きつける。小太りな男は慌てて手を離してしまい、床に尻餅をついた。その音に2階から顔を出した男へ、ファンが軽く矢を放つ。
「ひぃやぁぁ」
頬をかすめて飛んだ矢に、2階の男は慌てて逃げて行った。青班は二手に分かれ、別の梯子から2階へ上がる。
「何だ、てめぇらぁ!」
しばらく行けば慌てて武装したらしい、革鎧を着た男達がやって来たが。
「ごめんなさい」
馬祖が大柄な男を小盾で殴った。続いて他の団員達がたちまち彼らを伸してしまう。
「僕のスタンアタックが効くくらいですから、余程弱いんだろうとは思ってましたけど‥‥」
ヒューゴや馬祖は、1対1で戦って相手にダメージを与えられるような強さは持ち合わせていない。しかしそんな2人でも特別危険を感じない相手‥‥。余程のゴロツキである。
そのまま青班は彼らの住処である部屋まで入って軽く制圧し、全員縄に掛けて適当に物色した。
「そう言えば、赤班と遭わないな」
さりげなく後方を気にしながらファンが呟き、皆も盗賊を1部屋へ押し込んでから辺りを見回る。
だが、盗賊達を制圧しても尚、両班は戦いに入る事が出来ないのだった。
「そっちに行ったぞ!」
「こちらは任せて下さい」
「扉を行かせるな!」
その頃の赤班は、地下で遊んで‥‥否、モンスターと戦っていた。地下への扉は固く閉ざされてしばらく開けられた様子は無かったのだが、副団長が開けるよう指示をし皆は地下へと降りたのだが。
まず最初に遭遇したのはジェルである。それを倒して次の部屋ではジャイアントラットがわらわらと住んでいた。地上へ逃がすわけには行かないのでそれを倒しまくって先に進めば、次はかちゃかちゃと音を鳴らしながら骸骨がやって来る。
「何で盗賊とこんなのが共存してるんだ?」
しかし彼らの敵では無かった。味方の人数も多いので戦いづらいが、冒険者3人だけでも事足りただろう。
「やはり‥‥ここで死んでいたのですね」
地下は幾つかの部屋に分かれていたが、最後の部屋に入って副団長が呟いた。
その部屋にはバラバラになった骨が散乱しているが、原型を留めているものは無い。長い年月を経た事を感じさせたが、副団長はぐるりと見回して隅に落ちていたペンダントを手に取った。
「‥‥不用意に触って大丈夫ですか?」
「さぁ‥‥どうでしょうか。こんな所を見られたら団長に叱られてしまいますね。後から教会には行きますが」
副団長はそれを仕舞い、皆に地上へ出るよう促す。
地下への扉は再び固く閉ざされ、赤班はやっと地上の探索を始めた。
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「は〜い、発見ですよ〜」
とても楽しそうな声が聞こえてきた瞬間、ロックフェラーの目前で火柱が立った。
「駄目だ。あれはダメだ。逃げよう、とっとと」
「ウィザードなら肉迫すれば何とかな」
どーん。
「てっ‥‥手加減無しか!」
セイルとロックフェラーが魔法の餌食になりかけたその時、味方は既にその場に居ない。突然の襲撃だったにも関わらず、団員達の逃げっぷりは見事だった。
「こちらへ」
森写歩朗は副団長に案内されて2階へ上がり、ただの壁と見せかけた隠し扉を開けて中に潜むよう告げる。
「戦いは基本的に2人1組。敵を釣ってきますね」
にっこり笑って彼女は走って行き、間もなくして宣言通りシャルウィードを連れてきた。と言っても全力疾走。シャルウィードの足にかなうわけが無いので必死だ。走り去った所へ森写歩朗が飛び出し、背後から彼女にスタンアタックを浴びせる。
「くっ‥‥」
気配に反応はしたが避け切れなかったシャルウィードが倒れた。急いで目覚める前に木板に傷をつけておいて、次の目標へと走り去る2人。
一方、ヒューゴと馬祖はやる事が無く奥の部屋で盗賊達を見張っていた。と言うのも、この部屋の前線にはジュリー。その後ろにはファンが居て。
「うわ〜」
ファンの的確な矢が木板に刺さり、見事にそれを真っ二つに割った。彼を守っているのは団長で、矢の攻撃を受けなかった者は団長の斧の餌食となる。
「どんなウィザードになりたいんです?」
そんな光景を遠目に見ながら、いざという時はその身で味方を守ろうと考えていた小さな武道家に、ヒューゴは尋ねてみた。
「まだ先の事は。ですが、より広い世界へと羽ばたけるような知識を持ちたいと思います」
「その知識で人を守れるような?」
「そうですね」
諦めるしかなかったかもしれない未来の展望を話せる事は、どんなに喜ばしい事だろう。遠くでファイター2人が『ぎゃー』と楽しそう(?)に声を上げているのを聞きながら、こそこそ逃げかける盗賊を殴ったりしつつ2人は話し合った。
結局。
勝利は青班がもぎ取った。拠点を持った時点で赤班の敗北は濃厚だったかも知れず、副団長が『ごめんなさいね』と後からそっと仲間に謝った。魔法を浴びたものの健闘した2人も他の敵をおびき寄せたりしたが、一番倒したのはファンでは無いだろうか。シャルウィードも森写歩朗に破れるまでに1人倒している。青班は皆御守を貰い、赤班は寸志金を貰って今回の模擬戦は終わりとなった。
ともあれ、盗賊達は今はほとんど盗賊稼業を行っていないとの事だが、地元の領主の元へ彼らを連行する事になった。その後は傭兵団の砦に戻って修行と勉強の再開である。
「今回で君達を正式な我が傭兵団の団員として認めよう」
最後の日、団長がそう言ってロックフェラー、ヒューゴ、シャルウィードにスクロールを手渡した。希望の品が無く別のスクロールを渡された者も居たが、これが研修課程修了の証とも言えるのだろうか。
そして彼らは砦を後にした。
次にここを訪れる時は、森にも春が訪れているだろう。