夢幻の憐檻 虚飾

■シリーズシナリオ


担当:姜飛葉

対応レベル:4〜8lv

難易度:やや難

成功報酬:2 G 64 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:12月07日〜12月13日

リプレイ公開日:2005年12月14日

●オープニング

「何故だ‥‥何故あの時、あのような真似をした?」
「それを問うの?」
 問う声に答える声が嘲う。冒険者がいようがいまいが、やるべき事はかわらないはずだ――そう言外に言っていた。
 結局、問う声の主は、僅か苦いものが混じる声音で、近頃の情勢について語り重ね問う。
「そう。余計な目を引くから失敗するのよ、愚かね」
「‥‥愚か、か。そう断じるか」
 小さく笑う声に、艶めいた笑いが重なり――貴方はそこまで愚かではないと信じている、そう笑い声のまま囁く。
「無論。あの御方のためなのだから」
 迷い無く是と言う言葉に、更に笑い声は嬉しそうに響く。
 手札が数を減らしてはいたけれど、それは切る場面を間違えなければ良いだけの話だ。
 使える物は有効に使わねばならない。心を裂くために、決定的な場面で。
 大切と思えば思うほどに、人はその存在のために心を乱し、砕き、堕ちていく。
 恋慕の情ほど、愚かしくまた芳しいものはない‥‥艶唇に刻まれた笑みは、常に纏う柔らかな物とは違うものだった。


●究明
「シェラ、この間の冒険者さん達の調査結果はでたのかしら?」
「‥‥調査?」
 何の事かわからずに、シェラは首を傾げた。その様子に少しばかり苛立たしげにフレイアは口元を歪める。
「誰が私を邪魔だと思っているかよ。調べてもらう約束だったの、外の冒険者さんに! ‥‥ジル従姉様は約束を守ってくれなかったの? 調べられては困るから?!」
「フレイアちゃん、落ち着いて。また苦しくなっちゃうよ‥‥!」
 言葉を荒げるフレイアを、シェラは慌てて留めた。
 1度損ねた健康と落ちてしまった体力はなかなか戻らず、未だフレイアは本調子には遠かった。
 けれど、シェラの労りの声も届かぬほどにフレイアは、言葉を止めない。
「誰が私を邪魔に思っているかわかったとしても、それが私に伝わるかはわからないわ。皆嘘ばっかり! ねえ、私が当事者だもの、ジル従姉様より先に私が知っても問題は無いでしょう?」
「それは‥‥」
「ルベウスだって帰ってきてくれない。ルベウスもジル従姉様が良いのでしょう?」
 何も言えず、シェラは押し黙った。彼女の沈黙を肯定ととったか、フレイアは更に言い募る。
 感情のふり幅が大きく、フレイアの気持ちが非常に不安定だということだけは、シェラにもわかった。
 そうではない、とても心配していたのだと言いたかったけれど、どうして戻らないのかを訊ねられれば、答えられないから、シェラは何も言えなかった。
 かといって、シェラには『ルベウスは死んだかもしれない』などとは口にする事は出来なかった。
 これ以上、フレイアの気持ちを追い詰めたくはなかったし、何より口にしてしまうと、認めたくないその言葉が、真実になってしまいそうで。
「シェラは私に嘘つかないよね?」
 そう間近で訊ねられ、シェラは小さく頷いた。
 元より嘘をつくだけの要領の良さもない、正直であることだけが取り得のシェラだったが‥‥今にも泣きそうなフレイアを前に、首を振ることなどシェラに出来ようはずもない。
「‥‥それじゃ行って来るね、フレイアちゃん」
 出来れば離れたくなかった。
 けれど、フレイアとジルフィーナそれぞれに『お願い』されては、シェラにはパリに行くより道がなかった。
 結局自分がいたとしても、守ることなど叶わない。
 それなら、自分に出来る事で彼女の気が晴れる手伝いをしよう‥‥そう思い、シェラはふわり空へと翔けた。
 その様をじっと見ている存在に、シェラはとうとう気付かなかった。


●救命
「‥‥この間、調べてもらった報告書ってあがってるのかな?」
 へたりと、受付係の前に舞い降り、座り込んだシェラ。
「こんにちは、どうされました? ‥‥報告書、ですか?」
 唐突な質問にも、ああ‥‥と頷いた受付係は、確認するように問い返した。
「うん、そう。‥‥シェラ、そんな事知らなかったから、何も答えられなかったの。教えてっていわれたんだけど、依頼した人にお話する前に、当事者にお話するのって‥‥いいのかな」
「それは‥‥」
 けれど、答えを求めているわけではないシェラの様子に、受付係は口を噤んだ。
 求めにどう応じるか、それすらも冒険者の判断によるところが大きいだろう。
 時に自身の命すら賭けて、冒険に応じなければならない彼ら。
 その彼らの判断力は、受付係である自分程度で言える事はないのかもしれない‥‥そう思ったのだ。

●今回の参加者

 ea5838 レテ・ルーヴェンス(25歳・♀・ファイター・エルフ・イギリス王国)
 ea7780 ガイアス・タンベル(36歳・♂・ナイト・パラ・イスパニア王国)
 ea7984 シャンピニオン・エウレカ(19歳・♀・僧侶・シフール・インドゥーラ国)
 eb0605 カルル・ディスガスティン(34歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1460 エーディット・ブラウン(28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3000 フェリシア・リヴィエ(27歳・♀・クレリック・人間・ノルマン王国)
 eb3361 レアル・トラヴァース(35歳・♂・レンジャー・人間・エジプト)
 eb3385 大江 晴信(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ラーフ・レムレス(eb0371)/ ディートリヒ・ヴァルトラウテ(eb2999)/ ディアドラ・シュウェリーン(eb3536)/ アシュレイ・カーティス(eb3867

●リプレイ本文

 シェラから聞いたフレイアの訴えを前に、冒険者らは思案と意見を重ねた。
 どう対処するべきかわからないシェラは、仲間達のその様子をただ黙って見守っていた。困り顔で肩を落とすシェラに、ガイアス・タンベル(ea7780)は小さく笑みを浮かべ、励ますように頭を撫ぜた。
「依頼主は厭くまでもジルフィーナ。筋を通せば条件通り秘密裏に彼女へ報告すべきでしょう」
 淡々とした声音で、レテ・ルーヴェンス(ea5838)が告げる。彼女の言葉は、依頼を受けた者の判断として至極真っ当な言葉である。
 それは皆が理解していた。けれどフレイアの状況を鑑みれば、それを押し通す事が躊躇われるのもまた事実。
「本来はジルフィーナを優先すべきだが、フレイアの精神状態を考えるとフレイアに先に話すべきか‥‥」
 眉を寄せ思案顔で呟かれた大江 晴信(eb3385)の言葉が、何より皆の気持ちに近い物だったのかもしれない。
 結論が出ないままでは、向かう事も出来ず。微妙な空気が漂う相談のための卓に、それを払うかのようなレアル・トラヴァース(eb3361)の落ち着いた声が響いた。
「そんなら、二手に分かれて、同時に報告するっちゅうのはどうかいな?」
「互いに譲歩‥‥という形をとるというわけね? 確かに、報告に全員が顔を揃えている必要もないでしょうし」
 レテの確認に頷くレアル。
「ジルフィーナはんが、ほんまにフレイアのことを心配してるんか、うわべだけなんかわからんけど。フレイアの精神状態のため言うたら、NOとは言えんやろ。フレイアも『絶対自分が先!』いうのは、我侭ちゅうもんやろ?」
「もしジルフィーナさんが黒幕でも、表面上はフレイアのことを心配するそぶりを見せるはずだし‥‥それなら、双方立てられるものね」
「そうだな、2手に分かれるか」
 フェリシア・リヴィエ(eb3000)が小首を傾げ懸案する言葉も重ね。晴信が頷き仲間の顔を見回せば、一様に納得した表情だった。
「適材適所。それで、決まりかな?」
 シャンピニオン・エウレカ(ea7984)に続くように、各々の適所を確認し合い、彼らは報告の為の段を付け、幾度目になるのだろう‥‥件の家へと向かうのだった。


●報告―sideA
「貴方方の配慮は分かりました。報告を聞きましょう」
 依頼人である自分への報告を選んだ者――レテ、ガイアス、カルル・ディスガスティン(eb0605)、晴信ら4人の顔を、ジルフィーナは順に見遣った。
 当主の私室である部屋にいるのは、ジルフィーナと彼らの5人だけ。
 最初に報告の口を開いたのは晴信だった。
「調査結果だが、前回調査期間にラージバットに襲われ、それ以前はオーガに襲われた。やはりフレイアは狙われている。怪しい人物も数人いるが、まだ絞りきれていない。引き続き調査が必要と思われる」
 簡潔な報告であるものの、その内容に微かにジルフィーナの眉尻があがる。けれど彼女が何か口にする前に、ガイアスが先手をうち訴えた。
「まだ残念ながら絞り込めてませんけど、悪魔がいるのは確かなようです。引き続き調査させて欲しいです」
「絞り込めてはいないという事は、候補の見当はついていると言う事かしら?」
「調査結果は怪しい人物が数名」
 一人目。以前、フレイアの病を癒す為に動いた冒険者を襲った者達の一人が持っていた杖と同様の傷持つ杖が部屋にあった。
 二人目。術師には不似合いな剣の使い手も居た模様。神聖騎士が神への忠誠を翻す事は相当な意味があり、彼にとっては主こそが頂に立つべき者なのかもしれない。
「そしてその主も無関係とは思い難い‥‥これで、三人目」
 依頼人であるジルフィーナ本人を前に、真っ直ぐに怪しい人物と言い切ったレテの目に迷いはない。
「調査対象である『家』の者で不審者はジーハ、ジェノバ、そして貴女よ。本来なら当主の座にあってもおかしくないそうね――それを貴女が望むかは別として」
 ジルフィーナは暫しレテを見つめていたが、手にしていたカルルの纏めた報告書を執務台の上に置くと小さく息を吐いた。
 簡潔なその報告書にも、彼女に対してこそ判断材料の不足から『保留』と綴られていたが、ジェノバと彼女の一家の密接さ、ジーハが愛用の杖を残したまま短くは無い時間、家を空けている不自然さも書き記されていた。
 立て続けに二回あった直接の襲撃もフレイアの心身を衰弱させており、或いはこれが狙いとも考えられるが真意が不明である事から、早急にフレイアの警護体制を整える必要が推されていた。
「でも、悪魔の目的はフレイアさんの命じゃないと思います」
「目的は分からないけど、フレイアに負の感情を満たそうとしているように思える。そんな面倒な事をしなくてもジルが当主の座につく事は容易く思えるのに。だから私は貴女は犯人ではないと思う。貴女をこの檻に縛り付けたい者こそが犯人じゃないのかしら」
 内容を補足するガイアスの言葉。それを繋ぐようにレテが個人の推測をあげる。仲間達から反ずる言葉も無かったが。
「他の一族の者達や、フレイアの傍に1番長く居たにも関わらず不審に気付かなかったカリツェは、疑惑無しということかしら? ‥‥剣を扱う者は少ないけれど確かにいる。ただジェノバは、フレイアの不調の前後もずっと私の傍らにいたから、貴方達を襲った者とは違うはず。ジーハはわからないけれど」
 そういえばデビルは変化の法が使えたわね‥‥思い出したように呟き、こめかみを抑えるように指を這わせ、ジルフィーナは今度こそ嘆息を零した。けれど会合は終わらず、更に言葉が重ねられたのは冒険者らの疑問だった。
「『リュセト』は、母方の名よ。当主の後継を降りた時に不要な諍いをさけるために父が選んだ道の結果。今の状況を父が見たら、きっと嘆くわね」
 自嘲ともつかぬ苦笑を浮かべ、ジルフィーナは晴信の問いに答えた。
「ジェノバは父の冒険者仲間だった。私は冒険中の事故、と聞いているわ。その時の怪我が元で、私がまだフレイアよりも幼い頃に亡くなっている。墓は、一族の墓所にある‥‥これで答えになるかしら?」
 彼の問いに簡潔に告げられた短い答え。
 ただ、フレイアが物心ついた時には既にジェノバという人物は彼女の家族と親しく、彼女の父が怪我を負ってからは、いつも共に在ったという。
 ふと、レテは常々訊ねてみたかった事を訊ねてみた。
「貴女とフレイアは此処に居たいの?」
――こんな檻の中に?
「‥‥フレイアが何を望んでいるかはフレイアでなければわからないわね」
 正面からの問いに彼女自身は答える事無く薄青の瞳を細め微笑んだ。
 報告書という形で纏め上げ、今まで沈黙を守っていたカルルが口を開く。
「確認しておきたいが‥‥この仕事は‥‥フレイアに迫る脅威を排除するものなのか?」
 真意を測るようにジルフィーナは、カルルを見返す。
「‥‥土壇場で警護対象を始末しろと言われても困るのでな‥‥依頼主の意向は知っておきたい‥‥」
 切り込むようなカルルの言葉に、けれどジルフィーナは激する事もなく「勿論」と静かに頷いた。


●報告―sideB
 ずっと壊れ物に触るように接する事は、フレイアのためになるのだろうか。優しさと、甘やかすことは違う――そう思ったからこそ、彼らは真実を伝える事を選んだ。
 憶測の段階で不安を煽るだけの不確定要素は除き、けれど狙われているという事実と真実は伝える。本人も嘘は望んでいないだろうから。
『何者かが狙っているようだが、誰だかわからない』
 そうレアルが伝えた言葉と同様の言葉を、その場にいた全員が口を揃えフレイアに伝えた。
 告げられた言葉を量るように、僅かな間があく。けれど、一瞬の後にフレイアの顔に朱が走った。
「それじゃあ、調べてもらった意味なんてないじゃない!」
「誰かが狙っているのは事実。だけど、誰なのかはまだわからない。でも安心して。きっと犯人を突き止めてみせる。そしてあなたを守るから」
 駄々をこねる子供のようなフレイアの反応に、フェリシアは真摯に告げた。すべての命あるものを大切に思う彼女の瞳に嘘は無い。安全であるべき家の中で、命を危険に晒されつづけたフレイアの瞳こそが、全てを疑うものだった。
「ルベウスさんも企みに気付いて、フレイアさんを守る為に今も頑張ってるに違いないですよ〜。だから、フレイアさんは何があってもルベウスさんを信じていて下さい〜。友達も魔法と同じです〜。信じれば、それ以上に応えてくれるですよ〜。だから魔法使いに大切な事その2は『何があっても最後まで信じる』なのです〜」
 更にフレイアが激する前に、フェリシアが重ねる手にまた己が手を重ね、おっとり微笑んだエーディット・ブラウン(eb1460)は、魔法使いに大切な事を伝える。不信を重ねるのではなく、ルベウスも自分たちも信じて欲しいと願って。
 皆が皆、ルベウスはフレイアの身を案じているという。仲間であるシェラがいう言葉を信じての事だが、本当にもしかしてなのだが。
 そんなシャンピニオンの気掛かり――彼はフレイアの病を治そうと手がかりを探る内、『真相』を知ってしまったのかもしれない。
 真実を知った後の彼がどうなったのか、それはシャンピニオンにはわからない。全ては憶測の範囲を出ない事だ。
「あのね、ガイアスちゃんが言ってたの。笑顔は笑顔を呼ぶんだって。シェラもそう思うから、フレイアちゃんも笑顔を忘れないでね」
 ね? と微笑みかけたシェラに、フレイアは首を横に振った。
 それを見ても諦めず、シャンピニオンも笑いかけた。望みを捨ててはいけないから。
「信じるって事は形のないことだから、気持ちが揺らげば、簡単に壊れてしまうし疑ってしまうの。
 でもね、大切なのは、どうなってしまっても立ち止まらないこと。足が竦んで立ち止まってしまったら、周りのいろんな事から置き去りにされちゃう。それが、本当の孤独の辛さだと、ボクは思うの」
 自分の目で見て決めて。信じさせて、ではなく、信じる事が大切なのだと彼女は続けた。
 その言葉にフレイアが周囲を見回せば、レアルもエーディットも微笑み頷いてくれた。
「怖くても辛くても、ボクらはフレイアちゃんの味方だから、ボクらは置いていかない。きっと守るよ。一緒に、確かめに行こう。フレイアちゃんの知りたい本当のことを」
「頑張るペースは、フレイアさんのペースでいいんです。大丈夫ですよ〜」
 エーディットも頷き微笑む、彼女らのその笑みにフレイアは顔を歪め俯いた。
 握られたその手がとても温かかった。
「‥‥そうね」
 いつから、こんなに人を信じられなくなってしまったんだろう、真摯な言葉の数々にフレイアは初めてそう振り返った。


●不明
 ディアドラ・シュウェリーンやアシュレイ・カーティスら仲間達から届いた書簡を手に、晴信は息を吐いた。
 記されていた内容に、やはりという思いと、それと相反する思いが胸を過ぎる。
 ガイアスが手にするラーフ・レムレスよりの報せも、フェリシアが受け取ったディートリヒ・ヴァルトラウテからの報告も同様で、特筆すべき目を惹くものは無いように思われ、彼女は首を捻った。
 フェリシアの気掛かり、ジーハの行方。
 重ねて訪れる前に、レテとエーディットが、これまでの報告書を纏め読み直し、情報を見直してきたのだが‥‥。
 杖の傷を付けた冒険者に聞かねば確証は得られないだろうが、それでもその場にいたガイアスと綴られた報告書から、無関係ではないだろうと思われるジーハの杖。
 ジルフィーナに問えば、彼女も『暫く戻らない』という言伝を聞いただけだという。簡単な言伝で暫し家を空ける事は珍しい事ではなく、まして、フレイアの不調が単なる病の類ではないと疑っていた一族の高老の一人。ルベウス同様何かを求めての事だろうとジルフィーナは思っていたらしい。
 言伝を持ってきたのはジェノバだったという事が、懸念を落とす材料だった。
 ギルドに属するわけではない、老練な魔法使いは何処へ姿を消したのだろう。


●頭角
 報告を終え、重ねて調査がある者以外は、以前のようにフレイアの枕元に集まっていた。
「聖なる釘って物なんだが、この辺りに打っておけばフレイアの身を守ってくれるんじゃないかと思ってな」
「釘‥‥?」
 そうはいっても女の子の部屋にほいほいと打ち付けて良い物かがわからず、釘を手に晴信が部屋を見回した。
 単なる釘にしか見えず小首を傾げるフレイアの傍ら、窓辺で茶を淹れていたカリツェが、微笑んで晴信に釘をさした。
「その様なものをフレイア様の私室に打たれては困ります」
「デビル避けになるんだ、頭まで打ち入れてしまえば外観も‥‥」
「いいえ、困るのです。大江様」
 声音に不審を感じ、カリツェから隠すようにカルルがフレイアを背に庇った。冗談めかした晴信の笑みも強張り、消える。
 彼らの様子に構わず、カリツェはにこやかに茶器を卓に置くと、その手をのばした。
 カルルの背に庇われたフレイアに手を伸ばす事叶わなかったからか、カリツェは微笑み――シェラを掴んだ。
「シェラはん!」
「存外使えませんでしたわね。折角長い時間をかけて、贄へとお育て申し上げましたのに」
 逃れようと手の中でもがくシェラに頓着する事無く、柔らかな微笑を浮かべたまま、カリツェは話す。
「随分とケチがついてしまいましたわ。愚かだから私を招いたくせに、愚か過ぎて無駄足を踏むだけ。とうに引き返すことなどできもしませんのに。私は荒事は苦手ですの、残念ですけれどその贄は諦めてさしあげますから、お見逃しくださいませね?」
「そんな事出来るわけ‥‥」
 ネックレスの十字架を手にしたフェリシアは言葉を続ける事ができなかった。
 強い力で締め上げられ、ぐったりとくず折れたシェラを見せつけられたからだ。
「それでは皆様、ごきげんよう」
 大きく開け放たれた窓枠に軽やかに立ったカリツェは、慇懃に一礼をしてみせた。
 顔をあげた彼女の顔はすでに別人‥‥そこに居たのはエキゾチックな異国風の顔立ちの美女だった。妖艶な笑みを残し、その姿が掻き消える。聞き逃せない呟きを残して。

「‥‥私の魔法陣は、これでも十分ですもの」――と。