【夢幻の憐檻】 愚恋
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■シリーズシナリオ
担当:姜飛葉
対応レベル:4〜8lv
難易度:やや難
成功報酬:2 G 64 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:12月20日〜12月26日
リプレイ公開日:2005年12月27日
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●オープニング
●報告―追記
家名を同じくする血縁者の集まりではない『家』
幾代か遡れば、それなりの繋がりは皆が皆もっていそうな縁者ではあるものの、本来は目的や、魔法や学術成果を共有し高めあう、ある意味でギルド組織のようなものらしい。
であれば冒険者としての依頼や成果は、むしろ個人の資質による所が大きく、一族のものであるという事で受けられる実入りの恩恵等は、一族が直接請け負った物でも無い限り不明である。また一族として請け負い、処理した仕事に関しては、当然公的な場所へ資料が残る事も無い。一族出身であるかといった情報も、外に出てしまえば個人から聞かぬ限り難しいようだった。
一方、ギース伯が持っていた情報はといえば。
確かにルベウスと親交深かったが、家とは商売的な付き合い――物品を交す以外は詳しく無い。以前と変わらぬ結果だった。
ジーハについても、ルベウスをはじめとする多くの一族の者の師であり、本人も優秀な精霊魔法の使い手だった程度の事しかわからなかった。
けれど同時に、優秀な者ほど『外』を選び、残るのは互いの繁栄を願い高めあう志を持つ者でなく、恩恵を搾取する為に残る力量芳しくない、心根の歪んだ者が多い近状を憂いていたらしい。
そして長く行方の知れないルベウス――
元より、シェラこそが彼の最後の一線だったのかもしれない。
シェラ自身『戻らなかったら頼む』という先のフレイアの不調に対する指示しか受けておらず、他に目新しい情報は得られなかった。許しを得て、調べた彼の私室にさえ。身近な者に頼らず単身行動した事が、何より内部の者を彼が疑っていたという証のようだった。
●醒願
二人だけで会いたいのだと、フレイアはジルフィーナを部屋へ呼びよせた。
フレイアに招かれるなどどれくらい振りの事なのか‥‥、ジルフィーナは招かれるまま部屋を訪ねた。そして顔をあわせたフレイアの第一声は、助命を求める声だった。
「ジル従姉様、お願い、シェラを助けて」
「何処にいるのか、わかっているの?」
その問いにフレイアは首を横に振る。
「私が囮になるわ。カリツェをここへ引き入れた人が居るといっていた‥‥最初からデビルだったのか、途中で入れ替わったのかはわからないけれど、カリツェは私が『贄』だと言っていたの。シェラは私の代わりに連れて行かれたのよ」
だから、囮になるのだとフレイアは言った。協力者が動けば、カリツェが逃れた先へと自分を浚っていくだろう――と。
「本当に動くかもわからないけど、今から当てもなく探して見つかる物でもないと思う。それとやっぱり外で力を借りたいの」
「冒険者ギルドに今から使いを出しても‥‥」
「カリツェはずっとここにいた。ここに属するウィザード達の得手不得手を全て把握していてもおかしくないのよ。‥‥そして、私は彼らに信がない事もわかっている。だからお願い」
フレイアのいう可能性は、的を得ていた。元より、物事の判断が付かない娘ではなかった。
カリツェの存在が離れた事で、命という形だけでなく、本来の彼女を取り戻しつつあるのかもしれない。
デビルは、ゆっくりと時間を掛け、フレイアという苗床に、不信の種を蒔き、芽吹かせ育んでいたのだろうか。
常に冷静な女戦士の横顔がジルフィーナの脳裏を過ぎる。
「――フレイア。今、私が貴女に訊ねます。フレイアは当主の地位を真に望みますか?」
問い以前に唯一の血縁である年下の従姉妹の事が、ジルフィーナは心配だった。その気持ちに嘘は無い。
ジルフィーナに、初めて正面からその地位について問われ、フレイアは瞳を瞬かせた。紛れも無い『迷い』が、その目に浮かぶ。
その迷いを見て、諭すように案じる言葉を言葉を重ねた。
「貴女はまだ若い。それに魔法使いになることだけが全てではないのよ」
「‥‥戻ったら、考えます。戻れなかったら、当主にはジル従姉様もいます。だから、今はシェラを助けて‥‥ルベウスが帰って来ないのも私のせいかもしれないのに、その上また友達を無くすなんて嫌なの。当主の代わりはいるけれど、友達の代わりはいないから」
言葉をつむぐフレイアの瞳に、当主の地位を訊ねた時の迷いは無かった。
魔法陣――その言葉が確かならば、それは今パリ近郊に留まらず、ノルマン国内の随所で発見され、それに伴うデビルの暗躍が聞こえてくる代物。いや、デビルの暗躍の結果、もたらされている代物なのか。
敢えてこの地をカリツェが選んだのは、破滅の魔法陣がこの地にあるからなのだろうか。
ジェノバには先日の報告の結果を受けて、自室での謹慎を言い渡してあった。
魔法の目も用いての見張りを置いてはいたが、彼が本気で抗えばその対応では足りないかもしれない。
常に自分の傍らに在った騎士。襲撃の際の対応も冒険者がいた事からだと思っていたが、真に目が曇っていたのは取り纏めていた自分なのか。
ジーハは何処にいるのだろう。
目まぐるしく脳裏をかける思考を止め、ジルフィーナは1つ、息をついた。
「デビルの目がどこまで利くかわからないけれど、出来る限り迅速秘密裏にギルドへ使いを出しましょう‥‥私が、デビルの協力者だったらどうするつもりだったの?」
「良く考えれば、ジル従姉様の言動は、私を思ってのものばかりだった。多分、私の僻みと劣等感‥‥きっとそこをデビルに‥‥」
その後、一人部屋に残ったフレイアは、カリツェが立ち去った窓辺を見遣り。
「大丈夫。大丈夫‥‥」
お守りの銀の十字のペンダントトップを握り締め、自分自身を励ますよう呪文のように、繰り返しフレイアは呟いた。
●暗洞
「アンドラスは失敗したようだけれど私はしない。‥‥手札は幾つも用意しておけばいいのよ。そうね、あの愚かな者達にも最後の機会をあげましょうか。迎えに行ってあげなさい」
ゴモリーとは異なる高い少女の声が応えて消えた。
「さて、より深くより昏い。望み絶たれた魂こそが贄に相応しい。せっかく時間をかけたものが無駄になってしまったけれど、大丈夫。貴女にも素敵な物を贈ってあげる」
カリツェであったころの面影などまるで無い妖艶な女を前に、シェラは身を震わせる。けれど‥‥。
笑顔でいること、諦めないこと、何よりも――信じること。それが、今一緒にいる仲間が教えてくれたことだから。
何よりもフレイアが無事でいてくれれば、ルベウスと交わした自分の約束は守られる。だから大丈夫なのだと、シェラは胸の内で繰り返していた。
「嘘と約束を破る事はだめ」
シェラの呟きを耳にしてゴモリーは唇を歪めると、シェラを閉じ込めた鳥篭の隙間から指を差し入れ、羽根をつまんだ。
「綺麗な羽根だこと」
冷たい響きの声。羽根を引く力を感じ、シェラは体を強張らせる。
「羽根の1枚や2枚、ちぎったところで死にはしないでしょう? ‥‥まあ、私が欲しいものは、苦痛にうめく声でも恐怖におびえる心でもないのよね」
興味を失ったように、ゴモリーは指を離した。暫し、つまんでいた指先についた綺羅と輝く燐粉を眺めていたが、それを艶やかな唇に塗り広げる。
「私からの贈り物は貴女が欲しがっていたはずのものよ」
艶めいて輝く唇に笑みを刻み。妖しい美しさを纏ったデビルは、とっておきをその場に広げるのだった。
●リプレイ本文
●闇訪
ジルフィーナは、ヒサメ・アルナイルとリュヴィア・グラナートから届いた2通の封書をくしゃりと丸め、暖炉へと投じた。
フレイアが頼みとする冒険者らは、差出人の彼らがシフール便を手配する前に既にパリを発っているのだろう。
炎の中で瞬く間に灰と化していく紙片を見つめながら、彼女は思う。
そう上手く事が運ぶのだろうか‥‥明々と燃える炎を前にしてなお震える身を抱きしめ、夜闇に閉ざされた家の外を見つめるのだった。
入室の許しを求める声も無く、静かに扉が開かれた。許しも何も、この部屋の主は今虜囚に等しい立場にあるのだが。
「今更、神を乞うのかね?」
「いや。神の奇跡なぞ、とうに信じてはいないが‥‥身についた習慣というのは中々抜けないものだな」
開いていた本を閉じ置くと、男は立ち上がり、入り口で立つ老爺が差し出す剣を受け取った。
ジェノバの様子にジーハは小さく息を吐いた。愚問だったな‥‥と。
「‥‥代行などと。ジル様こそが我らを束ね統べるに相応しい御方」
「ディアシュの直系が絶えれば、その気にもなろうと思うたが‥‥」
「やむをえまい、事がこうも露見したからにはな。元より戻る道もないのだから」
手に馴染む感触に目を細め、ジェノバは小さく笑った。
●時機
「偽造」
「ちゃうねん〜」
密やかな声。けれど、確かな証をもってガイアス・タンベル(ea7780)とエーディット・ブラウン(eb1460)は合流を果たす。
「‥‥何とかならんのか、これは‥‥」
仲間と示し合わせた合図に、困惑とも呆れともつかぬ呟きは口の中。
暗い影へ潜る直前に黒服の袖を捲くり、手首に巻いた青い紐をカルル・ディスガスティン(eb0605)も見せ、先んじて着いていたガイアスの導きで、カルルとエーディットもフレイアの部屋の窓下へと隠れ潜む。
露台があるため外へ張り出した形になっているその下は、月の光も差さぬ影になっており、庭園へと続く樹木も在って、彼らを隠す手助けになっていた。
それでも身を隠す術を得意としていないエーディットが気付かれず済んだのは、カルルの力による所も大きかったに違いない。
扉を叩く音が響く。
カリツェが姿をくらませた後、家に勤める侍女が代わる代わるフレイアの側で世話をしていた。
そのため、はっきり決まった側付の侍女はいない。
「どなたでしょう?」
若い女の声が問う。
「フレイア様はご在室か?」
問いに答えず、問いを返した声は聞き覚えの無い年老いた男の物だった。
問うた声――フェリシア・リヴィエ(eb3000)は、背後を振り返り部屋で備える仲間に視線で告げる。
「今はお約束が無い方は、お会いする事は出来ません」
扉の向こうの返事は無い。けれど立ち去る気配も無く、フェリシアがふと瀟洒な細工だったドアノブを見れば、赤錆びて朽ちたそれがあった。
「!!」
咄嗟に身を翻したのは心構えが出来ていたからか。
僅かな間をあけて、重く厚い扉は部屋の中へと倒れ伏した。見れば蝶番や留め具が錆付いて用を成していない。
「良い夜を。フェリシア殿‥‥だったかな?」
倒れた扉を踏み越えて、フレイアの部屋へと訪れたのは、部屋へと留め置かれているはずのエルフの騎士と杖を手にした一人の老爺だった。
●戦火
「ふむ、数が足りんな」
「大方どこぞに潜んでいるんだろう。贄に用意していた娘が入用なら、持っていくがいい」
見渡した部屋の中、何処かへ向かい言い放ったのはジェノバだった。隣りにいるの老爺は‥‥。
「ジーハ‥‥」
フレイアの呟きを聞き、フェリシアが眉を寄せる。動向を気に掛けていた相手の思いがけぬ来訪と、ジェノバの言葉に。
「ジェノバさん、魔法陣が一体どういう物なのか、貴方なら知っているでしょう!?」
魔法陣が発動すれば、どうなるのか‥‥だからこそ冒険者らは、シュバルツ城にて死力を尽くし陣を破壊したのだ。そして今なお冒険者らは、ノルマン国内に在る幾つもの魔法陣を壊すために力を尽くしている。
そして、少なくともカリツェがここを選んだ事には理由があるはず。取入り易さもあっただろう、他に例えば‥‥距離。
近しい場所で発動すれば、この『家』とて‥‥そう紡ぐフェリシアの言葉を、ジェノバは笑って切り捨てた。
レテ・ルーヴェンス(ea5838)やレアル・トラヴァース(eb3361)と共にフレイアの部屋に駆けつけ、姿を見せたジルフィーナを一瞥して。
「‥‥貴女が望まぬものならば、こんな『家』など壊れてしまって構わない」
すらりと鞘から抜き放った白銀の剣は、冒険者らに突きつけられる。
「ジーハ、おまえもか?」
「戻れる道などありますまい。ジルフィーナ様、残念です」
大江 晴信(eb3385)の問い掛けに、何よりも雄弁な決裂の答え。フレイアの部屋に置かれた観賞用の鉢植えの木々が、ジーハの呼びかけに応えたのだ。
後背を庇い鋭い枝葉を切り払う晴信の頬や腕を、落としきれなかった枝が切り裂く。
「いい心構えだ、悪人相手なら俺の良心も痛まんからな。‥‥どんな事をしても魔法陣の場所を吐かせてやる」
「小僧が粋がるなよ」
頬を流れる血を拳で拭い、日本刀を鞘走らせ構えた晴信を小僧と言い捨てたジェノバ。
その顔からは、既に騎士然とした表情は消え去り、真意を量れぬ感情の見えない面が飾っていた。
目の前に立つ男らを見据え、魔力を持つ両刃の直刀を構えるレテ。
大切なお守りだからこそフレイアに貸すのだと差し出した水晶のダイスは今もレテの懐にある。
「レテは剣を手にする人。矢面に立つ分、私より危険は大きい。何よりのお守りは皆がこうしていてくれる事だから」
フレイアが笑ってそう答えたのはつい先ほどの事。急ぎパリから駆けつけたが、フレイアと相談を交わす間も、ジェノバを問い、あるいは説得する間も冒険者らにはなかった。駆けつけられた事そのものが御の字なのだろう。
交わせなかった言葉、話した所で結果は変わらなかったもしれない。けれど、話せていれば万が一にも変わっていたかもしれない‥‥そう諦めきれないのもまた事実。ぎりと奥歯をかみ締めて、レアルはヴァーチカル・ウィンドを抜き構える。
斬りかかる晴信とレテを相手取り、受け流しともすれば鋭い反撃を繰り出してくるジェノバの力量は、熟練の騎士の剣術そのものだった。
そして年に似つかわしくなくというのだろうか、間隙許さずレイピアを突き繰り出すレアルの攻撃を、決定的な一打こそ避け流すジーハ。
戦場の様子をみせる室内に、隠れ潜んでいたシャンピニオン・エウレカ(ea7984)が、ふわりフレイアの側へ駆け寄り励ましの言葉と共に祝福を施す。
「大丈夫。フレイアちゃんがシェラちゃんの為に命を懸ける想い、ボク達も同じ強さでキミを助けるから。一緒に、頑張ろう!」
ぎこちなくも微笑み頷くフレイアの側にフェリシアもいた。そのフェリシアが、晴信を援護するようにホーリーを放つも上手く捉えきれない。彼女の力量ではなく、相手が上手なのだろう。
狭くは無いフレイアの私室は、戦場とするにはやはり手狭。1度に斬りかかる事のできる数に限りがあり、互いの短所を補い合い戦闘を維持するジーハらに決定打を与えらない冒険者ら。あるいは、狭い空間を生かすことで2人という無謀な人員で仕掛けてきたのだろうか。
生かし捕らえようと試みる冒険者らと違い、ジーハらは殺す事も厭うていない。其処に生まれる差。
長引けば不利なのはジェノバ達。だが、気に掛かるのはジェノバの言葉――デビルが隠れ潜んでいてもおかしくはない。
焦りが生まれ、剣を振るう手が汗で滑るのをレテは感じた。シャンピニオンが祈る神への祝福――呪縛の糸が結べれば。
不意に彼らの身に重い力が加わる。掛かる力に抗う晴信のそれでも下がる頭を目掛け、ジェノバが剣を振り上げた。
抗いきれず膝を屈したレアルの眼前に仲間を襲う凶刃が光った。
「‥‥やめてっ!」
咄嗟にフェリシアの背後から飛び出したのはフレイアだった。
「フレイアちゃん!」
振り下ろされる剣の軌道下に飛び出しかねない勢いのフレイアを、手で、全身で押し留めようとフレイアの服を掴みシャンピニオンが食い下がる。
けれど、晴信にもフレイアにも刃は振り下ろされなかった。ジーハが繰り出すものではない真空の刃が生まれ、ジェノバを襲う。
放ったのは彼らが主と慕う女性。ジルフィーナは、レアルとレテを支える位置に立っていた。膝付くレアルを助けるようにその傍らにあった彼女の瞳には、嘆きも怒りも何も見えず。その眼差しは、冷静に状況を量るウィザードのそれ。未だに片手の印は結ばれたまま。
右腕に幾筋も走った裂傷にも表情を変える事無く剣を構えなおしたジェノバにジーハがささやいた。
「よく‥‥かわしなされよ」
ジーハを後背に剣を構えていたジェノバがその言葉に笑い、身を横に滑らせる。
ジェノバの身でフェリシアらの視界から隠されていたジーハが放ったのは雷だった。ジーハは対峙していたレアルに背を向け、すなわちフレイアの居る晴信らめがけ放ったのだ。
轟音が響き、一瞬のちには絨毯が焦げた黒い溝を作る。
フレイアを庇い呻くフェリシアを、シャンピニオンが慌てて癒す。
雷の矢面に立っていた晴信も、肉と髪が焦げる匂いに眉を顰めようとしたが‥‥表情は変わらなかったかもしれない。
指輪の守りがあり、咄嗟に顔を盾で庇ってなおこの威力。老練な魔法使いは侮れない。
けれど、過たずレアルのレイピアは唐突に背を向けたジーハの隙を逃がさず、その身を貫く。
「‥‥このっ!」
更なる一撃をと、見えない力に抗うようにレテが背を向けたジーハに斬りかかる。
レアルを蹴りつけレイピアを引かせる事で、ジーハの身から抜かせたジェノバは、斬りかかるレテの剣をジーハを庇い受けとめる。
刃が鈍い音を立て打ち合う中、機を逃がさずジルフィーナの魔法がジェノバ捉え、足を止めた所をレテの渾身の一撃が振り下ろされ、深く肩に食い込む。
今度こそ膝をついたのはジェノバの方だった。けれど、大きな羽音が室内に唐突に響く。
口の端から滲む血を拭う事無く、窓辺へ逃れたジーハが開け放った窓から舞い降りたのはいささか小柄ながらも大梟。倒れ昏倒するフレイア目掛け、大梟は飛翔する。
フレイアを目指し舞い降りると鋭い爪で、シャンピニオンの背を裂きながら、フレイアの身を掴んだ。
ごとりと重い音を立て、聖遺物箱が フレイアの手から落ちた。
異変を感じ取っても、なおエーディットらは身を隠し潜み続けていた。
必要になると感じたからだ。部屋での異変は、仲間を信じて――月光の下で、まだ石の蝶は羽ばたいてはいなかったからだ。
やがて響いた硬質の物音、違わず飛び込んだ存在は、一瞬で外へと羽ばたいた。
石の蝶が教えてくれる――デビルという存在、過たずエーディットがウォーターボムを放つと、それは水の重みに羽ばたく体勢を崩す。
「‥‥フレイア!」
呼び声にフレイアが再び抗うと、大梟は中空で大きく体勢を崩しその身を傾がせた。
ガイアスが逃れようと羽ばたく大梟に向かい、神事の儀式に使われることもある梓弓の弓弦を引き絞る。
「フレイアさんを運ぶ積りだったからなんでしょうけど、的が大き過ぎますよ‥‥絶対に、逃がしません!」
放たれた矢は、狙い違わず大梟の身に刺さる。更に畳み掛けるように、エーディットが放った冷たく重い水の塊が落ちる。
たまらず足が緩み、フレイアの身が2階以上の高さから滑り落ちた。
細い悲鳴‥‥来るべき衝撃に彼女が瞳を閉ざす。けれど伝わったのは固い地面の感触ではなく‥‥タイミング逃がさず落ちたフレイアをカルルが受け止める。
「‥‥無事、か?‥‥」
「‥‥‥‥はい」
異装に隠され見えない表情ではあるけれど、間近にカルルを認めフレイアは破顔した。
その様子に安心した自分を内に認め、ヤキが回ったものだ‥‥と心中息を付くも、それは不快な物ではなかった。
ガイアスらが相手取るデビルを前に、ダガーを握りフレイアを後背に庇う。
「‥‥あん、もう人間はこれだから、役立たずなんデスー!」
フレイアを取り落とし大梟の姿から一転、愛らしいシフールの姿に変じたデビル。否、服の裾から覗く黒い尻尾は、シフールではありえないものだった。
割れた窓硝子から覗く部屋の様子に眉を顰め、腕が痛むのか撫でさする。
「もー、そんな生贄いりまセンっ! 役立たずの人間もいりまセンっ!!」
苛立たしげに、カルルの背に庇われるフレイアを指差し、炎の塊を投げつける。
「カルルさん〜っ」
庇い炎の柱となるカルルの身に、ウォーターボムを用い燃え上がる炎を消すエーディット。
狙い違わず矢を放つガイアスの存在を厭うように、リリスは闇色の空の中姿を消していった。
●行方
「さて、本拠地吐いてもらおか?」
レイピアの切先を突きつけ、ジーハにレアルは問う。
彼の切先は急所を外していたのだ。死なない程度に傷を癒され、拘束されたジーハは床の上に座していた。
その視線は諦めとも憐憫ともつかぬ色を湛え、じっと窓辺を見つめていた。
‥‥‥‥助からない。
ジェノバの流す血の量と、呼気に混じりひゅうひゅうと喉が鳴る音に、そうフェリシアとシャンピニオンは判断した。
何より彼が癒しを受け入れなければ、助ける事などできないのだ。
己の流した血溜の中に剣を支えに膝付き冒険者らを見上げるジェノバの瞳は、それでもなお強い色を秘めていた。
やがてフレイアを伴ったカルルらが、フレイアの私室に戻ってきたのを見て、ジェノバは小さく笑った。笑い、座していたその身が崩れる。
彼が崩れ落ちる直前、床に伏す前にジルフィーナがその身を抱きとめる。その瞳は相変わらず静かだったけれど、どこか泣いているようにエーディットには見えた。
本当に悪い人なんて居ない。ただ少し自分の思いが強すぎたり、相手の思いと行き違いがあったりするだけで。
「(ジェノバさんだって、自分が良い事だと信じて、ジルフィーナさんに良かれと思ってやった事が、こんな風になってしまっただけですよ〜‥‥)」
そう思っていたけれど、彼女には言葉が掛けられなかった。
幼い頃からずっと見守っていた。
己の不甲斐なさで、彼女から父親を奪ってしまった。
自分のせいで道を絶たれた彼女の父と同じものを、彼女に用意してやりたかった。
‥‥ただそれだけだと、思っていたのだ。
騎士とし接し、デビルすら利用して。
けれど、ゴモリーが己を選んだからには、そうではなかったのかもしれない。
認められなかっただけで。
最後にジェノバが、どのような表情を浮かべていたかは、冒険者達には見えなかった。
ただ、ジルフィーナは暫くの間、ジェノバの側を離れなかった。