宝物を求めて ―騎士の剣
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■シリーズシナリオ担当：姜飛葉 対応レベル：6〜10ｌｖ 難易度：普通 成功報酬：3 G 9 C 参加人数：6人 サポート参加人数：-人 冒険期間：06月01日〜06月06日 リプレイ公開日：2008年06月09日 |
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●オープニング
●水面の眼差し大地に降る春の柔らかな陽光が一筋も入り込む余地の無いほどに暗く閉ざされた部屋の中に、３体の偶像が置かれた円く広い台座があった。
闇色に覆われた室内に、たった一つだけ細々と灯る燭台に照らされた偶像達。
そのうちの１体は、繊細な美貌を刻むエルフの女性の像だった。
花が散りばめられた小さなティアラが頭上を飾り、少々古い時代的な意匠のドレスを身に着けている。
瀟洒な美貌が刻まれたかんばせと相まって、何処かの国の王女のようなエルフの女性像。けれど何より目を惹くのは、煌く星を宿したうつくしい蒼い瞳だった。
ほんの僅かな灯かりの下でも輝く瞳は、まさに夜空に煩く星のよう‥‥彼女は、祈るように両手を胸の前で重ね、目の前に膝付く騎士の像を一心に見つめていた。
だが、面兜を着けた騎士の表情は分からない。騎士‥‥その出で立ちを見れば、像は騎士のように見える。
けれど、騎士の手にあるべきものを、彼は持っていなかった‥‥。
●無二の剣
「というわけで、私の欲しいモノ争奪・親善試合をするんだけれど、カを貸して貰えないだろうか？」
「話の経緯がさっぱりわからないのですが？」
何が「というわけで」なのか、さっぱり分からなかったので、受付係は一応控えめに訊ねてみた。
言い出した人物が『変わり者』で名高いギース伯だったので、諦め半分の儀礼的なつっこみだった。受付係の問いに、おやと片眉を上げたギースは、けれど笑って言葉を続ける。
「先日依頼した宝石がお陰さまで無事手に入ったので、欲しいもの・その２を手に入れるために、またよろしくお願いしたいという話だよ」
先日の依頼とは、ある老婦人が持らているサファイアを、彼女の問いに彼女が満足する答えを齎し譲ってもらうようにとギースが頼んだものだった。
それを請け負った冒険者達は、見事老婦人の心を満足させたのだろう。無事、ギースは宝石を手にし、対の宝玉として揃える事が出来たのだ。
「力あるキミ達がその力について考える事無く、心のままにそのカを振るっているわけではなく。自問する事を忘れない者がいる事がわかって、少しだけ安心したらしい。彼女を動かした１番大きな点は、宝石が形見である事も踏まえて彼女の心を量ってくれた事かなとは思うけれどね」
ギースが譲れないと望むように、老婦人にとっても想いが積もる品。１つの物に宿る想いは決して１つとは限らない。
「難しい言葉や立派な高説が聞きたいわけではなかったんだよ。だから君達が考え、告げでくれた言葉が・老婦人にとって大切だったんだ。冒険者のカは偉大だ。けれど、カ無き民からみれば、それは一歩誤れば怪物やデビルの振るうそれと変わらない」
戒めにも似た言葉。
珍しく真っ当な事を言う‥‥と、受付係が感心した一拍後には、ギースはへらりと緩んだ笑みで『次の欲しいもの』を挙げた。
「今度欲しいのは、ある名工の手で作られた剣。その所有者に譲って欲しいと長年打診していたんだけれど‥‥」
長い間断られ続けていたらしい。けれど、サファイアが揃った事を聞くと、その所有者は少し考えを変えたというのだ。
「その剣を所有する子爵のところと、５番勝負をしてこちらが勝ち越したら譲ってくれると言うんだよ。５つの勝負のうち、３勝以上すれば良いんだけども‥‥私のところは長らく仕えてくれるありがたい者ばかりでね。逆に言えば手の内が子爵にはよまれちゃってるという困った点があってねー‥‥勝負に勝てる人材を一つよろしくお願いしたいかな」
のほほんとした口調で簡単そうに頼むギース伯。受付係は、彼を見ないようにしながら、依頼内容を書きとめる。冒険者ギルドでは、内容で仕事は選ばないとはいえ、貴族の道楽にしか思えない内容ばかりを冒険者達に紹介し続ける自分はどうなんだろう‥‥。そんな事を思い、受付係は少しだけ悲しくなった。
●騎士の剣
顔をあわせれば譲って欲しいとギースが望んでいたもの。季節折々の挨拶よりも、譲渡交渉の話の方が多かった気がするくらいに。けれど、いつだって突っぱねるように断ってきた。自分とて望んで手にしたものなのだから、はいそうですかと渡せはしない。それをつい『譲っても良い』などと口にしてしまったのは、気まぐれなどではなく、ギースが漸く王女の瞳を取り戻す事が出来たと自分にわざわざ報告してきたからかもしれない。どれ位、取り戻すために探していたか知っていたからこそ‥‥。
「キミは随分老けたよねえ‥‥」
「種族差を考えろ！ 最初に会ってから何年経ったと思ってる」
ことり、と静かに置かれた駒打つ音に対し、男の口調は乱雑だった。盤を挟んだ向かいに腰掛けているギースに向い、老けたと人にいう相手こそ、頭が呆けているのではないかと男は思った。
「‥‥どれくらいだろう、結構経ったのかな」
駒へと手を伸ばしながら首を捻るギースの様子は、とぼけている様にも見えない。
呆け、確定。
男はあっさりと不名誉な烙印を心中で遠慮なくギースに押す。
「三十年だ、三十年！！ 若いのは外面だけか？ 頭の中はカビだらけじゃないのか？」
そんなに経つものなんだね、と呟きながらギースは男の次の手を待つ間に、盤の隣に置かれた小さな卓子の上から葡萄酒の入った杯を手に取った。
「カビてたら、宝探しなんて高尚な趣味を持ち続けられないだろう。趣味に没頭できるって素晴らしいね」
「骨董収集が趣味なんだったら、剣なんて今更興味出すな。お前には、不要だろう」
「あっはっはっ‥‥確かに私には不要なんだけどね。でも彼には必要なんだから仕方ない」
「諦めとけ。人生諦めも肝心だ」
置かれた男の一手に、ギースは目を瞠った。ギースの表情を見て、してやったりと男が笑う。盤面を眺めながら、ギースは困ったような笑みを浮かべた。
「‥‥それこそ無理な相談かな。諦めが悪くて、往生際も悪くて、根性も悪いからこそ、今こうして余生を送っているわけだし」
「‥‥ギース」
凄む声音に諌める色を読んでか、ギースは小さく笑み零す。
「好き勝手やらせてもらってるよ、楽しい余生だ。その分果たすべき責務は果たしているつもりだしね」
ギースが手に取った駒をみて、今度は男が瞳を瞬かせる。
「だから、必ず譲ってもらう」
とん、と置かれた駒の目に、男は鼻を鳴らした。
「取れるものなら取ってみろ。タダじゃやらんぞ、あれは」
「私には、とても心強〜い味方がいるからね。あの剣を私に贈る為に、キミには幾らでも磨いて待っててもらっても良いんだよ？」
「言ってろ」
吐き捨てるような言葉と共に、男が逆襲の一手を置くと、ギースは小さく呟いた。
「いざとなったらあれだ、一服盛ろう」
盤面を眺めながら呟かれた声を聞き逃さなかった男は、片眉を跳ね上げる。
「‥‥お前が言うとシャレに聞こえんから、勘弁しろ」
「それくらい本気という事で」
微笑みながらギースは優美な細工の銀杯を傾ける。長く付き合っているからこそ、男は目の前の伯爵の本気という言葉も笑みも真実本音だということを理解していた。だからといって譲る積りは毛頭ないのだけれど。
●勝負内容
１：剣術試合（代表1名）
真剣を用いての模擬試合、騎士精神に則った御前試合を行う
対戦相手：ノルドを使用する子爵に仕えて５年目の若手騎士
実直な性質で、若さゆえに熱い性格
（解説へ続く）
●今回の参加者
ea1754 ギルツ・ペルグリン（35歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国）ea2446 ニミュエ・ユーノ（24歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国）
ea7489 ハルワタート・マルファス（25歳・♂・ウィザード・エルフ・ビザンチン帝国）
ea8789 ガディス・ロイ・ルシエール（22歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国）
eb1460 エーディット・ブラウン（28歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国）
ec4275 アマーリア・フォン・ヴルツ（20歳・♀・神聖騎士・エルフ・ノルマン王国）
●リプレイ本文
●作戦準備趣味に対して金銭を惜しまない。
まさに道楽貴族の見本なギース伯爵が、冒険者らの願いを却下する事は無かった。そもそも財を溜め込む事に意義を見出す、あるいは経費すら惜しむような貴族であれば、玉石混合一把ひとからげな宝探しに大金を使う事もないだろう。むしろもっとどんどんやれとばかりに、装飾品や化粧道具を侍女ごと持ち込む結果になった。それらを見ても子爵は何も言わなかった事から、ギースの性格は昔からこんななのかもしれない。
エーディット・ブラウン（eb1460）の嬉しそうな笑顔と従妹の笑みを含んだ物言い屈し、覚悟を決めざるを得なかったガディス・ロイ・ルシエール（ea8789）だが、衣装を借り受ける手が普通に出ていた辺り、慣れているというかむしろ好きそうというか。アマーリア・フォン・ヴルツ（ec4275）も楚々とした笑みを浮かべながら、しっかり華国の衣装に合わせた髪飾りをあしらい、髪を結い‥‥女性らしい視点で手伝ってくれた。無論ガディスが大姐と呼ぶニミュエ・ユーノ（ea2446）が華やかな美姫になることを止める訳も無く、ハルワタート・マルファス（ea7489）とシェラ・ウパーラ（ez1079）も特に止めない。止められる訳も無いのかもしれないが。
そんなこんながあり、勝負前には立派に、線の細いエルフの男性１名を含んだ華やかな異国の衣装に身を包んだ女性編成パーティとなっていたのだった。
●１戦目――剣術試合
魔法無しの武具自由、小細工なしの尋常の勝負をアマーリアが提案すると、構わないという即答が返った。魔法無しでは純粋に技量や力・体力勝負にもなる事だから、それでアマーリアが良いのか逆に訊ねられたが、装備が重すぎる場合はそれこそがアマーリアの足枷になる。
用意された中庭の一角の開けた場所で、剣を手に向き合った。
実直な性質というのは本当らしい、アマーリアを年若い女性と軽視する事無く、騎士として礼節を持って迎えた若手騎士は、それゆえに手加減や油断も無く対峙した。己の力量が未だ未熟である事は承知しているが、仲間の中に騎士は自分一人。騎士の誇り高さを持って、信頼してくれた仲間のため、依頼を果たすため、ダガーを右手に、氷晶の小盾を左に構えた。
勝負が始まると、透かし見える相手の剣の太刀筋は熟練とは言わずとも、まだ新興の流派であるノルドを上手く使いこなしているようだった。扱う刀剣は無論日本刀。相手が刀を振り被った隙に攻撃を盾で受け流し、上手く攻撃を返せればと思っていたが‥‥幾合か切結ぶもアマーリアには騎士の隙が見つけられなかった。防戦に徹するしかないアマーリアに、切結ぶ事を得意としない日本刀を扱う騎士は、長引く事を避けたのだろう――大きく単調な打ち合わせから一瞬で転じ、踏み込み様返す刀の背で思い切りアマーリアの胴を払った。重く鈍い衝撃にアマーリアの足が止まる。
そこを見逃す事無く突きつけられた白刃の切っ先に、アマーリアは「負けました」と短く答えた。
真剣勝負は短時間でも思いの外、疲労する。こめかみから頬を流れた汗を拭うと、礼を取り剣術試合は終了となった。
魔法・小細工無しの尋常勝負に臨んだ二人に、見ていた仲間や家人達から純粋な労いの拍手が送られた。
●２戦目――魔法勝負
「おい」
「何かな？」
剣呑な子爵の声に、のほほんとギースは小さく首を傾けた。
「人数比がおかしいだろ！」
「だって制限しないって言ったのキミだろう？ 何にも勝負にやましい事はないから、結果も変わらないからね？」
のほほんと満足そうに庭を眺めるギースに対し、苦虫を噛み潰したような子爵。
件の勝負の内容は‥‥
先行となったのは子爵側だった。庭に作られた石畳の広間が勝負の舞台である。
老爺がこつりと床石を杖で小突いたのを合図に、少女と二人、詠唱を同時に始める。歌うように高い声と低く滑らかな声が重なる様は、ウィザードではない者にとって不思議な異国の音楽を聴いているようだった。高速詠唱を用いないのは詠唱すら見せる物の一つとしているのだろう。
広間を瞬く間に薄煙が覆う。陰る視界の先で石畳が大きく鳴った。見えない様に訝しげな観客達の気持ちが不快に変わる前に、大きな風の渦が煙を払う。そこに現れたのは石畳の間から生えた無骨な岩。どよめきが感嘆に変わったのは、見る間に岩を覆っていく新緑の蔓。瞬く間に岩を彩った蔓は花を咲かせた。
石畳に現れた岩を彩る蔓薔薇は美しく、朴訥とした整えられていないがゆえの自然美を瞬く間に作り出した。
これで終了かと思った観客達から、まばらに沸いた拍手を割って、今度は花たちが歌い出した。
よくよく聞けば、花が歌う声は先ほど詠唱を高らかに歌い上げていた少女のもの。これも魔法のなせる業‥‥春を喜ぶ歌を歌って子爵の魔法勝負は終了となり、今度こそ拍手が石畳を満たしたのだった。
石畳が再び魔法の手により綺麗に整えられてから、ギース伯側のお披露目が始まった。
舞台の上に用意されたのは、細工を利用して等身大に活けられた薔薇の花細工に、蔓薔薇で作られた花輪が飾られていた。
始まりの合図は派手な炎の爆ぜる音。賑やかに堂々と始まりを告げる焔が舞台の上で幾つも弾け燃えた。花輪にはどのような不思議か、術者の技巧の成せる業か、綺麗に咲き誇ったままだった。
明るく朗らかなリュートと竪琴による楽が流れ始め、やがて豊かで美しい女性の声と高く澄んだ少女の声が重なり、萌え出でる春を、新しい季節を、誕生を祝う歌を奏で始めた。聞く者の心に灯火を宿らせるような曲の中で、飾られた花々がいつの間にか１つ、また１つと氷柱に包まれていく。降りそそぐ陽光を返し、氷に包まれた花達は光の欠片を返す。
煌きの中、希望の歌に重なって聞こえる不思議の言葉‥‥ややあって、生み出されたのは炎に包まれた鳥――否、炎から生まれた焔の鳥。生まれ出でた不死鳥は、氷柱の隙間を縫うように飛んでいく。
歌い上げる声に呼応するように、不死鳥は高く高く舞い上がるように蒼穹へ羽ばたいた。
見上げる観客の視線の先で、高らかに歌い上げる声と共に、空に打ち上げられた炎が不死鳥に重なりぶつかる様に爆ぜ、炎から生まれた鳥は炎へ還った。
余韻を残しながら曲が終わり、始まりと同じように１つ大きな音を立てて爆ぜた炎が終わりを告げた。
●３戦目――歌舞比べ
「‥‥此処にいでたつ美姫の物語、暫し御清聴いただければ幸いですわ」
美しく輝く銀の弦が張られた繊細な造りのリュートを手に、一同を代表しニミュエが礼を取ると、居並ぶ仲間も倣う様に腰を折った。
頭を垂れる仲間達の間を静々と進み出たのは黒のヴェールを目元まで深く被り、黒地に赤い鳳凰の刺繍が美しい華国の姫装束を纏った女性だった。
すらりと白刃が鞘から解き放たれ、きろりと鋭く陽射しを返した。
光を瞳に映し、ニミュエは仲間に向かい一つ頷くと、銀の絃を爪弾き始めた。
緊張とは無縁に見えるニミュエの指先は滑らかに複雑なメロディを奏で上げていく、歌を歌い演奏する事が何よりも嬉しくて仕方がない様子は不思議な自信に溢れて見え、仲間の緊張を解きほぐす。
ゆっくりとしたタイミングを取りやすいテンポで奏でられる調べに、妖精の声のような軽やかで澄んだ鈴音が、絶妙な合の手を打つ。
高らかにニミュエが歌い上げるのは、戦歌。語る調べは、国を滅ぼされた一族の姫が剣を取り、一族再興の戦いに身を投じ、幾多の戦いの中で神懸り的な勝機をものにする戦女神と湛えられた亡国の姫君の歌だった。
見る間に作り上げられた世界に魅せられた観客はただただ聞き入り、姫が兵を率いて戦場を駆ける場面では、子爵の家人達は戦況に一喜一憂するほど、その世界に引き込まれていた。
（これが、今の俺のもてる全てです‥‥）
不屈の想いを、負けられぬ戦いと引けぬ気持を、依頼の遂行を望む自分自身の気持を乗せて舞うガディスは、力量よりもその気迫で観客を引き込んでいった。
国を滅ぼされた姫‥‥そう歌い始められた時に、子爵とギースの二人が揃って気難しい顔をしていた事がアマーリアには気掛かりだった。冒険者らが訪れた時からずっと眉間に皺を刻んでいる子爵は最早地顔がそうなのかもしれないけれど、いつも飄々とした笑みを絶やさないギースが見せた陰りのある表情‥‥それがどうなるか気になりつつも、集中しなければ未熟な音を晒しかねなく、アマーリアはニミュエとシェラが奏でる音に合わせてベルを響かせる。
未熟な技量はアマーリアだけではない。ローレライの竪琴を持つハルワタートは、竪琴の音色の深さに助けられている位の感があり、一際目を惹くはずのガディスさえも歌舞の力量は素人芸の域を出ない。それを観客を惹きこみ魅せていたのは、国にも稀な素晴らしい力量を持つニミュエの力が大きかった。だが、それだけではなく‥‥共に合わせ揃え１つの舞台を作り上げようという仲間達の気持ちの重なりが、歌と音に重なり、豊かですばらしい舞台を作り上げていた。
「いやはや、よくよく家人は主に似るものだよね」
「‥‥‥‥うるさいわっ」
目に鮮やかな派手な演出に票があつまり、魔法勝負はギース伯側が勝った。
歌舞比べに妖艶な魅力の女性に、と票が集まった所で、ギース伯が子爵ご自慢の美人姉妹に票を入れていたのは抜群に秘匿事項である。
「‥‥いやだって、幾ら綺麗でも、ねぇ？」
「何を言ってる？」
何でもないよ、と笑って流したギース伯。
流行の恋歌を歌いあげ、最近人気の舞をまった姉妹の舞台。力量は流石の一言で、ゆえに誰でもとっつきやすいがゆえに在り来たりになってしまう軽歌を、貴族の屋敷でお披露目するに相応しい演目に仕上げてきた。けれど、珍しさや目新しさは無い――そこが分かれ目であったのだろう。
歌舞比べは勝負した者らが互いの技量を認め合い、健闘を讃えあって終わりとなった。
●４戦目――競射
「話にならんな」
鼻を鳴らしハルワタートを見遣る女騎士の視線は冷ややかだった。酷評も仕方ないと受け入れるしかない結果に、ハルワタートはミドルボウを握り締める。
弓を得意とする仲間が居なかった為に、勝負を自ら請負い弓の扱いを覚えてきたのだ。だが、明らかに力量が不足していた。時間も無ければ経験も積めない。
また制止している的ならばともかく、動く的‥‥それも緩急や高低が都度変わる的で、大きさも小さいものであれば、扱いに慣れた者でも難しい。拙い技量では、当てるだけでも大変な事だろう。それでも当てられた的があったのは、目の良さと、他の的で軌道を読めるよう努力したからだ。
「ハルワタート殿」
「悪ぃ、だめだった」
競技を終え仲間が居る場所へ戻ってきたハルワタートを迎えるアマーリアらに責める色はない。でも結果を謝る言葉しか出てこなかった。大丈夫ですよと微笑むエーディットの言葉に、ハルワタートは少しだけ鼻の奥がつんと痛んだ。
「２勝、２敗‥‥ギースさんと子爵さんで決着戦ですね〜」
依頼人に勝敗の決着を預ける事になりすまなく思う一方で、彼の望む気持ちの強さなら負けないだろうと、ガディスらは思った。
●５戦目――盤上遊戯
「ギース、あれはお前の手？ 何と言ったか‥‥お前が連れてきた冒険者の一人のエルフの娘」
「エーディット君がどうかしたのかい？」
「お前は遊び半分な奴じゃないだとよ。半分どころか全部遊びだろう、お前は」
「あっはっは、友の深い理解に感謝しておくよ」
駒を置く音と伯爵と子爵の声以外何の音もしない部屋。先ほどまでの勝負とはまるで違う。
勝負相手でもあるが、迎える家の長たる子爵の下へ着くなり、冒険者らは真っ直ぐ挨拶に来た。
ギースがどうして宝に固執するのか訊ねられた。
ギースが明かしていないのであれば、己が言う事でもないのだろうと思い、訊ねたエーディットには答えなかったが、なぜ未だに固執するのか子爵にも真意はわからなかった。元より時の流れの違うギースとは感覚が違うからこそ「未だに」と思うのかもしれない。
それでも依頼人を理解しようとし、その望みのために力を尽くそうとするエーディット達冒険者の姿に、遠く過ぎてしまった己の時間が巻き戻るような気がした。
「宝玉が戻り、剣を得、杖を奪取できたなら‥‥お前はその後どうするんだ？」
「‥‥‥‥彼に返そうかと思ってる。彼女もそれを望んでるだろうしね」
長い沈黙の後、漸く口を開いたギースの答えに、老いた子爵は「そうか」と呟いた。
用が済んだらサファイアを老婦人に返せないかとギースはアマーリアに訊ねられた。けれど、彼に返すならば老婦人には渡せない。
返せるものならば、代わりがきくものであれば、最初から形見と知る品を譲って欲しいとは請わなかった。答えを返すことができなかった自分を見るアマーリアの表情が、『彼女』と重なって見えたのは、ギースの感傷なのだろう。
遊戯盤に駒が置かれる音が、ある一手を最後に――途切れた。
●勝負の行方
これまでの４番勝負は、２勝２敗――５戦目で決まる。待つだけの時間はとても長く感じられ、幾度日を見上げ時の流れを図ったか――ハルワタートが落ち着かなげに広間を往復する中、子爵の私室の扉が開かれた。エーディットとアマーリアが顔を上げる。連れ立って出てきた子爵とギース。そのギースの手に握られていた一振りの長剣を目にしたニミュエが「まあ‥‥」と瞳を大きく見開いた。
ギースが勝ったらしい。密室の事、本当に何があったかはわからないが、今ある事実は変わらない。エーディットの服の裾を食んでいたノルマンゾウガメの甲羅の上でシェラが嬉しそうな声を上げた。子爵が気難しげな眉間の皺を深くしている様子を見つけ、それが不機嫌なだけではない事を読み取ったエーディットはノルマンコゾウガメの頭を撫ぜながら、アマーリアと視線を交わし微笑みあった。
歩み寄るギース伯を迎えたガディスがふと業物という一品に惹かれ訊ねた。
「少し拝見してもよろしいでしょうか？」
「未だ駄目だよ。キミ達にはもう１つ手に入れて貰えたら‥‥３つ揃ったら、全てを見せよう。見せれるはずだ、きっとね」
２つ目も無事手に入れた事に対し、シェラから『お願い』があったという御礼という名の祝いも兼ねて、ギースから冒険者に贈られた品。
それを選んだ時に、既にギースは冒険者ギルドへ求めるべき次の依頼を決めていたのかもしれなかった。
