宝物を求めて ―虚飾の王錫
|
■シリーズシナリオ
担当:姜飛葉
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:8 G 76 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月15日〜06月20日
リプレイ公開日:2008年06月30日
|
●オープニング
●悔恨の吐言
広い部屋には幾つもの光採り用の大きな窓があったが、その全てに厚い光を通さぬ布が掛けられており、室内にいると外が昼なのか夜なのかわからなかった。
太陽と月の巡りから切り離された部屋の中、か細い蝋燭の炎1つを灯かりに、ギースはたった一人で立っていた。
同じ部屋に、命を持たない偶像達が他に3人居たけれど、部屋の中にいる、生きている存在は彼一人だけ。
腰に剣を侃いた騎士は、己を見つめる王女ではなく、目の前に立つ威風堂々としたエルフの男性を見上げていた。エルフの男性は、壮年といって差し支えの無い風貌を刻んでいる。漂う風格から察せられるに、傍らに立つ女性が王女で、騎士を目の前にするとなれば‥‥。
「騎士の手には、剣を。王の手には‥‥か」
誰に聞かせるでもなく、ぽつりとギースは呟いた。
「偏屈な王様が、許してくれていれば二人は今も生きていたのかな。‥‥まあ、無理だったか。王様じゃなくても許せはしまい、な」
ギースの口元に浮かぶのは自嘲の笑み。自問したものの、答えは明らかで、ギースは笑う事しか出来なかった。過ぎた事を悔いても仕方なけれぱ、もし、たら、ればを思い浮かべても仕方ない。過去を振り返る事は出来ても、戻る事などできはしないのだから。
どれくらい思考の海に沈んでいたのだろう‥‥幾ばくかの時問が過ぎて後、命をもたない冷たい彼らに囲まれて、ギースは3つ目の望むものを思い浮かべた。
色あせる事無く、いつでも鮮やかに思い出す事のできる、王の手にあったものを。
「あれは、賊の下には置いておけない。そもそも、その為に作られた訳じゃない」
いつも飄々と語る口が、重く苦々しげに吐き出した言葉は、そのままギースの次の願いに繋がる言葉だった。
●絢爛たる王錫
季節柄、春と夏の境目であるこの時期は、雨が多い。朝から重く暗い色の雲が広がっていたが、気付けば今日もいつの間にか細かい雨が降り出していたらしい。
らしい‥‥というのは、入り口で青灰色の外套を叩いている人物を見て、漸く外の様子に気付いたからだ。依頼人に他ならない男性を見て、受付係が声を掛けるのが一拍遅れたのは、彼が一人では無かったから。
「依頼したい事があるのだけれど‥‥良いかな?」
肩に乗せた緑色が鮮やかな蝶の羽根持つシフールの少女の他に、変境伯・ギースは一人の男を連れていた。伯爵が連れる人物にしては、貴族という出で立ちでなければ、その従卒という格好でもない。それに、受付係はギースの隣に立つ男に見覚えもあった。
「今度は商用の荷を運ぶ馬車の護衛をお願いしたいのだけれど」
「ああ、ご一緒の方は、以前も護衛を頼まれた商人さんでしたね」
依頼を聞いて思い出した受付係は、ぽんと両手を打った。
当たり、と相変わらずの無精髭を生やした顎を撫でながら笑って答えたのは、銀細工を商っていた商人のシャリオだった。
「そう。今回は、こちらの伯爵の荷をね、マントで買い付けてパリに運ぶ‥‥その護衛をお願いしたいんだ」
「今度のギース伯のご希望は、マントの銀細工というわけですか?」
心得たように言われた言葉を書き付け始めた受付係に、ギースは小さく頷く。
「かの領地で扱われる工芸品は、銀が有名だけれどそれだけじゃない。あしらう宝石や貴石も様々で繊細な細工品が増えている。‥‥ただ」
「‥‥横行している盗賊団、というわけですね」
言葉を切ったギースの話を継いで、受付係が納得する。
「そう。だから、あくまで高価な珍しいマントの細工品をパリに運び入れる護衛を依頼したい‥‥‥‥でも、この依頼内容ばあくまで建前になる」
建前という言葉に驚き、紙面から顔をあげた受付係の瞳と正面から視線を結び、ギースは幾分声を落とす。
「キミ達冒険者に本当に頼みたい事は別にある。細工品を運ぶ商人の護衛‥‥この事を餌に、マント領に横行している盗賊団をおびき寄せ、盗賊団の一味にいる魔法使いが持っている杖を取り戻して欲しい」
「ギースちゃん、それって皆に囮になれってこと?」
ずっと黙ってギース達の話を聞いていたシェラ・ウパーラ(ez1079)が驚きに大きな声をあげる。
唇に人差し指をあてたギースに「もうすこし静かに」と言われ、慌ててシェラは両手で口を覆う。
「今回は『囮』である事を理解した上で、依頼を受けてくれる冒険者を頼みたい。だから、シェラ‥‥キミは今回は同行しなくても構わない。元々戦場に立つのはキミの本分ではないからね」
戦闘には向かないというシェラの資質‥‥事実をただ淡々と述べた上で、ギースは依頼内容を続けた。
「目的はあくまで、盗賊団の副頭領と思われる魔法使いの持つ杖。盗賊団の壊滅は私から君達へする依頼ではない」
はっきりと『盗賊団を討つ事は違う依頼』と言い切ったギースに、シャリオはほんの一瞬だけ苦い表情を浮かべる。
「運ぶ荷は、高価な品には変わりないけれども、所詮は盗賊団を誘うための餌だ。私の求めるのは魔カを秘めた魔法使いの杖。杖を手に、無事に戻って欲しい‥‥それが、私の依頼だよ」
ギースが冒険者に望む事は、『珍しい細工を商いのために運ぶ商隊とその護衛の振りをして、盗賊団をおびき寄せて、盗賊団が持っている杖を奪う事』だと話した。次いで告げたのは、馬車も馬も荷も、潰れても構わない。杖を手に入枠たら、直ぐにでも戦場を離れるように、という事。
「戦場からすぐに離れられる用意も必要だろうけれど、それはキミ達が遣り易いようにすればいい。結果が得られれば手段は問わない‥‥手段を問う余裕があるかもわからないからね。それから、最近確認されたレミエラという存在。盗賊団が持っているという情報は掴んでいないけれど、これだけ巷に溢れていれば、もっていてもおかしくはない。気をつけなさい」
忠告をした上で、ギースは依頼内容はこれだけだ、と口を閉じた。
詳しい荷の規模はシャリオが説明を繋いだ。
2頭立ての幌付荷馬車1台で移動になり、運ぶ荷は荷馬車に大人の男が一抱えで持てる木箱3つ分なので、空いたスペースに冒険者が何人かは乗れるだろうという事。
盗賊団が襲ってくる箇所に心当たりはあるが、有名な賊が狙いの今回、その前に別の小物に引っ掛けられるなどという事態は問題外であるから、護衛もそれなりに計画を練って欲しい事。
襲撃の際、自分については護衛はいらない。杖を手にすることが出来れば逃れる時に自分は同行しない、ともシャリオは語った。
「取り戻す、と先ほど伯爵は言われました。賊が持つ杖は、盗賊の盗品ということですか?」
説明を聞き終えた受付係は、最後に1つだけ残った疑問をギースに投げかけた。
質問にギースは虚を付かれた表情を浮かべる。ややあって、小さく笑う。
「どうだろう、盗品かもしれない。買ったものかもしれない。ただ、元々あった場所からは、奪われた物だから‥‥取り戻す。今持っている盗賊が奪ったわけではないから、取り戻すという言葉は間違っているのかもしれないね」
ギースが小さく肩を妹めた。動いた肩の上で小さくシェラが声を上げると、ギースは「すまない」と繰り返し、笑みこぼす。
賊如きの手にあの杖は渡してはおけない。
飄々とした笑みを浮かべる表情はいつもと変わらなかったギースだが、その声は低く淡々としていた。だからこそ、杖の奪取は本気の願いなのだろうという事だけが、受付係に察せられた事だった。
●リプレイ本文
●
掃討を依頼された冒険者らと落ち合う事となる、盗賊を誘き寄せる地点へ定めた時間内に着かなければならないため、今回の依頼はパリへ取って返す急な旅路になった。
シャリオの妻の振りをして彼の傍らにあったニミュエ・ユーノ(ea2446)は、つばの広い帽子を目深に被らされていた。商人は信用が第一だからせめて人間にあわせてくれとシャリオに押し切られての結果である。
仕入れの際にどうしても街に寄り他人との接触が増える時には、シェセル・シェヌウ(ec0170)が偽った素性と通る行程や運ぶ荷についてさり気無く噂にまぎれるよう情報を流していた。こうも綿密に襲撃を繰り返す盗賊の事、賊も獲物に関しての情報収集も行っていると考えての行動。情報を制する事も念頭に入れれば、すでに賊との戦いは始まっているといっても良い状況だった。
目的の盗賊をひきつける前に、別の賊に狙われないようにという注意については、冒険者らの配慮とあるいは件の賊を討つために騎士団らが、常に巡回警邏をしているためか……幸いにも遭遇する事無くやり過ごせてきていた。
そんな道中に、ロックハート・トキワ(ea2389)が駄目元で奪還対象の杖を持つ魔術師の属性を訊ねると、よく使われるのは「火」と「風」、そして「地」「水」も使われるが、「月」と「陽」の魔法が使われた事はないという答えがシャリオから返った。
「どんな謂われがあるのかは判りませんけれど、盗賊の手にあるべきものではないでしょう。ギース卿のたっての願いでもありますし、無事取り戻せるよう力を尽くしましょう」
「そうですね〜。ギースさんの思いを遂げて貰う為にも、ちゃんと集めてあげたいですね〜」
「そうだな」
自身も故国より奪われた遺物を探しており、盗賊の類を嫌っているシェセルは短く頷く。そんな目的を打ち合わせる合間に、いつしか果たすための手段に会話は及ぶものだが。
「リディエールさん達も今回は男装なのですね〜」
「また、次回がありますわ。えぇ、間違いなくきっと」
普通の護衛のふりをするために、見た目の強そうな装備や荷物は、隠したり布などを巻いて誤魔化すなどして、普通を装っている装備や所持品を確認していたエーディット・ブラウン(eb1460)が、切なげな呟きを零した。ニミュエが労わるように優しくその肩を叩く。ぱちりと野営の炎が爆ぜる音が響いた。不意に訪れる沈黙の時。
「だ、そうだな」
それを破って、無言の視線をロックハートはあえて傍らにいたリディエール・アンティロープ(eb5977)に振る。シェセルとシャリオはさり気無く聞こえない様子。
「……だ、そうですよ?」
更に以下略。順繰りの視線投げかけの最下層にいたハルワタート・マルファス(ea7489)は、ロックハート→リディエールの視線を受け、瞳を伏せた。
「俺は別に必要がありゃ、いいけどな。……『達』っつってたぞ?」
称号に恥じないよう、頑張れ。
そんな遣り取りの中で、いつもと異なり腰に剣を佩き、剣士のような格好で今回の冒険に望んだハルワタートは、先の依頼でギース伯から贈られた白い羽根を手の中で弄ぶ。ウィザードである事が盗賊に知られるよりも、普通の護衛と思われたほうが油断をさそえるかと思っての格好だ。同じウィザードであるリディエールも今回は、革鎧を纏いダガーを身に付けレンジャーに偽装している。
目的の盗賊団と接触するまでは、こちらの本来の戦力を知られる事なく進むと決めた結果だった。
野営の火の傍で明日以降に備え打ち合わせをする冒険者らの中で、ハルワタートはシェラ・ウパーラ(ez1079)に声をかけた。
「シェラは無理するなよ、戦闘は俺たちがやるからさ」
「ありがとう」
掛けられた声に少しだけ考えるように沈黙したシェラは、それだけ漸く返す。
「任せとけって、大丈夫さ。旨く釣れればいいけどな」
安心させるように、また自身に言い聞かせるようにもハルワタートは笑って、くしゃりとその頭を撫でた。上手く囮役を果たせれば、戦闘になり傷つく者もいるだろう。けれど、囮になれなければ、ギースの望みも果たせない。どうなる事が一番良いのかわからず、シェラは言葉を返す事が出来なかった。
●
「もうすぐかしら?」
「ああ」
幌の中から顔を覗かせたニミュエに、のんびりとした口調でシャリオが答えた。敢えて言葉をぼかすのは魔法の耳目を危惧してだ。シャリオの隣りに座るシェセルが辺りを見回せば、開けていたはずの裏街道は、いつの間にか疎らな木々に遮られ右手の見通しが悪くなってきていた。このまま進めば右手の木々は森のように木々が茂り、左手に見える丘は自然の風雨に土砂が崩れたか、切り立った岩壁のような面を覗かせるようになる。馬車の中にいるエーディットやロックハートを振り返り、目で進度を伝えれば、彼らは心得たように頷き返す。
馬車を挟むように左右を馬で従い歩いていたリディエールとハルワタートは、護衛役として周囲に警戒の視線を巡らせる。道が大きく折れ曲がるように進み、振り返るとこれまで通ってきた裏街道が景観に遮られ見通せなくなった。
陽光を遮る影にリディエールが見上げれば、鷹が一羽、空を滑るように翔んでいった。
ふと、視線を落とすとぱらぱらと砂のような石の欠片。咄嗟に手綱を引いたリディエールが、シャリオに注意を促すのと同時に、今度はもっと大きな石の欠片がカラカラと降ってくる。落ちてきた石の幾つかは、欠片というよりも落石に近く、驚いた馬を宥めるためにシャリオが手綱を捌いた。
馬車の進む音と馬の嘶きが消え、不思議な静寂に包まれた一瞬――高く鋭い猛禽の鳴き声が、それを破るように響いた。
何重にも獣の油を塗り、肩さと厚みを出した丈夫な幌もまるで紙のように破り貫く鉛色の雨が降りそそぐ。
「‥‥やはり上か」
幌の中で一網打尽にされる前に、岩壁と反対側へ飛び出したロックハートは呟いた。
相手よりも高い位置を押さえる事が出来れば、攻守において一歩も二歩も先んじる事ができるのだから、盗賊が岩場の上に現れる事は予想は容易に出来たことだった。が、その対応をとるのが難しい。このままでは反撃を取る事すら困難だ。
リディエールから投げ渡された古びたほうきを受け取って、ロックハートは岩壁の上を見上げた。射手が3人、そして外套を羽織り容貌は明らかではなかったが、魔法使いと思しき人物が一人。
「すまんな、借りる。……耐えろよ」
自分達が来たマント領側からと、向かうべきパリ側から駆けて来る蹄の音。迫る一団は剣や槍を手にしている。明らかに掃討班の冒険者ではなく、ある意味では待ち望んでいた盗賊団だろう。前衛足りえる自身が抜ける事で、仲間が苦しい戦況に置かれるかもしれない事は承知の上で、彼は上に駆け上る事を選んだ。ロックハートが的にならぬように、リディエールは適当なスクロールを開いてみせながらウォーターボムを放った。射掛けられた矢の分を返すようにシェセルが矢を撃ち込み、ニミュエがムーンアローを射放る。更に詰めるため、エーディットが駄目押しのようにウォーターボムを叩き付けた。
仲間達の徹底攻勢のうちに、ベゾムで盗賊らが陣取る岩棚まで上昇すると、驚くべき俊敏さで距離を詰めて刃を振るう。ロックハートの手にある銀の短刀の切っ先には迷いが無い。全力で自分に抗い殺しに掛かってくるであろう敵を生かして捉える事の難しさを理解していた事――それが、ロックハートの甘さを切り捨てた、精神面で必要な思慮だった。
「魔法使いが居るな……。数も腕も大したことはなさそうだが」
「やり方はいつもと変わらん。盗れそうなら盗る、無理なら退く」
その様子を見ていた馬上の男らが、短く言葉を交わし、魔法の手と弓により壊れた馬車へとゆっくりと距離を詰める。
奪うために馬車への接近を試みる盗賊達を、エーディットやシェセルらが、魔法で招いた水で押し流し、あるいは矢で牽制してはいたが、2倍以上の数を相手に押し切れるものではなく、馬に乗る男の前にハルワタートが愛馬と共に立ちふさがった。
「お前らが今まで襲った、善良な人間をどうしてた!」
「聞いてないのか? 俺達は善良な慈悲深い盗賊だってな。お宝が手に入ればとっとと帰るさ」
鼻で笑って男は突きつけられた剣を気にする事無く、一瞬の間でハルワタートとの距離を詰めた。その素早さにハルワタートが目を瞠る。受身を取る前に重い衝撃に襲われ、鈍い音を立てて馬から落ちた。馬から落とされたハルワタートを庇うように挑みかかったドゥルジは、振り払われ地面に叩きつけられながらも、その目は主人を守ることを諦めない。
「……おー、元気なこった。その気力を別な事に使えば、いいのによ〜」
口の中に溢れた血を吐き捨てながら剣を杖代わりに立ち上がると、エーディットが駆け寄りハルワタートの歩みを助けた。
引き離す間に、彼らの間に割り入ったのはハルワタートも見知った冒険者。彼女を皮切りに戦場に駆けつけた掃討班の面々を確認したリディエールは安堵の息を吐く。見回す先で、炎を落とす馬上の魔法使いの手にある杖は、ギースが語っていた様な装飾の杖ではなかった。ならば、ロックハートが押さえに向かった岩棚にいる魔法使いこそが持っているのだろう。味方が増えた事で、リディエールは今度こそスクロールを広げる事無く魔法を手繰り、ロックハートを援護すべく水を招き落とした。
ニミュエは的確に眼前の敵の特長を指定し、月の矢で射抜き。シェセルは掃討班の射手と共に盗賊を押し返すためではなく、討つ為に矢を狙い絞って放ちだす。ニミュエのフロストウルフも主を助けるべく盗賊に向かい氷の吐息を吐きかけた。
「目標の位置が確認できて、ロックハートさんも頑張ってます。手加減無用ですね〜」
「……そうだな」
エーディットがロックハートの様子を確認し、退くべき時のための魔法に備える間に、シェセルが狙い定め弓弦を引き絞る。
「引導を渡して差上げますわ、覚悟なさい」
乳白色に似た銀色の光の矢と共に、冷たい鉛色の矢が放たれ、盗賊の足をまた一つ止めていく。
ばさりと大きな羽音と共に岩棚に急行する大きな影を前に、魔法使いが手にある杖を翳し詠唱を結ぶと真空の刃が襲いかかる。射手の意識がグリフォンの影に奪われた隙を見逃さずに、ロックハートは射手の喉を切り裂いた。嫌な音を立てて鮮血を溢れさせた射手はそのまま倒れ、10メートルも下の地上へ転がり落ちる。倒れた仲間を見て魔法使いを援護し、グリフォンを遠ざけるべきか、ロックハートを排除すべきか迷う賊も追い詰める。生きている者の腕から物を奪う、と言うのは難しい……ならばやる事は一つだ。雷をその手に招き放つ魔法使いが持つ杖こそが彼らの目的。その前に立ちふさがる障壁は排除するのみ。
掃討役の冒険者が、魔法使いの意識を惹きつけてくれている間こそが最大の好機と見逃さず、血染めの銀刃を振るう。そして、魔法使いが向ける背に迷わずその刃を突き立てた。
「……手間取らせたな」
精霊の言葉を唱えるために開かれていた唇が戦楳くように震え、魔法使いが頽れた。手にあった杖が落ち、金属がぶつかり合って不可思議な音を立てる。
既にロックハートは彼自身のものか、あるいは盗賊達のものかわからぬ程の血に染まっていたが、盗賊の手から取り戻した杖は、血に汚れる事無く白銀の煌きを放っていた。
眼下を見下ろせば、残骸と果てた馬車を囲むように、仲間達と掃討を請け負った冒険者、そして盗賊達が争う戦場が広がっていた。
●
――登れずとも、降りるだけならば。
迷う事無くロックハートは大小の石の欠片を道連れに、崖を半ば落ちるように滑り降りた。その手には銀の杖を握り、予想していた通りそれなりの重量を持つ杖を錘に上手くバランスを取りながら最短距離を仲間の下へ駆けてくる。
「退きましょう」
状況を素早く判断したリディエールの声にエーディットは頷き、ウォーターボムを放って仲間が退くための距離を稼ぐ。シェセルもありったけの矢を撃ちつくすつもりで援護射撃に従事する。馬車が壊された今、持ちうる手段でこの場を離れるしかないからだ。
矢を放ち盗賊を牽制するシェセルは、退陣に駆け寄る仲間の姿を目端で捉え、欠けた人物に気づいた。
「商人殿!」
拘りを捨て戦場を退くべきと声を上げたシェセルの気遣い……感情を表面に出さない彼が声に出し告げた言葉にシャリオはにやりと笑った。
「俺には俺の仕事がある。あんた達の仕事は伯爵殿の依頼だろう――行け」
いつの間にか、その体躯に見合った大振りの剣を手にしていたシャリオは、切りかかってきた盗賊をいなしながら顎で先を示した。そして、もう一人……。
シェラは竪琴を手に、破れ壊れた幌の骨の上に居た。
「シェラ!」
ハルワタートの呼ぶ声が聞こえたのか、振り返る。
「戦う事はハルワタートちゃん達のお仕事。シェラはシェラのお仕事をするね」
戦場の剣戟と怒号に遮られ、「ありがとう」を形作る唇が見えたのが精一杯だった。戦場を離れ始めていたハルワタートらとは距離が開きすぎていて、戻るにはリスクが高すぎた。戻ろうとするハルワタートをリディエールが押し止める。
「殲滅班の皆さんを信じ託しましょう」
リディエールの言葉は道理だった。今、ハルワタートが戻ったところで無事揃って戦場を抜け出せるかはわからない。己の力量は、己がよく理解している。
唇を噛むが、掃討役の中には彼と同様シェラと知己の仲間が居た事を思い出し、馬を駆り、この場を離れる事に意識を切り替える。
ニミュエの生み出した月の輝きを纏う魔法の矢と、シェセルの放つ鋭い鉛色の矢が追撃を阻み、リディエールとハルワタートが生み出した氷の棺が敵を捕らえ、また柱のように道を阻むその隙に、エーディットが生み出した魔法の霧が視界を隠す。目的の王釈は、ロックハートの手の中にある。
「伯爵殿も人が悪いが……杖の奪取が依頼だからな。仕方ない」
その様子を目端で捉えたシャリオは、矢を剣で弾き落としながら一人ごちた。
12人で立ち向かえば、あるいはもっと楽に掃討を果たすことができたかもしれないが。一人の助力でどれだけ変わるかわからないが、マントの領主が依頼した冒険者とて歴戦の猛者を擁する。遅れを取る事はないだろうと割り切る事にした。
そのシャリオの傍ら、壊れた馬車の隣りに意外にも戦場に残った少女の口から呪歌がこぼれだす。シフールの少女は紡ぐ。彼女が謳いあげるのは――凱歌。冒険者達を励まし、戦いに勝利する事を祈り、無事を願う歌。
霧に遮られた戦場から伝え聞こえる凱歌を胸に、依頼を果たすためにロックハート達はパリへ向けて駆けた。