●リプレイ本文
●ロッド・グロウリング
「さて、お祭りの始まりだ」
今回はロッド・グロウリング自らも城砦に向かう。近隣領主との馬上試合で、相手の領主であるガリオン・ウィリスも臨席するとなれば、日程をやり繰りして無理をしてでも出席しないわけにはいかないだろう。
出発前にウィルのロッド・グロウリングの館を訪ねたアレクシアス・フェザント(ea1565)は、蛮族討伐戦のおり、ロッド・グロウリング卿配下のスレナスの支援を受けたことについて礼を述べた。しかし。
「さて、蛮族討伐戦に、山賊掃討戦。多くの合戦に参加しこちらの世界に慣れてきた頃だろうか。蛮族や山賊は騎士道に則る必要はないが、今回の馬上試合は、騎士道に則る必要がある。ま、祭りだと思って派手に楽しませてくれ」
スレナスのことには、一切触れなかった。
「けっこう影のある人だから」
アレクシアスの評価に答えたのは、キース・ファラン(eb4324)だった。
「ロッド・グロウリング卿といえば、傭兵から成り上がった人だ。エーガン王の即位以後が、その功績のほとんどんどだって噂だ。反乱しようとした貴族を事前に押さえたとか。あくどい手を使うという噂もあるけど、絶対に尻尾をつかませないって、相当なやり手だ」
「いろいろな噂は聞いているけど、本当かどうか。敵に回したくない人の一人だってことでは、ウィルでは知られている。そのロッド・グロウリングに南の国境線を任せようっていうトルク分国王はすごいね」
サトル・アルバ(eb4340)は、年齢以上に若く見える。
ロッド・グロウリングは、あの城砦周辺の村を与えられたことによって、主ある主はトルク分国王ということになる。ロッド・グロウリングがあの場所に、所領を持つだけで南への牽制になる。
「とすると、今回の馬上試合はイムンの小手調べということか」
長渡泰斗(ea1984)は、経験の少ない馬上試合に思いをめぐらすが、もともとがなるようになるという性格のためかあまり深くは考えていない。
「馬上試合は、馬から落ちないのが第一だ」
ローラン・グリム(ea0602)が、泰斗の肩を叩く。
「そうそう、今回もまずは相手を叩き落としてこっちが馬上に残っていれば、その時点で勝ちになる。逆にそれが、難しいってことだろう」
ランディ・マクファーレン(ea1702)が後を継いだ。
「私には馬上試合は無理ですから、城砦の修復の方をやります」
アルカード・ガイスト(ea1135)はそう言って、城砦の方を担当する者たちをみた。カルヴァン・マーベリック(ea8600)とは外側の柵を優先すべきとして意見が一致している。まずは馬防柵から。砦の完成は半年の予定だが、ガリオン・ウィリスがその間何も仕掛けて来ないという保障はない。むしろ、こちらが未完成のうちに直接ではないだろうが、何かを仕掛けて来る可能性はある。
「いいえ、まずは内部からです」
ナーシェ・ルベド(eb0988)とは意見が対立している。外側から修復してしまっては、明らかに修復していることが分かってしまう。それよりはまず内部の修復を完了させてから、外に取りかかった方が良い。
篠原美加(eb4179)は、ロッド・グロウリングに面会した時に地球人らしい疑問をぶつけていた。
「ボク達の世界だとこういう砦の修復だけで十分宣戦布告の大義名分になりますから、このまま続ければ遅かれ早かれ戦争の引き金になりかねないと思うんですけど、本当にこのまま続けて大丈夫なんですか?」
それに対してロッド・グロウリングは笑った。
「地球という天界はよほど、戦争が好きらしいな」
この言葉に、美加は反論できなかった。ロッド・グロウリングも案外、地球の状況を知っているようだ。
「それはそうだけど」
「こっちにはこっちのやり方もある。そのことは気にしなくて良い」
ロッド・グロウリングには、何か手があるのだろう。
「向こうに行ったら、こっちの世界の技術を見てみなければ」
まずはギャップを埋めていかないと、地球のような土木機器はこちらにはない。ゴーレムをそのようなことに使えればそれに匹敵する力にはなるだろうが、そんな使い方はさせてもらえないだろう。ロッド・グロウリングにゴーレムを使うだけの権力があるかどうかは別にして。
「その前に馬車の改良をしませんか?」
ナーシェは移動のために馬車に乗っている全員に話しかけた。馬に乗っている人たちはともかく、この整備されていない道を走る馬車に乗るにはけっこうしんどい。それに資材を運ぶ馬車も基本的には同じ。
ちなみに戦闘用に整備された道はない。物資の流通も乏しいゆえに、道が整備されていない。アトランティスは基本的には自給自足、住民に移動の自由がない。物資の移動は、極限られた一部の物だけ。となれば、まともに整備されている道などは、村の中とか町の中だけと言っていいぐらい。しかも物資の移動を担う商人は経験によって道を知っているから、道(道らしきもの)には案内標識もない。地方の村に住む者たちは交流があれば隣村くらいまでは知っているが、首都へ行く道を知っているのは、領主階級ぐらい。領主階級とてあぶない場合もある。アトランティスの道路事情はそんなところ。ナーシェはそれを知った時にかなり驚いたものだが、年に数回通るか通らないか分からない道を整備するのに別の村までに中間地点あたりまでの道路作業を義務化される村人の苦労までは考えていないだろう。道を維持するためには、そこに住んでいる人たちが整備しなければならないのだから。
「地球だったら、公共事業とかで道つくるけど」
もっともその財源は税だから、結局は同じことだ。貨幣で徴収するか労役を課すかの違いでしかない。因みに、ジ・アースでは地方領主が名誉と引き替えに費用と労力を冒険者に負担させたアルミランテ街道の例がある。しかし、これもここでは難しい。ウィルのような封建国家では、権利関係がややこしいのだ。
「そんなこと強制されたら、不満がたまるだろう」
城砦修復は、まだ始まったばかりだ。
●試合場
「あそこが試合場か」
陸奥勇人(ea3329)は封魔の外套を着て、試合会場に赴いた。試合そのものは4日後。それまではここで調整を行う予定になっている。イムン側も急遽駆り出された騎士がいるだろうからそれも仕方ないだろう。試合の翌日にはここを発つことになる。
ロッド・グロウリングは城砦の南に大きなテントを張らせて、そこに多くの家来たちを引き連れてきていた。その中には料理人や鍛冶屋、娼婦までいた。
「娼婦まで連れてくるか?」
ソウガ・ザナックス(ea3585)が驚きの声をあげた。
「こんな田舎で女っけなし、で村に調達に行かせるわけにもいかないってことらしいよ」
円巴(ea3738)が、そのあたりの事情を聞いてきた。
「全員公認娼婦らしいから、娼婦だからってぞんざいな扱いしたら引っくくられるらしい」
響清十郎(ea4169)もどんなものが見に行ってきたが、まずは馬の世話が先だと戻ってきた。
「公認ってどういうこと?」
美加は地球人の感覚で考えると、女性の人権をどう考えているのかと思ってしまう。
「アトランティスでは娼婦も一つの職業として認められている。その中でも内緒でやる者たちがいる。そういう者たちは公認ではないし、身分も保障されない。毎月一定額を税として納付するだけの違いだが」
キースはそれだけ言って、櫓機能を持たせた兵士の詰め所兼兵舎の建設について話題を変えた。
「それ以前に教会とかいうのは作らなくていいのか?」
前回きた時はクレリックが布教のために来ていた。
「大きさだけあけておけばいいでしょう」
ウィルは常備軍制ではないため、このような規模の城砦でも常時いる兵の数は少ない。管理する程度の人数だろう。
「ゆっくり休める程度の居住性もないと、それに敵が攻めてくる際の迎撃拠点として要所要所に作った方がいい」
ここは辺境で首都とは違う。居住性はともかく、城砦の規模的に、防衛戦は城外になるだろう。城内に侵入されたら、よほどの事が無い限り放棄することになる。
「大分話が大きくなっているようだが」
ロッド・グロウリングが顔を出した。城砦の内部を一回りしてきたようだ。
「この城砦はイムンを仮想敵と想定し、200人前後での襲撃を前提に考えている」
200人というのは騎士だけでなく、その従者や臨時雇いの傭兵なども合わせた数である。
「ここの城砦だけでイムンの全戦力を引き受ける気は無いし、イムンにしても、城砦を包囲するなり、無力化するだけにそれ以上の戦力は割けまい」
もしイムンとトルクが戦争ということになった場合、この城砦の左右いずれかの側でも軍勢を通過させることができる。射程の長い大砲があるわけではない。
騎士道に基づいた戦いを行うならば、この城砦を拠点にして、この南側で戦うことになる。通常、野戦で勝敗が決まる。この城砦は基本的にはその後方支援としての役割を考えれば良い。それにはキースの言うように宿泊施設が多い方が良いが、大半は自分のテントを持ち込むからなくてもいいものだ。
「一番問題が、騎士としての戦いではない場合だ」
イムン側が騎士道なんか完全に吹っ飛ばして、攻め込んできた場合だ。イムンの中にも騎士道を重んじる者たちがいるだろうから、戦力的には騎士階級よりは傭兵が主流になる。団体行動はもとよりとれないだろうが、指揮官のやり方次第ではどんな行動を取るのか分からない。
「そんな奴が200人の団体で押し寄せて来た場合、城砦の中に入られたらもう城砦を放棄するしかない。その手合いは一番良く知っている。基本的には、この堀と柵と壁で押し止める。その線で話を進めて欲しい。宿泊施設は、ディフェンスラインが広がりすぎなければ点在してもかまわない。しかし、そういう連中は静かに忍び寄って寝首をかくぐらいするから、その点も注意してくれ」
ロッド・グロウリングの意見で、城砦のありようも分かった。
「今回のお祭り騒ぎを利用すれば、けっこういい柵が作れるはずだ」
柵を作る予定地点の南側にはロッド・グロウリングが連れてきた大勢のテントが乱立している。南側からではテントの中に入ってこなければ、城砦の方面は見えないだろう。柵を作る作業を行うために村人が出入りしても、領主に呼びさだれて馬上試合の設営をさせられているという形が取れる。
●意外な人物
「ここで行うのか」
マレス・イースディン(eb1384)は、通常馬で試合会場の中を走っていた。地面はすでに馬蹄の後が、かなりある。すでにガリオン・ウィリス側の出場者は、2日前から訓練に入っていた。
「向こうは戦闘馬ばかりだ」
サトルは、勇人から雷を借りていた。その勇人は自分の戦闘馬焔に跨がって現れた。
「どうだ。敵の状況は? あっちは全部戦闘馬ばかりか、馬で差をつけられるときついぞ」
戦闘用の訓練を受けていない馬だと、突進する段階で横に逃げ出しかねない。
「すでに会場はできているのか」
ランディは、会場の中央にある低い柵を眺めた。突進した馬同士が、正面衝突しないように柵で区切る。柵を左手に見ながら、つまり互いに楯を持つ側を柵側にして突進し、すれ違いざまに右手のランスを突き出す。柵があるから、馬足の部分には基本的にはランスは命中しない。そんな低い地点を突いたら、柵にランスを取られるか、そうでなかったとしても騎士の名誉は傷つけられるだろう。
「馬上試合で馬を傷つけるのは、基本的にはなしだ。ただし、全速疾走中なら馬も上下に揺れるから、事故が起こることもある」
アレクシアスもアルボラーダで会場に現れた。
「事故に見せかけてやっても、けっこうばれるな。あいつどこかで」
アレクシアスは、向こう側の一人に目が行った。
「誰だ、知り合いでもいたか?」
「あの左側、今ランスを持った男。間違えない! あいつは山賊のところで会ったやつだ」
アレクシアスは馬を飛ばして、ウィリス側の陣営に向かった。
「あいつ、何しに?」
泰斗がそれを見て馬を飛ばす。会場に姿を現したばかりの泰斗は、いきなりアレクシアスが敵陣に突撃をかけたのであわてて後を追った。
ウィリス側の陣営から見れば、グロウリング側がいきなり馬を飛ばしてきたようにしか見えない。緊張が走った。それを制したのが、件の騎士だった。
「騒ぐな。あいつの目的は、俺だ」
そう言って押し止めると突進してくるアレクシアスに向かって馬を飛ばした。
「早い再開だったな」
「やはり。あの山賊騒ぎは、イムンの差し金か?」
「さて、それはどうかな。俺がここにいること自体、策略かも知れないぞ。騒ぎ立てるのはそちらの勝手だが、騒いだ結果がどのようになるか。グロウリング卿と相談してからの方がいいぞ」
「っく」
その場はそれで引き返した。
「ほう、そんな男がイムン側にな。騒がなくて良かったな。討伐の場で取り押さえていればともかく、今になってこいつがと言っても無理だろう。それにこんなに早く姿を現したということは、あいつのその時の雇い主はたぶん、ガリオン・ウィリスではなかろう。もしガリオン・ウィリスだったら」
ロッド・グロウリングはアレクシアスの話に興味を覚えた。
「姿を出させないはず」
「そうだ、取り敢えず山賊の件については、今回は忘れろ。やっかいなロッド・グロウリングをイムンにぶつける手だろう。しかし、そいつが忠告してきたということは面白いな」
「その時の雇い主とは縁が切れた?」
「そんなところだろう。騎士らしく、勝敗を続きをやればいい」
「はい」
しかし発表された個人戦の対戦表では、あいにく勇人が当たっていた。
●訓練
ソウガは、試合前日まで勇人に馬上試合の訓練を受けていた。一番の問題はやはり騎乗技能だろうか。馬を走らせるだけなら、どうにかなる。しかし、馬上で楯を持ちながら馬を操り、ランスを繰り出すのは難しい。それに攻撃しないまでも、攻撃を受けたら楯で受けても、衝撃で落馬してしまう。
「怪我するなよ」
「分かっているけど、衝撃がすごい」
実際試合の時は馬を全力疾走させるから、もっと衝撃がすごいだろう。
「様になってきたじゃないか」
清十郎が代わって、全力疾走で走らせてみる。
「大体の距離感は分かった。しかし」
馬上試合は直線、勝負は一瞬。互いに全身が見える状態での突進。純粋に経験と腕の勝負。相手の攻撃をどこで見切り、どのタイミングでこちらの攻撃を繰り出すか。
「問題はアトランティスの騎士たちの方が、馬上試合の経験が豊富なことだ」
冒険者が馬上試合に出ることは通常はない。馬で悪路を走ったりするような経験は同等だろうが。
「なるようになるものさ」
泰斗はそう言った。取り敢えず今回の依頼は、馬上試合を思いっきり派手にやること。勝ち負けは二の次もっとも、勝てれば勝てるに越したことは無いし、勝とうという意思がなければいい試合などできないだろう。
「相手の騎士をどう見る」
ランディがいつものように、そっけない口調で問いかけた。
「そうだな。けっこう腕利きだと思うぜ。特に」
「アレクシアスが山賊討伐戦でやり合ったというやつか」
他の騎士とはあまり接していないものの、腕は確実に上だろう。
「俺たちの知らないところで、いろいろ動きがあるのだろう」
馬上試合に臨む者たちは、派手に目立って会場を走り回ってイムン側の目を引きつける。
イムン側の騎士達も冒険者たちの技術に注意を向けている。
●城砦修復
1日あたり30人ぎりぎりまで動員してもらって、それぞれの作業を指示する。もちろん、作業量的には1日で出来る量ではないから、同じ村の者たちが動員された時には、そのまま同じ作業を続けることになる。柵を作ったり、建物を立てたりするのは、村人にとっては日常行っていることだから、どこにどのような物を作ればいいのか指示してもらえば、けっこう見事な出来ばえに作ってくれる。
「堀はね。普通の平行に掘り進めたものではなく、所々をV字って言ってもわからないかな。こんな風に上に切り込んだ堀切の形にしてみて」
美加が自分の提案を指示していた。そしてナーシェが姿を現すと。
「南の門はどう?」
ナーシェは封鎖されてしまっている南の門を調べていた。
「全然駄目みたい。押しても引いても叩いても蹴っても、まったく動く気配はないわ」
もちろん、叩いても以下は冗談だろう。
「特殊な鍵でもかかっているのかも。でも鍵穴なんかない。変でしょう?」
「取り敢えずは、できるところからやりましょう。南の門が開かなければ、その門からは入れないってことだよ」
「それもそうね」
「こことここにあれと同じくらいのものを」
巴が兵舎の拡充を指示していた。
「緊急対策だが」
ロープや柵で真っ直ぐ走れないようにする。大軍が侵入区画に一度に集えない。裏稼業のものが容易に侵入できるような死角・穴の修理する。
「これを実現可能にするだけでも違うと思う」
城砦の本体部分については頑丈にも穴はないのだが(逆にどうして放棄することになったか疑問は消えない)、死角はやはりできてしまう。ジ・アースからやってきた忍者ならある程度までの侵入は可能だろう。こういう時にその筋のプロである忍者がいてくれると、どこをどう修復すればいいのかわかるものなのだが。
「柵の配置はあんなものでいいですか?」
アルカードは柵の配置位置を指示してきた。完成するには時間はまだまだかかるだろうが。
「あんなものでしょう。余裕があれば、外側に拡張していけばいいんだ」
●馬上試合
「出場者はあれ?」
個人戦5人に対して、6人が名乗り出ていた。
「おいおい。個人戦は5人だぞ。先に団体戦を行う。その間に決めておいてくれ」
右翼から、マレス、キース、アレクシアス、ランディ、清十郎、ローラン、泰斗、ソウガ、勇人、サトルの順で並ぶ。開始されよとした時。
「待った!」
会場中に大声が響きわたった。
「今回の試合には、魔法のかかった甲冑の使用は禁止されている」
判定者が試合前に、そのようなことを言い出すのは珍しい。事前取り決めを敗った者がこの中にいるということだ。
「誰だ。騎士道に反する行いをした奴は!」
勇人が怒鳴った。
判定者はその勇人に歩み寄って指さした。
「お前だ。その上着は魔力を帯びているだろう」
勇人は封魔の外套を着ていた。試合には直接影響は無いが、魔法のかかった防具であることには変わりない。
「ちょっと待て」
勇人は上着を脱ごうとしたが、すでに勇人の不戦敗と個人戦出場資格なしの判定が下された。
「何やっているんだ?」
巴は万が一のために補欠として準備していたが、団体戦出場資格なしならともかく、不戦敗では代わりに出ることはできない。団体戦で怪我人がでて個人戦が行えなくなった場合に備えて準備はしておく。
勇人が個人戦に出られなくなったことによって、個人戦はローラン、アレクシアス、ランディ、泰斗、清十郎の5人と決定した。
「9対10か、不利だな」
もし、全員相打ちになった場合でも、相手側は確実に一人残る。それに装備の違いもある。
相手は足元まで防御するカイトシールドを装備し、半分くらいはプレートアーマーを装備、残りもそれに近い状態であるのに対して、こちらはキース、サトル、泰斗、ローランの4人はシールドを装備していない。シールドがないということは相手のランスを避けるか、こちらのランスで弾くかしなければ体に命中する。
開始の合図がなされる。互いに馬を疾走させる。双方からの突進によって一気に距離が縮まる。最高速度に達するにつれて、徐々に差が出てくる。
手綱捌きに支障が出るという理由でシールドを装備しなかったローランは相手のランスを持つ肩を狙ってランスを突き出すが、相手の攻撃を受けてヘビーアーマーの正面から受けてしまった。そのために目標に当てることができずにバランスを崩す。マレス、キースはどうにか相手に当てたものの、相手の攻撃を受けて落馬していた。馬を操る技術の差によるものだ。一回目で馬上に残っていたのは、アレクシアス、ランディ、清十郎、ローランの4人だけだった。シールドの有無も大きかったが、やはり落馬は馬をどれだけうまく扱えるかにかかっている。ローラン以外はシールドで相手の攻撃を遮ったため、ダメージは大したことはない。ローランは脳震盪こそ起こさなかったが、それに近い状態だった。
「向こう側は7人残っている。2対1で攻撃されるかも」
しかし、あちら側はこちらと同じ4騎のみが疾走準備に入る。
「同数でやってやる」
イムン側はなめたような口調で宣言した。
「ローラン、大丈夫か」
清十郎が声をかける。
「ああなんとか」
ローランは、なんとか返答する。ダメージでない分、ポーションによって回復というわけにはいかない。
「まだできるか? 無理なら棄権しろ」
ランディの口調は、いつもながらそっけない。
「シールドがないなら、左腕でカヴァーしろ」
「(あいつは!)」
アレクシアスが目指す男は待機組の中にいた。
「まずは目の前の4騎を倒す」
合図とともに疾走が始まる。
ランディのシールドに強い衝撃が走る。その瞬間に体を左に回して、僅かに短く持ったランスを突き出す。
ローランが狙ったランスは相手に当たらなかったものの、相手の体を前からなぎ払うような形になって相手を落馬させたが、それにはブーイングが起こった。結果としてそうなったとしてもそのやり方は、お粗末。相手の右肩狙いという狙い場所に問題があったのだろう。
清十郎とその相手は互いにランスをぶつけ合って、二本ともランスが砕けた。
結局二回戦目はグロウリング側は全員生き残り、ウィリス側は3人が落馬した。二回戦を待機していた3人が加わり、三回戦目は四対四になった。そして。ローランとランディが落馬する。しかし、ウィリス側も残りは2騎になっていた。
「馬上試合でなければ」
そう馬上試合でなければ、勝てる相手だっただろう。しかし、実際に馬上試合となるといささか違う。
「そろそろ馬が限界だ」
「ああ」
アレクシアスも清十郎も馬の状態は熟知していた。短い距離とはいえ、すでに三回も全力疾走をしている。後1回。特に装備の重いアルボラーダの息は、かなり荒い。それに対してあちらの2騎は、疾走回数が1回少ない。
「右の奴は俺がやる」
「いいけど」
最後の疾走、アレクシアスは件の人物に向かっていく。
「馬のスタミナの差だ」
ランスが相手を捉える瞬間、わずかにアルボラーダの足が鈍った。逆に相手は速度をあげた。アレクシアスのランスは狙った兜の左脇を通過し、アレクシアスはミドルシールドを痛撃された。シールドは壊れなかったものの、衝撃で投げ出された。清十郎はどうにか相手を落馬させたものの、馬の方が限界にきていた。まだ個人戦も残っている。
「棄権する」
団体戦は1対0となった。
馬の疲労回復のため、個人戦は午後行われる。
●個人戦
「けっこう強いが、落馬さえ気をつければ」
一番の問題は落馬だ。
「しかし、相手も個人戦を控えて手の内を出していない油断は禁物」
油断する余裕はない。
ローランはシールドなしの不利を悟ったが、ヘビーシールドでは馬上で扱うには大きすぎて邪魔になる。
「手甲が頑丈なら、シールドなしでもいいんだが」
「やるだけやってみる」
そこにロッド・グロウリングが顔を出した。
「慣れない馬上試合で苦戦か。馬上試合ではどこにランスを繰り出せばいいか。知らないようだな」
ロッド・グロウリングがランスを持ち上げて、ローランのヘビーヘルムの顎の部分に穂先を突きつける。
「ここを下から突き上げる。シールドでガードされているが、相手がランスを繰り出す時には僅かだがそのラインがシールドのガードからはずれる。その僅かな間を狙え。命中すれば、確実に落馬させられる」
脳震盪を起こさせることができるだろう。
「その前に相手のランスに当たって落馬させられてしまえばそれまでだが」
ローランはその忠告どおり、相手のランスが伸びてきた瞬間にそのラインにランスを突き入れた。相手のランスを左腕でつかむようにしてそらす。命中箇所はわずかにずれたが、それでも相手は落馬していた。
「俺もやってくる」
泰斗が流風に跨がって、ランスをつかむ。
「泉州浪人、長渡泰斗、推して参る! 我と思わん者あらばいざ、尋常に勝負勝負!」
泰斗は名乗りを上げて、気分を盛り上げて疾走にはいる。鬨の声をあげながら。頭には鉢巻き状にレインボーリボンを巻いている。
ローランがランスを突いた位置に、団体戦との違いを感じたウィリス側の騎士も負けずに大声をあげる。鬼面頬にランスが命中する。しかし、泰斗のランスも相手の顎に命中していた。二人ともに落馬。二人とも脳震盪を起こしてその場から動けないので、双方から助けに入る。
「強力だ。落馬しなかったら、首が折れるな」
意識を取り戻すまで、試合は中断された。
ランディが、望月に持って現れた。巴に借りた戦闘馬、馬上試合では故意に馬を狙う者はいない。その点は安心しているが、本来の主人ではないから、本来の力は出し切れないだろう。巴には忠誠でも、ランディにはどの程度だろう。団体戦ではかなり頑張ってもらったが。
「カウンターでいく」
団体戦ではうまく行ったが、勝負は一瞬。呼吸音がやけに大きく感じる。相手も、自分も全力疾走なのに、ゆっくり感じられる。ランスの先が迫ってくる。扱い難いヘビーシールドでランスを弾く。そして。
「辛勝って感じだ」
ランディはヘビーシールドを持つ左手が痺れた状態のまま、もどってきた。相手のランスが砕けて、バランスを崩したところに、ランディのランスが辛うじて命中して落馬させることができた。クリーンヒットではないから、相手の自滅に近い。
勇人が失格になったために、清十郎がそのままの相手と戦うことになった。そして。
「ったくなんだよ。あいつ無茶苦茶強いぞ」
スマッシュ+チャージングで攻撃をしかけたが、攻撃を受け流されて防御が空いたところをランスで突かれた。顎にランスの先が迫ったところまでは記憶にあったが、その後は意識を回復するまでの記憶がない。
「当分首が痛いな」
勝敗はアレクシアス次第。今のところ、団体戦を含めて2対2状態。
「個人戦最終の相手は、ガリオン・ウィリス自らだ」
フェザント家の紋章のついた楯と鎧が、陽精霊の力が弱くなりつつある明るさの中で輝いていた。
3度の疾走で勝敗が決まった。6本のランスが折れて地面に転がっていた。
「見事だ。今日は十分に楽しませてもらった」
ガリオン・ウィリスはそう言うと自陣に戻って行った。
「取り敢えず勝った。この後は酒宴があるらしい」
試合は、アレクシアスの勝利に終わった。
酒宴は双方が互いの陣の真ん中で行われる。まだ、寒いながらも酒が入れば関係ない。勇人は皆にどぶろくでもふるまうつもりが、やけ酒になっていた。強そうな奴とあたるはずだっただけに残念でならない。
●修復、次に来る時までにやっておいてね
馬上試合を隠れ蓑にして、外見上主立ったところの修復作業は侵攻していた。指示を出したところが出来上がるまで、定期的に村人が作業を行う手筈になっている。もっともそろそろ畑仕事も増えてくる頃だから、順調とまではいかないかも知れないが。
次に来る時には、大きな武器の配置場所の整備が必要となるだろう。
「エレメンタルキャノンでも手に入ればいいが」
ロッド・グロウリングも最新のゴーレム技術には関心はあるが、まだ数が出回っていないため入手は難しそうだ。
「そろそろ出発した方がいいと思うけど、無理なのかな」
美加が酒宴が行われた場所に顔を出した。
「それには、ここでマグロになっている騎士どもを起こさないとね」
巴が二日酔い対策に、果実の汁を落とした水を持ってきた。非常に酸っぱかったようだ。わざとやったようだ。