●リプレイ本文
●単独行動
ルナ・ローレライ(ea6832)はどうにか、ロッド・グロウリング卿の領地の村の一つにたどり着いた。アトランティスは、地球はもちろんのこと、ジ・アースに比べても遙かに物資の輸送が少なく道も整備されていない。もちろん、道には道路標識もない。ドンキーのパティに積んだ荷物を揺らしながら、村の中に入っていくと奇異の視線を感じる。天界人だから珍しいのではなく、村人にとっては外部の人間が目立つのだ。
「先日よりジ・アースの方からこちらに来ました。ルナ・ローレライともうします。よろしくお願いします。こちらを収めていますロッド卿が後妻を募集していらっしゃるとか‥‥召抱えられるところもございませんので私も尋ねてみようかと思うのですが、今までの方はどのような人たちなのでしょう? かなわないような方でしたらでるのもおこがましいので‥‥」
とたんに好意的な雰囲気になった。というよりも。
「おもしろいことをいうひとだな。やっぱり天界人か?」
「ええ、そうですが」
肯定するのには勇気がいる。先日のフオロ分国北部では山賊の助命を行おうとした天界人が半殺しにされている。
「やっぱりそうか」
しかし、友好的な雰囲気は変わりない。ここはフオロ分国ではなく、トルク分国である。冒険者ギルドはウィル国王のトルク分国王に命じたという経緯はあれど、冒険者ギルドを作って、そこにウィル国内の多くの領主を、連盟させて冒険者を保護しているのはトルク分国王である。たとえそれがトルク分国王の直轄領でなくとも冒険者に好意的になる。しかも、ロッド・グロウリングの依頼を過去に受けた冒険者は何ら問題を起こしていない上、馬上試合では数々の武勇を見せている。天界人に好意的になろうというもの。天界人が受け容れられるかどうかは、依頼をどのように実行したかで違ってくる。たとえトルク分国内でも、冒険者が問題を起こせば、民衆は好意的ではなくなる。
「後妻なんていったら、ご領主様がおかわいそうだ。まだ結婚していないのに」
ルナは何を誤解したのか、ロッド・グロウリングが先妻と別れたと思っていた。
「まだご領主様は独身だ。もちろん、都にいい人がいるかもしれない」
だとしても正妻である必要はない。妾でもいいのだ。
「ご領主様は砦の方に滞在している。ここからなら1日ぐらいかな。今からでも選考に間に合うかもな」
そうした助言によってルナは、翌日城砦にたどり着いた。人生の幸運のかなりを使ったようなものだった。
その頃には、他の依頼を受けた冒険者たちは、それぞれの役目を遂行しつつあった。
●地下を好むのはドワーフの性なのか。
「地下迷宮はダメでも抜け穴は良かったとはな。俺としたことが迂闊だったぜ。この探索が完了したらグロウリング卿に抜け道の整備・伸張を進言しよう」
マレス・イースディン(eb1384)は、地下室に降り立った。城砦に最初に来た時に地下迷宮を作ることを言っていたが、アトランティスはジ・アースと違ってある伝説がある。深い穴を掘ると地上世界の下にあるカオスに通じる穴が開いてしまうというものだ。そのため井戸を掘ることですら、専門のドワーフに任せる。アトランティスのドワーフに。
「この抜け道はどう見ても、大昔に作られたものだ。最近作ったものじゃありません。きっとアトランティスのドワーフがカオスの穴を開けないように慎重に掘ったのでしょう」
アルカード・ガイスト(ea1135)が地下室全域の地図を作製すべく、羊皮紙片手に手近にあった壁を調べていた。詳細な地図を作製していけば、もし空白になる空間があれば、そこに隠し部屋なり、隠し通路があるはずだ。隠し通路は床下とは限らない。長渡泰斗(ea1984)は床や天上も調べている。壁中や床下が空間になっていれば叩いた時の音で直ぐ分かる。大工仕事に使う木槌借りて、一階と地階の壁面、部屋の隅の床、暖炉・竈の中を叩いて音の響きを確認している。
「石をずらした痕跡でも見つかれば、決定的なんだがね」
何とも地道な作業だ。
●村での探索
そのころソウガ・ザナックス(ea3585)は、円巴(ea3738)、響清十郎(ea4169)、ランディ・マクファーレン(ea1702)、ファル・ディア(ea7935)やエレ・ジー(eb0565)と一緒に、周囲の村に出向いていた。村人たちは、城砦の手伝いに行った娘達が、城砦に泊まり込みで働いていると思っていた。もちろん、働くという以外の選考もあることと勝手に思いこんでいた。村を訪れた冒険者は彼女たちが行方不明になったと悟られるわけにはいなかい。冒険者が到着以前から姿を消している。というよりも、彼女らがいなくなったから冒険者が雇われた(という状況に近い)。彼女らのことを聞かれると困るから、できるだけその話題にはふれないようにする。
ソウガは当初評判調査ということにして、娘たちの名前や容姿を尋ねようとしたが、いくら何でも無理がある。
ランディは、城砦再建の保安の為として、村人に最近の城砦周辺の治安について訊ねて回ることを提案した。
「近辺を脅かす賊の噂話でも聞ければしめたものだ」
「村人から噂を拾うのが一番だよ」
清十郎もその案に賛成していた。村娘たちの誘拐をたくらむのなら、犯人たちは見目麗しい娘達が城砦の手伝いに向かうことを知っていたはずだ
「どうだろう? まさかとは追うけど、村の厄介者達だったりすることはあるだろうか」
冒険者と村人の接触は、あまり多いわけではない。村人が城砦に奉仕にくる時の方が接触は多い。村の内部となると、まだ目が届かない。
「で、できるだけ、聞いてみましょう」
エレはファルと一緒に聞き込みを開始する。ファルは抜け道を探って探索するつもりでいたが、エレに引っ張られるような形で村の方へ来ていた。エレは、誰かと面と向き合ってしゃべるのが苦手なので、その辺りで逆に怪しまれないかどうかが心配だったため。それにファルはフオロ分国で起こっているようなクレリックに対する悪感情が起こらいようにしたいということがあった。幾人かの村人と接触したが、このあたりではクレリックに対する悪感情は起こっていない。
「ロッド・グロウリング卿には、砦内に礼拝堂を作れるよう交渉してみよう」
たぶん、礼拝堂を設置することには反対しないだろうが、その費用は出してはくれないだろう。
「礼拝堂ってジ・アースでは、基本的に全員が収容できる大きさでないといけないんじゃないか?」
巴が一通り聞き込みをして合流して、つっこみを入れる。もしファルがジーザス教の教えをジ・アースのように広めたいなら、この城砦の常時寝起きする人全員が椅子に座って礼拝できるような広さが必要だろう。
「小さいと自分で限定する必要はないのか」
しかし材料費を考えると。それに礼拝堂を作る労力はどうするか。
「こっちには、専門の職人さんいないからね」
ジ・アースでも昔はそうだったのだろう。今でこそ教会の建築は荘厳だが、昔からそうだったわけではない。ジ・アースでも山間の小さな村の教会は非常に質素だ。
「まずは建物よりも、教えそのものを広げる方べきじゃない?」
教えを広げるだけなら、屋根がなくたっていい。信者が三人以上いる場所がジーザスの花嫁だ。
「モンスターもあまり出ないらしい。それ以前に村人たちは危険な場所には近づかないようにしているようだ」
ランディが聞き込んできたことによると、このところ城砦の修理と農繁期なったことで村内部での人目が少なくなっていた。
「こっちの村では子どもも農作業をしていた」
清十郎は大人が駄目でも、と腕白そうな子どもから聞き出そうとした。子どもであっても、村では貴重な働き手であり情報は得られなかった。
「逆に言えば、村の状況を良く知っている者の仕業じゃないか?」
村人のいかない範囲に拠点を作っているはず。その範囲を絞り込む。
●城砦のあり方
「ロッド・グロウリング卿、こちらにいらしたのですね」
サトル・アルバ(eb4340)は城砦の運用について、詰めて行きたいと思って、首都のロッド・グロウリングの屋敷を訪ねた。ところが、ロッド・グロウリングは領地に行ったまま戻らないという。そこであわてて首都から文字通り駆けつけてきた。ロッド・グロウリングが首都にいないのでは、首都に残る意味はない。
「領民に行方不明者がいるのに、首都に帰れるわけがないだろう」
行方不明になった3人の村娘たちの親達は、砦で最終選考が行われていると思っている。もしロッド・グロウリングが首都に戻ってしまっては、最終選考など行われていないとわかってしまう。
「そういわれれば」
「サトル、そなたとて鎧騎士であり、領主階級側の者であろう。現に領地をもっていなくとも、領民を大切にしなければならないかわかるはずだ」
領民は領主の持ち物である。ぞんざいに扱うものもいれば、大切にする者もいる。今のウィル国王は前者だが、ロッド・グロウリングは後者のようだ。
「トルク分国では領民は大切に扱われる。ルーベン・セクテがそのように提言し、自身で実践した」
ルーベン・セクテは、トルク分国王ジーザム・トルクの異母弟。トルク分国が豊かだと言われるのは、ゴーレムを売り払っただけではないのだろう。
「実際にルーベン・セクテの領地は豊だから、真似する領主が出てくる。それはそれで技術のいることらしい」
「ところで、城砦についての話を詰めたい」
サトルは切り出した。
「まずは備蓄能力。そしてどのくらいの数の兵が、どれだけの時間籠城するつもりなのか。それに兵器の備蓄も。籠城戦は、援軍がくるのが前提の戦だから」
「兵法も講義か。この城砦の位置が分かるな」
サトルはうなずいた。この城砦の南はイムン分国がある。西にはササン分国。
「トルク分国の南端そんなところだ。つまり南にあるイムンへの備えだ。この前馬上試合を行ったガリオン卿はイムン家と契約を結んでいる地方領主だ。通常ならこちらよりも動員力は少ない。籠城云々という問題は発生しない。問題はトルク分国とイムン分国との間に何らかの衝突が起こった場合だ」
イムンとトルクは隣接しているため、過去にも戦いがあったことだろう。ここに城砦があるのとて、その過去の争いの残骸。
「イムン分国は、首都ウィルからもっとも遠い分国だ。しかもトルクとの境からは森林地帯が続き、トルク側からは大規模な戦いを仕掛けるのには無理がある。基本的に騎士同士の戦いには、一定程度開けた土地が必要だ。森の中で馬上試合ができないように」
戦うとしたら、この城砦の南側。籠城とは限らない。イムンが奇襲をかけてこなければ。
「騎士同士の戦いなら事前の話し合いで、日時も戦力も決める」
「そうでないことが起こると?」
「そうなってほしくないのだが」
ロッド・グロウリングは口を濁した。
「天界人でも地球人は、騎士の戦いを知らないらしい。奇襲もテロもあるという」
天界人は冒険者ギルドを通じてトルク分国王が保護しているが、そうでない天界人もいるようだ。天界の品物の出物があるのも、冒険者ギルドに保護されなかった天界人が多いからだろう。
「イムン分国に、そのような天界人が保護されていないとは限らない」
サトルは、考えすぎではないかと考えた。
「一月ほど前だが、イムンからフオロとの間に友好関係を強めようと、エーガン王のところに伺候にあがる姫がいたのだが、結局来なかったという。イムンから言い出したことだけに、関係が悪化している。もし関係がこのまま悪化したとなれば、トルク分国王に、イムン分国を討つように、エーガン王を命じる可能性もある。ジーザム・トルク分国王はフオロ家を擁護しているから、命じられれば討伐が行われるだろう」
「そのときはゴーレムが」
「そうなるだろう。イムン分国にも多少のゴーレム兵器はあるだろうが、トルクの前には勝負に成らないだろう。そこで」
その先は予想できた。先手を打って、攻撃を仕掛けるかもしれない。
「ゴーレムとて万能ではない。鎧騎士が乗り込む前なら無力だ」
もしそのような手を打たれないためには、起動しないときには簡単に外部の者が入れない警備が必要だろう。
「城砦はそれにはちょうど良い。味方のゴーレムが到着する前に城砦が陥落されては困る」
ロッド・グロウリングは傭兵から成り上がっただけに、先祖代々の家臣という者がいない。そのため、どうしても手不足感がある。そこは傭兵で補いたいところだが、その時間がどれほどあるか。
「何かあった場合には、トルクとササンをあてにして良い。イムンの情勢には気を配っているところだ。出陣をよほど巧妙に隠蔽されない限りは、事前にわかるだろう。トルクの騎士団なりササンの騎士団もそれに併せて招集をかけるはずだ」
そして救援までは10日ぐらいだろうか。最短でだが。
「20日くらい防げればいいだろう」
その間城砦には付近の領民も保護されることになるだろう。騎士道に則らない輩が相手では略奪の危険がある。直接戦闘は無理でも、それ以外のサポートする人手にはなる。
「それでは食料の備蓄は相当必要になります」
「とりあえず、今年の収穫に期待したいところだ」
収穫された穀物の半分くらいは城砦の地下に備蓄するのだろう。
「その前に戦になったら?」
「そうならないようにジーザスにでも祈るさ」
●地図づくり
地下室の地図はまだまだ時間はかかりそうだが、それでも順調に進んでいた。音羽朧(ea5858)やキース・ファラン(eb4324)も加わって、抜け穴から部屋の配置や壁の位置を正確に描いていく。
「それほど大掛かりな細工でなくとも階段の下や暖炉の中など目立ちにくい部分に入り口があるとか専門家でなければ、判りにくい物もござろう」
「城砦の全体を確認して、城砦の構造的に空間が作れる場所がないかを最初にチェックしたいと思う。そのチェックを通じて今回の抜け穴以外にも抜け穴がないかを探り出したいからな」
キースは地下室以外の部分を調査し終えて、地下室の作業に加わった。城砦自体の構造も本格的に調べたい。それによって今後のことにも対応できる。
「今後のことってどのようなことでござるか?」
「ゴーレムさ。ロッド・グロウリング卿は現状こそ、ゴーレムのことは考えなくていいと以前言ったけど、ロッド・グロウリング卿はジーザム・トルク分国王の信任篤い臣下だろう? 傭兵から成り上がったっていうだけ、騎士道の有効性と問題点も理解している。新しいゴーレムの運用にだって、理解があるのではないか?」
「つまりこの城砦でゴーレムを運用するということでござるな?」
実際にロッド・グロウリングはサトルにその可能性を話していた。もちろん、ジーザム・トルクがこの城砦にゴーレムを配置する可能性はあるだろう。フオロに比べればトルクはゴーレムを生産しているだけあって、保有数も多い。ゴーレムを使った山賊討伐で、有効だったことが証明された。今後はどう戦いに持ち込むか、そのやり方だろう。
このあたりは鎧騎士が詰めていく話になるのだろう。城砦の修復には鎧騎士も関わっているのだから。
「フオロ家ではゴーレムも少ないけど、トルクなら、もっと多くのゴーレムがあるはずでござるな。ところで、抜け道を見つけたらどうするのでござろう?」
「そりゃもちろん、城砦の構造に直接影響があるかどうかはしっかり確認した上、埋め戻してしまう。下手に情報が漏れていて、攻撃側は抜け道を知っているのに護る側は知らないなんていったら、致命的な話だからな」
「そうでござるな」
地下室もあちこち探していくうちに地下室の詳細な地図が作製されていく。
「ここにも隠し部屋か?」
部屋にはたいしたものは残っていない。地図を作製していくと、地図に描かれていない空間が明らかになっていく。
「構造的にはけっこうしっかりしている。たぶん、貯蔵施設には充分だろう」
「まるで地下迷宮だな」
マレスが喜ばしそうに口にした。
「そうかな。ここが1階だったって考えられないか?」
アルカードが地図の範囲が広がるにつれてそんな考えをもった。1階が完全に埋まったのではないかと。
「地系の精霊魔法?」
「考えられなくもない。地下に掘り進むよりも地上で作って地下に埋め込む大規模な術になるだろうけど。
1階から地下に降りるまでの階段の高さを調べる。もし地下室が最初からそのような目的で作られたのなら、空気がよどまないように通風口が張り巡らされているはずだ。それは地上にも続いているはず。
●夜一人で
昼間は、そのような調査が行われていた。しかし以下に冒険者といえども、昼夜を問わず活動できるものではない。ロッド・グロウリングは冒険者にはそれなりの居住環境の良い部屋を準備させていた。
夜には村に情報収集に行っていた者達も戻ってきていた。
「農民がやったにしては、いいできに見えるけど」
「充分だろう」
巴と清十郎はロッド・グロウリングが領民達に行わせ結果を確認しつつ、城砦の中に入ってきた。馬防柵も堀も不合格な部分はない。
「あえて言うなら、堀をもっと深くしてゴーレムが攻め寄せた時に、防げる方がいいかも」
ファルもゴーレムの力は熟知していた。だからそう言える。
「セレに運んだ試作品のこと?」
「ゴーレムの放った矢一本で戦況が変わった。あれを見てしまうと」
「そうね。でもあれは特別なゴーレムだったのでしょう」
「う〜ん、今は特別でも近い未来には特別じゃなくなるかも。有効な武器は取り入れられるだろう」
あの弓矢を使うゴーレムと弓矢が得意なエルフが協力して開発していくと、試作品よりもはるかに強力なゴーレムができることだろう。
「こっちのアトランティスだって飛び道具使っていけないということはない。正騎士を集中的に狙って狙撃しなければいいだけだ。となれば、ゴーレムが弓矢を次から次へと連射できるようになったら戦のやり方も変わるな。ゴーレムなら疲れることはないから」
「つまり堀を深くしても、ゴーレムに弓矢で攻撃されたら」
「ゴーレムは、ゴーレムで叩く。情報を交換しよう。明日にはしかけたい」
キースが呼びに来た。
「たぶん、このあたりに拠点があるだろう」
村で聞き回った範囲では、有る程度の位置が絞れた。村人の目につかない場所。いくら農繁期といえども、家で使う薪は集めに行くことがあるから、周囲の森では目につくはずだ。
「地下の方もだいたいのところは終わった。明日には、手分けして抜け穴に入る」
抜け穴から一方が入り込んで追い出す、そして拠点の周囲は地上から包囲する。
「救出に失敗した場合、事故や病死なりの事を荒立てない後始末をロッド卿と協議しておいた方がいいか。そのときはその指示に従って執り行うってことで」
それで会議はお開きになった。
その夜更け。篠原美加(eb4179)は一人で地下室に降りてきていた。ライターの火を頼りに地下室を巡り探索していた。
ライターを使用する理由はもし隠し通路があるならそちらに向けて存在する空気の流れを感知出来なるはず。と考えたことだった。
万が一にそなえて香り袋を身に付けておき、誘拐される事態になった場合も最小限の手がかりは残せるにしたが、夜の単独行動では、仲間がそれに気づくのは翌朝以降になってしまう。それまで、残り香が無事だろうか?
「無理はするつもりないけど」
最初にこの城砦に来たときのことが気になっていた。あの声はなんだったのか。
「風がかすかに」
昼間発見した抜け道は慎重に閉じてある。犯人が何者であれ、まだ行動を起こさせないために。特にルナも到着して新しい美女が入ってきたと村人を通じて情報が流れているなら、まだ娘たちを連れ出したりはしないだろう。そのため抜け道から風が入ってくるということは、誰かが抜け道からこちらを窺っているということだろう。
「うぐぐ」
突然暗闇の中から、口を押さえられた。そのまま意識が遠くなる。
●探索開始
「起きてこないって、このところ忙しく動いていたから疲れて熟睡中だろう。地球人は軟弱だからな」
トール・ウッド(ea1919)を先頭にして、探索に向かう準備を終えて地下室に降りてきた。一人だけ現れない美加に苛立っていた。
「今、ルナに起こしに行ってもらった」
やっぱり女性だから、起こしに行くのも女性じゃないと。同じ依頼を受けた冒険者仲間でも寝起きの顔は見られたくないだろう。エレも巴もすでに拠点らしき地域に向かってしまった。
「誰もいなかったし、寝床は暖かみもありませんでした」
どうやら単独行動して逆に捕まったらしいという推測で全員の考えが一致した。しかも昨夜のうちに。
「グリュー、分かるか?」
キースがペットのグリューをつれてきた。人の嗅覚には感じないでも犬ならと考えた。訓練されたにおいを追いかける訓練されているわけではないから、美加の持ち物から追いかけるというのは無理だろうが、何らかの変化はわかるだろう。
グリューが微かにあった残り香をかぎ分ける。ルナがパーストで昨夜から調べ始める。時間が特定できないだけに時間はかかるだろう。それを待っていられない。
「ここか」
トールが、シールドソードを構えて飛び込んだ。朧も無言のまま続く。
「人質四人か」
泰斗がやっかい層につぶやいて、マレスと一緒に続く。キースとアルカードが最後尾。アルカードのアグラベイションがキーポイントになりそうだった。発動するまで守る必要はあるが。
その頃、地上での拠点探索も開始されていた。
「このあたりからだな」
ランディは周囲を見渡した。
「ここからは慎重にいかなくては」
巴の耳には野生動物の鳴き声は届いていない。鳥のさえずりさえも。ソウガは隠身の勾玉を準備していた。姿までは消せないから、どれほど効果的につかえるか。
「あれは煙じゃないか?」
清十郎はめざとく見つけた。村からでは拡散して見つからない程度のものだが、これだけ近づけば視界に入ってくる。
「このあたりにはかなり昔に使われていた避難小屋があると言っていました。」
ファルが思い出したように言った。
「避難小屋?」
「このあたりにも以前はモンスターが出没していたことがあったらしいのです。その頃のものだと」
最近はこのあたりまで村人も滅多に来ないようになったから、今どうなっているかは分からないということだった。
「他の小屋は緊急用の食料や燃料が補充されているけど、ここにはそれがない。そこから煙が出ているなら、使っている者達がいるということ。
城砦からの距離はかなりある。もしかしたらここまで続いているのかも。
「さすがにそれはないでしょう。でも城砦の中で捕まえた娘達を監禁しておくには充分でしょう」
●保護
小屋は見つかった。どうやら人の気配もする。外には馬車と馬が準備されていた。
「中の様子が分かればいいのですが」
エレがつぶやいた。さらった3人の娘は人質にもできる。
そこに足音が聞こえてきた。大きな袋を肩に担いだ男が戻ってきた。小屋をあけるために無造作に荷物を投げ出す。すると袋の中からうめき声がした。
「また一人捕まえた」
「収穫ありか。このところ大勢で動いていたらしいから見合わせていた」
「いや、そろそろやばいぞ。こいつは村娘じゃない」
小屋から声が聞こえてきた。
そこに抜け道から男の痕跡をたどって追跡してきた他の冒険者が到着した。小屋を包囲していた冒険者があわや攻撃する寸前だった。互いに気配を消しつつ行動していたためだ。
「捕まったのは美加だ」
「地球人って、捕まるのがブームか」
どこかでも山賊に捕まって身代金を取られた者がいたという。
「単独行動って、世の中を甘く見ているからだ」
さらに足音が聞こえる。
「あれは確か」
村人のようだ。
「娘達は無事だろうな」
「依頼はここで預かるだけだ。ただし報酬がなければ売り飛ばす」
「持ってきた。後数日だけ」
「あいにくだが、そろそろ手を引かせてもらう。村にも冒険者の姿があったのだろう?」
「‥‥」
「そういうことは言ってもらわないと困るな」
どうやら、単純な話だったみたいだ。誘拐を行ったものたちは村人の誰かに雇われていたらしい。たぶん、ロッド・グロウリングのところに最初に娘を手伝いに出させた家だろう。もくろみを達成するのに、邪魔になる他の娘を誘拐して監禁する。そして城砦からいなくなったという噂を流して、仕事もしないで男と駆け落ちしたふしだらな娘という噂を出すつもりだったのだろう。命まではとるつもりもなかったし、売り払うことも考えていなかった。ただ、ライバルをけ落としたいだけ。
「契約不履行だ。だが安心しな。探っていた冒険者の一人を捕まえた。俺たちはこれから娘達をつれて別の土地に行く。あんたが口を割らなければすべては隠し通せる。娘達は大きな町で裏娼館にでも売り払う。正規の娼館から管理は厳しいが、裏なら日の目を見ることもない」
「ちょっとキミたち何かがえているのよ」
美加が大声でどなった。そんなところに連れて行かれたら? 鳥肌が立った。
「たった3人でそんなにことが簡単にできると思っている? そっちのキミ、食事なんてしてないで」
美加が表に冒険者がいると考えて、犯人たちの状態を知らせてくる。
「一気に行くぞ」
トールが入り口から飛び込んで、扉付近にいた一人をシールドで殴りつけて昏倒させる。アルカードのアグラベイションがもう一人の動きを止めた。それを見て最後の一人は手にしていたナイフを捨てた。
「3人とも無事みたい。早く縄解いて」
エレが美加の縄を解いていく。
●不問に
「そういう事情か」
事情が分かってしまえば、ライバル争い。娘たちを誘拐した犯人の二人にしても、誘拐監禁しても娘達には妙な手出ししていなかった。それどころか、一人ずついい仲になっているという。しかし契約、上手をいだしていない。
「律儀な者たちだ」
報告しつつ、他の冒険者たちはファルとエレの方を見る。もどかしいのはこちらも同じ。
「ところで3人を雇った村人の娘はどんな人ですか?」
これには全員が好奇心を持っていた。早速呼び出すと。
「あのご領主様。お友達の3人の行方は分かったのでしょうか」
娘の方は本気で心配しているようだった。
「ああ。心配しなくていい。無事見つかった。こちらの冒険者たちが見つけてくれた」
「良かった。ありがとうございます」
「もう仕事に戻っていいぞ」
「はい」
「あれでは罰するわけにはいかないな。ところで、城砦の完成度合いから見て模擬戦を行おうと思う。許可が出ればゴーレムを使っての攻防戦も。近いうちに依頼を出す」
そろそろセレとの共同開発の試作品も、正式採用前のタイプができる頃だろう。
ゴーレムでどう城砦を攻めるか。
「ただし、依頼にはゴーレムのことは明記しない。妙に勘ぐられても困るからな」