ブラック××団3〜結婚式狂走曲
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■シリーズシナリオ
担当:マレーア3
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:15人
サポート参加人数:4人
冒険期間:05月24日〜05月29日
リプレイ公開日:2006年05月29日
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●オープニング
●プリシラ姫
陽光に透ける白い薄絹が、草原を渡る風に踊り、その少女はかそけき足音と共に、ニネアの地へ降り立った。
肩まである金の髪を、ほっそりとした白い腕で押え、エメラルドの如き瞳を細めて、そこへ集う数多の騎士、戦士達を眺めた。
「皆、出迎えご苦労です。ドゲス殿も、賊を警戒してのご足労、痛み入ります」
「くっ‥‥はっ‥‥」
居並ぶ騎士達の中で、ドゲスと呼ばれた一際背の高い馬上の騎士は、あまりの事に息を詰まらせ、顔色を青くしたり赤くしたりする。
少女はその様を、口元を手で隠し微笑む。
「何を驚いているのです。私の一時の里帰りの護衛を命じられたのでしょう。さぁ、ここでの目的はもう終わりました。こうして皆と懐かしい故郷の風景を眺める事が出来たのです」
そこで少女は少しだけ遠い目をし、言葉を区切った。
「帰りましょう‥‥皆もご苦労でした」
「ひ、姫様〜っ!!」
集う騎士や戦士達は涙を流し、この少女が馬車の中へと消えるのを見入った。
馬車の扉がしまると、小窓が開き、中の侍女が御者へ一言二言告げる。すると、おっかなびっくりの御者はそっと馬を手綱で叩き、ゆっくりと馬車を巡らせ始めた。
ドゲスは血走った目で馬車と騎士ら、そして冒険者らを睨み、それから大音声で率いる騎士兵士らへ告げた。
「こ、これよりプリシラ姫様を護衛しつつ、プリシラ城へ帰還する!! わ、わ、我に続けぇ〜っ!!!」
「うおおおおっ!!! 我等も姫様を城まで護衛するのだっ!!!」
高らかに吼える騎士や兵士達。そして、護衛に雇われた冒険者達と共に数多の騎士、兵士を連れた大行進がプリシラ城のあるローリー湖まで続くのであった。
その間、少女は馬車の中、声を押し殺して泣いた。
肩を震わせ泣いた。
懐かしい故郷の風景と家臣の面々を目前にしながら、引き返さねばならぬ己の身を嘆き。
かくして、冒険者の働きにより、人形とすりかわり、密かに城から脱出するというプリシラ姫の計画は、あと一歩の所で完全に阻止されたのだ。
●帰り道の依頼
依頼人である執事のジャドーへ報告を終えた冒険者の一行は、一路王都ウィルを目指し帰途に着いた。それぞれの移動方法で。
今回の騒乱の元を引き起こしたのは、自分達が流したデマであったのだが、噂に聞いたブラック××団は出て来ない、自分達が護衛する馬車の後にあれだけの軍勢を配置していた事、最初にドゲスが一方的に叛徒と決め付け、攻め立てようとした事など、腑に落ちない点が幾つもあった。
鬱蒼と茂る森の中、とぼとぼと進み行く内に子爵の領地を離れると、誰となく口にした。
「どうやら我々は何かの囮に使われたみたいだな」
「しかし、護衛の任は果たした。契約に問題は無い」
そして誰もが押し黙った。
すると、どこからともなく一行の行く手に、ドサリと何か小袋の様な物が落ちた。
「何だ!?」
一人が駆け寄り、それを手にすると振り返った。
「金だ! 金貨がいっぱい!」
「誰だ!? 出て来い!」
すると、どこからともなく声だけが響いた。
「汚い金で雇われた犬の諸君! 釈然としてないみたいじゃないか!」
「くっ!? ブラック××(ぺけぺけ)団か!?」
その口調は、聞いた者は聞いた事のある、愉悦に満ちた嘲笑交じりのものであった。
手練の冒険者達は素早く身を翻し、臨戦態勢をとる。
「待ちたまえ。勘違いをして貰っては困る」
「何っ!?」
一人が探索系の精霊魔法を発動し、数名がスラリと抜刀す。
「君達は現在、護衛の仕事を終えて帰還中ではないか。ここで一文にもならない戦闘をする気かな? 少なくとも、我々は賞金首という訳でも無い」
「馬鹿な!? あれだけの騒ぎを起こしておいて!」
「表沙汰には出来ない金、汚い金を貧しい者に分け与えただけさ。誰も被害を訴える事は出来ない‥‥」
「で、この金は何だ?」
冒険者の一人が、それを掌でチャラチャラと弄ぶ。
「あの木の陰に一人、そしてあそこの木の上に一人、あと‥‥」
小声で術者が仲間へ囁いた。
「何、一つ諸君に依頼したいのだよ。その汚い金を受け取る受け取らないは自由にしていいし、依頼を聞く聞かないも君達の自由だ。ただ‥‥」
「ただ、何だ!?」
「君達はあの城で行われるカリメロ子爵の結婚式に呼ばれるそうじゃないか。その時でいい、あの城の秘密を探って来て欲しい。もう外部から忍び込むのは、リスクが高くてね。ところが諸君はウィルに名を轟かせる名うての冒険者だ。そのくらいはお手の物だろう? 正々堂々表から入って、少しだけ城の暗がりを覗いて来て欲しいのだよ。カリメロ子爵の裏の顔をね‥‥」
「裏の顔?」
すると別方向から、少しおどけた感じの別の声が響いた。
「囚われのお姫様は、どうやら逃げるのを諦めてしまったみたいだしね。流石に、自分を慕って来る者達を、反逆者にしたくは無いらしい。哀れお姫様は自ら悪魔の生贄に‥‥おお、何たる悲劇! 行くも地獄! 引くも地獄! ならば、地獄の華となる〜♪」
「おいおい、不謹慎だろ」
「全く‥‥」
「馬鹿は死んでも直らない豚のケツ。同じ馬鹿なら踊らにゃ損、損ってね」
声色は全部で5つ。ふざけた口調に、構えた切っ先も鈍る。
「緊張感の無い奴が何人か居てすまない。まぁ、少し考えてみてくれ。我々の用件はそれだけだ‥‥」
「ちょっと待て! あの城に一体何があるって言うんだ!?」
するとこれまでのリラックスした口調とはガラリと印象が変わる。
「カリメロには手を出すな‥‥裏の世界ではかなり有名な話みたいだ。その裏の顔を覗こうとして生きて帰った者は居ないとか‥‥だから、まぁ、怖いなら忘れてくれ☆」
「何だそれ! とんでもなくやばそうじゃないか! それに、お前達だって怖いんじゃないか!」
「だからまぁ、あれだ。赤信号、みんなで渡れば怖くないって奴?」
「やっぱりお前等、地球の天界人だな!」
喧喧諤諤。
「やばいよ、リーダー! こっちの正体ばれて〜ら☆」
「ば〜か。デパートの屋上のヒーローショーもどきやっといて、ばれないも何もあるか〜っ!」
そんなこんなで、緊張感の無い依頼はぐだぐだの内に更にぐだぐだとなった。
●結婚式の招待状
それはある日突然に届いた。
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悪漢より我が妻を救いたもうた勇者殿
百年余、二つに別れていたカリメロ家が
再び一つになる時が参りました
我等の晴やかなる門出に招待させて戴きたい
御来城戴ければこれに勝る喜びはありません
×月××日
新郎:レイナード・ローリー・カリメロ子爵
新婦:プリシラ・ニネア・カリメロ子爵
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●リプレイ本文
●密談
蝋燭1本。薄暗い一室、数名の冒険者らしき人々が額を寄せあう様にして話した。
「家と家同士の契約みたいな物か‥‥だが、この場合はカリメロ子爵の一人舞台だな‥‥」
「そうです。レイナードがもう一方の家の管財人であり、プリシラ姫の後見人であり、今回の結婚は明らかな領土併合ですね」
サラリーマン風の男は、七三に分けた黒髪を撫で付けながら、傍らのカリメロ家製のカットグラスに手を伸ばした。鮮やかな色付け、繊細なデザイン、それに注がれた琥珀色の泡立つ液体。それをくいっと空ける。
「それから離婚した場合、財産分与が行われるでしょうが、家の力関係もあるでしょう。この場合はカリメロ家が契約しているエーガン王か、そのまた配下の者が仲裁に入り、上手い事やるんでしょうなぁ〜。いやぁ〜どっちに転んでもいい食い物にされる訳ですな」
カラカラと乾いた笑い。
その横でフードを目深に被った女が囁く。
「結婚のタブーとしては、やはり家の面子を傷付ける行為かしら。家を侮辱すれば、それだけで戦争になり得るわ。侮辱する行為としては、花嫁や花婿が逃げ出したり、喧嘩を始めたり、重婚を隠していたり、その手のトラブルは事欠かないわね。その決着は、やはり家同士の戦争が基本だけれど、この場合は成立しないでしょうね」
プリシラ姫の身柄はレイナード子爵の掌中。何かトラブルがあったとしても、どうにでもなるだろう。
「少し調べてみたけれど、エーガン王の治世に移ってから、かなり強引な形で乗っ取りや取り潰しが続いた様よ。国の要職が入れ替わるのは、王権が移った場合は良くある話だけど、これは異常じゃないかしら? 王の直轄領の治安が悪いのも頷ける話だわ」
「つまりは、現在カリメロ家で起きている事は、エーガン王のやって来た治世の雛型という訳で御座るよ。ヤクザ者は親分のやる事を子分が真似をするで御座る。その連なりが因果応報となり、今の世情を形作っているので御座ろう。南無南無‥‥」
「ん?」
聞き慣れぬ声に一同顔を合わせるが、たった今まで声がしたその空間には誰も居なかった。
●ウィルのスラムを抜けて
夜明けと共に城門を抜け街道へ出ると、そこは見慣れたスラム街。街道沿いには妖しげな旅館やら、娼館等が建ち並び、早朝の寒風が甘ったるい怠惰な香りを運び来る。
王都ウィルより、東のショア港へと続く陸路。その日は、貴族の馬車が多く見受けられた。
ごすん。
脳天に鈍い一撃、視界いっぱいに火花を散らせ、ウィルに知れ渡る名声の冒険者、アリオス・エルスリード(ea0439)卿は月桂冠の冠を斜めにずらし、二三歩前にたたらを踏む。
「にめあ〜、じゃない! ニネアだろう!」
「あたた‥‥そうか?」
鼻息も荒く、鉄人ヘクトルこと巨人のヘクトル・フィルス(eb2259)ので〜っかい拳が、湯気を立てる程に熱く握られていた。その風貌たるや髑髏面を付けた悪漢そのもの、否、時代が時代ならば悪の総大将と呼ぶべき風貌に、自称『髑髏刑事』はいきなり明後日の方向に魔法の箒で飛び立とうとしたアリオスに一閃。一同の見ている前で、大地へ引き戻したのだ。
「エイジスがこてんこてんにされた、モッズってエルフに会いにカリメロ城へ行くんだろうが!? 俺も行くんだ! ニケアだニメアだ、ふらふらしやがって! このエイジスをこてんこてんにした奴に会いに行くんだぞ! 気合を入れんか、気合を〜っ!!」
「あ、あの〜、ヘクトルさん。あんまりその辺は大きな声で‥‥」
苦笑いしながら、そのエルフに貼り付けにされた当のハーフエルフのエイジス・レーヴァティン(ea9907)は止めに入る。その辺の娼館の窓が軒並み開き、この騒ぎを見物するトロンとした何十もの無気力な視線にさらされ、そんな状況で妙な話をされては恥ずかしい事この上無い。
この様な光景をある者は冷めた目で、ある者は微笑みながら、各自の移動方法でそれぞれの目的に向かおうとした矢先。
「ん?」
「ん?」
妙な気配にセブンリーグブーツを履いたルイス・マリスカル(ea3063)は、踵を直す振りをしながら、少し寄りかかる様にして、魔法の箒片手のオルステッド・ブライオン(ea2449)にそっと囁いた。
「この感じは‥‥」
「殺気だな‥‥」
反応をした者同士、気付かぬ仲間と同じく気付かぬ振りをし、そっと周囲の様子を窺った。早朝のスラム固有の退廃した空気に紛れ、まごう事無き人殺し特有の気配。その焦点が自分達へと結ばれている事を感じ取ったのだ。
胸座掴まれて振り回されているアリオスも、これ幸いと冷徹な目で周囲を見渡した。
(「誰だ? この腐った魚みたいな、ド下衆な殺気は‥‥」)
「も〜、ふたりともメッなの〜★ けっこんしきなのー♪」
甲高くも子供らしいちっさな声を張り上げ、次いで朗らかな響きに変わる。ポクポクと蹄を鳴らし、ロバのなぁーたに跨ったレン・ウィンドフェザー(ea4509)は、それっとばかりに髑髏刑事とアリオスの間になぁーたの頭を割り込ませた。
「よぉ〜し、よしよし。なぁーたは賢いの♪」
鞍の上で、精一杯その細く小さな手を伸ばし、なぁーたの頭を撫でるレン。緋色の礼服がひらひらと、レンには少し大きめでたっぷりとした上着。
それを目にし、髑髏刑事はアリオスからそっと手を放すと、少し離れてマントの襟を正した。
「こほん‥‥まぁ、そのなんだ‥‥気を付けろと言っとるんだぁ〜‥‥」
そんな言葉を聞き流し、改めてアリオスは周囲の様子を探るが、先程の嫌な気配を感じる事は出来なかった。
そこへそっと近寄るルイス。アリオスの様子に気付いたか、小声で囁いた。
「消えましたね‥‥」
「ああ‥‥」
「どこの窓辺か‥‥フン、××団とやらは気に食わんが、存外この依頼、面白いやも知れぬぞ」
不敵な笑みでオルステッドは、スラムの街並を見渡す。そこには、どろりとした瞳で冒険者の一団を眺める、浮草の如き住民達の生があった。
●ローリー湖 2日目
清涼な空気が吹き抜けるのどかな湖畔の村に、貴族の小奇麗な馬車が幾つも到着していた。
馬車は村の一画に並べられ、御者達が馬車の手入れや馬の世話をするのどかな風景。貴族達は、城の小船で次々と入城してゆく。
そんな船着場の艀を前に、城の兵士達が招待状を検めていた。
人気から離れた木陰に佇み、エイジスはその様をのんびりと眺めていた。あからさまに身なりの違う貴族達が群集う。それを村人達は、複雑な表情で見送ってゆく。それは当たり前の風景。
突然、突風が。
一陣の風を巻いて現れた存在に、エイジスは慌てる事無く振り向いた。
「よお、待ったか?」
「い〜え。そんなには」
箒を片手ににっこり微笑み返すエイジスに、声の主である吾妻虎徹(eb4086)は軽く右手の指二本で挨拶を送る。その左手は、しっかりと旧姓、桜桃真治(eb4072)こと吾妻真治の右手を握り。
瞬間、二人は幸せを噛み締める様に身を寄せ合い、虎徹は真治の二人の愛の結晶が息づいている部分を優しく、そして真治は燃える様な情熱が秘められた虎徹の胸に、そっと手を置きしばしの別離に互いの想いの丈を確かめ合った。
そっと箒で顔を隠すエイジス。
「あ‥‥」
こぼれる真治の吐息。その気配にエイジスは虎徹へ、改めて向き直った。
「では、真治を‥‥妻と子を頼む‥‥」
「はい。確かに」
いつに無く真摯な口調に、そっと送り出される真治。数歩前に出ると、少し気恥ずかしそうに振り向き、相変わらず黒一色の旦那に微笑みながら小さく手を振った。
まるでそれに掌を重ねるが如く、虎徹も軽く手を振り、そして振り向くやセブンリーグブーツの魔力で、疾風の様に掻き消えた。
「お熱いですね‥‥では行きますか?」
「はい‥‥ええ! 行こう!」
クッと気を引き締め、真治はエイジスに連れ従う様、船着場へと歩き出した。
御者は無口な男だった。
プリシラ城行きの馬車を紹介してもらったマイケル・クリーブランド(eb4141)は、愛犬のフレディを抱え込み、ガタガタ揺れる板敷きの座席に辟易しながらも、順調な旅路。
比較的、見晴らしの良い街道からそれ、カリメロ家の所領へと続く道へ入った。
荷台には、木の空き箱が積まれ、それにはカリメロ家の家紋が焼きごてで刻印されている。城の工房で作られたガラス製品を入れる為の物だ。以前、プリシラ城を訪ねた時に見た覚えがあった。
「これって、カリメロ家の家紋だよな?」
何度目かのチャレンジ。何かのきっかけにと話し掛けてみるが、この丸一日というもの、隣に座るマイケルにその肌の浅黒い御者は一言も返事を返さない。
「たく、よお‥‥」
ふてくされて後ろを向き、ごそごそとバックパックの保存食に手を伸ばすマイケル。
ふと、視界の隅を何かが動いた気がして面を上げた。
「あ〜ん? あれっ!?」
マイケルの視界に留まったそれは、見る間にそのシルエットを明らかにし、そのままの勢い、この馬車を軽々と抜いて駆け抜けて行く。それは、確かにゴーレムチャリオット。その機体に掲げられた紋章に、マイケルは見覚えがあった。
「あれ〜っ!?」
声をかける隙も無く、機影はあっと言う間に小さくなってしまった。
桟橋で一悶着。
「何!? 代理では入れる事が出来ないだと!?」
「今回も『ブラック××団』なる賊が、プリシラ姫の身柄を拉致せんと動いていると、冒険者から報せがあり、身分を証明出来ぬ者は城内へ入れる事はまかりなりません。この招待状の代理だと、証明する物を何かお持ちか?」
「硬い事を言うなよ〜。せっかくの目出度い席じゃん。一人ぐらい多めに見ろって」
砕けた口調で、オラース・カノーヴァ(ea3486)は兵士の肩に腕を回し、ぽんぽんと叩くが、くそ真面目そうな兵士は、額に大きな皺を作って突き放してきた。
「貴様、ふざけるなっ!」
「ブラック××団か!?」
「怪しい奴!」
すぐさま数名の兵士が、槍を手に集まって来る。
「ちっ! 薮蛇だったか‥‥」
両手を挙げて観念してみせるオラース。さて、どうしたものかと、周囲を見渡すと、視界の端にどこかで見た顔を見つけた。
「うぉ〜い! 伯爵様ぁ〜!」
手を振ってみると、相手も手を振り返して来た。しめた!
その一行がぞろぞろと近付くと、近隣の小貴族達は慌てて道を譲った。
「久しぶりじゃないか。いつぞやは、娘が大変世話になった。ところで何事かね、オラース卿?」
「いえね、代理で結婚式に出席しようとしたら、こいつらが怪しい奴は城に入れるわけにはいかねぇって、こういうんですよ」
がっしり握手すると軽くウィンク。ニヒルな笑みを浮かべるオラース。
これにショア伯であるデカール・メンヤード伯爵は苦笑を浮かべながらも、兵士達をじろり。その傍らに何故か控えていた虎徹が、伯爵家に送られた招待状を兵士に提示する。
「彼は私の友人だが、何か問題があるのかね?」
するとその後ろに居た貴族達も、それぞれの招待状を提示した。
「ショア伯殿の友人ならば、我等とてその身を保障いたそう」
ギル子爵、アルフレッド男爵、セルゲイ子爵、グリガン男爵、トーマス男爵、イージス男爵、バナン男爵と留守居役や問題があって出席出来ない若干名を抜かして、この地より東の貴族達が顔をそろえていた。
「こいつは‥‥ははは‥‥」
顎髭を撫でながらオラースは、この真面目だけが取り得そうな、兵士が逆に可愛そうになってきた。
●モッズ
ヘクター卿は息子を連れて、ローリーへと向かった後だった。式の後に、お披露目として船で湖を一周するらしい。その時に、せめて一目一言を、という事だ。残念な事に完全なる入れ違い。
ニネアに向かう道すがら、明日の結婚式へとローリーを目指す騎士達の姿を目にしていたから、もしやという不安があった。そして、それは現実のものとなってしまったのだ。
「失礼しました〜!」
直立不動で家人に短く敬礼し、髑髏刑事はその漆黒のマントを翻す。
石組みの古びた門を抜けたその向こう、アリオスが箒片手に待っている。
「で、どうなった?」
屈む様に門をくぐり、髑髏刑事は首を左右に振り、アリオスは肩をすくめてみせた。
「さて、では正攻法で行くか‥‥」
「お待ち下さい‥‥」
歩き出そうとする二人を、先程の奥方らしき初老の女性が小走りで呼び止めた。
「何でありましょうか〜!?」
すっかりデカ口調の髑髏刑事は、すっくと向き直る。その様を見上げる様にして、その女性は両手に包み持つ物を、髑髏刑事の前に差し出した。
「奥さん、これは?」
「鋳物の呼び鈴です。お城のモッズさんに用のある時は、みんなこういった鈴で合図を送って、お城までの道を開けて貰っているんですよ」
「お借りしても‥‥?」
「どうぞ‥‥きっと、もうすぐその必要も無くなりますし‥‥」
そう言って優しげに微笑む初老の奥方に、面の奥から感謝の情を示しつつ、髑髏刑事はそれを大きな掌でそっと受け取った。
「必ずやお返しに伺います」
「はい」
(「その時には、あの姫さんを自由の身にして、必ず!」)
髑髏刑事は、鈴を握った腕を胸に押し当て、無言でその意を示した。
夕刻間近。カリメロ城の鬱蒼と茂る森を前に呼び鈴を鳴らすと、その涼やかな音に森は静かに別れ、一本の道を二人の前に示した。
全ての植物が、モッズという老いたエルフの支配下にあるのだろう。その道を進むと、いかさま、城の残骸をバックに一人の老エルフが二人を出迎えた。杖を手に、茶色いローブに身を包み。
「成る程、聞き慣れぬ足音と思いましたが‥‥妖しげな面体の者達よ、何の用です?」
「このままでは納得がいか〜ん! カリメロ子爵がおたくの姫さんと結婚するのは知っているだろう?」
髑髏刑事が吼え、アリオスも慎重に言葉を選んだ。
「今回の件は、納得出来ない事が多過ぎる。子爵の真の目的について、心当たりがあるのなら教えて戴きたい。レイナードに上手く利用されたままでは気分が良くない。姫を塔に閉じ込め、薬で言動を封じ、奴は何をしようとしている!? このまま、姫が利用される事になるのは甚だ気分が良くない!」
そのエルフは、表情を変えなかった。
「それでどうしようと言うのです?」
「あんたはこのままでいいのか!?」
ドスドスと歩み寄る髑髏刑事の巨体の威圧感にも、モッズは顔色一つ変えずに淡々と答えた。
「結婚を選んだのなら、それはあの子の生き方。誰と結婚し、誰の子を産み、育て、家を護るかは問題ではないでしょう。それが貴族というもの。あえて言うならば、同族間の婚姻はあまり宜しくないのですが」
「何?」
「血が近いと、どうしても種として弱くなります。レイナードも一度失敗していますね。縁者の娘と結婚したが結局は子供が出来なんだ。同じ愚を繰り返す事にならねば良いのですが‥‥あと一つ心配なのは、あの男が飼っているカオスの汚れを帯し者達の事ですね」
「何?」
「カ、カオスだと?」
モッズは小さく頷き、城の奥へゆっくりと歩き出した。慌ててそれを追う二人。モッズは城の中庭に出た。
「二十年ほど前になりましょうか。あの者達がローリーに姿を見せる様になったのは。一見、ただの肌が浅黒いだけの人種に見えますが、本質的に異質な何かを持っている。それが何なのかは判らなかったのですが、幾度かこの地へ押入ろうとするのと戦う内に、それが邪まなる力『カオス』ではないかと思い至ったのです」
そして、中庭の一角にある石の瓦礫の下から、一包みの羊皮紙を取り出し、広げて見せた。
それは、錆の浮き出た幾つもの鋭い金属片。
「暗殺の為の道具。暗器と呼ばれるたぐいでしょう。これに毒物を塗り一刺‥‥奴等が身に帯びていた物‥‥」
「むぅ〜‥‥」
「暗器か‥‥そんな連中が居たとは‥‥」
唸る髑髏刑事。脳裏に、城の面々の面差しが過ぎる。衛士長のドゲスとその配下は肌が白い。だが、執事のジャドーは浅黒い肌をした男で、何やら妖しげな雰囲気を身に纏っていた事が思い至る。
アリオスはその一つを手に取り、そっと握ってみた。すっぽり掌に隠れる程の鉄片だが、すれ違い様にでも一刺しすれば、成る程、暗殺は容易いだろう。近くならば投げ付ける事も出来そうだ。
「元々、カリメロ家は薬物の扱いに長けた家柄でした。特に本草学では知らぬ者の無い程の名家。それが百年ほど前に二つに別れ、その時に、こちらの兄が継いだ本家は薬としての陽の道を、そして弟が起こした分家は毒物としての陰の道を選んだのです‥‥恐らく、あの男が求めるとすれば、失われた陽の道、薬としての知識ではないでしょうか?」
「あの姫さんが、そんなに凄い知識の持ち主だと?」
くぐもった声で髑髏刑事が問う。するとモッズは首を左右に振ってそれを否定した。
「姫様は、それ程の知識を有しては居ないはずです。私が存じ上げているのは火事でご両親を亡くされる前の、10歳までのプリシラ様です。草木を愛でる、それは可愛らしい姫様でした」
「ならば、金の卵は?」
「それは代々カリメロ家の頭首が受け継ぐ、ペンダントの事でしょうか? 分家には銀の卵と呼ばれるそれと対になったペンダントが御座います。何でも二つは組み合わさる様に作られた魔法の品とか」
「それか! 邪魔したな!」
髑髏刑事はぐっと拳を握り、振り返ると駆け出していた。それを見送り、アリオスは頬をぽりぽりと掻き、手の中の暗器を元に戻した。
「騒がせてすまなかった。モッズさん」
「いえ。この城を訪ねる方が居るという事は、たまにでしたら良い事です。それが、汚らわしい混血児や殺し屋で無いならばね」
最後の言葉には、これまでに感じられなかった嫌悪感が滲み出ていた。
●プリシラ城内
オルステッドが見学を申し込むと、他の貴族達と共にガラス工房を見て回る事が出来る様になった。
そこは、城の地下半分程の広い空間に、大小二つの炉があり、むせかえる熱気の中、職人達が足踏み式の大きな鞴を動かし、ごうごうと音を発てていた。
細長い金属の棒を、そこから引き出した先には、赤く輝く透明な液体がどろりとくっついていた。職人はそれを器用に動かし、金属の型にはめてグラスを作ったり、回しながら厚手の布に押し付けて見る間に丸い板ガラスを作ってみせたりと他の貴族達の感心する声がしきりに沸き起こった。
この一行を工房の責任者らしき男が、愛想よろしく案内する。
「特殊な薬品を調合する事により、このガラスに色を付けたりする事も出来ます。また、こちらをご覧下さい」
更に案内されるまま奥へ進むと、棚にずらりと並べられたガラス器具に、鮮やかな絵付けをしている所へ出る。数名の老人が、静かに作業へ打ち込んでいた。
「な、何だ?」
オルステッドはその気配にぞくりとした。それは一瞬のこと。
目の前には大柄な老人が、静かに絵筆を握り、大きな掌でまるで小皿の様に見えるスープ皿に、慣れた手つきで可憐な桜草の絵を描いている。
「あっ!?」
短い嘆息にオルステッドが振り向くと、貴族の一人が乾かしていた絵皿を取り落としたのだ。次には派手に割れ砕ける光景が想像出来た。が、それは起こらなかった。
何事も無いかの如くに、座ったままの姿勢から繰り出された野太い腕が、工房の敷石すれすれでそれを拾い上げ、しなやかな動きで作業台へと上体を起こし、貴族の付けた手垢をそっと布で拭く。
(「座ったままのあの姿勢から、地面すれすれに‥‥この老人、背筋と腹筋の力が普通では無い!」)
「おお〜、危ないのぅ〜!」
「つるつる滑るのじゃ! つるつるっとな!」
すると、その老人はやおら立ち上がり、興奮冷め遣らぬ貴族の前に立った。頭一つ分は大きい。
「お怪我をなさる危険が御座います。工房ではお気を付け下さい」
恭しく一礼すると、それをそれまであった台座に戻した。
「おお〜、子爵様の工房では、卑しい身分の者も、ああも礼儀正しいとは」
「流石は子爵様じゃ! 流石は!」
「賊から花嫁を護った英傑とは、すべからくしてかくも違うものよ!」
口々にレイナード子爵を褒めそやす貴族達。
オルステッドは、歩み去ろうとする貴族達を尻目に、この老人の背に話し掛けた。実年齢ならば同じくらいなのだが。
「あなたのお名前は?」
すると老人は、作業の手をピタリと止め、少しだけ振り向いた。
「ハンスと申します」
びょうと風が吹いた。
気が付くと、老人は少し離れて座っている。否、自分が後ろに半歩ほど跳んだのだと気付く。手は腰の剣へと伸びていた。困惑気味に、儀式用の剣から手を離すオルステッド。
「も、もう、ここは長いのか?」
じわりと汗ばむ。熱いのでは無い、何故か怖気たったのだ。
「4年、で御座います」
老人は静かに答えた。小さく会釈をすると、作業へ戻る。
(「ううむ‥‥ブラック××団では無さそうだ‥‥4年!? 丁度、プリシラ姫がこの城へ幽閉された頃ではないか!?」)
ごくりと唾を飲むオルステッド。その場ではそれ以上を尋ねる気にはなれず、そそくさと見学者の群に戻って行った。
「では、今回の結婚式は、当家独自のしきたりで行われるのですね?」
赤い瞳のエルフ、マリーナ・アルミランテ(ea8928)は黒いシックなドレスに美しい刺繍が施されたローブを肩にかけ、執事のジャドーを呼び止めて話し込んでいた。
「はい、その通りで御座います、マリーナ様。婚姻の儀としては、当主同士の婚姻となりますので、この度は、それぞれの家長の印でございます、金の卵と銀の卵を交換致します。そして、百年あまりに渡って、二つに裂かれていたカリメロ家が真に一つとなるので御座います」
「まぁ、ステキです事‥‥」
うっとりとして見せるマリーナ。
「それでは、プリシラ姫さまはどちらへ?」
「はい。姫様は明日の式の為に、身も心も落ち着けたいとの事で、例の塔へこもってらっしゃいます」
「まぁ、是非にご挨拶をと思っておりましたのに‥‥」
残念そうにするマリーナへ、ジャドーは恭しく一礼した。
「申し訳御座いません。私も何かと忙しい身で御座いまして、失礼させて戴きたく‥‥」
「ごめんなさいね。呼び止めてしまって‥‥」
「いえ。では、ごゆるりと‥‥」
そそくさと立ち去るジャドー。それを見送り、マリーナは視界の隅に合図を送る。
それを受け、レンや真治、深螺藤咲(ea8218)、カレン・シュタット(ea4426)と言った女性陣がとととっと階段を昇って行く。
最上階、例の塔へと渡る吊橋の前には、当然の如く見張りが一人立っていた。四人は顔を見合わせ、カレンが軽くウィンク。おとりはま〜かせてと、胸元を押さえ、息苦しそうに廊下へ歩み出た。
「はあ‥‥はあ‥‥」
そして、パタリと倒れて見せる。そこへ、短い悲鳴と共に藤咲が走り寄った。
「大丈夫ですか、カレンさん!?」
「はあ‥‥はあ‥‥」
「大変! ちょっと、そこの貴方!」
驚いた様子で見張りの兵士は自分を指差す。
「そう! 大変なの! ちょっと手を貸して下さいませんこと?」
階段に隠れている真治は思わず吹きそうになるのを我慢し、レンは何が始まろうとしているのか、わくわくと瞳を輝かせた。
それから始まるあられもない小芝居に、食い入る様に見入る二人を藤咲とカレンは、手で先に行くように何度も合図を送って来る。笑いながら真治は、引きずる様にしてレンを運搬。吊橋の戸口へと至った。案の定、吊橋は上がっていた。
すると、向こう岸の塔から、侍女らしき人物が出て来て、傍らの大きなハンドルをぐるぐると回し始めた。
二人が通された一室は、ドーム型の屋根をした全面ガラス張りの光り輝く部屋だった。そこに一人佇むは、明日十五を迎える可憐な美少女。ほっそりとした肢体に、蒼い瞳と金の髪。静かに振り向くと、意外な客人に少し驚いた様子だ。
「まぁ、あなたは‥‥確か冒険者の‥‥」
「は〜い! あたしレンだよ♪ こっちは真治〜♪」
無邪気に駆け寄ろうとしたレンは、プリシラ姫の傍らにある純白のウェディングドレスを目にし、瞳をまんまるにして立ち止まった。
「うわぁ〜‥‥すごいすご〜い♪ これ着るのー?」
「ええ。明日ね‥‥」
そのドレスの周りをぴょんぴょん飛び跳ねるレンに、少し寂しそうな微笑を浮かべるプリシラ姫。
「それで良いの?」
「え?」
歩み寄りながら、真治は問い掛けた。
「愛してもいない人と結婚して、本当に幸せなのって聞いてるの!」
「それで多くの者が救われるのなら、私は構いません」
プリシラ姫は静かに答えた。その優等生的な答えに、真治はこみ上げてくる感情の波に総毛立つ。
「どうして?」
「?」
「どうして、そんな事が言えるのって聞いてるの!」
「では、貴方は自分の為に、多くの者が傷付け合い、命を落とし、その一族郎党を含め更に多くの者が不幸になっても構わないと言うの?」
妙に大人びた口調で、プリシラ姫は問い返す。そんな二人のやり取りを、ドレスのスカートの中に隠れて、レンは交互に見比べた。
「それは‥‥」
「私は、目の前で、今は亡き父や母を慕い、私を想って集まってくれた方々の姿を見てしまいました。そして、彼等に叛徒の烙印を押し、皆殺しにしようというあの男の恐ろしい企みを。ですが、私が従うならば、あの男も彼等に手を出す必要が無くなるのです。そして、あの男と私の間に子供が出来れば、全てはその子が受け継ぐ事になります。そうなれば、最早、争う必要は無いのです」
「そんな‥‥」
「もし、子供が出来れば、あの男も変わるかも知れません」
プリシラ姫は、目を瞑って天を仰いだ。未来に希望を託し。
真治は、自分の幸福いっぱいの状況との余りの落差と、己の半分の年しか生きていない少女の決意に胸焦がされ、とても自分の事を笑顔で話す気にはなれなかった。
●潜入!
「ブラック××団が出たぞ〜っ!!」
電光飛び散らせながら、深夜のプリシラ城を験持鋼斗(eb4368)が駆けた。
「どこだどこだどこだ〜っ!!」
その声にドゲス以下の城の兵士が雪崩れ込んでくる。その勢いに飲み込まれそうになりながらも、鋼斗はドゲスに罵声を浴びせた。
「ピンクの奴が紛れ込んでたぞ!! 変装も見破れんのかっ、この石潰し!!」
「おのれ〜っ!! 続け〜っ!!!」
「ブラック××団を逃がすな〜っ!」
一緒になって走り出す鋼斗。
その上空を、炎の鳥となった藤咲が滑空する。
「うわわわっ!!」
「これ以上、ブラック××団の好きにはさせません! 必ず捕らえます!」
二、三人城壁から転落し、水中に没する。
「おのれ、ブラック××団!」
すると別の所で、火の手が上がる。つい今しがた仕掛けた、ファイヤートラップだ。
そこでは予め待機していたルイスが飛び出した。
「追撃は我々のメンバーが! 皆さんは要人警護、避難誘導を!」
鐘が打ち鳴らされ、消火に取り掛かる人々。その間を縫う様に、数名が動いた。
工房に忍び込むといきなり羽交い絞めにされるラフィリンス・ヴィアド(ea9026)。一瞬の出来事に抜け出そうとじたばたしていると、別の闇の中から、全身黒ずくめの人影が十数名、微かな火事の灯りに照らし出された。気の狂いそうになる瞬間、ラフィリンスはガクンと絞め落とされた。
「う‥‥」
首筋に何かの痛み。愛犬を抱えたマイケルは、その場で昏倒する。
黒い人影が、きゃんきゃん吼える犬に白い粉を吹きかけると、犬は泡を吹いて倒れた。
「客人の一人です」
「ちっ‥‥間抜けめ。部屋に運んでやれ‥‥」
「はっ‥‥」
インビジブルのスクロールと隠身の勾玉の力で、地下から現れた全身黒づくめの連中をやり過ごしたアリオスは工房の一画、鉄の大扉の向こうへと足を踏み入れた。
微かに灯された明かり。
空気はよどみなく、不思議な匂いがした。
ハッとして、踏み出しかけた足を引っ込める。地下への廊下には、うっすらと水が敷き詰めてある。このまま先に進めば、足元に波紋が浮かぶ。そうなれば、いくら透明化していても気付かれてしまう。
(「これは‥‥一筋縄ではいかぬ‥‥」)
取水口から潜入したエイジスは、目の前に広がる巨大な空間を一瞬だが呆然と眺めた。
何の光か判らぬが、幾つもの黄色い光が天井から吊るされ、林立する不思議なオブジェ群を照らし出している。
(「ここへ辿り着けたのは、僕だけですか‥‥」)
虎徹の部屋で泣き崩れてしまった真治を、置いて来て心底良かったと思った。
水を滴らせながら、大きな木の樽で出来たタンクから降り立つと、そっとその一つを眺めた。
(「カビか? こっちは苔? カレンさんやマリーナさんなら判るかな?」)
樽から伸びたガラス管から、水滴がぽたぽたと滴り落ちている。
「うっ!?」
背に鈍い痛み。まさぐると、怪しく塗れた鉄片が突き立っていた。
そしてどこからともなく慇懃な言葉が響き出す。
「いけませんねぇ〜。ここはお客様立ち入り禁止区域で御座いますよ‥‥」
素早く物陰に隠れるが、クラリと目眩。
(「毒?」)
「謝れば許してくれます?」
痺れが走る腕で、バックパックから解毒剤を取り出した。自分の中のスイッチがギチリと入る前に‥‥。